ヘイルストーム   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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ドラゴンバスター(2)

「クルペッコですね」

「……何だって?」

 

 サクラの言葉に疑問を浮かべるヘイル。

 ――今二人がいるところは集会浴場と言われるところだ。この大きな浴場の一部をギルドが間借りして、使わせてもらっている形になっている。それがハンターからは中々評判が良い。風呂に入りながら狩りについて語り合ったり、そのまま着替えて出発したり、そういう人がたくさんいる。――ユクモ村の住民は、風呂に入るのが大好きなのだ。

 そこで受注できるクエストを見ながら、二人は話し合っていた。

 

「クルペッコです。鳥竜種の」

「……ああ、竜ね」

「何と思ったんですか……。まったく、聞くにあなたは、この土地とはまったく別のところからきたそうじゃないですか。本当に大口叩いた分の働きをしてくれるんですか?」

 

 ヘイルは、うーん、と唸りながら頭を掻く。

 

「……イャンクックみたいなもんだろ。まあ、大丈夫だと思うぜ」

 

 反応としては、ヘイルはかなり軽かった。

 サクラはそんな様子にため息をつく。

 

「はぁ、本当に大丈夫でしょうか……。ていうかさっき何かの手続きをしているように見えましたが、何をしてらっしゃったんですか?」

「ギルドに加入したんだけど?」

 

 一瞬、静寂に包まれる。

 

「…………ええと、あなたは前にいた土地でもハンターをなされていたんですよね」

「ああ」

 

 頷くヘイル。

 

「ではライセンスも持っているのでは……?」

 

 ライセンス、とは自分の今のハンターランクを示すために、必要な許可証みたいなものだ。正式名称をギルドカードという。これが無いとクエストを受注することは絶対に出来ない。

 ヘイルが昔ハンターをやっていたなら、持っている筈のものだ。――もちろん、他の土地のものでも、いつでもどこでも全て共通で使える。

 その当然の質問に、ヘイルは答えた。

 

「無くしたんだよ、引越しの最中に」

 

 またもや二人とも黙り込む。

 その静寂を切り裂いて、サクラは引き下がることなく聞いた。

 

「さ、再発行はしなかったんですか? 出来るはずなんですが……」

「あー、めんどくさかったから、ハンター辞めてきちゃったんだよ」

「あほですか」

「……いや、そんなに言う?」

 

 サクラは頭を押さえながら、ため息をつく。

 

 ハンターにとって、武器と同じくらいに大事なギルドカードだ。これを無くすこと自体、ハンター失格とさえ言われている。めんどくさいから再発行もせず辞めるだなんて、サクラにとっては前代未聞もいいところだった。

 もしかして、このヘイルという人物は思っているよりとんでもない人間なのでは、とサクラは思い、更に質問を重ねる。

 

「……参考に聞かせてもらいますが、あなたの過去のハンターランクはどれくらいでしたか…………?」

「サクラよりかは高かったと思うけど……、たぶん3以上はあったと思う」

「ライセンス無くしてなかったらジンオウガ倒しに行けたじゃないですか!!!」

 

 サクラは切れた。

 

 というのも、ランクが低い人でも高い人と同行すれば、自分のランクより上のランクについていくことが出来る。この場合、ヘイルがハンター登録を抹消してなければ、サクラはすぐにでもジンオウガのクエストに行くことが出来た(この場合、ヘイルが受注という形になる)。

 しかしその怒り具合を他所に、ヘイルが飄々と言う。

 

「うーん、正論を振りかざすわけじゃないけど……、正直に言って今のサクラの武器防具じゃ、アイツには到底敵わないと思うんだが」

 

 完璧に立ち回れるって言うのなら、時間さえあれば大丈夫だろうけど、とヘイルは続けた。

 

「……しかし」

「そういう意味で、ランクを上げていくのはやっぱり必要だと思う」

「うっ、正論ですね」

「正論だな」

 

 言いくるめられていた。

 しかしこの場合どっちが悪いかで言えば、確実にヘイルだ。

 

「はぁ……、ではこれで予習でもしますか」

 

 少し気まずい空気を押しのけて、そう切り出すサクラ。

 

「予習?」

 

 どん、という感じにサクラが、机の上に資料を置く。それをペラペラとめくっていき、クルペッコと大きく書かれたページで手を止める。詳しくモンスターの習性や出没地域、時間などが明記されている――モンスターリストだ。

