幼馴染の変人ベーシストの料理番になった件について。 作:かんかんさば
『私にギターとボーカル教えて貰えませんか?』
この前の金曜の夜、喜多ちゃんは突然俺に教えを乞うてきた。といっても俺だけじゃなくリョウにもなのだが。
俺は喜多ちゃんのオファーに二つ返事で了承した。そして、今日はそのレッスンの初日。俺は家からギターを引っ張り出してスターリーへと向かった。
「お疲れ様で〜す」
「ギター背負ってくるなんて珍しいなお前」
「ちょっと頼まれ事があるんで。ギタースタジオに置いていいですか?」
「スタジオこれからリハやるバンドがいるからスタッフルームに置いてくれ」
「了解っす」
ギターをここに持ってくるのは実に5か月ぶり。
にしてもライブハウスにギターを持ち込むのってなんか本物のバンドマンみたいでテンション上がるな。
ギターをスタッフルームに置いてタイムカードを押してバイト開始。
今日のシフトは7時半まで。掃除をしてドリンクサーバーの詰め替えをやって、そこからドリンクの受付。
初めは覚えるのが大変だったが今となってはちょちょいのちょいだ。
「ぼっちちゃん補習か〜。頑張って早く戻ってきて欲しいな……」
「そんな心配しなくてもそのうち戻ってくるだろ」
ドリンクの受付は普段ひとりと虹夏の担当なのだが、今日はひとりが補習でいないため、俺が代わりに入っている。
「すみませ〜ん、コーラ一つ」
「は〜い、コーラですね。少々お待ちください」
お客さんからのオーダーを受け、カップに氷を入れてそこにコーラを注いで蓋をし、お客さんに渡す。
普段担当しない業務もこうやってキッチリこなせるのは教育係の虹夏のおかげかもしれない。
「なんか感謝された気がする。いつもはなんか失礼なこと考えられてる気がするのに」
「まぁ1mm分は感謝してるよ。1mm分はね」
「なにそれほとんど感謝してないじゃん」
「ないよりはマシだろ」
「むぅ……てか失礼なことは考えてるんだ」
「それはどうだか」
失礼なことなんて考えてるわけが無いじゃないか。
決して今膨れっ面をしてる虹夏が子供みたいだって思ってるわけが無いじゃないか。
「なんか怪しい……」
「別に。その膨れっ面が子供みたいだなんて思ってるとかそういうんじゃ……あ……痛い痛い悪かった悪かった!」
思ったことを言ってしまうと、虹夏に頬をつねられた。
ドラマーの馬鹿力でつねられるとマジで洒落にならないくらいの痛みが走るんだよな。
「二人とも漫才してないでドリンク頂戴」
「流れるようにサボるなよ」
「お客さんしばらく入って来なさそうだからいいでしょ。それにあと五分で私は上がり」
スマホを開くと時刻は19時25分と表示されていた。
なんでバイトしてる時の時間の経過って早いんだろうか。
残り時間でドリンクを飲みながら雑談していたら時間になったのでタイムカードを押してバイトを上がった。
ギターを回収し、喜多ちゃんと合流して俺たちはスタジオに移動した。
「リョウ先輩、楓先輩!改めてですが……私にギターとボーカル教えてください!」
「レッスン料、高くつくよ。それでもいいの?」
「はい!いくらでも払わせてもらいます!!」
「じゃあまずは前払いで1万円頂戴」
「なにサラッと後輩から大金たかろうとしてるんだよ」
「いいんですか1万円で?何万でも支払いますよ?」
「払わなくていいからね?」
喜多ちゃんもこんな奴に何万も貢ごうとしないでよ。なんかこの娘の将来心配だな。
1万円を受け取るのに失敗して少し不服そうな顔を
「せっかく大金を得るチャンスだったのに…… まぁいい。とりあえずギターは教えてあげるけど私もベース練習しなきゃだから基本は楓に教えてもらって」
「そういうことだ。できる限りみっちり教えるからよろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
こうして俺とリョウの喜多ちゃんギター訓練が始まった。内容としては基礎的な奏法の指導ではなく、基礎を応用したものだったり、よくないクセを治すというものだ。
「やっぱ飲み込み早いね。さすが嘘を本当にしようとしてただけあるわ」
「いえ……それほどでも……」
「まぁそれはそれとして、演奏するときに目線の先が前じゃなくてフレットに向いちゃってるからそこは意識してなおしていこう」
「はい!」
「よし、じゃあ課題が分かったところで今から早速克服するためにトレーニングをしよう」
「どういうやつですか?」
