さて、今回はオリ主である彩加のパーソナリティを深堀していきます。ちょっと首傾げたくなる部分もあるかもしれませんが、フィクションなのでご容赦下さい。ぼっちちゃんが謎変形する時点で今更かもしれませんが。
「はぁ~~~~……」
ライブハウス『STARRY』にて、今世紀最大と言っても良い溜息が響いた。音の発生源はその経営者、伊地知星歌である。星歌の中では、今出ていった義妹の言葉に悩んでいた。
『私を拾った貴女が、私を棄てた者共と同じ振る舞いをしたのが気に喰わぬと、ただそれだけです』
星歌とて、その程度の事は分かっている。だが、それでもあの場ではそう言わねばならなかった。妹達の誠意も情熱も、そして正しさも認めるが、星歌は自分の発言を撤回する気は無かった。
「あららら……ちょっと意地悪しすぎちゃいましたね~」
STARRYのスタッフ、通称PAさんが星歌に話しかける。キノコでも生えそうなくらいジメッとした様子の星歌を見かねたのだろう。だが、それほど短い付き合いでもないため、星歌が先の発言を撤回しない事も分かっている。
そして極めて珍しい事に、今回は星歌がPAに話を投げかけた。
「なあ、お前は『サヴァン症候群』って知ってるか?」
突如投げられた質問に、PAはやや困惑しながらも自分の知っている範囲の知識で答える。
「確か……特定の一分野に記憶力、芸術、計算などに高い能力を有する人、でしたっけ?」
「まあ、半分正解だな。高い能力を有する反面、発達障害なんかを患っているらしい」
その言葉を発する星歌の表情は暗い。
星歌の調べた範囲では、サヴァン症候群というのは俗称に近く、正式な病名ではないそうだ。医学的には自閉症の一種として扱われることが多い。
イギリスの学者によって『
だが、PAはいまいち話の要領が掴めず、さらに星歌に問いかける。
「それで……そのサヴァン症候群がどうしたんですか?」
「彩加だよ……」
「え……」
星歌は一呼吸置いて、最近できた義妹について話し始めた。
「私は医者じゃないから、正確な診断は下せない。だけど、彩加はサヴァン症候群か、それに近い状態にあるんじゃないかと私は思っているわけだ」
そこから話される彩加についての説明は、普段は冷静なPAを以てしても驚かざるを得ないものだった。
曰く、一度聞いただけの曲を完全に記憶し、譜面に起こし、さらにバイオリンで最後まで演奏できてしまう。
曰く、高校の数学の教科書(数IIIに至るまで)を二カ月で読破し、複雑な微積分の数式を暗算で導き出せてしまう。
曰く、五線譜に数式を書き、それを一つの曲として演奏していた。
「それは……凄まじいですね」
「ああ、凄まじい。私達からすれば、もはや異能だ」
だが彩加とて完璧超人ではなく、例えば料理や家事が壊滅的に出来ない。レシピ本等で分かりやすく、体系的に手順を説明されていても、それを実行できない。また、スマートフォンを代表とする機械の操作も覚束ない。目をグルグルさせながらメッセージを送っている所を星歌は何度も見たことがある。また、彩加が所属しているコミュニティとの会話のためにPCはある程度扱えるそうだが、それも手元に操作に関する膨大な量のメモを控えていなければならない。
「そして……天才である事すら、彩加には欠点になってしまった」
「! それは……」
「異端なんだよ。どうにもならないくらいに、どうする気にもなれないくらいに、日常生活を送れなくなるくらいに、人生に絶望するくらいに、異端なんだ」
長所というのは、行き過ぎれば短所となる。おそらく、伊地知家に引き取られる前にもその片鱗は見せていたのだろう。それが『人外』『化け物』と蔑まれる一因になってしまった。そして、多少法的に無理があったとしても追い出したいと思われるくらいには、彩加は不適合者だったのだ。
そして、天才であることの最たる弊害は、
この世の中は天才であるよりも無能である方が生きやすい。少なくとも星歌はそう思っている。大学なんて選ばなければ馬鹿でも入れるし、『能力が無い』という状況は大なり小なり誰もが経験する事で、比較的同情も引きやすいのだ。
「アイツは、彩加は音に対して異常なまでに鋭いんだ。本人が言うには、38000種類の音を、それこそ無数の
「………」
だが天才は違う。凡人が彼ら彼女らを見た時に思うことは『浮世離れしている』だ。感性が一般と乖離しすぎていて理解も共感もできない。なまじ相手が自分よりも優れていると認識しているから同情することすらできない。
「彩加は誰にも理解されず、共感もされず、同情すらされず、ただ天才というレッテルを貼られて敬遠されてきたんだ。いや、それだけならまだいい。中には嫉妬やなんかの悪意をぶつけられたことだってあった」