 まったく知識の無い、どういったモンスターか知らない場合、こういう資料でよく調べてから狩りに行くのがセオリーだ。……しかしやはりといったところか、まったく知識の無い初心者が新しい敵に挑むよりも、経験者に同行し技術を盗みながら戦う方が死亡率は低い。やはり一番強いのは経験であるといえる。

 そのモンスターリストを、読んでるのか読んでないのかわからない目でヘイルが見ている。

 

「はぁん、こいつ――味方を呼ぶらしい」

「ええ、クルペッコはその特殊な鳴き声を出す器官で、他のモンスターそっくりの鳴き声が出せるそうです。一匹だけでは対して危険はありませんが、戦場に二匹も敵が出るとなるとかなり危険度は増す、らしいですね」

「ふぅむ」

「かなり不快ですね」

 

 ヘイルは疑問に思い、サクラを見る。

 

「不快?」

「ええ、……仮にも竜であるなら、ハンターには一匹で立ち向かって欲しいものです。そういう誇りを持って欲しい」

「お前どこ目線だよ」

 

    ◇

 

「――うおお、こいつは愉快ですね!」

 

 クルペッコがその特殊な鳴き声を鳴らしながら目の前で踊る。

 ――そう、踊っているのだ。いや、踊っているように見える、と言ったほうがいいか。

 

 クルペッコはその身体を大きく揺らし、独特な器官を使い色々な音を奏でる。派手な彩色で目も楽しめる。それは敵だというのに、不思議な高揚感を与えられ、こっちまでとても楽しい気分になってくるほどだ。さすが"彩鳥"と言ったところか。

 そしてサクラはどうもその様子が壷に入ったようだ。

 お前本当になんなんだよ、とは口には出さず、ヘイルが言う。

 

「気をつけろ! あれでも竜だ!」

 

 ヘイルが注意するのもおかしくない。何故なら、この風貌や仕草に騙されがちだが、決してこの鳥竜は弱いわけではない。初心者は油断して命を落とすことも少なくないのだ。

 いや、だからこそ初心者にこのモンスターを当てるのだろうか。

 とにかく、かつて似たようなモンスターと戦ったことのあるヘイルはそれを知っていた。

 

「ええ、理解しています。行きますよ!」

 

 そのヘイルの忠告に緊張を取り戻すサクラ。

 ヘイルは素早くポーチから、奇妙な球体を取り出した。――ペイントボールだ。全力で投球されたそれはアーチすら描かず真っ直ぐにクルペッコに叩きつけられる。そして、すぐさま広がる独特の匂い。この匂いが敵の位置を知らせてくれるようになるのだ。

 

 そして背から鉄塊を持ち上げる。無骨な鉄塊だと思えたそれはヘイルの手の中で火花を上げてスライドした。そしてその全容を見せる。

 スラッシュアックスにしては、妙に型が古い。サクラは見ながら怪訝に思う。

 しかしそんなことを考えている暇は無い。サクラもそのガンランス――討伐隊正式銃槍を展開させる。

 

「サクラ、挟撃だ! 単純だが、単純ゆえに強い。だけど対角線上はまずい、互いに攻撃してしまう恐れがある!」

 

 斜めに、と叫ぶヘイル。

 多数での狩りのノウハウはまったく無かったため、サクラにとってヘイルの忠告は嬉しいものだった。

 

 言われたとおりに、自分の出来る範囲で動く。

 突き、突き、撃つ。突き、突き、守る。

 ガンランスの強さは、その城壁のような守りの堅さが筆頭に上がる。クルペッコは回転攻撃を繰り出したり、自前の火打石で爆発を起こしたりするが、その盾に通りさえしない。がっしりと土に根を生やし、じりじり、と相手に死を与える。

 

 対するヘイルは、初見の敵だというのに、まるでどこに攻撃が来るかわかるように立ち回っていた。

 避けては攻撃し、攻撃してはひらりとかわす。

 

 ――スラッシュアックスの性質上ガードは出来ない。もし大剣のように安易にガードしてしまえば、圧し折れる――複雑な機構を宿した武器の宿命か。しかしだからといって、決して軽い武器ではない。だからスラッシュアックスを扱うハンターが鍛える部分は――目だ。どのような攻撃でも、予測し、当たりさえしなければ何も怖いものは無い。

