そんなこんなで彩加の元ネタ紹介ですが、パガニーニ、中原中也です。特に中原中也は私服の外見にも絡んできますね。
そして今回も話が進みません。いや、書いてみると意外と長いんだこの話。アニメ一話の情報量が多いというか。いつまでも本題の華氏451度に辿り着かない……
彩加によってすったもんだしたミーティングは再開し、『より一層バンドらしくなるには?』という議題にシフトチェンジした。とはいえ、バンドという物を名前しか知らない彩加には何を言えば良いやら分からない。エナジードリンクの件に続き、遠回しな戦力外通告である。
「まあ練習第一なのは分かってるんだけどね? でもそれだけじゃね~。まずは形から入ってみるのもアリでしょう」
「な、なるほど……」
おそらくほぼ全員が気付いている通り、根を詰めて練習している喜多の息抜きが目的なのだろう。外部から手を入れない限りずっと練習をしていそうな喜多だが、それでは却って効率が悪い。
議題がえらくざっくりしているのはそう言う事だろう、多分。だが、「バンドらしく」と言った部分でリョウが少し表情に憂いを見せたことに彩加は気付いていた。あまりそう言う言葉が好きではないのかもしれない。
「というわけで、とりあえずバンドグッズ作ってみた!」
(予想以上に形から入ってきた!)
内心でひとりが驚く中、虹夏は腕にコード等を束ねる結束バンドを腕に巻いていた。この四人組バンドの事ではなく原義の結束バンドである。
「随分と安っpリーズナブルなグッズだな」
「すっごい言葉選んだね、彩加。でも可愛いじゃんマスキングテープみたいで。いろんな色あるよ!」
「チープな色付けだ」
「おう、とうとう言葉を選ばなくなったなお前」
腕に結束バンドを巻いてるだけなのでさもありなん。また、虹夏が腕に巻いた赤色以外にも青や桃色、黄色と言ったカラフルな結束バンドを机の上に広げた。100本で500円余で売られていたらしい。
「……物販で一本500円で売ろう。サイン付きは650円」
「ぼ、ぼぼぼぼったくり……!」
「カミュの『異邦人』の文庫本と同じ値段を付けるのか……」
「安い! 買います!」
「おい」
喜多が財布から小銭を出す横で、思わずと言った表情でひとりが言葉を発し、彩加もそれにツッコむ。しかし、口をついて出た『異邦人』という言葉に彩加自身は何か因縁めいたものを感じていた。透き通るような白髪に黒と白のオッドアイ。この世界においてはあまりに色素が薄く、体内に黒澤モードでも流れていそうな出で立ち。元は伊地知家の人間ではないという文字通りの意味でもそうだが、自分の存在自体がまるで異邦の人物であるかのようだと感じていた。
「彩加、彩加。戻ってきて」
虹夏に肩を叩かれ、論理性の欠落したムルソーの世界から現実世界に帰還した彩加。どうやら喜多がイソスタなるSNSを使って色々やるという、意外にも実際的なアイデアが可決された後、ファンクラブの設立などという突拍子もない話が挙がっていた。
「何だ。酒の密輸にでも手を染めたか」
「遠回しに無謀っていうのやめて!」
「年会費は一万円で、会員特典として年一回の握手会とたこ焼きパーティー……材料はファン持ちで」
「安い! 入ります!」
「喜多ちゃんもメンバーだからね?」
「お前が腹減ってるだけだろ山田」
フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』を基にした彩加の皮肉に虹夏が抗議し、リョウが(おそらくは空腹ゆえの)莫迦なプランを発案し、喜多が催眠商法の如く金を出すという喜劇のような光景が広がっていた。次は階段が坂にでもなるのだろうか、と栓無き事を彩加が考えていると、喜多が「後藤さんは? 何かアイデアある?」と話題を振った。
ひとりは「えっあっ」と壊れたCDのようにスタッカートを刻む。寝ていたわけではないが、何も考えていなかったのは確かだろう。傍から見ればキュートかもしれないが、ひとりの思考回路はショート寸前。しかし、エラーメッセージが出る前に虹夏がサルベージした。
「あ、ぼっちちゃんはいいんだよ?」
「へ?」
「ほら、ぼっちちゃんにはオリジナル曲の作詞っていう重要な任務があるからね。この前のミーティングで決めたじゃーん!」
彩加は「へえ……」という、ただそれだけの気持ちでひとりを見たが、途端にひとりは振動する弦のように震えだした。彩加が入る以前のミーティングで決まっていた事らしいが、どう見ても忘れていた反応である。
「あ、彩加にはまだ説明してなかったね。リョウが作曲してぼっちちゃんが作詞担当だよ。リョウだってただの浪費家じゃないんだから!」