「さっき言った通り、喜多ちゃんは目線がフレット、つまり左手の手元に言っちゃう癖があるんだ。今からやるのは目線をなるべく前方に集中するようにするトレーニングだよ」
座ってる椅子を移動し、喜多ちゃんから距離をとる。ステージに立つ演者と最前列に座る観客ぐらいの距離になったことを確認し、座る。
「今から1曲通しでやってみよう。それで演奏中は必要な所以外はなるべく俺を見てて」
「え、あ、はい……わかりました!」
ポケットからスマホを取り出してスピーカーに繋ぎ、デモ音源を流す。
イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、Cメロ、アウトロ。ボーカルを兼ねているのにも関わらず、コードはしっかり弾けている。だけどやっぱり目線がフレットに行き過ぎている。
喜多ちゃんが一通り演奏を終えたところで俺は指摘すべき論点をまとめ、言葉にした。
「うーん、やっぱり目線がフレットに行き過ぎちゃってるな」
「そうですか……」
「まぁ、こういうのって言われてすぐ直すのは難しいから、そう焦らなくていいよ。少しずつ直していこう」
「でも、文化祭まで時間が……」
「わかってる。文化祭まではあと2週間ちょっとしかない。でもこの練習は文化祭のためだけじゃなくて、この先も見据えた上でやってるんだ。喜多ちゃんの、結束バンドのゴールはまだまだ先でしょ?」
「先輩……!」
「だから焦らずにやってこう。はい、じゃあ次『星座になれたら』でやってみよう!」
「はい!」
こうして初日の練習は夜の9時半まで続いた。
本当は8時半位までやるつもりだったが、喜多ちゃんのひたむきな姿勢のおかげか、つい熱が入ってしまった。
翌日。
今日も今日とてひとりは補習に捕まり不在。
虹夏も用事で来れないため、リョウと喜多ちゃん、俺の三人で合わせ練をすることになった。
「衝動的感情吠えてみろ!」
「かき鳴らせ〜♪」
「「雷鳴を〜♪」」
虹夏が担当するドラムは音源で流し、ひとりが担当するリードギターは俺が演奏している。
結束バンドの曲の楽譜は全て目を通していて、それなりに弾けるが、ひとりのような演奏には近づける気がしない。
てかあいつよくあんなフレーズをスラスラと弾けるな。
「楓、自販機で水奢って」
「水ぐらい自分で買えよ。まあいい、買ってきてやるけど後でお代はもらうからな」
「チッ……」
水を買うお金ぐらいはあるだろ。いや、あって欲しい。だって100円だぜ?それすらなかったら悲しいわ。
と、思いつつも自販機で人数分の水を買ってスタジオに戻る。
「はい、水。喜多ちゃんのは俺の奢りだ」
「ありがとうございます!」
「む、郁代には奢って私には奢らないなんてずるい」
「喜多ちゃんはひたむきに努力してるんだ。水の一本や二本ぐらい奢ってもいいだろ」
「努力は私だってしてる」
「それはそうだけど……てか飯作ってるんだからそれでいいだろ」
「それとこれとは話が違う」
「なんも変わんねぇだろ……」
そう言うとリョウは演技なのがバレバレな半泣き顔でこちらを睨んできた。
いや普段から後輩に借金してる身で奢ってもらおうとか厚かましすぎんだよ。
「とにかくおご……」
まずい、このままだと迫真の嘘泣きをされてしまう。
今ここにはリョウの自称娘の喜多ちゃんがいる。ここでリョウを泣かせると多分とんでもない事になる。
しょうがない、リョウのも奢りにしといてやるか。出費が200円から300円に上がるだけ。
たかが100円だ。そんなことでイラつくのもダサいしな。
「はぁ。いいよ。お前のも奢りにしといてやる」
「よしっ!郁代、これから楓に無茶振りするときはなるべくこうやって楓の良心を逆手にとるといいよ」
「さすがリョウ先輩、勉強になります!」
なんか腹立つな。
一息ついたあと、もう30分ほど合わせをやったところでもう一度休憩に入った。
9月も終わりに差し掛かっているとはいえ、熱中症にはまだまだ気をつけないといけないからこの間隔での休憩は妥当だ。
水を飲みながらスマホをいじっていると喜多ちゃんに話しかけられた。
「そういえば先輩のギター、初めてちゃんと見ましたけど結構可愛いデザインしていますね」
「あ〜、これ姉貴からのお下がりなんだよね。姉貴、元々バンドやってたからさ」
俺が姉貴から受け継いだギターはフェンダー社のストラトキャスターというモデル。歯切れがよく、甘く鋭いサウンドがこのギターの特徴だ。俺はこのストラトはまぁまぁ気に入ってるが、そろそろ新しいギターを買いたいと思ってる。
ほら、ロックやりたいって思ったわけだし?自分への入門祝い的なので買ってもいいでしょ?
