人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン 作:グリッド無頼
デッデッデッデッデレデレデンンネェクサァス……
【第13節】
「皆揃ったわね。じゃあ、把握出来てる敵の残存戦力を確認しましょう。ロマニ、モニターに資料出して」
「了解。……よし皆、これを見てくれ」
「まずは何と言ってもこれ、聖杯の所有者と思われるジル・ド・レェ。竜の魔女の発言から考えてほぼ確実にオルレアンで待ち構えてるはず。戦闘力の程は不明だけど、素直に聖杯を明け渡してくれる訳ないし、まず交戦は避けられない」
「過去に英霊が召喚されたケースを漁ってみたんだけど、とある聖杯戦争で彼はキャスターとして召喚された例が確認されてる。魔術勝負かつ、聖杯持ちとの戦闘力ってのを考えたら、彼にモルガンを当てるのが得策かな」
「で、モルガンが動くとなれば、マスターの藤丸もこっちに必須。契約して魔力の供給源が藤丸のジャンヌも、自動的に同伴してもらうことになるわ。とりあえず、この3人はほぼ確定として動いてもらいます」
「了解。よろしく、陛下、ジャンヌさん」
「そして、次がシャルル=アンリ・サンソン。シグルドの報告だと、ほぼ瀕死の状態に追い込んだ後ってことだったから、補修が間に合ってなければ戦力としては1番低いはず。最初はアマデウス1人に任せるつもりだったけど、マシュの希望でこっちには2人で当たってもらうわ」
「マシュ? 立香と一緒じゃなくていいのか?」
「先輩のことも心配ですがモルガンさんとジャンヌさんがいらっしゃいますし、それに、アマデウスさん1人にお任せしてしまうのは、なんだか申し訳なくて……。デミ・サーヴァントなのである程度はマスターから離れても魔力はやりくり出来ますし、ご迷惑でなければご助力させていただきたいんです」
「……律儀だなぁ。まあ、僕もサーヴァントの先輩らしいところを見せるチャンスかもしれないし、そういうことならよろしく頼むよ」
「まとまったみたいね。じゃあ最後、これが1番の問題なんだけど──」
「……邪竜ファヴニール。竜種の最上位に君臨し、この特異点でも悪虐の限りを尽くした、当方の討つべき敵。これには、当方が単独で当たらせてもらう。戦力の分散、戦闘の規模を考慮し所長殿と相談した結果だ」
「それと、ボクからも補足をしておくよ。昨夜に遭遇したレフの言動を考えると、何らかの形でスペースビーストが干渉してくるかもしれないんだ。さすがにそっちに回せるような戦力は無い、もし出現したら無理せず退避してくれ」
「ウルトラマンが現れたら、どうします?」
「うん、今のところ目的は不明だけど、彼はスペースビーストを優先して狙ってるみたいだから、戦闘に巻き込まれないようこっちも退避推奨かな。ほら、ウルトラマンは固有結界(仮)を展開するんだろ? 引き込まれたら面倒なことになるかもだし」
「本作戦の概要はこんなところね。他に質問は無いかしら? ……じゃあ、ブリーフィングは終了ね。行動開始は30分後、相談とか装備の確認とかを怠らないようにしなさい。では、一旦解散!」
「マスター、足の具合はどうですか」
「うん、ちょっと違和感あるけど大丈夫そう。昨日より随分マシになったよ」
ブリーフィングの後、俺はモルガンが昨夜のうちに施してくれたという、魔術回路と神経を一時的に接続する手術の成否を確認していた。魔力を通しておけば、そこに令呪を経由して脳内の「こう動きたい」という意志が反映されて身体を動かせるという仕組み、らしい。
正直なところ魔術素人の俺には頭から”はてな”が消えることは無かったが、実際に動かして見ると歩く、軽く走る、くらいなら問題なく行えるようになっていて驚いた。これなら、ある程度は1人でも動けそうだ。
「よろしい。現地までの移動ではあの竜殺しに貴方を背負うよう話を付けてきましたので、安心するように」
「あ…うん。何から何までありがとう、陛下」
相変わらず彼女におんぶに抱っこだなぁ、俺。
しかしこれだけ色々してくれているのに、彼女は得意気な顔一つ浮かべやしないんだから、何をどう彼女に返せばいいのか分からなくなってしまいそうだ。
けど、分からないからこそ分かりたい。ほんとに、その通りなんだ。
「……あ、のさ、モルガン」
「何ですか、マスター」
「…………この任務が終わってカルデアに帰ったら、少しでいいから俺に君の時間を分けてもらっても、いいかな。色々と話したいんだ、君と」
俺は無性にドキドキとする胸を押さえ、どうしてか顔を見れなくて彼女から目線を泳がせながらそう言った。見ていないから、彼女がどんな顔をしているのか、それとも無表情のままなのかも読めないまま、少しの沈黙が俺たちを包む。そのせいで自身の鼓動を強く感じるし、何だか顔が熱くなってきた。
