幼馴染の変人ベーシストの料理番になった件について。 作:かんかんさば
昨日、司馬さんからの電話を受けた俺は、事務所に足を運んだ。仕事に関する話とはなんなのだろうか、そう思って待っているとワラビさんがやってきた。眠くて体が重いがそんなものは関係ない。
「やっほーメイプル!」
「あ、お疲れ様です」
「まだまだ硬いなぁ〜……で、今日って何の話?」
「僕もまだなんにも知らなくて……」
「お待たせしました」
事務所に入ってからしばらくすると、資料の束とパソコンを持って司馬さんがやってきた。俺とワラビさんそれぞれに資料を配るとパソコンを開いた。
資料の表紙を見ると、テレビアニメのようなロゴと企画書という文字が書かれていた。もしや、これはオファーなのでは?
「では、全員揃ったところで始めましょうか」
「あの……」
「どうしました?」
「Ameさんがまだ来てないのですが……」
「それなら、もうAmeさんにはすでに話を済ませてますので大丈夫です」
「そうなんですね……」
重要な話なのに先に話すなんてことがあるんだ。都合がつかなかったのかな。
「さて、気を取り直して本題に入ります。この度、クリムトの夜にテレビアニメのオープニング主題歌のオファーが入りました」
「え、まじ?」
「ほ、本当ですか!?」
仕事の内容はまさかまさかのタイアップだった。だけど、今の発表もう少しタメても良かったんじゃないんですかね。知らんけど。
それにしても初めての仕事がタイアップだなんて驚いたな。しかもよく読んでた漫画だ。なんだかやる気が溢れてきたわ。
「公式発表は来月末になりますので、下村さんはもちろんのこと、ワラビさんもくれぐれも外部の方には極力話さないようお願いします」
「わかりました!」
「は〜い」
ネタバレは厳禁だ。リョウと虹夏、そしてみんなにもこのことを話したいけど、ここは口を慎むしかないな。てか、まだ2人にはユニットに入ったことすら言ってなかったな。まぁ、そのうち知ることになるだろうし言わなくてもいいか。
「それと、本日はもう1つお話があります」
「はい……」
次に配られた資料はアーティスト写真、アー写に関する内容だった。撮影日に撮影場所など、細かな内容がしっかりとまとめられているものだ。
「実はクリムトの夜、まだアーティスト写真を撮影していないんです。これまではイラストをアー写の代わりにしてきましたが、下村さんの加入を機に撮影してみようかと思っています」
「いいねアー写! ん〜、どんなポーズ取ろっかな〜」
「あまりイメージを壊すようなものはやめてくださいね」
今から撮影が楽しみでたまらない。こうしてアーティストになっていくのかと思うと、少しづつ実感が湧いてくる。
その後、今後の活動内容を再確認して今日は解散となった。帰り道、足がいつもより軽くなる感覚がした。
3週間後。
アー写の撮影のために、渋谷にあるスタジオにやってきた。去年結束バンドのみんなと撮ったアー写とは訳が違う。ガッチガチの照明器具にカメラ、辺りを見渡すだけで緊張感が増していく。そのせいか先程まで感じていた強烈な眠気もすぐに覚めた。
「今回担当を務めさせていただきます、葛西です〜。今日はよろしくお願いしますね〜」
「よろしくお願いします!」
「よろしく〜」
「機材の準備が整いましたらお呼びするので、それまで楽屋の方で準備お願いしますね〜」
係の人の案内に従って楽屋へと移り、早速準備に取り掛かるべく扉を開ける。中には衣装が一式置いてあり、スタイリストと思しき人もいる。衣装はまるで夜空のような濃紺のYシャツに黒いパンツとモノトーンのネクタイ。「クリムトの夜」というユニット名にピッタリなコーディネートになっている。
着替える前にまず、スタイリストさんにヘアメイクをしてもらう。スプレーと串で髪型にどんどん手を加えられ、あっという間にヘアメイクが完成した。いつもと違う、前髪を上げたヘアスタイルに自分でも驚く。そして、さらにパウダーを使って顔にも薄化粧を施してもらった。
「メイクは以上ですので、後は衣装を着てもらって、案内が来るまでお待ちくださいね」
「はい」
メイクが終わったところで、早速衣装の方に袖を通すことにした。パンツを履いて、ワイシャツを着て、ネクタイを結ぶ。一つ一つ身につけていく度にどんどん自分が変わっていく気がする。
「すげぇ……」
着替え終わり、鏡で衣装を来た自分を見てみる。そこには普段の自分ではなく、アーティストとしての自分が写っている。
自分で言うのもなんだが、あまりにもカッコよすぎて声が出てしまった。そしてスマホのシャッターも止まらない。まるでいつもの日常から抜け出したような気分だ。
「メイプルさ〜ん、お願いしま〜す!」
喜多ちゃん直伝の自撮りに夢中になっていたらあっという間に呼ばれた。楽屋を出てスタジオに向かうと、そこには衣装を身にまとったワラビさんがいた。彼女もまた、「クリムトの夜」というユニット名にピッタリなドレスを身にまとっていた。
「お、メイプル似合ってんじゃんそれ〜!ね、一緒に写真撮ろーよ!」
「はっ、はい!」
どこからか取り出した自撮り棒で、ワラビさんは写真を撮る。いわゆるオフショットってやつなのだろうか。読モの仕事でもこういうことをやっているのだろうか。
「お待たせしました〜。それでは撮影を始めさせていただきますね!」
