ヘイルストーム   作:フォン・デ・ペギラパギラ

6 / 9
ホントは他にもお話をいっぱい展開した後用の、外伝的な話とする予定でした。
なので本編と比べてめっちゃ鬱展開でもいいか! と思って書いたので暗いし、サクラは登場しません。

流石にあれなので、今になってちょっとだけ最後に蛇足を付け足しました。
文体の感じが違うかもですが、10年も経ってるので許して。


ラストメッセージ
ラストメッセージ(1)


「せぇああぁぁぁぁぁあああッ!!!!」

 

 少年は片手に納まる剣を威勢良く振るう。それはシピッ、という独特の音を奏で、銀光を振りまいた――鉄の鈍い銀色を、赤いラインが際立たせるそのナイフの名は、アサシンカリンガといった。

 

 しかし少年が命中させんとした攻撃は外れる。――敵は一瞬ですばやく後方に身をかわした。スラリとしたボディにある鱗が陽光を反射して青く煌く。素早い身のこなし、そして、周りにいる鳥竜種より大きい体躯は、草原の狩人――ドスランポス。

 そのドスランポスはキュルル、と鳴き、すぐに次の攻撃への体制へ移る。

 

「チッ……、くそ……!」

 

 戦闘に、外した攻撃をいちいち悔やむ暇や隙は無い。すぐに思考を切り替えて少年は、左手に装備された盾を構える。

 ――がつん、と衝撃。

 

「が…………ッ!!」

 

 やはり速い。ドスランポスは一瞬に距離を詰め、そのおぞましい牙で攻撃を加えたのだ。その一撃は少年のスタミナを大きく削る。

 半ば後ずさりながら、少年はドスランポスを睨む。

 

 少年は、目立った外傷は無い。というのも、黒や紫が使われ、異国情緒溢れる防具――ガルルガ装備をを装着しているため、ドスランポスが放つ攻撃程度では大きなダメージにはならない。

 ――しかし、小さな傷は集まっていく。

 

 汗がにじみ、大きく息を吐く――少年は、今苦戦していた。

 だがそれはドスランポスも同じだ。大きな傷は無いが、アサシンカリンガで切り裂かれただろう、小さな裂傷が身体の所々に刻まれている。

 ドスランポスはギギギ、と鳴く――攻撃のサインだ。少年は、ふっ、と短く息を吐くとその目を凝らし、体勢を整える。

 

 ――瞬間、意識が広がった。

 

 すっ、と周りの情景や、音が消え去り、そこにいるのはもう少年とドスランポスだけになる。時間も平らに引き延ばされ、敵の行動も、自分の呼吸も遅く感じる。

 ゆっくりと、ドスランポスがその牙をを突き立てんと口を大きく開き近づいてくる。

 

 今だ――少年はそう思った。

 

 ドスランポスの牙が逸れる――いや違う、少年が大きく体勢を崩したのだ。少年は大きく右に踏み込む。

 しかし視線だけはドスランポスから離さない。

 

 ドスランポスの頭が完全に少年の横を通り過ぎる。アサシンカリンガは少年の意識と同調し動き、そのがら空きな胴体へと閃く!

 ザクリ、突き刺さる音。銀の光が肉を掻き分けてゆっくりと進み、完全に振りぬいた。その腕に追随して、赤い血液がドスランポスから迸る。

 

 やった! ――少年は思った。集中が切れ、時間が急速に元に戻る。

 ギャアア! と悲鳴に似た鳴き声を上げるドスランポス。

 

 ――しかし、思いのほか傷は浅かった。

 

 ドスランポスは肉体をしならせ、崩れた体勢を無理やりに整える――素早い。

 そして怒りなのか、焦りなのか、ドスランポスはその大きな肢体を十全に使い――少年に対して防御を捨てた回転攻撃を放った。

 油断し、完全に体勢を戻せなかった少年の胴にドスランポスの尾が叩き込まれる。

 

「ぐ……ッ! ハァッ!!!」

 

