人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン 作:グリッド無頼
プロローグにはネクサスもモルガンも登場しません。原作の流れに沿うのと、自分の思い描く藤丸立香像を描写するためのものです。
【プロローグ】
標高6000mという高さの雪山に聳える、人理から隔離されたと言ってもいい場所にそれはあった。
『人理継続保障機関フィニス・カルデア』である。
厳重な警備とロックの施されたゲート、最新鋭の技術が集った施設の数々。おおよそ一般社会から逸脱しているその場所に、一般という言葉を象徴するような1人の少年がいた。
「ここがカルデア……。あの人も言ってたけど、かなり大きい施設だな……ってか、だいぶ寒いぞ、ここ……。どこにあるんだろう?」
オレは連れてこられた施設のあまりの大きさと、周辺の寒さに思わず息を漏らした。
休日出掛けていた時、急に知らない人に声をかけられ、あまりのしつこさに折れたらここに連れられたけど……。っていうか、あの人オレになにか説明してくれてたっけ? なんの為にここに招集されたんだっけ? ううーん……。
などと考えながらエントランスに入ると、
「塩基配列 ヒトゲノムと確認。霊器属性 善性・中立と確認」
「うわっ! びっくりした!」
突然電子音声が流れ、つい驚いてしまった。
その後もアナウンスは続き、小難しい言葉の羅列の中から拾った言葉から察するに、どうやらオレは歓迎されてはいるようだ。
よかった、映画みたいに突然機関銃でババババッて撃たれなくて。だってそういうのがあってもおかしくなさそうな雰囲気してるんだもんな、ここ。
「──魔術回路の測定……完了しました」
………ん? 魔術…? こんなSFチックな場所なのに、そんなメルヘンというか非現実的な単語が出てくることってあるの? あ、いや、目の前の施設自体が既に非日常の権化みたいな雰囲気あるんだけどさ。それにしたって、魔術なんてそんな…。
「入館手続きにあと180秒ほど必要です。その間、模擬戦闘をお楽しみください」
え、模擬戦闘? でも記録はしないから気楽に?
なんかのシミュレーション……ゲームみたいなものってことかな。もしかして、何かのスポーツ施設みたいなやつの体験とかデバッグみたいなやつだったり? あ、そう考えたら何か急に肩の力が抜けてきたぞ。魔術うんぬんってのも、その手のゲームに没入させるための導入だったんだな、さては。随分と凝った仕掛けが備わってるもんだ。
「よーし、そういうことなら気合い入れてやってみよう!」
と、ガッツリ勘違いしたまんま意気揚々と参加した、まではよかったんだけどなぁ………。
「あれ……ここ……どこだ?」
気がつくと、オレは深い森の中に立っていた。辺りを見渡しても、見えるのは鬱蒼と茂る木々のみだ。人の気配も、動物の気配も、虫の気配でさえも感じられない未知の森。
「これって……夢……?」
夢というには割には現実味を帯びている。ただ、現実というにはあまりにも異質すぎる。夢にしろ現実にしろ、全く馴染みも覚えも無い場所に、オレはいる。その事実だけが、心の底に張り付くようにやけにはっきりと分かっていた。
「とりあえず……進んでみよう」
けれどオレは、なぜだか動揺もなく歩き始めた。それが自分の意思だったのか、或いは何かに取り憑かれでもしていたのか。少なくとも、ここが夢か現実かも分かっていない今のオレに、分かるものではなかった。
今はただ、歩く。光に吸い寄せられる、羽虫のように。
「フォウ……?キュウ……キュウ?」
「うーん……あと5分だけ……」
「フォウ! フー、フォーウ!」
てしてし。てしてし。ペロペロ。
「なんだよ~、今日は休みでしょ~……?」
頬に何やらぷにぷにとしたものが押し付けられたり、湿った生暖かさを感じたりしつつテンプレ通りの決まり文句を吐きながら目を開ける。どうやら、オレは眠って(もしくは、気を失って)いたらしい。寝起きで霞む目を擦り、尚も鈍い思考のまま目の前を見た。
するとそこには、見た事はないが大変かわいらしい、全身をもふもふふさふさとした白い毛に覆われた生き物と、淡い桃色の髪が全く日に焼けていない白肌に重ねられ、黒縁四角眼鏡の奥から紫色の瞳を覗かせる、見知らぬ少女が立っていた。
「……………あの、朝でも夜でも休日でもありませんから、起きてください、先輩」
「………え」
ど、どど、どういうこと……。あまりに奇妙な状況に、さっきまで寝ぼけてうわ言を発していたのはどこへやら、たまらず転がるようにして飛び起きる。
ここどこだっけ、オレなにしてたんだっけ、てかこの女の子誰なの? なんで先輩呼び?
