ぼっち・ざ・すとれいしーぷ!   作:三文小説家

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今回は新キャラが登場します。名前だけ。


金色夜叉

 彩加の炎を垣間見たひとりと、涙を止めた彩加は二人でとある喫茶店に向かっていた。出発前、携帯電話を見て怯んでいたのを見た彩加が「心霊写真でも拾ったか?」と覗き込むと、リョウと思われる相手とメッセージをやり取りしており、何とも瀟洒な喫茶店の場所が送られており、何故悲鳴を上げていたのか彩加には分からなかった。

 

「意外だな。後藤みたいな奴は寧ろ喫茶店みたいな空間は好むと思っていたが」

「む、むむむむむ無理です! コンビニすら一人で入れないのに、こんなオシャレ空間なんて……!」

 

 コミュ障とは、げに難儀な生き物であるらしい。どうやって十数年に渡る歳月を生きてきたのかと彩加は思ったが、自分のように家族に見放されたわけではないという事に思い至った。多少の羨望は有れど、嫉妬する気にはなれない彩加であった。家族という物を殆ど知らぬ彩加は、それが幸福なのかも分からないからだ。有るのはただ、普通は家族とは見捨てられない存在であるらしいという知識だけである。

 

(とはいえ、後藤の半生はともかく……山田の奴、金が無いにも関わらず何故このような店に入っている?)

 

 彩加はリョウの行動を訝しんだ。ワーグナーのような図々しさを持つリョウだが、同時に奇怪な行動という意味ではひとりに引けを取らないのである。

 

 そして、歌詞を見せに行くひとりになし崩し的に同行する事になった。一度関わった以上、ついていかない理由も無いだろう。幸いにも、この後の予定は白紙である。万が一に備えて彩加は財布の中身を確認しておいた。どうにも、この後には笑えぬ喜劇の予感がしていたのである。

 

「そ、そういえば、彩加先輩はどうしてバイオリンを弾こうと思ったんですか?」

 

 ひとりが唐突に彩加に質問をした。沈黙に耐えられなかったのだろう。

 

「ん? ああ、最初は実家の人間……虹夏達に引き取られる前の家族に言われるままだった。だが、或る男が私の前に現れ、人生を狂わされた」

「え゛……」

「その男の名は澁澤(しぶさわ)(りゅう)。忘れもしない幼少の夏の日、肌を焼く日光が照り付け、雑踏が阿呆のように出鱈目な旋律を刻んでいた。粗方4分33秒か……その旋律を聞いていた私に、その男のバイオリンの音が聞こえてきた。私はそれに魅了されたのさ。アイスピックで地球を砕くような、キリマンジャロの山頂を目指す豹のような音に。私はそれを超えたいと思った」

 

 彩加は嘗ては自殺しようともしたが……それも結局その音が原因だった。死に至れば私もその音を自分の身体から聞くことができるか。そのような考えがあった事を否定は出来ない。下らぬ絵空事とは思いながらも。

 

「この帽子も、その男からもらった物でね。ほら、名前が入っている」

 

 彩加がひとりに見せたその帽子には、R. Shibusawaという文字が入っていた。

 

「そ、その人は今も彩加先輩の憧れなんですか?」

「そうだな。祭囃子のような憧憬だよ。自分に〝(なら)う〟事などあの人は望みはしまい。だから、私は私のやり方で音を奏でるのさ。たとえ、弦と弓の摩擦で炎が燃え上がろうとも。改めてそう思った」

 

 ひとりは帽子を被り直す彩加を美しいと思った。容姿も、生き様も、涙を流す姿すら、退廃的でありながら、美を纏っているのだ。同時に、どこか到達できない場所に彩加がいるような気さえした。まるで積み上げられた本の上に立つ風刺画のような。

 

「とはいえ、その人が今何処にいるのやら、全くもって分からないがな」

「え……」

「私を含めたファン達は好き勝手に噂しているさ。まだどこかをほっつき歩いているか、所帯を持ったか、それともくたばったか……てね」

 

 彩加の憧れのバイオリニストは旅人でもあった。バイオリンを片手に旅をしており、今は何処にいるやら見当もつかない人物である。その男の軌跡を示す物は本人の名前に由来した『ドラコニア・ロード』という名を持つ数冊の旅行記だけだ。

 

