人理修復 withウルトラマンネクサス&モルガン   作:グリッド無頼

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デッデッデッデッデレデレデンンネェクサァス……


episode.5 黒騎士 ─クライシス─

【第5節】

「無粋な。そこまで私を殺したいのか?」

 

「Aaaaarrr!!!」

 

狙い澄まし、首を吹き飛ばす威力で放った魔術を、黒い騎士は手にした得物を犠牲にしながら打ち払う。その余波で右手甲に鋭く亀裂が入ったことをすら厭わずに、狂気に染まった咆哮を上げ、私へと食らい付いてくる。少しばかり遊んでやろうと思っていたが、そんな調子の攻防が先程から続き、私としてはいい加減に飽きが来かけていた。しかし、奴はそんな私の都合などお構い無しに、スリットから、堪えかねるように溢れ出す殺意だけが動力源と言わんばかりに、迷いも、恐怖も無く、ただ一点に私の息の根だけを付け狙っている。

……敵ながら見上げた執念。実に不愉快、目障りだ。

 

魔槍から黒剣へと変形し、魔力によって振り抜き斬撃波を連続で発生させ、間髪入れずに魔杖へ移行、地面へと先端を抉り込ませ魔術を奴の頭上から叩き落とす。しかし、奴は斬撃波の1つ目を無駄のない体勢移動で紙一重に躱し、2つ目を獣ように姿勢を急激に下げて潜り抜け、3つ目をまさしく獣が飛びかかるように飛翔して避け切る。標的を失った斬撃波によって、奴の背後で首を跳ね飛ばされた大木を空中での足場にし、それを蹴り付けて頭上からの魔術すらをも回避すると、その勢いのままに突っ込んで来た。私がその落下攻撃をバックステップで躱すと、奴は続けざまに獰猛な爪の生え揃った手甲でもって素早く襲撃をかけてくる。

理性の欠片も感じられないその連撃を、私は魔杖の柄で払い除け、すかさず魔斧へと変形させながらカウンターを差し込む。どこまでも前のめりに攻めてくる奴の胴へ柄を素早く突き込み、僅かに怯んだ隙にくると回転しながら刃を振り下ろした。その一撃は、首を刎ねるつもりで仕掛けたものだったが、奴の咄嗟の反応によって狙いがずれ、右肩口に深く沈んだ。

まともであれば、もはや右腕は使い物にならない状態のはずが、奴は傷と刃の隙間から吹き出す血潮をものともせず、右手で私の魔斧を掴んでこれ以上の斬り込みないし後退を封じ、空いた左腕を次は私を捕らえようと伸ばしてきた。

 

「許可なくこの私に触れようとは。礼すら知らぬか、狂犬風情が」

 

私は躊躇いなく魔斧から手を離し、後方に飛び退く。直後、奴はむくりと立ち上がると肩に残った魔斧を引き抜き、まるで我が物であるかのように一丁前に構えた。すると、奴が触れている部分から少しずつ、赤黒く禍々しい葉脈のようなものが走り出し、元の様相とはまるで異なる姿へと変容していくのが見て取れる。先程から、辺りの棒切れや木のツルなどにも同様の変化をもたらし、それなりの武器に仕立て上げていた能力だ。

武器としてはさしたる価値のあるものでは無いが、さりとて私の用いる魔術触媒ではある。故に、幾重にも魔術的プロテクトをかけているのだが、奴の持つ能力はそれらをすら無視するようだ。はてさて、それは奴の能力ないし権能が強大であるが為か、或いは───()()()()()()()()()()()()()()()()()為か。

……まぁ、よい。詳しい事は、奴を殺してからでも十分だ。

 

「Woooooo!!!」

 

私の得物を奪い、勝ち誇るかのように一際甲高い咆哮を上げた黒い騎士は、かと思えばすぐに斧を振り回し襲いかかってきた。上等な武器を手にした黒い騎士は、ひどく野性的であった先程までとは打って変わって、猛々しい戦士の如くに洗練された動きで、かつ無尽蔵のスタミナを駆使して殺意のみをぶつけてくる。

地面に鋭い亀裂を生じるほどの縦振り、直後に地面を抉りながら砂塵と共に斬り上げ、その勢いのまま体を素早く翻して回転斬りの二閃、そして斜めに斬り昇った後に空中から全力を込めた叩き付け。流れるように繋がれる連撃を、刹那に見切って躱し、黒泥を瞬時に地面から吹き上げ壁と防ぎ、触媒用に予め回収しておいた竜の牙を暗器へ変換して、受け流す。

 

全く、つくづく面倒な相手だ。しかし、奴が私だけを狙っていることは僥倖であると言えるだろう。戦士として未熟を極めるマシュは当然、霊基出力が不安定かつ心に迷いを抱えるジャンヌには、手に余る相手だ。ほんの一瞬でも迷えば、躊躇えば、その凶気が命を穿つ。これ程までの技量、狂気に呑まれてさえいなければ、さぞ高名な騎士であっただろうに。

……だが、いい加減に奴の兜も見飽きてきた頃だ。そろそろ、終わりにしてやろう。

 

「モルゴース──」

 

「Aaaaa!! ………Guuaaaa!?」

 

魔力を込めた脚で地を踏み、黒泥を奴の直下から間欠泉の如くに射出させる。奴は鬱陶しがるように魔斧でそれらを切り払いこちらへの進路を確保するが、私は黒泥が奴の視界を遮り注意を逸らした一瞬を突き、竜牙暗器を奴の左手首へと投擲、そして狙い通りに貫いた。

