ヘイルストーム   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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ラストメッセージ(4)完

 あの後起こったことを、ヘイルは詳しく覚えていない。

 恐らくホームに帰って色々と誰かに事情を話したんだろうが、それもまったく覚えていなかった。

 気付けば、ポッケ村に帰ってきていた。

 ポッケ村に到着するとすぐヘイルは誰か知らない人に、どこかに連れて行かれた。

 

 ――集会所だ。

 

 村人達が集まっている。次期英雄と期待されていた男と、そのパーティの仲間が死んだという知らせを聞いたからだろう。

 ヘイルは色々な話を聞かれる。

 しかし、呆然と、前にある空気だけを見ているような空洞の目。はっきりとしない受け答えに、村人達は不審な表情を向ける。

 

 ――なぜこいつだけ、無事に帰ってきたのか、と。

 

「おい、結局何が起こったんだ……。アイツは何で死んだんだ!」

 

 知らないハンターが聞いてくる。それに、ヘイルは拙く返答する。

 

「解りません…………。何が起こったのか、本当に…………。大きな、竜が現れて、それで……目の前で…………あぐぅっ!!」

 

 ヘイルはあまりの激痛に頭を押さえつける。……思い出そうとすると、妙な頭痛が起こるようにまで、ヘイルはなっていた。

 しかしハンターはその肩を掴んで激しく揺らす。

 

「それじゃ何にもわかんねぇじゃねぇか!! 何なんだよ!!」

「い、痛い……やめて…………」

「馬鹿野郎! アイツ等は死んだんだぞ! アイツ等は痛いだけじゃ済まなかったんだぞ!!!」

「あぐ……、ご、ごめんなさい。ごめんなさい…………」

 

 ヘイルの様子を見ても、村人達は誰も止めようとはしなかった。

 しかし、その男を突き飛ばした女性がいた。――フェリアの母だ。たたらを踏んでいるハンターを見ることも無く、ヘイルの肩を掴む。

 そのあまりの握力に、ヘイルは寒気が走った。

 

「ねぇ……、フェリア、死んじゃったわよ…………。死んじゃったのよ! 戻ってこないの、二人とも! 戻ってきたのはフェリアの足だけよ! なんでなの! 何が原因で死んだのよ!! 言いなさいヘイル!!」

 

 ――それは悲痛の叫びだった。

 

 普段の彼女を知っている人から見れば、あまりの異常さに失神してしまうかもしれない。それほどの彼女の様子はいつもとかけ離れていた。

 言いたくない、しかしそういうわけにもいかない。ヘイルは泣きそうな顔を更に歪め、血を吐くように口を動かす。

 

「俺、が…………。俺が……隊列を乱したからです。俺が勝手に移動したせいで、フェリア姉は……敵前に…………」

 

 それで、と続けようとしたヘイルを、まるで虫の死骸を見るかのような目でフェリアの母は見つめていた。

 

「……え? がッ!」

 

 ――フェリアの母はヘイルの頬を思い切り殴った。その力は弱いものの、今までのダメージの中で一番痛いとヘイルは感じた。

 

 ごろり、と力なくヘイルは床に転がる。そうすると、石の冷たさが殴られた頬に刺さるように染み込んでくる。

 そして、恐る恐る上を向くと、あの優しかったフェリアの母が、家畜を見るかのように自分を睥睨していた。

 

「あなたが……、あなたが――死ねばよかったのに」

 

 その一言を聞いた瞬間、ヘイルの中の何かの糸が、ぷつんと切れた。

 その後、武器屋のおやっさんと村長が集会場に乱入してきた。フェリアの母やハンター達と何か言い争いをしているみたいだったが、ヘイルには何も聞く気は起きなかった。

 

    ◇

 

 ヘイルは目が覚めるように気が付くと、刺すような寒さが襲ってくる。――外だ。

 隣にはおやっさんが渋面を作っている。どうやら肩を担がれて集会場の外に連れ出されたらしい。目線を向けると、おやっさんもヘイルの様子に気付いたのか、声をかけてくる。

 

「ようヘイル。なにやら大変だったな」

「…………すいません」

「何謝ってやがる、変なヤツだ」

 

 そう言って、いつもと一緒の笑顔を浮かべる。

 おやっさんのそのいつもとまったく変わらない姿勢に、ヘイルは思わず問うた。

 

「おやっさんは……、その、怒らないんですか」

「ん、何をだ」

「俺が、彼らを――アルベルトとフェリアを殺したことです」

 

 おやっさんは、少し考え込んだ後、こう答えた。

 

「お前、本当にそんなこと思ってんのか? だとしたらとんだ思い上がりだな」

「――思い上がり?」

「ああ、思い上がりだ。あいつらはな…………自然に殺されたのさ」

 

 自然、とヘイルは考え込むが、よく解らなかった。なぜなら――。

 

「自然って……、彼らはティガレックスに殺されたんです。それに……それに…………」

 

 ヘイルは、重い口を開け、ここ数日にあった色々なことを説明した。フェリアへの告白や、それによってできた悲劇。それを余すことなくおやっさんに伝えた。

 ――しかしおやっさんは。

 