ひとりへの追撃がギャツビーのパーティーのように華麗に決まったところで、虹夏が思い出したように言った。
「そういえば彩加も曲作ってたよね?」
「え! そうなんですか?」
「……私も初めて聞いた」
それを聞いた彩加はやや渋い反応をする。彩加も曲を作れると言えば作れる。しかし、自発的に生み出しているわけではなく、何かに悩んでいたり煮詰まったりした時に書き殴った物なのだ。要するに何かに悩んでなければ生まれないというのが一つ。
ただ、彩加は割と日常的に何かを思い悩んでいるのでこの条件は結構な頻度で達成される。それよりも問題なのは基本的にバイオリンの無伴奏ソロを前提としているためにバンドでは使えないという事である、と彩加は思っている。
「……見せられるものじゃない。心まで醜い私が自己満足で書いた代物だ」
自嘲するような声色で遠回しに断る彩加だが、リョウが「一度だけ見せて」と言われ、一度STARRYの上に有る伊地知家に戻って書き殴った譜面を持ってきた。机に広げられた曲はそれなりに多い。
「す、凄い……」
「これ、全部彩加先輩が作ったんですか?」
「作ったというか生み出されてしまった物というか……」
「CIRRUS, STRATUS……あ、CIRROSTRATUSとかいうキメラ発見。他にはVOLUTUS, CAVUM, ARCUS, MURUS……もしかしてこれ全部雲の名前? STRATUSって聞いたことあるし」
「ああ、悩んでる時って晴天が雲に覆い隠されるような気がしてな……」
(彩加先輩……なんか発想が可愛い……)
余談だが、CIRROSTRATUSはCIRRUSとSTRATUSの合わせ技というわけではなく、全く別の曲である。実際、
閑話休題
曲を見せた彩加は自分が思っているよりも結束バンドの反応が良い事に内心で驚いていた。何故なら絶対没になると思っていたからである。実家では否定の怒号とともに楽譜を破かれ、以来彩加は隠れて楽譜を書き殴っていた。しかし、結束バンドの面々は口々に「ここにドラム入れたらどうかな」「凄くきれいなメロディー……」と話し合い、ひとりに至ってはギターで弾き始めている。暫くするとリョウが口を開いた。
「確かに歌詞を付けるのは難しいだろうし、バンド用に編曲しないと使えない。でも、逆を言えば編曲すれば使える」
「そうなのか?」
「うん。曲としてのクオリティはかなり高いと思う。少なくとも、彩加の感情の昂ぶりは感じる事が出来る」
「そうだよ! 彩加は凄いんだよ!」
彩加が呆けていると、虹夏が自慢そうに胸を張る。その傍らではひとりが彩加の曲であるVOLUTUSを弾いていた。高速で転がるような音階や複雑な位置のアクセントなどが続く難曲であったが、ひとりは実に見事に演奏していた。
(ギターについては分からない事も多いが、後藤の奴はかなり演奏が達者だ。合わせでは突っ走るが……)
彩加は呆けながらもひとりの演奏を聞いていた。音楽の中で生きていたせいで、上の空でも技巧に優れた演奏は聞こえるのである。彩加は自身の経験から、後藤ひとりは圧倒的な合奏経験の不足によって下手になっていると考察した。彩加も初めて合奏した時に同様の苦悩を味わった物である。
「というわけで、頑張ってね。リョウに彩加に作詞大臣!」
「後藤さん、凄い仕事任されてかっこいいわね!」
「か、かっこいい……?」
喜多の称賛を受けてひとりの目が輝き出す。そして「さ、作詞なんて朝飯前。ちょちょいのちょいですよ~」と、やけに上機嫌になった。演奏の腕は今確認したが、作詞については未知数だ。大丈夫か? と彩加は訝しんだ。
「後藤さんってすぐ調子乗っちゃうのね~」
「慢心は人間の最大の敵であるというが……大丈夫なのか?」
「まあ下手にネガティブになるよりかはね……ぼっちちゃんて一度ネガティブになるととことんまで落ち込んで作詞どころじゃなくなるだろうし」
「えぇ……」
「いや、君も人の事言えないからね? 彩加。すぐTo be or not to beで判断するんだから」
彩加がマクベスの有名な一節で心配を顕にし、虹夏のひとりに対する心証を聞いて困惑すると、虹夏が彩加の自殺未遂を棚に上げている事をハムレットの一節でツッコむ。
(なんか……二重の意味で虎になりそうなヤツ……)
実力的に大成するか、承認欲求に押しつぶされるか……頼むから李徴と同じ結末は辿ってくれるなよ? と、彩加は思っていた。
「大ヒット間違いなしのバンドらしい歌詞書いちゃいますよぉ」
「らしい……」
上機嫌なひとりの言葉に、リョウが彩加とは別の意味で引っかかった表情をしていた。それは『よりバンドらしくなるには』という議題が始まってから、ずっとである。
