ヘイルストーム   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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モンハン3rdの頃って、ちょうど進撃の巨人とかSAOとかも流行ってましたね。
つまり何が言いたいかっていうと、うんまあ、ほら、ね。へへ。


ドラゴンバスター
ドラゴンバスター(1)


 嵐。

 壮大な山々が立ち並び、ただそれだけでも人間と言う生き物の矮小さを感じさせる。だと言うのに、その山々さえも、嵐によって出来あがった恐ろしく大きい竜巻状の雲が――神々が天上から大地を俯瞰するように山の上を渦巻いていた。

 

 その嵐の中、山の中を、小さい小さい荷車が進む。

 文字通り、荷物を運ぶための大きさ程度しかない台車を、この地方でよく見られるガーグァという生き物が引っ張って走っている。

 それを操るのは一匹のアイルー。それだけなら、何もおかしいところは無かった。

 

 しかし、台車の上で寝転がっている男が一人。――荷物とそっくりで、同化していた。

 その男は黒いコートを羽織っている。また、頭にわらで出来た笠をつけているせいか、その顔は覗き見えない。荷物を枕に、ぼーっと流れていく景色を眺めていた。

 その男に、アイルーは話しかける。

 

「ヘイルの旦那、もうすぐ着くでニャ」

 

 その言葉に、ヘイル、と呼ばれた男が伸びをする。

 

「なかなかの居心地だったよ……荷物と一緒っていうのは」

「旦那ぁ、あっしが拾ってなかったら、あの距離だともう二日くらいは歩きっぱなしでしたニャ。少しは感謝して欲しいニャ」

 

 そう漏らすアイルーに、ヘイルはニヤリとシニカルな笑みを返す。

 

「わかった。この巡り合わせに感謝しておく」

「あっしにも感謝して欲しいニャ」

「手を合わせたら駄賃まけてくれるのか?」

「それは別ニャ」

 

 ふふ、とヘイルは口の中で笑う。

 

 ――年のころは恐らく二十代前半と見受けられる。背中に背負った得物からハンターをやっていることはわかるが、それにしても筋肉の付き方が特殊だった。

 軽装だ。裾の長い黒いロングコートの下には、鈍い色に光る胸当てや篭手が見える。――この地方に生息していない、カンタロスという虫の甲殻で作られた装備だ。

 

 その利点は軽く、丈夫なところにある。……しかし、普通に造られ売られる形ではなく、かなり大きさが縮小されてコンパクトになっている。恐らくオーダーメイド品だろう。少し装甲としては薄いように思える。

 よく見ると上から羽織っているコートも、ナルガクルガと呼ばれる竜の体殻や毛皮から造られていることがわかる。

 コンセプトは、軽く、その上できる限り丈夫に、といったところだろう。

 

 そのコートの上の水をはじき落としながら、ヘイルは言う。

 

「まったく……、これほど降られるとは…………。――ん?」

 

 荷車は森林を抜け、景色の開けた山道に差し掛かる。

 そしてその崖の下辺り、眼の端を、チリチリと青い光が走った。――ヘイルは気付き、それを見る。

 

「…………あれは。なあ、あれは何だ」

 

 遠い位置に、何か青白く発光している巨体が見える。

 遠くにいるのと、嵐の暗がりのせいでよくは見えないが、自ら青く光っているから大よそのシルエットはわかる。その巨体は身体を仰け反らせ――吼えた。こちらまでその甲高い声が聞こえてくる。

 その声にビクリと身体を震わせたアイルーが、必死の形相でその巨体に振り向いた。

 

「……んニャ!? ば、馬鹿ニャ!! こんニャところに…………、ま、まずいニャ!!」

「まずい……?」

「ち、ち、ち、近いニャ! かなり近いニャ! 何でもっと早く言わなかったニャ!!」

「いや……、今見えたもんで」

 

 アイルーは焦燥を露に、ヘイルに向かって叫ぶ。

 

