「あの、フラッシュ所属の
そう声をかけられたのは、トッピングマシマシにしたそばを食べた後、帰宅しようと雪降る道を歩いていた時だった。声をかけてきたのは大学生位に見える大人しい雰囲気の女性、印象的だったのはその目だった。切れ長の目で、その奥に何やら強い意志を感じた。それを、フラッシュ所属の雀士と知っていた事から、ファンが勇気を振り絞って声をかけてきた為・・・と一瞬思ったがどうも違う。おどおどした様子もないし、その強い意志を持った目でこちらをじっと見つめている。冬の冷たい風が吹き、彼女の黒色のボブヘアが激しく揺れようとも、目線を逸らす事はなかった。
「はい・・・そうですけど」
「突然ですみません、もしよろしければ、私と麻雀を打って頂けないでしょうか?」
「俺と・・・麻雀を?」
「はい」
雀士と記念に麻雀を打ちたいって雰囲気ではなかった。その目から、
彼女の考えはわからなかったが、その目に惹かれていた。彼女が俺と打ちたいと思っているように、俺も彼女と打ちたいと思えてきた。ここまで真っすぐで真剣な目を見たのはいつ以来か・・・この目が、俺を麻雀と言う勝負に駆り立てる。
いいねぇ・・・その目、久しぶりに打ちたいと思える相手に出会ったな・・・
彼女の要求を受けるつもりだが、その前にひとつ、こちらからも要求をぶつける事にした。
「わかりました、ただひとつ条件が」
「条件?」
「ため口を使わせてほしいのですが・・・どうでしょう?」
「え?それは構いませんが・・・」
「オーケー、じゃ、そうさせてもらうよ」
すぐさまため口に切り替えた。
こう言う人に見られる事やってると、今の時代は気を付けないとすぐにネットに書き込まれるからな。やれ態度がデカいだの、やれため口で態度が悪いだの・・・面倒くさいったらありゃしない。これから打ちたいと思える麻雀を打つんだ、こうしとかなくちゃ堅苦しくて真剣に麻雀が打てないからな。
「それじゃあ早速・・・と言いたいところだが、まずは名前を教えてくれないか?」
「黒沢・・・
「黒沢さんね、もう知ってると思うけど自己紹介させてくれ。多田元幸輝、仲間内からはコウって呼ばれてる。麻雀一局、打たせてもらうよ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと黒沢さんは深々と頭を下げた。次に頭を上げた時、特に表情は変わっていなかったが、どこか嬉しそうにしている印象を受けた。そしてそれが、より一層俺の麻雀熱を過熱させた。
「で、どこで打つんだ?それに面子は?」
「近くに行きつけの雀荘があるんです、そこに今友人がひとりいて・・・もうひとりは雀荘のメンバーの方にお願いしようかと」
「わかった、じゃあその雀荘に案内を頼む」
「はい、こちらです」
黒沢さんの後に続き歩き始める。さっきまで降っていた雪も、大分弱まってきていた。この調子なら積もる事もないし、何なら止むだろう。そんな事を考えながら、人通りの少ない道を歩いて行く。その間特に会話はなかったが、不思議と気まずさはなかった。ふたりして白い気を吐きつつ歩いていると、黒沢さんがクルリとこちらに振り返った。
「ここです」
そう指をさされた先には、霞荘と言う看板を出している雀荘があった。ビルの一階に店舗を構えており、看板は綺麗だったのでまだ出来てそれほど時間が経っていない雀荘だろうか?
