人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン   作:グリッド無頼

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英霊星行にモルガン居なかったの地味にショック。他の妖精國メンバーが皆あったし、東北・北海道エリアでの雪景色モルガンを期待していただけに余計にショック。
でも、みんなが旅行してる中で、マスターと一緒に夫婦水入らずマイルームでゆったり遊んでたっていう解釈をすることで落ち着きました。
どうでもいいけど土方さんが狡噛慎也にしか見えねえ






episode.4 熱

「うぉっ、ちょっ、ライダー!?」

 

「──────」

 

立ち上った煙が、空の中に霧散して見えなくなった頃に、ライダーのほぼ全体重がのしかかって来た。中身に靄しか詰まっていないように見えるが、恐らくは筋肉質でがっしりとした男性なのだろうそれが、フルプレートの鎧を纏ってオレを潰しにかかってきている。

もちろん、彼がやりたくてやっている訳ではない。ギリギリで保っていた体力が、ついに底を着いてしまったのだろう。まるで電池の切れた人型ロボットであるかのように、ピクリとも動く様子がない。背中に刃渡り12~13cmはあろうかというサバイバルナイフを、根元近くまでぐっさりと差し込まれたのだから、考えてみれば当然だった。むしろ、今まで耐えていたのが恐ろしいくらいだ。根性が、スゲェ。

 

「……これ以上の行軍は、出来そうにありませんね」

 

その様子を見たモルガンは、しかしてオレを手伝ってくれようとする素振りは全く見せずに、雨の名残でまだ微かにしっとりとしている白銀の髪を、左手で軽く払って緩やかに立ち上がった。優雅になびくそれが、気付かないうちにすっかり傾いていた夕日にひどく映え、その美景に思わず見惚れてしまって、ライダーを支えていた腕から力が抜け、オレは彼の下敷きになる形で地面に突っ伏す羽目になった。それでも尚モルガンは手を差し伸べてくれる様子は無く、むしろ間抜けなオレを冷ややかな目で一瞥した後、振り返りもせずに所長の方へと歩いて行ってしまった。なんてクールですばらしい女王様なんでしょう。

 

「ええい、危機に参じた勇士かと思えば、なんたる間抜けを晒しているのだ! 感傷に浸る暇も無いわ、全くっ」

 

うぐぅ、とか呻きながらモルガンの後ろ姿を悲しく目で追っていると、ぷんすかという雰囲気でそう言いながら赤装束の女の子がこちらに歩み寄り、彼女よりもよほど身長のあるライダーを、片手で軽々とオレから引き剥がしてそのまま小脇に抱えた。そしてこちらにもう片方の手を差し出してくれて、オレはそれに掴まって立ち上がる。

こう間近で見ると、かなり小柄な女の子だ。モルガンはもちろん、所長やマシュよりもずっと背が低い。遠巻きからでもよく分かるくらい、表情の変化がはっきりとしていたし、至近距離だとそれがより顕著で、目まぐるしく切り替わる豊かな表情は、生を受けて大地を自分の足で走り回れることが嬉しくて仕方の無い、幼い子どものようだ。夕日を受けてきらきらとする金髪や、ころころと鈴の転がるような心地良い声も相まって、一言で表せばとても可愛らしい人物だ。それに──。

 

「何だ、人の顔をじろじろと見おって。……ははーん、さては余に見惚れたな? うむうむ、この正直者め~」

 

黙って彼女の顔を見ていたのを、普通なら失礼にあたるだろう所だが何故か良い方向に誤解してくれたらしく、彼女はころりと表情を入れ替えて、うりうり、と肘でオレの脇腹をつついた。

 

(──似ている、と思ったけど、勘違いだったかな?)

