遊戯王ZEXAL ブリキの太陽   作:久本誠一

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ブリキの太陽

 ―――――ハッ、ハッ、ハアッ……!

 

 人っ子一人いない街に、自分の足音と荒い息だけが聞こえる。愛用のボードが手元にありさえすれば、そんな考えも頭をかすめたが、すぐにそれでも意味はないかと考え直す。

 つい先程までこの付近を蹂躙していたのであろう暴徒たちの影響は彼らが消えた後も通りのいたるところに色濃く残っており、右を見ればひっくり返って無残な裏面を晒した車や掘り返されたコンクリート。左を見れば壊された家の壁やガラスの欠片といった、つい先日までここにあったはずの日常の残骸が至る所に散らばっていて、とてもではないが自分の足以外で走れるような状態ではない。大通りはまだ車が走れる程度のスペースも残っていたのだが、なまじよく知る場所だからと近道を選んだのが間違いだったようだ。

 

 いや、よく知る場所「だった」と言うべきか。

 

「……クソッ!」

 

 自分たちの生まれ育った町の惨状に、気が付けば拳を固く握りしめていた。そこから目を背けるように、走ることに集中する。

 

『どうしても、どうしても行かなきゃならないんだ』

 

 自分の言葉が、脳裏に蘇る。

 これは、死出の旅。勝てる見込みは限りなく低く、これから向かう先で自分に何ができるのかも怪しいものだ。

 

『降ろしてくれ』

 

 それでも、自分はここに来た。ここに来ずには、いられなかった。いつも仲間たちと集まっている場所のひとつだった、大通りから少し外れた広場。たまに有名デュエリストやミュージシャンのライブも行われるステージでは、自分たちも以前スポーツデュエル大会の開会式を行ったこともある。

 この場所は、ざっと見まわした限り比較的破壊の影響が少ない。そもそも壊すようなものがあまりないからだろうが、赤い暗雲立ち込める空以外は記憶のままほぼ変わらない。

 しかし、今回に限ってはそれがかえって裏目に出た。ここに来るまで極力抑えていた思い出、もはや取り戻すことは絶望的となったあの日々の記憶がいっぺんに吹き出して、走り続けていたせいで酸素の足りない脳を更にぐちゃぐちゃに焼こうとする。滲んだ視界を乱暴に腕で拭うと、冷たく濡れる感覚が尾を引いた。それでもどうにか息を整えようとして、冷たい空気を吸い込むために顔を上げて―――――

 

 

 

 

 

 息が、止まった。自分がこの場所までやってきた理由が、そこに立っていた。遠くからでもくっきりと判別できる、白い美貌の赤い瞳。その場所だけ空気さえも凛とした雰囲気を纏っているようにさえ錯覚させるような彼女の瞳は、はっきりと自分を捉えている。

 

「……さん」

 

 いざ対峙すると、我ながら驚くほどに心が落ち着いてきた。自分自身でもまさにこの瞬間こそどれだけ覚悟していてもやはり多少は取り乱してしまうだろうと思っていたのに、実際は急速に雑念が消えていくとは。

 つい先ほど彼女から、いや、彼女たち『七人』から逃げていく際には気が付かなかったことが、改めて一対一で対峙することで見えてきたからかもしれない。

 

 

「なぜ来たの?仲間を逃がすために?」

 

 冷たい声音。しかし、それを恐ろしいとは思わなかった。

 恐ろしいなどとは、思えなかった。

 

 

「あなたらしいわね」

 

 

 ほら、そうだ。

 彼女は、いつだって周りのことをよく見ている。そしてその覚悟を、決して笑いも軽んじもしない。

 

 

「俺は、いつだって俺です」

 

 

 だから、迷わずこう答えられる。

 自分と彼女の間の実力差は歴然で、それはお互いによく理解している。それでも今ここに自分がいることを、その意味を理解し、認めてくれる。

 

 

「そして『璃緒さん』、それはあなたも同じはず」

「『璃緒』はもういないのよ」

 

 

 取り付く島もない否定の言葉。

 でも、たったこれだけの会話を通しただけでも、すでに自信をもって言い切れることがひとつあった。

 

 

「『璃緒さん』は『璃緒さん』です!」

 

 

 たとえ姿が変わろうと、たとえ名前が変わろうと、たとえ立場が変わろうと。

 太陽すらも瞬間凍結させる絶対零度の仮面に隠した誰よりも優しく、熱いその心。誰か他人のために立ち上がり、体を張れるその気高い魂は、今もなお全く変わらない。変わるわけがない。その魂にこそ自分はどうしようもないほどに惹かれ、恋したのだから。

 

「……そう。引いてはくれないのね、鉄男君」

「ええ!」

 

 その綺麗な瞳の奥の沈黙で、一体何を考えているのかは窺い知れない。それでも、その時が来たことだけは理解できた。

 自分に勢いづけるように大きく宣言し、ポケットにしまってあったデュエルディスクを腕に装着、展開機構をオンにすると目の前の彼女もまた左腕を構え、その一瞬後には頭上の暗雲と同じ不気味な赤い光と共に鋭利な氷の翼を思わせるデュエルディスクらしきものが生成されていた。

 

 もはやソリッドビジョンを発生させるデュエルディスクも、それを視認するためのD-ゲイザーも、彼女には必要ないのだろう。

 それはとりもなおさず、目の前の彼女が人外の存在、人知を超えた戦士であることを雄弁に物語っている。つい先日まで彼女も声を発していたこの宣言を行う必要があるのも、今のこの場では自分だけだ。

 

 その事実が、改めて重くのしかかる。

 