 その言葉を体現するかのように、クルペッコの尻尾攻撃も、胃液のブレスも、どこに来るかわかっているかのようにかわし、斧形態のそれで、叩きつけるように攻撃を加えている。

 

 ばさり、クルペッコが飛び上がる。

 

 ブレスによる攻撃が来る恐れがあるため、二人はクルペッコの様子を睨みつけるように観察する。

 しかし、クルペッコは飛び下がっただけだった。そして大きく胸を膨らませたのだ。

 

 ――そう、仲間への呼びかけだ。

 

「……しまった、あれがそうか」

 

 しっかりと立ち回りすぎたか、とヘイルは思うがもう遅い。

 

 無駄な思考をカットして、クルペッコの行為を止めようとヘイルが走る。とてつもないスピードで走り寄るが、しかしもう遅かったようだ。振りかぶったスラッシュアックスを無視して、クルペッコがその仮想の鳴き声を上げた。

 ずどん、と斧が突き刺さり、クルペッコがよろめく。

 その瞬間、畳み掛けるか、とヘイルは思うが、一番必要な行動をとることにした。サクラに振り返る。

 

「サクラ、新手が来る可能性がある!」

 

 そう叫ぶヘイル。

 その声に反応を示すサクラ。しかし、ヘイルが見てもわかるほど、顔色が真っ青だった。

 

「……今の、聞いたことあります」

「何だって!?」

「何度も……、何度も聞いたことあります! アオアシラです!!!」

 

 その瞬間、空気がごう、と鳴動した。――鳴き声だ。

 

 クルペッコのようなまがい物ではない、本物の威圧感。それをヘイルは敏感に感じた。

 しかし、とても近くにいたらしい。クルペッコの鳴き声に反応したにしてはかなり早い出現だ。

 

 ――青い体毛に、遥かな巨体。

 

 熊の種類の中でも、一番大きく、獰猛な性格、鋭い爪、長い牙――アオアシラ。

 ヘイルは短く舌打ちを鳴らす。

 

「サクラ――アイツは俺が相手する」

 

 アオアシラはまだ遠い場所にいる。この孤島というフィールドは草原が多いため、スペースがなかなかに広い。

 ヘイルは二匹入れ混じるより、今の離れている状態で単体を攻略する方がいいと決断した。

 

「だから、クルペッコは頼んだ」

「……ッ。…………」

 

 その信頼の声にサクラは驚く。

 初めてパーティーを組んだというのに、この人は自分を信じているのか。つまり、私一人でこいつを相手取ることができると思っているのか。……それとも、私一人がくたばったところで自分には関係ないと思っているのか。

 どっちだろう、サクラは思う。

 

 ――しかしヘイルの声色は、後者じゃないような気がした。

 

 気がしただけだ。なのに、身体は火照り、異様な高揚感に包まれる。

 

「問題、ありません」

 

 気付けば言ってしまっていた。ガンランスを構えて、クルペッコを睨む。

 そしてその言葉を聞いて、ヘイルは猛スピードで駆けていく。ぐんぐんと視界にアオアシラが大きくなっていき、向こうもこっちの存在に気付く。

 それを見ながらヘイルが呟く。

 

「――悪いけど、お前とは遊んでいる暇は無い」

 

 いままでサクラに話しかけていたようなものじゃない、空恐ろしい冷たさの声色だ。

 そしてそれに連動するように、じゃぎり、とスラッシュアックスが変形した。

 

    ◇

 

 サクラは防戦一方だった。

 間抜けな顔をしていて、クルペッコは中々攻撃が鋭く、重い。

 

 ――いくら時間が流れただろうか。

 

 サクラの体感時間では、一分しか経ってないように思えるし、一時間くらい経ったようにも思えている。

 そしてその中で、じわりじわりと削られているのは、サクラのほうだ。連続的な相手の攻撃を受け続けて、スタミナも盾をもっている手も、言うことを聞かなくなってくる。

 そして、クルペッコの爆破攻撃が盾に直撃した。

 

「ッ……ふっ…………!!」

 

 ――そろそろ、限界が近い。

 そう思った瞬間だった。

 

 クルペッコの爆破攻撃は連続で来る。一撃受け流したところで、もう一撃、もう二撃と波状の攻撃を仕掛けてくるのだ。

 しかしサクラはそのことを忘れていた。……いや、覚えていたところでどうにかなったろうか。

 

