人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン   作:グリッド無頼

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いよいよ、第2部も終局がすぐそこまで来てしまった感じですね。第2部を乗り越えた後にどんな展開になるかは全く分かりませんが、モルガンを推していく所存は変わらねぇ
というより、終章うんぬんの前に奏章をね? (奏章4にまだ触ってすらいない人)


episode.2 瑕疵 ─クリング─

それは絶対的な、圧倒的な、力だった。それは全てを呑み込むような、逃れえぬ死のような、恐怖だった。絢爛偉大なるローマと共に、長き鍛錬を積み幾つもの死線を潜り抜け、実力を備えてきた兵士たちが、一切の抵抗をも許されず蹂躙されている。

彼は、敵に臆することなどもはや有り得ないと、そう信じていた。己が命を託す、愛するローマ、そして薔薇の皇帝の為ならば、死すらも恐るるに足らず、と。

だがそれは、ローマという帝国が常に強国、勝者であったために生じた傲慢であったことを、彼はそこで理解した。目の前に迫る絶望的な死を前に、震える手から力が抜け剣が滑り落ちていく。あまりの惨たらしさから這い寄る恐怖に、膝が震えている。

それを実感する度に、目の前の不定形に蠢く殺戮肉塊が肥大化していくような感覚に囚われるのは、果たして狂いかけた精神が見せる錯視の類であっただろうか。それは分からなかった。分かる必要もなかった。

 

「───きゃああぁッ!? こ、こっち来るんじゃ無いわよ! ひゃっ、ひいぃ!?」

 

聞き慣れない、取り乱した甲高い悲鳴。それが恐怖に屈し完全に思考を放棄しかけていた彼の頭を我に返らせた。見れば、兵士の誰とも一致しない、見慣れない奇妙な服装をした女が、鎧も武器も身に付けず必死に逃げ回り、そして今にも殺戮肉塊に追い付かれそうになっていた。

その瞬間に身体が跳ねるように動いてくれたことが、彼は本当に嬉しかった。今までの鍛錬の道のりは、力及ばずとも誇りを失わない精神を、確かに培ってくれていたと知ったから。

 

「きゃぁっ……! え───?」

 

彼は、女を突き飛ばしていた。その次の瞬間、彼は殺戮肉塊の醜くおぞましい口の中へと取り込まれた。全身を溶かす消化液と、体を押し潰しぐちゃぐちゃにしようと蠢く肉壁とに襲われながら、されど彼は悲鳴を上げることはなかった。醜き、恐ろしき怪物共を前にして、折れかけた心を奮起させ名も知らぬ誰かを救った。その誇り高き精神を、高潔なる心を、恐怖に屈服させることの無いように。

そして、爛れた腕を突き上げ、咆哮した。

 

───ローマ帝国、万歳。皇帝陛下、万歳ッ!!

 


 

「……っ、なんだ? 短刀が急に、熱く……!」

 

突然、激しく鼓動するようにドクンと高鳴った懐へと、反射的に手を伸ばす。そして急激に熱を帯びていくそれを取り出すと、それは何かに呼び起こされる、あるいは何かを求めているかのように、暖かくも強烈な輝きを鞘と刀身との僅かな隙間から溢れさせていた。

ウルトラマンが、どこかに行きたがってる…?

感覚的にそう思い、オレは一度目を閉じて、言葉なく脳裏に訴えかける彼の求める方向を感じ取る。オレが急に立ち止まったため、少し前を歩いていたモルガンも足を止めて振り返り、輝く短刀に目を向けた。

今、オレたちがいるのは緩やかに隆起した小高い山の山頂付近。何かを感じる方向は、その頂きの向こう側にあるようだ。それをモルガンに伝えようとしたが、彼女が短刀を興味深そうに見つめていることに気付く。

 

「この光……以前にも一度だけ……」

 

そして、彼女は思考するように腕を組み片手を口元に当てながらぽつりとそう呟いた。しかしそうしている間にも、心臓が激しく鼓動するような感覚が短刀から伝わってくる。一度は止めたものの、その感覚に急かさせるように、オレは彼女にさっき感じ取った方角に進むことを提案した。

