幼馴染の変人ベーシストの料理番になった件について。 作:かんかんさば
あと今回の話を含めて2年生編(後編)は残り2話です。
厳しい冬の寒さから段々と暖かくなっていき、春の訪れを感じさせる3月。
卒業式シーズンというのもあってか、街中では最後の思い出作りをする学生をちらほら見かける。もちろん下北沢高校も先日卒業式を迎え、3年生が別れに涙を流していた。そんな季節柄の光景を見ながら俺はバイトに勤しんで───
「お前しばらく出勤停止な」
「嘘だ……ウゾダドンドコドーン!」
いません。出勤停止処分を食らいました。その処分を食らったのは倒れた日の翌日。店長からスターリーに呼び出され、そこで下された。いつものフロアに般若の面のような形相で座っていた店長の怖さはいつもの120%マシだった。
「嘘だも何もねぇよ。お前昨日倒れたって虹夏から聞いたぞ?」
「はい……」
「ここんところかなり連続で出勤してたし休まずになんかやってたんだろ」
「その通りです……」
「こっちとしても無理をさせるわけにはいかない。だからしばらく出勤停止にするってわけだ」
よくよく考えたら出勤停止という処分は妥当だったと思う。一時12連勤とかいう、今考えたらなかなか狂気なシフトの組み方をしていたと思う。
「まぁ止めなかったこっちもこっちで悪いとは思うが、しばらくは体を休めろ。もうすぐ修学旅行だし有給だって手をつけてないだろ?」
「そういえばそうだったような……」
「有給も使い切って、しっかり羽を伸ばせたらまたよろしくな」
「了解です。消化しきったらまたお願いします」
というわけで、バイトは今絶賛休み中だ。処分が下されてからのここ数日、しっかり休めているが正直働きたい欲が強すぎて禁断症状みたいなのが出てきている。実際何回かスターリーに行きかけたこともあるくらいだ。
今日はそんな気を紛らわせる為に、これから出かけることにした。御茶ノ水に楽器を見に行ったり渋谷で少し遊んでみたりしてみるか。
「なるほど、今日は御茶ノ水でそれっぽい楽器こさえてから渋谷で女の子ナンパして放課後華金ワンナイトというわけね」
「なわけねぇだろ」
今日のお出かけはリョウと一緒に行くことになっている。といっても向こうもバイトが休みだったのでこちらから誘ってみたのだ。奢らされる気がしてならないが、これまでの貯金がある程度あるので多少の奢りは大丈夫だろう。
「お腹空いた。早く食べに行こう、楓の奢りで」
「はいはい」
さて、時刻はあと少しで正午というところだ。午前授業でお昼も食べていないし、さっさと出発しよう。
お昼ご飯を済ませ、電車を乗り継いでやってきたのは御茶ノ水。3月の昼下がりということもあってか、ブレザーが少し暑く感じる。
まず初めに向かうのはイシバシ楽器。訪れるのは10月にひとりのギターを見に行って以来になる。
「いらっしゃいませ〜」
イシバシ楽器には買いにに来た。もうギター買い足すのかよと思ったそこの君、ギターだと思っただろ。違うんだなそれが。
「キーボードとかシンセサイザーってどこにありますか?」
「鍵盤系の楽器でしたら3Fにございますよ〜」
店員さんの案内を受けて3階へと足を運ぶ。
そう、買いに来たのはキーボードとシンセサイザーだ。結束バンドでの演奏のため、ソロ活動のために買う。そのためにお年玉と給料とギャラを沢山貯めてきたのだから、いいものを買いたい。
「ギターじゃなくてキーボード買うんだ」
「ああ、お前らと演奏するならそっちの方がいいかなって思うんだ」
「なるほど」
だってギター3人のバンドとか初期のアジカン以外で聞いたことないじゃないですか。
3階に到着すると、フロアにはたくさんのキーボードが並んでいた。それら一つひとつに個性がある、そこから自分に合ういい代物を見つけたい。
まず初めに目に付いたのは49鍵のキーボード。値段はお手頃だが、バンドで引くには少し鍵盤の数が少ない。様々な種類の曲を演奏するにはだいたい61鍵から88鍵のものがいい。
「楓、こっちのは?」
「それか?」
リョウが指をさした先にあったのは大手メーカーの88鍵のステージピアノ。88鍵ならどんな曲にも柔軟に対応できると思う。さてさて、お値段は──