「ほう、そんなことがあったのか」

 

 軽い口調で、おやっさんは続ける。

 

「いいか、お前はモンスターのことを何だと思ってやがる。あいつらにはな、理性や知性なんてないんだよ。俺たちにとっちゃ、地震や、雷とあんまり変わらん。それに……いいか? お前はどうだか知らないが――人間関係はどうあれ、アルベルトやフェリアはあの歳でとうに出来てたんだよ」

「なにが、ですか?」

 

 おやっさんは無精ひげを手で撫でながら答えた。

 

「――死ぬ覚悟ってヤツさ。あいつら、最後なんか言ってたか?」

 

 ヘイルは少し考え込む。すると、アルベルトが言っていた言葉が頭によみがえってくる。――その時、不思議と頭痛は無かった。

 

「アルは……確か、『後悔はねぇよ』……と」

「ハハッ! あいつらしいな!」

 

 かはは、と乾いた笑い声を上げるおやっさん。

 

「悪い、あまりにも想像しやすかったから笑っちまったぜ」

「おやっさんは…………」

「ん?」

「おやっさんは――悲しくないんですか」

 

 あまりにも普段と変わらず、淡白なおやっさんの様子はヘイルの目には不思議に映った。

 しかしその質問にもおやっさんは簡単に答える。

 

「そりゃ悲しいさ。……でもな、あいつらはハンターだ。悲しんでやるよりも、多分、よく立ち向かったなって労ってやるほうがあいつらにとっちゃ幸せなんじゃないかい?」

「………………」

 

 ヘイルは、その問いに答えることは出来なかった。自分の死を、本当の意味で意識したことが無いから、考えることも出来ない。 

 そのまま、担がれて向かう先はヘイルの家だろうか。あまりの外の寒さに身体の心まで冷え切ってしまっている。

 

 ヘイルは考える。元々今回のクエストが終了すればひとり立ちするつもりだった。しかし、こんなことになって、本当に一人になってしまった。自分は結局何がしたかったのだろう――何が出来るのだろう。

 悲しい。……本当に悲しかった。

 悲しくて寂しい。細かい震えが止まらないのは、外の寒さのせいではなく、これから歩く道がまったく見えないからかもしれない。

 

 しかし、これほどにも悲しいのに――ヘイルは涙の一滴も流れなかった。

 あの二人が死んだことが、現実に起こったことではないかのように思えてしかたなかった。本当は二人とも生きていて、今も自分の家にいるんじゃないのか。そういう妄想じみたことまで浮かんでくる。

 

 また、一人になってしまった。

 ――ヘイルは一人じゃない、と言ってくれたフェリアはもういない。

 足元が抜け落ちる錯覚が、ヘイルを襲った。

 

「おい、どうしたヘイル。大丈夫か?」

 

 がくり、とバランスを崩したヘイルを支えるおやっさん。ヘイルはゆっくりとおやっさんを見る。

 

「おやっさん、俺……どうしたらいいかな。これから……何をしたら…………」

 

 おやっさんはヘイルの前で、今日始めて真面目な表情を作った。

 

「――それはお前が考えろ」

 

 おやっさんは優しかった。――だから、突き放した。フェリアのように甘ったるい言葉で優しく撫でてくれるのではない。

 ヘイルは不安でいっぱいになったが、おやっさんのそんな気持ちも伝わった。

 

 自分で、自分で立たなければ。

 しかし、奮い起こそうとしても、足に力が入らない。

 無理にでもヘイルはおやっさんの手を振り払った。不様に、踏まれて泥で汚くなった雪の上に転がる。

 

「お、おい、ヘイルどうした。掴まれ」

 

 それでもヘイルはおやっさんの手を取ろうとはしなかった。

 唐突に、ヘイルの頭にヘイルの頭にアルベルトの姿が蘇ってくる。

 ヘイルは目を閉じる。もうおやっさんの声は聞こえてこない。

 

 ――目を閉じて、そしてもう一度開くと、そこにはアルベルトとフェリアが立っていた。

 

「ねえアル、フェリア姉。俺は、俺は何か二人のためにできることがあるのだろうか……」

 

 握り締めた拳から、血が滴り落ちる。

 

「こんな弱虫で、泣き虫で、一人じゃ何も出来ない俺が、何かをできるようになるんだろうか……」

 

 二人は、地面に不様に這い蹲るヘイルをいつもの優しい目で見つめている。――そして、いつものようにニコニコと笑っている。

 ヘイルは土と雪を一緒に握りつぶしながら、彼らを見ることしか出来ない。

 

「俺は、二人に、何かを返せるのだろうか…………」

 

 そう問いかけても、二人は優しい笑顔を絶やさず、こちらを見ているだけだった。

 その顔を見て、ヘイルは二人の言葉を思い出す。

 いつの日か、フェリアが言った――。

 

『私は、この村が大好きなの』

 

 いつの日か、アルベルトが言った――。

 

『俺はいつか、この村を代表するハンターになって、皆を守る』

 

 そうか、ヘイルは思いつく。

 

「俺が…………、二人の代わりをやればいいんだね…………」

 