「あ、アレだけはまずいニャ!! 雷を呼ぶ化け物。アレの、アレの名前は――」

 

    ◇

 

 雷鳴と同時に爆発が起こる。

 その爆発は、砲撃。

 

 刀身と砲身が一緒に並び、斬ると撃つという矛盾した二つの事柄を並行して行うことが出来るただ一つの武器――ガンランス。

 そのガンランスの砲身から飛び出した猛き爆炎が、茶色い毛皮をぶち抜き、内臓までも焼き焦がす。

 

 その痛みに悲痛の叫びを上げる生き物は――ドスファンゴ。今の砲撃によって、致命的な箇所を粉砕された。

 もはや耐えられない――どさり、と以外に呆気ない音を立てて倒れ込む。ドスファンゴは絶命する。

 

 その様子を、しっかりと見届けた後、ガンランスの持ち主であるハンターが緊張を解いた。

 

「……ふむ、中々のものでしたよ――ドスファンゴ」

「何かっこつけてるニャ。サクラももうボロボロニャよ」

 

 サクラと呼ばれたハンターは、そのセリフを受けても毅然と立っている――少女だ。まだ年端の行かないあどけない容姿をしている。その少女は長い髪を揺らしてガンランスを折りたたみ、背中に納刀した。

 装備のほうは、シンプルな額当てに、右半分は皮、左半分は鉄鋼といった様相。――ハンター装備だ。安価な割りに、しっかりした造りはハンター達に受けがよく、初心者が必ず通る道でもある。

 

 ガンランスのほうは、銀が眩しく、青いラインがスタイリッシュな――討伐隊正式銃槍。

 その重々しい武装がまったく似合わない少女は、ふん、と鼻を鳴らして言う。

 

「しかし、勝ったのは私です。勝者は、威張るのが役目ですよ」

 

 その堂々とした立ち振る舞いに、オトモのアイルーはため息をつく。

 

「じゃあもっと戦闘もしっかりやるニャ……」

「剥ぎ取りを済ませましょう。今夜はパーティーです!」

「……人の話を聞くニャ…………」

 

 サクラは表情は真顔だが、ご機嫌にスキップしながらドスファンゴに近づいていく。その様子に、オトモはもう一度深いため息を付いた。

 ハンターをやっているサクラだが、その容姿はまるでどこかの令嬢のようだった。見た限り、歳は十代半ばと推測できる。その歳の平均としては、身長は高いほうかもしれないが、体格は恵まれているかといえばそうでもない。

 

 肩幅は狭く、腰は小さく、足は細い。――とても儚く見える。

 背中まで伸ばしている髪の毛も、この地方独特の艶やかな黒髪で、見るものを嫉妬させるほどの輝きがある。

 顔だちも、痩せていて、大きくくりくりとした瞳が特徴的だ。

 この装備を外してちゃんとした礼服を着れば、貴族のお茶会にも違和感なく溶け込めるだろう。

 

 ――しかし、この少女はハンターをやっていた。

 

「むむ……、しかし、剥ぎ取りは中々慣れませんね……、うやっ…………」

 

 採取用のナイフで切り開き、ぐちゃりと牙を引き抜く。なかなかグロテスク。

 

「ま、それもやってればなれるニャ」

 

 一方オトモのほうは慣れた手つきで、少しずつドスファンゴを解体していた。

 手を止めず、サクラに向かって喋る。

 

「こんなんでへこたれてたら、ハンターなんてやっていけないニャ。見るだけで気持ちの悪い竜とかも、この世には存在するニャ」

 

 例えばギギネブラ、って竜とかニャ。と続けた。

 

「……ふむ、さすが。ジャンゴは偉いです」

「また口だけで言ってるニャ……」

 

 別にそういうつもりは無かった。サクラは内心、オトモであるジャンゴのことを、かなり尊敬している。

 ジャンゴは、昔からハンター達と一緒に戦ってきた古強者である。

 

