ヘイルストーム   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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ドラゴンバスター(5)完

 急いたか……、ヘイルは考える。

 下位のモンスターならば、この武器と、この威力さえあれば一撃で屠ることが出来ると確信していたが、確信していたがために頼りすぎた。このジンオウガというモンスターを舐めてかかっていた。

 ジンオウガも万全の状態ではなかったが、瀕死で動きづらかったわけでもない。避けられることも考えていなければならなかった。

 

 そう頭で悠長に考えるも、しかし体はそうはいかない。

 攻撃を放ち、その隙での硬直で、ジンオウガの前を離れられない。最悪のパターンだ。

 

 ――そして、ジンオウガの爪がヘイルに閃く。

 

 ヘイルの防具は、例の竜巻を放つために極限まで軽量化されている。万が一、攻撃に当たったときに即死を免れるため、という名目で着ていると言ってもいい。そしてその上で、いくら下位でも、ジンオウガの攻撃を食らいヘイルが無事に済むはずが無い。

 

 思考は一瞬。

 大怪我か、それとも……。

 そうやって天秤にかけて――ヘイルは武器を犠牲にすることを選んだ。

 

 剣状態のスラッシュアックスを、まるで大剣のガード行動のように掲げ、ジンオウガの爪を受ける。

 

 ばきん、と呆気無い音と共に、ヘイルが長年連れ添ったスラッシュアックスは、半ばから砕けた。折れ曲がるわけではなかったところを見るに、やはり構造的に横からの衝撃には弱かったのだろう。

 しかし、それも虚しく、ジンオウガの次の攻撃が襲い来る。

 

「チッ……」

 

 避けられるだろうか、とヘイルは考える。――答えは、不可。まるでジンオウガが、武器でガードしてくることを予測していたかのように攻撃を振ってきた。

 ジンオウガの鋭い爪を見ながらヘイルは、奥歯をかみ締める。

 万事休す、とはまさにこのことだった。

 

 ――そのヘイルを見ながら、サクラは走る。

 

 そして、ヘイルのことを思い出していた。

 

『あはは、気にしなくていいよ。……ていうか、"ありがとう"はいらない』

 

 そう言って快活に笑って見せた、その顔を。

 そのとき彼は、形だけは笑っていたが、雰囲気はとても寂しそうだったことも覚えている。……いや、寂しいというよりも、孤独感といったほうがいいだろうか。

 

 仲間同士助け合うことは当たり前だから、礼なんていう必要は無いとそう述べた彼は、もしかしたらこれまでの仲間達にもそう言ってきたのかもしれない。

 サクラはずっとそれは、ヘイルの、深く信じあえた仲間達との間のルールだったのだろうかと思っていた。しかし、もしかしたら――逆に、深く関わらない相手への、他人行儀な態度だったのではないだろうか。

 

 一狩りだけの仲間達との、お互いに深く干渉しないための予防線。

 だとしたら、ヘイルの生きてきた世界は、酷く寒々しい所だったのかもしれない。サクラはその想像に寒気を覚える。

 

 ――ただ、集い。

 ――ただ、殺す。

 

 その集団の中にヘイルが身を投じて、そして戦場を走ってきたというのなら……ヘイルが語った孤独の理由も、サクラはわかる気がした。

 

 ――でも。でもだ。

 

 今のヘイルは、サクラを信用し、そして戦っている。

 例え実力が及ばなくても、それでもサクラはヘイルのために、動きたかった。

 

『だってそのうち、サクラに助けられる時も来るだろうからな』

 

 そう言い、シニカルな笑みを向けるヘイルを思い出す。

 その一言は、冗談なのか、はたまた本気だったのか、サクラにはわからない。しかし、その言葉は何故か耳に残っている。

 あの時はただ、疑問だった。

 

 ――自分が、ヘイルを助けられるときが来るのだろうか。そういった疑問だ。自分がヘイルの隣に立って、そしてヘイルと互いに助け合える関係になれるなんて思いもしなかったし、今も足を引っ張っているのが現状である。

 

 それでも、今は――

 