最優先が所長の保護であることに変わりはないし、この発光現象がいつまで続くのかも分からないこともあり、彼女は素直に小さく頷いてオレと一緒に山頂へ向けて駆け出した。

 


 

「はぁっ、はぁっ……! もう、何なのよ! 訳わかんないっ……!」

 

全身の皮膚が爛れ、いくつもの骨がへし折れていながら、尚も瀬戸際で生きている男を、引きずるようにしながらわたしは逃げている。さっきまで追ってきていた殺戮肉塊は、わたしを庇って代わりに食われたこの男を、まるで毒に気付いたみたいに咀嚼途中で吐き出し、そのまま口からドロドロとした体液を嘔吐しながらどこかへと消えた。

しかし、他の個体は依然としてこちらへと迫ってくる。自衛のため魔術を撃ち込んでも、まるで効果が無いどころかむしろ魔力を吸収するかのように肥大化してしまう。最初のうちは多少なりとも怯んでいたのに、数発撃ち込んだ後にはこの有り様。もし、この殺戮肉塊が魔術を受けて、それに対する耐性を会得するように急激に自己進化したというのなら、報告にあったバグバズンの成長や聖女マルタからの情報からして、スペースビーストの性質に一致する。焦りと恐怖から、さっきの通信ではアレをスペースビーストと呼ばわってしまったが、どうやら間違いでもなかったみたい……!

 

今引きずっているこの男もそうだが、わたしがここに来た時、周囲にいたのは武装した兵士風の部隊らしき集団だった。ここが本当に第2特異点だっていうのなら、ローマ帝国の兵団ってところかもしれないけど………そんなことを気にする暇もなくすぐに奴らが現れ、彼らを一方的に嬲り、そして食らい始めた。彼らも最初のうちこそ携行武器の鉄剣で抵抗したが、さっきのわたしの魔術よろしく瞬く間に耐性を身に付けられ、手も足も出なくなった。本当に、出る手も足ももがれてから食われた人も少なくなかった。今はもう、元々いた人数の10分の1も残っていないだろう。

殺戮肉塊に、そういうものがあるのかは分からないが───アレは、殺人を楽しんでいるように見える。一方的に嬲り弄んで人を怯えさせ、恐怖のどん底に突き落としてから殺し、命を奪う。その様子は、ただ本能として捕食行動をとっているだけのようには、とても見えない。何にせよ、ただひたすらに、怖かった。

 

「もういや……いやぁ……! 早くどっか行って───きゃあっ、あくぅ……っ!? あぅ、嘘っ、何で!!?」

 

わたしが恐怖のあまり泣き言を漏らした時、後ろから迫って来ていたはずの殺戮肉塊は、いつの間にかゲル状化して回り込んでいて、それに踏み込んでしまったわたしの足を絡み取っていた。その不気味な感触に、血の気が引いていくのが実感として分かった。息が詰まり、悲鳴すら声にならなかった。

血の滲んだ汚泥のようなそれは、まるで極上の果実に引っ付いた虫を取り払うみたいに、わたしが引きずっていた男を放り捨てると、わたしを食い殺そうと寄り集まり、無数の細い触手をうねらせ衣服の隙間から侵入し、獲物の味見をするかのように全身を舐め回していた。

 

───それが、限界まで達した恐怖のせいか、()()()()()()()()()()()かのような感覚を伴った、その瞬間。

 

「ゔく………、あ、あ゙あ゙ぁ……ッッ!!」

 

目の前が、真っ赤に染まる。割れそうに痛む頭を狂ったように掻きむしる。体の内側からおぞましく湧き上がってくる甘い暗闇に脳と心を冒される。知らない声、不気味にくぐもった声が頭の中に反響し、苦痛の呻きに混じって溢れていく。自分が、自分でなくなっていく。

 

「あがッ……わ……わたし……は───、は───」

 

そして、意識が暗闇の底に落ちかけた、その直前。

 

 

「──────!」「やあああっ!!」「てぇーーい!」

 

ダダダダ、という乾いた銃声を轟かせながらライダーが、身の丈を優に超える大盾を鈍く光らせながらマシュが、そして、煌びやかな黄金の髪をなびかせ薔薇のような紅い装束を身にまとい、一振りの赤黒の剣を手にした見知らぬ小柄な女性が、こちらへと全速力で向かってくる。