 ハンターに尽くし、数多くの強大な竜に勝利を勝ち取ってきた。確かにアイルー一匹としての膂力は小さいかもしれない。しかし、その頭脳に蓄積されたノウハウは筆舌にし難いほどの量と質だ。

 今回の狩りでも、自発的に罠を設置してサクラを助け、サクラに攻撃が集中しないように見事な位置取りでモンスターをひきつけた。

 

「……でも、サクラも今回はなかなか悪くなかったニャ。これまでに比べれば、うまく立ち回ったほうニャ」

「そうですか。ジャンゴが言うにはそうなんでしょうね」

「……でもやっぱりオイラは、サクラにハンターを止めて欲しいと思ってるニャ」

「まだそれ言ってるんですか? もう一年にもなりますよ」

「ハンターってのは、サクラの思ってるような簡単なものじゃないのニャ……」

「……それも聞き飽きました」

 

 しかし、昔ジャンゴは何があったのか、ハンターのオトモを退くと、まだ幼いサクラの世話係となった。父親が消え、サクラの母は働きに出かけることが多くなったので、サクラの面倒を任せたのだろう。

 ジャンゴはそうして八年もの間、サクラの成長を見守ってきた。

 だからこうして、まるで親のように口やかましく心配してくれているのだ。

 

「……よし、これで大方欲しかった素材は取りましたね。後はプロの解体師の仕事です」

 

 それでも、ハンターになると言い出したサクラをここまでオトモとして支えてくれたのはジャンゴだ。――サクラは、兄のような存在のジャンゴを敬愛していた。

 

「……嵐のせいで視界が悪いですね。キャンプ、と言う手もありますが、ここは夜が明けるまでに帰ってしまいましょうか……。――ジャンゴ?」

 

 狩りについては、ジャンゴを頼ればまず間違いは無い――そう思い聞いたサクラ。

 しかしそのジャンゴの応答が無い。不審に思ったサクラは振り返る。

 

 ――彼は真面目な顔をして虚空を睨みつけている。鼻をしきりにひくつかせ、周囲の様子を伺っていた。

 こんな様子のジャンゴは始めて見る――サクラは言いようの無い不安を抱きながら、小声でジャンゴに問いかける。

 

「どうしました……?」

「何ニャ……? 何ニャこの感覚は…………」

 

 ジャンゴはその可愛らしい顔をしかめっ面に変えた。サクラの質問には答えず、自分の、動物としての鋭敏な感覚に潜っていく。人語を解し、二足歩行で歩くさまは人間のようにも思えるが、ジャンゴを含めたアイルーの種族は人よりも感覚の優れた"動物"である。

 ――その、ジャンゴの動物である部分が、何かの危機的状況を察知する。

 

「磁場……? 電気…………? ――ッ!」

 

 ぶつぶつと、自己に埋没して呟いていたジャンゴは顔を上げると、ハッとした表情とは逆に静かに言った。

 

「いいニャサクラ、まずは落ち着くニャ。そして落ち着いたら直ちに、この狩場を抜けるニャ。直線でこの森を抜けるルートを、文字通り最短で走るニャ」

「……どうしたのですかジャンゴ。様子がおかしいですよ…………」

「いいからオイラの言うことを聞けニャ!!」

 

 そのあまり見ないジャンゴの激しい物言いに、サクラは怯える。

 

「だから、何が起こっているんですか!」

「本来はいないヤツニャ!! ――"ジンオウガ"ニャ!!」

 

 ――ずどん。

 

 ジャンゴの最後の叫びと同時に、青白く輝く巨体が木々を薙ぎ倒し飛来する。

 刺々しい体殻に身を包み、その身体からは、バチリバチリと電気を放出している。この夜の暗がりにいても、その怪しい放電で辺りは光に包まれた。

 そしてそのシルエットは、サクラがこれまで出会ったモンスターとは比肩出来ないくらい――化け物じみていた。

 

