陰の実力者を諦めて!   作:リーパ―

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聖地巡礼

 聖地リンドブルム。

 

 かつて英雄オリヴィエが魔神ディアボロスの腕を切り落とし封じたという聖教の聖地の一つである。

 

 なぜ急に地名の話をしたかというと『暇なら聖地に来て』とアルファから手紙をもらったからだ。聖地だけだと何処の聖地なのかわけわかめだが、もうじきリンドブルムでは『女神の試練』というイベントが起こる。しかもそのイベントに関連した『聖域』を『シャドウガーデン』は調べていた。

 

 おそらく『シャドウガーデン』で『聖域』にアプローチをかけるために僕を呼んだんだろう。

 

 面白そうだからいざ、聖地に行こうと旅行準備を整えたとき、夏休みは実家へ帰るわよと姉さんが僕の下宿にやってきた。旅行準備万端の僕を見て「そんなに実家に帰るのが楽しみなのね。お姉ちゃんが夏中ビシバシ鍛えてあげる」なんて無駄に張り切りながら、僕は姉さんの帰省に巻き込まれた。

 

 隙をついて逃げることもできなくはなかったが、そんなことをした後の姉さんの怒りを考えるとおとなしく連行されることにした。道中の姉さんはとても楽しそうに実家に帰ってすること、僕の修行内容について思案していた。

 

 いよいよ実家に帰った翌朝、僕は実家を抜け出してリンドブルムに向かっていた。一応置き手紙は残していったから、姉さんみたいに誘拐されたとは思わないだろう。姉さんは怒るかもしれないが、僕は実家に帰ることは了承したが、姉さんの訓練にまで付き合うとは言っていない。聖地に行く通り道に同じ方向の実家に帰り、また実家を経由して王都に帰るだけだ。

 

 そんなことを思いながら聖地に着いた……までは良かったが、今度は『女神の試練』の来賓に招かれたというローズ会長と遭遇した。向こうに見つからないうちに逃げられたら良かったが、残念なことに見つかってしまい、こうしてリンドブルム観光に巻き込まれている。

 

「私、シドくんとこの地で再会した時には運命を感じました。こうして離れた地で偶然再開できるのは世界が祝福しているからだと」

 

 生憎だが僕は運命なんて信じないし、世界にだって喜んで喧嘩を売るタイプだ。

 

「二人は茨の道を歩むことになるでしょう。人々から祝福されず、認められない道です。しかし女神から力を授かった伝説の英雄は、平民から富と名声を築き大国の王女を娶ったと伝えられています。茨の道は辛く苦しいですが、それを抜けた先には必ず幸せな未来が待っていると私は確信しています」

 

 僕が知る限り女神なんて存在はこの世界にいないようだし、英雄なんて一握りの例外を持ち出して見習えなんて無茶苦茶としか思えない。

 

「今回の女神の試練を越えれば二人は茨の道を一歩進むことができます。私も父に勇敢な青年の話をすることができます」

 

 僕は女神の試練に出る予定はないが、『女神の試練』を越えなければいけないその青年は大変だなぁ。

 

「茨の道を二人で一歩ずつ乗り越えていきましょう。その一歩が二人の愛を深く強く結んでいくのです。今はまだ誰にも話せませんが、幸せな未来のために頑張りましょう」

 

「そだね」

 

 二人の愛って誰のことだろう。ローズ会長の知り合いに身分違いの恋をしているカップルでもいるのだろうか。

 

 ローズ会長が手をさりげなく出してきたので僕も手をそっと出すと、僕の左手に自分の手を絡めてきた。心なしか眼差しもいっそう熱を帯びているように思える。ランチをどうしようかと思っているとローズ会長が奢ってくれると言い出し、高級料理店で食べる。

 

 食後にメインストリートを歩いていると、土産物店で剣と禍々しい左腕の飾りの土産物が売ってある。

 

「剣と左腕って、ここに封印されている魔人の左腕を模した物だね。ちょうどいいから、ヒョロの土産はこれにしよう」

 