「……デュエルディスク、セット!D-ゲイザー、セット!デュエルターゲット、ロックオン!」

 

『ARビジョン、リンク完了』

 

 馴染みの電子音声とともに、周りの風景にARビジョンの波が走る。

 だとしても、いや、だからこそ、もう後には退けない。残された道はただひとつ、全力で彼女の相手をすることだけだ。

 

 

 

 

 

「先攻は、俺が貰います。ドロー!」

 

 先攻ドローにより、手札は6枚。最初からエクシーズ召喚が可能であれば上々だったが、生憎と見る限りそれが可能な手札ではない。

 だが、まだ先攻の1ターン目。地盤を固め、次に繋げることはできる。

 

「俺は、アイアイアンを召喚!」

 

 アイアイアン ATK1600

 

 両手にシンバルを装着し服を着せられた、デフォルメされた猿、というよりもむしろカンガルーめいたブリキの玩具。

 見慣れた街に見慣れた愛用の下級モンスターとここだけ見れば不意に日常が帰ってきたかのような風景だが、周りを埋め尽くす重苦しくおどろおどろしい雰囲気の前ではむしろその玩具モチーフという存在がかえって浮いてしまっているようにすら感じてしまう。

 

「アイアイアン、効果発動!このカードは1ターンに1度、攻撃力を400ポイントアップさせることができます。ただし、この効果を使うターンにはこのカードは攻撃ができません」

「攻撃の不可能な先攻1ターン目なら、デメリットは存在しないというわけね」

「ええ、そういうことです」

 

 アイアイアンがその大きな目をキリっとさせ、背中のゼンマイをゆっくりと回転させつつ両腕のシンバルを勢いよく一定のリズムで打ち鳴らす。本来ならば力強いはずのその音が、なぜだか今日は頼りなく細々としたものに聞こえるのは、果たして耳の錯覚だろうか。

 それでもテキストに記された効果自体は問題なく、いつも通りの数値を届けてくれる。そこに、ほんの少しだけ救いがあった気がした。

 

 ……それともこれも、ありもしない希望を求めて無意識にそう思い込んでいるだけだろうか?

 

 ―――――いや。ともすれば心に忍び寄る弱気を、頭を強く振って思考から追い出す。『希望』は存在する。あいつの仲間で、幼馴染で、親友の俺がそんなことを言ってどうする。

 

 アイアイアン ATK2000

 

「さらにカードをセットして、ターンエンドです」

 

 手札から滑るようにフィールドに置いたカードに、ちらりと目線をやる。もとより攻撃力2000のアイアイアンのみで彼女ほどの実力者相手にターンを凌げるとは、悔しいが期待してはいない。

 しかし彼女が実力者だからこそ(・・・・・)、この1枚の伏せカードが生きてくる。

 

 打てるだけの策は打った。あとは、信じることだけだ。祈るような気持ちでエンドを宣言すると、次のターンプレイヤーとなった目の前の彼女がその白魚のような指でそっとカードを引き抜く。

 

「私のターン……本気で行くわよ、鉄男君」

「望むところ、です……!」

 

 彼女が名実ともに神代璃緒という人間の少女であった時から時折対戦相手に見せていた、凄みのある冷たいプレッシャー。横から見ている分にはその怜悧な格好良さに心から痺れてより一層ファンになったものだが、今こうして直接対峙し、それが自分に向けられていると流石に怯みそうになる。

 

 ……でも、だからこそ。この感覚が『璃緒さん』のそれと同一であるということは、やはり目の前の彼女は『璃緒さん』以外の何者でもないという何よりの証明でもある。そう思えば、不思議とその原初的な恐怖にも耐えられた。

 

「スノーダスト・スワローを召喚。このカードが召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのモンスター1体を選択して攻撃力を800ポイントダウンさせる!」

 

 スノーダスト・スワロー ATK1500

 

 白い翼の燕が舞い上がり、小さな体で羽ばたくとそこから吹雪が吹き付ける。この効果でアイアイアンの攻撃力を下げられてしまえば、攻撃力は1200。

 自分の運命が分かっているのかシンバルを盾代わりに身を守ろうとするアイアイアンだが、無情な極寒がその全身を裂く……ことは、ついになかった。

 

「え?」

 

 寸前に向きを変えた雪を纏う羽ばたきはアイアイアンの体を素通りして大きくターンし、思わず漏れた疑問の声も届かないかのようにスノーダスト・スワロー自身の体に吹きつける。

 

 スノーダスト・スワロー ATK700

 

「自分のモンスターの攻撃力を下げた!?璃緒さん、一体何を……」

「スノーダスト・スワローの、更なる効果を発動。このカードがフィールドに存在しモンスターの攻撃力が変化した時、そのコントローラーに対し800ポイントのダメージを与える」

 

 羽ばたきが自身にそのまま返ってきてもなお、自傷するかのように翼を動かし続ける白燕。異様な光景に声も出ないでいるが、それがただの自傷行為でなどあるわけもなく。

 

「私が効果によるダメージを受けた際、手札からガード・ペンギンの効果を発動。このカードを特殊召喚し、受けたダメージだけライフを回復する」

「ああっ!」

 

 ガード・ペンギン ATK0

 メラグ LP4000

 

 下級モンスター同士のコンボにより、早くも2体のレベル4モンスターが並べられる。だがそのタクティクスに舌を巻く前に感じたのは、奇妙なことに物悲しい痛々しさだった。

 

 自罰的に使われたスノーダスト・スワローの効果に対し、その痛みすら自分に届いたかと思えば即座に打ち消してなかったことにするガード・ペンギンの能力。人間『神代璃緒』とバリアンのメラグは同一人物なのだから、当然それまで起きたことや感じたことはなかったことにはならない。