 嫌な音が響き、少年はごろごろと不様に転がる。

 この戦闘中、最大ダメージだった。腹部の疼痛が、遠慮なく突き刺すような刺激を加えてくる。

 起き上がろう、立ちれ! そう考えるが、体は一向に動いてくれない。肺の中に空気を入れることで精一杯だ。

 

 ――しかし、かの狩人は待ってくれない。

 

 嫌な感じがして、首を回し視線を向ける。そこには、ドスランポスが何の色も無い目線をこちらに向け、佇んでいた。

 まずい。

 汗が伝い地に落ちる。

 ドスランポスは、きゅい、と首を傾げる。その頭は何を考え、その目は何を写しているのか。

 

 少年の視界から、急速に色素が抜け落ちていく。徐々に、侵食するように、見上げた空も、草も土も、なにもかも色が失われていった。――しかし蒼い狩人だけは、明確に、鮮明にその視界に写る。そして、そのしなやかな後ろ足が首もとに掲げられた。ギラリと光る後ろ足の爪――それがドスランポスの誇る最大威力の武器。

 自分の首に突き立てられるイメージが、少年の恐怖を増徴していく。長く尖った爪が、するり、と喉に差し込まれ、思い出したかのように血が傷からも口からもあふれ出す。喉がつぶされ、恐怖の声も、痛みの叫びも出せない――そんな想像が、走馬灯のように一瞬で少年の頭を駆け巡る。

 動け、動け、動け動け動け!!

 

 その必死な想いも虚しく、身体はぴくりとも動いてはくれなかった。

 

 ――その時だった。

 

 一閃の光が飛来し、ドスランポスの鱗を噛み砕くように貫いた。

 相当な威力だったのか、仰け反るどころじゃなかったらしい。ドスランポスは衝撃に足を浮かせて、かなり後方にどさりとバランス悪く着地する。

 そして、思い出したように、グァオ、と呻いた。

 

 光は一つだけじゃなかった。

 ずどん、ずどん、と連続にドスランポスに突き刺さっていく。体勢を整える暇も無い怒涛の攻撃には、本物の怒りも混ざっているようにも見受けられる。

 やっと少年はそこで気づいた――矢だ。

 

 振り向くとそこには、緑色が美しい装飾の装備――レイア装備だろうか、それを付けた人物が矢を引き絞っては放ち、引き、放ちを高速で繰り返していた。

 ゴーグルの奥に光る瞳に、明確な殺意が浮かんでいる。

 その人物が少年に目を向け、言い放つ。

 

「ヘイル大丈夫!!?」

 

 声は高い、女性の声だ。顔はマスクに覆い隠されているが、身体のラインはその人物が女性であると主張している。

 その声を聞き、安心したように少年――ヘイルは言う。

 

「ああ……! 痛いけど動きそうだ。フェリア姉」

 

 その声を聞くと、フェリアと呼ばれた女性はヘイルに駆け寄り、優しく声をかけた。

 

「うん、頑張って。立ってヘイル」

「つっ……、ああ」

「あれでもうアイツは相当なダメージを抱えているはずだよ、決めようヘイル」

 

 口早に告げると、フェリアはその身を素早く後退させる。いつのまにか矢は引き絞られ、いつでも発射可能になっていた。

 ヘイルはゆっくりと立ち上がる。

 

 ――そうだ、後ろにはフェリア姉がいるんだった。

 転んでも、泣いても、自分には負けるわけにはいかない。――いつか決めた誓い。

 足は震えているし、呼吸も荒い。しかし、その想いが彼に剣を上げさせた。

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 ――走る。

 

 アサシンカリンガが再び、息を吹き返すように銀光を棚引かせる。

 しかしそれでも重い。走るには、自分の最速をはじき出すには、これでは重過ぎる。

 

 ――だから、盾は捨てる。

 

 がらん、と音を立てて地に落ちる盾を背景に、ドスランポスがぐんぐんと視界で大きくなっていく。

 そして、ヘイルは跳躍した――さきほど、ドスランポスが見せた跳躍とは比肩出来ない、より高い跳躍。――いや飛翔。

 びゅう、と耳元で風がうなる。すでに高度はドスランポスの身長を優に超えた。

 