 クルペッコはもう一度サクラに爆破攻撃を繰り出した。

 ごがん、という音、衝撃。

 

 しまった、と思うも、もう遅い。サクラは盾をもった手が痺れて、感覚がなくなってしまった。大きく仰け反り、隙を作り出してしまう。

 ――そして、クルペッコの爆破攻撃はもう一回あった。

 

「あっ……」

 

 迫る巨体。避けられる距離じゃない。

 死ぬか、大怪我で済むか、どちらに転んでも結局死んだようなもんだ。サクラは一瞬でそう思う。

 

 ――しかし、そんな諦観も暴風が吹き飛ばした。

 

「シッ――――」

 

 そんな声が、いや呼吸が聞こえて、クルペッコが吹き飛んだ。

 無骨な鉄の塊がクルペッコの足を払うように薙ぎ倒したのだ。それはまるで、草木を払う風のようだった。

 

「無事か……!」

 

 ヘイルの声だ。その声にサクラは安堵しながらも聞く。

 

「……ええ、なんとか。アオアシラは……」

「逃げた。それよりも――」

 

 といいながらヘイルは、倒れたクルペッコを睥睨しながらスラッシュアックスを変形させる。斧だったものが剣になり、ぐぎゅるる、と水音を鳴かせビンの中身が刃に循環する。

 それをおもむろに――突き刺した。

 

「属性、開放……?」

 

 サクラは呟く。

 元々ソロでやっていたサクラはガンランス以外の武器をあまり見たことがなかった。しかし大剣や片手剣などは使い方が予想されるものだ。

 

 ――しかしスラッシュアックスは別だ。

 

 店先で並んでいるものを見たりはするものの、実際に使っているところを見たことは少ない。

 だからこそ知識で知っていても、実際に見たのでは迫力が違った。

 

 るるる、と水の音がしてビンの中身が急激に減っていく。無理やりにスラッシュアックスの刃にその中身をいきわたらせているのだ。そして、それはクルペッコの体内に入り込む。

 そして、その薬剤が過剰に刃を満たしたとき――

 

 ――爆発。

 

 そのあまりの威力にクルペッコが唸り、ヘイルもざざざ、と仰け反る。

 そして、スラッシュアックスに冷却の空気がいきわたり、じゃこ、と斧形態に戻る。

 起きたクルペッコは、驚きか、焦燥か……何が彼を支配したのかわからないが、遥か大空に逃走した。

 

    ◇

 

「ま、今日はこんなところにしておこうか」

 

 ヘイルは、太陽の位置を確認しながらサクラに言う。

 クエストも三日目だ。サクラはまさかクルペッコを見つけるのに二日かかるとは思わなかった。しかし、そういうこともあるだろう。

 

 実際に戦闘した後、これほどに気持ちを切り替えて、キャンプのことに思いを巡らせるヘイルはやはり長年のハンターとしての貫禄を思わせる。

 比較的安全な位置を探して、キャンプを立てる事になった。そしてその作業をしながら、サクラはヘイルを見る。

 アオアシラを一人で相手にし、そしてあの凶暴な性格で知られる奴を逃がすまでに至らせた術。一体何者なのだろうか、とサクラは思うが答えは出るはずも無い。

 

 サクラは、とりあえず今日のことについて言おうと思った。

 

「その……、ヘイルさん。今日はありがとうございました」

「……? 何が?」

 

 そういいながら、サクラに近づくヘイル。

 

「いえ、危ないところを助けてもらったので」

 

 実際ヘイルが助けに入ってないと、かなり危うかった。今こうして元気にキャンプ設立なんてしていないかもしれない。

 しかしヘイルは笑いながら、こういった。

 

「あはは、気にしなくていいよ。……ていうか、"ありがとう"はいらない」

「いらない、というと?」

「あのさ、パーティーってのは助け合って戦うだろ? ――つまり前提として助けることになるんだよ、他の人をさ。迷惑をかけたら謝らなくちゃいけないってのは思うんだけど、俺に対しては感謝なんてしなくていい」

「はあ……」

「だってそのうち、サクラに助けられる時も来るだろうからな」

 

 その一言を聞いて、サクラは黙り込む。

 本当にそんなときが来るのだろうか。ヘイルは自分と違い、かなり強い。そしてもし自分に助けられるほどの力があったとしても、ヘイルが果たして、窮地に立つことなんてあるのだろうか。