「ああああぁぁぁッ――!!」

 

 助けたい。

 自らの力で、彼のために。

 

 そのサクラの思いは、弾丸のように、心の裡で炸裂して、一直線に飛んでいく。

 その思いを体現するかのように、ガンランスが光り、一瞬だけ、命を宿した。

 

 ――銃槍と一体になったサクラは、ジンオウガの横腹に突き刺さる。

 それでも、彼女の懇親の力を込めた一撃でも、ジンオウガは揺らぐことは無かった。悠然と立ち、ヘイルに攻撃を仕掛けようとしている。

 

 ――舐めるな! サクラは心の中で叫んだ。

 

 お前の敵は、彼だけじゃない。――他でもない、私がいる。

 サクラの心に巣食っていた、復讐の思いも、虚弱な思いも、全て吹き飛ばして――サクラがその眼球に灯った炎を一層激しく燃え上がらせる。

 そして、トリガーを引いた――。

 

 ――爆音。

 

 ガンランスの通常の砲撃では有り得ない音が、深夜の森林に木霊した。

 二倍、いやそれ以上。その音の大きさは、耳が一瞬聞こえなくなるほどのものだった。

 

 それもそのはずだ。

 サクラのした砲撃は、通常とはまた違ったもの。ガンランスの機能の一つである――フルバースト。

 現在装填されている弾丸を全て、一度に吐き出すという無茶な技である。無茶であるが、至近距離で当てたときの攻撃力は絶大だ。

 

 ――ジンオウガの身体が揺れる。

 

 見るに、ヘイルに攻撃は出来なかったようだ。

 サクラのガンランス――近衛隊正式銃槍はもうボロボロだ。フルバーストでさえも負担になるというのに、更にジンオウガにゼロ距離で使ったことが祟った。

 

 炎熱に晒された刃は崩れ、ランスとしての機能は無いに等しくなる。

 ガンの部分も――弾丸を全て使い切ってしまった今となっては、残念だが機能停止する。

 

 ――つまり、サクラの持っているものはただの、大きい筒に成り果てた。

 

 ジンオウガは、その身体を傾げていく。

 それを睨みつけながら、サクラは願う。

 

「……倒れろッ…………!」

 

 現在、ヘイルのスラッシュアックスは大破。戦闘継続――不能。

 同じく、サクラのガンランスは中破。戦闘継続――不能。

 

 サクラの頭の中で、冷静に分析された結果は悲惨だった。だからこそ、ジンオウガにはここで倒れてくれなければいけない。――そうじゃないと、二人に未来は無い。

 ジンオウガは次第に、地面に近づいていく。

 そして――。

 

 ――倒れまいと踏ん張った。

 

「ッ…………!!」

 

 サクラは痛いほどに奥歯をかみ締める。

 ジンオウガは、苦痛に顔を歪め、荒い息を吐き出している。しかし、それだけだ。まだ動ける。そのうち、痛覚と折り合いをつけて、戦意を取り戻すだろう。

 

 こちらは、戦意はあろうと、互いに武器が破損している状況だ。――戦いたくても戦えない。

 しかし――諦めたくない。サクラはそう強く思った。

 決して、自分を諦めたくないと、ヘイルを見ながら願ったのだ。

 

 そして、ジャンゴの最後を思い出す。

 いつもの、兄のような優しい笑顔で、慈しむように自分を見ていたジャンゴ。彼は最後の最後に何を思ったのか、サクラに知る術は無い。

 だからこそ、この願いは貫徹したかった。

 サクラは思う――ジャンゴの言葉も、笑顔も、優しさも――もう取り戻せはしない。だとしても、ジンオウガには倒れて欲しい。復讐ではなく――乗り越えたい!

