サクラはガンランスを、思い切りジンオウガに突き立てる。そしてジンオウガも臨戦態勢に入り、戦闘が始まった。
ジンオウガは素早い。ヘイルはその素早さに舌を巻きつつも、ナルガクルガとの戦闘を思い出していた。――似たようなタイプなのだ。
ジンオウガはその鋭い爪を使い、空間を立体的に走る。
しかし、ヘイルは攻めきれない。――サクラがいるからだ。サクラは狂ったように砲撃を放ち、どうにもヘイルは近づけないでいる。
「……サクラッ、落ち着け!!」
しかし、サクラはヘイルの声も聞こえないかのように――いや、実際聞こえていないのだろう。でたらめな言葉を発しながら、がむしゃらにガンランスを振り回していた。
それでも、相手の致命的な攻撃を受けずにいる。
――しかし、それは運がいいだけだ。
「おおおぉぉぉっ!!!」
サクラの悲鳴に似た絶叫がヘイルに聞こえてくる。そしてヘイルはその様子に眉をしかめる。
「……まずいな、あのままだと」
ジンオウガの攻撃は相当に苛烈だ。サクラは今はうまくガードできているが、このままだとスタミナ切れを起こしかねない。
バジリ、と弾けるような音と共に、電撃の玉が地面を這って飛んでくる。ヘイルはその間をうまく避けると、走り出した。
ジンオウガの戦意が、サクラに傾きすぎている。――こちらにも意識を割かせないといけない、とヘイルは考えた。そして助走から、跳躍――。
「――ッ、ラアッ!!」
どごん、と言う鈍い音と共に、ジンオウガがよろける。ヘイルは跳躍から、そのジンオウガの背甲目指してスラッシュアックスを叩き降ろしたのだ。
その衝撃で、背中の棘が破砕する。
しかしサクラは、その行動に怒りを向けた。
「――邪魔、するなぁ!!」
「っ、何言ってるんだ! サクラ!!」
サクラはよろけたジンオウガに砲撃を浴びせる――それはヘイルがいる方向でもある。
「くっ……」
ヘイルは前転でその爆炎から逃れる。
サクラはヘイル自身を狙っていたわけではないため、簡単に避けられることができたが、サクラの行動はほめられたことではない。それでも、今の状態のサクラのでは判断できなかったのだろう。
ジンオウガは、その身体に余すことなく爆炎を受けて悲鳴を上げた。
――いや、怒りの咆哮だったのか。
素早くバックステップすると、ジンオウガは妙な体制を取った。その身体を地に押し付けるように、前かがみの状態になる。まるで、蜘蛛のように――
なんだあれは、ヘイルは考える。まるで何かを待っているような……。
――そのヘイルの横を、光る何かがすっ、と通った。
「雷光虫……?」
気付くと、回りにたくさんの雷光虫が飛んでいる。虫たちはその身体を柔らかい光に包み――飛んでいる。
――いや、飛んでなんていない! ヘイルは気付く。飛んでいるにしてはあまりにも奇妙だ。向いている方向と、逆の方向に進んでいるような……。
……そして、その先は、ジンオウガ。
こいつらは、引き寄せられているのか!? そう思い至ったヘイルは、サクラを見る。
サクラは、チャンスだと思ったのか、ジンオウガに駆け寄っている。まずい――。
「サクラ! 止まれ!!」
注意も虚しく、サクラはそのガンランスを勢いよく突き刺そうとして――
――雷の壁が立ち上った。
「あぐぅ……ッ!」
「――サクラッ!!」
サクラはその電気の壁に直撃し、視界が激しく明滅する。たまらずその場に倒れ込む。
ジンオウガはそのサクラを覗き込むように、その激しくスパークする身体をサクラに近づけていく。
「あ、ああ……」
サクラは恐怖に囚われてしまった。立ち上がるにも、体中の痺れがそれを邪魔する。
動けない、その事実がサクラの動揺を呼ぶ。
サクラの中の、怒りや復讐心が全て恐怖で上書きされていく。――それでも、サクラは諦めなかった。