それらに耐えかねて、取り消しのために声を出そうとしたとき、不意に彼女が口を開いた。
「……ふふ。ええ、構いませんよ。ただし、その時は貴方の方から出向くように。よろしい?」
彼女は、口の端を僅かに釣り上げた、本当に小さな微笑みを浮かべて、そう言っていた。昨日見たあの微笑みもとんでもなかったけど、明るい場所で見た時の破壊力も凄まじく、俺は言葉を失いかけた。しかしなんとかそれを捻り出して答える。
「……っあ、ありがとう。じゃ、じゃあまずは任務を頑張ろっか!!」
「そうですね。では、私はオルガマリーに私たちの状況を報告してきますので、ここで待っていなさい」
「オッケー、よろしくね」
俺が返事をすると、彼女はくると振り返り、ブリーフィング用に広場に置きっぱなしにしている通信機の方へと歩いていく。
「ああ、それと」
しかしその途中で彼女はふと立ち止まり、ちらりとこちらを振り向いた。
「先程すぐに答えなかったのは、わざとです」
「へ?」
さっきの沈黙に、なぜだかとても緊張を覚えていた俺の心中を見透かすように、というかそれを狙っていたというように、彼女はそう言う。
思わず間抜けな声を上げてしまった俺を、心なしか愉快そうに眺めた後に彼女は続けた。
「昨夜のことを貴方が気にかけているようでしたので、私も少しいじわるをしました。これでおあいこですね」
そして、そう言い残すと彼女は止めていた足を再び動かして、広場の方へと歩いていった。
ぽかんとしたまま彼女のその言葉を反芻していたが、そのうちに何だかおかしくなってきて、俺はいつの間にか声を上げて笑っていた。
「……敵わないなぁ」
ひとしきり笑った後、俺は笑いすぎて出たのか別の感情から出たのか、今では判別のつかない目の端の涙を拭いながらそう呟いた。
……ほんと、敵わないや。俺が1人でうじうじしてる間に、彼女はとっくに顔を上げて前に進んでる。相も変わらず、俺はその後ろを着いていくばっかりだ。強いな、モルガンは。
「……でも、いつか」
いつかは、俺も強くなりたい。強くなって、彼女に追い付いて、それで───。
「───一緒に、歩くんだ」
懐にある短刀が、また暖かくなった気がした。
「もう少しでオルレアンに到着だ。立香殿、移動の準備を頼む」
「了解、あと呼び捨てでいいよシグルドさん」
「そうか。ならば貴殿も当方を呼び捨てにするといい。男同士ならば、その方が気楽でいいだろう」
「え、いいの? ……うん、分かった。じゃあ、あと少しだけどよろしくね、シグルド」
「応、立香」
藤丸は、走るシグルドの背に揺られながらそう言葉を交わす。先頭を走るシグルドと藤丸の会話は後を追う仲間たちにも見え、沈んでいた昨夜の藤丸を知る者はホッと息をつき、そうでは無い者も彼の明るい声音に少し緊張を解かせていた。
彼らが移動してから数十分ほど走り続け、時にはワイバーンの小隊との散発的な遭遇を蹴散らしながら進んだ先に、その居城は姿を現した。
「ここがオルレアン……」
それを見上げて声を漏らす藤丸を横目に、オルガマリーが切り出す。
「……てっきり、正面にファヴニールを置いて迎撃、だと思ってたけど……。それっぽい反応どころかワイバーンすらいない……わね」
「当方も正面戦闘を想定していたが、この心臓は昂りを覚えていない。……妙だな」
2人はそう言って首を傾げる。そしてその疑問に拍車をかけるようにモルガンが言う。
「それだけではないようですね。周辺の魔力反応を探ってみましたが、まるで手ごたえがありません。想定していた強力な戦力に値するものが、全く感じられない」
「……じゃあ、ここはブラフだったってことなのかな?」
「いや、そんなはずは無いよ。聖杯の反応は近いし、モルガン言う通り強力な魔力反応こそ無いけど、聖杯のすぐ近くに魔力反応があるからね」
「……なんだか、不気味ですね」
ここにいる全員が、そのあまりに閑散としたオルレアンの雰囲気に違和感を覚え、抜け殻のような居城が人を食ってしまったかのような不気味ささえマシュは感じていた。そして、
「何か、デジャブ……と言いましょうか。何となく、こんな雰囲気の場所を最近見たような……」
同時に、強い既視感を覚えていた。たしかに居る、あるはずのものが見当たらない。マシュのその発言を受け、あの街を訪れていた5人はその時のことを回想していた。
「まさか、これは───」
そしてシグルドが何か言いかけた瞬間、
Gurrrrr………!!
低い唸り声と共に、城の背後からのそりと巨大な黒竜がのそりと姿を現した。モルガン、そしてカルデアの魔力探知を掻い潜り、全くの死角から突如として現れたその黒竜は、彼ら──とりわけシグルドを確認すると、まるで焦燥感に駆られるようにして猛然と襲いかかってきた。
「気配遮断……? いや違う、魔力反応そのものが見当たらない!