痛みを感じているかどうかは微妙だが、さりとて奴の手から魔斧を取り落とさせることは出来た。丸腰よりは上等な戦いをしていたが、狂犬に首輪をくれてやる趣味は無い。

 

「落ちよ」

 

その直後に、吹き上げる黒泥の流れを鉛直下方に反転させ、奴の足元に深い泥濘(ぬかるみ)を生み出す。咄嗟に飛び退こうとした黒い騎士だったが、頭上から降り注いだ黒泥の(つぶて)に押し潰され、膝までをずぶりと沈みこんだ。

 

「Gaaaaaaaa!!!」

 

泥濘の中は、私が紡いだ呪いが渦を巻いている。足甲など意味も無く、奴の両脚は蝕まれ想像を絶する苦痛を味わっているはずだ。それでもなお、私に対する殺意は留まるところを知らず、その暴れようは、鎧の立てる金属が擦れ合う音と相まって、鎖に繋がれた猛獣そのものだ。

……大人しく諦めていれば、楽に終わらせてやったものを。

 

「目障りだ。私の視界から失せろ」

 

私は、転がった我が魔斧を拾い上げ、奴のかけた()()()()を呆気なく解除した。どのような魔術だろうかと些か興味を持っていたが、蓋を開けてみれば何という事の無い、ただの誤魔化しだった。

それを軽く鼻で笑い飛ばし、魔斧から魔杖へ変形させた後、奴の足を捕える黒泥へと魔力を送り込み、より深く、より強力な呪いの泉へと昇華させた。形を成した呪詛は人の手を模し、奴をその深淵へと引きずり込むため、暴れ狂う両の腕、咆哮を上げる兜を押さえつけ、底へ、底へと導いていく。そして、最後まで修羅の如くに激しく抵抗をしながら、奴は仄暗い闇の中へと飲み込まれていった。

 

「……存外に、手間取ってしまったか。私としたことが、少々遊び過ぎたようだ」

 

私は(きびす)を返し、元来た道を戻り始める。死にゆく者に、興味を抱く(たち)ではない。故に、奴の消滅を確認することもしなかった。

それに、残る2騎のサーヴァントも相手にせねばならない。マシュとジャンヌが早々に撃ち破られるほどの能力差では無いだろうが、そろそろ決め手に困る頃合であろう。さっさと済ませて、聖杯の捜索を───。

 

 

───Moorgaaaaaaaa!!!

 

 

後方から、怨嗟に満ち満ちた絶叫が響き渡る。ため息混じりに振り向くと、もはや感心すら覚えるほどの執念で呪いの泉を脱出し、竜牙暗器が突き刺さったままの左手に、私のよく見慣れた剣を握り締めた黒い騎士の姿があった。

 

「……湖の聖剣、アロンダイト……。見当はつけていたが、やはり貴様か。『ランスロット』」

 

純粋な狂化によるものとは到底片付けられない、異様なまでの私への執着。あらゆる武具・道具で戦場を生き延びた武勇によるものと思われる、宝具化能力。そして、姿を隠し名を隠し、己が栄光の為でなく戦った者に叙される武勇に起因すると思われる、認識阻害の靄。

私に怨みや因縁を持つ者など数えるのも下らないが、他2つの条件を加え絞り込めばあまりに明瞭だ。大方、奴の武勇にそぐわぬ銃火器や戦闘機などは、どこかしらで召喚された別の場所で、拾い食いでもしたのであろう。その記録が、この人理焼却という非常事態に乗じて流れ込んだ。そのため、騎士鎧に現代兵器というちぐはぐを生んだというだけの事だったようだ。

まあよい。堕ちぶれたとて、円卓の騎士である事実に変わりは無い。であれば、全力で叩き潰すに相応しい。ただし、こちらも暇では無い。故に、速攻勝負でケリをつける。

 

「Graaaaa!!!」

 

奴は両手で聖剣を握り、こちらとの間合いを一飛びに詰めつつ、空中を瞬間に(ひるがえ)りながら縦の一文字に振り下ろす。暗黒に染まる肉厚な刀身は、しかし私を捉えることなく空を斬る。素早く回避をとっていた私がその隙を突き、魔槍より刺突魔術を放つと、奴は軽やかにローリングを行ってそれを避け、下段に構えた聖剣から夥しい量の魔力を放出して巨大な刃と成し、斜め上段に斬り上げた。周囲の木々を消し飛ばし地を抉るその斬撃を、こちらも大量の魔力を練り上げた光の魔槍(ロンゴミニアド)で迎え撃つ。

暗黒を宿す巨刃と螺旋を描く魔槍とが衝突し、辺り一帯を死の荒野へと塗り替えるほどの衝撃、互いの全力が凌ぎを削り合う轟音、相殺され行き場を失った魔力たちの放つ閃光が戦場を支配した。

五体満足であればもう少し保っただろうが、右腕がちぎれかけ、左手首に穴を穿たれた状態では無理もなく、やがて魔槍が優位を握る。そして遂には奴の聖剣を覆っていた魔力奔流を打ち払い、吶喊(とっかん)する。

 

「爆ぜよ、オークニーの雲!」

 

奴は往生際悪く辛うじて聖剣で受け止めるも、私が魔槍を爆ぜさせたことでそれを弾き飛ばされ、並びに大きく仰け反って体勢を崩す。

 