混乱する頭で、とりあえず絞り出した質問をする。
「ここは……?」
「はい、それならとても簡単な質問です。大雑把に言うと、カルデア正面ゲート前です」
”カルデア”……”カルデア”………あ!
「そっか、オレ、カルデアに来たんだ」
自分の行動を思い出し、安堵した拍子についそんな間抜けなセリフを吐いてしまっていた。目の前の女の子が、何を言っているのかと言わんばかりの表情を浮かべる。
「……コホン。ともあれ、こちらからの質問よろしいでしょうか」
「ん、なに?」
1人状況を思い出したことを喜んでいると、女の子から質問された。なにこの状況で呑気に喜んでんだって言われるだろうけど、オレは「どっか抜けてるよなお前」ってみんなからも言われるような楽天家だから仕方がないじゃないか。
「お休みのようでしたが、どうして通路なのでしょう? 硬い床でないと眠れないのですか?」
「実はそうなんだ。畳じゃないと、ちょっと」
「ジャパニーズカーペット、ですね。噂には聞いていましたが、なるほどなるほど……」
ジャパニーズカーペット? ここって日本じゃないの? その割にはこの子もアナウンスも日本語喋ってるけど……。いや、考えるのはやめとこう。なんだか触れてはいけない気がする。何やんかでちょっと落ち着いたし、今のところは目の前の子とは普通に話も言葉も通じるし、少し安心した。
「フォウ! フォフォーウ!」
「そういえば、あなたの紹介がまだでしたね、フォウさん。このリスっぽい方はフォウさん。カルデア内を自由に散歩する特権生物なんです。この方に誘導されて先輩を発見したんですよ」
「そうだったのか……。っとそうだ、オレ、『藤丸立香』。君は?」
「わたしは……そうですね、難しい質問です。名乗るほどの者ではない……といいますか」
握手を求めて手を差し出すが、女の子は少しもじもじとした様子で自身の胸に手を当てた。嫌がっている、というよりは恥ずかしがっているような躊躇い方に見える。もしかしたら自己紹介する機会があんまりなかったりするのかな? もしや、良い所のお嬢様だったり!?