「――ッ、何ですか……何なんですかこれ!!」

「落ち着くニャ! 今のサクラは、戦うことを考えるのも愚かしいニャ!! 逃げるニャ、スムーズに!」

 

 その声を聞き、武器を構えようとした手を止める。

 サクラは、返事をする暇も無いことを理解した。――自分の出来うる限り最速で脱出を図る。

 

 ジンオウガと呼ばれたソレには目もくれず、まずは木と岩の陰を目指した。

 ――背後を確認しなかった、それが悪かったのだろうか……。

 

「――――ぅヅあッ!!!」

 

 サクラは今までに出したことの無い悲鳴を上げた。一瞬脳内がスパークして、視界が明滅する。

 ――意味のわからない激痛に襲われ、サクラは思考のパニックはピークに至った。

 

「雷光球!? しまったニャ! サクラっ!!!」

 

 真っ白になった脳内に比例して、身体の不自由も相当なのものだった。

 そして、激痛に苛まれるサクラに、青白い光が降り注ぐ。夜も遅い今の時間に、まるで正午を思わせるほどの光量だ。その光はサクラの頭上から差している。

 

 覚束ない脳でサクラは見上げる。

 ああ、彼女は理解していた。しかし、否定する自分もいた。……いや、そうあって欲しい、そうであって欲しくないという願望に近いものだった。しかし、その切望は破砕する。

 

 ――ジンオウガと、目があった。

 

「…………ッ」

 

 一瞬息が止まる。

 

 私は逃げたはずなのに、何でこんな近くに……。サクラはそう考える。

 サクラは矜持も戦闘意欲もかなぐり捨てて、全力で逃走を図ったのだ。このジンオウガとも、かなりの間が開いていた。――しかしこのイキモノはそれを一瞬で詰めてきた。明らかに動物としてのスペックが違いすぎる。

 

 サクラは、動悸が激しくなり、思考にノイズが駆け巡る。……しかしそれでも、ジンオウガから眼が離せない。

 ――すっ、と、静かにジンオウガの前足が振り上げられる。その手は帯電し、恐ろしい光を生み出している。

 

「……あ」

 

 サクラから掠れた声が出る。

 たいした描写も必要ないほど、呆気無い。――しかし、これが振り下ろされれば確実に自分は死ぬ。……そう理解でき、サクラは恐怖も、焦燥も、何もかもが遠く感じた。

 そして、その手が下ろされる瞬間。

 

 ――自分は突き飛ばされていた。

 

「――えっ?」

 

 横に吹き飛びながら、自分を突き飛ばしたものを見る。――ジャンゴだ。

 その刹那、ゆっくりと動いていく視界。――そのときジャンゴは、僅かに困ったような苦笑を湛えていた。その表情は、サクラの見慣れた、兄としての…………。

 

「――まったく、サクラは、最後まで……」

 

 ――そしてジャンゴは、ジンオウガの足の下に消えた。

 

「え……? 何? 何、これ……」

 

 受身も取れず、ゴロゴロと転がり終えたサクラの視線の先に、身体がへしゃげ、電気によって黒く焦げた――ジャンゴの身体が写る。

 サクラの脳は完全にストップした。何も考えられず、体は何かに縛られたように動かない。

 

 景色さえ、色褪せる。

 

 ただ、ジンオウガはそんなサクラを待つことは無かった。サクラに止めを刺さんと、悠然と歩き寄る。それは王者の風格を宿し、木や草さえもその存在にひれ伏す。

 そして、茫然自失としているサクラに、大きな爪が閃いた。

 

 その時だった。

 

 ――ジンオウガの横っ面に、鉄の塊が刺さった。

 

 サクラに、遅れて音がやってくる。まるで落雷のような音がサクラの腹を叩き、それでも足りないと乱暴に周辺を蹂躙する。地面が鳴動し、草木は震えた。

 