それから一週間後、彩加は結束バンドの面々と出かけるのだが、そこで不可思議なものを目撃する。意気揚々と作詞をしていたはずの後藤ひとりが『私は約束通りに歌詞を書きあげられませんでした』と書かれたフリップを持って土下座していた。
「あ、ぼっちちゃんおは――って何!? どうしたの!?」
「わお」
「後藤さん!?」
「………」
驚く四人(リョウだけは不明)を尻目にこの不可解な状況を説明するひとり。どうやら調子に乗って作詞を引き受けたはいいものの、結局約束通りに書き上げられず、今日の呼び出しは自身を吊るし上げるための物だと思っていたらしい。
「って、そんな外道なことしないよ!」
「そもそも歌詞って一週間で出来るものなのか?」
「人によるだろうけど、それ以上かかっても不思議じゃない」
「じゃ、じゃあ今日集まったのは……」
そう言いながらひとりが立ち上がろうとすると、それによって彩加が視界に入る。するとひとりは震えながら、
「き、鬼舞○無惨!」
と驚いた。今日の彩加はパンツスタイルでTシャツの上にノースリーブのカーディガンを着て、日時計のペンダントを首に下げ、頭には男物の黒いハットを被っていた。平時で睨みつけているような目つきと帽子に引っ張られ、有名な鬼の始祖と重ねてしまったのだろう。
なお、彩加はその作品を知らなかったため、「誰だよ……」と言いながらスマホで検索した所、結果を見て無言となり、思わずひとりを睨みつけてしまった。
「ひ、ひぃぃぃぃ! ごめんなさい! 殺さないでください!」
「はぁ……虹夏、このシアエガの生贄にでも使われそうな女に今日の目的を説明してやってくれ」
「ナチュラルにぼっちちゃんを供物にしないで! この前は思いつかなかったけど、まだあったんだよ。バンドらしいこと」
「え……?」
「アー写を取ろう!」
「アー写?」
要するにアーティスト写真の事である。宣伝に使うための物で、張り紙に使ったりもするようだ。たしかにバンドらしさは演出できそうである。
「今あるアー写にはぼっちちゃんと彩加は写ってないしね」
「今ある……?」
「見る? この前ライブ出るために撮った」
そう言ってリョウがスマホを横にして見せてきた写真は酷いものであった。シャッターの前でピースサインをする虹夏と、アンニュイな表情をするリョウはいい。しかし、左上に喜多が切り抜かれて合成されていた。さながら卒業式に欠席した生徒のように。
「一周回って芸術的だな、もはや」
(こんな酷いアー写初めて見た……)
「ほら、喜多ちゃん逃げちゃったから……」
「ごめんなさい!」
確かにこれは放置しておくわけにはいかないというのも頷ける。早急に対策が必要だ。メンバーの一人が苛められているなどという余計な風評被害も付きかねない。
「そんなわけで今日は天気も良いし皆の予定も空いてたから、アー写撮っちゃおうかなって」
「へっ!? そ、外でですか?」
「スタジオはお金ないから無理」
(下北の街中で写真撮影なんて、陰キャにはハードル高すぎる……)
「個人的にはスタジオより外で取りたいがね。そろそろ身体動かさんと不具合が生じそうだ」
パキポキと肩や腕を鳴らす彩加をひとりは戦慄した眼で見る。運動が嫌いなひとりからすれば「ちょっと何言ってるのかわからない」という発言だ。
「まあ外じゃなくてSTARRYでも良いんだけど、アー写ってバンドの方向性とかメンバーの特徴を一枚で伝える大切なものだからさ」
「じゃあ気合い入れて撮らないとですね!」
「その通り! ライブハウスのサイト告知やフライヤーや雑誌。どんな所で使われてもインパクトのあるものにしないと」
「だそうだ」
その説明で、屋外での撮影に慄いていたひとりも納得したようだ。「わ、わかりました。覚悟を決めます」と言い、本当に覚悟を決めた表情をしていた。
「……日本にシアエガはいないぞ」
「あっ、そう言う意味ではなく……」
「ラヴクラフトの世界から帰ってこい」
「シアエガが登場したのはエディ・C・バーティンの『Darkness, My Name Is』らしいけどな」
「どうでもいい!」
一人天然でボケ倒した彩加のせいで締まらないが、五人はアーティスト写真を撮りに出かけた。
はい、彩加の私服の中原中也の要素は帽子でした。まあ、見た目で分かるのはこれだけなんですけどね……
そして彩加も作曲が出来るという新情報。リョウのように意図的に作るものでは無く、副産物的に生み出されるものですが。そして、『悩んでいる中で作った曲』という事で全て雲の名前です。(ぼっちちゃんが弾いていたVOLUTUSはロール雲の学名であり、水平に円柱状に伸びた雲)