ぼっち・ざ・すとれいしーぷ!   作:三文小説家

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 お久しぶりです。あまり話自体が思いつかないのもあって、かなりのスローペースの更新となりますが、よろしくお願いいたします。


鏡写しの過去

 私と姉が対峙していた。

 

 姉は不安そうな、しかし高揚する気持ちも同時に持った顔で実家を出た。

 

 それを私は笑顔で見送った。

 

 心の中の悲鳴を……押し殺しながら。

 

「っ……!」

 

 彩加は大きく息を吐き出しながら夢から目覚めた。あれは私の過去だ。夢を見る理由は諸説あるが、脳内の情報を整理するためという説がある。ならばさっさと終わらせろ、と自分の脳に悪態をつく。彩加はいつまでこのような夢を見ればいいんだ。思い出の中でじっとしていてくれ。と。

 

「んう? 彩加?」

 

 横で寝ていた虹夏が目を覚ましてしまった。虹夏は彩加と一緒に寝たがる。聞けば、彩加が常に悪夢に(うな)されているのを見て心配になったのだとか。まあ、家の間取りの関係で虹夏と私が同じ部屋であるのも関係しているのだが。

 

 不満はない。本人に言ったら怒りそうだが、抱き枕としてちょうどいいサイズであるし。懸念点はこのように彩加が起こしてしまう事だろうかと彩加は思っている。

 

「いや、何でもない。少し、昔の夢を見ていた」

「それって……彩加のお父さんとお母さん?」

「いや、最近はめっきり見なくなったな。その代わり、姉の夢をよく見るようになった」

 

 彩加の言葉に、そう言えば彩加には姉がいたと思い出す虹夏。だが、その姉は彩加を置いて海外に発ったとも聞いている。

 

「姉は私には優しかった。だからこそ、私は姉の邪魔をしたくはなかった。だから、渋る姉を説得し、私を置いていくように言った」

 

 それはまだ幼かった彩加の姉への献身。姉の事が好きだからこそ、姉の枷になりたくなくて送り出した余年前。当時彩加は12歳だった。

 

 一方、虹夏は複雑な思いを抱いていた。姉の星歌がバンドに没頭して構ってくれなかった過去、それが寂しくて泣いた過去、戻ってきてくれて嬉しかった過去、星歌がライブハウスSTARRYを作った理由……彩加と虹夏達では状況も年も違う。そんな事は分かっている。

 

 だが、彩加の待遇を知りながら置いていった彼女の姉も、それを良しとする彩加も、虹夏にはとても(いびつ)に思えてしまうのだ。

 

 そんな虹夏を見て、彩加は笑みを零した。

 

「虹夏が何を考えているかはだいたい察しが付く。虹夏の過去は聞いているからな。だが、私は姉を送り出したこと自体を後悔はしていない。寧ろ、姉が私を枷として夢を諦めたなら、私は一生自分を、そして姉を許せなかっただろう」

「…………」

「虹夏の過去を否定しているわけではない。だが、私は姉を引き留めようとは思わなかった。それだけだ。それに、」

 

 彩加にとって家族とは人修羅の言い換えであり、姉を除いて敵であった。基本的に味方であった伊地知家とは違う。そして、彩加にとって姉は輝いていて欲しかった。勝利の内に血に染まった月桂冠を(いただ)いて死ぬ者、(はげ)しい踊りの後で乙女の腕に抱かれて死ぬ者は幸福に違いないのだから。

 

 彩加は眠りに落ちる意識の中で虹夏に告げる。

 

「虹夏達と出会えたこの運命を否定したくはない」

「彩加……」

 

 虹夏が見ている間に、彩加は寝てしまった。虹夏はその白い身体を抱きしめる。結束バンドの中で誰よりも卓越した演奏技術とそれに付随する存在感を放つ彩加が随分と弱々しく感じられた。

 

 

 ♪

 

 

(なるほど? 妹ちゃんの心境はそんな感じか)

 

