ぼっち・ざ・すとれいしーぷ!   作:三文小説家

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この話は書き始めると長く、前後編程度には収まらなかったために諸々の話のタイトルを変更しました。

また、活動報告の方にも書きましたが、この小説は『ぼっち・ざ・すとれいしーぷ』と変更させていただきました。元ネタは中原中也の『羊の歌』です。


老人は海を―――

 彩加が怪奇小説の世界から帰還した後、五人の少女達は白昼の街路を練り歩く。殆どがバイトと練習で潰れる為、こうして歩き回る機会はそう多くはない。喜多はそうでもないようだが、彩加は病気が完治していないためにここ最近は自由時間に本を読んでいる事が多い。以前から読書家ではあったのだが、近頃は読破のスピードが上がっていた。

 

 虹夏は家の事があり、ひとりは練習が終わる頃には日没の刻を過ぎている事も多く遊んでいる暇がない。リョウは古着屋等を回ったりもするようだが、決まったルートを巡回しているに等しいため、アクティブに動き回るかどうかは微妙な所である。

 

 しかし下北沢とてド田舎というわけでもないため、撮影に使えそうな場所はそれなりに有る。無論、自然の中とて撮影スポットには違いないが、一般大衆の偏見としてバンドとは人工物に囲まれている物だ。練り歩くだけではひとまず階段などで一枚撮ってみることにした。

 

「彩加、手すりから降りて」

「? ああ、すまない。つい癖で」

「小学生の男の子ですか!」

 

 途中、彩加が手すりの上で足を組むという無駄に高度なバランス感覚を披露したりしたが、虹夏に降ろされた。その足で公園にも向かったが、

 

「………」

「遊びたいのかな?」

「い、いや、そんなことは……ないぞ?」

「彩加、既に平均台に上ってる状態で言っても説得力無い」

「んな!?」

(遊具見て遊ぼうと思えるのが凄い……)

 

 結局、五分だけ遊ぶことを許された彩加が平均台の上で側転したり、前宙で飛び降りたり、鉄棒の上で微動だにせずに立っていたり、壁を駆け上がったかと思えばそのままの勢いで宙返りして着地など、結束バンドの中では異次元の体幹と運動能力を披露していた。

 

「彩加先輩ってこんなにはしゃぐことあるんですね。普段は凄いクールというか、言い回しもクレバーな感じですけど……」

「普段読んでる本が中原中也とかドストエフスキーとかだからね。ああいう言い回しになるのは必然かも? 因みにはしゃいでる理由は倒れる前はこっそりパルクールとかやってたらしくて、病気で動けなかった分ストレス溜まってるのからだと思う」

「うわ凄い……中原中也は少しだけ知ってますけど、ドストエフスキーは読んだこと無いです」

 

 おそらくそれが普通なのだろう。中原中也は教育番組でやっていたりもするし、教科書に載っている事もある。だが、ドストエフスキーなどはわざわざ読みに行かなければ目に入らない。ひとりは辛うじて名前は知っているという程度だ。

 

 彩加の言葉は攻撃的にも聞こえるが、得てして人間という物は自分に無い知識を話す者を攻撃者と捉えがちである。現代になってそれはより顕著になった。本や聖書の一節を唱えれば「マウントを取っている」だのという新たな造語を作ってまで非難する。

 

 古典は十五分のラジオプロに纏められ、次には二分間の紹介コラムに圧縮され、最後は十行程度の梗概(こうがい)となり辞書に収まる。最後の一つは誇張としても、大衆に気に入られるものは極限まで単純化されたものだ。

 

 だがそういう意味では大昔の文豪や作曲家は実にロックだったと言えるだろう。当時と現代の口語の違いこそあれど、多少攻撃的な表現を使ってでも自らの哲学を作品たらしめた。

 

「彩加先輩のような人にとっては、この世界は生き辛いのでしょうか……」

「誤解されがちだとは思うよ。時々古風な表現も使うから、それだけで攻撃的に映る事もあるし、実際攻撃的な事もあるし……」

 

 少なくとも、『陰鬱なる汚辱の許容』などという表現は現代においてはあまり使われない。

 

「でも、それが彩加の長所でもあるから、私は彩加の性格を無理に矯正しようとは思わないよ。それに……」

 