まず、2人の前に躍り出たライダーが、小銃でわたしの足元を撃ち抜いた。その攻撃によってゲル状の殺戮肉塊は形を崩しながら四方にベチャリと飛散し、触手の様相を成せなくなったゲルがドロリと地面に落ちていく。殺戮肉塊による拘束から脱したわたしは、前のめりに倒れ、体をくの字に曲げるように咳き込みながら、激痛に苛まれる頭と狂ったように鼓動する魂──わたしにはもう、心臓がないから──とを押さえながらのたうち回る。

 

次いで、金髪の女性が軽やかに飛び上がり、手にした剣をグズグズになったゲル状肉塊に突き刺した。それがトドメとなり、その殺戮肉塊は完全に形を失い地面の染みと化す。そして、彼女はそのまま地面に切れ込みを与えながら剣を滑らせ、わたしに追いついて来ていた別の個体を下から真っ二つに両断した。

しかし、続く個体が触手を伸ばして彼女の手と剣とを絡め取り行動を封じてしまう。それを見止めるが早いか、ライダーは小銃を背中へぐるりと回すと両手を揃えて下段に構え、マシュが彼の後方から跳躍しそこに両足を踏み揃えた。そのままライダーが両手を跳ね上げると、マシュが天高く飛び上がり、その圧倒的な重量を持つ大盾を思い切り殺戮肉塊へと振り下ろした。

見るも無惨にぶっ潰れた殺戮肉塊は、地面にめり込んだ大盾の下に消えてなくなった。しかしながら無数にうねる殺戮肉塊の群れは怯むことなく迫り、2人はそれを迎え撃つ。

 

マシュを飛び立たせたライダーは、苦痛の呻き声を上げるわたしの側まで走り寄ると、情けなくもこのまま動けそうにないわたしの様子を確認して、片膝立ちになって小銃を再び構え、わたしの護衛をしつつ前線を張る2人の援護射撃を開始した。

 

「中々動けるではないか、華麗なる少女騎士よ! そこな黒騎士も、奇っ怪な武具ではあるが良き働きである! よいぞ、余と轡を並べて戦うことを許そう!」

 

真紅の薔薇を思わせるその女性は、再び殺戮肉塊が伸ばしてきた触手を剣の一薙ぎで切り落としながら、ころころと鈴の転がるような声で2人を賞賛する台詞を放った。

 

「お褒めに預かり光栄ですっ……ですが、ここは生存者の方を集めて、出来るだけ早く撤退するべきだと思います……!」

 

しかしながら、賛美の言葉を受け取ったはずのマシュの表情は芳しくない。それもそのはずだろう、彼女たちの攻撃は既に少しずつ耐性を付けられ、通りにくくなりつつある。さっきは一撃で両断できていた薔薇の女性の剣も、深い切創こそ与えるが両断・致命傷には至らなくなっている。マシュの盾による、質量に任せた押し潰しや縁での斬撃なども、すでにブヨブヨとした外皮に遮られて討伐に至らない。

……個体それぞれが、個別に耐性を会得したり成長したりするのは、分かる。しかしこの殺戮肉塊の群れは、まるで群れそのものが1つの生物であるかのように、互いが受けたダメージを情報として全体にフィードバックし、高速度で進化を重ねている。まるで、悪性のウイルスみたいに。

 

「……むっ、何だ? 怪物どもが寄り集まって行くぞ──?」

 

「い、いけないっ! 皆さん、早くここから撤退をっ!!」

 

そして、思い返してもみれば、この殺戮肉塊の特徴は、オルレアンでマシュが遭遇したという不定形生物のそれと完璧に一致している。とすれば、奴らはあの性質を持っているはずなのだ。

 

「なっ、何ぃー!? 怪物どもが、見る見る巨大化していくではないかーー!?」

 

それぞれの個体が次々と重なり合い、溶け合い、そしてどんどんとその質量と身の丈を肥大化させていく。馬鹿じゃないのかと文句を言いたくなるくらいの個体数がいるためか、その肥大化スピードは尋常ではなく、1分もしないうちに10数メートルはあろうかという巨体へと変貌を遂げ、尚も肥大化は留まるところを知らなかった。それを見かねた薔薇の女性は、ほんのひと握りしか残っていない生存兵へと撤退命令を出した。マシュがわたしをおんぶし、ライダーが側に倒れていた瀕死の男を肩に担いで撤退を始める。

