ぼっち・ざ・すとれいしーぷ!   作:三文小説家

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忙しいけど頭の整理のために書いてたら出来た。とはいえ思った以上に難解なうえに色々取っ散らかってるからまた書き直すかもしれません。


ARIA

 伊地知星歌は妹の頼みを実行するか考えるために、一人の少女の病室を訪れていた。一方の話だけを聞くことは通常、愚行と称される。妹が必死になって頼み込んで来る相手とは誰なのか、個人的な興味もあった。

 

 ノックをするが返事は無い。相手は病人であるし、寝ているのかもしれないと仮定した。佇んでいても仕方が無いのでドアを開けて部屋に入る。個室ではないはずだが、中には人の気配がしなかった。目当ての人物のベッドを見つけ、カーテンを開ける。

 

「………」

 

 そこには確かに目当ての少女がいた。苧環彩加――妹の虹夏がこの少女を家族にしてほしいと頼み込んだ相手。今は眠っているようだが、確かに聞いていた通り美しい少女だ。『可愛い』ではなく、『美しい』と素直に思う。雪のような白髪が程よく散らばり、一枚の絵画のようになっている。敢えて表すなら、深海に沈んでいく白い花だろうか。

 

「……ん」

 

 彩加は少しだけ反応を見せる。存外と人の気配には敏感なのかもしれないと思ったが、目を覚ました様子は無い。寝言か……と星歌が思った時だった。

 

「おねえ……ちゃん」

 

 星歌は一瞬、自分の事を呼ばれたのかと思った。だが、今日は平日で、妹の虹夏は学校にいるはずだ。声の主は目の前で眠る少女だった。目が覚めたわけではない。だが、涙を流しながら家族の事を呼んでいた。

 

「おねえ……ちゃん……早く……帰ってきて……」

 

 彩加の寝言は続く。星歌は虹夏の言葉を思い出していた。

 

「彩加とは色々と話したけど、彩加のお姉さんについても話してくれたんだ。お姉さんは、彩加との約束を守るために海外に行った。彩加自身は嬉しそうに話してたけど、その後にこう言ったの。『私は強くなれなかったよ』って」

 

 姉がいなくなった後の孤独に耐えられるほど強くは無かった。姉のように結果を出して逃げられるほど強くなかった。精神だけでなく、身体まで脆弱だった。脆弱な生物が行きつく先は『死』。彩加はそれに則って死ぬつもりだったと言う。家族への復讐という副産物と共に。

 

 星歌は気付けば自分の手を握りしめていた。認められたいと足掻いた少女に突き付けられた残酷な現実。演奏で感情を発露した少女に科せられた孤独。都合の悪い感情など欠陥でしかないとでも言わんばかりの非情さに、星歌は怒りが湧いた。

 

「ああ、これは……」

 

 虹夏が引き取りたいと言うのも頷ける。この孤独を会話の最中にずっと感じ取っていたのだとすれば、そういう感情にもなるだろう。星歌は彩加の頭を撫でた。彼女の表情が少しだけ和らいだ気がした。

 

「反則だよ、お前……」

 

 幸い時間はある。この傷心の演奏者が目覚めるまで待つくらいは許されてしかるべきだろう。

 

 

 私は桜の樹の下で死に瀕していた。私はどこで間違えたのだろうか。どこで()を間違えて、この証明()に辿り着いたのだろうか。苦しいからバイオリンを弾いた。悲しいから音楽を奏でた。生きたいから数学にのめり込んだ。

 

 ああ、なるほど、全てが間違いだ。結局のところ、欲に塗れた常人のなりそこないだ。臆病な自尊心と尊大な羞恥心が生み出した怪物に過ぎない。詩人になりそこなって虎となった男がいるなら、演奏者になりそこなって桜に喰われる女がいようとも、何も不思議ではない。

 

 自分の目が嫌いだった。化生のような左右不対称な色の瞳。私が数学にのめり込んだのはいつだったか。醜い自分が嫌いで、美しい数字と論理に逃避していた。レオンハルト・オイラーという数学者は、研究の末に視力を失ったらしい。心のどこかでそうなればいいと思っていたのだろう。醜い自分自身の鏡像を見ずに済むから。