 

 ――その思いに呼応するように、温かい風がサクラを包んだ。

 

「……えっ?」

「……まだだ、サクラ」

 

 いつの間にか背後にいたヘイルが、サクラの身体を抱くように支える。フルバーストの影響で痺れた腕と手も、上からヘイルが腕を重ね、支えてくれるおかげで何とか踏ん張れる。

 しかし、それが何だというのか。サクラはヘイルに問う。

 

「しかし……もう打つ手が…………」

 

 そのサクラを覗き見て、ヘイルは不敵な笑顔を作った。

 

「おいおい、まさか忘れてんのか――"ガンランサー"」

 

 そして、はっとする。サクラはその言葉で、天啓のように一つの事を思い出した。

 

「最後だぜ、サクラ。気張れよ……?」

「……ええ、あなたこそ」

 

 ジンオウガは、まだ身体のバランスが取れないのか、動けないようだ。

 そして、その動けない身体に。フルバーストを受けた横腹に。毛皮や甲殻が剥がれ、露出した肉に――二人はガンランスを突き込んだ。

 例え刃が無かろうとも、銃身だけでもその抉れた腹には簡単に刺さる。

 

 ――ジンオウガが苦悶の叫びを上げる。

 

 それを聞きながら、ヘイルが、痺れて動かないサクラの指の上から、トリガーを握り込んだ。

 ジンオウガは、激痛からか、その身体を揺らす。――しかしダメージのせいか、大きく動くことは出来ないみたいだ。

 

 それでも抜かすまいと、二人が踏ん張り、ガンランスでジンオウガを押さえ込む。

 そして――。

 

「――うおあああああぁぁぁぁッ!!!!」

「――せああああああぁぁぁぁッ!!!!」

 

 反動に耐えるため、二人は懇親の力を込める。

 そう――ガンランスの代名詞である、"アレ"を撃つのだ。

 しばらく発砲準備の隙を要するが、ガンランスの最大威力を誇る、ガンランサーの主砲。

 

 ――"竜撃砲(ドラゴンバスター)"

 

 こおお、と篭った音をたてていた銃身が――爆発した。

 

 耳を突き抜ける爆音。

 真っ赤に焼け付く視界。

 そして――衝撃。

 

 フルバースト、竜撃砲と立て続けに放ち、そして疲労やダメージもあり、サクラは意識を手放した。

 

    ◇

 

 サクラは目が覚めると、視界が上下していることにまず気が付いた。

 

 ここはどこだろう、何がどうなったのだろう。

 そう思って、まず自分がどこでうつ伏せに寝ているのかを確認する。

 ――ヘイルの胸の上だった。

 

「……………………。~~~~ッ!!」

 

 しばらくボーっとした後、サクラは顔を真っ赤にさせ動揺する。

 そのサクラの様子にヘイルも気付いたのか、サクラに声をかける。

 

「お、起きたか」

「――あqwせdrftgyふじこ!!!」

「落ち着けって……。いてぇ! 止めろ!!」

 

 竜撃砲の反動で、二人して吹き飛んだのだろうか。サクラは焦ってそこから飛び起きようとするも、どうにも疲労からか身体が動かない。

 ジタバタとしばらく格闘するが、努力も虚しく立つことは出来ない。なので仕方なく――動けないのでしょうがなく、ヘイルの胸元に再び収まる。

 ムスッとしているサクラを上から眺めるようにして、ヘイルは言う。

 

「いてて……。お、お前、顎に当たったぞ」

「ふん、それよりも、この状況は何です――っていうか、ジンオウガは!?」

 

 ヘイルは前方を指差す。――そこには二人のように、寝そべった姿勢でジンオウガがいた。しかし、明らかにヘイルやサクラと違うのは――もう二度と動かないこと。

 その様子をみてサクラは、視線をヘイルに戻す。

 

「ということは……もしかして…………」

「ああ――勝ったんだよ。お前は」

 

 サクラは一瞬呆ける。

 しかし、すぐ自分を取り戻すと、無表情だが意味深な表情でヘイルを覗き見る。

 

「いえ、勝ったのは――私"達"です」

「あはは……そうだな」

 

 そして、二人を包むのは夜の静寂。

 

 完全な無音ではない。夜行性の鳥の鳴き声、擦れる木の葉。そんな音が森から聞こえる。

 空には星が瞬き、大きな月が二人を照らしている。

 

 ――ああ、今日は満月か。とヘイルの胸当てに映る光に、サクラは思った。

 

