酒場に着くと、ヘイルは図体が大きく、赤茶けた頭髪をした人を探した。――幸いにして同じような特徴をした人物はいなかったので、目標の人物をすぐ発見することができた。
ヘイルはテーブルに近づく。すると、向こうも気付いたようで、赤らめた顔を喜ばせながら手を振ってくる。
「うわ、もうやってんのかよ」
もう既に半ば出来上がっている男は――アルベルトだ。
「おう、もう始めてるぜ! そら、お前もさっさと飲めオラ」
座れ座れ、と促す言葉にヘイルは従いながら、同じテーブルにつく別の男に気付いた。
濃い無精ひげを生やし、頭にダサいバンダナを巻いているおっさんである。
「おやっさん! 来てたのか」
「んだぁ、俺が居ちゃ悪いって言うのかいヘイル」
ニヤリとした笑みを浮かべ、腕を組んでいるおっさんは、いつも武器の整備や、素材を使って新しい武器や防具を作ってくれる武器屋の店主だ。――そして、ヘイルにとってはかなりの恩人でもある。
父親が死んだとき、精神的に支えてくれた人物は言うまでも無くフェリアなわけだが――こちらのおっさんは、素行の悪い父親のせいで村人との間に軋轢のあった俺に色々と便宜を図ってくれたり、金銭的な面で色々工面してくれたりした、とても優しい大人な人だ。
正直頭が上がらない。
「またおやっさんはそんなこと言う」
「性分さ」
「おうおう、かっこつけてるぜこの親父! ヘイル何とか言ってやれよ」
「何言っても無駄だよ、この人には」
そして男同士下品に笑う。
――まだフェリアは来ていなかった。
「そうだ、面白い話が入ってるぜ」
と言って、おやっさんが身を乗り出してくる。
――おやっさんはこうやって時々面白い話(ハンターとして)を持ってくる。大抵はハンターをしているヘイル達にとってためになる話だったり、本当に面白い話だったりするので、こういったときはヘイルも他の二人も真面目に聞くようになる。
「ほー、今回は何だぜ。……前は確か、狩りの効率の話だったが」
顎をさすりながらアルベルトが今回の話について予想しだす。
「ま、ま、落ち着けや。……もったいぶって言う話でもねぇんだがが、……何でも街のほうで新兵器が開発され――そのプロトタイプの設計図がこの村にも届くらしい」
ほう、と一様に呟く。
ちなみに、この村のような割と地方の所で、街、と呼称するところは基本的に海に近いところの、王が住まう城の下町のことを総称して言うものだ。
「スラッシュアックスって言うんだが……。斧のように使えるし、大剣のようにも扱える可変武器だとよ」
「――可変?」
聞き覚えの無い言葉に、二人とも疑問が浮かぶ。
「つまり変形するのさ。――斧形態から、剣形態に、……こう、ジャキーンっとな」
「なんだそりゃ、強そうだなオイ!」
アルベルトが叫ぶ。
ヘイルも、アルベルトの言葉に同調した。斧として使うこともでき、剣としても使えるなら、実用性は二倍になるんだろうか。だとしたらアルベルトが叫ぶのも無理は無い、大剣は顔負けだ。
しかし、そう旨い話は無かった。言いにくそうにおやっさんが付け足す。
「いやだがな、ガードはできないらしい」
「……あ?」
「……どうにも複雑な機構をしてるからか、ガードして大きな衝撃が――例えるなら飛竜の突進くらいか……、それが横から加わると壊れる可能性もあるんだとよ」
難しい武器だねぇ、とおやっさんは笑いながら言った。
「扱い方も、使ってるハンターが増えて研究されるまで自分で模索するしかないだろうし、どうにも今から使うハンターは少ないかもしれないな」
「あー……、そんなら俺は大剣のままでいいや……」
口ごもりながら、アルベルトは手元の酒を口に運ぶ。ジョッキを傾け、三口ほど飲むと、視線をヘイルに向けた。
「そうだ! お前試しに使ってみたらどうだ?」
「試しにって……、俺を実験に使う気かアル」
じろりと睨むが、アルベルトはひらりと軽くかわし、理由を告げる。