 しかし、ドスランポスも必死に後退しようとする。それが、完全に必殺の一撃だと本当に理解しているかのように。

 身体の所々に矢を受け、血を流しながらも自らの命を永らえんとするその行動は、野性にしか見れない命の輝きは、ヘイルを感嘆させる。

 

 それでも、逃がすものか――。

 

 ひゅいん、と軽い音が鳴る。そしてその音はバキン、と続いた――フェリアの矢だ。その必中の一矢はドスランポスの足を違わず、骨すらも打ち砕いて突き刺さった。

 たまらずドスランポスは腰をついた。もう立てないことを知るや否や、竜は空を仰ぐ。そこには――。

 

 視線の遥か先、相当な高度まで達したヘイルが――竜巻となっていた。

 

 自分の身体を軸にして、横回転に回るその姿は奇しくも竜巻のように見える。地上まで、ごう、と回る音が聞こえてくるほどの凄まじい回転力でもって、ドスランポスを圧倒していた。

 

 一回転。

 

 銀の光が円を描く。その光景は、アサシンカリンガがまるで嬉しがっているように思える。

 

 二回転。

 

 もうすでにその影がヘイルとは認識できない。黒い風の塊が空気を鳴動させて迫っていく。

 

 三回転。

 

 ドスランポスは呆然と口を開け見上げる。――諦めではなく、まるで彼の行動に感嘆しているように。そして、長い飛翔が終え――

 

「う、おおら――――――ッ!!!!」

 

 ――稲光が走る。

 

 相当の速度と重量をもって打ち下ろされたそれは、正しく稲妻だった。

 風が吹き荒れ、草は捲れ、土は巻き上がる。

 ドスランポスは、上顎と下顎の間、口を通るように一文字に斬られ、首の後ろまで切り裂かれた。ドスランポスは切り裂かれた頭部が吹き飛びながらも、視力が消え失せるまでその恐ろしき竜巻を脳裏に刻み付けるよう、見つめ続けていた――。

 

    ◇

 

 かなりの体力を消耗した――ヘイルはドスランポスの残骸に目を向けつつ、どさりと座り込む。

 時間にすればそれほど長い時間じゃなかった。しかし、ヘイルには半日ぐらい戦っていた気がして、精神的な磨耗も酷いものだと気づく。しかし、しかしそれでも――。

 

「…………勝った。――ふふ」

 

 初めての勝利ではなかったが、ドスランポスのような大きい獲物に、ほぼ一人で立ち向かったことなど無かった。だから、勝利の喜びも一際大きいものになる。

 でもそれは別だ――と、ヘイルは疲れた身体に鞭打って立ち上がる。

 ふらふらとおぼつかない足取りで彼はドスランポスだったものに近寄っていく。そして物言わぬ死骸となった鳥竜を、どこか慈しむような目で見つめた。

 

「お前も、お疲れさん…………」

 

 兜を脱ぎ、左脇に抱える。そしてヘイルは両手の手のひらを合わせ、額に当てた。

 

 ――それは黙祷だった。

 ……何秒、何分たっただろうか。待っていてくれたのか、物静かに近寄る人影が視界に写る――フェリアだ。

 気づかない振りをして、ヘイルは黙祷を続ける。

 

「――またやってる。ふふ、ヘイルは、優しいね」

「うん、でも優しいって訳じゃないよ。……ほら、癖みたいなものだから」

「お父さんの、だっけ……?」

「ああ、最初はあの親父の真似からだな」

 

 くす、と柔らかく笑ってフェリアはさらりとヘイルの頭を撫で付ける。

 

「よしよし」

「ば……、止めろって!」

 

 シュバ! と大げさに飛び退るヘイル。顔は真っ赤だ。

 ――いかにも少年然とした風貌だ。細く痩せた顎は女性的で、しかもその両眼も優しい色を宿している。髪の毛は少し長めで、少し跳ねた一房の前髪が特徴的だ――寝癖なのか癖毛なのか、しかも兜を被っても直らないのは何故だろう。そして髪色はこの地方では少し珍しい黒色の髪だった。漆のように艶やかな髪もあって、余計に女っぽく見える。