近くに転がったガンランスを、動けない身体でゆっくりと握る。そのガンランスはいつも持っているものとは別のもののように重たい。――しかし、それを持ち上げるべく、懇親の力を込める。
ジンオウガの顔は目と鼻の先だ。こいつの顔に、眼球に突き刺してやる。
じわり、じわりと持ち上がっていくガンランス。しかし、その速度は遅い。それでもサクラはそのガンランスを引き寄せた。
――そして、ガンランスから意識をジンオウガに持っていったとき見えたのは、あの日と同じ光景だった。
その大きく太い右足を大きく掲げ、ジンオウガはサクラを睨みつけていた。
眩しいほどにスパークするその青い身体も、振り下ろされれば死ぬとわかる、巨大な爪も、全てあつらえたようにあの日と同じ。
そして脳内に、愛しい家族であったジャンゴの声が聞こえてくる。
『今のサクラは、戦うことを考えるのも愚かしいニャ!!』
――サクラはガンランスを取り落とした。
サクラは顔を歪める。
なんで、なんでこんなときに……。
――そして、サクラは思う。
ジャンゴがやられ、次は自分の番だ。自分が彼に言ったとおり、この化け物に歯向かおうなんて、意味は無かったのだ。
大きな無常感の中で、サクラにその死神の鎌のような爪が振り下ろされた。その明確な死を目の前にして、サクラはあることを思い出した。
『――どういたしまして』
何故だろう。はにかむヘイルが、卑屈そうに笑うヘイルが、サクラの脳に蘇る。
ああ、あの笑顔を見て確信したはずだったのに。彼は、彼自身のために武器を取っているのではないと。それなのに――。
「――サクラァ!!!」
サクラの耳に、ヘイルの絶叫が聞こえた。
ヘイルは地を蹴る。その音がサクラにも届いてくる。
――やめて、もうやめてください。
それでもヘイルは走ることを止めない。――諦めない。
自分はずっと、彼の中に何か自分と通じるものを持っていると思っていた。だから、親近感も湧いたのだろう。
しかし、それは大きな勘違いだったのか。自分はこんなにも、無様に地面に身体を投げ出して――諦めてしまっている。
でも彼は諦めない。
――ヘイル、さん。
彼の表情が、発言が走馬灯のように思考をよぎっていく。そして、いつしかサクラは、その拳を力強く握り締めていた。
その気持ちが湧き上がったとき、サクラは驚いた。
それは、瞬く間に肥大し、サクラの心に充満する。その力強さに、身を任せる。
吹き荒ぶ暴風のように――その感情は行動へと直結する。
――諦め、無い!
いつしか身体の痺れは取れていた。サクラは素早く身を起こすと、大きく手を広げる。
「――ヘイルさん!」
「――サクラッ!!」
そして、攻撃を加えようとしているジンオウガよりも速く――ヘイルはサクラを抱き締めた。
ずどん、という音を背後に、ヘイルとサクラは慣性でごろごろと転がりながら、しかしヘイルはサクラを抱いて素早く立ち上がった。そして、その戦場を一目散に走り抜けた――逃走である。
目をギュッと瞑り、サクラはヘイルにしがみつく。そしてその暖かさに、サクラは自分の生を実感した。
◇
「ほら、ガンランス、拾ってきたぜ」
そういって、キャンプ地に帰ってきたヘイルの手には、近衛隊正式銃槍。サクラはそのシンプルなフォルムのガンランスをみて、ため息をつき安堵する。
「ありがとう、ございます……」
もうとっくに夜の帳は落ちてしまっている。その闇の中で、ぱちぱち、と燃える焚き火だけが光源だ。
その柔らかいオレンジ色の中、サクラは膝を抱え、座っていた。
「すみませんでした……」
「ん、ああ……」
小声で言うサクラに、ヘイルは座り込んで焚き火に枯れ木を放りこみつつ答える。
「まあ無事に抜けられたんだ。たいしたことねぇよ」