 サクラはその複雑な胸の内を抱えて、しかし言う。

 

「――でも、私はあなたに感謝しています。ありがとう、と言わせて下さい」

 

 そういった瞬間、ヘイルはぽかん、と口を開けて呆然とした。

 

「な、なんですか」

「あ、いや。……サクラのことだから、『ええ、そうですね。当然でした』とかそんな感じで同意するかと思ったんだけれど……。こんなに素直だとは……」

「素直って何ですか。私は思ったことをすぐ口に出しますよ」

「いやそれを自分で言うのはどうかと思う」

「……真面目に感謝していますからね」

 

 そういって頬を膨らますサクラ。

 それを見てまた機嫌が悪くなってはたまらない、とヘイルはなだめる様に言う。

 

「わかった、わかったよ。じゃあ、こっちも素直に受け止めるよ」

 

 ヘイルは佇まいを直して、笑った。

 

「――どういたしまして」

 

 ヘイルの笑顔は、自信と、優しさと……そしてほんの少しの卑屈さで構成されていた。

 その笑顔を見て、サクラのは、はっ、と息を呑んだ。心臓の拍子がおかしくなる――鼓動の感覚が短く、振幅も大きくなって、顔に血が巡る。知らず知らずの内に呼吸も乱れて、通常のときとはまったく違う状態に一瞬でなってしまった。

 

 あれ? あれれ? なんですかこれは。

 まず疑問だった。

 

 そして、それが何か思い至った瞬間。――サクラは自分の顔を叩くように押さえた。

 

「うお……、どうしたサクラ」

 

 ヘイルは覗き込もうと、サクラの顔に自分の顔を近づける。

 サクラはそれに我慢できるはずも無く……。

 

「こっち見ないでください! ……見るな!!」

 

 おもいきり蹴った。

 

「あいたっ!」

「さっさと用意してください!」

 

 ……なんなんだよ、とヘイルがぼそぼそ言いながら自分の持ち場へと歩いていく。

 

 その背中を見ながらサクラは、違います、絶対違うんです、と心の中で違う誰かに弁解していた。

 そしてその頬の色を見せないように、サクラはヘイルに背を向ける。

 

    ◇

 

 サクラはもう少しかかるかと思っていたが、以外にあっけなく、勝負は次の日についた。

 

 クルペッコは強かったが、やはり二人でかかったせいか、苦戦はすることも無かった。というのも、ヘイルは位置取りも完璧で、クルペッコの意識を分断させるような立ち回りをしていたためだろう。負担は昨日の半分だった。

 途中仲間を呼ぶサインも見せたが、ヘイルはその隙を逃すことなく、クルペッコをひるませ続けた。その技にサクラはずっと感心し続けていたりもする。しかもその上、ヘイルの武器が強いこともあったのだろう。

 そんなこんなで、ギルドの協力も得て帰ってくるまで、船に乗り、ネコタクに乗り、としていたら村に帰ってくるまでに行きと同じく二日くらいかかった。

 

 ――結局、村を出立してから一週間以上経過した。

 

 帰ってきてからすぐさま確認したのは、他でも無くジンオウガ狩猟の受注申し込みだ。

 それをみてサクラは言う。

 

「……よかった。まだ誰も受注してない」

 

 どこかのパーティーが受注すれば、基本的に置かれていた依頼は撤去される。そして、受付にクエスト依頼があるということは、まだ誰もその依頼を受けていないということだ。

 その安堵した様子のサクラを見ながら、ヘイルは心中で思う。

 

 確かに誰も受けてはいないようだが、それも時間の問題だ。ここユクモ村には、ヘイルの昔いた場所とは違いハンターとしての活動は盛んで、その分上級者もたくさんいる。

 それに、クルペッコは問題なく倒せたが、次はそうだとも限らない。――そういったネガティブな思考はヘイルの中にたくさんよぎる。

 そのヘイルの様子を他所に、サクラは元気よく言った。

 

「次の、ボルボロス、という敵を倒せば、私にハンターランクを上げる機会がやってきます。2ですよ、そうすればもう1個上げればたどり着きます」

 

 "あれ"に、と続ける。

 その表情は笑顔ながら、鬼気迫る気配を漂わせている。

 それを見ながらもそのことについては何も言わず、ヘイルが感心したように考えを述べる。

 