……でも、それにしてはなんと言うか。生気が薄い……みたいな、上手く言えないけど、目を離したらすぐに死んでしまいそう、っていう感じがするというか。例えるなら、病室の窓から外の景色をじっと見続けている、余命僅かな───ああ、いや、やめよう。初対面の女の子にそんなことを考えるなんて、結構失礼だったよな。……ともかく、なんとなく不思議な雰囲気の子だ。
「いえ、名前はちゃんとあるのです。ですが、ただその、あまり口にする機会もありませんでしたから、印象的な自己紹介ができないというか……」
「はは、なにそれ、そんなの気にしなくてもいいのに! 紋切り型の挨拶したオレが変みたいじゃないか」
「それはそうなんですが……」
色々と勘ぐった後に返ってきた、またまた不思議な弁明に自分の挨拶の薄さをおかしく感じてしまう。一旦自己紹介のことは諦めて、別のことを聞き出そうとしたとき、また不意に声を掛けられた。
「そこにいたのか、『マシュ』」
と、声を掛けられたのはオレじゃないみたいだ。死角からの声で上手く聞き取ることは出来ず、呼ばれたのがオレの名前ではない、ということしか分からなかった。
「駄目だぞ、なんの断りもなく移動するなんて……おっと、先客がいたようだね」
かと思ったら声の主はこっちに向き直って、おもむろに握手を求めてきた。モスグリーンのタキシードに、長いシルクハットを被って、肩に癖のある長髪をかけたその人は、常に笑顔を浮かべている人なのか、さっきからずっとニコニコしている。これまた妙な格好の人だなぁという失礼な感想を抱きながらも、とりあえず握手に応じる。
「初めまして、私は『レフ・ライノール』。ああ、もしかしなくても、君は今日配属された新人だね? その純粋そうな瞳、なるほど、一般枠で採用された才能ある若手ってとこかな」
「え、いや、あの、オレは……」
なにやらバイトの初日みたいなことを言われたが、なんの事かちんぷんかんぷんな状態では何も分からず、しかし否定しようとした言葉は遮られる。
「ああ、分かっているよ。適応番号48、”藤丸立香”くん。君が48人目、最後のマスター候補生という訳だ!」
………はて。
「マスター……とか、適応なんちゃら……ってなんですかそれ?」
「「えっ」」
2人分のえっが聞こえてきた。
………一体全体、どうなってんの?
「申し訳ない!!」
こんがらがって訳の分からなくなっている、誤解? の糸を解きながら、オレがここまで来た経緯を話すやいなや、いきなりレフさんが謝ってきた。両手を合掌して頭を下げる、ガチめな謝罪だった。
「そんなの立派な拉致じゃないですか! 訴えられたら間違いなく負けますよ教授!」
「その通りだ。本当に申し訳ない、藤丸君!」
うーん、そんなにたいせつなところにつれてこられてしまったというのかぼくは。とりあえずは、初対面の人に全力で謝られるというなんだかすごい変な事になってきたぞ。
「そしてその流れで入館時の霊子ダイブシュミレートを受けた、と。その後、半ば夢遊状態でここまで来たというわけか……」
量子? ん、霊子? 物理みたいな単語はよくわかんねえけど、たしかにあのシュミレーションから記憶が飛んでるから、そういうことなのかな。思い出しついでに、体験型アトラクションとしてはめちゃくちゃリアルで迫力のある感じで、かなり楽しかったからOK、ってことを伝えたら、「こりゃだめだ」とでも言いたげに2人は顔を見合わせた。
「重ね重ね申し訳ない、藤丸君……」
「そういう訳のようです、こちらからもすみません、先輩……」
「ああいえ、お二人が悪いわけありませんから、気にしないでください。それより……」
依然として何にも分からないが、今1番聞きたかったことを、微妙に落ち着かない心のまま聞いてみることにした。
「オレはこれからどうしたら?」
「うむ、それについては丁度いいタイミングだった。これから中央管制室で所長直々の説明会がある。そこに行けば、君が何故このカルデアに連れてこられたかがわかるはずだ」
「レフ教授、わたしも同席してよろしいですか?先輩がまたお眠りになってしまうかもしれませんし、この様子だと中央管制室の座標を知っているとも思えません」
「うむ、よろしい。私も同行しよう。では藤丸君、君がよければこのまま案内するが、何か質問はないか? せめてもの罪滅ぼしだ。私に答えられる事であれば、何でも聞いてくれ」
何でも、か。うーん、その所長さんから聞いた方が色々と早いだろうし、なんか、今聞いたところで脳内にはてなが生まれる返答しか返ってこない気がするんだよなぁ。
……でも、なーんか無性に気になることがあったなそういや。それだけ、聞いてみるか。
「そういえば、なんでこの子、オレのことを”先輩”って呼ぶんですか?」
「ああ、気にしないでくれたまえ。彼女にとって君ぐらいの人間はみんな先輩なんだ。…とはいえはっきりと口にするのは珍しい……というか初めてなのでは? 私も気になってきたな。どうして彼が先輩なんだい?」
「理由……ですか? 藤丸立香さんは、私が今まで出会ってきた中で最も人間らしいです。全くと言っていいほど脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」
平和っぽいと褒められてるのか、脅威にもならない雑魚と見下されているのか微妙に分かりづらいぞ。……ん? 待てよ、この子の発言的にレフさんとかこの子みたいな、言っちゃあ悪いけど変な人しか居ないってことなの?
