人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン 作:グリッド無頼
とりあえず、水妃のバレンタインで取り返しのつかないところまで脳を焼かれ、その後のホワイトデーでのマスターとのツーショット機能で400枚近くスクショが増えたところまでは覚えてるんですが……。
とにかく、実に9ヶ月ぶりの更新となりましたが、文章力が進歩していない(なんなら退化している可能性すらある)ことについては、触れないでください。
「ん、オルガについてどう思うか……かい?」
「ええ。所感で構いませんので」
多種多様な、がらくたとも何かの工具機械とも判別のつかない物たちが、乱雑かつ芸術的に部屋と調和して転がっている工房で、私はレオナルドに1つ質問をしていた。
「うーん、そうだなー……。前よりも思い詰めたような顔をしなくなったかな。おかげでシワのない可愛い顔を良い頻度で見れるようになったよ。いやぁ、かわい子ちゃんたちが多くて目の保養に困らないな~。あ、もちろん君も含めて、ね?」
唇に置いていた指を軽く天に向け、おどけるように言うレオナルドに対し、少し呆れながら首を左右に振る。そして、質問を訂正しようと口を開きかけたとき、
「ああ、分かってるって。オルガの火傷のことだろう? うん、私も少し気になってたんだ。はっきり言って、おかしいからね」
「……やはり、おまえもそう思いますか」
「そりゃあ、ね。仕事柄──まあ、私ほどの天才ともなればそんなの関係ないけど、物資とか素材の硬度性質はほとんど頭に入ってるもんさ。で、本題のオルガのことだけど」
「君がオルガのために作ってくれた魔術人形、その表皮を形成する魔術物質と大体一致する組成を持つサンプルだ。んで、こいつは──」
そして、作業台を手際よく瞬く間に展開して何やら工具のような物を取り出した。そのまま工具に付いている引き金を引くと、その工具は先端からごうごうと小さな火柱を立てた。
「こいつは、ガスバーナーの火でもこんだけ炙らなきゃ焦げ目もつかない」
1分間ほど炎を浴びせた後、工具──これはガスバーナーと言うのか──の火を消し止め、ゆっくりと丁寧に仕舞いながらそう言った。
「その通り。容易く壊れてしまっては困りますし、頻繁なメンテナンスも面倒ですので、頑丈な素材を用いてあやつの素体は作ってあります。そう簡単には傷ひとつ付けられない。しかし、事実としてあやつは左手に火傷を負っている」
「問題は、一体何処で、どうやって負ったかだけど、残念ながら私の見ていた限りではそんな火傷を負うタイミングは無かったはず。治療の時にロマニが原因を聞いたらしいけど、本人も知らないうちにいつの間にか負ってた、って状況だったそうだよ。ま、どだいおかしな話だ」
カルデア内の現在稼働している施設は、一部を除いて一通り把握しているが、あやつの肌を焼けるだけの危険を孕んだ場所、というにはいずれも該当しない。
仮に何者かに襲われたとして、あの神経質なオルガマリーがそれを覚えていないとは到底思えない。記憶を失わされたとしても、やり口があまりにも回りくどい上に、非効率に過ぎる。となると、
「やはり可能性として残るのは、カルデア外からの遠隔的な攻撃行為だが──何故、オルガマリーを狙うのかが解せませんね」
「うん? あー、確かにそうだね。やるんなら、人理修復における最重要人物の藤丸君を狙うべきだ。まぁ、今のカルデアに欠けていい人材なんて1人もいないとはいえ、やっぱり1番効果的なのは彼だろうさ」
うーん、と唸り、ふわりとした長い茶髪をくるくると指で弄びながらレオナルドがそう答えた。それを最後に一度会話が途絶え、互いに考えをまとめ始める。が、すぐに
「とりあえず、今はこれ以上は考えようがないんじゃないかな。オルガもあの火傷以降は何も怪我してないし、当面は大丈夫と踏んでいいと思う。しばらくは、様子見といこうじゃないか」
「……そうですね。ひとまずこの事は内密に。私も極力あやつの行動には注意を払いますが、何か異変に気付いた場合はすぐに私に報告するように」
「もちろんだとも。……あー、それじゃあ、これも君には先に言っといた方がいいかな」