 何分だろうか。お互いにしゃべる事も、動くことも無く、静かな森の真ん中で、二人寄り添い寝そべっていた。ジンオウガという光源が消え、夜の闇に閉じたこの場所にいると――世界に二人だけのようだと、互いに思った。

 その静寂を切り裂いて、ヘイルがぼそりと呟いた。

 

「仲間と戦う、ってのは、こんなにもすげぇ事だったのか……」

 

 サクラに語りかけているようで、独り言のようにも思える。

 サクラはヘイルの様子をちらりと覗き見て、そして返答した。

 

「凄い、ですか。……そうですね。凄いですね」

「ああ、すげぇ。他に何て言ったらいいか……俺にはわかんねぇ」

 

 ヘイルは、視線の先――遥か大空の星々を眺めながら、呟いている。

 

「あの時――俺は死んだと思った。死んでもおかしくなかった」

 

 思い出されるのは、スラッシュアックスが大破したあの瞬間。瞬きをする間に、大怪我を負うか、死ぬか、そんな分かれ道にヘイルは立たされた。

 その分岐路をぶち壊したのは――サクラだ。

 

「お前が助けてくれたおかげだ。――ありがとう」

 

 その一言に、サクラは心にこれ以上無いほどの幸せが満ちる。しかし、彼はかつてこう言ったはずだった。

 

「礼はいらないのでは……?」

 

 その台詞を受けて、ヘイルがくすりと笑う。

 

「いや、やっぱり必要だわ。言いたいもん、俺が」

「ふふ、でしょう?」

 

 そして二人してくすくすと笑いあった。

 そうやって、満足するまで笑いあった後、ヘイルの暖かさの中、サクラが思う。

 

 最初の復讐心も、ヘイルが竜巻のように巻き上げて、どこかに吹き飛ばしてしまった。戦いたいのに、逃げたい、そんな矛盾した想いを抱えて戦っても、絶対に勝つことは出来なかっただろう。

 だから、この勝利は、ヘイルのおかげだ。

 二人で戦って、そうして、勝ち得た。

 

 ――星を見つめるヘイルを、サクラは気付かれないように、そっと覗き見る。その目は、優しさや嬉しさの中に、ほんの少し、"熱"を抱えていた。

 

 サクラは、まるで宝物を見る子供のように、その瞳をヘイルに向けながら、呟いた。

 

「――違わなかった、です」

「あん? 何か言ったか?」

「いえ、何も」

 

 急にスンとしたサクラを見て、そっか、とヘイルは呟いて、また空を見上げた。

 

   ◇

 

 さあ行かん、とばかりに意気揚々と出発しようとしていたジンオウガ狩りのパーティーに、ヘイルは平謝りした。まだ出発していなかったからいいものの、やはり目的を先に倒されてしまっていては相手も面白くないだろう。

 しかし、全然余裕っしょ、と、にこやかにこちらを許してくれた彼ら。ヘイルには爽やか過ぎて直視できなかった。陽キャはいい奴だから陽キャなのだ。

 不満一つ漏らさず、逆に今から飲めるんじゃね? 行っちゃいますか?  などと談笑しながら去っていくチャラついた四人組みの背中が眩しすぎて、ヘイルの目に涙が滲んだ。

 

 そんなこんなで色々な手続きを済ませ、サクラとヘイルは風呂に入ることにした。せっかく集会浴場に来ているからついでだ。

 しかしやはり混浴というものに慣れないヘイルは、恐々としてはいた。

 

「――私がハンターを始めたのは理由があります」

 

 そう切り出したサクラに、ヘイルは耳を傾ける。

 

「その、私の父が、大の武器好きだったのです」

「武器好き?」

「ええ、武器好きです」

「ハンターだったのか?」

 

 その問いに、サクラは首を横に振る。

 

「ただの旅館の従業員でした」

「……ああ~」

 

 ヘイルは寝泊りしていた宿を思い出す。確かあのときにサクラが、この旅館の経営者と顔見知り、というのは聞いたことがあるような気がするのだ。

 それにしても、ハンターでもないのに武器が好きなんて、物騒な趣味だ、とヘイルは思った。

 