 ぎゃおぉ、と悲鳴に近い叫びをジンオウガが上げ、よろめき身を捩じらせる。

 それに振り落とされ、鉄の塊がすたん、と着地した。いや、鉄の塊と思ったのは間違いで、それは武器――スラッシュアックスを携えたハンターだった。

 ――真っ黒なコートを棚引かせ、耳のピアスがひかる。

 

 その人物が誰に言うでもなく呟いた。

 

「チッ……、何か嫌な予感がすると思ったけど……」

 

 その人物の眼は猛禽類のように鋭く、恐ろしいほどの殺気を宿している。そして、その殺気を余すところ無くジンオウガにぶつけていた。

 大粒の雨に打たれ、ジンオウガの雷光を反射する髪は――黒。耳の辺りまで、長く伸ばされている。癖毛だろうか、前髪の一部が、水に濡れているのにも関わらず跳ねている。

 

 ――ジンオウガは、まるでその男に恐怖を抱いたように、猛然と逃げ出した。

 

 その様子を見て男が吐き捨てるように言う。

 

「驚いて逃げやがったか……。まあいいや、それよりも……」

 

 こっちだな、と振り返る。その男はサクラに手を伸ばした。

 

「大丈夫かお嬢さん」

「あ、はい……」

 

 未だうまく働かない頭で、それでも危機は去ったということはわかった。反射的に男の手をとる。そしてその手の思わぬ力に驚きながらも、ぐっと立ち上がる。

 

「あの……、あなたは……?」

「ヘイルだ。君は?」

「……サクラ、と申します」

 

 ほぼ最低限といった感じで二人は名前を交換する。

 サクラは、その――ヘイルと名乗った男に、目を向ける。

 

 その圧倒的な存在感の割には、身体の線は細い。そのせいで、少年なのか青年なのか、年齢がはっきりしない。

 その錯覚的な容姿はまず置いておいて、サクラが発言する。

 

「その、ヘイルさんは、なんでここに……?」

「ちょっと近くを走ってたら、"アイツ"が見えてな」

 

 親指でジンオウガが逃げた先を示す。

 それよりも、とヘイルが続ける。

 

「ここに長居するとまずい。"アイツ"が戻ってくる可能性もある。……さっさと離れよう」

 

 こっちだ、とサクラの手を引くヘイル。しかし、サクラはその手を振り切った。

 

「あ、ジャンゴが、ジャンゴがそこに……、早く助けないといけないんです。手を貸してください……!」

 

 そして、焦げた肉塊を指差す。そのサクラの表情は鬼気迫っており、ヘイルに寒気を抱かせた。

 しかし、ヘイルが見たところ、これはもう……

 

「サクラ、言いにくいが……。この子はもう――手遅れだよ」

「そ、そんなことはないです! ジャンゴは、私なんかより、もっと、ずっと、賢くて強いんです!」

 

 そうサクラが言っている間にも、遠くでジンオウガの咆哮が聞こえてくる。ヘイルは申し訳なく思いながらも、ある決断をとった。

 

「……サクラ、すまん」

 

 がしり、と腰を掴むと持ち上げる。少女の体重は知れているかもしれないが、ガンランスと鎧も合わせれば中々の重さになるはずだ。しかし、そんな重さも感じさせずに、ヘイルが軽々と走り出す。

 

「やめて!! 離して!! 離せ!!!」

 

 激しく暴れる少女を他所に、ヘイルはとてつもないスピードで、風のように駆けていった。その方角は、ここから一番近い村――ユクモ村だ。

 

「――殺してやる!! 殺してやるぞ!!」

 

 その殺意は、何に向けてか。サクラは涙を流しながら喚く。

 その悲鳴に似た慟哭は、嵐の音の中に消えていった……。

 

    ◇

 

 その後、ジャンゴの死体は運良く無事で、そういう仕事のアイルーが回収してきた。動転を通り越して大人しくなってしまったサクラが聞かされるには少し忍びなかったので、ヘイルが代わりに聞いたところ、確実に即死だろうとのことだった。

 その後、家族であるサクラの母に事情を話し、ヘイルはサクラの元を離れ宿を借りた。

 