私の言葉にすぐに頷いたレオナルドは、しかしそう言って気まずそうに視線をぐるりと回した。そして、一瞬躊躇うような様子を見せたあと、すぐにスクリーンを立ち上げる。そこに何らや素早く打ち込むと、ぐいと体を私の方に寄せて画面を見せてきた。
「これは───」
確かに、そこに映し出されていたデータは興味深い内容だった。ある程度予想していた事の1つではあったとはいえ、こうして形として現れてくれたのであれば納得がいくというものだ。
「───もう少し詳しく議論したいところですが、そろそろ例の時間になりますね」
「げ、もうそんな時間? うわっマジだ! ごめん、私その準備しなきゃだからまた後で!」
そう言うと、
「うおおお、はっ、走れェェ!」
傍から見たら鬼気迫る表情で、それでいて情けなく上擦った声を上げる俺は、ギャアギャアグルグル、と唸り声や咆哮を上げて追ってくるワイバーンたちから必死こいて逃げ回っていた。なんでこんなことになったのかというと、それは私にもわからん。
さっきまで確かにカルデアにいて、モルガンの部屋を目指して歩いてたはずなのに、何故か瞬きした次の瞬間くらいには知らない山道みたいなところに移動してた、その上殺意剥き出しで追ってくるワイバーンたちがわんさか。そして、頼みのモルガンやマシュは、いくら声を張り上げて呼んでも現れてくれない。多分、完全に孤立してしまっているってことだ。
うん、流石に泣いていいと思うんだ、足を止めることを後ろの御一行様が許してくれるなら。
「はぁっ、はぁっ、ちくしょう、しつっ、こいなぁもう! こちとらっ、怪我っ、治ったばっかなのにさー!」
いかにも元気いっぱい、といった感じで追ってくるワイバーンと違って、こっちはようやく治療室のベッドから開放されたばっかりで、全然体力が持たない。そもそもここが悪路の権化みたいな山道であるのも相まって、すぐに息が上がり膝が笑ってくる。誰も見ていないだろうし、いっそ、ウルトラマンに変身してしまおうかとも思ったが、やはり直感的にそれはダメだと頭が否定したし、そもそもあの短刀が手元に無かった。第1特異点から帰る直前に、モルガンにこっそり預かってもらっていたのを完全に忘れていた。
「あっ……!?」
そして、まともに足が上がらなくなってきた時、差し掛かった下り坂で足がもつれ、俺は悲鳴を上げながら坂を転がり落ちていった。途中で坂道からも外れ、次は急斜面を木の枝や突き出した岩にぶん殴られながら落ちていく。
締めにいい感じに立っていた木に思いっきり背中を打ち付けて息が詰まって、ようやく落下が終わった。
気持ち悪いくらいに回っている目と上手くいかない呼吸のまま何とか立ち上がる。とはいえそんな状態では3秒ともたず、前のめりに膝をついてしまう。
「は……ぁぁっ……ッああ……!」
混乱と疲労と痛みとで、いつも通りの呼吸ができない。ひたすらに地面を見つめて、次から次へと落ちていく汗を定まらない焦点で眺めるしかなかった。
そんな状態のまま少しの間悶えた後、ようやく視界がはっきりして、呼吸がリズムを取り戻してくる。そして、違和感に気付いた。
「あれ……なんで、こんなに怪我少ないんだ?」
あれだけ盛大に坂道を転げたのに、岩や枝に襲われたのに、多少打撲の後があるくらいで出血ひとつしてない。目に見える腕や足はもちろん、顔や頭も触ってみたが小さなたんこぶが1つ出来てるくらいみたいだ。
そういえば、痛みの引きもやけに早い気がする。背中ももうちっとも痛くないし、疲れで痛くなった足以外は何ともない。こんなこと、運が良いで済むのか?
「っやべぇ、考えてる場合じゃなかった……!」
頭上から鳴き声が近付いてくるのを聞いて、俺は何故か無事な体を起こし、残った少しの坂を滑り降りてからまた走り出した。
──が。
「ッ……!?」
走り出したはずの足は、同時に背筋に走った強烈な悪寒によって、蛇に睨まれた蛙のようにピタリと動かなくなってしまった。体は動かないのに、心臓の鼓動と呼吸だけが急激に加速していく。一気に汗が噴き出して、喉がカラカラに乾いていく。
やがて、見開いたままの目が捉える視界の中に、1つの影が現れた。
それは。
「あ……あぁ……!?」
風を切るような鋭く低い呼吸音を発し、全身からどす黒い煙のようなものを揺らめかせて、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる、それは。