しかし、奴らから100メートルも離れることが叶わないうちに、融合を終え完全形態へと移行したらしきそれは、40~50メートルほどはあるだろう超巨体へと変貌していた。

 

「だめっ、間に合わない──!!」

 

そして、元の一対だったものから3対へと増加し、個々の太さ長さも先程の比ではないくらいに肥大化した触手が、奴の上げる甲高いひどく耳障りな咆哮と共に、わたしたちを捕らえ食らうべく迫ってくる。

せめてもの抵抗をと、薔薇の女性が剣を構え、ライダーが片腕で小銃を奴へと向ける。しかしそれでも、あまりに力量の差がはっきりし過ぎていた。

この場にいた全員が終わりを悟った、その時。

 

誰かの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

───諦めるな!

 

 

 

直後、空から眩い光と共に一筋の流星が地に降り立った。殺戮肉獣はその光に怯むようにして触手を引っ込め、僅かに後退する。そして、その光はやがてわたしたちの目の前に1つの巨人を形どった。

陽の光を浴びて燦々と輝く銀色の姿。未知との遭遇を感じさせながら、どこか父母のような優しさを持った双眸。異形の怪物と対峙しそして敢然と立ち向かう勇気、ないしはその滾る意志を象徴するかのような赤き水晶を胸にたたえた、その巨人の名は───!

 

「───ウルトラマン」

 

わたしは、苦痛で霞む視界の中で、捉えた姿の名を呼んだ。

それに反応してか、或いは気まぐれにこちらの様子を確認しただけなのか分からないが、彼は背を向けたまま顔だけを僅かにこちらに向け、わたしたちを一瞥する。その後すぐに殺戮肉獣へと向き直り、戦闘態勢へと移行した。

 

〘 シュアッ!〙

 

威嚇するように触手を振りかざし、鳥肌の立つような甲高い咆哮を上げる殺戮肉獣へと、彼は前ステップで素早く間合いを詰め右拳のアッパーを繰り出した。それが頭部と思しき部位に直撃すると、高く掲げた右腕をそのまま斜め下方向へ切り払い、側腕部に備わったブレードで再び頭部を攻撃した。火花のような閃光を散らしながら、殺戮肉獣に備わっていた触角のような部位の片方を切断に成功する。しかし大したダメージではなかったようで、奴は僅かに怯み後退しただけですぐさま反撃に出た。

右腕側の触手を水平に振り払い、ウルトラマンへと鞭のように叩き付ける。彼はその直撃を受けつつも、それを左腕に巻き付けるようにして掴み、続く殺戮肉獣のもう片腕側の触手攻撃も同様にして捕らえると、両足で大地を踏みしめ自身を軸に力づくで殺戮肉獣を振り回し、その勢いのまま投げ飛ばした。

流石にあの巨体を振り回すというのは無理があったのか、息を切らすように大きく肩を上下させつつ、ウルトラマンは再びこちらを一瞥した。まるで、わたしたちの安全を確認するかのように。まさか、奴をわたしたちから遠ざけるためにあんな無茶苦茶を働いたとでもいうの?

そんな疑問を差し置いて、彼は再び構えを取り、殺戮肉獣の元へ駆け出していく。

 

「───、──────!」

 

わたしたちがウルトラマンと殺戮肉獣との戦いに釘付けになっていると、ライダーが我に返ったようにマシュや薔薇の女性の肩を叩き、指でウルトラマンたちから離れた方向を差した。たしかに、今はウルトラマンが殺戮肉獣の注意を引いているうちに、ここから退避するのが先決だ。モルガンの光の魔槍(ロンゴミニアド)のような超火力魔術でもなければ、彼ら巨大生物たちには手も足も出ないし、下手をすれば戦闘に巻き込まれてプッツンされてしまうかもしれない。

正直なところ、ウルトラマンとスペースビーストの戦闘データは今後のためにも喉から手が出るほど欲しいけど、このままでは危険すぎる。

 