 その中性的な容姿から見るに、歳は恐らく十代前半から半ばと推測できる。

 

「フェリア姉はもうちょっと俺に遠慮して欲しい」

「まあ、いつからそんなことを言うようになったのかしら」

 

 と、言ってフェリアはそのキャップとゴーグル諸々を外す。

 

「ぷはあ」

 

 苦しかった、と穢れなく笑う少女は美しかった。

 ――肌の白さに日が反射して眩しいくらいに光る。鼻筋はすらっと高く、頬は少し赤ばんでいた。――しかし、なかでも眼差しがとてつもない。とても優しそうなのに、その眼光は何かカリスマを宿していて、抗うことも忘れてしまいそうだった。

 女性らしい体格から、こちらの歳のころは十代後半に見受けられる。

 

 ――フェリアはきらりと煌くブロンドの髪を背中まで棚引かせ、にこりと笑った。

 

「ま、とりあえず……あなたもお疲れ様」

 

 ごそっ、と携帯ポーチから包帯やら消毒液やら――ごちゃごちゃした救急キットを取り出すと、バン、と勢い良く地面に置いた。

 

「お座り!」

「え……? はぁ……わかったよ…………」

 

 むすっとしながら座り込んだヘイルの複雑な機構をした防具を、フェリアは器用に外していく。

 まるで子供のようだ、とヘイルは思ったが恥ずかしいので考えないことにした――やはり動くには疲れすぎたからだ、この心遣いが身に染みる。

 上半身がアンダーウェアだけになり恥ずかしさもピークになるが、その腹にある痛々しいあざをみてそれもどこかに吹き飛ぶ。

 

「うあ……、こんなになってたか」

「うーん……見た目は派手だけど大丈夫そうかなぁ。見た感じ骨もどうにもなってないみたいだし」

 

 一応、と回復薬――自然回復力を一瞬だけかなり高めてくれる飲み物を渡された。

 それを一気に飲み下す。温度は常温になってしまっているが、その爽やかな味は戦闘の疲れを一気に洗い流してくれたような気になる。

 その次に軟膏を渡され、塗るように指示される。

 

「よし、これで包帯巻いて終わりね」

「はー、また今回も攻撃を食らってしまった……」

「当たり前じゃない、あなた弱いんだから」

 

 ぐうの音もつく暇も無い。

 はあ、とフェリアが嘆息をつく。

 

「むしろ、今回も大怪我しないですんだことを喜びなさい」

「う、ぐ……。でも、やっぱり一撃も受けずに勝つってのは目標で……」

「そんなの無理よ。ずっと攻撃を受け続けて、ハンターは強くなるものよ? 物理的にも精神的にもね。――私だって最初は大怪我しっぱなしだったもの」

「フェリア姉がねぇ…………、あいた!」

 

 その発言に、ヘイルは一瞬呆ける。その顔が気に入らなかったのか、フェリアはヘイルの頭を軽く小突いた。

 むすっ、とむくれていたが、その表情をすぐに笑顔に戻すと、フェリアは元気良く言う。

 

「――とにかく、死なない程度に攻撃を受けなさい! そうしたら、モンスターの癖や習性が徐々に見えてくるようになるわ」

「死なない程度……って、そんな無茶な」

 

 ぼりぼりと頭を掻いて、ヘイルは思った。――敵いそうにないな。

 そして、あることに気づく。

 

「あれ? アルは?」

「あぁアルね。アイツは他のランポスを、あなたの邪魔にならないように遠ざけてくれてて――あ、もうそこにいるじゃない」

 

 がさ、と音を立てて大男が木の陰から現れた。

 青い鎧だ、ところどころ鋭角になった装飾は、見るものにも鋭い威圧感を与えてくる。背には青年の身長よりも大きい剣が、まるで立てかけられているように背負われていた。

 

「おいおい、思い出すの遅すぎだろヘイル」

 