「あの、時の──!?」
深淵のような闇に沈むスリットをたたえる兜と、そこから溢れ出した影に包まれたかのように真っ黒な騎士鎧に身を包み、そしてそれと見事なまでに噛み合わない無骨な銃火器の銃口を、こちらに冷たく向ける、それは。
「
銃火器の引き金にかけられた、獰猛な爪のような篭手が包む指が、ゆっくりと引かれた。
「なに……マスターが巻き込まれた、と?」
「そうらしいんだ、どうにもシミュレーターの効果範囲設定プログラムにバグか不具合があるみたいで、たぶんたまたま近くを通りがかった藤丸君が迷い込んじゃったんだと思う! ほら、彼のデータがシミュレーター参加者一覧に表示されてる!」
「むぅ、そういったことはよく確認しておくように言っておいたはずですが?」
「ごーめん、なるたけ早く修正するからそのジト目をやめてくれー! ついでに藤丸君と合流して説明してあげてー!」
「…………」
なんという、面の皮の厚い奴なのだろう。
シミュレーター機能の修復の大部分が完了したからその稼働テストに付き合ってほしい、としつこく頼み込まれ、渋々引き受けたまではよかったが、まさかそのシステムの欠陥によるトラブルの尻拭いをさせられることになるとは。
加えて厄介なことに、今下手にシミュレーターを強制終了させようものなら、件の問題のあるプログラムが災いして、建物の壁と同じ座標に出てしまったり、最悪カルデアの外に放り出されてしまう恐れがあるという。
つまり、私とマスターは、レオナルドがその不具合を修正するまでここから抜け出すことが出来なくなってしまったようだ。
「……まあ、よい。とにかくおまえは早期解決に励みなさい。私はマスターを──」
レオナルドへの追及は後にして、今互いがすべきことを改めようとしたとき、遠くから何かの破裂音のようなものが小さく聞こえた。
その音は断続的に、複数回に渡って鳴り、それがかすかにあの時の銃声に似ていることに気が付く。
「おい、レオナルド。このシミュレーターで出現するエネミーに、銃火器を携行する者は?」
「え、いや、これに出るのはワイバーンだけのはずだよ?」
「……そうですか。では、私はマスターを探しますので、おまえはさっさと効果範囲設定とやらを修正しなさい」
「? あー、とりあえず、作業に入るから一旦通信切るよ。終わり次第また連絡するね。あ、そっちも何かあったらすぐに連絡してくれたまえ。それじゃ後はよろしく!」
私が頷くと、レオナルドはすぐに通信を切った。
それを確認した後、すぐに今回のテスト用に
数秒間周囲を探ると、案の定マスターの魔力の跡がうっすらと残っていた。そしてその伸びる先は、先程の銃声が聞こえた方角とほぼ一致している。私はその跡をゆっくりとたどった。
あくまでここは擬似空間内部。プログラムとして投影されている、魔力で再現されたワイバーンであれば、彼に物理的外傷を負わせることは出来ない。無論、奴らの攻撃を受ければ、魔力塊の衝突を受けてある程度は被弾の擬似体験をすることにはなるが。
しかし、仮に何らかの不具合でそれらのセーフティを無視する出力を持った、
それに、その異物がプログラムであるという保証もない。オルガマリーの件の犯人が、彼がここに巻き込まれた、という状況に乗じて襲撃をかけている可能性も捨てきれないが──。
「ここから落下したのか。シミュレーターでなければ、死んでいたな」
彼の痕跡を追っていくと、やがて崖のような急斜面から転げ落ちたような痕にたどり着いた。私はそのまま崖に飛び込み、斜面から黒泥を走らせ波乗りをするように地面に着地する。
そして、その異様な光景に出会した。
「いやいやいやいや! 早まるな落ち着け、いくら腹減ってるからって竜はヤバいって! うおお、やめろぉーー!!」
「…………マスター、何をやっているのです?」
──彼との魔力パスが、何の問題もなく繋がっていたことを考えれば、彼が無事であることは分かってはいたが。とはいえこれは、少々予想外だった。
……何と言うべきか。これほどまでに声をかけるのを躊躇ったのは、ひどく久しぶりだった。
「黒い、騎士!? うわっ、わあぁ!!」
騎士が引き金を引くと、乾いた爆発音を連続的に轟かせて、何発もの銃弾が鋭く飛び出していく。先端から迸るマズルフラッシュに反応した体が本能的に動き、左手で顔を守り目を閉じていた。
