人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン   作:グリッド無頼

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episode.6 揺れ動くもの ─リストレーション─

【■■.2】

───泣いている声が、聞こえる。

押し殺したような、それでいて慟哭を抑え切れていない、ひどく寂しげなすすり泣き。声のする方へと目を向けると、膝を抱えている1人の女の子の姿が見えた。

きら星のような金色の髪と、まだ幼げな印象の残る柔らかな服装、そしてわなわなと震えるか細い体。

どうしたのかと訊ねる声も出ず、俺はただ闇夜に揺らめく焚き火が頼りなく写し出すその姿を、そっと見守ることしかできなかった。

 

「『トネリコ』、大丈夫?」

 

ふと、背後から誰かが歩いて来るのに気付く。

ピンク色で先端が跳ね返っている長髪に、ぶかぶかのズボンとひらひらのパーカーを着た、とても小さな妖精。

トネリコと呼ばれた女の子は、その妖精に気付くとビクッと驚いたように顔を上げ、慌てて涙を拭って答える。

 

「うん……ありがとう、『トトロット』。なんだか眠れなくて……」

 

そう話すうちに、またトネリコの目から涙が溢れ始める。相当溜め込んでいたのか、誰かを前にしても全く涙を抑えることは出来ない様子だ。そして顔を膝にうずめたまま、とつとつと言葉を吐き出す。

 

「ぐすっ……みんな、勝手なことを言う。()()()だなんだって泣きついて、それが終わったら……うぅっ、『お前なんかもういらない』って……。ひどいよ……()()()()()()()()()()()()……ぐすっ……ううぅぅ……」

 

トトロットと呼ばれた妖精は、止めどなく溢れるトネリコの涙を前に戸惑ってしまったようで、あたふたとしながら自身も段々と涙目になっていく。

 

「ト、トネリコは1人なんかじゃないぞ! ボクはずっとトネリコの仲間(ともだち)でいたいし、『エクター』も『ライネック』も、きっと同じ気持ちだよ! だから、だからさっ……!」

 

「トト、ロット……」

 

トネリコは再び涙を拭い、半泣きで必死に慰めるトトロットに無理な作り笑いを浮かべる。

 

「……ねぇ、トトロット。私、なんだか目が冴えちゃって……。少しでいいから、話し相手になってくれない……?」

 

「もちろん、お易い御用だぞ!」

 

2人は泣き腫らした目のままで笑顔を浮かべ合い、身を寄せあってしばしの間語り合っていた。

力無く疲れたように笑うトネリコの姿は、どうしてかひどく痛ましく、頼りなく、弱々しく見えてしまう。俺には、どうしても彼女が救世主と呼ばれる存在だとは思えなかった。

 

だって、あれじゃあまるで───。

 


 

デッデッデッデッデレデレデンンネェクサァス……

 


 

【第6節】

てしてし。てしてし。ぺろぺろ。

 

「う……んん……?」

 

頬に何やら生暖かさを感じて、俺はこの特異点で2回目の目覚めを迎えた。

 

「キュ、フィーウ!」

 

その感触のした方を向くと、そこには嬉しそうにくるくると回るフォウくんがいた。

 

「起こしてくれたの、フォウくん……?」

 

「フォウ!」

 

「そっか、ありが……っででで……」

 

俺は起き上がろうとしたが、全身が軋むように痛くて失敗してしまう。両足は酷い筋肉痛だし、背中や腹は真っ黒なアザでも残っているのかと疑いたくなるような有様だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってねフォウく……おおぉ……」

 

アカン、アカンわこれ。再び起き上がろうと試みても、やはり痛みが邪魔をしてそれをさせてくれない。

 

「うぐぐぐっ………!! あはぁ~」

 

三度目の正直も見事に失敗。3回やって駄目なら一旦諦めるべきだよな、そうだよな。うん、古事記にもそう書いてある。そう言い訳して、俺は二度寝を決め込むことにした。

 

「フォ、キュ! フィーウ!」

 

「ゆ……許してフォウくん……。これ以上動いたら、俺は死にます……」

 