「それで、その武器を使ってみたいと思ったわけか……」

「ええ――かつて幼かった私は、父がコレクションしていた武器の一つの、ガンランスのフォルムと、存在理由に惚れこんでしまいました」

 

 コイツも変わった奴だ、とヘイルはサクラの顔を見ながら思う。その顔は風呂に入っているからか、紅潮して色っぽく、ヘイルはすぐに目を背けた。

 

「かつて、か……。親父さんは、もう……?」

「ええ……」

 

 サクラは少し俯いて、それでも毅然とした雰囲気で続ける。

 

「――父は、愛人を作って村を出て行かれました」

「……、え!? 死んでないんだ!?」

「え? 死んだなんていつ言いました?」

 

 いや、親子そろってそういう雰囲気作ってただろ、とはヘイルは言わない。こういうことに言及するとめんどくさくなるのは、これまでのサクラとの会話から知っていた。

 

「どこの村だか忘れましたが、今も元気にしてますよ。『子供が出来たよ。』と先日も手紙が来ました」

「殴りてぇ~……」

「こちらが心配しているとでも思っているんでしょうか。こちらは無視を決め込んでいるのに中々の頻度で送られてくるので、流石の母も最近キてますよ」

「あ、あの温和そうな人を怒らせるとは……」

 

 何がキてるのか最高に聞きたくないし……、とヘイルは風呂だというのに震え上がる。

 そのヘイルを身ながら、サクラは一拍置いて、また話し始める。

 

「――それでも、私の父はあの人だけですから」

「…………そうか……、そうだよな。親父……か」

 

 そういってヘイルは遠い目をする。その目は、どこを見ているのか、"いつ"を見ているのか。

 そのヘイルの様子を伺い、サクラは言う。

 

「というわけで、父の影響でハンターを始めたわけです。終わり」

「……どうして話そうと思ったんだ?」

 

 その疑問に、サクラは顔を赤らめながら答える。

 

「その……、ヘイルが、昔の話を聞かせてくれたので、私も話そうかと……」

「あはは、お前って変に律儀なとこあるよな」

 

 変って何ですか、と怒りながらヘイルをどつくサクラ。

 いてぇ、いてぇって、と半泣きになりながら抵抗するヘイル。

 お互いに、楽しい時間だった。

 

 ――そして、サクラがわざとらしくせきをすると、立ち上がる。

 

「おほん……、それでは、私はジャンゴに報告してきますね……」

「ん、ああ。ジャンゴによろしくな……」

「ヘイルは上がらないんですか……?」

「……もう少し、暖まって行くことにするよ」

 

 何かを惜しむようにヘイルを見ていたサクラも、しばらく経てば、そうですか、ではのぼせないようにしてくださいね、と言い歩き出し始めた。

 その小さくなっていく背中を見ながら、ヘイルはこの村に来たときから今までのことを思い出していた。

 いつでも毅然とした態度で、前を見つめていた彼女。ちょっと危ういところもあるが、それも彼女の利点だろう。

 

 ――結局自分は彼女に何かをしてあげられたのだろうか。

 

 そう考えてみるが、それは彼女しか知らないし、わからないだろう。

 でもヘイルは、この充足感が間違いじゃないと確信していた。どうにかうまいこと収まったんだと、どこかで理解できた。

 そして、消える小さな背中を、ヘイルは複雑な思いも綯い交ぜにして、それでも笑顔で見送った。そのヘイルは、とても幸せそうに見えた。

 

    ◇

 

 まず、どこで働くかを考えなければいけない。そう思ったヘイル。

 この村にもかなり愛着が湧いてきた(風呂的な意味で)ので、やっぱり就職するならこの土地がいい。

 

 そう考えながら、早一ヶ月。光陰矢の如し、である。

 