しかしその抵抗も虚しく、きっと次の瞬間には銃弾が肉を食い破って体に風穴を開けられる。目の前にいるのが、第1特異点で遭遇したあのサーヴァントであるのなら、一切の容赦なく俺の命を奪いに来るはずだから。
「ううぅ……! ん……えっ?」
しかし、恐る恐る目を開けると、俺の体には銃弾に撃たれたような傷はどこにもなく、被弾したのなら必ず伴う痛みも無かった。
そして震える目を前に向けると、黒鎧の人物は自動小銃の空弾倉を切り離し、素早く次弾を装填しながらこちらへと猛然と走ってきた。
「─────!!」
それは低く曇った吐息のような音をスリットから溢れさせ、装填を終えた銃口をこちらに向けると、また叫び声を上げていた俺の真横を駆け抜けた。その瞬間にそれは俺を横から左片手で突き飛ばす。
予想外が次々と襲ってきたせいで、何が何だか分からないまま、いてぇ、と情けなく声を上げて尻もちを着くと、目の前を火の塊が横切っていった。
その火球に気を取られた一瞬後、再び耳をつんざくような爆発音が轟いた。何度目かは分からない驚きに反応した体は、両手で耳をかばいつつ音のした方に目を向けた。
そこには、俺を追ってそのすぐ後ろまで迫って来ていたワイバーンたちと、それらに向かって惜しげも無く銃弾を浴びせる黒鎧の姿があった。
「─────!!」
正確かつ粗雑な狙いでばら撒かれた銃弾は、竜の強固な鱗には歯が立たなかったものの、そうではない目玉や薄い翼膜を穿ち、最前線にいた2匹が悲鳴を上げて地に落ちた。
黒鎧はその片方の首を走りながら踏み折ってトドメを刺し、空中から獰猛な脚爪で飛びかかってきた別の竜の攻撃を紙一重で回避すると、その降下の勢いに思い切りぶつけるようにして顎に小銃の銃床を叩き込んだ。直撃を受けた竜は仰け反りながら空中で一回転し、砕けた頭蓋骨をぶら下げた首から墜落する。
だが同時に、その衝撃で黒鎧の小銃は半ばほどからひしゃげ、それを一瞥で確認した黒鎧は、小銃を素早く手放して背中に回し、腰部のホルダーから今度は拳銃を取り出して射撃を再開した。
しかし、小銃よりも威力──貫通力? の劣るらしいその銃弾は、鱗は当然、翼膜さえ突き破ることが出来ず、傷を負わせるには至らない。
まともに撃っただけでは効かないと判断したらしい黒鎧は、次の個体が噛み付いてくるのを前転でくぐり抜け、拳銃の弾倉を取り出すと、前方で火球を吐き出そうと口を開いていた竜の口内にそれを放り込んだ。
咄嗟に弾倉を吐き出せなかった竜の口内で、滾る炎が弾丸内部の火薬に引火し、内側で数発の弾丸が炸裂し、竜は動かなくなった。
これで墜とした竜は計4匹、残るは黒鎧を前後に挟むように残った2匹。
先に仕掛けたのは前方の竜だった。そいつはまず正面から体当たりするように突進すると、それを回避すべく横にステップした黒鎧の後方に急旋回して回り込み、両脚の爪で黒鎧の動きを封じるかのごとく掴み、そのまま地面に押し倒した。
そして、土を舐めた兜へと狙いを定め、高く上昇していたもう1匹の竜が急降下し、首を獰猛鋭利な爪で叩っ切ろうと追撃を仕掛けた。
「こんのぉっ!!」
これまでの光景を見ていれば、あの黒鎧の人物が味方であるのは誰だって分かる。だから、俺は黒鎧にのしかかる竜の真横から全身を無鉄砲にぶつけて、なんとかそいつを引き剥がした。
解放された黒鎧は、間一髪横に転がって強襲を避け、地面に爪が深々と刺さって動けなくなった竜に駆け寄り、拳銃の砲身を眼球に斜め下方向からねじ込み、そのまま砲身に残っていた1発を撃ち込んだ。さしもの竜の肉体でも、目玉や脳は強固にはできていない。弾丸はその両方を貫き、息の根を止めた。
「──────!」
そして、腰部のケースに横向きに差してあったサバイバルナイフを抜刀すると、地面を転げるように逃げ回る俺を怒りの形相で追い回す竜の、がら空きの背後から瞬く間に接近して飛びかかる。そのまま首を押さえつけて馬乗りになり、脳天から思い切り刃を突き立てた。
それが、この戦闘の終止符を打つ一撃となった。
「──────」
念の為にと、黒鎧は最初に撃ち落とした2匹のうちの首を折り損ねた方に歩み寄り、再び脳天を一突きした。