 ――次の日に、ジャンゴの葬儀は小さく執り行われた。

 

 ここ、ユクモ村の葬式は地元より特殊だったのだが、見よう見まねでヘイルも参加した。不思議な歌のような物を聞かされたりした(後から聞くに、お経と言うものらしい)。ジャンゴはアイルーだけあって、出席者はアイルーの方が人間よりよっぽど多かった。でも少し多すぎな気もする。それだけ、あのジャンゴは知り合いが多かったのだろう、とヘイルは思った。

 サクラは、終始俯いていて、表情がうかがい知れない。それだけがヘイルの気がかりだ。

 

 聞くには、ここは火葬らしい。

 死体を火で燃やすのはどうなんだろう、とヘイルは思いながら、式が終わるのを待つ。

 

 ――それでも二時間程度で全ての行程が終了した。ヘイルは知らないが、人間に比べアイルーとなると少し時間も短い。

 そしてヘイルは自分の気がかりをどうにかするため、サクラのもとに向かった。

 

「よう、お疲れさま」

 

 ヘイルはまるで仲のいい友人のように語り掛ける。

 場所は葬儀場の外、火葬場の近くの休憩所である。火で燃やした後、残った骨を骨壷に納骨するのだが、そればっかりは親族しかできないし、そもそもそう言った場所に入れない。アイルーたちは陰鬱な雰囲気をそのままに、そこで解散していった。しかしヘイルは、出てくるのを見計らって待っていた。

 

 ようやく会えた待ち人は黒い礼服に包まれ、表情なども昨日の印象そのままであった。

 そのサクラがヘイルに気付き、それでも無視する。

 

「……何だ、命の恩人に対して、随分つれない態度だな」

 

 シニカルな微笑を湛えながら、ヘイルは軽薄に言う。

 

「なんですか」

 

 サクラは抑揚のない声で呟く。ヘイルの方を見ようともしない。

 それにヘイルも気にした素振りも見せず続ける。

 

「いや、これからお前はどうするのか……、気になってな。どうするつもりなんだ?」

「どうする、とは」

「――ハンターを続けるのか、続けないのかに決まってるだろ」

 

 それを聴いた瞬間、サクラはびくり、と大きく身体を震わせた。……いや、よく見るとずっと細かく震えている。……震えつつも、今まで毅然と振舞っていただけだったのだ。

 その様子にヘイルも気付く。

 

 ハンターの途中で仲間やそれに準じる大切な存在を失うことを、ヘイルはよく知っているし、何度も見てきた。そして、その人たちのほとんどが、ハンターでいることを諦めた。

 

 ――どうしても続けられないのだ。モンスターを見ると身体が動かなくなったり、武器を持とうとしても持ち上げられなくなったり、酷くなると毎晩幻覚を見るようになった人だっている。

 大なり小なり、そういった人たちは恐怖を――トラウマを抱えてしまい、これまでと同じように狩りを行うことは、とてもじゃないが不可能だ。

 

 今回の場合もそうなんだろう、とヘイルは切なく思った。

 だから、サクラのその答えを聞いたときはなかなか驚いた。

 

「――続けますよ」

 

 ほう、とため息に似た息を吐くヘイル。

 

「中々の根性だな」

 

 そういってサクラの表情を覗き込む。

 ――そうしてヘイルは息を呑んだ。

 

 怒りだ。

 

 恐怖など、この少女は抱いてはいなかったのだ。いや、抱いてはいるだろうがそれに勝る、おぞましいほどの怒りをその表情に表していた。その震えも全て怒りから来るものだった。

 

「私は、"あれ"を殺します」

 

 その怒りとは真逆の、淡々とした声色が響く。

 まるで空洞のような眼をヘイルに向ける。ヘイルを見ておらず、その間の空気を見ているような、焦点の合わない眼だ。

 

「私は、"ジンオウガ"を――殺します」

 

 ヘイルは驚きながらも返す。

 