「今は気にしていられん! モルガン殿、立香を頼む!」
モニター越しに混乱の声を上げるロマン教授を尻目に、シグルドは背中の藤丸を素早く降ろしてモルガンに預けると、こちらに向けブレスを吐き出そうとする黒竜目掛けて赤剣グラムを撃ち出した。その赤き閃光は辺りを覆っていた静寂を切り裂き、とっさに回避行動を取り直撃を避けた黒竜の頬を、その堅牢な鱗ごと抉り斬った。
それによって完全に標的をシグルドに定めた黒竜は、咆哮を上げながら彼へと接近していく。
「……少々予測とは違ったが、予定通りここは当方が引き受けた。貴殿らは聖杯を追ってくれ。ファヴニールもそうだが、ここは何かがおかしい。くれぐれも警戒を怠るな」
そう言うと、彼は黒竜を誘導すべくその場を離脱していった。大地を揺らしながらドスドスと走っていく黒竜を見る暇もなく、モルガンは藤丸の手を引いて歩き出す。
「行きましょう、マスター。黒竜が居るのであれば、やはり彼の者もここに居るはずです。これ以上妙な手を打たれる前に畳んでしまうのが手っ取り早い」
「……オッケー。行こう陛下、皆!」
魔力を通すことで昨日よりも随分動くようになった両足を引きずり、右腕をモルガンの肩に預け、彼女の介護を受けながら走り出す藤丸に、皆は一度顔を見合わせ力強く頷き合って続いた。
かつん、かつん、かつん。ヒールが床をつつく音が響く。
こつり、こつり、こつり。ブーツが床を叩く音が響く。
がしゃり、がしゃり、がしゃり。具足が擦れる金属音が響く。
敵の本拠地、聖杯の在り処。でもここは、特異点Fでアーチャーが襲撃してきた時のように強襲されることもなければ、竜の魔女よろしく大量のワイバーンを引き連れている訳でもなく、嫌に静まり返っている。
その様子に改めて違和感を覚えていたのは、俺だけじゃない。
「防衛機構の1つも無いって、絶対おかしいわよね。罠にしたって、ここまで露骨に手薄なんじゃむしろ警戒するし……」
「特異点Fのセイバーみたいに一線級のサーヴァントがいて、それに依存してるとかは?」
「そうね、状況的には近いけど、本当に大した魔力反応がキャッチ出来なくて……。そんな戦力がいるなんて思えないわ」
「もしかしたら、何かしらのステルス能力とかジャミング的な能力を持ってる何者かがいるのかも……?」
城の中はかなり複雑な形状になっていて、聖杯が何処にあるのかとさまよいながら探索するうちに、俺たちはその疑問について話し合う。、そして、一度通ったことのある道に戻ってきた時に、道の整理のために立ち止まると、周りをちらちらと気にしながらマシュが言った。
「……あの、わたしの勘違いかもしれないのですが、場内に入ってから──いえ、あの黒竜と遭遇したときからずっと、レフ教授が扱っていたエネルギーのようなものを感じる気がします。やはり何もキャッチ出来ないのでしょうか?」
「うーん、ちょっと再スキャンしてみ……って、ん? あれ? レフとの戦闘データが、無いぞ……!?」
「はぁ!? ちょっと見せなさいロマニ……うそ、なんで……!?」
2人は、通信画面に昨夜あったというレフ教授との交戦記録を映し出すが、そこには検知した魔力はおろかマシュの言うエネルギーの反応も、何も記されていなかった。戦闘中は問題なく映っていたという映像も、大部分がノイズにまみれて荒れている。
魔力反応もエネルギー反応も無い。なんか、今の状況と似ているような──。
「……先手を打たれたようですね。マシュの言うものと同一かは分かりかねますが、私もあの黒竜からは魔力とは違う、何らかのエネルギーのようなものを感じていました。この城内にも、似た気配が漂っています。……未知のエネルギー、スペースビーストに関する代物と考えるのが妥当でしょうか」
「じゃあ、レフ教授も近くにいるかもって──」
べちゃり。
俺が言い切らないうちに、通路奥から何か気持ちの悪い大きな物音が聞こえて、俺たちはそちらに目線を奪われた。皆は武器を構えて警戒し、無性に嫌な予感を覚えて表情を引き締めている。
ぬちゃぬちゃという、嫌悪感を駆り立てるようなあまりに耳障りなその音に鳥肌が立つ。そして──。
「……ひぅっ……!?」
何やらとても可愛らしい悲鳴が聞こえた気がした瞬間、モルガンが俺にしがみつくようにして身を寄せてきた。ふわりと鼻を撫でる良い香り。さらりとした美しい銀の長髪が肌をまさぐるくすぐったさ。よくない感情がムクムクと沸き起こり爆発しかねない、俺の胸辺りに押し付けられる柔らかい感触。
突然のことに頭が真っ白に、顔が真っ赤になりつつも、その原因を探るべく通路の奥へと目を向けると、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
「うおぉ、キッモおおぉ!!?」
天井や壁、床を這いずってくる多数の異形の怪物。紫がかった粘着質の体液に、無数のイボのようなブツブツに覆われた体。胴を上げるとそこに見えるのはアワビのような捕食口。そのナメクジともウミウシともとれそうな、とにかく気持ちの悪い謎の生命体が、徒党を組んでこちらへと迫ってきていた。
「走れマスター! 無理です、アレ私無理!!」
「わっちょっ、ええーー!?」
そして、その場から全速力で逃げ出すモルガンに体を引っ張られながら俺も走り出す。敵のその数に圧倒され、同じく退避を始めた皆だったが、意外に速いその怪物群はジリジリと距離を詰めてきていた。
「ド、ドクター! なんなのあ……って、通信切れてるじゃねーかーー!?」
脇目を振らずに走るモルガンに振り回されながら通信を覗いたが、それはいつの間にか切断されていたようで、再通信をしようにもまた通信途絶に陥ってしまったらしく、まるで反応がない。
「このままでは……! ……先輩、ここはわたしが時間を稼ぎます、その内になんとか──!」
マシュはそう言うと盾を両手で構えて、走りながら魔力を練り上げその盾の真価を引き摺り出す。
「真名擬似登録。宝具、展開します───!」
彼女は急ブレーキをかけてクイックターンすると、輝く盾を地面に突き立てた。そして、
「───『
眩い白亜の壁が通路を堰き止め、迫り来る怪物群の進行を食い止めた。しかしその数たるや凄まじく、壁の向こうには見るもおぞましい肉の蠢きが出来ていて、少しずつ壁を圧迫していく。
「今のうちに……早くッ……!」
「マシュごめん、頑張ってー!!」
「僕もここでマシュを手伝うよ。ジャンヌ、2人のサポート頼む!」
「分かりましたっ。無理はなさらないでくださいね、お2人とも!」
そして、想定とは遥かに異なる形ではあったが予定通りにチームが分かれ、それぞれの役職を背負うことになった。
俺たちは、幸運にもがむしゃらに走り続けているうちに正解のルートを引き当てていたようで、上階へと続く階段を駆け上がって行った。
ちなみに俺は走りながら階段を登るという細かな動作が出来ず、モルガンに引っ張られてガッタガッタと階段上を引きずり回された。
「さて、引き受けたはいいけどどうすっかなこれ!」
「なんて数……! こんなに沢山、どこに隠れて……!?」
次第に圧を増していくその肉の蠢きを何とか押さえつけながら、わたしはその多さに驚いてしまう。さっきまで通路を探索していた時は、影も形も無かったのに……!
