富士・河口湖殺人ルート   作:新庄雄太郎

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そして、第2の殺人が起きた。


第3章 第二の殺人

「おーい、敦―っ。」

 

「よう、果南。」

 

「元気やった。」

 

「うん、でもどうして内浦に。」

 

果南は広田に言った。

 

「ああ、丁度友人と一緒に河口湖へ行って来たんだよ。」

 

「へぇー、河口湖か。」

 

「ああ、行きは特急「かいじ」に乗って大月へ行って富士急行に乗ったんだ。」

 

「じゃあ、甲府から静岡へ行って内浦に来たのね。」

 

「そうだよ、急行「富士川」に乗ってね。」

 

「うん、そうだよ。」

 

「河口湖か、私も行って見たいなぁ。」

 

と、果南は言った。

 

「それで、花丸は。」

 

「もちろん、来てるわよ。」

 

「広田君も、来てたずら。」

 

「うん、急行「富士川」に乗ってな。」

 

「へぇー、河口湖ずら。」

 

「うん、友人と一緒に見物したんだ、その後大月から甲府へ行って静岡へ来たんだよ。」

 

「へぇー、大変だったでしょう。」

 

「うん。」

 

そう言って、広田は果南と花丸と一緒に内浦を楽しんだ。

 

そして、次の日。

 

新宿駅

 

「沼津へ行く時は、「あさぎり」に乗ればいいのか。」

 

と、男は言った。

 

新宿と沼津を結ぶのは特急「あさぎり」である、JRと小田急電鉄を通って走る特急列車である、車両は371系で相互直通特急とは国鉄分割民営化後の1988年7月、小田急はJR東海に対して、車齢30年を超えたSSE車の置き換えを申し入れた[。折りしも御殿場線では1989年に富士岡駅と岩波駅に行き違い施設が新設されたこと、また御殿場線沿線から運転区間延長の要望が強くなっていた[59]ことから、小田急とJR東海の間で相互直通運転に関する協議が進められ、1989年8月8日には、2社がそれぞれ新形車両のRSE車・371系を導入した上で相互直通運転に変更、特急に格上げした上で運行区間も新宿駅 - 沼津駅間に延長するという、基本的なプランについて2社間で合意した。この運行区間延長により、中伊豆・西伊豆への新たな観光ルートが設定されることも期待された。SSE車による連絡急行「あさぎり」の運行は1991年3月15日限りで終了し、1991年3月16日からは特急「あさぎり」として相互直通運転が開始された。このときから、小田急とJR東海の乗務員が松田駅で交代し、それぞれの自社区間のみを乗務する運行形態に改められた。

 

プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルーッ

 

と、発車ベルが鳴った。

 

「まもなくー、10時15分発特急「あさぎり3号」沼津行間もなく発車します、ドアが閉まりますご注意ください。」

 

と、アナウンスが流れた。

 

ファーン!

 

10時15分、特急「あさぎり3号」は新宿を発車した。

 

特急「あさぎり3号」は新宿を10時15分に発車し、町田、本厚木、松田、駿河小山、御殿場、裾野、終着沼津へは12時16分に到着する。

 

「富士を見ながら伊豆へ行くのも、いいな。」

 

と、男は言った。

 

12時16分、特急「あさぎり3号」は定刻通り沼津へ到着した。

 

そこへ、車掌が客を起こしにやって来た。

 

「お客さん、終点の沼津駅ですよ。」

 

と、男を起こしたがゴロンと倒れた。

 

「ああっ。」

 

そして、第2の殺人は特急「あさぎり」で起きた。




そして、犯人が使った列車トリックとは?

次回も、お楽しみに!
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