 

 璃緒さんも、苦しいんだ。だけどそれを、決して口に出すことはできない。『璃緒さん』として自分に向けた痛みを、苦しみを、メラグとしては認めるわけには、受け入れるわけにはいかない。そんな相反する感情が、今の一瞬のコンボから伝わってきた。

 そんな、気がした。

 

「何をぼうっとしているのかしら、鉄男君?まだ他所事に気を取られる余裕があるのなら見せてあげる、バリアンとしての私の切り札を!レベル4のスノーダスト・スワローと、ガード・ペンギンでオーバーレイ!2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 

 そんな思考を見透かして断ち切るかのように凛とした声が放たれ、それを合図として二羽の鳥がそれぞれ青い光となって螺旋を描きながら宙に上っていく。そしてくるりと反転して足元に開いた宇宙空間へ通じる穴へと吸い込まれていった次の瞬間、爆発的な光が弾けた。見慣れた演出ではありながらも反応が遅れ、その光量に思わず目を覆う。瞬間的な暗闇に、彼女の声だけが強く響いた。

 

 

 

 

 

 

「No.103……神葬零嬢 ラグナ・ゼロ!」

 

 

 

 

 

 吹雪が、激しくも冷たく静かな氷結の嵐が、形を成してハートランドを翻弄する。

 

 No.103神葬零嬢 ラグナ・ゼロ(※) ATK2400

 

 希望皇ホープを始めとして、これまで彼自身も幾度となく見てきたものと同じアストラル文字独特の書体による103、の文字が刻まれた、その細い両腕に氷の刃を掴む女性型のモンスター。その使い手と同じく血のように赤い紅い両の瞳が、何の感情も持たずこちらを見下ろしている。

 

「これが、璃緒さんのナンバーズ……!」

「いいえ、何度でも訂正させてもらうわ。これは、『私』のオーバーハンドレッドナンバーズ。バリアン七皇のひとり、『メラグ』のナンバーズよ」

「……っ!だから、それは!」

 

 目の前のモンスターから放たれる、凍り付きそうなほどに冷たい風格。それすらも忘れ、声を荒げようとする。

 それだけは、なんとしても否定しなくてはいけなかった。メラグだろうとバリアンだろうと、今俺の前にいるのは『神代璃緒』なんだと。そう言わなければいけなかった。

 けれど、その言葉を言い切るよりも早く、メラグは動く。目の前の少年を追い詰めるかのように、その言葉から背を向け逃げるかのように。

 

「ラグナ・ゼロの効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで相手モンスターの攻撃力が元々の攻撃力と変化している場合にそのモンスターを破壊し、カードを1枚ドローする!ガイダンス・トゥ・フューネラル!」

 

 逆手に握られた氷の刃が閃き、メッキによるコーティングが施されたアイアイアンの体をいとも容易く両断する。あまりにもあっけなく、道は開かれた。

 

「しまっ―――――」

「バトル!ラグナ・ゼロ、ダイレクトアタック!」

 

 アイアイアンの無残な姿に気を取られる暇すらもなく、返す白刃が煌めいた。一瞬にして音もなく距離を詰めていたラグナ・ゼロの一撃が、同年代と比較しても体格体重共にかなり上位にいるはずの彼の体をその重さすら感じさせないほど滑らかに斬り飛ばす。

 

「うわあああああーっ!!」

 

 鉄男 LP1600

 

 直撃。その痛みが、ソリッドビジョンという常識を打ち破って実際の痛みをもたらす。かつてⅣを相手に委員長と変則デュエルをした際にもダメージが実体化していたが、今の一撃はそれよりも遥かに重く、鋭く、痛い。

 

 遊馬も、アストラルも……ずっとこんな痛みに耐えながら、それでも立ち上がっていたんだろうか。あるいはこれが、『璃緒さん』の感じている心の痛みなのか。

 親友の、想い人の顔を思い浮かべ歯を食いしばって起き上がろうとするが、どうにか半身を起こしたところでまたも鋭い痛みに力が抜けて天地がひっくり返る。もう一度もがこうとする彼の耳に届いたのは感情を抑えているのか張り詰めていて、それでいてひどく優しい声色だった。

 

「……無理に起き上がることはないわ。あなたはよくやったもの、これ以上痛めつけられることはない」

「璃緒、さん……?」

「そのまま、サレンダーしなさい。あなたの魂はバリアン世界に吸収されるけれど、その前にもっと傷つくことはない」

 

 それが本心から出た言葉なのだとは、聞いた瞬間から理解できた。璃緒さんは、無意味に人を追い詰めるような真似は決してしない。これは、彼女なりの最大限の慈悲であり敬意なのだ。

 

 けれど、だからこそ。悲鳴を上げる手足に、もう一度力を込める。少しずつ、少しずつ、体が持ち上がり、目線が元の高さへと戻っていく。

 

「く、痛てっ……!」

「鉄男君!?」

 

 このデュエルが始まって初めて、彼女の声に隠そうとして隠し切れなかったであろう悲痛な焦りが含まれた。なんだ、やっぱり璃緒さんは璃緒さんじゃないか。敵対している対戦相手の、それも遊馬やカイトみたいな実力者には程遠い俺なんかのことを、こんなにも思いやってくれるんだから。

 そう思うと、不思議と体の底から力が湧いてきた。その力に後押しされるようにようやく二本の足で立ちあがり、手札と共にデュエルディスクを体の前で構え直す。

 

「鉄男君、どうして……」

「さっきも言った、でしょう?『璃緒さん』が『璃緒さん』であるように、俺は、いつだって、俺ですから」

 