「仕方ない、少し時間を稼いだら撤退しよう。ここからなら出口までそんなにかかんないはずだ。それまでは頑張ろうか、マシュ!」
「はいっ……!」
わたしが返事をすると、アマデウスさんは指揮棒を取り出してそれを振るった。ぐぢゅぐぢゅという不快音を塗り変えるように、美しい旋律が周囲に響き渡り、その音楽魔術が鎖となって怪物たちの身動きを封じていく。しかし、動けなくなった個体を押し退けて次々と別の個体がやってくるため、依然として勢いは落ちない。それでも、少しでも個体数が減ることで致命的な劣勢には陥らずに済んでいるのは、アマデウスさんの支援のおかげ、ですね。
「マシュ、あとどれくらいなら耐えられそうだい?」
「すみません……あと30秒くらい保てばいい方かと……!」
「オーケー、それだけありゃあ3人も距離取れるだろ! 回り込まれる前に早いとこ──」
ガギイィィン!
と、彼が何か言うのを遮るようにして、盾に大きな衝撃と音が伝わってきた。
「あぅっ、くぁッ……!?」
何事かと思い、衝撃で崩れかけた体勢を何とか立て直しながら前を見ると、
「で、デッケェーー!? おいおい、まさかこのタイミングで親玉かよ!?」
「そんな……!?」
目の前には一際巨大な個体が現れていて、しかもあろうことか見る見るうちにその大きさを増していく。近くにいる個体が取り込まれ融合していっているようだ。見た目の通りに質量や力も増加しているようで、アマデウスさんの魔術拘束をも容易く破壊してしまう。
「うくっ、うぅ……!」
「マシュっ!」
巨大な個体の体当たりを受けてついに力尽きてしまったわたしが床に膝を着いた瞬間、壁はその輝きを失って砕け散り、怪物たちが堰を切ったように押し寄せてくる。
「ちょっとごめんよ! くっそー、力仕事は僕のガラじゃないってぇのにな!」
肩で息をするわたしを背負って、アマデウスさんが走り出し、出口があるはずの方へと向かう。
「わたしっ……自分で……走れ、ますっ……!」
「無茶して遅れて君が食われてもしたらどうすんのさ! そしたら僕が立香にぶっ殺されちゃうじゃんかよ! いいから今はしっかり掴まっててくれ!」
「……すみません……」
彼に説得されて降りることは諦めたものの、目に見えて走る速度は落ちていて、後方を振り返って見ると怪物たちはすぐそこまで迫って来ていた。そして、先頭の巨大な個体がその触手をこちらに伸ばしたその瞬間に、
「うげぇっ、ヤッバ……!?」
「わっ、きゃあーー!?」
焦りからか通路を曲がった先にあった下り階段に気が付かなかったアマデウスさんはそれを踏み外し、わたしたちはゴロゴロ転げ落ちていく。冷たい石が背中やお腹、頭を打つが、幸いにも体が頑丈だったため大した傷を負うことなく最下層まで落ちることができた。多少の痛みに耐えつつ回る目のまま体を起こす。
「……諦めてくださった、みたいですね」
何故かは不明ですが、もう怪物たちが追ってくる気配も音も無く、わたしたちは大きな溜息をついて胸を撫で下ろした。
肺に溜まっていた空気を吐き出して冷たい空気を吸い込むと、酸素と同時に形容しがたい悪臭が入ってきて、わたしは少し咳き込んでしまう。
「ここは……地下牢ってとこかな」
運動には不慣れでいらっしゃるのか、アマデウスさんがまだ荒れた呼吸であぐらをかいたまま周囲を見回し、そう呟いた。
ここは薄暗い闇と静けさ、どこからか滴る水音とに包まれた空間で、光源は頼りなく揺れる壁の蝋燭のみ。鼻をつく悪臭も、彼の仰る通りにそういう場所であるなら納得できる。
「……奥を確認してきます。まだ敵が潜んでいるかもしれませんから」
「あっ、ちょっと待てよマシュ、僕も──」
「先程はわたしを背負って走ってくださったではありませんか。今度はわたしの番ですっ」
「……そう来たか。そんなら1つ、よろしく頼むよ」
彼はそう言って明るく笑って手を振ると、大の字になって休み始めた。
任されたわたしは、まだ少し震える手で盾を握り直して薄暗い通路を進んでいく。ああは言ったものの、地下牢に漂うじっとりとまとわりつくような寒気に段々と寒気がしてきて、冷や汗が出てくる。時折吹く隙間風が蝋燭の火を揺らす度に、ぐらりと動く自分の影に驚いてしまう。
……やはり、アマデウスさんに同伴していただくべきだったのかも──。
「いや、だめですマシュ・キリエライト。気をしっかりと───ひゃわああッ!!?」
恐怖に押し負けて引き返そうとする自分の頬をぺちぺちと叩いて気を引き締めようとした瞬間、すぐ近くの鉄格子からガシャンという大きな音が聞こえてわたしは飛び上がっていた。そのまま尻もちをついて、半泣きで情けなく盾にしがみつくと、牢の中から誰かが話しかけてくる。
「誰か……そこにいるのか? いるのであれば、この扉を開けていただけないだろうか……」
「は……はひ……?」
「──おーいマシュ、大丈夫ーー!?」
そのひどく疲れたような問いかけにわたしが盾越しに首を傾げていると、悲鳴を聞きつけたアマデウスさんがこちらに走ってきた。彼も牢の中の人影に一瞬怯んだものの、すぐにその声に応じる。
「えっと……君、誰? つかよく無事だったね、あんなキモいのがうろついてるってのに」
「ここには私以外は、貴方がたしか居らぬようです。あの忌まわしき魔術師の言っていたことは本当だったようだ……。ああ、申し遅れました、私は──」