 彩加が寝てしまった部屋の外で、廣井きくりはドアにもたれながらパック酒を片手に盗み聞きをしていた。

 

「おい廣井、こんな夜中に何をしに来た」

「何度も聞かないで下さいよせんぱ~い。シャワー借りに来ただけですって~」

 

 その様子を見た星歌が怪訝な顔をして聞けば、きくりは途端におどけた態度で返答する。勿論嘘だ。聞きたいことは聞けたとドアから離れ、星歌の所に歩いてゆく。現在、きくりは泥酔でもなければ素面でもない、絶妙な酔い具合で動いていた。我ながら余計な世話を焼いているとは思いながらも、自分を拾ってくれた酒豪の友人の為に。

 

「全く見え透いた嘘を……ドアに身体を押し付けて何を聞いていたんだか」

「まあいいじゃないですか先輩。子供が寝静まった夜中に自由に動き回るのは義務ばかりの大人の数少ない特権ですよ~」

「急に筋道通ったはぐらかし方しやがって……何の用だ」

「まあ、先輩には話してもいいか……先輩が引き取ったっていう子の様子を知りたがってる人がいてね」

 

 星歌のアホ毛が分かりやすくピクリと跳ねる。まあ、余白やヨヨコが知りたがっているというのは半分本当で半分嘘だ。知りたがってはいるだろうが、それを彼女達が口にした事は無い。この行動は余白から彩加の居場所を聞いて、それが偶々(たまたま)知人の家だと分かったきくりが勝手に気を回しているだけである。

 

「どうやって彩加の事を知ったんだとか、色々聞きたいことはあるが、今はいい。お前自身はそう言う情報を悪用する奴じゃないのは知ってる。だが、知りたいってのは何処のどいつだ」

「意味があるかは分かりませんけど、一応他言無用でお願いしますよ先輩。彩加ちゃんの姉と友人です」

 

 星歌はそこまでおしゃべりな性質(たち)ではない。きくりもそれを信用しているからこそ打ち明けた。少なくとも、彩加に危害を加えようとする者達ではない事に星歌は安堵の息を吐く。

 

「大槻ちゃん、中学時代に彩加ちゃんと会ってたみたいでしてね。死にかけたって聞いた時は、珍しく練習に身が入ってませんでした。よっぽどショックだったみたいです。姉……余白ちゃんは卒倒してましたよ」

「余白……て名前だったのか。アイツの姉」

「ですです。盗み聞きした感じ、嫌ってはいないみたいですね。お互いに。そしてそれが故に、離れ離れになった」

「私達と逆って事か……」

 

 星歌は唸る。バンドにかまけて家族を蔑ろにしていた過去。母親が死んで、ようやく気付いた過ち。だが、彩加と余白の場合は真逆の選択肢が正解だった。一方を見捨て、どちらかが不幸を受け入れる事でしか幸せになれない。

 

「家族か……」

「……やっぱ思うところあります?」

「あくまで私個人の考えだが、家族ってのはいなきゃいけないもんじゃない」

「ほう、意外ですね」

「だからこそ、いるなら心地よい関係じゃないといけない。親子にせよ姉妹にせよ、仲が悪いってのはそれだけで虐待みたいなもんなんだよ」

 

 まるで過去の自分に言い聞かせるように星歌は言う。一方、きくりは家族について思い悩む人間達を見て自分も思い出そうとしたが……

 

(あんまりそう言うのは分からないなあ。今もあんまり連絡とって無いし。というかスマホ無いし。何処にやったんだ~?)