その後、引き抜いたナイフにべっとりと付着した血や脂を拭い、腰の鞘にそれを差すと、黒鎧はその場にどっかりと腰を下ろした。そして、深々と息を吐き出すような音をスリットから溢れさせた。
「あ、あのぉ……」
俺は、座り込んで動かなくなった黒鎧へと恐る恐る近付き、おっかなびっくり声をかけた。黒鎧は返事をせず、しかし確実に反応して俺の顔を見た。そして俺をじっくりと観察するように僅かに兜が上下した後、もう一度俺の顔を見上げて、ぐっ、と右手の親指を立てた。
「あっ、ありがとうございました、助けていただいて──」
ぐうぅぅぅ。
「────」「え?」
俺が感謝を述べるのを遮るように、ひどく大きな腹の虫が鳴った。本人も驚いたらしく、ぴくりと鎧が動いた。また、それで自身が空腹状態であることも思い出したようで、座ったままがくんと肩が落ちて、何かを訴えるように俺の顔を見上げた。
「……あ。すいません、俺も食べるものは持ってなくて」
サーヴァント(?)が空腹になるのか、という疑問が頭をよぎったものの、とりあえず目の前の人物が食料を欲していることは明らかだ。
とはいえ、互いの手持ちに食料は無い。何かを探しに移動しようにも、俺1人ではワイバーンに遭遇したら終わりだし、かと言って黒鎧の人物は戦闘の疲労と空腹が重なってろくに動けそうにない。
この場の周辺で手に入る、なるべく食いでのありそうなもの。自然と互いの視線が、そこらに転がっているワイバーンの死骸に向かった。
「え、シミュレーターだからあの竜は食えない?」
俺がそうオウム返しにすると、モルガンは呆れたように頷いた。
彼女がこの場に到着してから、俺はここに至るまでの経緯を軽く説明し、その様子を横から固唾を飲んで見守っていた黒鎧は、彼女のその動作を見ると両手で兜に触れて、背中を逸らす勢いで絶叫するように天を仰いだ。馬鹿なああぁ、という感じだった。
見るも哀れなその姿は、やはりあの時の黒い騎士とは似ても似つかない。というより、俺の記憶違いでなければ、前と比べて明らかに身長が小さい気がする。俺と並んでもそんなに変わらないくらいの大きさ、なんだよな……。
「あ」
天を仰いだまま微動だにしない黒鎧を、不躾とは思いつつも改めて眺めながら、なんとか宥めようとそっと近付くと、それはがくりと膝を着いて前のめりにぶっ倒れてしまった。
声をかけても、ちょっとつついてみても全然反応が無い。
「動かなくなっちゃったんだけど……陛下、やばくね?」
「別に、どうということはありませんよ。確かに魔力反応こそ鈍っていますが、退去するほどでは無いのですから。カルデアに戻れば何とでもなります」
「そういうもんかなぁ……」
例えシミュレーター内であったとはいえ、全力で戦ってくれた人が目の前で倒れてるのに、このまま放っておいていいのだろうか。そうは思うものの、実際今はどうしようないことに変わりは無い。モルガンと黒鎧を交互に何度か見た後、俺は諦めてその辺に適当に座り込んだ。そうすると、さっきまで張っていた気が急に緩んで、思わず深い溜め息が出てしまった。
そうして弛緩した体を仮初の土に預けて、俺は竜の死骸を改めるためにしゃがみ込んだモルガンの背中を眺める。今日の彼女は、山道を歩くとあってか、いつもの服に加えてクロップジャケットを羽織っていた。そのため、密かにいつも目の保養にしている彼女の白いうなじと綺麗な背筋が見えなくて、少し落胆した。そして、そんなことに対して落胆したスケベな自分に失望した。
「……少し安心しました」
俺がそんなしょうもないことを考えていると、ある程度死骸を調査し終えたらしいモルガンが、そう言いながらゆっくり立ち上がった。
(安心した……? そ、それってもしかして、モルガンが俺のことをし、心配してくれてたってことか!?)
と、そんな風に勝手に解釈してドキドキし始めた俺を、しかし彼女は次の言葉でばっさりと一蹴した。
「貴方が身の程を弁えて、逃げるという分別を持ち合わせていることが確認できましたから」
情け無用とばかりに放たれたその言葉は、なんとも言えない嬉しさで浮いていた俺の腰を、頭から地に叩き付けた。
いや、まあ、その通りなのは、間違いないんだけどね? どーせ俺はただのパンピーだし? 竜とかサーヴァントとかには1ミリも敵わないのは分かってるけどね?