「そ、そうであるな。では皆の者、今一度撤退命令を下す、まずはここを離脱して都に戻り、体勢を立て直すぞ!」

 

全員が了解の旨を返すと、薔薇の女性を先頭に戦線を離脱する。必死で走るマシュの背に揺られているせいか、もしくは酷い頭痛による目眩のせいか、視界が酷くぐらついた。その悪視界の中でわたしは後方へ顔を向け、既に再開されていたウルトラマンの戦闘を観察することに注力した。自力で逃げることすら叶わないのであれば、せめてそれくらいはしないと立場も申し訳も無くなってしまうから。

 

自身の元へ向かってくるウルトラマンを迎撃するように、殺戮肉獣は頭部前方に火球を形成し、それを彼へと撃ち出した。彼は両腕を一瞬交差させると右腕を奴へと素早く伸ばし、光弾を射出して火球にぶつけその威力を減衰させると、左拳でそれを殴り付けて破壊し、続けてダッシュの勢いのままに飛び蹴りを繰り出した。しかし奴が体をうねらせたことで回避され、惜しくもダメージを与えられずに地面に着地する。背中を晒す形になってしまったウルトラマンへと、すかさず殺戮肉獣は触手を横に振り抜いたが、彼はそれを予想していたか前転して避け、彼が立ち上がり振り返ると同時に奴が追撃で放った触手の縦振りを、今度はバック転で回避した。

そして2柱の巨大生物が、再び間合いを測りながら睨み合う。

 

〘シャッ!〙

 

その数秒間の沈黙の後、まるで映画の早撃ち勝負のように、ウルトラマンが光弾を、殺戮肉獣が火球を繰り出す構えを取り、コンマ数秒の差でウルトラマンがそれを制した。彼の右腕から放たれた閃光は、奴の頭部に残ったもう一本の触角を切り飛ばし、そのダメージによって怯んだことで火球はぼうっと霧散する。

そして、ウルトラマンは殺戮肉獣正面の捕食口を警戒してか、奴が怯む隙に両腕を下段に交差させ、目にも止まらぬスピードで背後に回り込み奴に掴みかかった。しかし、

 

〘 フッ……!?〙

 

奴の背後の亀裂から白味を帯びたガスが放出され、煙幕のように彼らを覆い包んでしまった。そして、この距離からでも聞き取れるグジュグジュという気持ちの悪い音が響いたかと思うと、殺戮肉獣はその姿を円盤状の飛翔体へと変化させ、ガスを切り裂くように飛び立ち、わたしたちの遥か頭上を抜き去っていく。わたしたちの進行方向を追い抜くその巨影を目撃し、ハッとするように薔薇の女性が声を上げる。

 

「なっ……! 待て怪物、そっちに行くでない! 向こうには、我が都が───!!」

 

彼女の叫びを聞き、マシュがぴくりと肩を震わせたのが分かった。似たような経験を、マシュは第1特異点でしている。バグバズンに住民を食い荒らされ、そしてファヴニールに焼き払われた、ラ・シャリテの惨状を見ている。奪われた命の、変わり果てた姿を心に刻み込まれている。

マシュが小さく、やめて、と呟くのが聞こえた。そして、空を往く殺戮円盤を睨み付けるために顔を上へ向けたのを感じた。

しかし、彼女に何が出来る訳でも無かった。彼女の小さな体では、彼女の拙い霊基では、殺戮円盤には何一つ干渉できない。何かを守る為に持つ大盾も、その手の届かない場所にあるものは決して守れない。

けれど、それは仕方の無いこと。どれだけの覚悟があっても、守れないものはどうしても存在する。ただ、それだけの話なのだから。

 

 

 

───だからこそ、都合の良い「ヒーロー」が必要なんだよ。

 

 

 

「……! あれは──」

 

無力感からか足を止めそうになったマシュを、まるで叱咤するかのように、わたしたちの頭上を越えていく巨影がもう1つ。

空を駆ける、銀色の流星。

それは殺戮円盤の後方を追尾しながら右腕を自身の胸の赤水晶へと重ね、一瞬の輝きと共に腕を振り払うと、全身をエネルギーの奔流のような波紋が包み込み、そしてその姿を変化させる。