へぇ、こんなところに雀荘が・・・
外から見る限り、店舗としては大きくないようだ。駅から離れており、人通りも少ない事から立地としてはいまいちだと思う。まあそれでも、昨今の麻雀ブームはすごいものがある。一時は減少の一途を辿っていた雀荘が、まさかの増加に転じるという事態。プロリーグの盛り上がり、そこから派生したプロ在籍の雀荘のリーグ戦など、業界が一丸となって盛り上げた結果と言えるだろう。そんなブームの最中なんだから、多少立地が悪くても経営は成り立ちそうだ。店の名前が若干古いのが気になるが、些細な問題だろう。
「行きましょう、こっちに入り口が・・・」
「あれ~?コウくんじゃん!!」
「ん?・・・坂巻か・・・」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきたので振り向くと、そこにはフラッシュ所属の雀士兼フラッシュの従業員、メンバーでもある
「こんなところでどうしたんだ?」
「敵情視察ってやつ?最近あちこちに雀荘が出来てるからちょっと覗いてみたりしてるんだ」
「なるほどねぇ・・・」
「・・・ところでコウくん?さっき失礼な事考えてなかった?」
「・・・いいや?」
「・・・そっか、それならいいんだけどっ!」
笑顔の坂巻から信じられないくらいの圧力を感じた。坂巻の言う失礼な事とは、ズバリ年齢の事である。こいつに対して許される年齢ネタと許されない年齢ネタがあり、許されるのは若く見られる事に対して、許されないのは実年齢に対して。どんな勘をしているのか、心の中で思っている事でも感づかれて今みたいに強力な圧力をかけられる。前に間違えて実年齢に関する話をしてしまった時は恐ろしかった・・・
『ん?何が28?ん?ん?!ひどいなぁコウくんは・・・責任取らすぞ♡』
そう言いながら手首を思いっきり握られ、骨が軋む音が聞こえいた。
あの時は手首が砕けたかと思った・・・まったくどんな握力してるんだよ・・・
やはり女性に年齢ネタはダメなのだろうが、こんなに可愛いのだから気にしなくていいのにとも思っている。
「で、そっちの美人さんは?」
「び、美人・・・」
坂巻のド直球の誉め言葉に、黒沢さんは少し顔を赤らめた。
「彼女は黒沢八千代さん、俺と麻雀を打ちたいって誘われて今から打つところなんだ」
「へぇ~、コウくんと麻雀打ちたいねぇ・・・」
「あ・・・あの・・・何か・・・?」
坂巻が黒沢さんを中心にクルクルと回り始める。不思議そうな顔で何かを確かめるかのようにあらゆる角度から黒沢さんを見た。そんな事をされれば困惑するのは必然、黒沢さんは何事かとオロオロしていた。やがて黒沢さんの正面に立つと、何を納得したのか首を一回縦に振った。
「麻雀、私も打っていいよね?」
「・・・へ?あ・・・はい・・・」
「私坂巻楓、よろしくね八千代ちゃん!」
「はっ、はい、よろしくお願いします・・・」
坂巻の発言に呆気にとられるが、辛うじて返事をしていた。
結局・・・こいつは何がしたかったんだ・・・?
「ここのお店で打つんでしょ?ちょうど次の偵察のターゲットがここだったからちょうど良かったよぉ。早く行こう?」
「わかりました、入り口はこちらです」
黒沢さんの案内で入り口まで来ると、中の様子が少し見えた。やはりそんなに大きくはなく、こじんまりとしていた。黒沢さんが入り口を開けると、まず目に飛び込んできたのは綺麗な内装に5台の雀卓。そして・・・その雀卓の椅子に腰かける小柄で黒をメイン色としたゴスロリの服装をした子がひとり・・・
何だ?この雀荘に不釣り合いな格好をした子は・・・?