悪意をぶつけられるのはどんな人間でも経験がある。だが、天才に向けられるそれは常軌を逸していると言っても良い。悩みを相談すれば『嫌味』と取られ、持論を話せば『傲慢』と言われる。
孤立無援、四面楚歌、ぼっちちゃんこと後藤ひとりとは違う意味で孤独な人間。異端中の異端、究極中の究極、領域を超えた向こう側。
『他人の脳髄を食いちぎれば、私は『人間』になれるのか?』
そんな事を死んだ目で吐き捨てる彩加を、星歌は生涯忘れられないだろう。
「そんなにつらい人生なんてあるかよ……!」
星歌は涙声で叫び、カウンターテーブルを叩く。サヴァン症候群……たしかに凡人から見ればもはや病気の域なのかもしれない。今回において悲劇的なのは、彩加が実に人間的な感性を会得してしまっていることだろう。凡人を模倣し、他人に寄り添おうとすればするほど、彩加の異端が浮き彫りになる。コミュニティから乖離していく。まさに地獄だ。
星歌は取り乱したことを謝ると、更に気が重そうな表情をしてこう言った。
「彩加、お前が生きる意味を求めるのは否定しないが、その過程で潰れてくれるなよ」
陰鬱な気分のまま、星歌は在りし日の彩加を思い出していた。
♪♪♪
「―――うっええええぇぇ……」
結束バンドに彩加が入ってそれほど経っていないころ、深夜の伊地知家のトイレで彩加は嘔吐していた。胃の中にあるものを全て吐き出してしまいそうな勢いだ。物音で起きた星歌は苦しむ彩加を見つけた。
前述の通り医学知識など持ち合わせていない星歌だが、素人目に見ても彩加の様子は異常だった。全身に鳥肌が立っていて、立春はとうに過ぎているにも関わらず寒さに震えていた。よく見れば滝のように冷や汗が流れている。寒さの原因はこれだろう。
「大丈夫かー……て、そんなわけ無いよな」
星歌は彩加の背中をさすり、吐き気が収まるのを待つ。その間も彩加は口から胃の内容物を吐き出し続ける。内容物どころか、臓器そのものまで吐き出しかねない勢いだ。
暫く経って、彩加の吐き気が収まると、星歌は彩加にうがいをさせて白湯を飲ませた。その間に彩加の様子を観察してみたのだが、彼女は小声で「見つかってしまった……」と呟いていた。それはまるで、自分の体調よりも星歌に見つかってしまった事を嘆いているようだ。
(この様子、こうなったのは初めてじゃないな……しかも多分、本人も原因は分かっている)
後はそれをどう引き出すか……と星歌は考えていた。彩加には心当たりが有っても、星歌には推測がついていない。夕飯にも特に変な物は入っていなかったはずだ。仮に入っていたとしたら、同じものを食べた星歌や虹夏にも大なり小なり影響が出るはずである。いや、天文学的確率で星歌と虹夏が強力な免疫を持っている可能性はあるが……
「で、何があったんだ?」
「………」
「夕飯に何か入ってたなら虹夏に言っておくぞ。体質で合わないってのもあるだろうしな」
「ち、違う! 虹夏は悪くないんだ!」
(やっぱり虹夏関連か……?)
やや過剰な反応に、尚更放置するわけにもいかなくなった星歌は普段よりも優しく問いかける。だが、彩加は頑ななまでに理由を話そうとはしない。
(彩加から話させるのは無理か……)
ならばと星歌はアプローチを変える。学の無さを自覚する星歌だが、それくらいの知恵は回る。
「お前がそうなった原因は、虹夏、ひいては結束バンドか?」
「アイツ等に罪は無いんだ……!」
「その反応はもはや肯定してるようなものだぞ」
THE・ポーカーフェイスみたいな顔をしている彩加だが、割と感情は豊かだ。そして、時に隠し事が途轍もなく下手である。
「虹夏も、結束バンドも、何も悪くない! もし間違いがあるとするなら、それは私の存在だ……!」
その時、彩加の頬に星歌の手が強めに添えられた。平手打ちのような勢いだが、彩加に痛みが走らない絶妙な威力で。そして、彩加は星歌の顔から目が離せなくなった。
「……お前がアイツ等を大切に思ってるのは分かる。やっとの思いで得た居場所を貶したくないって気持ちも理解できないとは言わん。だが、今の発言はライン越えだぞ」
彩加の過去は少しだけ聞いている。天才であることを理由に拒絶され、人外と後ろ指を指され続けた。それ故の自己嫌悪であることは百も承知だ。そして、曲がりなりにも自分を受け入れてくれた結束バンドを失いたくないが故にその不調を隠す事も。
「お前のその発言で一番傷つくのはアイツ等なんだよ……!」
だが、星歌は彩加に敢えて強めに言う。このまま放置すれば、結束バンドに取り返しのつかない亀裂を生むだろう。多少無茶をしてでも、彩加から事情を聞き出す必要があった。
暫くして、彩加は涙を流し始めた。
「なんで……なんでこうなるんだ。やっと……やっと人間になれたのに……人間として、扱ってくれたのに……」