「フォウフォ、キュー、フォ~ウ(※特別意訳:起きれなかったか……。痛かったんだねぇ)」

 

俺の状況を見て諦めたようで、フォウくんも体を丸めて寝る体勢になる。何故かベッドの端に体があるから、真ん中辺りまで戻ろうと最後の力を振り絞って寝返りを打つ。

 

「ん、なにこれ?」

 

回した左腕が、何か柔らかいものに当たる。その何かは、人肌のような温かさを俺の腕に伝えてくる。正体を探るために、俺は顔をそちらに向けてみた。と、そこには───。

 

───モルガンが、寝ていた。

 

「きゃああああああッ!!??」

 

「フォフォ、フォ~~ウ!! (※それはモルガンのジョブでしょ!!)」

 

思わずフォウくんがツッコミを入れる程に甲高い悲鳴を上げ、俺はベッドから転げ落ちた。

 

「ぎゃああああああッ!!??」

 

全身を床にしたたかに打ち付け、今度はすごい間抜けな悲鳴を上げながらのたうち回る。そうしているうちに(痛みのおかげで)段々と意識が覚醒し、俺は気絶する前のことを少しずつ思い出していく。

 

そうだ、黒い騎士にボコボコに蹴っ飛ばされて背中と腹がやられたんだ。

そうだ、無理して走り続けたせいで足が棒になったんだ。

そうだ、魔術礼装のサーヴァント用に調整されている魔術を自分にかけるなんてことをしたから、体がヤバいことになったんだ。

そうだ、俺はモルガンを助けようとして、必死で───。

 

「……っ、モル……ガン……!」

 

黒い騎士によって瀕死に追い込まれた彼女のことを思い出し、俺は痛みを堪えながら必死で少しずつ立ち上がる。

 

「……うっぐぐッ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

何とか立ち上がり、モルガンが眠るベッドの近くまで歩く。そして辿り着くと同時に膝を床に着き、俺はベッドにしがみつくようにして体を保持する。

 

ほんの僅かな距離を移動するだけで息を切らしている俺とは対照に、彼女はすやすやと静かに眠っている。その表情に痛みに苦しむような翳りはなく、それを見て少しだけ心が安らいだ。よく見ると、彼女はいつもの服装ではなく村娘のような洋服を身にまとっていた。

 

「ちょっと、ごめんね……」

 

寝ている女性の布団と衣服を剥がす、という行為に何ともむず痒い背徳感のような何かを感じながら、俺は彼女の足を覆う布団をめくる。

そして、ガッチガチに緊張した手つきで足首の辺りまで丈のあるスカートを膝までたくし上げた。

そこには既に傷はなく、透き通るように(今に限っては、血色が悪いように見えて少し不安になってしまうほどに)白い、まるで美術品のように美しい足が横たわっていた。

俺はそっと胸を撫で下ろし、変な感情が生じる前にいそいそと布団を元に戻す。

その後、もう一度彼女の体に異変がないか布団の上から眺めた。そして、

 

「可愛いな、こいつ……」

 

俺はなんとも気持ちの悪いことを口走る。眠っている、恋人でもない女性の顔を見て言うとか我ながらなかなかキモいな……。

しかし、それはあくまで客観的に見た時の話。モルガンの寝顔に魅入られた俺はそんなことなど考えもせず、むくむくと湧き上がる悪戯心に支配されつつあった。

どれ、まずは手始めに……。

 

「ほっぺたでも突っついてやるか……」

 

先程までの痛みは何処へ行ったのか、或いは痛みを忘れるほどに悪戯心が肥大化してしまったのか。ともかく痛みを一時的に克服し無敵になっ(てしまっ)た俺はモルガンの頬を突っついてみる。フォウくんは俺を止めようとしてくれているのか必死に鳴いていたが、それすらももはや眼中に無かった。

彼女の頬はぷにぷにと柔らかく、なんとなくクセになってしまいそうな感覚がした。

 

んっ……んぅ……

 

突っつかれたモルガンは、何とも可愛らしい声を出してもぞもぞと動く。

そして動くうちに段々と布団がずれていき、さっきスカートをたくしあげたまま戻し忘れたせいで彼女の生足が露出し、それが布団と絡まって動くことで───。

 