 そんな狩り以外では超甲斐性無しの才能を遺憾無く発揮しながら、ヘイルは今日もだらだらと過ごしていた。

 こういう暮らしをしているのも、そもそもハンターの収入は悪いわけではないからだ。

 サクラと行ったクエストだけで中々の大金が手に入り、贅沢しなければ一年くらいは余裕で暮らしていける状況にある。……普通ならその金も、次の狩りのための道具だったり、装備の点検や修理、強化に消えるのだが、武器の無くなったヘイルにとっては、いまさらどうでもいいことだった。

 

 だとしても、今のままではまずいんじゃないだろうか。そうヘイルは思う。

 

 ハンターを辞められたあと、一年ほどブランクがありますが、何をなさっていたのですか? と面接で聞かれたとしたら、ヘイルはどう答えていいか解らない。――だが、今ならなんとか誤魔化せる。

 そう思いながらも――今日も酒場で飲み食いしていた。

 

 ――サクラとは、あの日を最後に一度も会っていない。

 

 彼女はハンターを止めるといっていたし、会うとしても道端で偶然出くわしたりとか、そんな感じになるだろう。

 次会うときは、お互い何をしているのだろうか。一緒に戦ったあの日を思い出しながら、ヘイルは少しノスタルジックというか、そういう風な感覚になる。このまま会わないことは、寂しいけど、それはいいことなのかもしれないな、そう思って、ヘイルは微笑した。

 

 そうやって昼間から酒を飲んでいたヘイルのテーブルに、どかん、と座りこんできた人物がいた。

 合い席よろしいですか、の一言も無い。どういうことだ、とヘイルは若干不機嫌になりながらその人物を見る。

 

 ――案の定サクラだった。

 

「さ、サクラか……。お前、本当にタイミングいいな……」

 

 サクラは一月前と同じ、屹然とした態度でヘイルに語りかける。

 

「何昼間っから飲んでるんですか。腐りますよ」

「腐ることは無いと思うけどな」

「腐ってますよ」

 

 そのサクラは、何か大きい袋を抱えていた。その袋をごとん、とテーブルに立てかけると、ヘイルを睨みつける。

 

「ヘイル、あなた宿を変えましたね」

「うっ、あ……ああ、変えたとも」

「何故逃げたんです?」

 

 逃げたわけでは、とヘイルは口の中でもごもごと呟く。

 あそこの宿にいては、経営してるじいちゃんから、サクラに行動が筒抜けなのだ。しかし、だから離れたというわけでもないのだが、とヘイルは思う。

 

「まったく、……探しましたよ。ヘイルは、あまり特徴のある人ではないですし……。他の村から来たのに、黒髪で童顔なんて、まるでこの村の男子じゃないですか」

 

 ぷりぷり、と怒るサクラ。

 しかしヘイルは知っている。どんな様子だろうと、サクラは怒っているなら手が出るタイプだ。ヘイルは知らず知らずにうちに縮こまる。

 

「あなたが何故これまで独りだったか、理由がわかりましたよ」

「え? マジで?」

 

 青天の霹靂である。今までの態度を改め、身を乗り出して、聞く体勢にになるヘイル。

 

「ええ、あれこれ理由をつけてましたけど、根本的なものは――圧倒的なコミュニケーション能力の不足です」

「あー、うん……そうなんだぁ!! へぇ~! ははは――そうなんだ…………」

 

 そして目に見えて落ち込んでいる。

 ……話を変えんと、ヘイルが切り出した。

 

「あー、それで今頃おまえは、何か用事でもあるのか?」

「は? どつきますよ」

 

 と言うや否やサクラはヘイルを殴っていた。

 

「いてぇ! どついた後で言わないでくれよ!」 

「次の狩りについて相談しようとしても、気付けばどこにもいませんし、私の気持ちもわかって欲しいですね」

「あ? 狩り? 何で?」

「??」

「……いやサクラ、お前自分で言ったじゃないか。――前のとき、今回でハンターを辞めるって」

 

 

 ヘイルはあの時確かにこう聞いたはずだった。

 

『このクエストが終わったら……、私は――ハンターを辞めます』

 

 そういった時のサクラの表情は、顔を膝に埋めていたので伺えなかったが、冗談で言った雰囲気ではなかった。ヘイルはそう思い出す。

 しかしサクラは目を丸くしてこう言った。

 