その名を聞いたわたしたちは驚きつつも事情を聞き、
「ぐうぅ……ッ!!」
シグルドは、黒竜が振り下ろした前足を両手で受け止め、その巨大な質量を押し返していく。並の英霊では容易く潰されかねないその攻撃を力づくで押さえる者など、黒竜は1人しか知らなかった。目の前の怨敵その者である。
「けえぇい!」
彼は渾身の力でその前足を退かすと、下がることなく前へと飛び出し黒竜の懐へと潜り込む。その勢いのままグラムを突き出したが、黒竜はとっさに上体を立てて翼をはためかせ、突風を巻き起こして彼を吹き飛ばした。彼が受身をとって着地する隙に、黒竜は口内に火炎を滾らせ、そしてそのまま吐き出した。
しかしシグルドは素早く魔剣を構え、業火へと突き刺すようにして走り出す。禍赤の刃が炎を切り裂いて、彼が進む道を次から次へと切り開いていく。そして黒竜の火口へと肉迫すると、魔剣の魔力を簡易解放して黒竜の顎に叩き込み、即座に柄に回し蹴りを放った。
赤い閃光と業火、グラムの魔力と黒竜の炎とがぶつかり合い、口内で大爆発を起こしてシグルドを吹き飛ばし黒竜を大きく怯ませた。
シグルドは空中で身を翻して体勢を整え、着地の衝撃を地面を回転して受け流すと、爆発で舞い上がった土煙の中からグラムを引き寄せ、警戒するように身構えながら土煙が晴れるのを睨んでいた。
「…………?」
そして、それが晴れた時に彼の目に入ってきたのは、先程の爆発で力尽き、だらりと倒れ込む黒竜の姿だった。その巨躯が制御を失って地面を殴り、その衝撃で地面が揺れた。
念の為と黒竜に近づきその生死を改めると、彼は考え込むようにして黙り込む。
(……カルデアの探知にもモルガン殿の魔力探知にも引っかからなかった黒竜。何かしらの工作かと思っていたが……)
そして、自身が感じていた疑問を確かめるように、彼は己の心臓の鼓動に耳を澄ませた。
(……やはり、当方の霊基は、奴をファヴニールと認識していない。しかし前回確認した時の魔力、そして奴から感じた殺気は紛れもなく本物だった。……いや、或いはあれは──)
彼はハッとしたように黒竜の亡骸を見ると、その胸部へと歩いていく。そして、彼はそこに短剣を突き立てて切開し、その異変の正体を探り始めた。
まず、奴が血を流さなかったこと。今も、先程頬を斬った時も。
次に、総じて手応えの高くなかったこと。生前の彼の記憶では、奴とは死闘という言葉ですら足りえないほどの血戦が繰り広げられていた。にも関わらず、ああもあっさりと撃沈してしまったというのは、どうにも納得のいかないことだった。
最後に、魔力をまるで感じなかったこと。彼の心臓がそうであるように、竜の心臓は無尽蔵の魔力を生み出す。しかし、カルデアもモルガンも彼も、奴の魔力反応を認めることは出来なかった。
……これらを統合し、彼は1つの仮説を立てる。そしてそれを裏付ける証拠を求め、さらにバサりと黒竜の胸を切開した。果たして、そこには──。
「……やはり、無い。この黒竜は、
それにより裏付けを得たシグルドは、今一度その仮説を整理する。
(血も心臓も無くして、生きているかのように動く。一種のゾンビ状態になっていたとすれば、大幅な弱体化もその他の疑問も考えがつく。再びその身に生を齎す可能性のある当方の心臓を、奴は狙っていたのだろう。問題は、
大きな戦力たるファヴニールを削ってまで得る価値のあるもの。竜という戦力に固執がない、或いはより上等な何かを有するもの。そして何より、そういった手段を持つ可能性があるもの。それらの条件を満たし得るのは──。
「……スペースビーストか」
そして、彼は1つの結論にたどり着く。昨夜にマシュが遭遇し、彼に報告したレフ教授の発言も加味すれば、恐らくは確定だろう。
(マルタ殿の言っていた自己進化。いかほどかは知らんが、竜の心臓とあればまずいな。急ぎ、立香へ報告に──)
「──ぐああぁぁッ!!」
報告へと向かおうとするシグルドは、しかし何者かの発生させた紫電のエネルギー波によって動きを封じられ、その場に膝を着く。痺れる体をギチギチと動かして背後を見ると、そこにはモスグリーンのタキシードにシルクハットを着用し、にたりと笑みを浮かべる男が立っていた。
その男はゆっくりとシグルドへと歩み寄り、くつくつと笑いながら手にしていた黒い薙刀を懐に仕舞い込む。
「何……者だ……」
「おや、相当に威力を高めたつもりだったがまだ意識があるとは。流石は北欧の大英雄、そこいらの英霊とは訳が違う」
彼が掠れた声で男に問うと、男は面倒くさそうな、しかしどこか喜ぶような声音でそう言うと、尚も歩み寄りながら続けた。
「せっかくだから答えてあげよう。私はレフ・ライノール。君の思う通りの犯人で、今から君を殺す者だ」
「…………!!」
その笑みからは想像もつかない程に冷たい、深い闇の底から語りかけるような声に、本能的な危険を全身で感じ取ったシグルドは、無理やりにでも体を動かしてグラムをレフに向け投擲する。
しかしレフは片歩を退き半身になって回避し、シグルドが連撃に放った短剣を人差し指と中指でキャッチすると、それを彼の肩目掛けて弾き返した。よく手入れの行き届いた鋭利な刃が、深々と彼の左肩の関節を穿つ。