「なるほど、それは重要だ! カルデアには私も含め一癖も二癖も変わった人間ばかりだからね!」
え、まじで予想的中こういう人ばっかりなの? っていうか、そういやそもそもここってどういう人たちの組織なんだろう? それもこれも、その説明会に参加すれば分かるのかな? うーん、なんかもう怖くなってきたカルデア……。
「私もその意見に賛成だ。藤丸君、君とはいい関係が築けそうだよ!」
ハハハ、とレフさんが笑う。こっちは笑ってる余裕とか一切存在しないというのに、えらい温度差である。
レフさん、か。今の所、とても人の良さそうな感じだけど……。なんというか、どことなく笑顔を貼り付けているだけというような冷徹さを……いや、そんな訳ないよね。
「さて、そろそろ管制室に向かうとしよう。もう1分ほどで遅刻だ! 所長は遅刻に厳しいからね、下手をすれば目をつけられてしまうぞ!」
「マジですか!? は、早く行きましょう!」
なんというか、気持ちや理解があっち行ったりこっち行ったりで……とにかく、休まる暇がないなぁ!
「時間通りとはいきませんでしたが、全員揃ったようですね。特務機関『カルデア』へようこそ」
管制室にはもうオレ以外が揃っていて、最後の1人を迎えたことで説明会が始まった。あの女の人がレフさんの言っていた所長さんかな。こんな大きな組織の所長だから、てっきりもっと歳をとってる人が務めているものとばかり思っていたんだけど……。などと説明会とは全く関係ないことを考えている内に、さっきまでの眠気がぶり返して来た。しまった、よりによって、1番前の席だぞ……。
「所長の『オルガマリー・アニムスフィア』です。次の遅刻は許しません。わたしの言うことは絶対ということを覚えておきなさい」
まずい、ヤバい、眠い……凄く眠い……。所長さんの話を聞かないと、疑問も何も解決出来ないのに……。けど、眠過ぎて本当に何も頭に入ってこねぇ……。
「先輩、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「また、眠気が……。ヤバい……かも……」
「では話を戻します。あなた達は各国から選抜あるいは発見された稀有な………」
ああ、もう………だめ………。
オレは襲い来る眠気に耐えられず、今まではうつらうつらで耐えていた体をガクりと前に倒し、ガッツリと寝る体勢になる。スヤァ。
その後、ツカツカという間隔の短い足音が凄い勢いで近づき、そして、管制室にて雷が落ちた。
「まさか、追い出されるなんてなー」
「確実に目をつけられてしまいましたね……。ど、ドントマインドですよ、先輩」
とほほ、と赤くなった頬をさする。
「しっかしあの一撃は……効いたなぁ」
「まさに会心の一撃、でしたね。おかげで眠気は消失したようですが」
よもやアニメとかでしか聞いた事のなかった、「ビターン!!」という音をこの耳でリアルで聞くことになるとは思わなんだ。……間違いなく今までに経験した平手打ちの中で最大の威力だった……。
しっかし、やらかしたなぁ。説明会で聞くつもりだったからレフさんに何も質問しなかったし、その説明会もご覧の有様だし。なんとも情けないが、律儀に着いてきてくれた女の子による案内だけが、今のオレの頼みの綱だ。
「とはいえ、先輩はファーストミッションからは外されてしまったので、お部屋まで案内しますね」