 

どことなく、かの黒い騎士王やジャンヌさんと似た雰囲気を感じたような気がしたんだけど。あまりにも快活すぎる彼女を見ていると次第に自信が無くなっていく。まかり間違っても、ここまで人懐っこいというか明朗な風に接する2人の姿が、想像つかなかったからだ。

ともあれ、そういうことを考えていた上に、きっとたくさんの仲間を失って落ち込んでいるだろうとも思っていたから、至極元気そうに脇腹をつつかれて面食らってしまう。

 

「あ、ああ……。えっとー……」

 

彼女に聞くべきことやこちらから話すべきことは無数にあるのだが、何からどう話題を切り出したものか、ペースを失って口ごもっていると、更に誤解を進めたらしい彼女は、正しく花の咲いたような、眩しいとも言える笑顔を浮かべる。

 

「どこの誰とも知らぬが、旅の者をも堕としてしまうとは……! くぅっ、余とはなんと罪な皇帝であろうかっ!」

 

小柄な体には半ば不釣り合いなくらいに豊かな胸に、愛らしい小さな手の平を当てながら、軽く芝居がかった言い方をして彼女はどんどん高まっていく。彼女のボルテージが上昇するにつれて、小脇に抱えられているライダーが振り回されてえらいことになっているため、早いとこなんとかしないとマズい。

 

「ふふん、余は寛容ゆえな? どれ、名を申してみよ。覚えてやることもやぶさかではないぞ?」

 

全く腹の立たない、けれど完璧と言っても差し支えないドヤ顔を浮かべ、オレの背中をばしばしと叩きながら彼女が言う。

でっかい剣を軽々振り回したり、全身鎧の成人男性を小脇に抱える程の膂力を持つだけあって、ぐっと踏ん張らないと転がされそうになるようなその連打に耐えつつ、自己紹介と彼女の名前を聞く千載一遇のチャンスを逃さないように、詰まり詰まりながらに声を出す。

 

「オ、オレは藤丸立香と言います、ぐぇっ、あ、貴女は?」

 

背中からの衝撃で咳き込みそうになるのをなんとか抑えつつ名乗り名を尋ねると、急にピタリと手が止まった。これ好機とばかりに1歩下がり彼女の正面に立ち直ると、彼女は1つ分は違うのを精一杯の背伸びで近付けて顔を目と鼻の先にまで迫らせてくる。

 

「余の名を知らぬ、だと? リツカよ、それは至上の不幸であるぞ!」

 

吐息が顔に吹きかかるくらいに近付いてきたかと思えば、そこまで言うと今度は急にひらりくるりと軽やかに数歩下がり、全身がよく見えるようにオレの前に立った。

 

「よかろう、ならば教えてやる!」

 

夕日の中に佇む彼女は、まるで黄金を映す薔薇の花のようだ。

 

「余こそは『ネロ』! 輝ける絢爛の都、ローマ帝国が皇帝『ネロ・クラウディウス』である!!」

 

はてさて、直視できないほどに眩しかったのは空を赤く染める夕日の方か、それとも彼女の満開の笑顔の方か。

そのどちらでもいいと思うくらいには、両者ともに大層な絶景だった。

 


 

「つっかれたぁ……」

 

座りやすいように整形された岩に、深く腰を下ろしながらため息をついた。それから数秒もしないうちに平たい岩面に上体を寝かせたが、すごくすごい寝心地だったため、もし寝てしまえば二度と起き上がれなくなることを悟り、のそのそと起き上がって膝に肘を着く。

 

「お疲れ様。それにしても大変だね、藤丸君…」

 

「うぅ……」

 

今からつい1時間ほど前に復旧した通信越しに、ロマン教授が労いの言葉をかけてくれるが、画面を見てしまえば座り心地の良さそうな椅子に腰掛けている彼にこの世の終わりみたいな恨み節を吐いてしまう恐れがあったため、全力で地面に目を向けながら呻いた。

 

……日も落ちかけていたし、まさか負傷者を置いていく訳にもいかないし、かといって周囲を警戒しつつ3人を担いで移動というのは厳しいものがあったし、とりあえず今夜はこんな事もあろうかと持ち込んでいたテントでここをキャンプ地とする、まではよかった。