そのヘイルの言葉を聞いて、サクラは虚しさで胸がいっぱいになる。
その思いを、少しずつ、ヘイルに吐いた。
「私、このまま戦えば、勝てる……、って思ったんです」
その独白を、ヘイルは火を見つめながら静かに聴く。
「なんだ、大した事無い……、って。ヘイルさんがいなくても、独りで十分に倒せるって……思いました。でも――」
大きく息を吸い込むと、サクラは息が詰まりそうな声で言う。
「――怖かった……!」
ヘイルは、そのサクラの文脈の整わないセリフを聞きながら、自分の中で噛み砕いていく。
ヘイルはサクラに聞く。
「怖かった、か……」
「あの日、ジャンゴを殺したあいつは、青い光を纏っていました……。私は、今日戦っている最中に、もしかしたらあの日のジンオウガではないのじゃないかとも思っていたんです……でも、それは勘違いでした……」
――ジンオウガの超帯電状態。
二人は知らないが、あの牙竜は周りの雷光虫を磁気を使って身体に集め、その電気の強さを数倍にも高めるという奥の手があるのだ。その電気を纏った状態になると、青い雷光を身に纏い、スピードもパワーも全てが増す。
サクラはその超帯電状態のジンオウガだけを知っていたのだ。
「大言壮語を吐いても、結局私は"あれ"の前に、なす術なんてありませんでした……」
そういって、サクラはまた黙り込む。
ヘイルは、そのサクラを眺めながら、思う。――彼女を、あれほど無謀な突貫に至らせた原因は、自分にもある、と。
彼女の母に、申し訳が立たない。
それに、サクラの思いも、自分が踏みにじったようなものだ。
そう思うと、ヘイルはその口を――重たい心の扉を開いた。
「――俺は……、実はこの村でハンターなんてやるつもりは無かったんだ」
その声にサクラは思わず顔を上げる。
その反応にも構わず、ヘイルは続けた。
「何か違うことをしようと思って、この村にきたんだ。何でもいいから、力仕事でも始めようって……。でも、結局俺は武器を振るうしか能が無かった。……サクラをダシにして、コイツを振り回すことを正当化しようとしたんだよ」
そういって、横に置いた無骨な鉄塊を撫でる。
「俺はそうして、誰かのためになれるんだって、俺の武器が誰かを救えるんだって……実感したかったんだよ……」
ヘイルの表情が、少しずつ歪んでいく。
そのヘイルの様子を、サクラはじっと静かに見つめる。
「でも、結局間違った。サクラを近くで支えてあげようって、思ってたんだけど……結局こんなことになるまで俺は何もできなかった……。ボルボロスを倒した時だってそうだ、全てが裏目に出て…………。下手糞なんだよ……、戦うことは出来ても、……人と関わるのは」
「どういう、ことですか……?」
「――俺は、ずっと独りだったんだ」
「……独り」
サクラはその意味を考える。しかし、思い当たることは無い。
ヘイルはそれに答えるように、また話し始める。
「親は、俺が子供のときに死んだ……。でも不自由は無かった、俺の面倒を見てくれる人だっていた。……その人たちはハンターで、村の英雄とまで呼ばれていたんだ。……だから俺もそれを目指した。彼らのいる所に行きたかった、少しでも近づきたかった。でも……」
そういって、ヘイルは一呼吸置いた。
「――俺の目の前で、食われて死んだ」
サクラは、ひゅ、と息を呑んだ。
「それ以来、俺は復讐に身を任せた。でも弱い俺はその復讐に理由付けしたんだよ――その人たちの代わりに、村を守るって……。でも結局それは俺の独り善がりだった。村の人たちも、仲間達も皆、俺がおかしいってわかってたんだ。……でも、それに俺自身が気付くのに、何年も掛かった」
ヘイルは小刻みに震えている。
頭を抱え、まるで恐ろしさに耐えられない子供のように。