「お前って、実はパワフルじゃねえか。……腕力はたいした事無いんだが、攻撃のタイミングの体重の乗せ方が巧いって言うか……。とにかく、片手剣のほかに違う、もっと重い武器を持たせてみたらどうかってフェリと相談してた所なんだ」
「そ、そうなんだ……」
フェリアの名前が出てきて一瞬焦るが、ヘイルは無事平静を取り繕うことができた。
そのことに気付かず、アルベルトは続ける。
「それに、お前盾いらねぇだろ」
「いやそんなことは……」
「使ってねぇもん、あんまりさぁ。使ったとしても下手糞だし……。片手剣を扱う場合でも、もしかしたらお前は盾を捨てて回避専門にすればいいんじゃないかとかいう極端なことも、冗談無しに俺は思っている」
このまま片手剣を使うならな、とアルベルト。
ヘイルもその指摘に思うところがあったのか、少し黙り込んだ。確かに、あってよかった、と思う回数より、邪魔だな、と思う回数のほうが思い返したら多いかもしれない。
うーん、とヘイルが唸っていると、横からおやっさんがジョッキを大きく傾け、その後不敵に笑ってこう言った。
「馬鹿野郎、何でも好きな武器使えばいいんだよ。……効率なんて二の次だ、こだわり捨てちゃ、ハンターなんてやってらんねぇぜ。直感で決めりゃいいのさ」
おやっさんがジョッキを傾けながらキザったらしく言う。クサいのに、妙に似合うのがまた不思議だ。
……まあ確かに、といった空気が二人の間に流れている。そんな中、人々の隙間に白い服と金色の頭髪が揺れた――フェリアだ。
「あ……フェリア姉…………」
「んお? あ、本当だ……。おーい! こっちこっち!」
アルベルトが、ヘイルを呼んだときのように満面の笑みで呼ぶ。気付いた様子のフェリアが近づいてきた。
「……もう。すでに酔ってるじゃない」
少し元気の無い笑顔が痛々しい。そうさせてしまっているのが誰か知っているから、ヘイルは罪悪感で胸がいっぱいになる。
ヘイルでも気付くくらいだからアルベルトも気付いたのだろう、心配そうな声をかける。
「おまえどうしたんだ、なんか元気ねぇじゃねえか?」
「ううん、なんでもないよ……」
気丈に笑顔を振りまくフェリア。それに対してアルベルトは怪訝な顔を浮かべていたが、気にしないことにしたのか、普通に話を始めだした――普通ではありえないことだったが、酔いも影響していたんだろう。
フェリアが合流してからは一層話の脈がごちゃごちゃになっていった。
アルベルトは途中から意味もなく人の顔を見て笑い出したりするようになったし、おやっさんも昔の話を急に始めたりする。
ヘイルもこの胸の鬱屈した気分を晴らそうと人並みに飲んではみるものの、その感情はもやもやと大きくなるだけだった。そして、口数の少ないフェリアへの罪悪感も消えてくれることは無かった。
二時間くらいだろうか、時間が経てば、フェリアも少しは話の中に入って笑えるようにはなってきていた。――それを見て一番安心したのはヘイルだ。
ちょうど酔いも醒めてきたところで、今夜も遅いからそろそろ帰ろうと誰かが言い出すと踏んでいるヘイル――だいたいがフェリアかおやっさんだが。気分も乗らないので自分から言い出そうとも思った。しかしそれで――いつもは言わないのに、とフェリアの気を悪くしてしまうかもしれないと思うと、ヘイルは何も言えなくなっていた。
その時、もう酒が抜けてきているアルベルトが発言する。
「……あー、当分仕事は無いなー。予定なしだぜー」
その残念なのか嬉しいのかわからない口調におやっさんが答える。
「――なんなら、請けて欲しい仕事があるけどな」
「ほう? おやっさんが俺たちにか?」
身を乗り出すアルベルト。ヘイルもフェリアも、程度に別はあれど緊張を顕著にする――というのは、おやっさんが直接こうやって狩りの事に口を挟むことは少ないからだ。言っても、いつもなら弱点や立ち回りなどのアドバイス程度である。
「いやいや、お前ら緊張しすぎだろ。今日突然話が入ってきたもんでな、村長が話してたことを覚えていただけさ。なんでも、ブルファンゴのでかいの――つまりドスファンゴが村の近くに出没したらしい」