 兜を勢い良く脱ぐと、そこには精悍な顔立ちをした青年がニヤリと笑みを浮かべていた。

 ヘイルとは真逆の、筋肉質な顔つきだ。赤茶けた髪を短く刈って、いかにも強者の空気がにじみ出ている。こちらも年のころは十代後半から二十台前半に見受けられた。

 

「兎にも角にも、お疲れさんだ、ヘイル」

 

 にかっ、と力強く笑う青年――アルベルトにヘイルは手を振って返す。

 内心、褒められたことに嬉しくなりながらも、さっきのフェリアのセリフが思い出される――『アイツは他のランポスを、あなたの邪魔にならないように遠ざけてくれてて』のところだ。

 

 ――全然、一人じゃ狩れてないじゃねぇか……ヘイルは思う。

 

 自分の思い上がりを少し恥じる。……やっぱりまだまだ、精進も何もかも足りない。恐らく、今回はアルベルトもフェリアもランポスを狩るという補佐に回って、自分をサポートしてくれるつもりだったのだろう。しかし、自分が不甲斐無いため、フェリアが助けに来てくれたのだ。――そのため、アルベルトが全てのランポスを引き連れていったのだろう。

 ヘイルは小さくため息をついた。

 

「そんじゃま、恒例の採点のほうを言いますかね」

「わー! 今回ヘイルは頑張ったもん。絶対良いよ!」

「はー、採点かぁ……」

 

 そのヘイルの憂鬱は知らず、二人はヘイルに向かって言った。――とくにフェリアなど、拍手をしている。

 採点というのは、ヘイルの戦闘後のアルベルトのアドバイスみたいなものだった。先輩ハンターであり、村の次期英雄とまで言われているアルベルトのアドバイスはいつも的確だ。そして、そのアドバイスはいつも点数から始まる。

 その点数にどきどきしながらもヘイルは言葉を待った。

 

「――20点だな」

「えっ!!?」

 

 驚いたのはフェリアだった。

 しかし、ヘイルはその点数に納得する。

 

「そ、そんな!? でも今回ヘイルはすごい頑張ってたよ! ほら、いつもの、ぐるぐるーってやつも綺麗に決まってたし!」

「…………お前、ほんっ……とに、ヘイルに甘いな」

 

 大体……、とアルベルトは口ごもらせる。

 

「フェリは何でヘイルを助けに飛び込んだんだったか?」

「あー……、それはそのー……」

「ヘイルが死にかけてたからだろ?」

 

 事実、そうだった。あの時、フェリアからの援護射撃が無かったら、今頃ヘイルはドスランポスの腹の中だったかもしれない。そして、それを解っていたのかフェリアも口ごもる。

 

「で、でも……」

「いや、いいよフェリア姉。事実、俺はあの時死んだと思ったんだ。フェリア姉が助けてくれなかったら絶対、やられてたよ」

 

 むむ、と唸るフェリア。それを尻目にアルベルトは真剣な表情をヘイルに向ける。

 

「――お前、ドスランポスに一撃加えた後、油断しただろ」

「…………うん」

「集中力切れたのがこっちにも丸わかりだったぜ。だからドスランポスもチャンスだと思ったんだよ、きっとな。……だからいつも言ってるだろ? 最後まで気を抜くなって」

「…………ごめん」

「謝んな。謝って欲しくて言ってんじゃねえ。俺は――お前に死んで欲しくないから言ってるんだ」

 

 アルベルトの目は本当に真摯で、ヘイルのことを心の底から心配しているのがわかる。

 そしてアルベルトは、うつむくヘイルの頭をガシガシとなでる。そしてヘイルもそれを甘んじて受ける――アルベルトに子ども扱いされることは、ヘイルにとっては別に恥ずかしいことではなかった。

 

「……お前は飲み込みが早い。多分、お前にとってハンターは天職だろうな。――いつの日か俺を越える日が来る、かもな……。だが才能がある分、死に急いでいるようにも見える……」

「死に急ぐ…………?」

「ああ――お前は生きろよ。なんとしても」

 