「……殺す、って言ったけど、今のサクラのランクでは受注できないんじゃないか? ……その、昨日の武装を見るからに…………」

「ええ、知ってますよ。昨日クエスト受付の人にも言われました」

 

 即日で行こうとしたのか、とヘイルは少し呆れるが、それはおくびにも出さず言う。

 

「じゃ、どうするつもりなんだ」

「"あれ"の今の住処は確かにこの村から近いですが、あまり被害を被る所にいるわけではありません。"あれ"の存在はユクモにとってあまり危険な物ではないのです。ですから――」

 

 一度セリフを切って、一呼吸置いてからサクラは鷹揚と告げる。

 

「他のハンターが腰を上げるまでに、私のランクが上がれば何の問題もありません」

 

 ――荒唐無稽な話だ。

 確かに今の話も一理ある。

 

 しかし、あのジンオウガがいくら村にとって不利益な存在ではないといえ、観光客のような、評判が物を言う商売をしている人にとっては目の上のたんこぶだろう。サクラのハンターランクが上がったとしても、それまでには他のハンターが仕事を完遂してしまった後に必ずなる。

 何故なら、ハンターランクを上げること事態が簡単なことではないからだ。1個上げるのに――普通でなら5年かかると言われているほどだ。

 

 モンスターはギルドによって格付けされている。そして、そのモンスターをある程度の強さに括ったものが、つまりはハンターランクだ。そして、ハンターランクを上げるということは、そのランク中の指定された敵を一通り倒し、そして更にテストのような感じで一つ上のランクのクエストをクリアすることによって上がることができる。

 基本的な情報を思い出しながら、ヘイルは少女に聞く。

 

「じゃあ、サクラの今のランクは?」

「1です」

「……必要ランクは」

「3です」

 

 ――かなり絶望的だ。

 

 まず間違いなく間に合わない。そう言おうとヘイルは思った。

 しかしヘイルのそんな空気を読み取ったのか、サクラは宣言する。

 

「上げますよ。……そしてこの手で殺します」

 

 ――異様な迫力だった。

 

 何の根拠も無いが、この少女は本当にやり遂げるかもしれない。そんな風にさえ思わせる。

 そしてヘイルは知っていた。この類の復讐心の衝動は、なかなか収まることは無いと。

 ならば――

 

「……そうか。じゃあ――なんだったら手伝うぜ?」

 

 その言葉に初めて、サクラがヘイルに焦点を合わせた。

 

「手伝う……? 何のつもりですか」

「さあな。でも、こうして関わっちまったんだ……、そういうのもいいと思ってな」

 

 へらへらと笑うヘイル。

 そのいい加減な答えに、サクラは怒りの声を返す。

 

「興味本位であるなら、消えてください」

 

 しかし、その怒りの声もヘイルは飄々とかわす。

 

「でもまあ、よく考えてみろ。サクラ一人だけで目的にたどり着くのは少し難しいと思うぜ」

「確かにそうかもしれませんが……」

「俺がもし興味本位でも……サクラには選択肢は無いと思う。君が"あれ"を倒せるまでには少し時間がかかりすぎると、俺は思うんだけど。だったら人手は多いことに越したことは無いんじゃないか?」

 

 その言葉を聞いて、サクラは考え込む。

 最初にあのジンオウガを追い払った一撃は、まだハンター初心者のサクラが見ても凄まじかった。本当に人間が出せる攻撃なのだろうかと考えてしまうほどだ。

 ヘイルがいれば、確かにランクを上げるにしても早く上がるだろう。それに、ああいった技も盗めるかもしれない。彼にどんな思惑があろうと、彼が自分より強いことはわかる。

 

 そう思い立てば、彼女は決断は早かった。

 

「……わかりました。お願いします」

「ああ、任せてくれ」

 

 またしてもヘイルはシニカルに微笑している。

 その表情に辟易としながらも、サクラは伸ばされたヘイルの手を取って、握手をした。

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