テントが入ってるマシュの盾の収納スペースは蓋がクソ固いし、某猫型ロボットもびっくりの圧倒的な収納ジツでキャパの120%くらいまで押し込まれた物資が、オレを飲み込まんばかりの勢いで雪崩を起こすし、そもそも誰もテントの建て方を知らないし、見慣れない物に囲まれて大興奮のネロの質問攻めにあうし、我が愛しの女王様はこっちの苦労など何処吹く風でお散歩(本人曰く、周囲の安全確保)に出るし、まともに手伝ってくれたのは所長だけとかいう、控え目に見ても明らかに異常な状況だったのが終わってた。

 

「いやさ、建てるのが大変だったのはいいんだよ、別にさ? でもオレだけハブられるのはおかしくないっスか?」

 

更にひどいことに、本来はオレとライダー、モルガンとマシュを想定していたため3人用のテント(もちろんダ・ヴィンチ印品。重量や折りたたみ時のサイズなどが恐ろしく小さいスグレモノ)が2つ、という装備構成なのだ。

つまりどういうことかと言うと、

 

「仕方ないでしょ、負傷者3人を優先的に収容したら、残りはあなた以外みんな女の子なんだから。あんな狭い所で、若い男女をくっつけて寝るなんてハレンチ、わたしの目が黒いうちは絶対に許さないからね」

 

「すんませんオレも負傷者なんですけど」

 

「我慢なさい、男の子でしょ」

 

「解せぬ」

 

……とか何とか言いつつも、実は内心ほっとしている自分もいた。冷静に考えて、モルガンや所長、或いは世に名高い皇帝ネロと同じテントで寝泊まりしろと言われたら、どの道抜け出していたに違いないだろうし。

ただでさえ、未だにあの村で同じベッドでモルガンと眠っていたことを思い出すと心臓が痛くなるんだ。決して嫌な訳ではないし、ちゃんと休みたいという気持ちもあるけど、オレも早死はしたくないしそもそも多分まともに休めない。

だったら、こうして外で焚き火の面倒を見ている方が幾分マシというものだ。第1特異点ではモルガンが寝ずの番をしてくれていたが、今回はお散歩から帰ってくるなりテントの中に引っ込んで、それっきり出てこない。その辺を眺めると、朽ちた倒木や岩の陰、草むらを行き来するうねうねが目に入り、理由を察せた。

 

「……隣、いいかしら」

 

ともあれ、そのうち腰が死ぬことが確定している今の状況が、オレにとっての最適解であるという事実に、笑うしかなくなって卑屈全開の薄笑いを浮かべていると、やけに目をきょろきょろとさせながら所長がそう聞いてくる。

焚き火がちらちらと映し出す琥珀色の瞳は、さながら闇にただよう幽灯のよう。

 

「あ、どうぞ。座り心地やっべぇのでオススメはしないですけども」

 

「うん、ありがと。……うわ

 

少し横にズレて所長が座るスペースを確保すると、彼女は一瞬の硬直の後にオレの右横に腰を下ろす。すごく小さい声だがげんなりした様子が伝わってきて、どうやら彼女もこの座り心地に感動を覚えたようだ。悪い意味で。

 

「これ、ネロがやったのよね……?」

 

「そうですね。すぱっと切れて目ん玉飛び出るかと思った」

 

「どう計測しても、間違いなく人間なんだよね彼女。ちょっとどうかと思うなボク」

 

「流石に言い過ぎ……と言いたいけど、正直同感だわ……。心強いことは、間違いないんだけど」

 

岩をぶった切る、それがネロの持つ剣の切れ味がえげつないだけが理由で起こり得た事じゃないというのは、先の戦闘での活躍ぶりを見た者ならば誰でも理解できる。現状、彼女が九割九分オレたちの味方と考えていいのが本当によかったと思う。もしそうでなかったのなら、黒き聖剣を手にしたあの騎士王が、再び敵に回るようなものだろう。流石に、宝具レベルの超火力は無いだろうけど、単純な殴り合い斬り合いの運動能力はサーヴァントのそれと比べても遜色ないように見えた。