 そう聞いても、二人は笑顔でこちらを見ているだけだった。

 ヘイルは、そんな二人を見つめ、瞳に歪な炎を灯す。

 

「わかったよ、二人がやりたかったことを、俺が、代わりに」

 

 そしてヘイルは、ぎゅっと目をつぶった。

 

「――俺が、代わりに…………」

「代わりに、なんだって?」

 

 目の前にはおやっさんがいくらか困った顔をこちらに向けていた。

 

「どうしたんだヘイル。様子がおかしかったが……」

「何もおかしくなんて無いよ、おやっさん。おかしいことなんて無い」

「ヘイル…………?」

 

 おやっさんは変わらず手を伸ばし続けている。ヘイルはその手をとることは無く、代わりに地面の上で姿勢を正し――額を土に押し付けた。

 おやっさんは怪訝な顔を向ける。

 

「……お、おい、どういうつもりなんだヘイ――」

「――お願いします!!!」

 

 見たことの無い姿勢――まるで許しを懇願しているような構えは、おやっさんは前にもどこかで見たことがあった。数瞬考えて、思い当たる――ヘイルの父だ。

 ヘイルの父が誰かに謝るときに、こんな姿勢をとっていた――確か名前は、土下座といったか。

 

 その圧倒的な強制感に、おやっさんは恐々とした。

 

「……何を、お願いしたいんだ」

「俺に、俺にあの、スラッシュアックスを造って下さい!!」

 

 こちらを伺うように見てくるヘイル。その目を見て、おやっさんは気付くことがあった。

 

「……それを、何のために使おうって思ってるんだ」

「それで……、この村を守ります」

「守る……? それにしちゃ、剣呑な眼をしてやがるぜ、おまえ」

「……言っていることが解りません。俺は、純粋に彼らが守りたかったこの土地を、自分が代わりに守りたいだけです」

 

 言いながら、ヘイルはおやっさんを見ている。ただ、焦点が合ってなく、中空を見つめているようなヘイルの瞳に寒気を覚えた。

 

「……だとしても、今まで片手剣を使っていたお前が、一朝一夕で扱えるような武器じゃねえ。最近出来たばかりの武器だ、お前みたいな初心者が――いや、素人が扱えるような代物じゃねぇんだよ」

 

 話はこれで終わりだ、と、おやっさんは、嫌な予感を拭うように話を切り上げようとした。

 しかしヘイルは引き下がらない。

 

「――アルが言ってました。俺には、片手剣みたいなものじゃない、もっと太くて重い武器のほうがいいと。それに、一朝一夕で終わらせるつもりじゃありません。私財も全て差し上げます、だから……」

 

 お願いします、とヘイルは何度も頭を地面に叩きつけた。

 ――そして、こう呟く。

 

「――俺に、奴等を殺せる力をください」

 

    ◇

 

 あの地獄から、長くの月日がたった。

 その間にヘイルの風貌は変わった。――少年然としていた風貌は消え失せているといっても過言ではない。細く痩せた顎はそのままに、その両眼は、優しい色を宿していたある日のものではなく、猛禽類のように鋭く、殺気を振り撒くものになっていた。頬も男性らしい筋肉が少しはつき、昔中性的だった顔は今では男性のものであるとすぐ理解できるくらいにはなっている。

 髪の毛はおおむね変わらない。少し色褪せたような黒髪になってしまっているが、以前と同じく、耳にかかるくらいの長さで切り揃えられている。癖毛である、跳ねた前髪は未だ健在だった。

 

 その髪を優しく風が撫ぜる。

 ――ヘイルは今、重々しいスラッシュアックスを右手に、砂漠でその竜と対峙していた。

 

 歪に大きい頭。

 盛り上がった筋肉。

 恐ろしい巨体。

 

 そう――ティガレックスだ。

 

 しかし、どこか弱弱しい。というのも、もう既にティガレックスはボロボロになっていた。爪は砕かれ、尻尾は切り落とされてしまっている。

 そしてヘイルのほうもティガレックスと戦うには少し軽い装備をしているように思える。――全体的に黒い。鈍い光が輝く鋼鉄の胸当てや篭手、足の鎧は恐らくカンタロスから作られたものだろう。普通に製造されているものと比べ全体的にコンパクトで、かなり軽量化されているところを見ると、オーダーメイドのものであることが分かる。――また、兜はつけていない。耳から下げられたピアスが光っているだけである。

 

 その、装備というには少し危うげな印象を受ける格好の上から、更に真っ黒なロングコートを着ている。こちらは素材から見るに、ナルガクルガの、軽くて丈夫な体殻から造られている様に思われる。

 それは、軽量で、それでも出来るだけ頑丈に、というコンセプトで造られたということが、誰もがすぐに理解できるものだった。

 そして、その軽量に特化した防具には傷一つ付いていない。――ヘイルは無傷だった。

 

 ――ヘイルは、恐ろしいほどの殺気を滲ませてティガレックスを見つめている。そして、ティガレックスも疲弊した殺意をヘイルに向けているが、ヘイルはそよ風に当たるかのようにそれを無視している。

 