「…………………」

 

───大変艶かしい光景が目の前に広がってしまった。

その光景に息を飲んだ事で今まで暴走していた悪戯心も飲み込まれ、全身に痛みが舞い戻って来た。それによってようやく理性を取り戻した俺は、彼女に布団を掛け直しベッドの真ん中辺りに移動させようとする。

しかし、ボロボロの体はそれをこなすことができなかった。

 

「やべっ……!」

 

彼女を少し持ち上げた辺りでゲームオーバーとなり、体勢を崩して彼女諸共ベッドに倒れんでしまった。

俺がモルガンに覆い被さる形になり、まるで俺が彼女を押し倒したかのような状況になってしまっていた。しかも場所はベッドの上、そしてトドメにたくし上げられたスカート。もはや誤解しないでくれという方がおかしい状況。

そして、悪いことは連鎖するもので……。

 

「お2人さん、大じょ……あら、ごめんなさい! 私ったらお邪魔だったみたい。すぐに出ていくから、お気になさらず~」

 

誰かが入ってきてしまったらしい。そして、案の定誤解されてしまったらしい。

その誰かはそう言い残すとそそくさと出ていこうとする。このままでは取り返しがつかなくなると思い、俺は必死で声を上げた。

 

「ち、ちがっ、違う! 違うんでちょっと、起こしてぇーーっ!!」

 

「フォ……フォ~~ウ……」

 


 

「貴方がたが俺たちを拾ってくれたんですか、ありがとうございました」

 

「いやぁ、凄惨って言葉がぴったりのヤバい状況だったからね、正直ただの死体かと思ったよ!」

 

「『アマデウス』! 質の悪い冗談はやめてって言ってるでしょ?」

 

あの後、俺はなんとか誤解を解き、俺とモルガンを拾ってくれたという2人と話し合いをしていた。

ジョークを飛ばしてきた、とても細身で派手な装いの男性は、『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト』さんで、かの有名な音楽家だという。

そして、彼を静止する、見るからに可憐でお転婆なお姫様というような女性は、これまた有名な『マリー・アントワネット』王妃。

名前を聞いて思わずかしこまってしまったが、本人たちの要望で普通に接してくれとのことで、一応は敬語を使いつつなるべくフランクな会話をすることを心がける。

彼らがこの村に来たのは2日ほど前のことで、数匹のワイバーンに襲われていた所を助けに入って以来泊めてもらっているという。

通信機が無い以上は下手に動くこともできないし、俺は体がボロくてろくにうごけず、モルガンもまだ目覚めない。そういう事情を説明したところ、彼らは村人に掛け合ってくれて、俺たちも泊めてもらうことになった。

 

「さっきは早とちりしちゃって、ごめんなさい。倒れていた時に手を繋いでいたものだから、私もアマデウスも、貴方がたは恋人なんだって思い込んじゃって……」

 

「こここ恋人っ!? ぜぜ、全然そんなんじゃない……ですよ?」

 

「おや、何だか歯切れの悪い言い方だね? 口ではそう言ってるけど、実は気になってるんじゃないの?」

 

恋人ではないことを告白すると、マリーさんは少々残念そうな顔をし、アマデウスさんはニヤついた顔で俺の発言の揚げ足を取ってきた。

 

「え!? いや、それは……その……」

 

彼の言う通り、彼女のことが気にならない訳などあるはずがない。俺は確かに、彼女に対して「ただの仲間」以上の感情を抱いていると思う。けど、それが果たして恋心なのかは分からない。ただどうしようもなく「守りたい、助けたい」という意志がある、ということしか分からない。

 

「俺たち、まだ出会ってからそんな時間も経ってないし、彼女のことは知らないことばかりで……」

 

そうだ。俺は彼女についてあまりにも知らなすぎる。彼女の人生や願いとかやりたい事のようなものは勿論、好きな物や嫌いな物といった些細なことすら、挙げればキリがない。何より、

 

「笑ってる顔も、見たことなくて……」

 

初めて会った時のあの妖艶な笑みは、きっと笑っていた訳じゃない。自然体の彼女は、どんな風に笑うんだろう?