 息を荒げながらも、どうにか笑ってみせる。その言葉に、彼女は一瞬だけ目を伏せ……そしてまた前を向き、その目をまっすぐに見つめ返した。

 

「わかったわ。でも、ラグナ・ゼロは見ての通りナンバーズ。ナンバーズはナンバーズでしか破壊できない、今さら言う必要はないわよね?」

 

 極限まで温かさを感じさせない、どこまでも冷たい声色の言葉。けれど、その奥にある熱い心を、彼はとっくに知っている。

 わざと冷たい言葉をかけることで、こちらの心が折れて戦いを止めてくれることを望んでいる。それがわかってさえいれば、その表面上の冷たさに大切なものを見失いはしない。

 

 とはいえ、彼女の言葉もまた事実。ナンバーズはナンバーズでしか破壊できない、抜け穴もあるとはいえあくまでもそれが基本のルールだ。

 

「ええ、わかっています」

「それを理解しているなら、なぜ立ち上がるの?偽のナンバーズを手にした……訳でも、なさそうね」

「ええ。あのカードの危険さは、俺の……俺の仲間が、教えてくれました」

 

 黒騎士イルミネーター、イドの支配者ショック・ルーラー、涸血鬼ドラギュラス。『No.』の名とそれぞれの数字を冠したカードは、事実ここに来るまでの道中にもいたるところに落ちていた。

 そしておそらくこのあたりの暴徒は皆あれを拾ったことでおかしくなり、そして最後にはそれら偽のナンバーズによってバリアン世界に魂が吸い込まれてしまったのだろうとは容易に想像がついた。だからハートランドには人っ子一人おらず、破壊の痕とカードだけが不気味に散らばっているのだろうとも。

 

 これがあれば、きっと。

 

 そう、心のどこかでもっともらしく誰かが囁いた。それらのカードに手を伸ばしたいというそんな誘惑を感じなかったと言えば、嘘になる。ナンバーズさえあれば、少なくとも互角の立場で戦うことができる。たとえ、それがどれほど危険な力だったとしても。

 

 だがその誘惑を振り切ってくれたのは、彼の仲間であり友人の一人。表裏徳之助の言葉だった。

 

 

『これがあれば、きっとデュエルも強くなって。遊馬の役に立てるかもって、思って……』

 

 

『俺……いつも、何の役にも立たないウラ。だから、だから……』

 

 

 ナンバーズクラブ、などと名乗っておきながら、そのほとんどは遊馬とアストラルに任せきり。当の本人たちはそんなこと気にもしていないと頭では理解していても、徳之助が内心ずっと秘めていた思いは大なり小なり皆が思っていたことだった。

 だから偽のナンバーズに縋ろうとした彼を、決して責めるつもりはない。ずっと苦しんでいたところに急に救いの手が差し伸べられれば、たとえその手が地獄から伸びていようとも掴んでしまう。それだけ彼はあの人を食った態度の裏で苦しんでおり、一歩間違えればそれは自分自身の姿でもあった。

 

 ただ、その結果自分たちが潜んでいた潜水艇はMr.ハートランドに補足され、遊馬の帰還によって辛うじて退けはしたものの全デュエリストの中でも最強格のカイトがひどい消耗を負った。それも、覆しようのない事実だ。

 

 今となっては叶わない話となってしまったが、それでも彼にひとつ言ってやりたいことがあるとすれば、どうして俺たちに相談しなかったんだ、その一言だ。皆気持ちは同じなのだから、せめて自分だけで抱え込まなければもう少し事態はいい方向に転がっていたかもしれなかったのに。

 そしてその気持ちが痛いほどにわかるからこそ、同じ轍は踏まない。その思いが、伸ばそうとしかけた手を止めてくれた。徳之助が助けてくれた、そう言ってもいい。

 

「それに、例えナンバーズがなくったって、俺には秘策があるんです!トラップ発動、エクシーズ・ダンス・マカブル!モンスター・エクシーズの戦闘によって戦闘ダメージが発生した時、デッキから永続トラップ1枚を選んで自分フィールドにセットできます」

「永続トラップを……?いえ、それよりも、『モンスター・エクシーズの戦闘によって』?」

 

 ダイレクトアタックをトリガーとして発動したトラップ、その発動条件が引っかかったらしい彼女がわずかに眉を顰める。先攻1ターン目にエクシーズ召喚ができなかった彼がこのカードの発動条件をこのターン中に満たすには、当然メラグがなんらかのモンスター・エクシーズを出してくることが大前提となる。そんなカードを伏せていたということは、彼女ならば必ず初手からエクシーズ召喚を行ってくるだろうとの信頼の表れ。

 明らかに分の悪い賭けだ。現に最初のスノーダスト・スワローの効果でアイアイアンを弱体化して攻撃することを選択していれば、このカードは伏せられたまま彼の手元で腐っていた。

 

 しかし、『璃緒』のデュエルをずっと見てきた彼は、なんてことないかのように言い切ってみせる。

 

「はい。俺は、璃緒さんのことを信じていましたから」

「そう……カードを2枚セットして、ターンエンド」

 

 その短い言葉の裏にどんな思いが込められているのか、その全てを窺い知ることはできない。しかし、自分の言葉は届いているはずだと。そう信じて、デッキトップに手をかける。カードを引く前にふと思いつき、大きく息を吸い込んだ。

 

 今の手札ではこの状況をひっくり返すには、決定的なパーツが足りていない。状況は圧倒的に不利、このドロー次第ではせっかく伏せた秘策のカードも使いどころがないまま負けてしまう。

 

 

 