 虹夏は含みを持たせた笑みを浮かべた。

 

「寝顔とかは案外あどけなくて可愛いよ~? ゲームとかやった事ないらしくて、コントローラー握らせるとあたふたするし」

「なんですかそれ! 凄いギャップ萌えです!」

 

 虹夏が義妹自慢をしていると、そろそろ出発の時間という事で彩加も戻ってきた。なお、リョウは彩加のはしゃぐ様子をスマホで撮影しており、ひとりは彩加の動作一つ一つにツッコむ余裕すらなく銅像のように佇むばかりであったらしい。

 

「……ぼっちちゃんと彩加が打ち解けるまではまだ当分かかりそうだね」

「まあ、或る意味正反対みたいな性格ですし、気長に待ちましょう?」

「そうだね」

 

 少なくとも、彩加は陽キャやパリピという人種ではない事は確かだが、別の意味でひとりとは正反対の人間である事は間違いない。

 

 その後、裏路地やシャッター通りなど、虹夏の言う金欠バンドマンの定番の場所は大概撮り終えたが、全員が納得いく物は出来上がらなかった。今は自動販売機で買った飲料を片手に休憩中である。

 

「今日楽器持ってくれば良かったわね」

「あっ、た、確かに……楽器持ってた方が更にかっこよくなりそうですけど……」

「君達はね?」

「何だ? 不穏だな」

「絵になるのはギターとベースとバイオリンだけでドラムは可哀想な事になるんだよ! 手に持つのはドラムスティックという木の棒二本だけだよ!」

 

 熱弁を振るう虹夏にひとりと喜多は頷いていたが、リョウと彩加が余計な口を挟んだ。

 

「可愛いじゃん」

「十字にでも構えておけばいいんじゃないか? 聞いたことがあるぞ。どこぞの聖職者はそうすると」

「じゃあ二人とも今日だけ楽器交換しよ! あと彩加、あたしはバチカン・イスカリオテじゃないぞ」

「カッコ悪いからやだ」

「音大の入試科目にドラムが追加されたなら考えておこう」

 

 虹夏VSリョウ&彩加の追いかけっこが開催された。何のための休憩だったのか分からなくなるが、少なくとも彩加は走っている最中楽しそうであった。

 

 そのまま下北沢を行脚する結束バンド一行だが、いくつかの候補は見つかるも、決定には至らずただひたすら道を歩いていく。

 

「………」

「どうした? 後藤」

 

 ひとりが一瞬静止したかと思うと周りとは違う方向に歩き出した。彩加は訝しみながらもその後を追いかけ、再び立ち止まった所でひとりの視線を追うと、そこには大木の描かれた壁があった。人の手が届かない所まで描かれている所を見るに、おそらく落書きではなくそういうデザインなのだろう。

 

「あっ、彩加先輩……この壁、良くないですか?」

「確かにな。試してみる価値はある。それはそうと、何も言わずに離れるのはやめろ。気付かれなかったらどうするつもりだったんだ?」

「あっ、ごめんなさい……」

 

 一応自分の存在は認知されていたようだと安心しながら虹夏達にロインでメッセージを送る彩加。それほど離れているわけでもないからすぐに来ると思うが、微妙に暇な時間をひとりと過ごしていた。

 

(や、やばい……彩加先輩と何話せばいいのか分からない……! 虹夏ちゃんの義妹って言ってたけど時々すごく怖いし、私が黙ってる間に本読み始めちゃったし!)

 

 ひとりはこの状況に狼狽していた。ただでさえ人と話す事に恐怖を覚えるひとりだが、彩加は一際怖い人物だった。陽キャやパリピなどは怖いが、喜多を筆頭にまだ話せる事もある。だが、彩加はそれとは一線を画す人間であるという考えがひとりからは離れなかった。陰でも陽でもない、形容不可能な人間。人は理解できない物を怖がる。

 

「あっ、あの……!」

「ん?」

「す、すみません、忘れました……」

 

 沈黙に耐えられず、口をついて声が出たは良い物の、用件など何も考えていなかったひとりは忘れたという事にして切り上げようとする。しかし、彩加からすれば無意味に読書を邪魔された事になり、有り体に言えば不愉快であった。