葛西さんの合図で、アー写の撮影が始まる。内容としては、よくある家族写真のような配置で、それぞれ担当楽器を持つというものだ。俺はギターを、ワラビさんはボーカルなのでマイクを持って撮影に望む。あれ、そういえばAmeさんはどこなのだろうか。
そんな俺の疑問を他所に、撮影は進んでいく。
「は〜い、ユニット全体での撮影は以上になります! メイプルさんはあと個人の撮影が残っていますので、もう少しお付き合いください!」
「わかりました!」
あっという間にユニット全体の撮影は終わった。結局、Ameさんはこの場に現れることはなかった。彼女が不在なのに撮影をすすめた理由を司馬さんに聞いてみた。すると、司馬さんは「彼女は極度の人見知りなので、先に撮影を行っておきました」と答えた。もしかしたら会えるのではないかと期待していたが、そういう理由なのであれば仕方がない。
「それでは、メイプルさん個人での撮影に移らせていただきます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
しばらく休憩を挟んだ後、個人の撮影に移った。個人のアー写は来月末の加入発表用の写真ということで撮影している。一枚一枚撮っていく度に、アーティストとしての実感がさらに込み上げていく。普段ならできない少しカッコつけたポースも堂々とできる。
「良いですねぇ…… 凄くいいですよ!!」
「ありがとうございます!」
「とりあえず、今撮った中から厳選してアー写に採用するので出来上がり次第事務所に送らせてもらいますね。今日のところは以上です。お疲れ様でした!」
個人のアー写を15枚ほど撮影したところで今日の撮影は終了となった。今から写真が届くのがとても楽しみだ。化粧を落とし、衣装から普段着に着替え、スタジオを後にした。
スタジオを後にして、下北沢へと戻ってきた。もう2月の下旬というのもあってか、少し暖かく心地よい風が吹いている。こんな日は少し昼寝でもしたくなってくる。
あれ、なんだか急にフラフラしてきたな。疲れがどっと押し寄せて来るような感覚がする。足元がおぼつかないが、家まであと少しだ。帰ったら少し昼寝をして、そこから夕飯を作ればいい。
「お、楓じゃん!」
「よく帰った料理番。早く料理を作って」
「2人ともどうし……」
力が抜けていく。
「楓!?」
私の目の前で楓が倒れた。眠るように倒れた彼の目元には酷いくまがあった。多分寝不足なのだろう。虹夏と一緒に彼を家に運び、ソファーに彼を寝かせた。初めはどうなることかと思ったが、心地よさそうに寝息を立てる様に私は安堵した。
「大丈夫そう?」
「うん」
「ここのところずっと楓無理してたからね……」
楓が超がつくほどの頑張り屋さんなのは、昔からよく知っていた。それも自分のためだけじゃなく、他の人たちのためにも。虹夏から聞いた話だが、私がスランプになって学校とバイトを休んでいた時も楓は私の分までノートを取ってくれたり、自分のシフトだけでなく私のシフトまで代わりに出てくれたりしていた。彼自身がやるべき事の隙間を縫うようにこなしていたのだろう。この前も私にご飯を作った後、部屋にこもってギターの練習をしていたぐらいだし。
「自分の分も人の分も努力できるのが楓の凄いところなんだけどなぁ……」
「いい所でもあり悪い所でもある。いくらなんでも頑張りすぎ」
本当、他人のためなら自分の体が限界を超えることすら厭わない。そういう所が馬鹿なんだから。もっと自分のことを大切にしてほしい。まあ、言っても彼はきっとやめないのだろう。どこまでも馬鹿みたいに優しいのだから。
「ふふっ、リョウやっぱり楓のこと大好きだね」
「うっ、うるさい……」
「あんなライブごとに好きな人のヒントを教えるなんて回りくどいことしないで、早く告白しないと誰かに取られちゃうよ?」
「私には私のペースがあるしそのうち楓は私にゾッコンになる」
虹夏か大槻ヨヨコが覚醒でもしない限り私が負けヒロインになるなんてことはないはずだ。仮にその2人が覚醒したとしても私は負けないが。
「とりあえず、今日の晩御飯カレーだったんだよね?」
「うん」
「今から作っちゃうから楓が起きたら教えて」
「わかった」
虹夏がカレーを作り始めても、相変わらず楓は寝息を立て続ける。その寝息に釣られるように、私も眠くなってきた。ならば、この眠気に少しだけ身を任せよう。
気がつくと、そこにはいつもの天井が映っていた。いつの間にか家にいたことに理解が追いつかない。まずは状況を整理しようと、辺りを見渡してみる。テレビの上にかかっている時計の針は19時を指していた。晩飯を作らなければいけないが、それは今は二の次だ。次にダイニングの方に目をやると、虹夏とリョウが怖いくらいの笑顔でソファーの目の前にたっていた。
「おはよ〜、下村さん。寝起きのところ悪いけどそこに正座して」
「え、なんで2人がいるの?」
「正座して」
「いやだからなんで2人が「正座」はい……」
ドスの効いた声で指示を受けた俺は床に正座させられる。寝起き早々何が始まるのだろうか。
「なんで私たちがここにいると思う?」
「え、わからないです……」
「じゃあ、教えてあげるか」
「はい……」
「楓はね、昼過ぎに私たちの目の前で倒れたの」
「マジか……」
通りでいきなり家に着いていたわけだ。というかギターと飯はどうなったんだ?