 けれど俺の近くには、いつだってそんな状況をひっくり返してきたすごいデュエルバカがいるじゃないか。信じれば、デッキは必ず応えてくれる。そうだよな、遊馬。

 

 

 

「うおおおおおっ!」

「……?」

 

 

 

「かっとビングだ、俺ーっ!ドロー!」

 

 

 

 親友の口癖を借り、愛用のデッキに祈りを込めてカードを引き抜く。大きく伸ばした手の先に掴んだ運命を託した一枚を、そっとひっくり返し……。

 

 願いは、通じた。

 

「魔法カード、大量増産を発動!手札からレベル4以下の機械族モンスターを墓地に送ることで、その同名モンスター2枚をデッキから手札に加えることができる!」

 

 たった今引いたブリキンギョのカードを墓地に送り込み、デッキを広げて残る2枚のブリキンギョを手札に加える。これで、準備は整った。

 

「ブリキンギョを召喚して、効果発動。手札からもう1体、同名モンスターを特殊召喚です」

「レベル4モンスターが、2体」

「いいえ!忘れたんですか、璃緒さん?俺のエースモンスターを!」

 

 ブリキンギョ(※) ATK800

 ブリキンギョ ATK800

 

 確かにレベル4モンスターが2体揃えば、大概のランク4モンスターは呼び出せる。しかし彼のエースモンスターの召喚条件は、そのさらに上を行く。

 

「魔法カード、アイアンコール!俺のフィールドに機械族モンスターが存在するとき、墓地からレベル4以下の機械族モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚します」

 

 アイアイアン ATK1600

 

「3体……そうだったわね」

「レベル4のブリキンギョ2体と、アイアイアンでオーバーレイ!3体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚っ!」

 

 水属性のブリキンギョは、青い2つの光。そして地属性のアイアイアンは、それとは違う黄色い光。2色の光が螺旋を描き、先ほどのラグナ・ゼロと同じような宇宙空間へと飛び込んで無音の爆発を起こす。

 そこに現れたのは全身をピカピカの光沢で覆われた、どこかとぼけた顔をした巨人の人形。初めてカードを手にしたときからずっとずっと共に戦ってきた最上のエースモンスターに、この場は託された。

 

 

 

 

 

「来い、ブリキの大公!」

 

 

 

 

 

 ブリキの大公 ATK2200

 

「ブリキの大公……その効果は互いのターンに1度ずつ、相手モンスター1体の表示形式をリバース効果の発動すら許さずに変更させる攻防一体の強力なもの」

「ははは。さすがですね、璃緒さん。俺のエースの効果まで、完璧に覚えているなんて」

 

 彼女とはかつてこの場所でスポーツデュエル大会を行った際にタッグを組んでいたこともあり、その際に互いのデッキのすり合わせも多少は行った。その時にブリキの大公の効果も見せた覚えはあるが、まさか今の今までそれを覚えていて、正確に暗唱までできるとは。

 凄まじいまでの記憶力に内心で冷や汗をかきながらも素直な賞賛の言葉を贈るも、反応はない。

 

「そこまでわかってるなら、説明は必要ないですね。ブリキの大公、神葬零嬢ラグナ・ゼロに効果発動だ!」

 

 おもむろに手にした長剣を振り上げた大公が、その剣に自身の周囲を衛星のように周回していた三つの光球のうち一つを吸収させる。

 

 ただ、それだけで。黄金に輝く剣の一振りは波動となって空を薙ぎ、ラグナ・ゼロに膝を着かせた。

 

 No.103神葬零嬢ラグナ・ゼロ DFE1200

 

「でも、ナンバーズでもないそのカードでどうするつもり?ラグナ・ゼロの守備力は確かにブリキの大公の攻撃力より低いけれど、戦闘破壊できないのなら何の意味もないわよ」

「もちろん、それは俺もわかってます。でも、俺はこの時を待っていたんです!この瞬間に永続トラップ、友情の巻き直し(アンコール・シェイクハンド)を発動!」

 

 それは、先ほどエクシーズ・ダンス・マカブルで場に伏せた一枚。

 少しでも遊馬たちと共に戦いその負担を共に背負うために必死になって知恵を振り絞って考え付いた、ナンバーズ未所持というハンデを補う切り札となるべきカード。

 

 そしてその効果は、果たして通った。刃を収め膝を着いたラグナ・ゼロの姿が、黄金の粒子となって消える。そして次の瞬間には、また膝を着いたままの姿勢で再び現れていた―――――ただし、本来の持ち主であるメラグではなく、対峙する鉄男のフィールドに。

 

「私のラグナ・ゼロが……?」

「いくらナンバーズだって、カード効果まで受けないわけじゃない。友情の巻き直しは相手モンスター1体の表示形式が効果によって変更された時にのみ発動でき、そのモンスターの表示形式を変えられない代わりにそのコントロールを得ることができるんです!」

 

 これが、ナンバーズを使えない人間にとって精一杯のあがき。表示形式が変更できないため攻撃は事実上封じられてはいるが、たとえ攻撃はできずともその耐性は守備表示で構えておくだけで十分な壁となる。

 

 もっとも、と、かつてやむを得ない事態により遊馬の希望皇ホープを使った時のことを思い出す。あのホープでさえ、ナンバーズを使うことによるデメリットとリスクはあったのだ。今はラグナ・ゼロも大人しくしているが、いつ何時こちらに悪影響を及ぼしてくるかは分かったものではない。

 

 とにかくこのカードを使った以上、もたもたしてはいられない。どう転ぶにせよ、このデュエルは速攻で終わらせる。あまりにもか細い策とも言えないような論理ではあるけれど、遊馬の持つ皇の鍵やトロン一家の紋章のような不思議な力がない以上、自分にできることはそれしかない。