 

「心強いといえば、ライダーもですよね。状況に合わせて柔軟に対応して的確に行動できるし、ピンチで折れないタフネスもすごかった」

 

ウルトラマンとして彼らの前に降り立った時、真っ先に動き出していたのは彼だったし、後で合流した時の戦闘でも、色んな武器や戦法を駆使してのサポートで、皆の勝利をぐっと近付けた。実際、彼がいなければ所長もマシュも、かなり危うい状況に陥っていたであろうことは想像に難くない。

モルガンやネロのような、高い直接的戦闘能力を持っているというよりも、守備から攻めの補助まで、幅広く柔軟に行えるオールラウンダーなサポーター、と言えばいいのだろうか。

ともかく、居てくれるとものすごく心強い存在であることは確かだ。

 

「ええ、そうね。……ほんとにそう。今日だけでも、何回彼に助けられたか分からないくらいだもの。回復したら、言いそびれたお礼、しっかり言わないといけないわね」

 

所長が、包帯巻きの左手を膝の上で丁寧に組みながら、焚き火を挟んだ向こう側にある負傷者収容テントに目を向けた。モルガンとネロがいるテントが、中にあるカンテラの光で浮かび上がっているのと対照的に、それは夜の闇の暗がりに粛々と鎮座している。じっと見つめていると、自然と話題がそこへと向かっていくのは、ある意味では道理と言ってもよかったのだろう。

 

「…………マシュ、立ち直れるかしら」

 

「やっぱり、それが心配ですよね……。ボクは話を聞いただけですけど、それでもきっと、マシュの心にかなりの負荷がかかってることは間違いないと思いますし」

 

所長は悲しいそうな、あるいは切なげとも言えるような顔で、ロマン教授はこの場でマシュに寄り添えない悔しさを顕にした顔で、それぞれ自身の斜め下に視線の落とした。オレも、マスターとして何一つ彼女を支えられていない自分を戒めるように、膝上にある両手をぐっと握り締める。

食い込む爪が、もう少しで皮膚を破りにかかる直前で、ロマン教授が口を開いた。

 

「どうあれ……なんとかケアしてあげないとダメだと思う。出来ることは、少ないかもしれないけど」

 

「……そうですね。それしか、ありませんよね」

 

それでも、オレたちの中に共通して存在していたのは、マシュをどうにか支えてあげたいと思う確かな気持ちだ。ここで目を背ける選択肢が無いのは、誰も口には出さないが、合わせた目の中にある想いが見えれば十分に伝わり合うものだ。しかし、

 

「あの……藤丸? 出来ればでいいの。可能な範囲でいいから、その……あなたが、優先的に気にかけてあげて欲しいのよ」

 

「……所長?」

 

所長が、膝の上でやんわりと合わせた指先を伸ばしたり曲げたりしながら、いつになく寂しそうな横顔を見せつつ、途切れ途切れにそう言った。さりげなくロマン教授と目を合わせたが、彼も少し困惑しているようだった。

 

「マシュは……あなたのこと、すごく信頼しているみたいだから。わたしみたいなお荷物所長なんかより……ずっと」

 

「所長───」

 

言いながら、まるでオレから逃げるようにして顔が背かれていく。覗けていた横顔も、今では夜風に微かになびく白髪に隠れてしまっている。そんな彼女の様子を見ていると、何故だか無性に胸がざわついた。なんというか、そこはかとない気持ちの悪さというか、心地の悪さというか。そういうものが、心に満ちた。

 

「……なーんか、らしくないっすね」

 

「───え?」

 

だけど、その言葉が吐き捨てるみたいに口から出た時にようやく自覚した。少し、ムカついていたんだろうってことを。

 