……遠回しに、「おまえは頼りにならない矮小な人間風情だ」と言われているように感じてしまうのは、俺の自虐だろうか。
強くなりたい、とつい先日意志を固めた矢先のそのセリフは、ちょっとばかり心をブレイクしてきた。
「ゆ……ゆくゆくは、その~、多少は応戦できるような力をね? つけたいなぁ、なんて……」
辛うじて起き上がりつつ、だんだん小さくなっていく声でそう返す。
我がことながら、非常に情けない姿である。
「ふむ……。ですが、ろくに自衛も出来ないのでは、今後に少々不安が残りますね」
それを見かねてか、或いはいつも通りのどストレートな物言いをしているだけなのか。ともかく、彼女のその発言を聞いた俺は、かねてから思っていたことを口に出すことにした。
「あっ、そうだ、前から言おうと思ってたんだ! モルガン陛下、俺に魔───」
「まぁ、後で適当に魔道具でも拵えましょうか。マスターにはそれで十分でしょう」
しかし、彼女は俺の言葉を遮って、そんな非常に残酷なことを言い放った。俺は再び頭から地面にどしんと倒れ、踏み潰された虫みたいにぴくぴくと痙攣した。だが、すぐに立ち上がって続ける。
「いや、そうじゃなくって! 陛下、俺に魔術を教えてよ! 何でもいいからこう、少しでも戦えるような──」
「無理ですね」
「──え?」
何の躊躇いもなく、冷酷無比に、彼女は短くそう言った。
「無理って……な、なんでさ」
一考もせずに決めつけられたような言われ方が、どうしても納得できなくて言い返すと、彼女は小さく溜め息を着いた。それに対して、また小馬鹿にされたように感じて、俺は何かを反論しようとして1歩前に出た。
そして、次の瞬間。
「ひっ……!?」
彼女の右手が閃いて、瞬く間に魔杖から姿を変えた黒剣が俺の喉元に突き付けられていた。思わず悲鳴が出てしまったが、それ以降は何も言葉にならず、身動きも取れなくなった。
目が勝手に、鈍く輝く黒剣と、酷く冷たい表情をしたモルガンの顔を交互に見る。しかし、その目の動きに頭の思考が追い付かない。全身から汗が噴き出して、だんだん膝が震えてきた。
「マスター。戦うための魔術を学ぶということは、こうして殺される覚悟が出来ているということです」
彼女は、黒剣の切っ先を俺に突き付けたまま、淡々とそう言う。そして、鋭く目を細めると、ゆっくりとその黒剣を引いて俺を解放した。
俺はすっかりすくみ上がり、へなへなとその場に尻もちを着く。瞬く間に上がっていた鼓動が、いやに痛かった。
でも、それ以上に何故か、すごく悔しかった。
「……っく、そんなの、出来てるに決まってるだろ! どうせ敵だって俺を遠慮なくぶっ殺しに来るんだ、だからそれを何とかしたいからこうやって──!」
「そうですか」
彼女は、右手に持っていた黒剣を俺の目の前に放り投げ、俺の言葉を断ち切った。黒剣の刃は深々と地面に突き刺さり、俺を不気味に見上げている。そしてモルガンも、冷めきったような表情で俺を見下ろしていた。
「では、それで私を殺してみせなさい」
「……は?」
「戦うための魔術を学ぶのです。それは、相手を殺す術を身に付ける、ということなのですから。さぁ、どうぞ」
「な、何言って──っあ!?」
「殺される覚悟があるのでしょう? であれば、殺す覚悟もあるのでしょう? ほら、躊躇う必要など無いのですよ?」
彼女は、硬直して動かない俺の手に黒剣を無理やり握らせ、そのまま手を引っ張って黒剣の刃を自身の首に沿わせた。
彼女の愛らしくも美しく、そして恐ろしく冷たい顔が、目の前まで迫ってくる。ぶるぶると震える俺と対照的に、俺を見据えてぴくりとも動かない彼女の瞳が、ぐさりと突き刺さった。
「……っ」
俺には、彼女を傷付けることなんてできない。彼女に限った話ではない。俺には、誰かを殺す覚悟なんて、有りやしなかった。
だからそれ以上は何も出来ず、ただ静かに黒剣を手放して、彼女の手の中にそれを戻す。そして彼女の肩をそっと掴んで引き離した。
「分かったよ、魔術教えてとかもう言わないから、剣を下ろしてよ」
「そうですか。それはよかった」
彼女は、さっきまでとは打って変わってどことなく柔らかな口調でそう言うと、黒剣を魔杖に変形させると同時に霊体化させる。
そして、僅かに微笑んだ。
「貴方に武器は似合いませんから」
──ずるい。真っ先に思いついたのは、その一言だった。
だって、そうじゃないか。ついさっきまで、冗談じゃ済まないレベルの脅しをかけられて、魔術を習うのは諦めろ、なんて突き付けられて。
それでも、そんな風に微笑みながらそう言われただけで、驚くくらいにあっさりと俺は納得させられてしまうんだから。
そのついでに、俺を一方的にどぎまぎさせてくるのだ。
「……きっ、君は、俺をどんな風に思ってんのさ?」
物の見事に彼女の笑みに撃ち抜かれた俺は、少し頬が熱くなるのを感じながら目を伏せて、動揺をろくに隠せないような話し方で、しかし割と大胆なことを彼女に言った。
そのことに気付いて、あっと声を上げた頃には、彼女はじっと俺の方を見ていた。
「前にも、誰かに同じことを聞かれました。返答は特に変わりませんが、同じことを繰り返し言うのでは面白くない。そうですね──」
うーん、前にも似た質問をされていたというのも初耳だが、それ以上にどう答えたのかがすんげえ気になるぞぉ。なんとなくボロクソに言われてそうな気がするけど、気のせいかなコレ……。
「カルデアは図書館を筆頭に知識の宝庫ですから、此度の現界での一番の収穫はその点です。貴方は、それに付いてきた安いおまけ、と言ったところでしょうか」
あっこっちもボロクソだったぁ!