「結局、何年もかけて得たものは何だ! ……俺は、友人も、仲間も、人望も、大事なものを何もかも失って、……残ったのは、このスラッシュアックスだけだ……」
そういって震えるヘイルは、これまでサクラの眼に映ったヘイルとはまったく違った。
ニヒルでも、冷酷でも、慈悲深いわけでもない。……弱々しい、子供。
サクラは納得した、これが本当のヘイルの姿だと。多重の仮面で身を隠して、芯の方で震えて縮こまっている、寂しい子供がこの人の本当の顔。
小刻みに震えるヘイルが、涙を流す。その雫は、ヘイルの頬を伝い、ぽたりと地に落ちた。
「……泣いているんですか?」
それにヘイルは答えず、いやいやと、頭を振った。
「サクラ……、俺のほうが怖いんだ……。まるで昔の俺をなぞるように、サクラが復讐に染まっていくのが……。サクラがその終わらない闘争に身を投げ込むのが……。――サクラが、独りになってしまうのが」
ヘイルは、怖いと頭を押さえ、震える。
それを見ながら、サクラは思う。――本当に下手糞だと。普通、他人にここまでさらけ出せるだろうか。これまで彼は悩みを打ち明けることさえも出来なかったのだろうか。
――そして、ほぼ無意識にサクラはその胸にヘイルを抱き寄せた。
「……サクラ?」
そういった行動を無意識に起こしてしまった事に驚きつつも、サクラは子供をあやすように、その背中をさする。
「あなたは……私と同じだったのですね……」
サクラは自分でも信じられないような優しい声で、ヘイルに語りかける。
奇妙な親近感の理由もわかった。二人とも、大事な何かをなくして、それでももがいて、足掻いていたのだ。
ただ、ヘイルのもがき方は一生懸命すぎて、自分を逆に沈めていっていたのだろう。
「……俺が、サクラと同じなわけが無い。サクラはまだ大丈夫だよ」
ヘイルは少し落ち着いたようだ。しかしその姿は、サクラが強いと思いこんでいたヘイルとは、まったく逆だった。
その声に、サクラも返す。
「――ありがとうございます」
「ありがとう……? 何が……?」
――サクラは、確かにジンオウガを絶対殺してやりたい、と怒り狂う自分が腹の裡にいた。でも同時に、無理だと、不可能だとずっと小声で言っている自分も、同じところに潜んでいた。
ランクを上げるまでに普通何年も掛かることは、サクラも知らない訳ではなかった。
そういった"弱さ"が、ジンオウガに追い込まれたときも出てきて、彼女は、一度死を甘受しようとしたのだ。
サクラは、ヘイルの顔を上から覗き込む。
「――あなたは、私を諦めないでいてくれましたね」
サクラは、その無表情に、少しだけ、ほんの少しだけ微笑を混ぜた。ヘイルはそのことに驚き目を見開く。
そのヘイルを見ながら、サクラは、確信したような顔で告げる。
「やっぱり、……私はジンオウガを倒したい、です」
ヘイルは無言でサクラを見上げる。
「いや、倒さないといけない、です。……じゃないと、私の中に巣食っている"弱さ"が消えてくれません」
でも、と続ける。
「私だけでは…………、独りでは、倒せません。だからヘイルさん。――あなたの力を貸して欲しい」
「…………俺の」
「私は、他の誰でもない、あなたのその無類の力を求めています。だから――」
助けてください、とサクラは言った。
同じセリフを言っているのに、その声には、かつてヘイルに当り散らした影など一切無い。
そしてそのサクラの声に、ヘイルの中の強者がゆっくりと立ち上がる。
かつて、自分が求めた声。――求めて止まなかった声。助けを求める声。
ヘイルは、何もわからず、がむしゃらに武器を振り回し、それで村や人を救った気になっていた自分を呪った。しかし、それでも――自分を呪い殺そうと思ったとしても、本当の望みは消えてくれなかった。
