「うわ~ん、また打ち上げ断られちゃったよぉ!」
「その話、五回目だよ。
「ちょっと聞いてる~?
「既に四回は聞かされてる」
私、
海外ならまず命はない。少なくとも所持品は全て取られるだろうな。財布も携帯電話も全部。逆に今にも死にそうなホームレスの人を助けようとして盗みや傷害に遭うなんて事もある。海の外に出てから随分と人間不信になってしまったものだと自嘲こそするけれど、きっとこれくらいがちょうどいいのだと開き直っておく。
なら何故助けたのかと聞くだろうけれど、ただの気まぐれ。一応、ここが日本で倒れてるのが日本人という最低限の安全保障は有ったかな。
結果的には吉だった。悪い人じゃなさそうだし。まあ、ちょっと頭がライトな所はあるけれど。ホテル代も節約できたし、やっとツキが廻って来たかな。その部屋は事故物件だったけど、東京で人死んでない所を探す方が難しくない? 私は訝しんだ。
そして、数日前に始まった同居生活の中で、私は廣井さんと打ち解けた。私よりも彼女の方が年上だけれど、敬語で話さなくていいと言われた。実際、いまや彼女の生活の面倒を見ているのは私だけれど。料理も作ってるし、電気代も一部払っている。住まわせてもらってるんだから、当然だけど。これでもホテル代よりは安い。お金には困って無いけど、ちょっと人恋しさがあったかもしれない。
なお、その時のやり取りは、
『郵便?』
『ん~? ネクロノミコン入ってた~』
『それが本当なら即刻捨てて』
そう言って見てみたら電気代の請求だった。これって私文書閲覧になるのかな。でも本人気にしてなさそうだしいっか。
「う~、余白ちゃんも私のことウザいって思ってるんだ~!」
「ウザいじゃなくてダルいなって思ってる」
「ごふっ!!」
あ、クリティカルヒットしてしまった。そう、この人はメンタルが弱い。確かにこんな体たらくじゃ、お酒でも入れないとライブなんてできないだろうな。
廣井さんはSICK HACKというバンドでベースをやっている。演奏技術は高い。バンド界隈はよく分からないけど、それでも結構上位じゃないかな。泥酔した状態でよくあそこまで正確にリズムキープできるなー、と何処か他人事のように思っていた。
因みに、廣井さんがお酒に溺れているのは『幸せスパイラル』というものに浸るためらしい。簡単に言えば、将来の不安とか鬱とかを酔っぱらって忘れる、みたいな感じ。ドラッグじゃないだけマシかな、とか思った私はだいぶ末期かも知れない。
ほら、ジミ・ヘンドリックスとかバルビツール酸で死んでるし。別にバルビツール酸は持ってても違法じゃないけどさ。
でもまあ、アンフェタミンとかメタンフェタミンとか、ヘロインとかフラッカとかよりアルコールの方が全然マシ。
そう言えば、向こうの税関の人に「It’s drug.」って説明したら銃向けられたな。聞こえてきた限りだと、「こんな堂々とした運び屋見たことねえ!」「気を付けろ! なんかすげえ武器とか隠し持ってるかもしれねえ!」とか言ってたな。「medicine」って言わなきゃ駄目だったね。失敗しちゃった。あはは。何も違法なもの持ってないから解放されたけど。
いや、アルコールも薬物か。オーバードーズだね。廣井さん。
「そう言えば余白ちゃん、
「うん。お酒には強いみたい」
「うんうん、それでこそお
「……おにころは遠慮したいかな」
あんまり美味しくない。舌が肥えちゃってるな。
そう言えば、酔っ払いの死体は見たことあったな。仰向きに死んでて、お腹から得体のしれないものが流れてる。多分血漿か何かだろうな。あとは歪んだ多角形の心臓とか、腐った
そう言えば何であんな有様だったんだろう。誰かに殺されちゃったのかな。だとしたらちょっと可哀想だな。何で酔っ払いって分かったか? 近くにビールの缶が転がってたし、眼が黄疸になってたからね。
「死なないでね。廣井さん」
「ん~? どうしたの急に~。まだまだ大丈夫だZE! 多分……」
「良かった。つまらないから生きててね」
「…………」
廣井さんが言葉に詰まってる。可愛いな。そう、私はなんだかんだ言ってこの人の事が好きだ。恋愛的な意味じゃないよ。割と死期が近い人が好きなのかもしれないな。でも、死体になったら何も喋ってくれないから、つまらないから生きててね。
人間って生きてるんだよね(哲学)。私だって生きていたいよ。なんでかは分からないけど。いや、理由は有るか。一応。うふふ、お酒廻っテ来タかな。