あまりにもあんまりなそれを聞いて、一周まわって清々しくなった俺は、この上ないくらいにこやかな笑顔で天を仰いだ。視界がぼやけるのは多分目にゴミが入ったからだと思いたい。
ああ、しばらくは立ち直れないかもしれないなこれ……。
そんな俺の気持ちなど気にも留めていないかのように、彼女の顔は涼しげなのであった。
「そういえばさっき、カルデアの図書館は良いとこだ、みたいなこと言ってたけど、陛下ってもしかして読書好きなの?」
あの後、間もなくしてダ・ヴィンチちゃんから「あと1時間くらいでメンテ終わりそうだから、もうちょい待ってて」という旨のメッセージがモルガンの通信機に届いた。ようやくカルデアに戻れる予告がされて、俺は安堵に胸を撫で下ろした。
そして、何とかどん底のテンションを持ち直して、ダ・ヴィンチちゃんに対する文句と、サーヴァントと思われる人物と遭遇、並びにその人物を回収したことを、どう報告説明するかモルガンと2人で考えていた。
それが多少まとまった辺りで、俺はさっきの彼女の発言で気になったことを聞いてみた。
「……そう、ですね。悲劇も喜劇も、理路整然とした世界も滅茶苦茶な世界も。世界を救う
彼女は、倒木に腰掛けて優雅に組んだ華奢な美脚をゆらりと僅かに揺らして、膝の上で雪のような白い指を絡み合わせながら言った。
ジャケットを着ている分、いつも目線を吸収される胸元が隠れてるから(それはそれで、服の上からその膨らみを意識してしまうのだが)、前にも増して彼女の動作に目が行ってしまう。
ちらちらと色んな部分に目線が移ってしまう中でも、そう話す彼女の、優しげというか、どこか遠くを見るような儚さをまとった無表情が印象的だった。
「それに、今は非常事態ですから、図書館の司書業務に人員を割ける程の余裕はここにはありません。つまり、どれだけ長く使っても、どんな本を何冊持ち出そうともお咎め無しです」
しかしそんな儚げな様子はすぐに無表情の淵に消えて、彼女はその無表情は変えずとも、心なしか悪戯っぽく明るくなった声で言った。
その、堂々と「ちょっと悪いコト」を発表する彼女の様子に、なんとなく少女らしい無邪気さを感じて、思わず笑ってしまった。
何を笑っているのか、と不思議そうに僅かに首を傾げる彼女は、また可愛いらしく見えた。
実は、不思議に思うのはこっちも同じだったり。
モルガンは、普段はすごく大人びていて、品があって、また妖艶とも言える色っぽさがある。でもふとした瞬間に、目線も歳も大して変わらない、同年代の愛らしい少女のように感じてしまうこともある。そのギャップというか何と言うかが、俺には良い意味でとても不思議だった。
──それは、彼女が
ふと、そういう風な考えが頭をよぎる。そして、そんなことを考えられた自分の頭が嫌になった。人間だろうと妖精だろうと、こうして一緒に生きて一緒に暮らしていけるなら、そこに何の差もあるはずがないのに。
こんなことで頭を悩ませてるなんて知られたら、また彼女に呆れられてしまうかも。バレたっておかしくは無い、だって彼女には真意を見通す妖精眼が──。
「あ、そうだ、そういえば」
妖精眼、と頭で考えて、前から聞こう聞こうと思っていたもう1つのことを思い出して、俺は彼女に声をかけた。
「陛下の妖精眼って、人によって見え方っていうか、見えるものって違うの? ほら、初めて会った時はマシュの本音とか、ついでに名前まで分かっちゃったじゃん。でも、ジャンヌさんの時は名前を聞いてちょっと意外そうにしてたし、その先のことも興味深そうに聞いてたから、なんかこう、あんのかなーって思って」
「……意外とよく見ていますね、マスター」
彼女は、ほんの少し驚いたように目を見開いて、そう言った。そしてすぐに真面目な無表情に戻して続ける。
「貴方の気付きは、正解です。そう、私にはジャンヌの真名や真意は見えていませんでした。ですが、考察は少し的外れでしたね」
「んぇ、どういうこと?」
「正確に言うなら、
妖精眼──彼女に備わっているはずの機能は、とっくの昔に失ってた? というか、元々の彼女に戻りつつある、ってどういうことなんだろう? とっさに考えようとしたが、まるで分からなかった。そして、彼女が続ける。
「私は、サーヴァントとしての霊基が、非常に不安定であるようです。レオナルドから見せられたものがこれです、貴方も目を通しなさい」
霊基が、不安定?