「しかし、オトモがいたとは言え、ランク1のクエストを一人でほとんど終わらせてるってのは凄いな」

「そうですか? まあ、……ジャンゴもいましたし、私にとっては余裕ですね」

 

 ジャンゴの名前が出たところで一瞬詰まるが、それを気にしてないように振舞うサクラ。ヘイルもそれを気にしないように続ける。

 

「ふーん。じゃあサクラはハンターやりだして何年経つんだ?」

「まだ一年を少し過ぎたところですね」

「…………一年、ねぇ」

 

 正直、ヘイルは驚いた。

 

 基本的に、先ほどのアオアシラや、ヘイルは知らないがロアルドロスといった中型モンスターを単独で倒せるまでに至るには、初心者なら短くて三年かかると言われている。

 今回のクエストに同行して、その腕前は二年、三年のものだと思っていた。だからクルペッコを任せられたのだが……。

 

 つまり彼女は、アオアシラのような中型を倒すのに半年ほどしかかかっていないかもしれない。だとしたらサクラはかなりの才能で、もしかしたらランクを上げるのも簡単かつ常人よりも早いかもしれない、とヘイルは思う。

 

 

「それでは、ボルボロスを倒しに行きましょうか」

 

 むふー、という感じにサクラが言う。その様子を見ながらもヘイルは告げる。

 

「サクラ、俺たちは今帰ってきたばかりだ。少なくとも、三日当たりは休息をとったほうがいい。武器と防具のメンテナンスに丸一日。準備に丸一日かかる。それは明日以降に持ち越して、今日はぐっすり寝て疲れを取るんだ」

「しかし、そんなことをしていると……」

「大丈夫だ。一週間以上経って誰も受注しないところを見るとまだまだ平気だろう。ジンオウガってモンスターはそれほどに脅威らしいな。触らぬ神には……ってやつか」

 

 ヘイルは納得させるためそう言ってみるが、勿論まったく証拠は無い。

 

「そう、ですか……」

 

 それでもサクラは納得してくれたようだった。その様子にヘイルが安堵する。

 

 そして、今晩の宿を考えるが、その前にサクラを家に送り届けることにした。男として、年上として当然の行為である。ヘイルはサクラと適当な雑談をしながら歩き、途中で武器屋によって武器と防具のメンテナンスを頼んだりしつつも、それらしき家屋の前に着いた。

 家に着き、その前でサクラが一言ただいまと言うと、その中からあわただしく女性が出てきた。一週間前にも一度会った――サクラの母だ。

 

「よかった、サクラ無事だったのね」

「ええ、大丈夫よ母さん」

 

 安心からか、サクラの母はとても柔和な笑みを浮かべている。

 そして、サクラの後ろに立つヘイルに気付いた。

 

「こんにちは、前にも一度会ったわね。私はサクラの母で、モミジと申します。よろしくね」

 

 そうして大きくお辞儀をした。ヘイルにはそういった丁寧な挨拶はされたことが無く、少し焦ってしまう。

 

「い、いえ、ご丁寧に。こちらはヘイルです」

「そう、ヘイルちゃんって言うのね。いい名前ね」

 

 そうして、柔らかく笑った。その笑顔に、不覚にもヘイルはどきりとしてしまう。

 それにしてもサクラに似て綺麗な人である。しかしだからといって、サクラのように無表情なわけでもなく、表情で言えばどちらかというととても感情豊かな人みたいだ。

 ……サクラも感情豊かだが、顔にはあまり出ない。

 

「家に上げるけど、いいよね母さん」

「え、俺上がるの……?」

「今後のことを相談しようと思いまして」

 

 これは、反論は許さないコースだ。ヘイルは一週間サクラに付き合ってきた結果、妙な勘が働くようになってしまった。

 苦い顔をしながら、ヘイルはサクラの部屋に通された。

 

 ――こうやって女性の部屋に行くのもほぼ初めてのことだ。ヘイルはどぎまぎとしながら、色々なものを観察してしまう。

 

 やはり土地が違えばかなり違っている。というのも、ヘイルのいた場所と比べ、部屋の様式がまったく違う。畳であったり、小さなちゃぶ台であったり、ベッドが無かったりで、ヘイルにとっては驚きの連続だった。どこにどうやって寝ているのだろうか、とも思うほどである。