――ハンターになりたかったわけじゃない。ハンターになって、何かを成したかったのだ。
何も成せなかった自分と比べ、死んでいった仲間達は多くの人々を救っていた。だからだろうか、いつしか自分が彼らを実力で超えていたのに、何も勝っていないように感じたのは。
――しかし、初めて、望みが叶う。
いくら武器を強化しても、いくら敵を屠っても、どれだけ渇望しても得られなかった――人からの信頼。ヘイルは喜びに打ち溢れる。
嬉しい、嬉しい。この子の――サクラの想いのために、この命を燃やし尽くせれば、どれだけそれは……。
ヘイルのその瞳は闘志に燃え、爛々と輝き始めた。灼熱の熱風のようなそれは、背中から追い風のように吹き始めている。
サクラの腕を、優しく、ゆっくりと払うと、ヘイルは立ち上がる。
「ヘイルさん……?」
「――ヘイルでいい、サクラ」
その視線は、もう弱さなど孕んではいなかった。サクラが始めてみたときのような、熾烈な存在感。圧倒的な強者の風貌。
ヘイルはコートを翻すと、スラッシュアックスを背中にさす。
「サクラ、俺は君のことを、今まで会ってきた誰よりも信じる。だからサクラも、俺のことを信じてくれ」
「は、はい、もちろんです! ヘイル!」
何でこんなことを平気で言えるんだろうか、本当に下手糞だ、とサクラは思いながら返事をする。そう思うサクラも、顔が火照るのを隠さず、自然と笑みが出ていることに気付いていない。
「――なら勝てる。俺たちは負けない」
そういって、ヘイルは前を見据えた。その猛禽類のような鋭い眼で、進むべき道を見つけたかのように。
◇
時刻は深夜。
明け方まで休憩を取るという選択肢も二人には考えられたが、それよりもジンオウガのダメージが残っているうちに叩くことを優先した。
というのも理由がある。ヘイルが気付いたことだが、ジンオウガが超帯電状態になっているとき――回復しているように見えたのだ。少しずつだが、壊した背中の棘が再生しているようにも見えた。それならば、並みの竜達よりも回復が早いかもしれない。
ヘイルがひそかに当てていたペイントボールの匂いだけを頼りに、二人は森の中を歩く。
そしてその匂いは、ジンオウガが近くにいることを示すように、徐々に濃くなっていった。
「……近いな」
「はい……」
二人は小声で会話する。
そして、少し開けた場所に躍り出た、そのときだった。
帯電は解けているものの、依然としてその巨体は王者としての風格を漂わせ、そこにいた。
――ジンオウガ。
向こうも二人に気付いたらしい。きょろきょろと辺りを見回し、確認している。ヘイルはその様子をみて、居場所がばれるのも厭わずサクラに話しかける。
「サクラ……俺たちは二人で同時に戦ってはいたが――二人で一緒に戦っているわけではなかった」
「ええ、大丈夫です。全部言わなくても、承知してます」
そのサクラの様子に、ヘイルは微笑を浮かせる。そして、何の合図も無いまま、風のように走り出した。びゅおう、と耳元で空気が唸り、景色が収束していく。
目標、ジンオウガ。
おおおおお、とジンオウガが雄叫びを上げる。その様子に構わず、ヘイルはその巨大な身体に――スラッシュアックスを叩き込んだ。
しかし大きな傷には至らない。纏った体殻がそうはさせてくれない。
「……硬い、か」
そう口の中で呟きながら、ジンオウガの攻撃を避ける。鋭い爪が空を切る。
構わず、ヘイルはジンオウガの真正面を維持し続ける。スラッシュアックスを振り回し、怒涛の連続攻撃がジンオウガを襲う。
しかしそれでもジンオウガはひるむことは無い。その身体を弓なりに仰け反らせた。
――回転攻撃。
一度攻防を交わしていたヘイルはそれを見抜く。……見抜くは良いが、対処は出来ない。大きく回避するか、そう思った。
「ヘイル!」