「ぐうぅ……、何の、これしきぃ……!」
それでも彼はその激痛によりむしろ全神経を再び覚醒させ、レフの後方へと飛んだグラムを呼び戻しつつ瞬きの間に背後に回ると、逆手に持ったグラムをレフに振るった。
確かにその刃はレフの首を捉え、そしてはね飛ばした───かに思えたが、その瞬間にレフの体は霞と消える。
「幻術か……!? まずい──!」
それが幻覚だと気付き背後へ振り返ろうとするも、時すでに遅し。レフは彼の真後ろに立ち、手を細め、シグルドの左の背に貫手を突き刺していた。
「ぐ……はぁッ……」
「先の高エネルギーを浴びても尚十分に戦闘に移行できる、それほどの英霊が持つ竜の心臓……。ううむ、これはこれは良い炉心になるな」
そのまま彼の心臓を引きずり出し、主から切り離されても尚燃え続けるそれを見ながら、レフは心底愉快そうに呟く。
「いやはや、私の工作を看破された口封じのつもりが、とんだ大収穫だ。ありがとう、大英雄シグルド」
心臓を失いその場にどさりと倒れ伏したシグルドに、レフは皮肉にしかならないと分かっていながら感謝を述べ深々と一礼すると、再びくつくつと笑いながら、すぅ、と溶けるように姿を消した。跡に残された2つの死体だけが、ここが戦場であったことを物語っていた。
「──ジル!」
私たちが城の最奥、聖杯の所持者の待つ玉座の間に踏み込むと、そこに立つ怪しげな男の姿を認めるや否やジャンヌがそう叫んだ。
何故かひどく取り乱した様子だったその男は、彼女の声を聞くとピタリと動きを止めて振り返り、そのぎょろりとした目をこちらに向けた。
「……おお、ジャンヌ。我が愛しの聖処女よ……」
彼はジャンヌを拝むように手を合わせようとしたが、そこに右手は無く、食いちぎられたような古くない傷跡だけがあった。その痛みからか額に汗を滲ませ、苦しそうに目を細める。
「その傷は……? ジル、何があったのです」
その様子を見たジャンヌは、警戒しつつ彼に接近してそう問い掛けた。
「ああ、ジャンヌよ……。この私を、慮って下さるのですね……。やはり貴女はお優しい……。だが、それではいけないのです……!!」
一瞬嬉しそうな表情を浮かべた彼は、しかし彼女の問いには答えず、苦しげな表情に戻るとそう声を荒らげた。しかし体力も削られていたのか彼は言葉を続けられず、肩で息をするように下を向く。
……あの怪物たちに襲われたのだろうか?
「理由は分かりせんが、相当に消耗しているようですね。罠の警戒はこちらでしておきますので、お前はトドメを刺せ、ジャンヌ」
「……分かっています。けれど──」
私の勧告を受けても、彼女は戦旗を構えず、その表情を柔らかなものに変えて言う。
「ジル、どうか答えて。どうして貴方はこんなことをしたのです。私たちの愛したこの国を壊そうとするのですか」
「……私は憎かった。この国を守り導いた貴女を焼いた、紛れもないこの国が。全てを壊さねば貴女は救われない。そして誰よりも私自身が救われない」
「ジル。私はこの国を憎んでなんていません。貴方が私を想ってくれていることは分かっています。竜の魔女という幻を生み出してまで私を救おうとしてくれたことも分かっています。けれど、貴方のしていることは間違っている。そんなことをしたって、誰も救われない。貴方だって、きっと分かっているはずでしょう?」
「…………ああジャンヌ、どうして貴女は優しいのだ……どうして憎んでくださらないのだ……」
「決まっています。この国を、愛しているからです。貴方だって同じはず、だから、もう一度私と──」
「私はッ!! 貴女を、貴女が愛したこの国を愛した!! だが、だからこそ、
「ジル……!」
愛の反転、憎悪への滑落か。下らぬな、愛などとうの昔に捨ておけばよかったものを。いつだって、それは足を引っ張る以上のものにはなり得ないのだから……。
「私は貴女への愛の究極を示すべくこの国を焼く。そうですとも、最早貴女の優しさは私を救わない。貴女がこの国を許す度、私の憎悪は加速していく!!」
彼はそう叫ぶと左手に持つ魔導書をパラリと開き、その内に秘められた魔力を急激に開放しそれを身に纏っていく。
「……ふん、説得など通じる訳もないだろうに。とはいえ奴め、後のことなど考慮にも入れず怪物化する気か……!」
それを阻止すべく魔杖を十字槍に変形させて魔術を放つが、奴の足元から瞬く間に無数に生えてきた触手によって阻まれ、奴に届く寸前でかき消される。
奴は後先考えずに魔力を暴走させたようで、追撃を入れる間も無くその全身をうねる触手で覆い、大海魔と化し人の面影を失ったその姿で咆哮した。
「ちっ、マスター! こちらへ──」
「───そんなの、間違ってるよ!!」
そして、私が彼の手を引いて安全圏まで彼を退避させようとした時、彼は今まで黙り込んでいたその顔を上げてそう叫んだ。手を引いても、彼は全く応じようとしないまま、大海魔となったジル・ド・レェを睨んでいた。その顔は、とても悔しそうな、悲しそうな──。
「貴方がジャンヌさんを愛したんだってことは、俺にだって分かる。どんだけ深く想ってたのかも、何となくだけど分かる。多分、それは正しいことなんだと思う。貴方が愛したこと自体は、悪いことなんかじゃなかったはずだって……!」
愛することは、間違いではない───?