その子はこちらに気づくとスクッと立ち上がりこちらに向かって歩き出した。
「八千代、待っていたよ」
「泉ごめん、少し待たせたみたいで・・・」
「いやいや、雀荘所属の雀士と打てる機会なんて滅多にないからね、これくらい待つうちに入らないさ」
泉と呼ばれたこの子、黒のゴスロリ衣装に黒髪ツインテール、さらに小柄なのが合わさってどこの漫画のキャラクターかと思った。どうやら黒沢さんの友達と言うのはこの子のようだ。
「紹介します、菊本泉、私の友人です」
「お初にお目にかかるよ、ボクは菊本泉、よろしく多田元さん」
スッと手を差し出された。一瞬何だろうと思ったが、握手だと気づき、すぐに手を差し出し握手を交わす。しゃべり方がクールだが、今向けられている笑顔にもどこかクールな感じを覚えた。その後に握手を交わしている手の感触の情報が頭に入ってきたが、なぜかしっくりこない感じがしてならなかった。俺とあいさつと握手を交わし終わると、今度は坂巻の方に向き直った。
「多田元さんだけだと思っていたけど・・・まさか坂巻さんも一緒とはね」
「あれ?私の事知ってるの?」
「もちろん。多田元さんと同じフラッシュ所属のあなたの事はよく存じているよ、坂巻さん」
「うわぁ~うれしい!!よろしくね泉
「ははは、こちらこそよろしく坂巻さ・・・え?くん?」
「え?男の子だからくんだよね?」
「(な・・・なぜばれたああああぁぁぁ?!)」
「ああ、だからさっきしっくりこなかったのか。手が女っぽくなかったんだ」
「(手?!ボクの手が男っぽいの!?)」
「あれあれ~?女の子の手がどんなものか知ってるような発言だね~?」
「お前の手に粉砕されそうになったからな」
「(そんな・・・ボクの完璧な女装が・・・)」
菊本さんは地面に膝をつき、ガクッとうなだれた。よっぽど女装を見破られたのがショックだったのだろうか?
「い・・・泉・・・?」
「ふふふ・・・八千代、ボクはもうダメだ・・・ボクはもう・・・」
「大丈夫、泉は可愛いから」
「ボクが・・・可愛い?」
「うん、だから元気出して?」
「ふふふ・・・そうだ・・・ボクは可愛い!!可愛いは正義!!」
いきなり立ち上がったかと思いきや、わけのわからない事を高らかに声を上げ、自信に満ち溢れた顔をしていた。よくわからないが、可愛いと言うだけで復活したらしい。何だろう、どこか芸人のような気質を感じた。
「さあ!早く打とうじゃないか!!ささ、みんな席につくんだ!!」
元気を取り戻した菊本さんが雀卓の椅子に座り、早く早くと着席を促してくる。その子供のような仕草に黒沢さんは表情を崩し、わかったと一言発して雀卓へと向かう。俺も坂巻と一緒に雀卓に向かい、席につく。俺の正面、対面には黒沢さん、左側、上家には菊本さん、右側、下家には坂巻が座り、準備が整った。
「じゃあ、席決めは掴み取りでいいかな?」
「うん」
「構わないよ」
「オッケーだよ」
菊本さんの手の中でシャッフルされる四つの牌、シャッフルが終わると、どうぞと差し出される。俺たちは各々牌を選びめくる。最後の一枚を菊本さんがめくって全ての席が決まった。
「私が起家ですね」
「ボクは南家だ」
「西家か・・・」
「私北家!じゃあ席はこのままだね!」
席決めが終われば牌を卓の中心の穴に流しいれ、ボタンを押す。下から牌がせり上がり、黒沢さんがサイコロを回すためにボタンに手を伸ばしたところで俺は声をかけた。
「直前に聞こうと思っていたんだけど、黒沢さんはどうして俺と打とうと思ったんだ?」
その声に反応し、黒沢さんは伸ばしていた手を引っ込めた。そして、声をかけてきた時と同じ強い意志を持った目で俺を真っすぐ見た。その目に俺の心は高ぶっていた。
「あなたの麻雀を見て、あなたと打ちたいと思った・・・これでは不足でしょうか?」
「いや・・・上等だよ・・・!!」
全身が熱くなる。頭が、目が冴えわたる。久しく感じてなかったこの感じ、体を滾らせるこの感じ・・・
いいねぇ・・・久しぶりに燃えてくる・・・今の俺のくすぶりを・・・心の中のくすぶりを・・・すべて焼き尽くしてくれるようだ・・・!!
俺の返答をどう捉えたのかわからないが、黒沢さんの表情が少し嬉しそうだった。そして改めてサイコロを回すために手を伸ばす。そしてボタンに触れた時、勝負が始まった。