「――――え?」

「…………え?」

 

 とても理解してなさそうなサクラの様子に、ヘイルもオウム返しするしか無い。

 

「言ってたろ自分で……」

「……?」

 

 

 

 コクリと可愛く首をかしげて、ヘイルを見つめるサクラ。そのサクラの様子に、ヘイルは思う――コイツ調子よく完全に忘れてやがる。

 サクラはしばらく考えていたが、ふん、と息を巻くとヘイルに告げる。

 

「ま、どうでもいいですね」

「うん、そうですね」

「……あ、そうでした。これを渡したいんでした。――はいこれ、プレゼントです」

 

 そういって大きい袋をヘイルに手渡すサクラ。ヘイルは受け取ったとき、重さに驚いた。見た目よりも重い、というのもあったが、何よりその重さが"持ち慣れた"ような重さだったことにだ。

 ヘイルは冷や汗を流しながら、サクラを見る。

 

「……ええと、その、もしかして」

「うむ? おやおや、気付かれましたか? とにかく開けてみてくださいよ」

 

 ヘイルは恐る恐る袋の口を開け、中身を机の上に取り出す。

 

 ――案の定、スラッシュアックスだった。

 

 期待を裏切らねぇなあオイ! と、ヘイルはひくひくと引きつった笑顔をしながら思った。

 そのスラッシュアックスは以前ヘイルが使っていたような、鉄の塊のような無骨なものではなく、素材の風情をそのままに生かしたデザインとなっている。

 

 ――青の殻に、黄色の刃。間違いなくジンオウガの素材から作られたものだろう。

 

 それを眺めながら、ヘイルはサクラに問う。

 

「……サクラ、おまえコイツに何か思うところは無いのか?」

「……? 何か、とは?」

「いや……、コイツは、"ジンオウガ"には、……なんていうか、執念……みたいなのがあるんじゃないのか? サクラにとったら仇だろう」

「……ふむ」

「だからこの武器に関して、嫌な思いとかないのか?」

 

 ヘイルは、サクラがもしこのままハンターを続けるとしても、ジンオウガの素材は全て売り払うなりなんなりするだろうと思っていた。……他のジンオウガならまだしも、この武器の元になったジンオウガは、ジャンゴを殺した、サクラの仇だ。

 そんなことを思っていたヘイルを見ながら、サクラは鼻で笑った。

 

「ふん、……だからですよ」

「えっと……?」

「死んでからも、利用させてもらうということです。死んだからといって私から逃れられると思われては心外ですね。ねぇ、ヘイル」

 

 そのサクラの瞳は、無表情ながらも毒々しい光彩を放っている。ヘイルはその光に当てられ震え上がる。苦笑いするしかない。

 

「さて、行きますか」

「どこにだよ」

「何言ってるんですか。集会浴場に決まってるでしょう」

「どうして」

「一ヶ月のブランクを取り戻すために、私がいくつかいい狩りを見繕ってあげました。感謝してください」

「俺に選択権は、無いのね……」

 

 サクラはふんす、と胸を張る。

 

「後はあなたの参加希望の確認だけです。――では、行きますよ」

 

 サクラはついてきてくださいと言うと、すくっと立ち上がり、とことこと歩き出し始めた。ヘイルは慌てて、スラッシュアックスを担ごうとして、ふとそのスラッシュアックスを見つめる。――いや、スラッシュアックスの向こうの、一匹のジンオウガを見つめる。

 

 ――俺もお前も、大変な奴に目を付けられたらしいな。

 

 そう心の中で呟き、ヘイルは苦笑を漏らす。

 

 

「何やってるんですかー! 早く行きますよー!!」

「へいへいわーったよ! ……よっこらせ、っと」

 

 そうして、ヘイルはスラッシュアックスを肩に担ぐと、サクラの後について歩く。不満げな風に取り繕っても、この先何が待っているのか楽しみなのだろう、口元は緩んでしまっている。

 

 そんなヘイルに担がれているスラッシュアックスが、光を反射して――キラリと青く輝いた。

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