 唐突に、戦いが再開した――。

 ティガレックスはがっしりと前足を地面に突き立てると、大きく咆哮した。音が壁のように迫り、ヘイルを圧倒する。――人に恐怖を感じさせる異形の咆哮はまさしく、轟竜と呼ばれるもののそれだ。

 しかし、ヘイルはまったく動じず、屹然としている。

 

 その様子に怒りを感じたか否か――ティガレックスは前足を器用につかい、地面の岩をヘイルに投げつけた。

 しかし、投げる動作をする時点で、もうヘイルはそこにはいなかった。少しだけ移動して、ティガレックスから軸をずらしたのだ。――口では簡単に言えるが、それは簡単なことではない。大体のハンターは、安全を守るために、相手の攻撃を避けるときは必要以上に大きく避けるようにするものだ。そのセオリーをヘイルは覆している。

 

 身体のすぐ横を、自分より大きな岩が飛んでいく。――それでもヘイルは毅然と立っていた。

 ティガレックスは、少し呻くように鳴いた後、轟音を立てながらヘイルに走り寄る。――突進。それがティガレックスの、単純ゆえに強い、最大の攻撃方法。

 それでもヘイルは表情を変える事は無い。

 

 ティガレックスが近づく。

 そして、もうぶつかる、というところで――

 

 ――ヘイルが跳んだ。

 

 斧形態のスラッシュアックスを抱きかかえるようにして、軸にする。回転しながら飛んで、ティガレックスの上ギリギリを通り抜け、交差した。

 

 ――着地。

 ヘイルは無傷で、あの突進を逃れた。

 ティガレックスはヘイルを見失ったのか、きょろきょろと辺りを見回している。それはそうだろう、当たったと思ったものが眼前で突然に消え失せたのだ。

 

 その隙を逃すまいとヘイルは、ティガレックスのものとはまったく正反対の、静かで、しかし鋭い走りを見せる。

 ――そして二度目の跳躍。

 

 何も音がしなかったそれに、ティガレックスは本能で感じたのか後ろを振り返る。

 

 しかしもう遅い。

 

 身体を軸に、ヘイルは斧形態のスラッシュアックスを振り回し、空中で高速回転していた。自分の、頭から足の直線を芯としての横回転。ごう、という風の唸りがその激しさを語る。

 ティガレックスは、呆然とその光景を見上げる。ヘイルは既にティガレックスの巨体をも通り越し、遥か遠くの空中で回転している。――そして、それはまるで、黒い台風のようだった。

 

 ヘイルはその風圧に歯を食いしばりながら、手元のレバーを握り込む。

 ――とたん、斧の部分だった所が下にスライドし、背の部分から遠心力に任せて刃が飛び出した。スラッシュアックスの可変機構が、火花を散らして行われたのだ。ぐぎゅるる、といった鈍い水音――スラッシュアックスに付けられたビンの薬剤が刃に循環し、いつでもその薬効を働かせられるようになる。

 

 ティガレックスは、何かに捕まったかのように動かない。それは見とれているのか、それとも、逃げられないことを感じているのか――

 急にヘイルの高度ががくりと落ちる。長い飛翔も、終わりのときが来たのだ。

 高速回転からなる、歪な黒い台風がティガレックスの巨体に迫る。

 

「シッ――――…………」

 

 ヘイルが特殊な呼吸で酸素を吸い込み、落下の準備を整えた。

 そして――

 

 ――落雷。

 

 嵐の中の稲妻のように、スラッシュアックスの鈍い銀光がティガレックスに叩き落された。

 地面が捲れ上がり、土埃が舞いあがる。風は猛々しく吹き荒び、その土埃をもっと広く押し広げる。

 

 ――そして、ようやく土埃が晴れた頃、ティガレックスの様子が見えてくる。

 

 地面に平べったく倒れたティガレックスは、頭のパーツだけがぐちゃぐちゃに破砕されていた――その有様は斬られたというより、叩き潰された虫のようだ。頭蓋は完璧に陥没し、目玉は飛び出し、肉片が飛び散り、よくわからない形になってしまっている。

 その様子を見て、もう既にスラッシュアックスを背中に納めたヘイルはため息をついた。

 

「何体目だっけ……」

 

 ヘイルは、ティガレックスを狩ることは初めてではなかった。

 あの出来事があってから、この敵とはもちろん憎悪に近い感情を抱いて戦ってきたつもりだった。しかし、撃破数が五を超える頃にはその感情も徐々に衰え、十を迎える頃には数さえも数えることを止めていた。

 

 ヘイルはティガレックスの死体にもう用は無い、とばかりに歩き出す。――知性なき獣に祈りなど不要だ。

 彼は報告に向かうため、その足を動かし颯爽とこの場を去る。

 

 

    ◇

 

 砂漠という土地はこのポッケ村から一番遠くはなれた場所である。しかし、だからといって移動に時間がかかるかと言えば、別にそこまでのことでは無かったりもする。

 飛行艇であれば確かに時間はかかれど、天気がよければ三日から四日で到着する。

 ヘイルは砂漠近くの村から、観光気分で珍しい食べ物を食べたり、お土産を買ったりした。そして近くのギルドでティガレックスの素材や報酬の受け取りを済まし、配達を依頼した後、飛行艇に乗り込んだ。そして何日かそこで過ごせば、もうポッケ村に近い停泊場に着く。

