彼女とベランダでタバコを吸う話   作:Damy

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午前3時の風は優しく頬を撫でる

 5講のおわり。チャイムや学生たちの話し声やら、喧騒に満ちた講義室のなか、友人の仁志(ひとし)がボソリと呟いた。

 

「お前の彼女さぁ、──してるよ」

 

 隣にいる僕ですら、何と言ったのか聞き取れない声量。

 僕は出入り口に人集りができる前にカバンを持って席を立った。ノートも、それどころか筆記用具さえも出していないから身支度は何もない。いの一番に講義室を出てバイト先に向かう。講義に真面目に参加していない僕でも勤労の気持ちはあるのだ。遅刻に厳しい店長が怖いというのもある。

 講義室を出る間際、チラリと振り返る。

 席に座ったままの仁志は、何やら申し訳なさそうな顔で僕の方を見つめていた。

 

〜〜〜〜〜〜

 

 ベランダのサンダルが風呂上がりの熱った身体を足裏から冷やされる。

 バスタオルを物干し竿にかけ、ベランダの手すりに引っかけてある台に缶ビールを置く。真ん中に灰皿、左右に缶用のスペースが作ってあるもので、ここ半年くらいはかなり重宝している。手すりに直接置いた空き缶を何度もアパートの下に落として、大家さんに叱られた話をしたら、呆れた顔した雪姫(ゆき)が作ってくれたのだ。

 百円ライター火をつけたアメスピを吸い込み、青白い煙と疲れを吐き出す。

 アルバイトの終わり、僕は自室のベランダでタバコを吸う。たまに酒も。無機質な労働を最後に一日が終わると、眠っている間にベッドの中で何者かに身体をロボットに改造されていく様な感覚に苛まれる。それがどうにも嫌いで、夜更かしをする。

 

 拭ききれなかった水滴が頬をつたって首に垂れるのがくすぐったい。タバコの先から燻る煙は、ベランダを右往左往して、用事を思い出したみたく夜風に攫われて掻き消えていく。それを目で追っていた。

 いつも下らない事ばかり考えている僕が、この瞬間ばかりは何も考えずにいられる。

 それゆえに、クリアな思考に垂らす一滴目は重要なことか、大切なことがいい。いつもは適当なことに雑な思考を巡らせ、結論なんてどうでも良くなってしまうから。

 

 午前3時の風が優しく頬を撫でる。9月の夜は、日中と違い秋の到来を感じさせた。掛けてあるバスタオルは酷く冷たくなっていた。

 フィルターが白いままのアメスピを灰皿に押し付ける。

 ポケットから携帯を取り出して、仁志から送られた写真を見る。カッ、カッとビールのプルタブを弾き、講義の終わりに仁志が発した言葉を反芻する。あの時、聞き取れなかった言葉は写真を見ることで容易に補完できてしまう。

 

「お前の彼女さぁ、浮気してるよ」

 

 写真には上背のある男と、それに肩を抱かれる女の後ろ姿。おそらく大学の隣駅にあるラブホ街を、2人は歩いていた。最近のスマホはすごいもので、背景がどれだけブレブレでも、撮りたい対象はくっきりはっきりと写してくれるようだ。

 

「……ふぅ」

 

 アメスピを深く吸い込む。もう半分も残っていなかった。

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