「終いだ」

 

私はすかさず距離を詰め、左手で奴の兜を真正面から鷲掴みにした。そこから奴の体内に直接呪詛を流し込み、内側から壊れさせる。

スリットや関節部、その他あらゆる鎧の隙間から鮮血を吹き出し、おまけで追加してやった呪剣魔術による魔力刃を全身から生やして、奴は断末魔を上げることもなく、糸の切れた人形のようにガクンと膝をつき、地に伏した。今や、広がっていく血溜まりだけが、私の視界の中で動いているものだ。

 

「……ふぅ」

 

ようやく静かになり、私は思わず溜め息をつく。

先程まで付き纏われたことへの呆れからであり、多少運動をしたことで僅かに乱れた呼吸を整える為であり、そして不覚にも滾ってしまった血潮を鎮める為のものであった。

味気のある戦いを求めてはいけない。女王たるもの、相手を一方的に蹂躙する制圧をこそ尊ぶべきなのだ。勝利無くして支配は無く、そして、その勝利も圧倒的でなければならない。

 

…………それでも、やはり。

 

「ふ……」

 

久々のまともな「勝負」に、滾った血潮に嘘はつけない。口角が自然と上がってしまうのも、無理のないこと。

 

だからこそ、であっただろうか。知れずに、冷静を欠いていたのだ。……躊躇いなく、平時の通りに、トドメだけを速やかに刺すべきであったのに。

 

「……まだ、立てるか」

 

あれだけ叩き込んだにも関わらず、奴はまだ、しぶとく生きていた。ガサリと地面を這う音が聞こえ、視線をやればゆらゆらと再び立ち上がりつつある鎧が目に入った。

その時、思ってしまった。もう少しばかり、楽しみたいと。

私のその傲慢を、驕りを、油断を。奴の執念は、易々と上回っていたことなど、露も知らずに。

 

「Arrr………gaaaarrr……」

 

立ち上がった奴が、しかしすぐに膝を着き屈んだものを、肉体の限界によるものと捉え、立つまでは見逃してやろうなどと、滑稽な慈悲を与えたつもりになっていた。

 

「───っ!?」

 

足元から奴の魔力反応を感じ取った頃には、もう手遅れだった。先の衝突により、大地が抉れ剥き出しになっていた木々の根に、奴はその能力を這わせていた。直後、擬似宝具と化した根が勢いよく動き出し、咄嗟に飛び退こうとした私の右足を絡め取った。

 

「く───このっ!」

 

文字通り足元を掬われ、どんと尻もちをつかされた挙句に、そのまま力任せに引きずられる。火事場の馬鹿力と言うやつか、空いた左足で踏ん張ろうにもまるで歯止めが効かず、瞬く間に奴の方へと手繰り寄せられていく。

すぐさま反撃に転じ魔槍を構えて刺突魔術を放つと、奴は何かをこちらに投げつけつつ、ごろりと横に転がって魔術を回避する。引っ張られていた勢いのままに投げ出され、私は受身を取ろうと構えた。が、

 

「かはっ……! なに……?」

 

上手く足が動かせず、手にしていた魔槍を取り落とし地面を転がってしまう。私は違和感を覚え、力の入らない右足に目をやる。

そこには、(かかと)を貫いて脹脛(ふくらはぎ)まで深々と突き刺さった、竜牙暗器が鎮座していた。それを自覚したことで、一瞬の出来事であったが為に追い付かなかった感覚が押し寄せてくる。それは当然に、激しい痛みだ。

けれど、悲鳴を上げるゆとりの無いことも理解していた。ほぼ上体の力だけで体を引き摺り、目の前に転がっている魔槍に手を伸ばす。

しかし、そんな隙だらけの有様で地を這う私を、奴が見逃そうはずも無かった。全身から血液と殺意とをとめどなく垂れ流しながら、金属鎧の足音が近付いて来る。

 

「うぐぁ……あぁぁぁッッ!!」

 

そして、それは魔槍へと伸びる私の右手を、無造作に踏み砕いた。形容し難くおぞましい音を鳴らし、私の右手はぴくぴくと僅かに痙攣するばかりで動かなくなる。所々、皮膚を貫いて顔を覗かせる指骨が、流れ出る血と共にその悲惨を物語っていた。

軽く意識が飛びそうになるほどの苦痛を味わい、堪えきれぬ悲鳴が溢れ出した。だが、それもすぐに止んだ。いや、正しくは、止められたと言うべきか。

 

「Arrrr………gaaaa……」

 

「っ、ぁぁ───」

 

奴は私に思考を取り戻す隙を与えず、左手で首をむんずと掴み、絞め殺す勢いで握り込みながら持ち上げた。呼吸を奪われる苦しさと、手甲が食い込み刺さる痛みとが同時に襲いかかり、声にもならない掠れた呻きだけが口から溢れていく。魔術を詠唱することも、呪詛を紡ぐことも、出来ない。思考が、追いつかない。痛い。苦しい。体が上手く動かない。痛い。いたい。イタイ。

 

「かふぁっ……!」

 

背面から強い衝撃を受け、締め付けられる気道の、ほんの僅かな隙間から逆流してきた血反吐を吹く。私は、首を持たれたまま木か何かに押し付けられたようだった。しかし、その衝撃とひどく不味い血の味とで咄嗟に意識を取り戻し、本能的な抵抗のために奴の腕を掴んでいた左手に魔力を込める。だが、それもすぐに引き剥がされ、何か魔術を形作る間もなく動きを封じられた。そればかりか、奴は私の左前腕を掴んで思い切り握り潰した。先程のものより鮮明に、ボキリという音がしたのが、嫌でも耳に入ってくる。