でも、生きてる人間って胸焼けするし、かといって喋ってくれない死体眺めててもつまらないし。うん、やっぱりゾンビかそれに類する人間がちょうどいいね。ちょうど目の前に居る、今にも急性アルコール中毒で死んじゃいそうな人とか。
「ねえ、幸せ?」
「うん! 幸せ!」
「良かったね」
心からそう思う。私はお酒で嫌な事忘れられないから。海外で一番付き合いが長いのはヴァイオリンを除いてマドラーとロックグラスだけれど、酔った回数は数えるほどしかない。
でも、私だって現実から逃げてる点は変わらないんだ。生きてる人間の中で殆ど唯一と言っても良い、眼に入れても痛くないほど愛おしい私の妹の彩加。私は彼女に会うために日本に来た。
でも、怖い。私は彼女を捨てて夢を追いかけた。あの子もそれを望んだ。でも、その事実はじわじわと私を蝕んでいった。まるで全部合わせても致死量ギリギリの毒を分割されて入れられた料理を食べてるみたい。
でも、いざ日本に来たら、怖くなった。恨まれてたらどうしよう。あの子が壊れてたらどうしよう。いや、きっと恨まれてる。そんな事ばかりを考えて、命の無事も居場所が分かっているのに足がすくんで会いに行けない。
弱いな。私。
私は今、スピークイージーのようなこの関係に安住してる。禁酒法時代の違法な潜り酒場。お酒が手に入らないから工業用のアルコールでウイスキーを作ったりしてたらしい。流石におにころはこれより美味しいだろうね。余談だけど、唯一差別が無かったらしいね。差別が無いのが違法な酒場だけ。
そういうアイロニックな話好きだよ。私。
違法って程じゃないけど、世間に容認されない生き方をしてる私達をお酒は歓迎してくれる。幸せスパイラルというのも間違いじゃないだろうね。苦痛を感じるなら脳みそ壊しちゃえばいいじゃない、とかいう狂気思考も好きだよ。
「なんで私達は人生という手術を、麻酔無しで受けなきゃいけないんだろうね」
「ん~? どうしたの余白ちゃん」
「いや、私達が酒飲みって分かった瞬間にバカにしてくる奴ムカつくよねって」
「ん~? わらひのバンドメンバーの悪口は許さないぞ~」
「あ、
「余計なとこ掘っちゃったぜ」
正確には心配三割、被害に対する怒り七割といったところだろうけどね。
「それで話を戻すけど、みんな私が酒飲みだって分かると見下すんだよね。本当にイライラする。みんなして私を人間失格に仕立て上げるんだ。アルコールを摂取するように仕向けてるとしか思えない。環境が私を作ったの」
「あ~、なんか分かる気もするなぁ~。わらひはライブでの緊張を紛らわすために飲んだけど、余白ちゃんは違う感じするもんね~」
うん、違うね。私は気が付いてたら飲んでた。身近にあったのがドラッグならそっちに手を出してただろうとも思う。私が渡った国は拳銃の所持が合法だったけど、射撃場で撃ってみてから持たないことにした。あんな愉快な物持っちゃ駄目だよ。私は。
「いっそ人類全員薬物中毒になればいいんじゃないかな。そしたらこのギスギスした世の中の馬鹿馬鹿しさがちょっとは分かるんじゃないかな。あはははは」
「怖いよ~。酔っぱらうのなんか比にならない危険思想だよ~!」
「まあ流石に冗談だけど、ここまで生きにくい世の中にして、どんな人類を生み出そうとしてるんだろうね」
「う~ん、発想がディストピア~」
ユートピアっていうのも『存在しない』っていうのが語源らしいよ、廣井さん。人類って愚かだから、大脳
でも、彩加の脳みそいじるのは嫌だな。あの子だけは生きてても胸焼けしないから。
きっと、早く会いに行くべきなんだと思う。それがどんな結果を招いたとしても。
ごめんね。ごめんね。酷いお姉ちゃんで。
真っ黒く濁った心をアルコールで消毒する。
「ん~、まあ、余白ちゃんが世間に対してどういう認識持ってるかは分からないし、妹ちゃん? との事も全部は分からないけどさ。とりあえず気にしなくていいんじゃないかな」
「え……」
今まで通り泥酔しているはずの廣井さんから、突然真剣な声で話しかけられてちょっとびっくりした。相変わらずお目々グルグルだけど、雰囲気変わったな。
「少なくとも妹ちゃん関連は余白ちゃんの一時の感情でどうにかなるものじゃないでしょ」
「なんで分かるの?」
「年の功。忘れてるかもしれないけど一応君より年上なのだ。がはは」
そう言って廣井さんはお酒を呷って続けた。
「だからさ。妹ちゃんに何を言うにしても、精神を整えてからでもいいんじゃないかな~、とお姉さんは思うわけだ。無理矢理会っても、最悪余白ちゃんまで壊れちゃうよ」