 

「何だ。言いかけた事を途中で止められるのはこちらも不愉快だ。そして、たかが数瞬で忘れられるような事で私の読書を邪魔したという事か?」

「ひっ……!」

 

 結束バンドに入ってからここまで明け透けに物を言われた事が無かったひとりはそれだけで恐怖してしまう。元々対人恐怖症の気がある彼女には、理路整然と用件を伝えること自体が至難の技であり、彩加もそれに気付いたのか「これ以上は時間の無駄か」と読書に戻ろうとした。

 

「この描かれた木って現実なのでしょうか!?」

 

 またもや口をついて出た問いだが、ひとりは後悔していた。

 

(何下らない事聞いてるんだ! て思われてる……また睨まれる。怖い……)

 

 だが、ひとりの内心とは別に彩加は本を閉じ、少し真剣に考えていた。そして少ししてから答えを口にする。

 

「あっさり答えてしまうなら、(イメージ)は現実であるが、この木は現実ではない。現実の木を描いた現実の絵ではあるがな」

「え……?」

「まあ尤も、『現実』とやらの定義はやたらと小難しい話になるがね……私達が知覚する物は現実たり得るか否か。まあ、暇があるなら色々考えてみればいいさ。私個人としては、現実なんぞという物は人間の数だけありゃいいと思っているが」

 

 ひとりは開いた口が塞がらなかった。まさか自分の出まかせの問いをここまで真剣に考えてくれるとは思っていなかったのである。

 

「あっ、彩加先輩って何でも知ってるんですか?」

「何でもは知らん。知っている事だけだ。それに、今の問いは知識というよりは思考実験に近いと思う」

「そ、そうですか……」

「老人は海を『ラ・マール』……つまり女と呼んだらしい。私やお前にとっての音楽や生活とは何か。私達が考える『現実』など、そんなもので良いだろう」

「老人……海……女……?」

「By ヘミングウェイ」

 

 そう言った彩加の顔は、「頬の筋肉は廃れてしまった」という自嘲とは裏腹に笑っているように見えた。

 

 

 

 その後、合流した虹夏達とアー写撮影会が開始された。撮影された写真は虹夏がリョウに絡み、喜多が傍らに笑顔で立っており、ひとりが霊のように俯いていた。因みに彩加はひとりと虹夏の間でポケットに手を突っ込みながら立っていた。

 

「ん~、メンバーのキャラは出てるけどいまいちバンド感が……バンドっぽさを感じる要素が欲しいなあ」

「バンドマンのお手本たる存在こと、私の表情の真似をしてみて」

「ホント何処から来るのその自信」

「人生楽しそうだよなお前」

 

 彩加も似たような表情はしていたが、棚に上げておいた。帽子で出来た影が左眼の透明な虹彩を光らせていたので妙に印象に残るが。

 

「でもリョウ先輩の言う通りにすれば間違いなんて無いですよ! ねっ、後藤さん?」

「あっはい」

「その過去の蓄積に対して過去の超越は有り得るんだろうな、お前ら」

「イエスマンが二人にヘーゲル? が一人……とりあえずやるだけやってみますかぁ」

 

 何故虹夏がヘーゲルを知っているかと言うと、学校の課題で調べる機会があったからである。なお、その時のリョウは隣で「ムズイ……マジ卍」と言っていた。ともかく、物は試しという事でリョウの案で一枚撮ってみた。

 

「……お通夜みたい」

「消えろ、消えろ、つかのまの燈火(ともしび)、人生は歩いている影に過ぎぬと、そんなメッセージが聞こえてきそうだな」

「没」

 

 虹夏が容赦なく切り捨てた。全員が無表情で、瞳に光が無い。端的に言えば人相が悪いのだ。ロシア文学の登場人物やシェイクスピアの四大悲劇の役者ならばこれで通じそうではあるが。

 

 なお、ひとりは彩加の「人生は歩いている影に過ぎぬ」という発言にやや親近感を覚えているかのような表情をしていた。シェイクスピアの戯曲『マクベス』からの引用だったのだが、案外陰キャとやらいう人種とシェイクスピアは相性がいいかもしれない。と、彩加は思っていた。