「ギターはリョウが部屋に戻しておいたし、料理はあたしが作っておいた」
「うむ」
「ありがとう……」
とりあえず一安心って感じだな。
「それで、倒れたところあたし達が介抱したってことなんだけど、もしかして楓ここのところ全然寝てないでしょ?」
「……はい」
「なんでそんなに寝てなかったの?」
「それは──」
ギターを1秒でも長く練習するために睡眠時間を極力削って練習していた。その事を打ち明けると2人は「やっぱりそうだったか」というような顔を見せた。
「とりあえず寝不足の理由はわかったけど、なんで睡眠時間を削る必要があるのさ」
「それは……」
睡眠時間を削ってまでギターの練習をしていた理由はガッツリクリムトの夜が絡んでいる。ユニットに加入したことは口外禁止だ。でも、それを避けては2人が納得のいく説明ができるだろうか。いや、出来ないだろう。ならばできるだけぼかして説明しよう。
「経緯から説明しないとなんだけど、俺さ、1月にレーベルにスカウトされたって話したじゃん」
「あ〜、あったね」
「そん時にそこ所属のユニットに加入したんだよ。しかもそれが人気も実力もそこそこあるところでさ」
「おお、謙遜に見せかけての遠回しな自慢だね」
「話聞けよ。あと自慢じゃねぇし」
割と大事な話なのに調子狂わすのやめてくれませんかね。
「とにかく、そのユニットのギターとしてふさわしい実力を付けるために練習してんたんだ。バイト終わりだろうが、寝る前だろうがなんだろうが1分1秒でも多く練習する必要があるんだ」
「なるほどねぇ。楓らしいっちゃ楓らしいけど」
理由を話すと、虹夏は納得したみたいだが、リョウだけはどこか思うところがあるような顔をしていた。
「ふさわしい実力を付けるためって言うけど、睡眠時間を削ってまでやる練習が、バイトで疲れ果ててもやる練習で付くと思ってるの?」
「それは……」
鋭い指摘にぐうの音も出ない。寝不足がパフォーマンスに悪影響を及ぼすことはわかっていた。それでも、心のどこかで少しの休息時間さえも練習に割くべきだと思ってしまっていたのかもしれない。
「もう少し自分のこと大切にしてよ…… このままだともっと大変なことになってたかもしれないんだよ!?」
「ごめん……」
彼女の言葉に胸が痛む。自分を顧みずに追い込み続けた結果、倒れた挙句幼馴染にこんなことを言わせてしまった。これは反省すべきことだ。
「これからは無理はしないようにする。もしまた俺が同じようなことをしたら、その時は止めてくれ」
「わかった」
「うん…… でも無理しないでよ?」
「ああ」
本当はこういうのは自分でやらないといけないのだろう。でも、今回自分でブレーキをかけられないことがわかった以上、2人に頼むしかない。まだまだ俺は未熟なのだと痛感する。
「虹夏、お腹空いた」
「そうだった、カレー作ってたんだ! 楓もお腹すいてるだろうし一緒に食べよ?」
「マジか。いろいろありがとうな」
「いいよいいよ。さぁさぁ、食べよ食べよ!」
寝ている間に虹夏が作ってくれたカレーを3人で食べることになった。いつもの皿に盛られたカレーの味はとても暖かみのある味がして、とても美味しい。そんな味がボロボロになっていた体に染み渡っていくようだ。
食べ終わってから3人でしばらく雑談した後、虹夏は帰って行った。今はリョウが泊まっていくというのもあって、寝る支度をしている。
「楓」
「どうした?」
「もし休むのが怖かったら言って。一緒に休んであげるから」
「それお前がサボりたいだけだろ」
「チッ、バレたか」
「お前の考えなんてお見通しじゃ」
まぁでも、穴開けたくないから無理してたくらいだしリョウの言うことも一理あるか。
「でもやっぱり楓は堅い。だから、私なりの息抜きのやり方は教えてあげる」
「ふふっ、ありがとな」
時には休み休み進んで行った方が目標に近づいていく。自分なりの答えがわかったような気がする夜だった。
次回、「成長には犠牲が付き物(尚どのくらいかは定めないものとする)」
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タイトル元:YOASOBI「アドベンチャー」
クロスオーバースピンオフは
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