「村の近くに……? それは大変だわ」
フェリアが真面目な顔を浮かべて呟いた。
実際大事だ。この場合ドスファンゴみたいな中型ならまだいいが、大型モンスターなら交易などに大きな支障が出る場合がある。そして今回も程度の差はあれ、もう既に被害がでてしまっているのだろう。そのことを示すようにおやっさんが続ける。
「もうすでに、交易商人が品物をやられたらしい……、幸いにして命は無事だが、お金のほうは大変だろうな」
「へー、それで、ハンターの少ないこの村らしいことが起こったんだろ?」
「よくわかったな。――正直に言うと人手が足りない。そんなときにお前らが帰ってきたからな、この話し請けてくれると、俺としては本当に助かる」
もちろん、村としてもな、と忘れず付け加えるおやっさん。
ならしかたねぇ、とアルベルトが口を吊り上げて笑った。その風格は、村の次期英雄と言われる実力が垣間見えていた。
◇
翌日はほとんど用意のために使った。
武器の調整、消耗品の確認、装備の点検。ヘイルはこれらの準備を欠かすこと無くできるように、最初のほうはこればっかりをアルベルトとフェリアに訓練されたことを思い出す。
念のため、おやっさんの所に行ってわざわざ装備を整備してもらったほどだ。というのも、言いだしっぺがおやっさんなので、快く無料で引き受けてくれた。
やっぱり、一番俺たちと仲がいいおやっさんに、村長が行かせる様に仕向けてくれと頼んだんだろうなぁ、とヘイルは勘ぐる。
なぜなら、ハンターは、あまり格下のクエストを受注することは少ないのだ。――プライド、というのだろうか。変わり者の多いハンター達は死中に活を見出すような展開を好む傾向にあって、常にギリギリのクエストばかりを受注しているのが現状だ。見返りが少ないのも多少あるだろう。
……相手が格上、つまり自分より強い存在で、それを倒してくれと無理やりに頼まれれば、……しょうがないなぁ、みたいな空気になるのだが……。しかし逆にいくらか格下のモンスターの相手をするとなっては、いい顔をするハンターは少ない。
だからこそ、おやっさんに頼んで、少しでも請けてくれる可能性を上げたのではないか。
ま、フェリアの様子から、アルベルトが請けることは最初からわかっていたのだが、とヘイルはため息をつく。
「ふう…………、終わった」
朝方おきて、やっとこさ全ての行程が終了した所だった。どさり、と自室の椅子に座り込む。……時刻は昼過ぎくらいだろうか。
出発は夜遅く。いくら村から近いといっても、モンスターが出現する所まで行くには少なくともネコタクで七時間から八時間かかる。恐らく寝るのは移動中になるだろう。それを考えると、少し憂鬱な気分になってくる。
少し暇になったので、何かしようかと思う。いつもならフェリアかアルベルトのところに行って暇をつぶしたりするのだが……その……、昨日の今日だ。あまり気は乗らない。
だから、今後のことについて考えることにした。
このクエストが終わるときには、アルベルトにも話そうと思っている。――全てだ。パーティーを抜けることも、自分が、フェリアを好きなことも。
アルベルトはどんな顔をするだろうか。
今まで秘密にして、フェリアを奪う気だったのかと怒るだろうか。それとも、フェリアと同じく悲しんでくれるだろうか。
自分にとって、多分前者のほうが楽だろう。今でさえ、パーティーを抜けることに、押しつぶされそうなほどとてつもない不安を感じる。
目の前が、真っ暗に抜け落ちている。
だからこそ、優しくされると辛い。突き落とされるくらいが、ちょうどいい。
――そう考えていると、いつのまにか一時間ほどすぎていた。ヘイルは苦笑する。
「……どれだけ考え込んでるんだよ、俺は」
とにかく考えるのは後だ。
ヘイルは立ち上がり、暇を潰すために、まずは昼食を摂ることにした。
◇