これだ。普段は酔っぱらってるくせに、時々真理をつく。だから、私はこの人を嫌いになれない。
「というわけで、今日は飲も~!!!」
「そうだね。ありがとう。廣井さん」
私は今日もスピークイージーで、苦悩を煌びやかに演出したジャズスウィングのように笑いながら不道徳に溺れる。
「それで、ウチの廣井はこんな有様になったわけですか……」
「本当にごめんなさい。ちょっと飲むのに付き合ってもらってたら酔い潰しちゃったみたいで……非は私にあるので廣井さんを責めないであげてください」
私、SICK HACKのドラム担当である岩下志麻は、最近廣井とよく一緒にいる苧環余白という女性と相対していた。苧環さんは墨汁みたいな黒髪のポニーテールで、ちょっと異質な感じのする美人だった。肌は日本人離れして白いが、不思議と不健康な印象は受けなかった。
職業は大学生兼ヴァイオリニストで、どうやら道端で行き倒れていた廣井を拾った事がキッカケで仲良くなったらしい。
どんなやり取りを経て仲良くなったのかは少し謎だが、泥酔した廣井を引き取ってくれるなら誰でも良いかとあまり深く考えていなかった。
なお、肝心の廣井は……
「う~~ん……」
見事に二日酔いでくたばっている。活動拠点のライブハウスである〝FOLT〟まで連れてきてもらったはいいが、練習できる状態じゃないぞ。これは。
たしかに廣井は酒に強いわけじゃないが、どれだけ飲ませたらこんな状態になるんだ。今まで二日酔いやらかしてゲロ吐いてても幸せそうだったアイツが悪夢に
「よ……妖怪ウワバミ……」
「ちょっとじゃなかったって言ってるぞ」
「暫く、お酒見たくない……」
「本当にどれだけ飲ませたんだ!?」
「物っ凄い酒豪ネ……」
実は後ろにいた、同じくSICK HACKのメンバーである清水イライザが青い顔で慄いていた。
私だって同じ気持ちだ。あの酒カスに酒を見たくないと言わせるほど飲ませ、本人曰く合わせて飲んでいたらしい苧環さんは一切異変が無い。嘘という事はないだろう。廣井がウワバミとか呼んでたし。
「わ~凄い。スサノオに斬られる前のヤマタノオロチみたいだ廣井さん」
「ナニ言ってるノ……?」
「足の方から剣とか出て来そう。たしか日本神話だと出てくるよね」
「コワイ! 発想が怖いヨ!」
「え~、アニメでもよくあるじゃん。手首引き抜いて武器人間になったり、人間解体してピアノにしたりパイプオルガンにしたり」
「子供みたいな純粋な瞳で恐ろしいこと言ってるヨ! そういうアニメは管轄外ネ!」
「うわ~ん、怖いヨ~」とイライザが泣きついて来た。斯くいう私も少し背筋が凍った。そういう系統が好きな奴なのか? アニメ関連でイライザとも話しているのを見たが、微妙に趣味が違うらしい。あと廣井の表情が更に悪くなってるな。今の発言が地味に聞こえてたのか?
イライザの言う通り本当に子供みたいな目だ。非現実的な容姿も相まって不気味さすら感じる。微笑から変わらない表情と言い、余白という名前の通り実体が掴めない。
「でも皆さん、廣井さんのお酒の量減らしたいって言ってたじゃないですか。だからお酒に対してトラウマ植え付ければ解決できるんじゃないかなって。私はこの人と飲むの好きだけど、困ってる人がいるなら仕方ないですね!」
「サイコパスの発想!」
「流石にそれは……別方向でバンド活動に支障が出るので……」
恐ろしいな本当に!? あと、植え付けられたトラウマは酒じゃなくて貴方だぞ、苧環さん。まあ、廣井は後で忘れてそうではあるが。
「あはは。そんなに怖がらないで下さいよ。別に私はニャルラトホテプでもハスターでもありませんよ~。ちょっとお酒に強いだけのツイてない女子大生です。でも、そうですね。数学者、ピエール・ド・フェルマーに倣ってこう言いましょう」
余白は少しだけ首を傾げて楽しそうに話す。
「私はこの命題において驚くべき証明を持っているが、〝余白〟が狭すぎるのでここに書き記す事はできない」
はい、きくりさん登場。そして、オリキャラである苧環余白も登場。余白は彩加の姉です。全体的に何考えてるか分からない部分が多いですが、彩加を愛する気持ちは本物です。
あとイライザさんのアニメの趣味は既出情報からの推測です。あんまり鬱グロ系は見ないんじゃないかなと。ブラックラグーンとかヨルムンガンドも範囲外?攻殻機動隊だけは教養として見てるかも。まあ、全部妄想ですが。
2024/6/13:It's drugの下りに少し補足を入れました。