その後、セトリ全体の合わせをやったところで今日の練習は終わった。
三日後。
今日はリョウが補習で不在のため、俺と虹夏で喜多ちゃんの練習に付き合うことになった。
「学年一位の私が何故……」と言っていたが、彼女の学年一位はオールで掴んだエセ学年一位だ。小テストで赤点を取るのも無理は無い。ざまぁみろ。
とはいえ、虹夏は夕飯の支度をしてから合流するそうだ。なので今日の練習は2人っきりでスタートとなった。
「あの、先輩……」
「ん、どうした?」
「なんで今日はギターじゃなくてピアノなんですか?」
「あー、ギターメンテナンス中なんだよね」
ギターは定期的にメンテナンスをしてあげないといけない楽器だ。しっかりお手入れしてあげないと故障の原因になってしまうのだ。
「だから今日はピアノを使うことにしたんだ」
「でも先輩ピアノ弾けるんですか?」
「めちゃくちゃ上手いわけじゃないけどそれなりには弾けるよ」
ピアノは母親に教えてもらった。母は小学校で音楽の先生をやっていて、ちっちゃい頃は休みの日によく俺に教えていた。
まぁクラシックとかは全くできないんですけどね。
軽くストレッチをしたあと、電子ピアノからなる音をベースに設定する。そして、曲のスコアを譜面台に掛け、左手でベースのフレーズを演奏する。それに喜多ちゃんが歌いながらギターを合わせる。
俺と喜多ちゃんは正面で向かい合いながら演奏している。時折視線を彼女の方に向けると、左手の手元に目線がいってしまうクセが少しだけよくなっていた。
俺はその事に感心しながらピアノを奏でていく。
「遅くなってごめ〜ん!!お、楓がピアノ弾いてる!!」
ウォーミングアップがてら1曲通したところで虹夏がやってきた。彼女は俺がピアノを弾く様を見て少し驚いていた。
虹夏が一通り準備を終えたところで、今日の練習が本格的に始まった。
左手でドラムとリズムを合わせ、右手で
ピアノはメロディーを奏でつつボーカルのアシストをする。
それにしても早く補習から戻ってきてよ。ギターヒーローさん……
「あ、後藤さん、明日から練習に参加できるそうですよ!」
「お〜、補習受かったんだ!良かったね〜!」
思ったそばからこんなになるとは、なんか奇妙だな……
「よ〜し、じゃあ今日の練習はこれでおしまいっ!楓もいつもありがとね〜」
「どういたしまして」
途中休憩を挟みつつ、2時間ほど立ったところで今日の練習は終わった。
俺達は喜多ちゃんと駅で別れ、二人で家に向かって歩いている。
意外と結束バンドの曲にピアノ合わせるのって楽しいな。
もう一回、考え直そうかな。結束バンドに加入するかどうか。でも、一度断っといてこれってなんだかな……
いや、やりたいようにやってみなって言われたんだ。ここで躊躇ってどうする。
「あのさ、虹夏」
「ん?」
「結束バンドに入らないって前言ったじゃん……」
「うん」
「あれ、もう一回考え直させてくれないかな」
「え、いいけど、どうして?」
「さっきピアノやっててバンドやるのってやっぱり楽しいんだなって思ったんだよ」
「ほうほう……わかった!あたしはいつでも歓迎するから答え出たらその時は教えてね!」
「ああ」
「よし、じゃあ楓がバンドに入るかもしれないってことを祝してプレ歓迎会だ〜!!」
そう言って虹夏はとびっきり嬉しそうな笑顔を見せた。
てかプレ歓迎会ってなんだよ。まだ入るかどうかは決めてないんだが!?
「おい!まだ入るって決まってないだろ!!」
そう言って俺は嬉しそうに走る虹夏を追いかけた。
二週間後。
喜多ちゃんの練習を見るようになってから二週間がたった。
ひとりも補習から戻り、最後の一週間で行われた練習は全て活気に溢れていて、とてもいい雰囲気だった。
ちなみに、ひとりは学校の昼休みや放課後補修が始まるまでの間、喜多ちゃんにギターを教えてくれていたらしい。
さすが我が従妹だな。
そしてついにやってきた文化祭当日。
俺はリョウと虹夏と一緒に秀華高までやってきた。ライブ自体は明日なので今日は客として色々見て回ろうということになったのだ。
これから喜多ちゃんと合流し、さっそくひとりのクラスのメイドカフェに行くことになるかと思いきや、思いがけないアクシデントに見舞われた。
「えぇ〜!?」
澄んだ10月の秋空に虹夏の声が響いた。
彼女がこんなに驚くのも無理はない。
なぜなら──
「ぼっちちゃんが突然消えた!?」
「はい、朝から見つからなくて……」
──文化祭が始まると同時にひとりがどこかに消えてしまったからだ。
「嘘だろ……」
なんかさっそくやばい方向に向かってない?
次回、「るっきんぐ・ふぉー・ぼっち!」
一丁前に次回予告してますが、次の更新は続きじゃなくて番外編になります。
理由はもちろん、お分かりですね?(ワザップジョ○ノ)
(ヒント:9/18といえば?)
高評価、感想、お気に入り登録、ここすきなどしていただけると作者のモチベと筆のスピードが上がるのでぜひお願いします
☆8、☆9、☆10たくさんくださいお願いします(迫真の土下座)
第二回 誰にご飯を作りたい?
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喜多ちゃん
-
PAさん
-
大槻ヨヨコ
-
虹夏ちゃん
-
志麻さん
-
イライザさん
-
園田智代子
-
好きな総菜発表ドラゴン
-
重音テト
-
あり