 

「それに、ここに来る前だって喧嘩して……。こんなマスター……いや、こんな男なんて信頼してくれる訳、ないですよ……」

 

思わず自虐的なことを口走ってしまう。

あくまで、1人暴走して瀕死になってしまったのはモルガンの自業自得、といってしまえばそれまでなんだろうけど、俺にとってはそうじゃない。

彼女が突っ走ってしまったのは、ひとえに俺がマスターとして信用に足るものを彼女に示せなかったからだ。くだらない意地を張って、彼女の言葉を聞き入れようとしなかった。

そんな奴に、どうして信頼なんて寄せられる?

 

それに、黒い騎士とのことだってそうだ。

俺はロマン教授の制止を無視して、彼女を死なせたくない──裏を返せば「自分なら彼女を助けられる」だなんて思い違いをして……。早い話が、自己満足の為に突っ込んで、死にかけた。

まるで彼女の言う通り。責任感も、マスターとしての自覚もない、ただの死にたがりの阿呆。格好つけてるつもりで彼女にああ言って、大事なことを見失ったんだ、俺は。

 

「どうだろうね」

 

「……え」

 

ふと、今まで静かに俺の話を聞いてくれていたアマデウスさんがそう言う。その言葉に、俺は俯いていた顔を上げて彼へと向けた。

 

「いやさ、僕が君らを担ぐのってめちゃくちゃ大変だったんだよ。何故かって言ったら──」

 

「そう、そうなの! あのね、まるで本当の恋人みたいに、お互いの手を繋ぎ合ってて解けなかったの!」

 

「と、いうわけだ。君の指はなんとか剥がせたんだけど、彼女の指はどうしても解けなくてね。なんか離れさせるのも可哀想なほどだったから、2人一緒に担いで、2人一緒のベッドに寝かした、というわけさ。これって、ただの偶然だと思うかい?」

 

「………………分かんない、です

 

分からない。嬉しいような気持ちと、勘違いだと思う気持ちと、どっちが正しくてどっちを信じたらいいのか。

分からない。彼女がどんな意図で、気持ちで俺の手を握ってくれたのか。

分からない。彼女は、あの時どんな思いで俺を()()()()と呼んでくれたのか。

 

やっぱり、俺は彼女のことを、何も……。

 

「なら、本人に聞いてみればいいんじゃないかな?」

 

「うんうん、時には踏み込んで来てくれた方が嬉しいことだってあるのよ、女の子っていうのは!」

 

「で、でも……」

 

彼女はまだ目覚めてないし。そう言おうとした時、不意にモルガンが眠っていた家の扉が開いた。

 

「あ───」

 

そして、モルガンが姿を見せた。慣れない衣服に袖を通しているからか、ほんの少し頬を赤らめ目線は下を向いている。咄嗟に俺が椅子から立ち上がった時には、さっきまで話していた2人はいつの間にか物陰に隠れていて、(特にマリーさんは)キラキラとした目でこちらを見ていた。

そして、彼女が俺の方へと歩いてくる。さっき2人に煽られたせいか、妙に言葉をかけづらかった。言いたいことなんて、いくらでもあったはずなのに。

 

「お、おはよう、モルガン。無事でよかった」

 

結局、俺は当たり障りのないことをぎこちなく言う。しかし、彼女は何も答えない。次にかける言葉を探り当てられないまま、彼女がすぐ近くまで来て一瞬立ち止まった。

何とも言えない気恥しさと、何と声をかければいいのか分からないのとが相まって、俺はそのまま黙り込んでしまう。俺と彼女の間を、昼間にしては嫌に冷たい乾いた風が吹き抜けていった。

そして、終ぞ何も言葉を交わすことなく、彼女は目を伏せて俺の横を通り過ぎて行く。この期に及んでまだ無言のまま、俺は歩いていく彼女の背をただ見ていることしかできなかった。

 

その後、俺は椅子にどさりと座り込み正面にあるテーブルにうなだれかかった。

 

「いやぁ、あっさり振られちゃったね、ははは!」

 

「アーマーデーウースー!!! リツカ、彼の言うことなんか気にしちゃだめ、落ち込んじゃダメよ! きっとまだチャンスはあるわ! 私、彼女と少しお話してくる!」

 

そう言うと、マリーさんはモルガンを追いかけて走っていった。

 

……うぁー、馬鹿やろぉー!! 何であそこでひよっちゃうんだ俺はぁーー!!!