 

 ヘイルは鎧を脱ぎ、私服の上から例のナルガのコート(意外と暖かいのだ)を羽織った格好でポッケ村を歩く。その姿は長旅の疲れも見せず威風堂々としていて、勝利の凱旋といっても過言ではないほどだ。

 しかし、村人達の視線は冷たい。――いや恐れているといってもいい。

 

 砂漠のある、遠い地方からも依頼が来るということは、ヘイルはなかなかの腕前を持っているといっていい。普通、砂漠からの依頼は、ヘイルのような例外を除き、大体のハンターは大都市から輩出されるものだ。ポッケ村のような地方なら、帰ってくると祭りが起こるくらいの騒ぎになるはずである。

 しかし、その事実を知っておきながら、誰も彼を見ようとはしなかった。

 

 いや、数人、ヘイルの帰郷を喜んでいた。――その一人がおやっさんだ。

 おやっさんは以前とまったく変わらない風貌を笑顔に変え、ちょうど武器屋の前を通りかかったヘイルに話しかける。

 

「よう、お疲れさん。上位クエストに一人で行く馬鹿野郎、武器のメンテナンスはいるかい?」

「はぁ……、何が馬鹿だ。……後から持っていくつもりだったんだが、今すぐでもいいならお願いしよう。他の装備の方もこの手荷物の中に入っている」

 

 ヘイルは担いだスラッシュアックスやバッグを丁寧に店先に置いた。それを見たおやっさんが驚く。

 

「うわ……、また無茶な使い方をしたんじゃないのか?」

「……あー、まあな」

「これを持って飛んだり跳ねたりできるハンターなんて、お前ぐらいしかいないだろうよ……ったく。わかった、預かったよ。次の依頼までにはちゃんと使えるようにしといてやる」

「ありがとう、おやっさん……」

「いんや、それがお前との約束だからねぇ…………」

 

 おやっさんは遠い目をして、ヘイルを眺めた。

 そして呟く。

 

「お前さん、本当に村一番になっちまって、まあ……」

 

 ヘイルは、自分で決めたとおり、この村の英雄となっていた。……村人達は認めないが。村長からは感謝状を送られたりもした。ヘイルは約束を違えることなく、この村で最強の栄華を手にしたのだ。

 こなしていくクエストもだんだん難しくなっていき、大都市出身のものともパーティーを組んだりもしたことがある。そのような者達には、親しみと畏怖を込めて――暴風のヘイルと呼ばれているほどだ。

 

 それでもヘイルは頑なに認めない。

 

「この村で一番なのは、……あの二人だ。俺は彼らが受けるはずだったものを代わりに受け取っている。……ただそれだけだ。俺はまだまだ、あの人たちを超えてはいない」

 

 それを聞いておやっさんは小声で言った。

 

「そうかねぇ、そうは思えないが。ま、ヘイル、お前さんが言うならそれでいいんだろうよ」

「ああ」

 

 ヘイルはしっかりと頷いた。

 

 ヘイルは自分の家へと歩く。その間も、村人達の視線は止まない。

 こそこそと、影から悪態をつく声も聞こえてくる。ヘイルの、村人達からの呼称は――災厄のヘイル、だ。

 

 ヘイルはそれで構わないと思っている。――それがあの二人を殺した罪への贖罪とも思っているし、村人にとっても、ヘイルはあの例の二人から村最強の称号を奪い取ったように見えるだろう。

 しかし、ヘイルに対していい意味で態度を変えた人だっている。

 

「ヘイル、今回も無事でよかったわ」

 

 その人の家の前で、ヘイルは彼女と偶然に居合わせた。偶然にしては少しタイミングがよかった気もするが……。

 

「ええ、おばさん。俺はこの村にいる以上、絶対に負けませんよ」

 

 ヘイルはその人を笑顔で迎える。――フェリアの母だ。彼女はとても早いうちからヘイルへの態度を変えていた。

 

 彼女は確かにあの日、一気に娘と、その恋人まで失って、人格が変わったのかと思われるまでに動転していた。だがやはりフェリアと同じく、彼女は優しい人間だったのだ。あの事件から数日たったある日、急に家に彼女がやってくると、泣きながら謝られた事をヘイルは今でも鮮明に思い出せる。

 あの二人が死んでからも良くしてくれた人は、おやっさんを除けば彼女だけだ。

 

「そうね……ヘイル。あなた、今日は何の日か覚えてる?」

「何の日……? ええと…………」

 

 ヘイルは考え込むが、思い浮かぶことは特に無い。あの二人の命日は、狩りに行く前に過ぎた。

 何だっただろうと真剣に考え込むヘイルに、くすくすと、フェリアに似た、でも少ししわがれた笑い声が聞こえてきた。

 

「やっぱり自分のことになると、とたんに忘れてしまうわね」

 

 自分のこと? 自分に関係することだろうか、そう考えるが、一向に出てこない。

 結局解らず、ヘイルは白旗を振った。

 

「……すいません、何の日でしょう」

 

 ヘイルのそんな様子に、フェリアの母は一層大きく笑う。

 