 

 そこで出来たのは名前も顔も知らぬ、ただ同じ数学を愛すると言う事しか分からぬ同志達。しかし私はそれで良いと思っていた。心を殺せ、聖者は一時の間違いも見逃さない。祈りを潰せ、何度も蘇る希望に過剰殺戮を。痛みを愛せ、剥奪されるよりはマシだろうよ。私はそう証明したはずだった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 だが、私は望んでしまう。彼女の夢を叶えるため、そしてそれを望んだ私との約束を守るために国外へと飛んだ姉。苧環家の中で唯一私の味方でいてくれた人。願わくば彼女に一目会ってから死にたかった。そして、懺悔の言葉を届けたかった。射干玉に追いやられた負け犬の遠吠えを。

 

 そして私の意識は闇に沈み、次の瞬間には病室で目覚めた。先程の光景は夢であったようだ。私の望みか悪夢か、一概には語れない内容だが。

 

「悪い、起こしちまったか?」

 

 おもむろに聞こえた声に振り向くと、そこには金髪の女性がいた。知人にこのような容姿を持つ人物はいないはずだが、大半が容姿すら分からぬので既知の人物である可能性は無きにしも非ず。こうしていても仕方が無いので尋ねてみることにした。

 

「貴方は一体誰なのでしょう? 知人であるなら申し訳ないが、覚えが無いものでして」

 

 相手は一瞬戸惑ったようだが、確りと名乗ってくれた。

 

「私は伊地知星歌。伊地知虹夏の姉と言った方が分かりやすいか?」

「なるほど、私を助けた少女のご親族か……して、このような場所まで何用でしょうか?」

 

 少々警戒し過ぎかも分からないが、十数年に及ぶ孤独な生き方はおいそれとは変えられない。味方の顔をした敵というのはどこにでも存在するのだ。だが、相手はそれを意に介した様子も無く話を進める。

 

「……この際率直に言う。お前、私達の家族にならないか?」

 

 この時の私は、過去最大級に目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた事だろう。

 

 

 星歌の目の前に居る少女は驚愕の表情を浮かべていた。まるで窓の外に未確認飛行物体でも浮かんでいるかのようだ。もしくは虎と化した詩人を発見した友人はおそらくこのような顔をしていたのだろう。暫くそうした後、病人の少女、苧環彩加は泣くような、嗤うような声を上げ始めた。

 

「私を家族に迎える……実の親からも人外か化生と蔑まれた醜女をか……ククク……気でも狂いなさったか」

 

 星歌は彩加に宿る人間不信、自己嫌悪、憐憫、そして渇望を感じ取った。妹の虹夏がシンパシーを感じた理由も、一緒に過ごしたいと思った感情も理解できない物ではない。彩加は虹夏のバンドの話を本当に楽しそうに聞いていたという。その時の目には羨望が宿っていたのだろう。ちょうど今のように。

 

「……お前を迎えたいと言ったのは妹だ。お前と話すのが楽しいそうだ。できればお前の演奏をまた聞きたいとも言っていた」

「貴方はそれを了承したのか? 私を手に入れたとて百害あって一利なし、野放しの野蛮を謳歌した野良犬に何の価値が有るというのですか……貴女自身か、愛する妹に噛みつくかもしれませんね。利用する鎖すら失った私を引き入れて、何の利益が有りましょう」

 

 彩加の人間不信は筋金入りだった。人が皆、利益と理性によってのみ判断すると思い込んでいる。それだけで、彩加がどのように扱われてきたのか分かる気がした。ただ利益と成果を上げる事だけを強要される生。人外と蔑まれ続ける日常。星歌の内心に怒りが湧く。

 

「私達には、親がいない」

 

 星歌は自分達の事情を話す事にした。彩加を迎えればいずれ知る事になる。前払いのようなものだ。敢えて秘する事でもない。

 

「母親は事故で死に、父親は帰っては来ない。私と妹は、お互いだけが家族だった」

「………」

「私には仲間がいた。妹にも仲間が出来始めた……だけど、一緒に入れる人間は多いに越した事は無いだろう?」

「………」

「だから……利益とか害とか、正直知らん。私達が寂しさを埋めるためにお前を迎え入れるんだ、悪いか」

 