 

「ぁ……はぁっ───」

 

そしてその直後、腹部に鋭い異物感を覚え、ぶるぶると震える焦点だけを動かして下を見る。すると、私の腹に、ぶすりと突き立てられた黒い手甲が目に入った。獰猛な爪の生え揃った手甲は、貫手だけで必殺の凶器となっていた。そのまま、何かもよく分からない臓物に引っかかった指を、それを半ばほど引き摺り出しながら抜き取られる。

息を止められ、意識が朦朧としているからだろうか。それ程の攻撃を受け、腹部から堰を切ったように血飛沫が舞っているのに、悲鳴を上げるとか、苦痛に呻く声を漏らすとか、そういうことはほとんどなかった。逆に、不思議なほど、血の気を失い冷めた頭に目の前の状況が入ってくる。まともに動くのは四肢のうちもう1つしかなく、呼吸が出来ず、反撃も望めず、腹部に致命的な傷を受け、ささやかな抵抗すら意味を成さない。

 

……我ながら、なんと情けない敗北であるだろう。楽しむつもりでかいた油断で、あっと言う間に戦局を覆され、今では私が虫の息だ。

そして、自分でも知らずのうちに、弱く細い声でこう言っていた。

 

や………め………………て…………………

 

それは、みじめな懇願。それは、卑しい命乞い。

このような苦境に陥った時、それでも私は、せめて女王らしく、堂々たる心で死に行くものとばかり思っていた。或いは、逆境にこそ活路を切り開く確固たる力があるのだと。きっとそうであるはずだと、信じていた。

 

だが違った。とんだ自惚(うぬぼ)れだった。

それを突きつけられた時、死の淵で私を踏み留まらせていた最後の何かが、そのつかえを失うように転落していく感覚に襲われた。瞬間に全身から力が抜け、意識が闇に覆われていく。もはや苦痛は無く、ただ、どうしようもない寂寥感を胸に抱えながら。

 

黒く霞む視界に佇む、死神の双眸のような赤い光が、あざ嗤うように震えて───。

 

 

 

 

 

 

「───うおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 

現実と夢幻の狭間を繋ぐ線が、ぷっつりと切れるその刹那。

眠るように目を閉じかけた私を叩き起こすが如くに、誰かの戦咆哮(ウォークライ)が響き渡った。

その直後、首を潰していた手甲の感触が消え、前のめりに倒れそうになった私の体を、誰かが抱きとめた。

何が起きたのかと理解をする暇もなく、次の瞬間にはダムを開かれた水流のように酸素が肺に供給され、上手く呼吸が出来ずに激しく何度も咳を吐く。腹の傷から、そして口から咳と共に吹き出す血で、その身が汚れるのを厭わずに、その誰かは確と私を受け止めてくれていた。

 

「モル……! ……ルガンっ!! しっかり…………! 死ん…………めだ!!!」

 

どこか、聞き覚えのある声が、遠い先から響くように聞こえる。しかし、霞む視界では、もはやその声の主をすら見定めることは叶わなかった。

それならば、と意識した訳ではない。ただ、体が勝手に、いつの間に、何故に治ったのかも知らぬ右手で、その頬に触れていた。

 

「──────」

 

意識が途絶えるその直前、自分が何を口走ったのかは、分からない。でも、これだけは確かに覚えている。

 

───触れたその頬は、とても……とても、暖かかった。

 


 

「くそっ、どこまで行ったんだ……!?」

 

マシュとジャンヌさんを置き去りにしてから、所長たちとの通信を一方的に切断してから長いこと走り続けているが、それでもモルガンの姿は見えてこない。木々にこびり付いた黒泥の残滓や、自然に出来るものではない切り口を刻まれた倒木など、戦闘の痕跡を追うのに苦労はしなかったが、逆に言えば、彼女がそれだけやっても倒し切れないほど手こずる相手だって考えることもできる。

オレのただの杞憂であるのなら、それでいい。むしろ、それが1番だろう。彼女の実力を鑑みれば、その可能性の方がよほど大きいに決まっている。……でも、もし万が一の事があったとしたら、と考え出すと嫌に背筋がぞわぞわとして、足を止める気になれなかった。こういう場面での妙な直感にだけは、凡人の範囲ではそれなりに鋭い方だという自負がある。

 

それに、こうして走っていて別に違和感を覚えることもあった。敵サーヴァントたちと共に出現した、ワイバーンの群れがオレを追って来ないってことだ。どう考えても、味方から孤立しているマスターを叩きに来ないのはおかしい。オレには戦闘能力なんて皆無だし、体力も、切れる直前を何とか食いしばって繋いでいる限界ギリギリで、襲われたとしたら抵抗できる要素はこれっぽっちもない。正直に言えば後先考えずに突っ走ってしまった為に、ちょっとしてからワイバーンたちに襲われたらヤバい、ということに気付いていたのもあって、良いか悪いかで言えば断然良いことではあるが、気になるかどうかで言えばめちゃくちゃ気になる違和感だ。

とはいえ、そんなの考えて分かるもんじゃない。今はただ、足を動かし続けることを意識していないとぶっ倒れてしまいそうだ。それに、一度でもペースを崩したら、持ち直せる自信はない。