 ジャガの方はヒョロと比べると知性派らしくリンドブルムの土産物リストを渡してきた。最も帰り際に買えばいいかと思ってまだ見ていないが。そう思っていると、ローズ会長が何処かに僕を引っ張っている。

 

「ナツメ先生のサイン会をやってますね。私、大ファンなんです!」

 

 それを聞いた瞬間、僕は内心で嫌な顔になる。新進気鋭の新人作家ナツメ・カフカの正体は七陰のベータだ。

 

 ベータは昔は臆病なところがあり、『シャドウガーデン』の活動で戦うたびに眠れなくなっていた。だから寝物語にとさまざまな話をしてあげたのだが、彼女は話の内容を完全に丸パクリして作家デビューしたのだ。

 

 ガンマやイプシロンも経済や音楽界で僕の陰の叡智という前世知識で金や名声を得ているが、ガンマやイプシロンは再現するために努力を積んでいる。だが文学において最も肝心で難しいのは内容だ。それを僕の前世知識で楽しているのは、正直失望させられた。僕の話を元にオリジナルの話を作ることを期待したのに。

 

 とはいえアルファたちが何を狙っているのか知るチャンスなので、ローズ会長のように適当な著作を買ってサイン会に並ぶ。にこりと微笑むベータに他人の振りをしながら、無言で本を差し出す。それに慣れた手つきでベータがサインすると、離れようとする。

 

「私は来賓として招かれています。内部の情報はある程度流せます。計画の詳細は本に書きました」

 

 立ち去る直前、ほんの小さな口の動きでベータが告げた。僕らはそのまま目を合わさずに別れて、僕はスパイ映画の主役っぽくていいなと思った。

 

思わずベータのパクリを許そうと思っていると、先にサインをしてもらったローズ会長が待っていた。

 

「シド君も好きだったんですね、ナツメ先生」

 

 同好の士を見つけたと思っているのか、とても嬉しそうだ。

 

「いや、僕は」

 

「わかります、女性のファンが多いから言いづらいんですよね。でも、こういうイベントに来るのは女性が多いだけで、本当は男性のファンも多いんですよ」

 

「はぁ、そうですか」

 

「やはりナツメ先生の魅力はその壮大な発想力ですよね。全く新しい物語と、斬新な世界観、そして新鮮な価値観をもつ魅力的な登場人物」

 

 近代的な異世界の題材や内容をパクっているから、そりゃ斬新で新鮮だろうね。

 

「恋愛、ミステリー、アクション、童話、そして純文学、すべてのジャンルに精通し、まるで全く別人が書いているかのような物語を構築していく。その多様性こそが多くの人々の心を掴むのです」

 

 全く別の人が原作のものをパクっているからね。

 

「見てください、私のサイン。ナツメ先生に名前を入れてもらったんです」

 

 そう言ってローズ会長が見せてくる本を見ると、ローズ会長の名前とナツメ・カフカのサイン。

 

 そういえば計画の詳細は僕の本に書いたなと思って本を開くと十行ほどの文章が書かれていた。

 

「これは……何の文字でしょう? 古代文字とはまた別のようですし」

 

 僕の本を覗き込んだローズ会長は不思議そうだが、それも当然。これは筆記体のアルファベットだからだ。H暗号か。宿でゆっくり見ればいいかと本を閉じる。

 

「ですがなぜ未知の文字を書いたのでしょうか?」

 

「かっこいいからじゃないかな」

 

「かっこいいですか?」

 

「うん」

 

「男性はそういうものが好きなのですね」

 

 かっこいいは浪漫だ。日が暮れてきて宿を何処にしようか悩んでいると、ローズ会長が自分の泊まる最高級ホテルの隣室をとってくれたので、ありがたくそこに泊まることにする。金持ちのヒモって悪くないなと思う。

 