 星歌は彩加を少し睨みながらそう言った。否、実際はそう見えているだけでただ目の前の少女を見据えているだけだが。暫くして彩加は無表情のまま涙を流し始めた。泣かせてしまったかと星歌は少し慌てるが、まるで涙にも気づかぬように話し始める。

 

「心を殺し損ねた……何度も蘇る希望を撃ち損じた女に、そのような甘言を投げかけるのか、貴女は」

「おい、大丈夫か?」

「なんという酷い人達だ。そのような仕打ちを受けては、もはや抗う事などできない……」

 

 どうやら恐れていた反応ではない事に安堵しながらも、あまりにも孤独すぎる彩加の生き方に星歌は少し溜息を吐いた。

 

「お前は少し他人に甘えると言う方法を知れ。よく今まで壊れなかったな……」

 

 無表情のまま、声に濁りが混ざる事も無く、更には己の涙にも気付かぬままに話す少女に星歌は悲しい心持になった。彩加は泣く方法すら知らないのだろう。その結論にいとも容易く辿り着いてしまったからだ。

 

「失って初めてその価値に気付く。滑稽ではあるが、それは啓蒙の本質でもある。自分の血液が、たとえ胃酸に塗れたとて存外に甘い事に気が付くように」

「………」

「黒い揚羽が如く誘うように舞う、食道と眼前に広がるヴァニタスに焦がれる。ニル・アドミラリに陥った私には、死という証明以外に残されたものは無かった」

「………」

「二度とあの死は望めない。雷雨に打たれるかのように鮮烈で、霧雨のように暖かく、雪のように優しいあの最期はもう来ない。だから、教えてくださいな。『家族』というものを……」

 

 彩加はそう言うと、疲れたのか眠ってしまった。まるで独唱(アリア)のように生き、奏で、そして独白した少女は生者とも死者ともつかない姿だ。呼吸によって僅かに胸が上下する以外は、生の証拠を示す物が見つからない。

 

 本当に文化祭で大暴れしたのか、妹の言葉を疑いたくは無いが、眉唾ではないかと疑いたくなった。だが、左手の様子から尋常でない期間をバイオリンの鍛錬に費やしたことは分かる。星歌はマイペースな奴だと笑みを零しながら彩加の毛布を掛け直した。

 

「教えてやるさ。こんな不完全な家族で良いなら、いくらでも……」

 

 その後、書類上の手続きだけをしに彩加の父親はやってきた。そして病床の娘に対し、「人の肉を得た化け物の分際で……」と吐き捨てて帰っていった。人気の無いバンドのステージよりも空虚な、伽藍堂のような言葉であったと星歌は感じた。

 だが、父親の目に有ったのは明確な侮蔑と憎しみ、そして恐怖だった。彩加は、

 

「私が人を壊した……いや、殺しただけだ」

 

 と、生気の無い目で呟くだけだった。彼女の白い(くび)に残る爪の跡が何かを、おそらくは悲劇を物語っている。だが、星歌は無理に聞き出す事はしなかった。暫く後、退院した彩加を見た虹夏は大層喜んだ。

 彩加は虹夏に自分を引き取ったわけを聞いた。すると彼女はこう答えた。

 

「桜の舞い散る中で倒れていて、不謹慎だと思ったけどとても綺麗だと思ったんだ。そして病室で会った時、とても寂しそうで、あたしと話してる時に『行かないで』って言ってるように聞こえたの」

 

 そして最後にこう付け足した。

 

「まあ、色々理由を並べる事は出来るけど、一番は彩加ともっと一緒に居たいと思ったからだよ!」

 

 事実はなく、あるのは解釈だけだと虹夏は言った。

 




はい、ようやく原作に入れそうです。結構強引な展開だけどこれ以上の整合性を書ける気がしない……また、法律に詳しくないのと身近にこういう事例は無かったので、手続きの辺りは軽く描写するにとどめておきました。法律関係の仕事の方はどうぞ難癖をつけながらお読みになってください。
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