しかしその言葉でヘイルは動く。ひらり、と身をかわし、その大きな盾に隠れた。
サクラが地面にずっしりと根を張り、待っていたのだ。
ヘイルは俊敏に後ろに回ると、そのサクラの身体を支える――襲い来るは衝撃。
がつん、と大きい音と共に衝撃が走り、そのあまりの攻撃力に二人して土を抉りながら後退する。――しかし、それだけだ。
ヘイルは、サクラの盾から勢いよく飛び出すと、挙動の遅れたジンオウガに重い一撃を与える。そしてその間を狙うかのように、サクラが長い槍で横腹を穿つ。
――二人で分散して戦うのではなく、二人して縫う様にして戦う。
それは確実にジンオウガを消耗させ、ダメージを与えていっている。
ヘイルが大きく回避すると、その隙を狙いサクラのガンランスから爆炎が噴出しジンオウガを押し戻す。サクラが防御すると、その隙を狙いヘイルがジンオウガの背後を叩く。そういったふうに、間の無い攻撃が立て続けにジンオウガを襲い、疲弊させていった。
――しかしそれで終わるジンオウガでもない。
「来ますっ!!」
サクラのその声に、ヘイルは動きを止めて観察する。
ジンオウガは大きく後退すると、その身体を屈め、地に這い蹲る。これは――超帯電状態のチャージか。
思うが早いか、ヘイルは動き出していた。敵から大きく離れるこの挙動……、もしかしたらかなりの集中力を使うのかもしれない。ならば――
爆風のように、ヘイルは走る。
スラッシュアックスを担いでいるというのに、そのあまりのスピードにサクラは驚く。何度見ていたとしても簡単に慣れるものではなかった。
そして、ヘイルはそのダッシュの慣性も加え、大きく円を書くように地をすべる。
まるでコマのように、足を軸にしてスラッシュアックスを横に倒し――そして振り抜く。
――ずがん、とそれが寸分違わずジンオウガの顔面に叩きつけられた。ジンオウガは堪らずチャージを止めるが、ぼんやりとだがその身体が光っている。少し遅かったようだ。
「チッ――――」
ヘイルは口の中で舌打ちする。
そしてジンオウガは戦場を駆け回り始めた。
怒りか焦りか、出鱈目に縦横無尽に走り出し、うかつに手を出せなくなってしまう。
ヘイルは回避しながら様子を見ている。
――しかし、サクラは違った。
サクラのその武器は、槍でありながら、銃。銃であるならば、敵の動きなど関係無い。――当てればいい。
サクラ目掛けて突進するジンオウガ。それをサクラは確認しながらも動かない――盾すらも構えない。その様子にヘイルは急いで声をかける。
「サクラッ!」
サクラはジンオウガの向きとは垂直に、向かって横に身体を向ける。
そして、ジンオウガとの軸を僅かにずらし、タイミングを見計らって……
――砲撃。
サクラはその砲撃の反動によって、身体の軽さもあってか、大きく後退させる。そして、その後退で――ジンオウガの突進を避けたのだ。しかし爆炎はジンオウガを直撃し、ジンオウガは堪らず疾走を止めて転ぶまいとたたらを踏む。
回避しつつ、爆炎でのダメージを与える、ガンランスの高等技術。それをサクラは何も知らずやってのけたのだ。サクラの才能にヘイルは舌を巻く。
そんなヘイルにサクラは意味深な笑みを返してくる。その様子にヘイルも苦笑するしか他にない。
しかし、ジンオウガも素早かった。
体制が崩れたのを利用して、大きく跳び退る。そして――あのポーズ。
「チッ……ダメか」
「間に合い……ませんか……」
両者から同時に声が聞こえ、次の瞬間には――雷の壁が立ち上る。
――超帯電状態。
一度失敗した分、二度目のチャージは早かった。ヘイルは格段に上がったろうスピードを警戒し、スラッシュアックスを静かに構える。
「さてサクラ、――ここからが正念場だ」
「ええ、そうみたいですね」