どういうことか分からない、をもう一度繰り返しながら、俺は彼女が小型通信機から投影した画像を見た。
「え……何だ、これ……?」
そこには、彼女の霊基情報が書かれている──ようなのだが、ほとんどがエラー表示になっていて、まるで情報が読み取れない。
更に、彼女のクラスを表す欄は、もっとおかしなことになっていた。
彼女がそうと自覚しているバーサーカークラスだけでなく、キャスタークラスともう2つがあった。その1つはジャンヌさんの属していたルーラークラスで、もう1つはいわゆるところの7騎士、そのどれにも属さないものが記されていた。
それが示していたクラスは、
「
煌めく星のような紋章の下に、『Foreigner』という語が刻まれている、謎のクラス。日本語直訳で言うなら外国人とか、自分の国の外から来た人を指す言葉、だったよな。
……何なんだろう、このクラス?
第1特異点攻略の前に、所長が直々に教鞭をとってくれた、『これは押さえて(黒板パァン!)! 特異点攻略のためのサーヴァントの基礎大全!!』では、例え妖精や神様が英霊になったとしても、その逸話や伝承に基づいてほとんどが7騎士、或いはルーラークラスに属されると教わった。
というかそもそも、なんでモルガンは4つものクラスを同時に有してる事になってるんだ?
「先程は、霊基が不安定と言いましたが。正確には、システム・フェイトが私の霊基を完全に定義することが出来ない程に、複雑な霊基になっているということのようです。察するに、ルーラーは汎人類史における
「え……えええ!? だ、大丈夫なの、それって!?」
「無論、大丈夫ではありません。システムが定義出来ないとあっては、バックアップも生成できませんし、それぞれのモルガンが個別に持つべき能力も、ちぐはぐに組み合わさってしまっています」
「あ……じゃあ、その内の1つが妖精眼だった、ってこと、なのか。っていうか待って、バックアップ取れないって、それじゃあ……!」
彼女は、俺の言葉を肯定するように、或いはどうなるかは分からない、という風に小さく肩を竦めた。
つまり、今の彼女は、
俺は、違うということは理解していながらも、横たわっている黒鎧に自然と目線を移してしまう。そして、黒い騎士と対峙した当時の恐怖心が、今更になって再びふつふつと蘇って来るような感覚に捕らわれた。
あの時、ほんの少しでも遅れていたら、シグルドが助けに来てくれなかったら。今頃、彼女は──。
「──とはいえ、私としては、大した問題でもないと思えますが」
しかし、そんな考えを彼女はあっさりと断ち切った。
「だって私には、身の程知らずで無鉄砲で、まっすぐな臣下がいますから。どうせ、死なせてはくれないのでしょう?」
少し、心臓が跳ねたような気がした。
全く、なんてひどい女王様だろうか。さっきは散々言ってメンタルぼろぼろにしてきたくせに、今度はこうして、ちょっと遠回りだけどストレートに、臣下としての働きを評価してくれてる。完全に、俺の心を手のひらの上で転がして楽しんでいらっしゃるのだ。
でも、嬉しかった。すごく、嬉しかった。それだけに少し照れくさくて、彼女の顔を直視出来なかった。
そしてたまたま、目を背けた先にあった彼女の影に、上から何かちっちゃいものがポトッと落ちたのが見えた。
「ん……あ、ちょっとじっとしてて」
それが何だったのか確認するために彼女の髪留めリボンを見ると、すぐにその正体が分かった。
きょとんとした表情で、しかし彼女は動きを止めて俺に身を委ねてくれた。頭の上に伸びる俺の腕を、不思議そうに見る彼女の上目遣いに一瞬気を取られるも、すぐにそれを掴んでリボンから引っペがした。
「これがリボンにくっつい──」
「………っ!?」
「ぐふぉぁあッ!?」
くっついていたものを彼女に見せた瞬間、俺のみぞおちにものすごく鋭い足刀蹴りが叩き込まれ、衝撃で体が浮いて後方に飛び、地面に仰向けにぶっ倒れた。多分だけど、これが山道向けに変形していたブーツじゃなくて、いつも通りのハイヒールだったら、即死だったに違いない。
その後、俺の手を離れたそれは、うねうねと腹の上で蠢いて立ち直り、そそくさと逃げていった。
「はぁっ、はぁっ、………………あっ」
初めて見た。彼女の、「あ、やっちゃった」みたいな顔を。
初めて見た。彼女の、明らかに嫌いな物を見るように引きつったを顔を。
そして、
(初めて見た……モルガンの……パン───ガクッ)
結局。この後、色々な謎を残したまま、彼女との距離が縮まったのかそうでないのかよく分からないまま、シミュレーターは1人の女王とその周囲に転がる死骸(約2名の人を含む)を残して、静かに終了した。
1つだけ分かったことがあるとしたら、それは───。
───黒だった。
そういえば、岸波白野を手に入れることができれば、実質トリプルモルガンがサポート無しでも出来るってことになるのでは?
一刻もはやく進めなきゃ……(イド未クリアの人)