 

「なるほど、対策はちゃんと考えてきたわけね。それで、そのままダイレクトアタック……かしら?」

 

 ブリキの大公の攻撃力はそれだけで2200と、初期ライフの半分をわずかに上回る。このまま彼女の言う通り攻撃するだけでも、勝負の流れは一気にわからなくなるだろう。だというのにこの含みのある、それどころか余裕すらも感じさせる発言。

 これは2200のダメージくらいでは怯みすらしないという意思表示なのか、はたまたあの2枚の伏せカードを使うことでこの攻撃を凌ぐ算段が付いているのか。

 いずれにせよ、やることは変わらない。迷うなと自分を叱咤し、さらに次の手を打つ。

 

「いいえ、まだですよ。魔法カード、エクシーズ・スクラム!俺のフィールドにランクの同じモンスター・エクシーズが2体以上存在するとき、そのうち1体の攻撃力はもう1体の攻撃力分だけアップさせます!守備表示のラグナ・ゼロの攻撃力を、ブリキの大公に!」

 

 ブリキの大公 ATK4600

 

 残る手札に、あの伏せカードを除去する手段はない。そのことに、言いようのない不安は感じる。しかしそれでも、ここはその罠ごと踏み越えるしかない。

 覚悟なら、この場所で戦うことを決めた時からとうに定まっている。

 

 

 

「行きます、璃緒さん!ブリキの大公で、ダイレクトアタック!」

 

 ドシドシと足音を立て、ブリキの巨人が走る。地響きを立てて走りながらも手にした剣を構えて体を大きく横に捻り、突進の勢いと加速を乗せての重い一薙ぎが降りぬかれる。

 

 

「行っ……けええええっ!大公の一撃!」

 

 

 振りぬかれる剣の軌跡が、ひどくスローモーションに見えた。それでもじわじわと長剣の芯は目を閉じたメラグの細い体を捉えるために近づき、近づき、近づき……

 

 カッ、と、その両目が見開かれる。限りなく時の鈍化した世界の中で、確かにメラグは鉄男の目を見ていたし、鉄男もまた璃緒を見ていた。

 そして確かに、こう言ったのを聞いた。

 

 

 

「トラップ発動、絶体絶命零度(アブソリュート・ゼロ・ヴィジョン)!」

 

 

 

 突如として、メラグの背後から吹き付けてきた風によって視界が白く染まる。ハートランドの彼らがデュエルしている広場一帯が、みるみるうちに白い凍気に覆いつくされていく。真っ向から吹き付けてきた風の勢いにはあと数センチでその剛撃を当てる寸前まで来ていたブリキの大公の勢いに乗った巨体でさえも耐えきれず、抵抗空しく険しい顔でじわじわと後ろにずり下がっていく。

 

「……っ!?あれは、璃緒さんのエース……!」

 

 正面から無限に吹き付けてくる風の、雪の、氷の冷たさと勢いは、まともに目も開けていられないほどで。それでも懸命に前を向こうとした彼の目に、見覚えのあるシルエットが浮かんでは消えた。

 

 零鳥獣シルフィーネ。かつて璃緒が己のエースモンスターとして愛用していた、氷の羽を持つ鳥人。それが、吹雪の向こうにそのシルエットだけを写してはまた消えてゆき、またほかの場所に影だけを写しては掻き消える。何体ものシルフィーネの影に、気づけば取り囲まれていた……しかしどれほど目を凝らしても見えるのはその影法師ばかりで、それすらも視界に捉えたと思えば吹雪の中にすっと見えなくなり。

 

 まるでその姿を掴みさえすれば『神代璃緒』が帰ってくるような、逆に言えばこのままだと彼女がその影すらも消えてしまいそうな、根拠のない焦燥感に苛まれてあちこちの影を必死に目で追う。

 だがそれは眼前の相手への注意が、波乱が起きつつある盤面への警戒がおろそかになっていることに他ならない。それを諫めるかのように、吹雪の向こうから冷たい声が突き刺さる。

 

「相手の直接攻撃宣言時、手札一枚を墓地に送ることでこのカードは発動できる。そして私のエクストラデッキからカード一枚をランダムに墓地へ送り、それが水属性のモンスター・エクシーズだった場合。そのカードがオーバーレイ・ユニットを使い発動する効果を、このカードの効果として使うことができる!」

「エクストラデッキのモンスター効果をコピーするトラップだって!?」

 

 自身の体温のない体に容赦なく降り積もっていく極寒の吹雪をものともせず、ブリキの大公がなんとか一歩を踏み出した。間接に入り込み内部機構を狂わせる雪の結晶を、温度低下に凍り付いていく体を押して、再び剣を構えてメラグへと近寄っていく。そんな大公の前に立ちはだかるかのように、シルフィーネが黒い影が舞い降りた。

 まるでこの攻撃が防がれたかのような情景に、言葉を失い……それでも、叫ぶ。

 

「で、ですが!ブリキの大公の攻撃を止めることができるかどうかは、まだわからないはず!」

「そうね。なら、確かめてみましょう」

 

 

 必死の抵抗は、むしろあっさりと肯定されて。しかしそれは、ここで敗北することはないとの彼女の自信を雄弁に物語っていた。可能性が存在することは認めながらも、そこに辿り着くことは決してないとの固い意志。彼女には、それがあった。

 そして、そのデュエルディスクからランダムに選ばれた一枚のカードが弾き出される。まるで両者の実力差を物語るかのようになんてこともなく、そのカードに目を落とし……。

 