 

(……こんなにめちゃくちゃ走ったの、中学のマラソン大会以来かな──)

 

ついでに言うなら、シャトルランよりキツいのも久しぶりだ。

などと、状況に似合わない能天気なことが頭に浮かぶ。疲労がだんだん極限に近付いているからか、気分がふわついているらしい。

……あの時は、なんであんなに頑張って走ったんだっけ。

友達に、アイツに勝ちかたったから。どんじりにはなりたくなかったから。早いとこ地獄のマラソンを終わらせたかったから。あの子に良いとこを見せたかったから。

今になって思い返せば、しょうもないことに頑張っていたんだな。それでも、当時のオレにとっては、そのいずれにしろ大切な動機だったはずだ。

 

───じゃあ、今は何の為に?

 

誰かに勝つ為のものじゃない。皆と競う訳でもない。いずれ辿り着いたとして、終わるとも限らない。誰が見ている訳でもない、むしろ自分から通信機を投げ出して居なくした。やらなければならないと、逼迫している訳でもない。

仮にモルガンが、死の危険に瀕していると判明しているのなら、まだ分かる。でも、今はそうじゃない。そもそも、オレが行って何になる? もし本当に彼女がピンチだったとして、そんな状況でオレに何が出来るって言うんだ?

冷静になって見れば、おかしいじゃないか。なんでオレは、こんなに苦しい思いをしてまで───。

 

「うぐっ……ちくしょう、足が……」

 

そんなネガティブな思考ばかりに支配されかけたからか、足元が疎かになり、木の根か何かに蹴っ躓いて、転けた。立ち上がろうにも、とうに限界を迎えていた足はぷるぷると諦観を訴えてくる。

ここで諦めてしまった方が、楽だ。モルガン陛下なら1人でもきっと勝つ。オレなんか、居なくたって変わらない。所詮はただのお荷物なんだから。ただスペースビーストが出たらウルトラマンになって戦えばいい。

オレなんて、それだけで十分だろ。

 

……だってのに。

 

「まだ……やれる……!」

 

なけなしの気合いだけで自分を叱咤して、立ち上がる。ろくに動く気力も体力ももうない癖に、足を引きずるように歩く。いつになく熱くなっている白銀の短刀が、今だけはとてもうざったく思えてならなかった。

口に出せば少しは気持ちが楽になるだろう文句ばかり、頭の中に溢れているのに。呻いたり息咳きったりするばかりで、何も言葉にはせずにただ歩く。自分でも、自分のことが分からなくなってくる。頭と身体が、別の生き物にでもなったみたいに。

……意固地になって、馬鹿じゃねぇの。そんな風に、自分自身を嘲笑した、その瞬間。

 

「………!!」

 

周囲の空気がビリビリと緊張するような、凄まじい轟音と衝撃が奔る。

思わず両腕で顔を庇い、吹っ飛ばされないようになんとか踏ん張ろうとしたが、結局は耐えきれずに尻もちを着いた。

 

「今のって──」

 

衝撃と共に周囲を包んだ、どことなく空気の澄むような感覚は、モルガンの放つ光の魔槍が霧散した後の特有のものだ。

なら、ここからそう遠くない場所に、彼女がいる。全力を尽くして、戦っている。

その事実を受け止めて、ヘタレていた気持ちが引っ込み、どこにこれだけ残っていたのかという気力が沁みだしてきた。しかし、体力が回復する訳ではなく、気持ちだけが先走って、立ち上がろうと踏み締めた足がかくんと折れ、地面に手を着く。本当に、ただの偶然で屈んだその直後、

 

「うぉ……!?」

 

頭上スレスレを、高速度で刺剣が通り過ぎていくのが見えた。それはそのまま美しいほどの直線軌道を描き、硬い樹皮を易々とぶち抜いて突き立つ。もし屈んでいなかったなら、貫かれていたのは間違いなくオレの背中だったろう。

思わず生唾を飲み込んで、恐る恐る後ろを振り返る。

 

「へぇ、運のいいことだ。狙いは良かったのに、残念だよ」

 

案の定、刺剣の持ち主である白百合の騎士が、目深(まぶか)に被った帽子の(つば)押さえながら、ニヤリとした口だけを覗かせて立っていた。

 

「なっ……!? っ、マシュは? ま、まさか……!」

 

「おやおや、この状況で仲間の心配をするなんて、随分と余裕みたいだね。それとも、ただのおバカさん?」

 

優雅な動作で緩やかに歩き、オレの前に刺さった自身の得物を回収する。そして、背筋を伸ばし刺剣の刀身を顔の横に、高貴という言葉が相応しい、誇り高き様相の構えをとった。正面から向けられた、もはや艶やかともいえる中性的な顔から、狂気に染まった恐ろしい瞳が覗いていた。一目見ただけで分かる。それが、話し合いで和解できる人の目では無いことくらい。

 

「安心してくれていいよ。苦しまずに逝かせる心得はあるつもりだから。君に恨みは無いんだ、早く楽になって仲間の元に行くといい」

 

「……ちくしょう、死んで……たまるか……!」

 

敵方の言葉に一瞬、最悪の想像───マシュやジャンヌさんがもう死んでしまったという想像をしたが、ギュッと握り締めた右手からはまだ、魔力のパスが途切れている感覚は無かった。もちろん、モルガンとも。