「ああ、しかもこのまま消耗戦に入れば、こちらが圧倒的に不利だ」
ヘイルの皮肉気な笑みも、すこし元気が無い。
それもそのはずだ。元々、ナルガクルガとの戦闘で道具なども少なからず消費している。疲労だってそうだ。このまま超帯電状態のジンオウガと向き合い続けるのは得策ではないのは確かだろう。
だとすると、二人が取れる行動は……。
「短期決戦を望みますか……」
言うが安い、とはまさにこの事ではないだろうか、とサクラは目をしかめる。
そんなサクラに、ヘイルは神妙に返す。
「……"アレ"を当てる」
「なるほど……」
サクラの頭に浮かぶのは、ヘイルと初めて会ったとき、そしてボルボロス戦のとき。――そう、あの竜巻だ。
しかし、アレを当てるには、サクラのようなビギナーでさえわかる条件がある。
相手が、疲弊していたり、罠に掛かっていたり――とにかく、動きが止まったときを狙わないと絶対に避けられるのだ。いくら人より知能が低かろうと、アレを避けずに受けようとするものはいないだろう。
そういった問題も、もちろんサクラだけではなくヘイル自身がよく知っている。
「頼む、アイツの動きを――一瞬だけでいい、止めてくれないか」
その問題解決策が、これだ。
決して、独りのときに取れなかった選択。
パーティーで戦うことの多様性に、ヘイルは考えながらも驚いていた。
そしてサクラは無表情で、まるで本気で言ってるように答えた。
「わかりました。一瞬とは言わず、永遠に止めて見せてもいいですよ?」
「そんな口が叩けるなら大丈夫だな。さて、来るぞッ――!!」
ごう、と音を立てながらジンオウガが――降ってくる。
刺々しい背中を下に、ボディプレスを放ってきたのだ。しかし、そのような攻撃に当たる二人ではない。素早く回避すると作戦通りに行動する。
ヘイルは少し踏み込みを浅く、タイミングを見計らう。
サクラは大きく踏み込んで、砲撃を主体に攻撃パターンを組み立てる。
しかしジンオウガも強い――超帯電状態のスピードとパワーに二人が押されていく。それでもなお、サクラは諦めず踏ん張っていた。
そしてそのときが――到来した。
「つ……」
ジンオウガはそのスピードとは反対に、攻撃後の隙は大きい。攻撃の挙動が大きくなれば、隙も比例して大きくなる。そしてその隙だらけの瞬間を、サクラは穿った。
回転攻撃。それをサクラは盾で受けず――避ける。
ギリギリ、頭上を掠める尻尾に肝を冷やしつつも、いつもより余裕が出来た時間にその長大な銃身をジンオウガの顔面に向けた。
――爆炎。
オオオ、と呻きを上げてジンオウガは少しの間だけ止まった。
そして例によってその程度の時間で十分だった。
ヘイルは、サクラが勝負に出ることを予知して、既に助走を始めていたのだ。――もし予測が外れたなら自らが危険に立たされると言うのに、ヘイルは平気で行った。それは一か八かのギャンブルなどではなく、彼はサクラを信用していたのだ。
気付けば、ヘイルは空中で回転していた。
ボルボロスのときに見せた横回転ではなく――縦に車輪のように高速回転する。その速度は見るからに増していき、その黒い風の中で、赤い火花が爆ぜた。がつん、という音と共に、スラッシュアックスが可変したのだ。
ジンオウガはまるで、夢を見ているかのようにそれを見上げる。
そして、その暴風がジンオウガに叩き落される――。
――ギギィッ!
「なっ――!」
その金属が擦れるような音に、サクラは目を見開いた。
――ヘイルの攻撃より、超帯電状態のジンオウガのスピードのほうが勝ったのだ。
端的に言うと、ギリギリで避けられた。
ヘイルの懇親の一撃は、ジンオウガの顔面にぱっくりと裂けた傷を負わせたが、それだけだった。うまく当たっていれば頭蓋ごと破砕したとしても、避けられれば意味は無い。