 最初に変化があったのは、盤上のブリキの大公だった。幻影のシルフィーネを袈裟切りにして突き進むその右手から、またも鳥人の影が吹雪に紛れ音もなく迫る。その影を今度は右に踏み込みつつ薙ぎ払い、さらに左から近寄ってきた影に対抗するため剣を振り上げ……その腕が、ぎこちなく止まった。

 

 最後の抵抗は、そこまでだった。

 

 完全に停止した足元から、そして伸ばした腕とその大剣の先から、そして丸々とした胴体までも。その全てが、分厚い氷に閉ざされていく。物言わぬ氷像に、存在が書き換えられていく。

 

 

 

「…………零鳥姫リオート・ハルピュイアの効果を、絶体絶命零度のものとして発動。相手モンスターを対象に、その攻撃力を0にする」

 

 ブリキの大公 ATK0

 

「そんな……璃緒さん!」

 

 それは、シルフィーネの進化した姿ともいえるカード。より戦闘と一撃のダメージに特化した、奇しくも人間『神代璃緒』と同じ名を冠したもうひとりの鳥人。無数のシルフィーネの幻影に混じりただ一人近づいていたその影が、ブリキの大公の動きを完全に止めきった。

 

 あとほんの一歩。しかしその一歩は、もう決して届かない。

 

 

 

 口に出しはしないし決して認めはしないが、彼自身も薄々理解していた。今の攻撃は、自分に残されていた最初にして最後のチャンス。この一撃を通し損ねた時点で、もはや万にひとつの目すらもない。

 それでも、まるで自分が認めさえしなければその結末は訪れないと、稚気じみた夢を語るかのように。

 

 全てを賭けた一撃さえも通用しなかった喪失感に加えナンバーズの影響が心身に掛ける負荷がここにきて限界を迎えつつあるのか薄れ始めた意識、消耗した体力を自覚しながらも、最後の最後までカードは手放さない。勝負を投げ捨てはしない。

 

「永続魔法、ブリキの大城壁を発動……!俺のフィールドの魔法・罠カード全てを破壊してモンスターを全て守備表示に変更、その後互いのフィールドに存在するオーバーレイ・ユニットひとつにつき1000ポイント、この効果で守備表示になったモンスターの守備力をアップさせる!」

 

 氷漬けになったブリキの大公が、物言わぬ氷像となってもなお主の前に立ちはだかる。その分厚い氷は動きを封じる枷であると同時に鉄壁の鎧となり、最後の壁として死してなおその責務を果たさんと。

 

 ブリキの大公 DEF4200

 

「ブリキの大公自身で2つ、さらに私のラグナ・ゼロが持っていたオーバーレイ・ユニットを合わせて3つ……けれど鉄男君、そのカードを使うことがどういうことか、わかっているのかしら?」

「ええ、わかっています。やっぱり、俺には……この、カードは、使いこなせない、みたいです」

 

 ただ所持しているだけで所有者を蝕むナンバーズの力が、一度自覚するといよいよ本格的に牙を剥き始める。全てが手遅れになる前に辛うじてそれを手放すことができたのは、果たして運がいいのか悪いのか。

 

「友情の巻き直しがフィールドを離れた場合、そのターンのエンドフェイズにコントロールを得たモンスターは破壊される。返してもらうわ、私のナンバーズ」

 

 ラグナ・ゼロが破壊され、メラグの墓地へ。とうにシルフィーネの影は消え失せていたが、凍り付き白く染まった世界と吹き荒ぶ寒風の勢いはいまだ衰えることはなく。

 

 その中心で、彼女がカードを引こうとする……だが、何かに気が付いたようにその手が止まった。あらぬ方向へと視線をやり、再び向き直ったその顔は深い悲しみと諦観、そして悲壮な覚悟に包まれていて。

 

「特別に見せてあげる、これがバリアン七皇の真の力!」

 

 その言葉とともに、吹雪の軌道が大きく荒れた。メラグの体、正確にはその左腕にあるデュエルディスクを中心として真紅の光が弾け、デッキトップが光り輝く。それと同じ現象を、彼は見たことがあった。例えばWDC予選、遊馬とⅢのデュエルに付いていった時に。同じくWDCの決勝、遊馬とトロンとの戦いで。

 

「シャイニング、ドロー……!」

 

「いいえ、あれはアストラル世界の力。そしてこれは私の、バリアンの。真なるカオスの力!」

 

 呟いた言葉をはっきりと否定し、雪景色の中にあってより一層輝くデッキトップにその指をかける。そして、その1枚を引き抜いた。

 

 

 

「バリアンズ・カオス・ドロー!」

 

 

 

 ゆっくりと、そのカードが表を向く。引き抜かれたそれを見すらせず、何が引かれているのかは既に分かっていると言わんばかりに。

 

RUM(ランクアップマジック)七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)を発動!」

 

 それは一目見ただけで、この世ならざる力を秘めていると嫌でも理解できた。

 それを一目見ただけで、それを受け入れた不退転の覚悟が嫌でも理解できた。

 

 赤い紅い空に星々が輝くバリアン世界の空そのものを、切り取って取り出し濃縮したかのような1枚。まるで地球そのものを相手とするにも等しい、ただの人間が相手にするにはあまりにも大きすぎる力。

 

 それでもなお、足掻く。

 

「ランクアップ……でも、璃緒さんのフィールドにナンバーズはもういない!」

「そうね。あなたがこれまで見てきたバリアンズ・フォースを始めとして、RUMには本来ランクを上げるためのモンスター・エクシーズが別に場に必要となる、その通りよ」

 