彩加が話す内容は或る意味星歌の予想通りであり、そして予想を上回るものだった。
大前提として、彩加は数万種類の音を識別して認識できる。そして、何かの曲を弾くときは音程、テンポ、強弱などの識別要素で彩加の内在世界とも呼べる演算機構で最適化し、
だが、合わせる相手は大概人間であり、彩加とてそれは変わらない。そのため、演算と多少ズレていたとしても修正して合わせる事が出来る。いや、修正した上で新たなアルゴリズムで楽団を統率する事も出来てしまう。無数の情報の中で最適なアルゴリズムを解析し、
だが、それは曲に規定された法則を著しく逸脱しない場合に限る。
初期の結束バンドの演奏はお世辞にも良いとは言えないものだった。ひとりの周りが見えないが故の独走する演奏。そして初心者である喜多は置いていかれ、さながらドップラー効果のように歪んだ音楽。虹夏やリョウが修正しようにも、一度秩序が崩壊した旋律は完全には戻らない。
それが、天才にとっては致命的となった。
彩加は音楽のアルゴリズムにバイオリズムを同調させ、身体全体で音を奏でる。左手の指が弦をなぞる感覚、右手の弓が弦を鳴らす感覚、頭蓋骨の内部に音が反響する感覚、奏でる姿勢、筋肉の動き、僅かに肩当の触れる鎖骨や連なる胸郭の振動……
だが、それが一秒と満たない間に崩壊していく。ひとりの独走や他のメンバーのズレが一定の物であればまだマシだったのだが、弾く度にそれが違っている。メトロノームをかけてもテンポが合う事は無く、むしろパニックを誘発してしまう事すらもあった。
そして、許容範囲を超えたアルゴリズムの改変を余儀なくされた彩加の身体は壊れてしまった。今度は日常生活のバイオリズムが崩れ始めたのである。星歌の目撃した嘔吐はその影響の一部だった。
「狂人と嗤うなら嗤えばいい」
実際、嗤われてきたのだろう。彩加の吐き捨てるような言葉にはそう思わせるだけの何かを感じざるを得なかった。死んだ魚のような目で世界を呪う彩加に、星歌はその時は、かける言葉が無かった。
「―――!」
だから、星歌は彩加を抱きしめた。普通であれば、妹のバンドを馬鹿にされたと激昂してもおかしくない場面であるにも関わらず。実際、彩加もそれを覚悟していたのだろう。何なら一発殴られる覚悟すらもしていた。嘗て関わって来た人間達のように。
「お前は私達の家族なんだ。だから、この手の隠し事をするのはやめろ」
星歌は彩加の全ては知らない。そして、全てを知る事は永劫に不可能だ。だが、この繊細な義妹の悲鳴を見過ごす事だけはしたくなかった。虹夏に「抱え込まないで」と言われていたにも関わらず、結局抱え込んでしまう義妹を見捨てたくなどないのだ。
やがて抱きしめ終わったあと、彩加はぽつりぽつりと話し始めた。
「私が何故、結束バンドに入ったか、話したことがあっただろうか」
「ああ、バイト初日に言ってたな。オーケストラと違う音楽形態に興味を持ったとかなんとか……」
「ああ、私も最近気づいたが、厳密には違うようだ」
「というと?」
「私が結束バンドに入ったのは、そこに何かがあると期待したからだ。夢、友情、欲望……そういった剥き出しの感情に近い所に居れば、人間の本質に触れる事が出来る。そうすれば……そうすれば何か、生きる理由が見つかるんじゃないかと思ったんだ」
彩加は殆ど全てを失い、残されたのは音楽への執着だけだった。故に人間の集まりに飛び込み、何かを得ようとした。そんな都合のいいものが、本当にあるのかは知らないけれど。
「何かに頼ろうと思った。裏切られ、拒否され、捨てられても、私は何かに期待する事をやめられなかった。この後に何かが起こるはずだ。それはきっとあるはずなんだ、と」
「それは……見つかったか?」
「………」
「(まあ、見つかりゃ苦労しないわな……)なんにせよ、虹夏に不調の原因だけは伝えておけよ。お前が思ってるほど狭量な女じゃないぞ、アイツは」
彩加は少し間を置いて、
「分かった」
と返事をした。
はい、私が知ってる中では初めてのオリ主の属性『サヴァン症候群』。ハイスペックなオリ主は何作か知っているのですが、サヴァン症候群と明言しているのは今作だけではないでしょうか(他にもあったらごめんなさい)。実際のサヴァン症候群とはちょっと違うというか、違和感を感じる部分もあるかもしれませんが、そこはご愛敬という事で。
彩加は天才故の苦悩を諸に体現しております。中々共感が難しいだけに、悩みを相談しても『嫌味』や『見下し』としか取られないのは物凄くつらいと思うんです。私個人はそういう『弱者の上から目線』みたいなのが物凄く嫌いなので、今回はそれが前面に出た形に……自分自身でもしないように気を付けていますが、時々やってしまい自己嫌悪に陥っています。