より強固な青銅白の鎧を身に纏い、胸の赤水晶の上に青空を閉じ込めたような天色の水晶体が現れ、両前腕部に備わったエッジの形状がより勇壮に変化した。

 

〘 ハァァ………シュアッ!〙

 

彼は左腕を体と水平に構えると、左手首へ右手首を垂直に重ね合わせ、次いで流れるような動きで弧を描きながら右腕を立てると、それを殺戮円盤の方へと伸ばした。すると彼の右拳から光の波が解き放たれ、殺戮円盤の前方に巨大な空間の歪みが発生する。突然目の前に出現した異空間ゲートを回避出来なかった殺戮円盤は、そのゲートの光にまるで捕えられるかのようにして内部に引きずり込まれ、そしてその後を追うようにウルトラマンが突入し、2つの巨大生物と異空間ゲートはまるで最初からいなかったかのように、静寂を残して姿を消した。

 

「……ウルトラマン。貴方は、一体……」

 

しばらく言葉を失い呆然としていたわたしたちだったが、やがてぽつりと、心の表層からこぼれ落ちるような呟きを、マシュが漏らした。それを皮切りに、次第にそれぞれが思考を取り戻していく。

 

「う、うぅむ……何とも奇っ怪な怪物共であったが……ひとまず都へ戻るべきであることは変わらぬか。彼奴等が都へと向かってしまった可能性も消えた訳では無いしな。ともあれ急ぐぞ、皆の者」

 

そして、薔薇の女性の発言により、全員が止めていた足を再び動かし、彼女らは帰路を、わたしたちは見知らぬ道を往く。

疲労や、多くの人命を失った喪失感、恐怖の燻りによる不安感などが重くのしかかり、誰も口を開こうとはしなかった。

 


 

「うぐっ……はぁ、なんとか……倒してきたよ、陛下。そっちは、大丈夫だった?」

 

「ええ。残党の10数体は残らず始末しましたし、オルガマリーたち生存者も離脱できたようです。しかし、貴方の方はあまり大丈夫そうには見えませんね」

 

「ご……ごめん、たしかにちょっと、キツい……」

 

「謝ることではありません。よく単独で戦いました、マスター。しばらくはオルガマリーらも問題無いでしょうから、貴方が落ち着くまで少し休息していきましょう」

 

彼女に促され、オレたちは近くにあった岩陰に移動し、腰を下ろして休息を取る。さっきのスペースビーストとの戦闘で、かなり体力を消耗したし、少なからず傷も負ってしまった。特に痛みが酷いのは、右腕の中ほどから手の甲に差し掛かるくらいまでに付けられた、切り傷というか噛み跡というか、あのスペースビーストと同じくよく分からない形状の傷だ。意識するとくっそ痛くなるんであまり考えたくないが、抉り取られた上に少し溶かされたような、グズグズした傷跡になっている。しばらく、右腕は使い物にならなそうだ。幸い、ばっくりといっている割に出血はほとんど無いから、モルガンに包帯を巻いてもらったら見た目にはそんなに酷くない。プラシーボ、プラシーボ。痛くない、痛くない。

 

「けど、早い段階でスペースビーストを倒せたのはデカいよね」

 

「そうですね。少なからず第2特異点攻略における脅威は、減ったことでしょう。アレがいては精神衛生上も良くないですし

 

手痛い負傷こそしたけど、とりあえず、特異点で発生している異常の修正に集中できる、というのは結構なアドバンテージになるはず。

本当に、さっきのスペースビーストがあれで終わっているのなら……だけど。

 

「……あれ? 誰かあそこにいない?」

 

モルガンと話しながら、ふと周囲に目を向けると、ここからそう遠くない場所に、人影が見えた。とはいえあまりよくは見えないため、何となくふらふらと頼りない歩き方をしていることしか分からない。

彼女もそちらを見てその人影を捉えたようだが、同時に何か疑わしそうに目を細めた。それもそのはず、周囲に生存者がいないことは、彼女自身がよく確認してくれたのだから。

もしかしたらどこかに身を潜めていたんじゃ、と彼女に言いつつ立ち上がり、オレは人影に向かって声をかけた。

 