「だって、そうでしょ。今の所長には、いつもの所長にあるはずの、芯と責任感が無い。自分にできることがあるのなら、震えながらでも、苦しくってもやり抜こうっていう、強い芯が」

 

「なに……よ、急にそんな事……。無いわよ、あるわけないじゃない、そんなの、わたしに……!」

 

「じゃあ、なんであの兵士の人を助けたんですか」

 

「っ、それは───」

 

「あんな瀕死の人なんて、普通は諦めて放って逃げますよ。その方が所長の生存率だって上がってたはずだし、仮に一緒に逃げたところで、助かる見込みも保証も無い。でも、所長は見捨てなかった。それは所長が彼を助けるために、出来ることがあると思ったからでしょ?」

 

「違う……そんなんじゃないわ。わたしはただ、わたしのせいで誰かが死んだって、そんな重い十字架を背負いたくなかっただけよ!」

 

「それが、責任感じゃなくてなんだってんです?」

 

「あ───」

 

「自分じゃ分からなくったって、あるんですよ。所長の、強さとカッコ良さが。……そんな所長が、くよくよしながらぜーんぶほっぽり出してオレにやらせようだなんて、やっぱりらしくないです」

 

「藤、丸……」

 

見開いた目が、しかしオレから逃げずにしっかりとこちらを向いていた。

 

「ふ……ふんっ、何よ、偉そうに好き勝手言ってくれるじゃない! 分かったわ、そこまで言うのなら前言撤回よ! 改めて方針を言うからよーく聞きなさい、能天気バカの藤丸に、さっきからずっとあわあわしてるお間抜けロマ二!!」

 

力強く腕組みをした所長が、ハリのある声でオレたちに告げる。そこにいるのは、いつも通りの、カッコ良い所長だ。

 

()()()()()()で、マシュを支えるの。やれることを、やれるだけ全力で! いいわねっ!?」

 

「了解!」 「は、はいっ!」

 

所長の、力の入りすぎでちょっと裏返ったいいわねと、元通りになってくれた嬉しさからつい調子に乗ってライダーリスペクトの敬礼をするオレと、若干気圧されてピーンと伸びた背筋で上擦った返事をしたロマン教授。

それぞれが、それぞれのおかしさを感じて、そしてそれぞれ同時に吹き出した。

1人よりも2人、2人より3人で笑い合えば、その分だけ何故か笑いというのは中々収まらなくなるもの。変だったところを指摘し合いながらの笑い合いは、しばらくの間、もうすぐ満月を迎えようとしている夜空の中に響き渡っていた。

 

 

 

その後、ようやく笑いが収まりお互いに呼吸を整えると、所長が優しく微笑むようにしながら言葉を発する。

 

「ふふ、やっぱり物怖じしないわね、あなた」

 

「そうですか?」

 

「いやぁ、ボクも同感同感。オルガマリー所長にあそこまで堂々と意見具申できる人は滅多にいないぞぅ。知ってるかい? 所長の別名、羅刹の───」

 

「ロ・マ・二?」

 

「アッ……」

 

すげぇ! 人の微笑み顔ってこんなに怖くなれんだ!

 

「……こほん。そういう所、す、素敵だと思うわ。大事にしなさい、そのあなたらしさを。あ、それと。さっきは変な言い方しちゃったけど、自分のサーヴァントのケアがマスターとして大事な責務なのは間違いないから。そこんとこは、ちゃんと理解しておいてね?」

 

咳払いをひとつまみ、そして所長が続けた言葉に、素直に頷くと彼女は満足そうに肩から力を抜き、足をぷらぷらと遊ばせながら前を向いた。

 

一度、そこで会話が途切れる。

会話というのは不思議なもので、何かのとっかかりから始まりさえすれば、色々な話題が勝手に次々と連鎖して気付けば時間が過ぎているものだが、ふと何かの弾みで途切れてしまうと、途端に続きが出なくなる時がある。とはいえ、それが気まずいものでも、居心地の悪くなるようなものでも無いのも通例だ。