なら、ここで諦める訳にはいかない。少なくとも、無抵抗でぶっ殺される事だけはしてはいけない。……違う。ただ純粋に、死にたくないだけだ。

握った拳をそのまま震える膝に叩き付けて、無理くり動かし立ち上がる。まともに動ける状態ではないけど、ただ膝立ちをしているよりはいい。

 

(なんとか……切り抜けないと)

 

再び白百合の騎士は目線を隠し、どこを狙っているのかを予想する要素を潰して来る。とはいえ、相手を観察して出方を予測できるような経験があるかといえば、自信を持ってNOと答えられる。反撃なんてもっての外。微妙に後ずさりをして、攻撃が当たるまでの間合いを少しでも広げるという(こす)い真似しか今は出来ない。

後ろに下げた足が、パキッと音を立てて小枝を踏み折るのをピストル代わりに、白百合の騎士は一飛びで間合いを詰め、心臓目掛けて突き込んできた。目にも止まらぬ踏み込みに対して、自分で自分を褒めてあげてもいいくらいに本能的に身体が動き、横に身を退かして直撃だけを避けた。

しかし、鋭利な切っ先はオレの左腕を掠め、切り口から血が溢れ出してくる。痛みに顔をしかめる頃には、既に次の刺突が繰り出されていて、オレは半ばやけっぱちで地面に転がるようにして奇跡的にそれを躱し、咄嗟に思い付いた策として緊急回避の魔術回路に魔力を通して、それを自分自身にかけ地面を両手両足で全力で押し出してその場から飛び退いた。

 

「逃がさない!」

 

距離を取れたと思ったのも束の間、上手いこと着地出来ずにごろごろと転がるオレの方へと、白百合の騎士は軽やかなステップで瞬く間に接近し、逆手に構えた刺剣を突き降ろす───。

 

「───何っ!?」 「えっ……!?」

 

その瞬間、一本の大型のナイフが何処からか投擲され、刺剣の軌道が逸らされた。何が起きたかと理解するよりも先に、目の前に黒い人影が立ち塞がり、ナイフに怯まず追撃を試みた白百合の騎士を阻止する。

 

「ここは当方が引き受ける。行け」

 

ちらと振り向いた顔は仮面のようなものに覆われていて分からなかったものの、体格と声質から男性であることは確かだった。彼は低く端的にそう言うと、二度とこちらを向くことなく白百合の騎士と対峙した。

少しの間、唖然としたまま動けなかったが、我に戻った後はオレも振り返ることなく、先へ進んだ。誰かも知れない、敵か味方かも分からないその人を、あっさりと信じてもよいものか。そんなことは、今のオレには考えている余裕も無かった。だらだらと血が流れ出る左腕を押さえながら、また走る。

……何の為に。それすらも、まだ分からないまま。

 

そこからまた少し移動を続けた後、地面が抉りかえされたようなクレーターに辿り着いた。間違いない。モルガンと黒鎧は、さっきここで全力をぶつけ合ったんだ。

辺りを見渡し、そして。

 

「っ、モルガン……!!」

 

ついに、追い付いた。それも、オレが想像していた「最悪」そのものの姿で。クレーターの僅かはずれ、辛うじて消し飛ばなかったらしい木に押し付けられるように、彼女は追い詰められていた。

 

心臓がぶっ壊れるんじゃないかというほど、激しく鼓動するのを感じる。息が苦しい。みぞおちの辺りをぶん殴られたみたいに。

……それでも、気付けば彼女の方へと駆け出していた。

 

──何の為に?

 

ろくに力の入らなくなった左腕の保護をかなぐり捨てて、右手を握り締め渾身の力を込める。魔術礼装に魔力を通し、瞬間強化をしたためる。

 

──何の、為に。

 

思い出す。黒き騎士王との闘いを。

思い出す。燃え上がる管制室を目指したことを。

思い出す。白銀の短刀を手にした瞬間を。

絶望的状況を前に、足を前に踏み出したあの時の気持ちを。

何も分からなくても、がむしゃらに選んだあの時の心を。

それが、何の為だったのか───。

 

「 ”諦めるな……!” 絶対に助け出す!!」

 

───そうだ。それはただ、目の前の誰かを助ける(すくう)為に。

それが、ただの格好(カッコ)つけでも、青臭いだけの綺麗事であったとしても構わない。ここで立ち続ける、走り出す動機になるのなら。

 

 

「うおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 

自分を鼓舞するための絶叫。気合を込めるための号砲。今までで一番に声を張り上げて、オレは黒鎧に拳を叩き込む。がら空きの脇腹へ、天高く拳を突き上げるように。鎧表面のささくれ立った棘が皮膚を破き、強固な装甲との衝突で拳にヒビが入る。戦咆哮は、途中からはそれらに耐えかねて出た悲鳴でもあった。

それでも渾身の力で、文字通りの全力で拳を振り抜く。モルガンが相当にダメージを与えてくれていたから、黒鎧は特に防御も受身も取るような様子なく放物線を描いて吹っ飛んで行った。

そして、力なくぐったりと倒れ込んでくるモルガンを受け止める。激しく咳き込む彼女の口と、お腹からひどい勢いで血が吐き出されていた。うっすらと開かれている瞳は、虚ろに揺らいでいる。触れる肌が、段々と冷たくなっていく。

 

───か細く、華奢で、美しい。まるで儚い、ふとした瞬間に消えてしまいそうな氷の結晶。

 

あの時の感覚が、その最悪の形で蘇ってくる。

それを振り払うように、魔術礼装を励起させ、応急手当を施した。しかし彼女の傷はその程度ではまるで癒える気配がない。

 

(1回でダメなら、2度でも、何度でもやってやる……!)