「あのーー! 大丈夫ですかーー!!?」

 

オレの声が届いたらしく、人影はこちらに気付いたようでこちらへと向かってくる。ふらついているように見えていたが、どうやらそれは見間違いだったみたいで、その人は結構な速さで走ってきた。

次第に近付いてくる、人影。そして、それが十分に視認できるくらいに接近したとき。

 

「……マスター。私から離れないように」

 

「え──?」

 

何かを察知したらしいモルガンがオレの前に立ち、魔杖を実体化させた。そして彼女の背中越しに、その人の姿をよく見ると、

 

「──っ!? な、何だあの人……!」

 

それは、顔の形状がもはや分からないくらいにドロドロに爛れ、今にもちぎれ落ちそうな目玉をぶらんぶらんと振り回し、へし折れた骨が爛れた皮膚を貫いて飛び出している胴体や足を、クネクネと不気味に動かしながら迫って来る、歩く死体だった。

あまりに凄惨なその姿に、全身の毛が逆立つような感覚を覚える。

 

「戦いを望まぬならば、そこで止まれ。聞き入れぬのであれば、容赦無く迎え撃つ。もっとも、解す知能が無いのであれば──」

 

彼女の忠告をまるで聞き入れる風もなく、ソレは接近してくる。その様子から和解の余地無しと判断したモルガンは、魔杖を黒剣へと変形させ、左斜め下段から切り上げて斬撃波を放った。通常の人体に撃ち込むにはあまりにオーバーなそれは、その歩く死体の胴体をいとも簡単に切断し、余波で両腕は吹き飛び、下半身は腿から上が粉々に砕け散った。ベチャリ、という音と共に上半身が地面に叩き付けられると、その衝撃に耐えかねて頭が割れ、紫色に変色した中身が漏れ出てきた。

あまりの惨さに思わず目を逸らしてしまいそうになったが、そんな余裕も無くその歩く死体に変化が訪れる。

 

「なん……なんで動くんだよ!? ってか、あれってもしかして……!?」

 

脳、両腕、下半身を失ったのに、その上半身はカタカタと動いている。よく見たくは無かったけど、目をこらすと両腕断面には何か細長いモノが蠢いており、ニチャニチャという気持ちの悪い音を伴ってそれが次第に肥大化していく。

そして、それはやがてさっきのスペースビーストに備わっていたような一対の触手を形成し、傍に転がっていた両足をそれで手繰り寄せると、腹の辺りに無理やりくっつけて再び立ち上がった。

その驚異的な生命力を目の当たりにしたモルガンは、ふむ、と呟いて観察するようにじっとソレを眺めた。しかし、

 

「危ないっ!」

 

ソレがクネクネとした奇妙不気味なフォームで触手を伸ばし、彼女を絡め取ろうと攻撃を仕掛けるのを見て、オレは思わず叫んでしまった。そんなオレとは裏腹に彼女は至って冷静に、まずは身をかわしつつ片方の触手を黒剣で切り落とし、次いでもう一方を左手で掴み取ると、そこに青色の炎を発生させた。その炎は触手を伝って本体へと燃え移り、火だるまになった歩く死体はのたうち回るように暴れ回ったが、炎を消すことは叶わず、やがて灰すら残さずに燃え尽きた。そこまでされては、流石にもう復活するようなことは無かった。

 

「今のって……」

 

念の為にと、切り落とした方の触手も焼却したモルガンにそう声をかける。

 

「……オルガマリーたちも、一概に安全とは言えない状況になりましたね。動けますか、マスター?」

 

「正直まだキツいけど……そんなこと言ってらんないよ。皆を追おう、陛下」

 

まだ、あのスペースビーストは終わっていない。その事実を認識するのに、さっきの歩く死体は十分なものだった。それに、あれだけの個体数がいたのだから、生き延びていたのがさっきの個体だけというのはまず有り得ないだろう。

ねっとりと纏わりつくような不安感を覚えながら、オレはモルガンと共に皆を追う。

分かってはいたことだけど、今回の特異点も一筋縄では攻略出来そうにない。ジクジクと痛む右腕を押さえながら、オレは走った。

 




デッデッデッデッデレデレデンンネェクサァス……
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