 ハンターだからだろうか、アルベルトは自分の死を覚悟した瞳で、ヘイルを見つめる。――その目が怖くてヘイルは目を逸らした。

 逸らしながらもその心では、ありえないと思っていた。自分が死ぬことではない、自分がいつかアルベルトやフェリアを越える日が来ることが、である。

 

 こんなにも死ぬことが怖くて、殺すことも怖くて……殺してしまうと飛竜だろうが草食竜だろうがそのものの命に黙祷を捧げる毎日――癖、なんてものは方便で、せめて、祈ることだけはやっておきたかったのだ。死んでいったものはそれはそれは、怖かっただろうから。

 そしてアルベルトは、ニカッ、と爽やかに笑うと、付け加える。

 

「ただ、最後の一撃は凄かったみたいだな。……最後の方は見てないんだが、ドスランポスの死骸を見ればわかる。あんな一撃は俺にでも無理だぜ。――それで、良くやったって意味を込めて、20点の加算だ」

 

 本当に良くやった、とまたアルベルトはガシガシと撫でた。痛いはずのそれは、今のヘイルにとって最高の報酬だった。知らず笑みが漏れる。

 ――それを見て、穏やかな微笑を湛えたフェリアが呟いた。

 

「いいなぁ、男の子って」

「ど、どういうことだよフェリア姉」

 

 うふふ、と口を押さえて笑うフェリアを睨む。その眼光は恥じらいでかなり威光が削がれていた。

 気づくと横でアルベルトもニヤニヤと笑っている。

 

「な、なんだよ二人とも……」

 

 先ほどの戦闘とはまったく正反対の、穏やかで緩やかな時間は、暖くて優しい陽光に包まれていった。

 

    ◇

 

 三人は、場所を変え休憩をとっていた。……というのも、ヘイルの疲労が大きかったからである。

 森の中、少し開けた高台だ。こういうところは既に先客――つまりランポスやその他の鳥竜種が巣を作っている可能性が大きいのだが、その住人は先ほど駆逐してしまった。だから、恐らくここ周辺では一、二を争う安全さだ。

 

「さっきのランポスの群れは相当大きかったから、この辺に近づいてくる小物はいそうに無いな……」

 

 アルベルトはきょろきょろと見渡して、うん、と頷いた。

 先ほどまで上っていた日も今では落ちてしまって、赤い光が森全体を覆ってしまっている。――そろそろ、夜行性の生き物が起き出す時間だ。

 それを踏まえてアルベルトは決断した。

 

「よし、今日はここで――」

「今日のキャンプはここに建てましょう! 条件もよさそうだし!」

 

 ……のだが、アルベルトの声を遮って元気良くフェリアが発言した。……アルベルトの苦い顔も気づいてないようだ。

 

「……ああ、そうしようか。わざわざホームに戻るのも、少し面倒だしな。結構遠いところまで来たし」

「あー、そうと決まれば少し一眠りと……」

 

 まだ疲労が抜けないヘイルが嬉々として言うが。

 

「それはキャンプ立て終わって、食事した後でね」

 

 一瞬で却下されてしまう。

 ヘイルはげんなりとして俯いた。

 

「いいかお前ら、比較的安全といえる場所かもしれないが、ホームのように完全に安全とはいえない。十分注意して作業に当たれ!」

 

 喝を入れるアルベルト。

 注釈すると、ホームとはハンターが最初にスタートする地点であり、一番安全な場所だ。というのも、大体は飛竜などの大型モンスターが現れるエリアの入り口に設置されるからだ。常駐するアイルー達がハンターをサポートし、違うパーティのメンバーとも――もちろん居合わせればの話だが、情報交換などの交流ができる。

 

 ――しかし、いつでもそこにいられるかと言えばそうはいかない。

 当然といえば当然だが、エリアはかなり広く、そしてホームはその入り口に設置される以上、遠くまで行って戻ってこられない場合も多々ある。近くにいて、寝泊りする場合は多少無理しても日が落ちるまでにホームに戻ってくるのが常套手段だ。しかし、遠くにいるなら、夜に動き回るよりも、安全な場所を探してキャンプを設置するほうが安全面では無難だといえる。

 