「うん、ありがとう」
そういえば、この子の名前……。
「ねぇ、君の──」
「フォウ! キャウキャーウ!」
名前は、と言おうとしたら、フォウ君が彼女の肩からオレの顔に飛んできた。
「わぶっ!?」
「先輩、大丈夫ですか!? まさかフォウさん、先輩がお嫌いだったのですか!?」
oh……なんという素晴らしきモフモフ……。
「………ハッ!」
フォウ君がオレの肩に回ると同時に、我に返る。彼はオレの肩の上で軽やかにくるりと回るとちょこんと座り、くつろぐようにして自身の毛繕いを始める。飛びかかってきたのは、攻撃したかった訳じゃなくてオレの肩に来たかっただけみたい。
「あ、逆だったようですね。大変気に入られているようです、先輩。おめでとうございます、カルデアで2人目のフォウさんお世話係の誕生ですよ」
「なんだかよく分かんないけど、気に入られたっぽい? オレ」
とすれば、あのモフモフを再び……いやいや。
「あ、ありました。ここが先輩のお部屋です」
「そっか……。ここまでありがとう! 君は管制室に戻るんだよね? 結局何も分かんなかったけど、適当に人を捕まえてなんとか聞き出してみるから、オレのことは気にせず頑張ってね!」
「……なんの。先輩の頼み事でしたら、ランチをおごる程度までなら承りますとも」
なんだか少し嬉しそうな顔をして、彼女は管制室へ向かっていった。自己紹介を渋ったり、どことなく感情の起伏が少ないというか突飛なように感じる不思議な子だけど、悪い人じゃあ決してないよな。
………結局、聞きそびれちゃったな、名前。自己紹介はしてもらえずとも、せっかく知り合えたんだから名前くらいは聞きたかったな。
なんとも言えない微妙な気分のまま、去っていく彼女の後ろ姿を見送った。そしてその後、部屋の扉を開くと──。
「入ってまーす………ってうえぇぇえ!? 誰だ君は! ここはボクのサボり場だぞ!!!」
「いやあんたこそ何者だぁ!」
「フォフォ、フォーー〜ウ!!」
オレの個室にすら変なのが居るってどうなってんだよカルデアァァ!!!
「……なるほど。君が最後のマスター候補、藤丸立香君か。はじめまして、ボクは『ロマニ・アーキマン』。カルデアの医療部門のトップを務めさせてもらってるんだ。みんなからは”Dr.ロマン”って呼ばれていてね、君も気軽に呼んでくれていいよ! というか呼んでくれると嬉しいな~」
なんだこの…ゆるふわ系は。
「ささ、そんな所に突っ立ってないで座って座って。今お茶淹れるから」
「いやここオレの部屋……」
「あ、ケーキもあるけどどうだい?」
「食べます(即答)」
「お、食い気味に来たねぇ。君もスイーツ好きな口かい? 話が合いそうで何よりだよ」
ニコニコと嬉しそうな表情をした彼に言われるがままにイスに座り、お茶とケーキを受け取る。
「いただきます!」
もぐもぐ。このケーキ美味しいいいいいいいい
ふと我に返って、目の前でニコニコしながら同席している男を見る。うん、やっぱりこの施設変な人しかいねぇー! とはいえ、一つだけ分かったこともある。ここは日本じゃない。それは間違い無さそうだ。とすれば、これってアフタヌーンティーってやつなのかな? 今何時かは分からないけども。だとするとイギリス………でも、そんなに高い雪山なんてなかった筈だけど……。ま、いいか。今はこのケーキとお茶を楽しませてもらおう!