「うふふ、まったく、……あなたの誕生日でしょう?」

「あ…………」

 

 確かにそうだ。一番の盲点だった、とヘイルは思考する。

 

「本当に、おめでとう」

「……ありがとうございます」

 

 こうやって、人から聞かされると、実感が湧くものだ。あの事件から自分はどう生きてこられたのか。彼らの分も含めて、ここまでこられただろうか。

 ヘイルのその考え込む様子に、痛々しい表情を向けるフェリアの母。微妙な空気を断つように、彼女は切り出した。

 

「そうそう、あなたに渡すものが……、いえ、本来は渡さないといけないものがあったの。ちょっと待っててね」

「……?」

 

 ヘイルは、その言い回しに疑問を抱く。

 それをよそに、いそいそと家の中に入り込むフェリアの母。そして、しばらくすると少し大きめな木箱を抱えて彼女が出てきた。

 そして、それをヘイルに差し出した。

 

「お誕生日おめでとう。……開けてみて」

 

 ヘイルはそれを開ける。……中から、片手剣が出てきた。銀のシンプルな装飾が美しいその片手剣の名前は――オデッセイ。その刀身の輝きは、まだ一度も使われていないのが手にとって解るほどだ。

 もしかして、とヘイルは思う。

 

「これって、おばさんが……?」

 

 だとしたら申し訳ないが使うことはできない。今使っている武器はスラッシュアックスだ、それにこの片手剣は、ヘイルが扱うには少々……。

 そこまで思って、失礼だとヘイルは自戒する。

 

「ありがとうございます。大事に使いますね」

「――ねえ、この武器を見て、何を思った?」

 

 フェリアの母が、間髪をいれず聞いてくる。どういうことだろう、ヘイルは思う。

 

「いえ……、大事に使おうと思いましたが……」

「本当のことを教えて?」

 

 彼女の様子を覗き見る。とても、真剣な表情を浮かべている。

 ヘイルは嘘をつくのが忍びなくなり、本当のことを告げることにした。

 

「……俺の戦っているランクの敵に使うには、少し脆いと…………」

 

 扱っている素材が素材だ。ヘイルのスラッシュアックスは、素体は確かに最初のままだが、ランクが上がって敵が強くなるにつれ、その敵の素材でその都度強化してきた。そうしないと、敵の装甲に文字通り歯が立たなくなるのだ。

 

「……そう、それを聞いて安心したわ」

「安心……?」

「その中に入ってる、手紙を読んでみて」

 

 ヘイルは探す。確かに木箱の中に、手紙のようなものが入っている。ヘイルは不審に思いながらも、その手紙を開けた。

 

 ――いつでも余裕でいることが格好いいんだ。逆境も笑って迎えろ!

 

 と、書かれていた。ヘイルは意味が解らず問う。

 

「これは、何を…………、っ!」

 

 そして途中で何か引っかかる。

 激しい既視感に襲われる。息は荒くなり、動機は激しくなる。心臓が胸の裏を叩いて止まない。

 

 そう、ヘイルは見たことがあるのだ。どこかで、この字体を。

 まさか……、ヘイルはその手紙の下のほうを見る。

 そこには――アルベルト、と署名してあった。

 

「――――ッ、こ、これは」

 

 一瞬息が止まる。そしてヘイルは手紙から顔を上げ、フェリアの母を見た。

 

 彼女は、泣いていた。

 

「……ごめんなさい。もっと早く渡しておけばよかったのに……それなのに、私は、なかなか渡すことが出来なくて…………あなたに何て言ったらよかったのかわからなくて…………」

 

 ごめんなさい、と涙を流す彼女にヘイルは何も言えなくなった。

 

「それは、生前フェリアとアルベルトがあなたに渡す予定だった、誕生日プレゼントよ……。あの子は逝く前、それを渡すことが楽しみで仕方なかったみたいなの。こんなに時間がたつまで渡せなくて、ごめんね……」

「そ、それで、これを俺に、と……?」

「ねぇ、ヘイル。さっきこれはあなたのランクで使えるものではないと、言ったわよね……」

「あっ……、その、悪気は…………」

「気付かないの?」

「気付く、とは……?」

 

「――それは、当時の二人の、出来うる限りの素材を持ち寄って作った片手剣なのよ」

 

 その言葉は、ヘイルに深く刺さった。

 突き刺さった傷口から血が漏れ出すように、ヘイルは呟く。

 

「それじゃあ……、お、俺は…………」

「そう、とっくの昔にあなたの実力は、あの二人を越えている……。だから、だからもう……いいのよ。頑張らなくてもいいの……」

 

 ヘイルは呆然とした頭で、もう一つの手紙を持った。ヘイルはほとんど何も考えられない頭で、それでも一つだけわかった。この手紙は、二人の最後の言葉だと。二人が逝ってしまう直前に自分に残した、最後の手紙(ラストメッセージ)だと。

 

 震える手でやっとのこと、手紙を広げた。

 そして、読み終える頃には、嗚咽が止まらなくなってしまった。次から次へと、溢れ、零れ落ちていく。――この涙は、二人が死んでから流した、初めての涙だった。

 そのヘイルを、フェリアの母は優しく抱き寄せた。

 