 けれど、と、言葉を切る。その背後に暗い魔法陣が開き、辺獄の底から倒れたはずの氷の舞踏家が吊り上げられるかのように力ない姿勢で浮かび上がってきた。

 

 No.103神葬零嬢ラグナ・ゼロ ATK2400

 

「ああ、ラグナ・ゼロが?」

「七皇の剣はまずオーバーハンドレッド・ナンバーズ1体を選択し、それをモンスター効果を無効にして呼び出せる。そしてカオスナンバーズへとランクアップさせる!」

 

 ラグナ・ゼロが光の塊となって、さらに上の存在へと作り替えられていく。その様を、ただ茫然と見守ることしかできなかった。こんな方法で、ランクアップへと繋げることができるだなんて。

 

 

 

「私は、ランク4のラグナ・ゼロでオーバーレイ」

 

 

 

 止められない。あれほど恐ろしかったラグナ・ゼロが、こうもあっさりとその上位種へと変貌していく様を。

 

 

 

「1体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを再構築」

 

 

 

 止められない。より人間とかけ離れたその力を、目の前の彼女が振るおうとしているのを。

 

 

 

「カオス・エクシーズ・チェンジ!」

 

 

 

 絶望よりも恐怖よりもなお大きい圧倒的な無力感が、刺すような冷気よりも遥かに鋭く心をえぐる。

 

 

 

「現れなさい、CNo.(カオスナンバーズ)103……時をも凍らす無限の力が今、甦る」

 

 

 

 そしてついに、その時は来た。秘密のベールに包まれていた真なるカオスの力が、廃墟と化したこのハートランドに暴かれる。

 

 

 

 

 

「神葬零嬢ラグナ・インフィニティ!」

 

 

 

 

 

 自身よりも巨大な両刃の鎌を、くるくると弧を描くようにその細腕で回転させる冷たい瞳の美女。白を基調とした装束を身に纏っていたラグナ・ゼロとは逆に、黒と紫のドレスで身を包む氷の女。

 

 CNo.103神葬零嬢ラグナ・インフィニティ(※) ATK2800

 

「くっ……それでも!ブリキの大公の効果発動、ラグナ・インフィニティを守備表示にする!これで、このターンそのオーバーハンドレッド・ナンバーズがどんな効果を持っていたとしても攻撃はできないはず!」

 

 ブリキの大公の氷像の、わずかに氷の先から飛び出たその剣先から光が放たれる。光を浴びた零嬢が、三日月の上に座り夜空を見上げる女神のように鎌の柄に音もなく座り込んだ。

 奇妙なほどにあっさりと、何の抵抗もなく。

 

 CNo.103神葬零嬢ラグナ・インフィニティ DEF2400

 

「もとよりラグナ・インフィニティの攻撃力では、ブリキの大公の守備力を突破できなかった。随分と慎重なことね」

「誓ったんです。必ず、俺たちと璃緒さんとの絆を取り戻してみせる!」

 

 それが虚勢だとは誰よりも自分が一番知りつつも、なおも足掻く。足掻き続ける。

 

 

 

 そしてそれすらも、一蹴される。

 

 

 

「そう……でも、これでそれも終わり!ラグナ・インフィニティの効果発動!自身のカオスオーバーレイ・ユニットを1つ使うことで相手フィールドに存在する元々の攻撃力と異なる攻撃力を持つモンスター1体を除外し、その数値の差の分だけダメージを与える!」

「そん、な……!」

 

 ブリキの大公に掛けられたリオート・ハルピュイアの呪いは、期限や制限など存在しない。すなわち、その攻撃力は今もなお0。そしてブリキの大公の元々の攻撃力は、2200。

 

 

 

 残されていたライフポイントの数値―――――1600。

 

 

 

 ラグナ・インフィニティは、もはや彼に近づくまでもない。ただその場で鎌から降りてひと振りする、それだけで全ての音が消えた。

 

「あなたの気持ち、デュエルを通して確かに伝わってきた」

 

 精一杯立ち向かい、今まさに力尽き吹き飛ばされていく少年に、最後の声を掛ける。

 優しい言葉ではない。労わりの言葉でも、謝罪の言葉でもない。

 ここで言い切ることこそが、もはや後には退けない自身のやるべきことと信じて。人間世界を、『神代璃緒』の人生を……他の全てを切り捨てて、自分は兄に付いていくと決めたのだから。

 

 たとえその先に待つものが、冥府魔道の果てでしかなかったとしても。

 

 

 

「けれど今の私にとって、それは迷惑でしかないわ」

 

 

 

 だから、言い切った。胸を刺す痛みには、気づかないふりをして。

 

 鉄男 LP0

 

「遊馬のところに、戻るはずだったのに……」

 

 倒れた少年にも、その声は聞こえていた。先ほどはまだ起き上がる気力があったが、今度ばかりはもう駄目だと理屈ではなく魂で理解できた。

 痛みはない。ただ、力が入らない。指一本すらも、動かない。意識が、薄れていく。

 

 ―――――ごめん。

 

 最後に思い浮かべたその言葉が親友に向けたものか、ついに自分では力及ばなかった想い人に向けたものだったか。

 それも、もはやわからなかった。

 

 

 

 

 

「ふー……」

 

 赤い光の粒子となって空へ吸い込まれていった少年を、メラグは静かに見送る。ナッシュの元へ向かわねばと理解はしていたが、その最期の一粒がこの世界から消え去っていく様からは、どうしても目を離せなかった。

 そして先ほどまでの激闘が嘘のように静かになった広場で、最後にもう一度嘆息し。そっと閉じた目から零れる涙を見るものは、もはや誰もいなかった。

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