「……では、なんだと言う。貴様は私の肩を持つというのか? カルデアのマスターたる貴様が──」
「──でも、俺は貴方を止めたい。止めなきゃ、ダメなんだ。だって、悲しすぎるじゃないか! 誰かの為の精一杯の
「……ふん、聞くだけ無駄だったか。馬鹿馬鹿しい、ただの人間が、かつての私と同じ矮小な人間風情に、何ができる!!」
大海魔は一際太い触手を持ち上げ、彼へ向けて振り下ろした。
……私には、彼の言うことが瞬時には受け入れられなかった。理解しなかった訳では無いが、どうしてか受け入れてしまえば自分が否定されてしまうような気がして、私は一瞬間だけ硬直していた。けれど、
「ッ、させるものか!」
私は即座に十字槍を黒剣へと変形して、彼に襲いかかる触手へと斬撃波を飛ばして切り落とし、彼の手を再度引いて触手の落下地点から離れた。……こうなった以上は、マスターを守りながらの戦闘をするしかない。しかしあれだけの攻撃範囲では彼に危険が及ぶ。つまり遠距離攻撃が望ましいが、近接で誰かが奴の注意を引く必要がある。ならば、
「ジャンヌ!」
「はいっ! 私が彼の注意を引きます、お2人は後方支援をお願いします!」
私が要件を言う前に、彼女はこちらの意図を理解して前へ飛び出した。……ようやく、本調子を取り戻したようだな。
「ジル。やはり私は、貴方を憎むことは出来ません。でも、私は立香さんの正義に則り、ルーラーとして貴方を討つ!」
「ならば! 私も私の悲願のため貴女を討って見せましょうぞ!!」
「「勝負です!!」」
ジャンヌは走り出した勢いに乗せて戦旗を振るう。それを触手が受け止め、別の触手が回り込むようにして彼女を打とうとしたが、彼女は戦旗を引き戻して床に突き立てて跳躍し、回避と同時に落下しながら戦旗を触手に突き刺し、そのまま1本を切り取った。
しかし無数の触手を持つ大海魔はそれを意にも介さず別の触手を伸ばし、彼女の着地隙を狙って足に絡みつけた。
「陛下、あそこ根元!」
「ええ、分かっています」
しかし私たちも黙っておらず、彼女の足に絡みついた触手に向けて魔術を飛ばし切断する。根元から切れたその触手を、ジャンヌは振りほどきを兼ねて奴へと蹴り返し、それは数本の触手をがんじがらめにした。
「はっ、ふっ、そりゃあっ!」
そしてジャンヌは次々とそれらの触手を戦旗の先端で切断していく。私たちも彼女に攻撃を加えようとする触手を阻止し、彼女の形勢が崩れないように支援する。しかし、
「くそっ、次から次に生えてきてる……! これじゃキリがないよ!」
「聖杯のリソースの為せる技ですか……。本体を潰さない限り、再生は止められないでしょう」
「でも、本体に攻撃するには触手の壁を何とかしないといけないのか……! そうだ、陛下の宝具ならいけないかな?!」
「……確かに私の宝具は広域を攻撃範囲としています。あの触手の壁も、問題なく突破できる。ですが、今の私の霊基出力では本体を焼き尽くすまでの火力は恐らく賄いきれません」
「じゃあ、令呪を使えば──」
「立香さん!」
大海魔の触手を相手取りながらこちらの会話を聞いていたようで、ジャンヌはマスターの名を呼び彼女の考えを短く伝えてきた。
「私に令呪を1つください! そしてモルガンさん、貴女の宝具で壁を開いてください! 私が、必ずトドメを刺してみせます!!」
何をする気かは分からぬが、本人の力強い説得にマスターはその案に乗ったようで、私と目を合わせて頷いた。彼女に賭けてみよう、とその目が告げていた。
……自身の罪に決着をつけるつもりならば、それが当然か。
「……いいでしょう。ですが連射はききませんので、チャンスは1度きりと覚悟するように!」
「よし、じゃあいくよ!」
マスターの号令に合わせ、私は魔力を解放し宝具の詠唱を開始する。それと同時に彼も令呪に力を込め、ジャンヌへの命令を紡ぎ始めた。
「それは絶えず見た滅びの夢───」「令呪を以て命ずる───!」
敵もその行動を看過する訳が無く、今まで固執していたジャンヌからこちらへと標的を変え、私たちを潰すべく複数の触手を振り下ろした。そのうちの2本をジャンヌが串刺しにして阻止したが、残りはそのままこちらを狙う。
しかし、しなりのきいた触手が私たちに襲いかかる正にその刹那、後方から音楽が響き渡り触手の動きを食い止め、そして人の身を優に超える大盾が閃いて触手を打ち、その軌道を逸らして私たちを守った。
「先輩、モルガンさん、今です!」
そう、増援に駆けつけた別働隊が間に合ったのだ。追撃に放たれたもう1本を、アマデウスが再び音楽によって止めその隙にマシュが盾の鋭利な縁でたたっ切ると、彼女はそう叫んだ。