 

取り残された俺は、自分の腕に顔をうずめて絶叫する。腕というサイレンサーで少し小さくなりくぐもった絶叫が辺りに響き渡る。アマデウスさんは笑いながら、何事かと集まって来た村人たちをさばいてくれていた。

 

「ドンマイドンマイ! 恋なんてスムーズにいかないくらいが丁度いいのさ!」

 

「いや……だから、恋かどうかは分からないんですってば……。でも、言いたいことは沢山あったのになぁ……ぅぅぅ」

 

思いっきり叫んだせいで喉を含め全身がびりびりと痛い。何も言えなかったせいで、どうしようもなく胸が痛い。その2つの痛みに苛まれ、俺はうなだれたまま起き上がれず、うだうだと弱音を垂れ流す厄介者と化していた。

ひとしきり人払いを済ませたアマデウスさんは、うなだれる俺の肩をポンと叩く。

 

「まぁ、今は悩むことだね。誰かを想って悩むんなら、それはきっと君の中に()を生む」

 

「愛……ですか?」

 

「うん。友愛、敬愛、信愛、慈愛、家族愛……。恋愛なんてのは、数え切れない愛の中のほんの一部分に過ぎない。そういう1つ1つの愛を相手に向けていくうちに、いずれはそれが自分にとって特別な人になっていく。だから、時間がかかった方がかえって相手を深く愛することに繋がるってもんさ。もちろんそれだけが正解ではないし例外もあるけどね。その過程をすっとばして(一目惚れ)をすることだってあるし、愛が反転して”憎しみ”になってしまうこともある。それでも、それでもだ」

 

「……難しい、ですね」

 

「そうとも。だからこそ面白いんだ、恋をするっていうのは。まぁ、大体はマリーの受け売りだけどね!」

 

「そっかぁ」

 

気の抜けた返事をした後、俺は机に突っ伏したまま子供達がフォウくんと追いかけっこして遊んでいるのを眺める。カルデアの皆の状況や竜の魔女の動向など、考えるべきことは多いはずなのに、今はただひたすらに胸中の苦しいような寂しいようなよく分からない気持ちを、ぼんやりと感じていた。

頬を撫でるさっきは冷たかった風が、今は少しだけ暖かかった。

 


 

全身の痛みは尚も引くことはなく、何をするでもなくぼんやりと過ごしていたら、いつの間にか夜になっていた。明日には多少痛みも引いてカルデアの皆との合流の為に探索に出られるようになることを祈って、俺はベッドに横になる。村の空き家はここしか無く、モルガンもここに(もちろん、別のベッドをなんとか都合してもらって)泊まる事になっているのだが、いつになっても彼女は戻ってこない。サーヴァントだから睡眠は必要ないらしいけど、それはそれとして気にはなるものだ。

 

「……どこ、行ってるんだろ」

 

子供達と遊び疲れたのか、フォウくんは既に眠りについていた。ふさふさの毛を優しく撫でると、気持ちよさそうに尻尾が揺れた。

彼を起こさないように静かにベッドから起き上がり、村の人が貸してくれた松葉杖に近い長杖で右半身を支えて立ち上がる。痛む体を引きずって外に出ると、少し肌寒い夜風が吹き抜けた。空を見上げると光帯と共に綺麗な月が浮かんでいて、月明かりに照らされ辺りの景色が朧気ながら見通せる。

俺は日中にモルガンが進んで行った道に沿って歩いていく。昼間は穏やかながら活気づいていた村は静まり返り、草むらに潜む虫たちの鳴き声だけが小さく聞こえるだけだった。少しだけ村から外れたところで小高い丘に差し掛かり、登り坂に悪戦苦闘しながら上まで登る。