 翌朝、僕はホテルの温泉に入りにきた。ここリンドブルムは温泉も有名で、僕は温泉も比較的好きだ。湯に浸かる行為は心の余裕を生む。その甲斐あって僕は前世で核に抗うには魔力やオーラが必要だと理解したのだ。

 

 朝だから貸切気分を味わえるかなと思ってきたら、あいにく先客にアレクシア……なんで。

 

 何でアレクシアがいるの? 僕間違って女湯に入ってきたのと思ったが、人気のない早朝は敷居が失われ混浴になっていることを思い出した。いや、何で混浴になっているんだよ。ここ利用するのは高貴な方々だろうが、もし何処ぞの王子がとち狂って別の国の王女とかを襲って外交問題になったらここも責任を問われるだろうが。

 

 色々と思うところはあるが、温泉に罪はないので入ることにする。アレクシアをいない者にすれば何も問題はない。広い湯船で景色は雲海と朝日、これで貸切だったならと想いを馳せる。アレクシアとの居心地の悪い空気にさっさと出ようかなと思っていると、アレクシアが話しかけてきた。

 

「怪我はもういいの?」

 

 彼女にしては小声だった。

 

「どの傷?」

 

 ブシン祭選抜試合、学園占拠と荒事が多かったせいでどの傷のことかわからなかったのだ。

 

「この間の傷よ。ついカッとなって切り刻んじゃったけど、生きててよかったわ」

 

「辻斬りなりの賞賛なのかな」

 

「何か言った?」

 

「いや、何も」

 

 アレクシアがつけたやつか。あんなもの、やられた三日後には塞がっていた。一応これでもアレクシアからすれば謝罪なのだから大人として水に流してあげるべきだろう。

 

「僕もあの後、無差別通り魔殺人犯扱いしたことを謝るよ」

 

 するとアレクシアが僕の横顔に湯をかけてきた。

 

「するわけないでしょ」

 

「あんなことがあったら疑っても仕方ないと思うけど。そういえば学園占拠の時って、アレクシアどうしてたの? いた覚えがなかったんだけど」

 

「あの日は姉様に呼び出されて学園にいなかったの。学園に戻ってくると、門が閉まって、入口の警備が殺されてて驚いたわ」

 

「だよね。それで、君は何でリンドブルムにいるの」

 

「女神の試練の来賓よ。あなたは?」

 

「友達に暇だったら来てって誘われたんだ。多分女神の試練に関することだと思うけど」

 

 女神の試練は聖域から古代の戦士の記憶の再現体を呼び出し戦う、つまり幽霊と戦うと考えたらいい。挑戦者より少し強めの戦士が出てくるため、女神の試練と呼ばれるようになったらしい。

 

 最もアルファたちの本命は女神の試練そのものではなく、古代の戦士たちが現れる聖域のほうなのだが。一応アルファたちも聖域とは何なのかここの大司教を尋問する程度に抑えるつもりではあるらしい。

 

「僕は興味ないけど、君は試練に出ないの? 最近、強くなってるって聞いたけど」

 

「しないわ。今年はいろいろと忙しいのよ。ここの大司教様、少し黒い噂がある人でその監査もあるの」

 

「黒い噂?」

 

「部外者にはこれ以上話せないわ。知りたければ、紅の騎士団に入りなさい」

 

「興味ないし、やめとくよ」

 

「卒業したら入りなさい」

 

「やめとくってば」

 

「入団届は代筆しておくわ」

 

「やめろ」

 

「………………強情ね」

 

 なに人の進路を勝手に決めようとしてるんだ、この性悪王女、しかも紅の騎士団って姉さんが入ろうとしているとこじゃないか。卒業後に先輩兼上司になった姉さんに扱かれるとか冗談じゃない。

 

 もう出ようと思っていると、アレクシアが声をかけてきた。

 

「舐め回すように見られるんじゃないかと予想したんだけど、外れたわね」

 

 アレクシアは具体的に何を、とは言わなかった。

 

「大した自信だね」

 