「一、十、百、千、万……15万1800円か……割と高いな」
「私なら即決で買う」
そりゃお前ほどの財力があれば即決だろうな。まあ俺も全然予算の範囲内だから買えるのだが。とりあえず試奏させてもらうか。
「すみませーん、これ試奏させてもらってもいいですか?」
「かしこまりました〜。終わりましたらまたお声がけ下さいね〜」
店員さんに声を掛けて軽く試奏をはじめた。さすが、値段が高いだけあってとても音がいい。さらに音の調節や変更もやりやすく、とても性能がいい。こうした代物にはなかなか出会えない。少し、というかかなり値が張るがこれにしよう。
「なかなかいいキーボードだね」
「だよな。1つ目はこれにするわ」
「気に入ってもらえたようでよかったです〜。このキーボード、アマチュアの方はもちろんプロの方にも人気なんですよ〜」
この性能故の人気なのかもしれない。店員さんに俺はこのキーボードを買う旨を伝えた上で、続いてはシンセサイザーを探し始めた。
バンド演奏におけるキーボードには様々なスタイルがある。いちばんメジャーな1台のみのシンプルなスタイル。キーボードとシンセサイザーを駆使し幅広い表現を可能にするスタイル。他にも様々なスタイルがある。今回俺はキーボードとシンセサイザーを使う2段構成のスタイルに挑戦してみようと思う。なぜなら、その方がいろんな曲に対応することができるからだ。それに2台あればどちらか片方だけでの演奏もできて一石二鳥だし。
そんなこんなで探すこと20分。なかなか「これだ!」というものが見つからない。いくつかいいものはあったけど、比べると迷ってしまう。いっそのことビビッとくる代物を見つけたいところだ。
さて、次はこれにするか。良さげなものだから試奏してみてから試してみよう。
「これ試奏してもいいですか?」
「は〜い、どうぞ〜!」
店員さんに準備をしてもらい、早速鍵盤に手を触れてワンフレーズ奏でてみる。
「なんだこれ!?」
弾き始めた刹那、頭の中にビビッと電流が走った。弾き心地はもちろんのこと、操作がシンプルで音作りもしやすい。探していたシンセサイザーはこれだ。これなら自分がやりたいキーボード演奏ができるだろう。
「これだ、2台目はこれにしよう!すみません、これ買います!!」
「ありがとうございます〜」
伝票に購入する2台のキーボードと2段用のスタンドを記入してレジに持っていく。合計22万3000円、30%OFFクーポンと溜まったポイントを全て使えばそれなりに値引きはされるだろう。
「クーポンなどお持ちですか?」
「これと……あとポイントも使いたいんですけどいけますかね?」
「はい、ご利用いただけますよ!」
「じゃあこの30%OFFのやつと、ポイント全部使います」
「はい、かしこまりました〜。お会計変わりまして15万3100円になります〜」
これで7万近く浮いた。一人暮らし歴約2年の節約術を舐めてもらっちゃこまるな。さらにこの会計でもポイントが溜まるからよりお得になるんだよな。
「現金でお願いします!」
「はい、ちょうどお預かりします〜。ありがとうございました〜」
というわけで、無事シンセサイザーとキーボードを手に入れることができた。なんだか自分の目指す高みへ一歩近づけた気がする。
さて、目当てのものを手に入れたところで家に帰るとしよう。
「ところで楓」
「ん?」
「これ、どうやって持って帰るの?」
あっ、確かに。
「どどどどーすんの、どーすんの??」
「レッツゴー」
キーボードは1台なら持ち運びは容易だが、今は2台ある。店から外に出るまでは運べたとはいえ、さすがに家まで一人で2台運ぶのはきつい。案外行けるのではと思っていたがそう簡単でもなかった。それにリョウもどうせ運ばないだろうからな……
「言っとくけど私は運ばないからね」
「言うと思ったわ」
どうしよう、さすがにこれ持ち運ぶのしんどいからタクシー呼ぼうかな。でも下北沢まで運ぶとなると相当な額になるし、どうしようか。
「あら、あんたたちこんな所に2人でどうしたのよ」
「え、姉貴?」
迷っていると姉貴がやってきた。確か免許は持ってたはず。もしや、車で家まで送ってくれるのでは?