「……とまあ、以上がカルデアの構造だよ。標高6000mの雪山の中に作られた地下工房、それがこの、”人理継続保障機関フィニス・カルデア”さ」
「へぇー」
「うーん、君もなかなか豪胆というか楽天家というか、よく馴染めるね……。不安じゃないのかい? こんな、普通に考えたら訳の分からないとこに連れてこられて」
ロマン教授の言葉で、ようやく自分が奇妙な状況に投げ込まれていることを再認識する。
「確かに……言われてみれば拉致されたようなもんだからなぁ」
客観的に考えれば、間違いなく異常で、慌てふためいてもおかしくない状況の筈だ。だけど……。
「でもまあ、さっき会った人達もロマン教授も、みんな良い人そうだったし、あんまり不安じゃない……かな」
オレは本心からの言葉を口にする。
「……そっか」
ロマン教授が微笑みながら言った。だけど、それはそれとして未だに疑問はほとんど解決していないわけで。え? お前が説明会で寝たせいだろって? はははこやつめ
「それで、なんだってオレがカルデアに?」
「ああ、それはね………」
ピピーッ。ロマン教授の腕のバンドから着信音が響く。オレの疑問解決はまたもやたらい回しにされてしまう。
「ん、どうしたレフ。ボクは所長の雷を受けて待機中の身なんだけど?」
ロマン教授もオレと同類だったのかよ……。
「ああ、あと少しでレイシフト開始なんだが、万が一に備えてこちらに来てくれないか。慣れていない者に若干の変調が見られるようでね」
「なるほど了解した、ちょっと麻酔をかけに行くよ。今からそっちに向かう」
「ああ、急いでくれ。医務室からなら2分で来れるだろう」
プツン。通信が切れる。通信中は笑顔だったロマン教授は、切れるや否や突然顔を青くし、冷や汗をかきながらこっちに振り返った。
「どうしよう藤丸君……ここからじゃ5分はかかる……」
「ほら隠れてサボってるから……」
「と、とにかくお喋りに付き合ってくれてありがとう! 落ち着いたら医務室に来てくれ。今度は美味しいカステラをご馳走様するよ」
めっちゃ慌ててる……。しっかし手際のいいこといいこと。彼がどれくらいサボりの熟練度を上げていたかが窺えるというもの。
「オレも手伝うよ、ロマン──」
フッと、電気が消えた。
「なんだ?明かりが消えるなんて何か……」
その瞬間。
ドゴオオオォォォォ!! 今度は冗談でもなく、雷が落ちたのだろうか。いや、それ以上の衝撃が突然部屋に走った。
「うわっ!」
「な、なにが起きたんだ!? くっ、モニター! 管制室を映してくれ!」
そこには、地獄が広がっていた。火災を知らせるアラートがけたたましく鳴り、内部は炎に包まれ真っ赤に染まっている。画面にはひどいノイズが走り、人の様子や施設の細部は全く見えてこない。にも関わらず、大規模火災の発生だけは容易に見て取れる。
「なんだ…これ……。ドクター、一体何が……」
ロマン教授の顔を見ると、見る見るうちに顔が青ざめていく。
「………藤丸君。ボクは管制室へ行く。君は今すぐここから避難してくれ。隔離壁が起動する前に、急ぐんだ!」
そう言い残すと彼は部屋を飛び出し、全速力で管制室へ走っていってしまった。
「避難するって言ったって……どうすればいいんだよ……」
こちとら、ついさっき施設の大まかな説明を受けただけで右も左も分からないってのに! と、とにかく、火元は管制室で間違い無さそうだったし、管制室からは離れないと……!
「ん、管制室……!?」
そうだ、確かそこにはあの子が………!!