 しかし、それ以外はサクラのイメージとぴったりで、簡素、簡潔、清潔、清楚。家具や置物は最小限であり、趣味のものも、ハンターとしての本や武器の簡易メンテナンス用の道具、それを入れるためのボックスなどだ。正直、この辺りは前に住んでいたヘイルの部屋とあまり変わらない。

 

 変わっているのは、女の子特有の微かな甘いにおいが漂っているだけだ。――まあそれだけで、まったく違うようにも思えるのだから不思議だ。

 

「ま、座ってください」

 

 どこに? とも聞けないヘイル。

 

 それを他所に、布で出来た小さい敷物――ヘイルは名前を知らないが、座布団だ。それを二人分、部屋の端からサクラが取ってくる。

 それを置いて、机を挟んだ向こう側にサクラが座った。ヘイルも見よう見まねで胡坐を掻いて座る。

 

「ということで、休憩ということになりましたが、何かしていなければ私の気がすみません。ということでヘイルさんに色々聞きたいことがあります」

「おう、何が聞きたい」

「そうですね、まずは戦闘のコツとかですね」

「コツ、ねぇ……」

 

 そういってヘイルは顎を押さえ考え込む。

 サクラはその様子のヘイルをみて、更に付け加えた。

 

「此度、あなたと狩りを共にしてあなたの強さが身に染みてわかりました。……そして自分がどれほど未熟なのかも。今回の狩りは私にとってとても有益なものになりました。目から汁粉です」

「今何て言った」

「正直、あなたの評価は私の中でぐんぐん上がりました。驚きです。なので、忘れないうちに助言やコツを聞いておこうと思いまして。カツは熱いうちに食え、ですね」

「……えっと」

「どうでしょう」

 

 ヘイルは、サクラが割と食べ物が好きなことがわかった。

 

「助言かぁ……、そうだな。武器が変わると、やっぱり動き自体も変わるから、詳しいことはなんともいえないが……」

 

 そういって、細かい指摘や対処などを説明した。サクラは終始真面目で、メモまで取っている。そんな様子に妙な感覚になりながらも、ヘイルはある程度まで話した。

 

「……って感じだな。後は何事も経験だな」

「ふむ……、わかりました」

 

 そう言って、無表情だが何か満足した顔をするサクラ。

 しかしまだ聞き足りないのか、ヘイルにもう一度問う。

 

「あともう一つ聞きたいことがあるのですが……」

「何だ、まだ何か残ってたか?」

「その、ヘイルさんはもしかして、……私のことが邪魔でしたか?」

 

 ヘイルはその言葉に疑問を抱く。

 

「どういうことだ? 別にそんなこと思いもしなかったが」

「……いえ、何かヘイルさんが……、――全力を出してないように見えて」

 

 ヘイルは驚き、目を見開く。

 

「……どうして、そう思ったんだ?」

 

 自分で思うよりも少し硬い声色になってしまう。それに敏感に気付いたサクラも少し肩を竦めた。

 

「どうして、と言われても……、勘でしょうか。……ヘイルさんはもっと強いんじゃないかと思いまして」

 

 確かに、ヘイルも思うところではあった。もしかしたら、そうなのかもしれない。やはりアオアシラと戦っているときと、クルペッコと戦っているときでは勝手が少し違った。……そしてそれに気付くサクラもなかなかセンスがいいと言える。

 

「ああ、もしかしたらそうかもしれないな……。俺もずっと、向こうでは単独(ソロ)でやってたから」

「え? そうなんですか? でも多人数での狩猟には慣れてるように思いましたが……」

「まあずっとやってれば誰かと一緒に行く機会だってできるさ。俺のはそこで学んだことだな」

「……なるほど」

 

 でも、とヘイルは繋げる。

 

「――俺たちの息がもっと合えば、お互いに全力を出せるようになるさ」

「……そう、ですね。そうなればいいですね」

 

 少し顔を赤らめてサクラが言った。

 それを見てヘイルは顔を傾ける。

 

「……なんかどうしたんだサクラ。調子悪いのか?」

「……? 調子はすこぶるいいですけど」

「すこぶる、って……。いや、会ったときよりもいくらか刺々しさが無い、って言うか。あの理不尽な感じがどっか行ってるような……」

 

 そう言われ、サクラは顔をボン、と爆発させた。

 あたふたとしながら、ヘイルに叫ぶ。

 