日が落ちる頃にはもう全員暇をもてあましたので、一緒に夕食を摂る事になった。いつもの酒場だ。夕食時はなかなか騒がしく、こちらもその陽気に当てられるように大いに騒いだ。……流石に酒は無かったが。
ハンターの格好をして酒場にたむろしても、大して違和感は無い。もともと酒場はハンターのためにあるようなものだ。
おやっさんはいなかったものの、三人して食べて、騒いだ。……まだ微妙な空気は消えてなかったが。
ただ俺はこの時に、もっと騒いで、良く話していたらよかったなんて思いはしなかった。
――人生は得てしてそういうものなのかもしれない。
村から一番近く、交易商人も通らなくてはいけない場所であるそこは――雪で覆われた山だ。
名前はあるんだろうが、単に"雪山"と呼ばれることが一番多い。
ネコタクに乗っかって、少し眠り――半年もハンター生活を送れば、寝心地は別として、簡単に眠れるようになる。朝日が昇る頃には雪山のベースキャンプ、ホームに着いた。
全員気を引き締めて、ベースを後にした。
しかし、目標を発見するまでにアルベルトの腹が鳴った。
それは、昼を過ぎて、ドスファンゴが高確率で出現するであろう、キノコのよく生えた場所に向かう途中。あまりにも間抜けな音に他の二人がずっこけそうになる。
「なぁフェリア、腹減った。そろそろ飯にするか」
アルベルトがうな垂れて言った。
本当にお腹が空いているのだろう、なかなか真に迫った表情である。そしてフェリアはそれに頷いた。
「そね。さっきケルビを見かけたから、今ここはそこそこ安全な場所だと思うし……。昼ごはんにしましょうか。キャンプも建ててないから少し手抜きになっちゃうかもだけど」
「よーぅし。そうと決まればちゃっちゃと用意だ!」
「そうだね、俺もお腹空いたよ。なにか手伝えること無い? フェリア姉」
そうして少し早めの昼食となった。
しかし、フェリアの様子がおかしい。やはり見るだけで調子が解るもので――特に、料理好きなフェリアが楽しそうにしてない時点でおかしかった。
怪訝な顔をしているアルベルトだが、あまり突っ込まない。――昨日からそうだったが、アルベルトがあまり言及しないところを見ると、フェリアは昔から割りと落ち込んだりすることが多いのかもしれない。しかしヘイルはそのことは知らない。少し悔しい思いもするが、ぎゅっと奥に押し込んだ。
アルベルトがこの微妙な空気を変えようとしてか、少し明るい口調で――いつも明るいが、それ以上に元気にヘイルに問う。
「お前、アサシンカリンガには慣れたか?」
いきなりの質問に、ヘイルは疑問を浮かべるが、無理なく答える。
「ああ、まあね。……でも、やっぱり切れ味とか、威力とか考えると、さっさと強化したいところなんだけれど。そうはうまくいかないもんだね」
一応、すぐ前に狩ったイャンガルルガから素材が取れ、それを使って強化ができるらしいが、昨日の今日である。強化のために今のアサシンカリンガを提出したら、今回の狩りにはついていけない。
ということで、強化はまたの機会となった。
「ま、確かに強化できるかもしれないが、使い勝手が急に変わる欠点もある……武器強化は慎重に、もう少し見送るべきだな」
「……? アル、何か言ってること前と違うよ。さっさと切れ味高いのにしろ、とか言われた記憶あるんだけど……」
そうすれば、もっと高度な飛竜戦にも加わることができる、と聞いたことがあるような……、とヘイルは思い出す。
「いやまぁ、確かに……そんなこと言ったかもなぁ。しかしだな……」
少し焦ったようにするアルベルト。すると横からニョッという感じにフェリアが話しに加わる。
「まあまあ、アルベルトのアドバイスも聞いてあげてよ、ヘイル」
「いや、えー?……」
そうすると、フェリアが少し小声になる。
「……あのね、ヘイルって誕生日もうすぐでしょ?」
「あー、……あ、忘れてた…………。確かに誕生日だ」
「も、もうしっかりしてよ……」
「うんごめん。でも、今の話と何の関係が……?」