丘の上は遮蔽物がなく夜空がよく見え、月に気を取られさっきは気が付かなかったが数多の星々がきらきらと輝いていた。

果たして、その丘には───。

 

「誰だ」

 

───空を見上げるモルガンがいた。

彼女は1度空から視線を外しこちらを見た。その顔が、いつも余程のことがない限りポーカーフェイスを崩さない彼女にしては珍しく、分かりやすく気まずそうな顔になる。

 

「……マスターでしたか。何か用でも?」

 

「あ、いや……中々帰って来ないから、ちょっと心配で」

 

「私なら問題ありません。用が無いのなら、さっさと休みなさい」

 

彼女は俺の顔から視線を逸らしぶっきらぼうにそう言い放つと、くるりと背を向ける。翻る彼女の長髪が、星々を渡る天の川のように美しく見えた。

 

「……ねぇ、まだ怒ってる……?」

 

彼女の突き放すような態度に少し胸を締め付けられるような感覚を覚えながら、俺はたどたどしく訊ねる。

 

「何がです。私は何も、怒ってなどいませんが」

 

俺の問いかけに、彼女はやはりぶっきらぼうに答えた。もし本人にその気がないとしても、傍から見れば怒っていると勘違いするには十分な態度だ。

 

「……………ごめん」

 

そんな彼女の態度に、俺の口からこぼれ落ちたのは小さな言葉だけ。

 

「だから、何の話です」

 

でも、こぼれたのはただの謝罪じゃない。俺がずっと、彼女に言いたかった言葉だ。1度口に出してしまえば、続きの言葉が自然と口から出てきてくれる。

 

「本当に、ごめん。俺、何も分かってなかった。意地になって、君の言う事を何も聞こうとしなかった。でも、これだけボロボロになってようやく分かったよ」

 

彼女は俺の方へと振り返るが、何も答えない。でも、昼間とは違って俺の目を見つめ、俺の言葉をちゃんと聞こうとして黙っているようだ。

 

「君の言う通り、俺はただの人間だった。少し無茶しただけでこのザマで、結局君を守ることなんて1人じゃ出来なくて……。でも、でもさっ」

 

俺は前と同じように、一歩彼女の方に踏み出して続ける。今度こそ、遮られる前に。

 

「『たった1人じゃない』って、あの時君が言ってくれた言葉がさ、俺はすっごく嬉しくて。それが無かったら、きっと俺は走り出せなかった。だから……、俺も()()()()()()()()()()()()()()()()、空回ってた。それでも、君を守りたいって気持ちだけは、絶対に嘘じゃない」

 

彼女の瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。

 

「だから……。こんな俺でも、()()()()って呼んでくれるなら。俺と一緒に、戦ってほしい。今更、だけどさ」

 

俺が言い終えると、一瞬俺と彼女の間を強い風が通り抜けた。その風で体勢を崩し、俺は前のめりに倒れそうになる。でも、俺の体は地面に横たわらなかった。

 

「怒ってなどいないと、言ったではないですか」

 

彼女の腕が、倒れ込みそうになる俺の体を支えてくれていた。

 

「それに、貴方が私を守れなかったなんて、そんなことはありません。あの時確かに私の命を救ったのは、紛れもなく貴方の勇気でした。…………かっこよかった、ですよ」

 

「──────」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そう言う彼女の顔は。

本当に僅かながら、微笑んでいた。

初めて見る、彼女の自然な微笑み。その美しさ……いや、可愛らしさに、俺は射抜かれてしまったようだった。

 

彼女は俺の体勢を立て直させてくれた後、優しく言葉を繋げる。

 

「『貴方らしさを大事にしろ』と言ったのも、私でしたね。貴方らしさがそれをさせるなら、それを支援するのがサーヴァントたる私の役目でしょう。ええ、共に。共に手を取り戦いましょう、我がマスター」

 

「……! うん、ありがとうモルガン!!」

 

俺は彼女の言葉に、若干涙ぐみながら答える。

俺の心にあった翳りはいっきに吹き飛び、代わりに活力がみなぎっていくのを感じた。

 

「……ところで、マスター」

 

「うん? 何、モルガン?」

 

「何、ではありません。気付かないのですか」

 

「???」

 

気付くも何も、何か変わったことなんてあるっけ?