今だって例に漏れた訳ではない。特に意味もなく仲間と顔を突き合わせて、焚き火の出すぱちぱちという音に耳をすませながら、夜空を仰ぐなり揺らぐ炎を眺めるなりしていれば、それだけでも案外と心地良いものだ。それに同調するかのように、胸の内ポケットに忍ぶ白銀の短刀が、緩やかな脈動を示すように温かくなり、ウルトラマンも喜んでいるみたいに感じられて、オレは声には出さずにちょっとだけ笑った。

……ここにこんがり焼いたマシュマロでもあれば、尚更よかったんだけど。

 

「右腕……痛む?」

 

どれくらいぼうっとしてたか、緩やかに迫ってくる眠気もあってイマイチ分からないくらいの時に、所長が不意にそう尋ねてくる。気付けば、少しずつ滲み出ていた血が、だいぶ大きな染みになって包帯を赤黒く彩っていた。

でも何故か、あまり痛みが無い。痛みを感じる神経がやられてしまっているのか、麻痺してしまっているのか。こちらとしては、痛みが無いのはまぁ、有難いと言えば有難いのだが。

そういう風に伝えると、所長はなんとも言えない微妙な表情でオレの顔を見た。その後すぐに、足元の物資入れから医療品箱を取り出して膝の上に置く。

 

「一応、わたしができる範囲でちゃんと手当するから、じっとしてなさい。ロマニ、指示お願い」

 

「分かりました。とりあえず傷口の確認をしたいので、今巻いてある包帯を解いてください」

 

所長はロマン教授の指示を聞き頷くと、もし処置中にひどく痛むようであれば申し出るように言い、恐る恐る、といった感じでオレの右腕を取った。

誰かに、右腕を触られているという感じが、しなかった。それが、自分のものではなくなってしまっているかのように。

 

しゅるしゅる、と確かな手捌きで血の滲んだ白布が解かれていくにつれ、所長の表情がこわばっていくのが見て取れる。

そして、

 

「………っ」

 

ほとんどが解かれ、露わになった傷口を見た彼女は、小さく息を飲み、動揺を隠せない様子で視線を傷口とオレの顔との間で往復させた。

 

「……思ってたよりずっとひどいな。見たところ化膿はしてないみたいだから、すぐに手当をして悪化だけでも防がないと。痛みが無い、ってのが手遅れじゃなければいいんだけど……。所長、まずは落ち着いて、とりあえずこの処置から──」

 

流石と言えばいいのか、ロマン教授は傷口を見ても冷静に判断を下し、所長に向けててきぱきと指示を出していく。所長はまだ動揺が残っているらしく手が少し震えていたが、何も言うことはなくただ黙々とそれに従った。

下を向いているから彼女の表情は見えなかったが、何度も自身の顔を拭いながら作業をしている様子だけは見える。拭っていたのは汗だったのか、あるいは涙だったのか───それは、結局分からなかった。

 


 

「うーーー、眠れぬーーー!! 誰か余を寝かし付けよ~!」

 

「……姦しい娘ですね。暴れるだけ目の醒めることというのが分からないのですか」

 

「そう冷たくするでな~い~」

 

「うぁ、離れなさい、このっ」

 

随分と元気の良いことに、目の前の少女皇帝はこの狭い天幕の床をじたばたと叩き、子供のように喚いていた。私が読書用にかけていた丸眼鏡を押さえつつ苦言を呈せば、私に抱き着くようにしなだれかかり、ぐいっとその小柄な体を寄せてくる。その弾みで、手に持っていた本に彼女の頭が直撃し、それは私の手から飛び立って離れた所に墜落した。

あまりの傍若無人ぶりに溜め息をつく間もなく、彼女はじわじわと上へ上へと這い上がってくる。引き剥がそうとすればより強くしがみついてくるため、力ずくというのは些か手間がかかりそうだ。消し飛ぶ天幕の修復という手間が。