「よしよし、……よくがんばったわね」

 

 そう言った彼女のセリフも、胸の匂いも、フェリアとそっくりだった。ヘイルは昔を思い出し、昔のように抱きついてわんわん泣いた。

 不思議にもその情景は、まるで寄り添う母子のようで――。

 

 泣いている二人を、ポッケ村の夕日が優しく包んでいた。

 

    ◇

 

 ヘイル、お誕生日おめでとう。

 私はこういう手紙をあんまし書いたことないし、何から始めればいいんだろう。

 そうだね、じゃあ会った時のヘイルの話を書こうかな。

 

 ヘイルが私と会ったとき、私が感じたことは、一言で言うと大人っぽい子だなーっと思ったんだよ。

 でもそうじゃなかったよね。本当はお父さんに振り向いて欲しくて、でも表に出して言えない、そんな子だった。つん、と大人ぶってるけど、痛かったりビックリしたりするとすぐ泣いちゃって……。泣き虫さんだったね。

 

 だから、そんなヘイルがハンターを始めるといったときは、私すごい反対したよね。アルベルトは賛成したから、こう思われてたら嫌なんだけど……あれって別にヘイルをいじめてた訳じゃなかったんだからね。

 私はアルベルトが心配で、一緒にハンターを始めたけど……本当に辛かったよ。痛かったし、ほんとは何度も何度も、アルに止めようって言ったの。でもアルは、知っての通り強がりな人だから、途中で止めるわけにはいかない、やめるなら私だけで止めろって……まったく、これが恋人に言うセリフ?

 それでも、泣きべそかきながらも私はここまできた。でもね、ヘイルの成長を見てビックリしちゃった。

 

 私が、アルと力を合わせてでも、ドスランポスみたいな中型モンスターを倒すまでになるのに二年かかりました。

 二年だよ? ずっと身体の基礎作りや、ハンターとしての基本の知識を詰め込んだりしてた。それでも、先輩達には早いほうだって言われたりしたんだよ。

 でもそれをヘイルは半年もせずクリアしたね。

 アルは私には強がって言わないけど、私はヘイルのほうが、ずっと強くなるんじゃないかって思ってます。そのうち、私やアルを抜いて、この村の代表になる日が来るって、私は思ってる。……そのとき、アルは悔しがるだろうね。見てみたいなぁ。

 

 でも……それでも、ヘイルはあなたの優しさを忘れないで欲しいな。

 ヘイルは、戦って殺されそうになっても、祈りを捧げてた。初めてそれを見たときは、すごいなって思った、というより言っちゃったんだ。ヘイルは覚えてる? 聞こえてなかったらいいな、恥ずかしいし。

 

 うん、ほんとにすごいと思う。私、最初モンスターって何でいるんだろうって、なんで人を襲うんだろうって思ってて、見かけたモンスターを全部倒してた。

 でも、ヘイルが昔言ってくれたね。向こうも同じだよって。ただ生きてるところを、寄って集って殺してるって。

 

 何気ない一言だったかもしれないけど、今私はそう思って、モンスターと向き合ってる。

 だから私は、ヘイルがどれだけ強くなっても。生き物を殺すことに慣れちゃっても……今のままの優しい、人や生き物の痛みをわかってあげられる、泣き虫ヘイルのままでいて欲しいなって。

 ヘイルのその、大事な物を、いつまでも大切にしてね。

 

 そう思ってこれを書かせてもらってます。

 

 うわ……書きすぎてもう紙の余り無いや。もっと書きたいこといっぱいあったけど……それはまた今度にするね。

 それじゃ、ありがとう。これからもよろしくね。――フェリアより。

 

    ◇

 

「おや、何を見てるんですか? ヘイル」

 

 ちょっとだけぼろい。でも風情がある宿屋の一室でくつろいでいるヘイルの肩越しに、サクラはヘイルの手元を覗き込んだ。

 少し見えたところ、手紙のようだった。少ししか見えなかったのは、ヘイルが慌てて隠したからだ。

 

「おい、覗くなよ失礼な……」

「あなたと私の間に礼などいらないでしょう?」

「おまえ、同じセリフ絶対どっかで言ってやるからな……」

 

 サクラは仏頂面から急に表情に笑みを差した。この頃はサクラの表情が豊かになっているのを感じつつ、ヘイルは少しドギマギした。

 

「で、何の手紙ですか?」

「……え、いやいいだろもう。もう終わりな感じだっただろ」

 

 ヘイルが言い終わるや否や、ずい、とサクラが顔を寄せてくる。たまらずヘイルは背中を反らした。

 少し鼻息荒くサクラは言う。

 

「いえ、絶対聞き出します。ヘイルが見たことない顔をしていました。正直不快です」

「不快って……」

「私の好意に答えてくれたのは嘘だったのですかッ!!!」

「うるさっ!!!」

 

 ヘイルはたまらず肩をすくめて身を縮めた。一緒に過ごして長いもので、すぐ手を出す癖が治ってないことをヘイルは知っている。

 サクラはいつもの無表情で、かつ空洞のような瞳でヘイルを見て黙っている。

 