 

「呼び捨てにするのは不敬だと言っているのです、我が臣下よ」

 

「あー、なるほど……。でもちょっと、今は無理かな~、なんて……」

 

「むぅ、何故です」

 

そう言うと彼女は頬を膨らませて抗議してくる。相も変わらず可愛らしい拗ね顔で、俺はまた少しドキッとしてしまう。

 

「なんでって、そりゃあ……」

 

()()()()()()()()()()()()───

 

───()()()()()()()()()()()

しかし、そんなことを本人に、まして気の強いモルガンに対して言える訳がなく。俺はしばらくの間、拗ねる彼女の顔を見つめながら、彼女の追求をのらりくらりと誤魔化していた。

なんとも言えない、満たされたような時間。胸にあった苦しさや寂しさが無くなっていくような、温かな一時。それがどうしようもなく愛おしくて、幸せで。

…………そんな時間が、長く続くはずなんてなくて。

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴッ!!

 

「うわっ!? この揺れ……まさか……!?」

 

突然地面が揺れる。しかし、俺はこの振動を知っている。つい最近、体験した揺れだ。つまり、これは……!

 

「バグバズン……!」

 

地中から、甲高い鳴き声を上げながらバグバズンが姿を現した。前とは違い、奴は俺たちではなく村の方へと歩いていく。

まずい、このままじゃ村が危ない!

俺は懐へと手を伸ばすが、手当を受けた時に俺も村の人に服を借りていたため、そこに白銀の短刀は無かった。

 

「しまった、あれがないと変身が……!」

 

俺のその言葉を聞き、モルガンがスカートのポケットに手を入れる。そして、

 

「あの短刀ならば、ここに! 日中に私たちの装備は回収しておきましたので……! ですがマスター、その体では……!」

 

「大丈夫、何とかする!」

 

俺は彼女の手から短刀を受け取ると、右手の長杖を放り捨てて柄を握る。大丈夫とは言ったものの、やはりこの体ではまず十分には戦えないだろう。でも、ここで奴を止めないと、村がやられてしまう。それを黙って見ていることは、できない。

モルガンは俺らしさを大事にしろ、と改めて言ってくれた。なら、一層ここで引く訳にはいかない!

 

「うおおおっ!!」

 

俺は短刀を抜刀し、刀身から溢れ出す光の奔流に身を任せる。

そして、俺はウルトラマンへと変身していた。

バグバズンはまだ村へと注意を向けていて無防備だったため、俺はその隙に右腕を胸のエナジーコアに当て、それを振り下ろして力を解放、ロワン形態へと自身を変化させる。

 

そして奴の背後に回り込み、左腕のアームドネクサスからセービングビュートを伸ばして奴を掴んで村から引き離し、その勢いで投げ飛ばす。

そして両腕のアームドネクサスを交差させ、上半身を捻りながら右腕を立てて構え、それを空へと伸ばす。そこからフェーズシフトウェーブが射出され、辺りがドーム状に切り取られていく。一帯がメタフィールドに変化する頃には奴も体勢を立て直し、俺と対峙する。

 

〘 フッ……!〙

 

俺も両腕を構えて姿勢を下げ、臨戦態勢を取る。よく見ると、奴の姿は前回見た時とは少し変化していた。滑らかな曲線を描いていた甲殻は所々ささくれ立つように棘が生えており、両手の爪と牙はより鋭利に際立ち、更に足にも爪が生えており、まるでワイバーンのような風体になっている。

奴はワイバーンをも襲っていたという。まさか、ワイバーンを食ったことでその力を取り込み、そして進化したのか?

 

「マスター、油断はしないように……!」

 

メタフィールド内に同伴してくれたモルガンの呼び掛けに、俺は頷いて答える。そして……。

 

〘 シュアッ!!〙

 

奴との戦いの火蓋が、切って落とされた。




デッデッデッデッデレデレデンンネェクサァス……
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