 

「んっ──」

 

その手間とこの暴れ馬を諌めるのとを秤にかけ、仕方なく後者を選んだ私がそっと彼女の背に腕を回すと、小さく声を上げて少女は動きを止めた。お腹にすりすりと擦り付けていた顔でちらと私の顔を見上げると、2度ほど瞬きをした後に再びお腹にうずめた。今度はじっとして動かず、ただ規則正しい周期で吹きかかる吐息の熱がこそばゆい。

しばらくそのまま背中をさすったり、ぽんぽんと背中を軽く叩いたりしていると、甘えたような声を漏らしながら段々と丸くなっていくのが分かる。

 

「…あたま……撫でて」

 

「………………」

 

もう眠気が来ているのか、彼女は細く小さな声でそうねだってくる。指図されるのも癪なので、少しばかり背中をさすり続けていると、不服そうにもぞもぞと動いた。

 

「……仕方の無い。満足したら、ちゃんと眠るのですよ」

 

少し前のじゃじゃ馬ぶりが嘘であるかのように、彼女は素直に小さく返事をする。その素直さに免じて、きらきらとする金色の髪を、そっと梳くようにしながら優しく頭を撫でてやる。すると、心地よかったのか満足気な声を上げながら僅かに体を震わせた。

それと同時に力も抜けていき、少しずつ少しずつ、彼女は下へと降りていく。すでに、下半身は液体のように錯覚するほど脱力しており、その様はくつろぐ猫か犬かといったところか。

流石に、彼女の顔が下腹部を越えそうになるのは看過できなかったため、適当なところで頭を押さえ、私の膝の上に寝かせた。

さっきまでは私のお腹に押し付けられて見えなかった表情が覗き、ふやけ蕩けきったそれは、彼女が私に対し一抹の警戒心も抱いていないことを示していた。

 

「まるで……姉上ができたかのよう……」

 

……彼女の魂の色は。我が妹(アルトリア)のそれと、よく似ている。形は違えど、民に愛される良き支配者のそれを見間違えようはずがなかった。

けれど、そこに嫌悪感が無いことが、どうにも不思議でならない。

 

「───ネロ」

 

その不思議の正体を掴もうと、頭の中に何かを思い浮かべようとした時、不意に真っ先に浮かんだ彼女の名が口からこぼれ落ちる。

既に、眠りに落ちかけていた彼女は、何故か嬉しそうに口元を緩めた。

 

「ああ……そなたの声は……とても、落ち着く……」

 

消えそうなほどに小さなその言葉を残すと、それきり何も言わなくなり、穏やかに寝息を立てて眠りについた。安らかな寝顔は、人々を統べるものとは思えないほどに幼かった。

無邪気、という言葉の存在意義を、初めて良い意味に理解出来たように思えた。

 

「……おやすみなさい。どうか良い、夢を」

 

もう一度、さらと頭を撫で顔に垂れた黄金色の髪を整えた後、目を覚まして再び騒ぎ出さないように注意を払いながら、彼女の耳元でささやいた。もう声をかけても反応を返してはこないが、膝に伝わる小さな呼吸と熱とが、ほんのりと心地好い感触を与えてくれる。

 

……何とはなしに分かったような気がする。彼女は私のことを姉のようと言い、私も、無意識に彼女をアルトリア(いもうと)と重ねていたのだろう。

そしてきっと、こんなふうに感じていたのだ───。

 

───妹など、わがまますぎるくらいが丁度良い、と。

 

天幕の中を照らす角灯の灯りを弱くして、飛んで行った読みかけの本を魔術で手繰り寄せる。

仕方ない。今夜はこの甘えんぼうな少女のために、膝を貸すとしよう。

 





ローマだ、今ここは! ローマで、我々は、今からこの道ばたで、テントを張るって言ってるんだ!!


あ、私はキャスターのネロしか所持していないので、言動を参考にとった結果基本的に性格がちょっとハイになっています。許して。
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