「な、何言ってるんですか! 違います、違います!!」

「…………何が違うんだ……」

 

 ヘイルは眉をひそめながら、違います違います、と連呼するサクラの奇行を見ていた。

 

    ◇

 

 そのまま雑談をしていると、自分では気付いてないみたいだが、サクラは、うとうととし始めた。……そしてついさっきには机に突っ伏して寝始めた。

 なんだかんだいって、今回のは相当疲れたようだ。ヘイルはサクラを微笑を浮かべながら見ていると、後ろから声が聞こえた。――モミジだ。

 

「あらら、寝ちゃってるわね」

 

 そういうと、持ってきたお茶とお菓子を机の上に置く。

 

「ああ、モミジさん……ですか。……すみません」

 

 モミジの登場にヘイルは少し緊張を露わにする。それに気付いてか否か、モミジは一層フレンドリーに語りかけてくる。

 

「あら、そんなに気にしなくていいのよ。……はい、お疲れ様」

「いえその、……ありがとうございます」

 

 そうにこやかに言いつつ、お茶菓子を差し出してくるモミジ。その懐の深い笑みを見てヘイルも、ぎこちなくだが笑顔を作った。

 

「それにしてもこの子は……」

 

 モミジはため息をつきながら、机の上で寝てしまっているサクラを見つめる。

 

「仕方ありませんよ。……サクラは、今回とても頑張ってましたから」

「そうね……、ちょっと気合入れすぎなくらいだわ……」

 

 そういって、押入れから布団を出し始めた。ヘイルは、ああ、そんなところに寝具が……と思っていたら手伝うことを忘れていた。

 モミジは困ったような顔を浮かべて、ぽつり、と話し始めた。

 

「この子にとっては、ハンターは趣味だったの」

「……趣味、ですか」

「ええ、理由は知らないけど……でも、あの子――ジャンゴと一緒にクエストに行ってる時は、とても楽しそうにしてたわ。ジャンゴが慣れてるから、無理だと思ったら深追いせず、ちゃんと諦めて帰ってくるように仕向けたりしてくれて、……大敗ってのを味わったことが無かったのよ」

 

 布団を直しながら、淡々と語るモミジ。ヘイルは黙って聞いている。

 

「この子は、前しか見れない子なの」

「猪突猛進、ってことですか?」

「うふ、よくわかってるわね。――だから、今回のことがあって、かなり精神的にきてると思うの」

「精神的にですか。確かに妄執にはかられていますけど、今のところ別にそういう感じはないですが……」

 

 それを聞いて、モミジは優しい微笑をヘイルに向ける。

 

「――それはあなたのおかげね」

「俺の……?」

「あなたが近くで支えてくれてるから、この子も伸び伸びとできるのよ。……元々自由奔放な子だから」

「それはたまに感じますね……」

 

 二人そろいため息をつく。

 

「でも、ジャンゴが死んだせいで、目的と手段が逆になったのよ。いままで、狩りをしたいがためにモンスターを倒してた。――でも」

「――モンスターを殺すため、狩りをするようになった……か」

 

 ヘイルは、和やかに眠るサクラを見る。寝顔を見れば、普段の雰囲気を一掃するかのような可愛らしい女の子だった。すぅ、すぅ、といった寝息も、少女然としていて、可愛い。

 そして、ヘイルは思う……この少女はとてもか細い。

 

 いくら才能があったとしても、今のままでは精神の磨耗、焦燥感の軋轢に耐えられるだろうか。これまでのライフスタイルを変えてしまって、彼女の身体が持つだろうか。

 モミジもそういった心配を抱いているのだろう。

 ヘイルがそういった感傷にふけっていると、その隙を突くようにモミジが一言漏らした。

 

「――あなたが、どうしてこの子に付いて行ってあげてるのかは、私にはわからない」

 

 そういってモミジはこちらを真剣に見る。

 

「でも、悪い人じゃなさそうだわ」

 

 勘だけどね、と笑顔を浮かべるモミジ。

 それにヘイルは答えを返すことは出来なかった。そのモミジの一言に、ヘイルは動揺していたからだ。

 

「私じゃ、この子に付いて行ってあげれない。だから――」

 

 お願いします、とモミジは頭を下げた。

 

「…………はい」

 

 ヘイルはしかし、渋い顔をして返事をする。

 結局この微妙な空気を、ヘイルはどうにもすることは出来なかった。

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