 

 ひとまずまた撮り直す事にして、一度他の場所で撮影した写真も確認することにした。

 

「にしても喜多ちゃんはどの写真でも可愛いね~」

「そんなこと無いですよ~」

「あるある! なんて言うか、写真慣れしてるっていうか」

「ああ、それはよくイソスタに写真上げるからかも? ほら」

 

 喜多が見せるスマートフォンの画面には友人らと撮影したと思われる写真や、STARRYでのメイド服でのバイトの最中に撮影したと思われる自撮りが美麗に映っていた。

 

「お~、流石SNS担当大臣」

「……現代はこんなものがあるのか」

「タイムトラベラー過ぎるでしょ。今の発言は」

 

 ネット文化や若者言葉に疎い彩加が過去からの時間旅行者のような発言をしている横で「ヴっ!」という異様な声と共に人が倒れたかのような異音が響く。

 

「ぼっちちゃんが瀕死状態に!?」

「後藤さんどうしたの!? 死なないで!」

「毒キノコでも食ったか?」

 

 彩加が一人ボケに回っていたが、これは医学的な病理では説明できない物だ。要するにひとりの青春コンプレックスが発動したのである。友人などおらず、自分が映っている写真など家族写真か学校での集合写真しかない。そんな彼女が友人との自撮り画像など見ようものなら、原形をとどめなくなってしまう。

 

「……私が下北沢のツチノコです。のこのこのこのこ」

「後藤さんが変な事言ってる!」

「いつもこんなんだよ」

「カフカもびっくりの『変身』だな。目が覚めたら毒虫ではなく存在未確認の爬虫類ともつかぬ生物になっているとは。家族も忘れる事など叶わず、女中も掃除の際に躊躇う事必至……」

「うおおおおおおお゛」

「彩加! 追撃しないで!」

 

 写真一つでこうも乱痴気騒ぎが起こるとは、人生万事塞翁が馬である。しかし、そこで彩加を黙らせた虹夏から予期せぬ言葉が飛び出す。

 

「ぼっちちゃんと彩加もイソスタ始めて見たら? ねえ、大臣もそう思うでしょ?」

「ぜひ! 友達になりましょう? バンド活動するならメンバー個人のアカウントは持っていた方がいいですし!」

「確かにな。私も感覚を現代に合わせねば」

「さっきから発言聞いてると本当にタイムトラベラーか世捨て人みたいだねえ」

「……うん。彩加の知識ってかなり偏ってる気がする」

 

 彩加がアカウントの作り方を喜多から教授されている横で、ひとりが電波の乱れた通信機のような声を出しながら輪郭が崩壊していた。

 

「なんなんだ!?」

「あ、彩加が驚いてる。ちょっと新鮮」

 

 漏れ聞こえてくる声は「ただでさえ……」「拗らせ人間」「承認欲求モンスター」という物で、なんとなく彩加には察しがついた。

 

「山月記の虎のようだ……詩人になるも大成せず、果てには李徴のように虎と化すと言っているのだろう」

「なるほど……? というか彩加は何でマイペースにスマホ弄ってるの!」

「このスマホなる絡繰(からくり)の操作は中々に難題だ……えーっと? どうすればいいんだこれは」

「あーもう! 機械が絡むと彩加はポンコツになるんだった! ぼっちちゃーん! SNSはもういいから戻ってきてー!」

 

 その後、ひとりは現世に帰還したが、スマホの操作に手こずりまくる彩加は結局喜多に助けを求めていた。

 




いや、登場人物五人もいると情報量が多いな。病室での対談はあんなにも字数稼ぎに苦労したというのに。あと、彩加は別にぼっちちゃんの事が嫌いなわけではありません。ただ現代人には攻撃的に聞こえるだけです。

備忘録

古典は十五分のラジオプロに纏められ~:レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』より引用。あながち的外れでもないと作者は思っている。

伊地知彩加の特徴:女子高生にしては古風な表現を選ぶこともあり、若者文化やSNSなどには疎い。また、機械音痴でもありスマホの操作すら手こずる事もある。そして、喜多のような陽キャな人間も理解できないが、ひとりのようなコミュ障や陰キャな人間の理解も深いとは言えない。
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