「お前は家族とかどうしてんの。そう言う話聞かないけど」

「まあ、わざわざ話すようなこともないですし……大分親不孝なことしてる自覚はありますけどねえ」

「お前な……」

「地獄に落ちそうになったら八十八カ所巡りでもしますよ」

 

 きくりにとって、正論とは机上の空論を意味する。向いていないのだ、生きる事に。酒に酔い切れぬ今の視界には娑婆が紛い物に見えている。胡蝶の夢ではないが、見えている現実が虚構(フィクション)である。或いはそう思いたいだけか。嗚呼

 

「真人間にはなれねえっすよ、私は」

「お前泥酔してないとそういう感じなんだな。どちらにせよ可愛くねえ」

「可愛いってのは素面の私ですかあ? 以前先輩言ってましたよね。悪趣味ですよ~。あんな白歴史」

「白いなら良いじゃねえかよ。黒よりは」

「黒い方がマシですよ。見なくていいもん見ずに済むんですから。世の中の容態見てるくらいなら自分の醜態見てた方がマシです」

「或る意味極まってんな、お前」

 

 ビルの背の高さが怖くて仕方が無い。落ちた時のぐしゃりという音も、胎児のように曲がった肢体(屍体)も恐ろしくて仕方が無い。それなら酒で頭蓋を我楽多(ガラクタ)にした方が幾らか素敵だ。

 

 そんな諦めた大人の論理は、夜中でなければ話せない。その点、余白は常に真夜中を纏っているような女だった。これほど心地よく酔って話せるのは、後にも先にも彼女だけかもしれない。

 

 と、きくりの手に数枚の五線譜が引っかかった。

 

「NIMBOSTRATUS?」

「彩加が作った曲。バンドで演奏するんだってさ」

「へええ……見たこと無い曲調だなあ」

教会旋法(チャーチモード)って形式らしいぞ。長調でも短調でもない、グレゴリオ聖歌とかに使われてるんだと」

「聖歌をロックにねえ……へえ……そう言えばアニソンにもそういうの使ったのがあるってイライザが言ってたっけ。私が聞いたら浄化されちゃいそうな曲だあ」

「全四楽章で、それぞれ支配、戦争、飢餓、死がモチーフになってる……確か黙示録の四騎士だったか? 彩加が聖書持っててその中に黙示録があった。多分着想を得たのはそこだな。後、最終楽章(フィナーレ)も別にあって、それは終末と永遠をモチーフにしているんだとさ。ライブでは第一楽章、支配の部分を演奏する予定だって聞いた」

 

 なお、それほど暗い曲ではなく、ライブで演奏する第一楽章は『支配』というモチーフとは裏腹にどこか自由意志を感じさせる曲調だ。しかし、時折雷鳴のような音が混ざる。教会旋法の神聖さを残しつつ、ロックとして成り立たせながらモチーフや曲名から逸脱しない。こんな曲を作れてしまう彩加は正しく天才なのだろう。

 

 結束バンドに限らず、おそらく誰にとっても霊薬であり猛毒だ。結束バンドは彩加を扱い切れるだろうか、そもそも彩加を扱い切れるバンドなどいるのだろうか。星歌はオーディションでそこも見る予定だった。過保護、余計なお世話と言われるかもしれないが、星歌とて妹や義妹が傷つくところなど見たくはない。

 

「才能が一つ多い方が一つ少ないよりも危険、か。認めたくはなかったよ。彩加。まあ、私にはこの記述の10分の1も理解できないが……」

 

 星歌は彩加に貸してもらった聖書、黙示録の記述を読みながら義妹に思いを馳せる。彩加は黙示録の騎士にシンパシーを抱いていた。傲慢かもしれないが、彩加が真の意味で共感できる相手は宗教上の災厄くらいしかいなかったのだろう。

 

 星歌が彩加に対して同情とも尊敬ともつかない複雑な感情を抱いていると、何やらきくりの様子がおかしい。

 

「うああ……聖書をわらひに近づけないで先輩……浄化されてしまう……」

「……吸血鬼か何かかよ。お前」

 

 星歌は呆れながらきくりの視界に映らない場所に聖書を移した。

 




 彩加って流石は余白の妹で、余白は流石は彩加の姉って感じで姉妹揃って変わっています。彩加はその能力の高さゆえに人間に対しては基本的に共感できず、黙示録の四騎士などの超常的な存在にしか同調できないという側面が有ります。死にそうなときに助けを求められなかったのもこの特性によるものなのです。
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