「ふふ、そういう事よ」
「???」
小声で会話を交わしている二人に、アルベルトが割り込む。
「ちょ、ちょっとフェリア! いらないこと言うんじゃないぞ!!」
「はーいっ」
ぺろっと舌を出すフェリア。
「……???」
終始何の話だったかわからなかったヘイルが未だ疑問を頭の上に浮かべていた。
◇
昼食も終わり、いよいよ狩場へ着く途中。雪山というフィールドは寒く、ホットドリンクという身体を温める飲み物を適度に飲むことを必要とする、また、雪をギュムギュムと踏んで進むため、移動するだけでなかなか疲れるものだ。……かといって木を伝っていくわけにもいかないだろう。
三人は、後衛であるフェリアを囲むように他の二人――アルベルトは前、ヘイルは後ろというふうに、少しバラけた一列になって歩いていく。というのも、狩りになると後ろに行く後衛は普通、どこからエンカウントするかわからない移動中などはパーティーの真ん中にいるものだ。何故ならというと、答えは簡単で、前衛と比べ装甲が薄く、防御力が少ないためにある。
そしてまた、やっぱりフェリアの様子が少しおかしい。
振る舞いはいつもどうりなのだが、違和感がある。――何か、アルベルトを避けているような気がしないでもない。いつもなら警戒を保ちつつ、適度に隊列を崩してべったりしているのに……。
――もしかして、とヘイルは思う。
邪推かもしれない。しかし相手はあのフェリアだ。本当にもしかしたら、俺を気にかけてわざと距離を置いているのかもしれない。ヘイルは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そして、ヘイルが気づくのにアルベルトが気付かないわけが無い。……あまり触れないようにしていた彼も、流石に我慢の限界か、少し問い詰めるような口調で振り返って発言する。
「……フェリア、やっぱり昨日の晩から少しおかしいぜ」
「えぇ!! 別にそんなこと無いわよ、失礼ね!」
つん、と首を背けるフェリア。しかし納得がいくわけもなく……。
「なんなんだ、いったいどうしたんだフェリア。……それは、俺にも言えないことなのか。聞かせてくれ」
アルベルトは一旦止まると、歩くフェリアに近づき、その手をとった。――しかし、フェリアがその手を弾く。
「ッ……! 何――」
「アル、狩りの途中よ。そういうのは後にして」
「――チッ、解ったよ。人が心配してるって言うのに……もう聞かねぇよ!」
怖れていたことが起こってしまった。ヘイルは泣きそうになってしまう。
二人の喧嘩しているところは久しぶりに見る。その理由を自分が作ってしまったという現実が、ヘイルに大きくのしかかってくる。
アルベルトはガシガシと歩き出した。元々他の二人に比べ歩幅が大きいせいか、時間がたてば距離にも差が出てくる。
隊列を崩すことは普通良しとしない。ヘイルは、変わらずゆっくりと歩くフェリアについて歩いた。そうしてフェリアの後ろを歩いて、ふと考える。
――フェリアは怒っているのだろうか。
恐らく、自分のせいでこんなことになっているのだ。もし怒っているならば、自分が何とか言って、機嫌を直してもらおう。
アルベルトは剣幕から怒っている事がわかるが、しかしフェリアは後姿で表情はよく見えない。
少しくらいなら隊列を崩してもいいだろう。――ヘイルは少し早歩きして、フェリアの横顔を覗き込む。
――フェリアは、とても悲しそうな顔をしていた。
考えれば、当たり前だ。あの言葉は本心ではないだろう。本当に自分のことを気にかけてくれるアルベルトを、あんな風に扱うなんて、フェリアにはとても辛いはずだ。
ヘイルは胸の中で叫ぶ。――何が機嫌を直してもらうだ、言う相手が違うだろう!!
ヘイルは自分のエゴのために、アルベルトに真実を晒すタイミングを少し遅くした。意識的にでは無いとしても、それは許されざることである。
本当ならば、昨日のうちにアルベルトに打ち明け、パーティーを抜ければよかったのだ!