「…………っ!」
オレは管制室へと駆け出した。理由も、勇気の出処も分からなかった。
「ドクター!」
「藤丸君!? どうして!」
「それより、ここに居た人達は!?」
「分からない……。無事だと分かるのは、あそこに浮かぶ”カルデアス”だけだ……!」
目の前の光景が、ロマン教授の絶望的な見解を裏付ける。
「恐らくこれは事故なんかじゃない。人為的な破壊工作だ……!」
「人為的…!? こんな酷いこと、一体誰ができるって……!?」
「施設全体の発電量が足りないらしい。すまないが、ボクは地下の発電所に行く。君は今すぐ来た道を戻るんだ、いいね!」
でも……まだあの子がこの中に……! ロマン教授は地下へと向かい、もう姿は見えない。炎の勢いは強く、無事に帰ってこられるかも分からない。時間的猶予も、おそらくはもう残り僅か。……でも、それでも。
「う……おおおっ!」
意を決して、炎の海に飛び込む。直接触れている訳ではないのに、物凄い熱気に襲われる。
「ぐあ、あっつ……! あの子は……あの子はどこにいるんだ……?」
燃える炎をかわしながら、なんとか通れる道を縫い瓦礫を乗り越えて先に進む。周囲には取り残された人たちが大勢気絶しており、もうオレの手だけではどうしようも無い人たちばかり。しかし、せめてあの子だけでも、と思っても、あの子の姿はまだ見当たらない。そして、更に奥まで進んだところで……。
「見つけた……! 大丈夫!? 今助ける……っ」
「せん……ぱい……?」
彼女が弱々しく、今にも消え入りそうな声で言う。彼女は、とりわけ大きな瓦礫の下敷きになっていた。なんとか持ち上げようと試みるも、当然オレ1人の力などではビクともしない。おまけに、火災現場にあるせいでかなり熱を持っている。もう既に、人の肉の焼ける匂いと、血の匂いが濃く香ってきていた。………分かっていたはずだ、こんなこと。オレ1人の力なんかで、彼女を助けるのは無理だなんてことは……。
「この傷では、もう助かりません……。ですので、どうか先輩だけでも……逃げて…」
……だけど、それでも。
「大丈夫、……なんとかなるよ」
精一杯の作り笑いを浮かべて、彼女に言う。管制室の防火壁が作動し、完全に逃げ場はなくなった。もう、どう足掻いたって助かる訳がないだろう。
「ああ……すみません、先輩………わたしの……せいで……」
「そんなことないよ」
──それでも。
「きっとなんとかなるって。それより……」
彼女を独りにするのだけは、どうしてもできなかったから。だから、これはオレのエゴだ。もしかしたら、彼女に罪悪感を押し付けるだけの無駄な行動かもしれない。それでも、この選択が無駄なことだったなんて、間違いだなんて、オレには思えなかったから。
青臭い、偽善者のエゴ。詰まるところ、オレが動けた理由なんて、そんなもんなんだ。でも、それでも、きっとオレにとっては、それでよかったんだろう。
「……そうだ。君の名前、聞いてなかった」
彼女は、涙を流しながら微笑んだ。
「すみません……印象的な挨拶が……思い…浮かばなくて」
「………そっか」
結局、聞けずじまい……か。でも、彼女は微笑んでくれた。オレの選択が間違いじゃなかったと、きっと彼女は示してくれた。オレは彼女の近くに座り込んで、迫り来る自身の最期を眺めていた。
オレたちの旅路、その開幕を告げるアナウンスが鳴り響いていた事にも気が付かずに。
(レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中………)
「先輩……」
「なに?」
「手を……握ってもらっていいですか……?」
そんなの当たり前だ。オレは彼女の手を取る。しっかりと、離すことのないように。名前も知らない、見ず知らずの、出会ったばかりの女の子。それは確かな命で、けれど今はとてもか細く弱々しくて。どうしても、放っておくことができなかった。
(発見しました。適応番号48、”藤丸立香”をマスターとして再設定します)
「先輩……。ありがとう……ございます。こんな状況で……言うことでは無いかもしれませんが……。とても、穏やかで………温かい……ですね……」
オレは彼女の手を、もっと強く、ギュッと握りしめる。
正直言うと、もう湧いてきてた勇気はとっくに消え去っていて、目の前の炎に対する恐怖でいっぱいだった。けどここで弱ったら、ここまで来た意味も彼女が笑ってくれた意味も、何にもなくなってしまう。だったら、強がりでもいい。ハッタリだって構わない。体が正直にガタガタと震えていようと、顔の筋肉が引きつっていようと、精一杯笑ってみる。
次第に意識が朦朧としてくる。耳に入ってくるのはごうごうという火の鳴き声ばかり。しかし、その中に──。
”諦めるな!”
そんな声が、聞こえた気がした。
(全行程完了。ファーストオーダー、実証開始します)
オレたちは、光の中に消えていった。
サーヴァントの夢を見たり、ネクサスに呼び出されたりと、藤丸君の夢の中無法地帯すぎる。