「じゃ、私はいつもどおり食事担当ね」

「あいよ。じゃあヘイル、もうちょい頑張れ」

「…………ああ、まかせろ……」

 

 じゃあ何故ドスランポスを狩り終えた三人が帰ろうとしないのは、簡単な話で、今回のターゲットはドスランポスではなく違うものだからだ。

 それにもともと、狩りというのは何日かかけて行われるもの。比較的、とはいえ安全なキャンプ地を初日で手に入れることができたのは、彼らの運がよかったのだといえる。

 

 ――30分くらい経っただろうか。カンカン、という杭を打ち込む音も無くなり、三人は適当な岩に座って食事を始めていた。

 

「うーん、フェリの飯はうめぇ!」

 

 アルベルトが叫ぶ――森の中で叫ばないほうがいいのは確実だ。

 そう思いながらもヘイルは頬が緩むのを止められない。最初から持ってきていた簡易食材だけで作られているというのに、なんとおいしいことか。

 

「うふふ、ヘイルはどーお? おいしい?」

 

 悪戯を考え付いた子供のような、無邪気な笑顔を向けるフェリア。その視線にヘイルは思わず頬を赤らめる。

 

「知らねえ」

「もー、素直じゃ無ーい」

 

 それでも、フェリアは嬉しそうにしていた。その表情をみて、ヘイルは更に頬が熱くなるのを感じた。

 

 ――突然だが、ヘイルは、フェリアが好きだった。

 

 面倒を見たがる性格も、無邪気で穢れない笑顔も、どこか抜けているドジなところも、ヘイルは全ていとおしく思っている。というのも、彼女には母親を想起させる何か、母性のようなものが感じられるからだ。

 ヘイルは、特別な事情で、母親を早くに失っている。それでも記憶の中にいる母親とは、性格も容貌も全然違うのだが、フェリアの中にある何かを、ヘイルは求めて止まなかった。

 

 ――しかし、フェリア"姉"と、自分で制限をつけた。

 彼女は姉であり、自分とそういうことにはならない。ヘイルはそうやって一方的に、彼女との距離を決定した。

 そして、それは正しい。

 

「アルは? おいしい?」

「ああ、うめぇよこれ!!」

「ふーん、じゃ、これもあげるね」

 

 フェリアは自分の分のスープをすくうと、アルベルトの口に持っていく。

 ……はい、あーん。うお、うめえ。

 そのやり取りをみて、ヘイルは苦笑した。

 

 ――そう、この二人は恋仲なのだ。

 ヘイルは、友達として五年、ハンターの先輩後輩として半年、彼ら二人と付き合いがあった。そして五年前、つまり最初から彼らは互いに深く愛し合っていた。

 

 彼らは幼馴染らしい。――幼少のころからずっと一緒で、これからも、ずっと一緒なのだといつも聞かされている。

 それでいいと思っている。――いや、そうじゃないといけないとさえ、ヘイルは思っている。フェリアが好きなことは承知しているが、いまさら二人の間に割り込むことなんてできない。それ以前に、自分が選ばれることなど無いだろう。

 

 それにフェリアだけじゃない、二人とも好きなのだ。端的に言うと、アルベルトも大好きで、フェリアも大好きで、そしてフェリアが女性だっただけなのだ。

 二人の間の見えない絆にヘイルは時々寂しくなるが、それも自分の勝手な都合だ。

 二人とも、大事な、大事な友達なのだ。

 そうやってずっと言い聞かせてきた。

 

 ――それでも、胸の奥のほうで、ちくちくとした痛みは取れることは今までには無かった。

 

「ん、どうしたヘイル」

 

 不思議そうに見つめてくるアルベルトの視線を、ヘイルは急いでかわした。

 

「いや、疲れてんだよ。察しろ」

「あんだとこっちが心配してるのに! こんなろ、それよこせ!」

「絶対やだ! 自分のがあるだろバカベルト!!」

「あはは、何遊んでるのよ」

 

 ――この二人には、絶対に感づかせてはならない。そうしなければ今の関係が崩れてしまう。そういった強迫観念がヘイルの裡で渦巻いていた。

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