――でもできなかった。自分の弱さに反吐が出る。
そのせいで、今フェリアが苦しんでいることも、自分の弱さの結果だ。
……ヘイルに気付いたフェリアが、平静を取り繕って聞いてくる。
「どうしたの? 何か気付いた?」
いつもの優しい問いかけだ。優しい笑顔が、何か痛々しい。
――ヘイルの決心は固まった。
呟くようにフェリアに告げる。
「……ごめんね、フェリア姉。俺、アルベルトに言うよ」
「言うって……、まさか。待ってヘイル!」
気付くと走り出していた。アルベルトとは少しだけ距離が開いていたが、それを詰めようと、ヘイルは雪の中をどすどすと走る。
アルベルトの背中が近づいてくる。しかし……ヘイルは妙なことに気がついた。
――その背中は一切動いていない。
どうしたのだろうか。しかし、今は関係ない。一気に近づいて、ヘイルは口を大きく開いた。
「アル、言いたいことがあるんだ! その、ずっと黙ってたことなんだけど……俺は………………、アル?」
しかし、何故かアルベルトは反応を示さない。
一点を見つめ、動かない。口は開きっぱなしで、何かを考えているようにも見える。
どうしたんだ? ヘイルはその視線を追っていく。そこには――
――ドスファンゴの死体が転がっていた。
少し開けた場所、木陰にまるで影のように横たわっている。――近づかないと気付かないわけだ。
その死体は無残に切り裂かれ、千切られ、砕かれて、おまけに色々なパーツが欠損している。その上、首が胴と別れている――まだ駆け出しのヘイルでも、完全に息を止めていることがわかるはずだ。
「もう、……誰かが?」
ヘイルはアルベルトの隣に並び、呟いた。その声には反応して、アルベルトが首を振る。
「違う、こんな酷いサマになるはずが無い……。別のなんかがい――」
――突如、地震が襲った。
地面が鳴動し、音の振動が体中を震撼させる――その轟音で木に被さっている雪が一斉に落ちた。
その激しい振動に立っていることも怪しくなる。何を思うまでも無くヘイルはたまらず地面に手を付き、揺れの治まりを待つ。アルベルトを見るが、堪えて立っている様だ。
それは地震らしくなく、一瞬で治まった。ヘイルは立ち上がりつつ、安堵して呟く。
「何だ今の、地震……?」
「違う、地震じゃない! フェリ!!!」
アルベルトの切羽詰った声に、ヘイルはフェリアのいる方向へ身体を向ける。
――まず、壁かと思った。黄土色の、とてつもなく大きい……。
フェリアはさっきの揺れで座り込んでしまったのだろう、その壁を見つめて呆けている。
……違う、壁じゃない! ヘイルはそこでようやく気付く。
より小さく見えるフェリアに影を落としこんで、その巨体を身じろぎさせるソレ。圧倒的な存在感。感じざるを得ない恐怖。盛り上がる筋肉に、腕から伸びる翼膜。歪に大きい頭部。黄土色に、青いラインが入った体表。遥か古代を思わせる様相。
ヘイルは、そしてやっと理解した。――さっきのは地震じゃない。ただコイツが空から落ちてきただけなんだ。
「ティガレックスだと…………。そ……馬鹿な。――フェリア!! 速く離れろ!!」
――アルベルトは叫ぶ。平地であれば5秒も掛からず間に合うちょっとした距離。だが、今はその距離が永遠に思えて仕方なかった。
フェリア声を聴き飛び上がるように起きる。
……ここで、緊急回避や、全力疾走で逃亡を図れば安全だったかもしれない。しかしフェリアは気が動転していたのか、ハンターとしての癖が今回ばかりは邪魔をした。
フェリアは慣れた手つきで素早く、流麗にティガレックスの前で弓を抜き、その照準をティガレックスの頭部に――
――フェリアの上半身はティガレックスの口の中に消えた。
ティガレックスはその頭を持ち上げる――そうするとフェリアの浮いた足がばたばたと暴れる。――しかし、閉められていく口。メキメキ、といった骨が折れる音がするたびに。フェリアの足は動かなくなっていく。
その様子が、ヘイルにはとてもゆっくりと見えた。
噛み締めても千切れなかったのか、ティガレックスは業を煮やしたように首を乱暴に振った。
――飛んでくるナニカ。
そのナニカはヘイル達とティガレックスのちょうど真ん中くらいでゴロゴロと転がった後止まった。
――フェリアの、腰から下だった。
「あっ…………、あぁ………………」
ヘイルは何が起こったのか理解できない――頭で処理されない。
まるでもっと違う、遠い世界で起こった出来事のように感じられる。
そうやって、思考は現実から遠ざかっていくのに、視覚だけは未だフェリアの下半身の映像を脳に送ってくる。
フェリアが、死んだ……? あんな、何も言う暇もなく突然……? 冗談だろ?