 ――黙っている。

 

「……いや怖っ!!! なんか言えって!」

「私はこうやって、彼氏の自発性を促してるんです」

「え、教育されてる?」

「浮気は殺します」

「え、言えなくない?」

 

 もし浮気だったとしても、とヘイルは繋げた。いつ手が出るか分からないもんで、恐怖でどんどん目が細まっている。

 サクラは少しその様子を見ていたが、ふう、とため息をついて顔を背けた。

 

「ま、余計な心配でしょうか。あなたまったくモテませんしね」

 

 頬に手を当てつつ目を瞑ってサクラはそういった。

 

「うん、馬鹿にされたけど、なんか納得したみたいでよかった。馬鹿にされたけど」

 

 まあいいか、とヘイル。

 手に持った手紙をしずしずと畳み、片付けようとした。

 

「それはそれとして、――その手紙は拝見します」

「うおおおおお!」

 

 シュバ、とヘイルから奪おうとサクラが手を伸ばした。

 ――それを、ヘイルは持ち前の機敏さで仰け反り、その魔の手から逃れた。

 

「おおおおおお!」

 

 そのまま仰け反った反動で背面にゴロゴロとヘイルは転がった。

 サクラは瞠目して眺めた。これがヘイルストームか。

 

 ――そして、勢いよく回転を利用して立ち上がると、流れるように行燈の中に手紙を突っ込んだ。

 その古めかしい手紙に、音もなく火が付いた。

 

「おおお熱いいいいッ!!」

「ちょ、おま、何してるんですかぁ!! 危ない危ない!!」

「熱いいいいッ!!」

「いや手を放してください馬鹿!! 火事になる、火事になるからぁ!!」

 

 ……火がついたとはいえ、小さな紙片だ。サクラが強引に奪い、手ではたくとすぐに火は消えた。

 少し焦げ臭い匂いが部屋に残る。サクラとヘイルは疲労感とともに、嘆息した。

 

 そしてサクラは、もう二度と復元できないだろう、焦げて粉々になった紙片を睨んだ。

 

「そんなに見せたくなかったんですか。ええ?」

「いや事故だって、びっくりしたなあもう」

 

 ふう、と冗談めかしてヘイルは、額をぬぐうジェスチャーをする。

 その様子をサクラは半目になりながら見た。

 

「まあ、いいですけど。――それより、大事なものだったのでは?」

「…………」

「勢いに任せて、取り返しのつかないことをして後悔することになるのでは?」

「…………若干、もうしてる」

「はあ……」

 

 冗談めかしたヘイルの表情が、若干曇っていくのを見て、サクラは呆れた。

 だが、自分がその手紙に執着せず、流しておけばこんなこともしなかっただろうことは予想はついた。

 サクラは俯き唇を尖らせて続けた。

 

「……その、私のせいですよね。大事なものだったのに、ごめんなさい」

「へ!? あ、いや。……いいんだよ、元々捨てようとしてたし。むしろ踏ん切りがついて丁度良かった」

 

 炭化して、バラバラになった紙片を見ながら、ヘイルは続ける。

 

「俺にはもう、忘れてたものが何だったか、大事なことは何なのか、――きっと、全部取り戻したから」

 

 ヘイルはサクラへ顔を向けると、おどけるように肩をすくめて笑った。

 

「――だから、いいんだ」

「っ…………」

 

 その笑みを見て、サクラは頬が紅潮するのが手に取るように分かった。

 恥ずかしい、でも、目を背けたくはなかった。

 ぐっ、と口を結んだあと、何か決心したかのように言った。

 

「私、――ヘイルのことが、好き、です」

「……あ、ああ」

「私が、ヘイルの一番大事になりますから。絶対」

 

 ヘイルはたまらず顔を反らして、恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「いやまあ、もう、そうだけど……」

 

 一拍呼吸をおいてから、ヘイルはサクラに向かい合った。

 

「うん、そうだな。俺も、一番大事にするよ。――必ず、そう誓うから」

「……えへへ」

 

 そうして珍しくはにかんだサクラは、それこそ桜色に頬を染めて、上目使いでヘイルを見つめる彼女は、とても美しかった。

 ヘイルはたまらず、肩を抱き寄せた。彼女の花のようないい香りが強くなる。

 

 ――そうして、当人らには永遠とも、一瞬とも思えるような時間、お互いを強く感じていた。

 

「ヘイル」

「……ん、なんだ?」

 

 サクラの呼吸で首元のくすぐったさを感じながら、ヘイルは答えた。

 んー、と甘えるようにぐりぐりと額をこすりつけるサクラ。その様子にヘイルは頭をぽんぽんとあやすように叩いた。

 

「こらこら、くすぐったいだろ?」

「――――フェリアって誰です?」

「ひょ」

 

 あーなるほど、こいつ俺を捕まえたな。ヘイルは考えた。

 腰に回されたサクラの腕がギリギリと食い込んていくのを感じ、ああ、今日はもう少し時間がかかりそうだ、と独りごちた。




色々続きも考えてた気がしますが、プロット紛失の為終わりです。
そんな意味も込めて、エピローグを書きました。
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