「報いは無く、救いは無い。最果てにありながら、鳥は明日を歌うでしょう───」「ジャンヌ・ダルク、その手で再びこの国を───」
私の魔力が辺りを包み込み、空気を凍り付かせていく。マスターの右手から迸る魔力が渦を巻き、空気を震撼させる。空中から多数の
「どうか標に。『
私の詠唱が完了すると、大海魔の下方から槍となった強大な呪いが突き上がって奴を貫き、その外壁を成す触手の壁を破壊していく。それと同時に、マスターから膨大な魔力供給を受けたジャンヌの体が光と炎を纏い、そして霊基の輝きを増幅させた。それは、彼女の最後の霊基再臨であった。
彼女はこちらに振り返って優しく微笑むと、短く、しかし丁寧に一礼して、壁を失った大海魔の心臓部へと飛び立った。それはまるで別れを告げるかのようで、どこか寂しそうな雰囲気を伴っていた。
それによって、私は彼女のこれから行おうとしていることに見当がついた。
露出した本体の元へ一息に肉迫したジャンヌは、腰に提げていた儀式剣を抜刀し両手で逆手に構え、彼女が持つ第二宝具の詠唱を開始した。
「主よ、この身を委ねます───」
それは彼女の死、彼女を焼いた炎を再現しその炎で邪悪を滅する特攻宝具であった。彼女の剣から小さな火種が生まれ、彼女の詠唱と共にそれは肥大化していく。
……そうか、ジャンヌ。お前は最後まで、自己犠牲で世界を救うというのですね。或いは、それしか知らない哀れな娘なのか……。ですが、それがお前の描く”救世主”の姿であるのなら──。
「”
私は杖を掲げて宝具の残留魔力を集約し、ジャンヌへとそれを明け渡した。それは彼女の炎への
「ジル。貴方の罪、そして私の罪を裁きます。……もう、終わりにしましょう。宝具再演───『
そして彼女の詠唱が完了し、燃え盛る炎が彼女諸共ジル・ド・レェを飲み込んでいく。
彼女が特攻しようなどとは露ほども思っていなかったのであろうマスターとマシュが、彼女を助けようと前に出るが、私は彼の手を掴んでそれを引き留める。
「いけません、マスター。あれが彼女の覚悟、救国の聖女が齎す奇跡のカタチ。止めてしまえば、それは彼女の覚悟を踏みにじり貶めることになるのですよ」
「で……でもっ……!」
「……貴方には、彼女を助けることなど出来ない。私たちに出来ることは何も無い。……諦めろ、マスター」
「けど、だからって、ただ見てるだけなんて──!」
「なら、覚えてやりなさい。彼女の戦いをその目に刻みつけておきなさい。彼女は
「…………ちくしょう……!」
彼は悔しげな面持ちのまま、けれど私の手を振りほどくのをやめて、燃え上がる大海魔を睨みつけた。マシュも既にアマデウスに引き戻され、目に涙を浮かべて同じ場所を見ていた。
炎は次第に周辺の壁や床、天井に伝播し玉座の間を崩壊させていく。そして、宝具と聖杯による膨大な魔力が衝突し、その反動は次第に制御を失って爆発を間近にしていた。
「……潮時です。ここから脱しますよ、マスター」
「……分かった」
そのことはマスターも何となく理解していたようで、彼は素直に頷くと階段のある後方へと私の手を引いて歩き出した。けれど、私はそれに従わなかった。
「陛下……? どうしたの、早くしないと──」
「ええ、ですからそんな悠長な道は通りません。では行きますよ、しっかりと掴まっているように!」
「えっ、あの、ちょっと、待っ──!?」
私はぽかんとするマスターの手を引いて、戦闘の余波で割れた窓の方へと走り、そして彼を抱えてそこから飛び出した。玉座の間は高くそびえる城の最上階にあるため、人間であるマスターにはさぞ恐ろしい光景になることだろう。
「ぎいぃぃぃやあぁぁぁ!!!??」
「アッハッハッハ!! なんてまあエキセントリックな女王様だ! よし、僕らも行くぞぅ、マシュ!」
「は、はいぃっ!!」
案の定の彼の絶叫に大笑いしたアマデウス、そしてマシュもそれに続き、私たちはその場を脱したのだった。
その直後に上方で大きな爆発音が轟き、私の捉えていた2人分の霊基反応も見えなくなった。しかしきっと、彼女はその使命を全うしたのだ。いずれ特異点が修正され、この戦いは人理に忘れ去られるとしても、しかし彼の青空はそれを忘れることはないだろう。であれば、それで十分だ。
私たちが飛び込んだ空は広く晴れ渡り、そして眩しかった。
ああ、それにしても───。
「降おぉぉろおぉぉしてええぇぇ!!!??」
「手を離したら死にますよ、マスター?」
───何故だか、今はとても良い気分だ。