「私ぐらい完璧に美しいと、欲望垂れ流しの視線に曝されて大変なのよ」

 

 性格はそのぶん凸凹だらけだと笑ってやりたくなったが、それをやったら最悪また辻斬りされるかもしれないからやめとこう。

 

「温泉では、あまり人を見ないようにしてるんだ。お互いに、気持ちよく入るためにね」

 

「いい心がけね」

 

「だから君も、僕のエクスカリバーをチラチラ見るのはやめてくれないか」

 

「フッ」

 

 アレクシアは嗤った。心底馬鹿にしたように。

 

「それがエクスカリバーですって。ミミズの間違いじゃないの」

 

「君がミミズだと思うのならそれでもいいさ。僕はミミズでもエクスカリバーでもどちらでもいいんだ。ただ一つ、忠告しておこう」

 

 僕は立ち上がった。ザバァッ、と湯船に波紋が広がり、僕の彫像の如き体躯がアレクシアの視線を奪う。

 

「物事を見た目だけ見て判断してはいけない。君がミミズだと思ったものは、まだ鞘に入っているだけかもしれないんだから……」

 

 そしてフルオープンで振り返って湯船から出る。

 

「ど、どういう意味よ……」

 

「君程度では、僕の抜き放たれたエクスカリバーを見るに値しないということだ」

 

 そういうと僕は更衣室に入る。そこでおっさんが温泉から出たときやるアレを三回ほどやって着替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして前夜祭の夜、あれからずっとローズ会長の奢りで最高級ホテルに宿泊した僕は、リンドブルムの街を時計塔から見下ろしていた。予定通りなら今頃アルファが正教の大司教を尋問して聖域に関する情報を洗いざらい吐かせているはずだが、どうやら何か不都合があったようだ。

 

 正教会から人目を忍ぶ男たちが何人か出てきた。大司教の護衛か、あるいは口封じを依頼された刺客たちか。まあ、彼らの正体はどうでもいい。

 

「ゼノンといい、ルスランといい、結果的に自分たちの首を絞める選択をするというのか。中途半端な隠蔽は我らの反発を招くのみだというのに」

 

 首尾よく大司祭を尋問できれば内容次第では僕らの関心を失うかもしれないのに、これで直接聖域に乗り込む第二プランをするしかない。『シャドウガーデン』が聖域に侵入したとなると、叱責で済むか怪しいだろうに。

 

 とりあえずやるか。聖教会から出てきた覆面男の一人のそばに降り立つ。近づいて分かったがわずかに血の匂いがする。刺客の方か。

 

「逃げられると思ったか……? 夜は世界が陰る、我らの世界……そこからは誰も逃れられぬ」

 

 覆面男は剣を抜いて僕に挑もうとするが、それより先に後ろから放たれた魔力刃によって首が落ちる。こんなことができるのは、僕は一人しか知らない。

 

「お久しぶりです、主様」

 

「相変わらず見事な魔力制御だ。『緻密』のイプシロン」

 

 体から離れると拡散する魔力を圧縮放出する遠隔斬撃は、七陰で最も魔力制御が上手いイプシロンしか使えない。本人にとって遠隔斬撃はスライムで自然に小柄な自分の体型を盛るために磨いた魔力制御の応用でしかないだろうが。

 

「光栄です」

 

「だが、例の『計画』は芳しくないようだな」

 

「……はい。ターゲットが教団の『処刑人』に始末されました。手下は処理しましたが『処刑人』は行方をくらませています」

 

「ほう……」

 

「計画を第二に変更します」

 

「不満はないか? 学園の直後に行われた七陰との協議で、お前はアルファやベータとともに、最後まで反対していたはずだが」

 

「覚悟の上です。教会を敵に回すことも、悪名が轟くことも……」

 

「……ならばよし。予定通り、明日の祭りが終わった後、力づくで聖域に乗り込むぞ」

 

「はっ」

 

 その言葉を最後に僕たちは再び闇に消えた。

 

 

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