「キーボードを2台買ったんだけど運ぶのが大変でタクシー呼ぼうかなって思ってたところ」
「ふーん、なるほどねぇ。もしかして家まで車で送ってください、みたいな感じ?」
「はい……」
「しょうがないな〜。まあ、今日はリョウちゃんもいるみたいだし送ってってやるか〜」
「あざーっす!!」
「車取ってくるからちょっと待ってなさい」
我が姉は神だったか。なんか高い貸しをつけられそうだがまあいいか。
しばらくして、駐車場から姉貴は車に乗って戻ってきた。小さめの軽自動車だが、キーボード2台積むには全然大丈夫だろう。
「キーボード2つは後ろに積んじゃって。で、助手席には荷物あるから2人は後ろにお願いね」
「「はーい」」
リョウと一緒に後部座席に座り、姉貴の車で家路についた。なんやかんや姉貴の運転する車に乗るのは初めてなので、俺の中には未経験の事に対する新鮮さと危険運転をしかねないという恐怖の2つの感情が半分半分に入り交じっている。
「なんか姉に対して失礼なこと考えてるんじゃないの?」
「別に何も?」
「あっそ」
ふー、助かった。
「にしてもまた考えなしに行動しようとして…… もう少し考えてから行動しなさいよ」
「だってリョウが運ぶの手伝ってくれるかなって思ったんだもん」
「女の子に運ばせようとしないの!ねぇ、リョウちゃん」
「本当ですよ」
こいつらめ。こういう時にいつも結託しやがってな〜。まあ、今回に関しては9割5分俺が悪いからとやかく言えないけども。
「そういえば、結束バンド未確認ライオットでるんでしょ?」
「はい」
「まずはデモ審査だよね。通るといいわね」
「……はい」
デモ審査の結果が出るのは来週の日曜日。ちょうど修学旅行の2日目だ。結果にハラハラしながら行くのはちょっと不安だが、通ることを信じて行けば大丈夫だろう。
「まあ大丈夫だろ。あんだけ念をこめてポストに入れたんだし」
「うん。私たち3人で念をこめたんだから大丈夫なはず」
「念?」
そう、デモを運営に送る際俺とリョウと虹夏の3人は念という念を込めてポストに入れたのだ。あれはちょうど3週間ほど前だったろうか。
2月末日。
「よーし、デモテープ投函するよ〜」
「なんかドキドキしますね!」
「なんか念とかこめた方がいいのかな?」
デモテープには「グルーミーグッドバイ」という、これまでの結束バンドの全てをこめた曲が入っていた。リョウ含めみんなこのフェスに賭けている。だからこそ念をこめようと思っていた。
「こうですかね、はぁ〜〜〜〜っ!!」
「甘いぞ郁代、こうやるんだよ。青椒肉絲!!」
「いやいや足りない足りない。餃子!!」
「天津飯!」
「回鍋肉!」
「こ、これって念なんですか……」
こうやって中華料理の名前を互いに連呼しながら念をこめた。途中からひとりも念をこめ始めたおかげで揺るぎない安心を手に入れることができた。
「──ってのが念の話」
「あんたらふざけ出すと本当止まらないんだから。ほら、着いたんだからさっさと荷物下ろしなさい」
「はーい」
話している間に家へと戻っていた。後ろのトランクを空けてキーボード2台を下ろす。ドアを開けて1台1台部屋へと置いていく。少し余裕のあった部屋がこれから埋まるのだろう。そう思うとワクワクしてくる。
「それじゃ、あたしは帰るからあとは2人で頑張りなよ?」
「はいよ」
家に戻ってからしばらくして姉貴は自分の家へと戻っていった。どうやらきくりさんと飲みに行くらしい。あ、きくりさんにスカウトの話すんの忘れてたわ。まあ、あの人のことだしどうせ姉貴から聞いてるか。
「そうだ楓、これ」
「なんだ……ってこれ!」
急に頬をつついてきたと思えば、リョウが譜面を渡してきた。その中身は──
「『青春コンプレックス』に『星座になれたら』……それに『ギターと孤独と蒼い惑星』じゃん!」
「楓がキーボードで参加することを想定して作っておいた。ふふ、キーボード担当になる予想を当てつつアレンジもこなす私は天才だね」
これまでの結束バンドの楽曲のうち、よくライブで演奏する3曲のキーボード用譜面だ。パッと見た感じ、他のパートを存分に引き立てるようなフレーズになっている。
「シンセサイザーとか使うだろうか書き込めるスペースも多く作っといた」
「確かに、通りで多いなと思ったら。ありがとな」
「どういたしまして。そしてよろしく、キーボーディスト」
「こちらこそよろしくな、ベーシスト」
こうして、俺はギターに次ぐ第2の武器を手に入れた。着々とアーティストの道を歩き始めていくのを実感した。さて、これからも頑張ろうか。
次回2年生編(後編)最終回前編、「旅は道連れ」
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2年生編後編の最終回前編とかいうややこしい状態になってるな……
クロスオーバースピンオフは
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