 

礼装の、焼き付いた魔術回路を無理やり動かすために、通常の何倍もの魔力が持っていかれ、回路を稼働するための予備ケーブルのようにオレの肉体の拙い魔術回路が焼かれていく。

内側から無数の針を突き刺されるかのような激痛に襲われ、一瞬意識が飛んだ気がしたけど、奥歯をキッと噛み締めて踏ん張る。オレが今無理をしたとしても、せいぜい気を失うくらいで、どうせ死にやしない。死ぬまで粘るなんて英雄的行為が出来るほどオレは頑丈じゃあないんだ。

だったら、そのできるだけの全てを、死んでしまうかもしれないモルガンの為に使い切るべきだろう。

 

「モルガン…! ……モルガンっ!! しっかりしてくれ、死んじゃダメだ!!!」

 

それでも、足りない。お腹におぞましく開かれた穴が、塞がらない。上着を脱いで汚れが少ない部分を押し当て、左手で圧迫して少しでも止血を試みたが、やはり上手く力が入らない上に瞬く間に制服が赤く染まっていく。どうしようもない焦燥感に突き動かされ、そして彼女の意識を繋ぎ止めるため、カラカラの喉から声を絞り出して呼びかける。

それに反応するように、僅かに震える褪せた瞳が、こちらを向いたような気がした。そして、彼女は弱々しく冷たい右手でオレの頬にそっと触れ、何かを確かめるように──あるいは慈しむように──ひと撫でする。

 

「──────」

 

彼女が、何かを言ったような気がする。けれど、それは消えかけの残響のように曖昧で、オレの耳に明確な意味を届けることもなく風にさらわれていく。

 

「……え? 聞こえないよっ、もっとちゃんと───! ……モルガン? おいっ、そんな、ウソだろッ!! 目を開けてよ、お願いだから……!!」

 

その囁く声を残して、彼女の瞳が閉ざされる。彼女の右手が、力を失ってオレの頬から落っこちていく。思わず、傷口を押さえていた左手を離して、彼女の手を取った。冷たく、これっぽっちの力も込もっていない、細腕を。だが、そこには確かに、弱々しくも鼓動がある。まだ───助けられる。

 

「…………っく、”諦めるな”……! 諦めるな、諦めるな、諦めるなっ……!」

 

生死の境を彷徨うモルガンに向けて。どうしようもない絶望感に飲み込まれつつある自分に向けて。何度も何度も、()()()()()()()()を唱える。

そして、彼女をそっと寝かせ、立ち上がって振り返る。絶望に、抗う為に。

 

「Arrr……thurrr……」

 

目前に立ちはだかる黒鎧に、立ち向かう勇気の為に。

 

「だっ、ぁあああ!」

 

再び叫び声を張り上げて、オレは黒鎧へと体をかます。何としても、まずはモルガンから距離を離させなければいけない。向こうだって無傷ではないしむしろ重症、オレにだって億分の一くらいは勝機があるはずだ。

そんな希望を真正面から打ち砕くように、オレの全力でほんの少しだけ後退りしただけの黒鎧は、両腕でこっちの胴を掴んで軽々と引き剥がし、丸めた紙くずでも放り投げるみたいにポイっと横に投げ捨てた。

なんだよちくしょう、と悪態を吐き捨てつつ痛みを騙くらかして、卑怯とかなんだとか、そういうのは一切合切考えずに、兜から垂れ下がるプルームを掴んで後ろから引っ張る。流石に多少は効果があったのか、黒鎧は仰け反って数歩下がると、ギロリとスリットをこちらに向けた。

 

「Arrrr……」

 

ゾクリと、背筋が強張るのを感じる。

初めて、明確に奴から敵意を向けられたからだ。目の前を飛び回る羽虫を払っていたのを、それが噛み付いて虫刺されになりイラっときた、みたいなもんだろうけど。それか、騎士の誇りの一端であろう兜を雑に扱われてカチンと来たとか。

この期に及んでそれに身がすくみあがり、手からするりとプルームが抜け、ゆっくりと黒鎧が振り返る。

 

「……っく、うおあああ!!」

 

恐怖から、焦りから、無知から、オレは無謀にも真正面から殴り掛かる。

しかし右拳はあっさりと片手で掴み取られ、その勢いでグイっと引き寄せられるがまま、みぞおちに膝蹴りをぶち込まれた。

瞬時に息が止まり、”く”の字につんのめったところに、前髪を引っ掴まれて無理やり顔を上げさせられ、逆に右ストレートを叩き込まれる。

鼻血が吹き出し、涙で視界が霞み、息は詰まって痛みに呻く声すら出ない。気絶しなかっただけ儲けもんかもしれないが、顔面とみぞおち、2つの大弱点に重撃をもらい、頭がパニック状態に陥って何も考えられなくなる。オレはただただうずくまり、痛みと上手くいかない呼吸とに悶えているだけになり、ほんの数秒でオレをのした黒鎧は、容赦なく追撃をかけるために、朽木から木片を拾い上げるとオレを背中から踏んづけた。

悪魔を打つ杭のように姿を変えた木片を、黒鎧は頭上高くに掲げ上げ───刃が、貫いた。

 