取留めも無く、意味の無い思考が頭の中を飛び交う。その時――
腰に激しい痛みを感じた。アルベルトに蹴り飛ばされたのだ。その時ヘイルはアルベルトに何かを言われたような気がするが耳に入ってなかった。
吹っ飛びながらアルベルトを見ると、そこを物凄い速度で何かが走って、アルベルトと共に視界から消えた。ヘイルはゴロゴロと転がり、岩と岩の間に入り込んだ。そして岩で背中を強く打ち付け、肺の中の空気が体外へ一気に出る。
「けは…………ッ!」
急いで視線でアルベルトを追う。
――遠くに、右手が変に曲がり、それでも立っている彼が見えた。
いつの間にかティガレックスがアルベルトの近くにいる。あの距離を走り詰めてきたというのだろうか、だとしたら、自分はアルベルトに助けられたのだ――ヘイルは考える。
急いで声をかけた。
「アル!! すぐ行く!!」
言ったものの、背を打ちつけた痛みでヘイルはまだ動けない。それを知ってか知らずか、アルベルトが叫ぶ。
「来るな!! そこで黙ってろ!!!」
無事な左手だけで、大剣を握り締める。アルベルトはそれを重そうに掲げると、ティガレックスと対峙した。
ティガレックスは鳴き声を上げる。――この距離でも耳を塞ぎたくなる声が森の中に木霊する。そうして、自分の威厳をたっぷりと示した後、ティガレックスはまず、石、というより岩をアルベルトに投げつけた。
――ガード。
ガギン、と重い音が鳴り、ガードが成功したことを知る。しかし左手だけだからか、大きくよろけた。
そこに大きく掲げられたティガレックスの前腕の影が落ちる。
ヘイルがしまった、と思う頃には既にアルベルトは大きく吹き飛ばされていた。
――まずいまずいまずい、早く立て!
ヘイルは必死に動かそうとするが、それでも身体は言うことを聞かない。まるで脳の命令を拒むように、足は痙攣するだけに終わる。
ティガレックスは勝利を確信したかのように、ゆっくりとアルベルトに歩いていった。そして、アルベルトがちょうどティガレックスの陰に隠れて見えなくなる。
ヘイルの動かない身体に、遠くのアルベルトからの、いつもの尊大な声が聞こえてくる。
「――あぁ……クソ。後悔はねぇよ、なあ……フェリ…………」
その後ティガレックスの影で、ぶつぶつ、と肉の千切れる音と、今まで聞いたことのない小さい呻き声。
「あ……ぁ……、やめろ、やめろ……ッ! ――やめてくれよぉ…………」
ヘイルの悲痛な叫びは届かず、ティガレックスはゆっくりと肉を咀嚼する。
うう、とも、ああ、とも聞こえる、人の声のような、でも違うような小さい呻き声が断続的に続いていたが、それもいつの間にか聞こえなくなった。
――まるで永久の時間は、唐突に終わる。
ティガレックスはヘイルの声が聞こえなかったのか――それとももう興味が尽きたのか、少しだけ辺りを見回すと、雪の上に滲んだ赤色を踏みつけ――空に跳んだ。大きな影が徐々に小さくなっていき、最後にはどこかへ消えていく。
「待てよ…………、待てよぉ………………」
ヘイルはティガレックスの行き先を見つめ続けた。
人間二人が命を落としたというのに、それは本当にほんの一瞬の出来事だった。