 

「不意討ちにて、御免」

 

黒鎧の心臓の座す位置を、赤き刀身が、貫いた。それはいとも容易く鋼鉄の装甲を食い破り、縦に切り上げられるとともに黒鎧の首をも刎ね飛ばす。それが、恐ろしき黒騎士の最期だった。吹き出す血潮とともに降ってきた木杭が、オレの右頬に刻み付けた深い切り傷だけを、悪あがきとばかりに残して。

 

「救援が遅れて申し訳ない。……よく、持ち堪えてくれたな」

 

オレが少し落ち着いてきた辺りで、片膝立ちになった仮面の男がそうやって声をかけてきた。声質から、さっき白百合の騎士からオレを助けてくれた人だと分かる。

 

「モル……ガ……」

 

しかし、オレは礼を言うのも忘れて、横たわったままモルガンの方に手を伸ばしていた。それに反応して、仮面の男も彼女の方に視線を向け、オレと彼女との間で、視線を一度往復させると事情を察したように頷く。

 

「ふむ、貴殿の仲間か。任せろ、当方が何とかしよう」

 

彼はおもむろに立ち上がり、眠るように目を閉じるモルガンの傍に歩み寄り、懐から何か小さな石ころのような物を2つ取り出した。

 

「能力使用。竜の叡智(ちえ)、尽きる事無し。…… (ウルズ)!」

 

そして、その石ころに見たことの無い、文字のような紋様を刻み込む。すると石ころは血のような深い赤色を持つ宝石のように姿を変えた。彼はその片方をモルガンの右手に握らせ、またお腹の傷の辺りにその手をあてがった。

変化を読み取るのは、簡単だった。淡い光に包まれた傷口が、見る見るうちに塞がっていく。不規則に、且つ微かにしか動いていなかった彼女の胸が、穏やかに上下を繰り返し始める。

 

「良し。間一髪ではあったが、もう心配は要らないだろう。安心して欲しい、ルーン魔術の腕には覚えがある。……次は、貴殿の番だな」

 

再びオレの前に片膝をついた彼は、静かな口調でそう言うと、赤い宝石のもう片方を手渡した。折れていたであろう鼻骨、ひび割れていた右拳の指骨、脳震盪(のうしんとう)を起こしていたと思われる頭の痛みが、どんどん引いていく。が、致命的だった負傷は消えたものの、その他の傷が治るよりも先に、手の中にあった宝石は砂のように粉々になってしまい、土と同化してそれが何であったのか、その判別すら付かないような姿になった。

 

「……すまん、粗悪品(ハズレ)だ。少し待ってくれ、次の製造を───」

 

彼は少しあたふたとしながらポーチに手を伸ばすが、オレはその腕を掴んで言葉を遮る。

 

「他の……仲間が、い……居るんです……! 皆の、助けにっ……」

 

「しかし───」

 

「お願い……します……!!」

 

彼はちょっとの間、迷うように黙り込んだが、やがて力強く頷いた。

 

「承諾した。必ず戻る、貴殿の仲間と共にな」

 

礼を言う間もなく、そう言い残すと彼は素早く立ち上がって、モルガンの戦闘痕を遡っていく。あっという間に、遥か遠くまで消えていく背中を見送った後、オレの意識はぷっつりと途絶えた。

最後に目に映っていたのが、安らかな顔で眠るモルガンであったことに、救われたような気持ちを感じながら───。

 


 

───仮面の男が走り去った少し後のこと。

 

「いやぁ、参った参った、かんっぜんに見失っちゃったね。ったくもー、『シグルド』の奴、足早すぎやしないか?」

 

「はぐれてしまったものは仕方無いわ。とにかく、さっきの爆発を調べないと───あら、大変っ! 人が倒れてるわ!」

 

「うわー、ひっどいなこりゃ。血まみれ傷だらけの男女に、辺りは血の海ときた。これはダイナマイトで爆破心中でもしたのかな?」

 

「もう、ふざけてる場合じゃないのよ『アマデウス』!」

 

「ははは、ごめんごめん。君とのデートで浮き足立ってるのかもね!」

 

「ちょっと、ふざけてる場合じゃないって言ってるでしょう!とにかく、お2人を村まで連れて行きましょう、手当をして休ませてあげないと!」

 

「え、それってつまり、僕にこの2人を担げって言ってるのかい?」

 

「当たり前よ! さぁ、早く馬車に乗せてあげましょう!」

 

「マジか、人使い荒いったらありゃしない! 肉体労働は僕の趣味じゃないんだけどなぁ!」

 

可憐な王妃と、お付のような音楽家。2人は、傷と血にまみれた、一目では死体と区別がつかないような男女を拾い、ガラスの馬車を走らせるのであった。

 


 

デッデッデッデッデレデレデンンネェクサァス……





邪ンヌ「馬鹿な……こんなことが……」

バサロ「───ジェネレーター出力再上昇。オペレーション、パターン2」

邪ンヌ「……とでも、言うと思ったのかしら? この程度、想定の範囲内なのよォ! アハハハハハッ!!!」

FGOを始めてからモルガンに心奪われるまでの、あまり長くない期間ではありましたが、その間のバサロットは私のマイフェイバリットヒーローでした。ですんで、今回は思い切り暴れさせることができてよかった。すり抜けまくって今では彼も宝具レベル5、何とかしてモルガンと並べて運用してみたいなぁ。
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