「しかしまあ、面白い男でもあった。常に髑髏……頭蓋骨の模型を持ち歩いているらしくてな。メメントモリ(死を思え)ってわけだ。誰よりも『生きて』いながら、誰よりも死を見つめていた」

 

 ひとりは少し震えた。笑顔とは言えないながらも、上述の内容をどうにも愉快そうに話す彩加を恐ろしく思った。同時に、彩加の浮世離れした振る舞いにも納得がいった。要するに、変人に囲まれて育った結果、このような人間が生まれたというわけである。

 

 それにしても、その男はよく旅になど出ようと思った物だとひとりは思っていた。前述の通り、一人でコンビニエンスストアにも喫茶店にも行けない彼女からすれば狂気の沙汰である。

 

「それで、後藤の動機は世界平和だったか? 確かにお前にとっては生きやすい世界かも知れぬ……私はそれについてどうこう言う気は無いが、まあ、それを本気で成就したいならば、せめて人と話せるようにはなっておくことだな。月並みの餓鬼が俯いて案山子(かかし)のように佇んでいたところで、大抵の人間は興味を示さん」

 

 彩加はひとりの嘘を多少察した上で揶揄(からか)うように言葉を紡ぐ。連絡先も知らない過去の友人達に話し、話されるような気安い話だった。少なくとも彩加にとっては。

 

「あっ、あっ、あっ」

「何喘いでんだお前―――っておい! なんか身体が変形してるぞ!」

 

 彩加から放たれる針のような言葉に、後藤ひとりは顔面崩壊した案山子になってしまった。へのへのもへじでも書いてあればまだ可愛げがあるのだが、浮かべているのが名状しがたき表情では形無しである。

 

「だからってわざわざ実物の案山子にならんでも……付喪神(つくもがみ)じゃあるまいに」

「うごごごごごっ」

 

 そして再度無自覚に追撃をする彩加であった。

 

 

 ♪♪♪

 

 

 ひとりが魂の喘ぎとともに無機物に変身してしまった後、

 

「あっ、喘いでないです!」

「誰に話しかけてるんだお前」

 

 ……ひとりが案山子となった後、彩加は彼女を引きずってリョウのいるらしき喫茶店に訪れていた。到着したころに人間に戻ったひとりが店の瀟洒な外見を見て、また倒れかけたのは余談だ。

 

 そして、逃げ出したくなったひとりだが、察知した彩加に首根っこを掴まれて捕まった猫のようになっていた。尤も、仮にひとりが全力疾走したところで直ぐに体力が尽きるか、何も無い所で転ぶかの二択であり、よしんば走り続けられたとしてもアスリート並みの身体能力を持つ彩加の前では無意味である。

 

「外食なんて一度も一人でしたこと無い……! いきなり入っていいの!? どうやって入るんだっけ何か儀式があったはず……ドラマでどうしてたっけ」

(一人で何言ってんだコイツ)

 

 彩加はそんなひとりの様子を訝しんでいたが、彼女の足が喫茶店の入り口に向かったのを確認すると手を離した。そして、ひとりはやけに勇み足で喫茶店の扉に手を掛けると、

 

「あっへっへい大将やってるぅ?」

「へいらっしゃい!!」

(なんだこいつら)

 

 居酒屋か寿司屋にでも入るような挨拶と共に喫茶店に押し入るひとりとそれに乗るリョウ。何だかんだで波長が合うのだろうこの二人のやり取りに、彩加は内心で溜息を吐いていた。

 

「さっさと行くぞ。視線が鬱陶しい」

 

 ひとりの奇行により集まった視線を『鬱陶しい』の一言で一蹴した彩加はリョウの元へと向かう(なお、ひとり本人は視線に怯えていた)。

 

 来訪した二人が席に着くが、先客は我関せずとカレーを食べている。まあ、リョウからしてみれば突然メッセージで用件を言われ、何故かひとりだけでなく二人も来たという状況なのだから、あまり関心はないのかもしれない。

 

 せっかく喫茶店に来たにも関わらず何も頼まないというのも無粋である。彩加は店員に注文をしに行った。ひとりにも何か頼むか聞いたのだが、耳に入っていない。仮に彩加が万葉集の一節を唱えようと、ミレニアム問題の証明過程を垂れ流そうとも内容は碌に入ってこないに違いない。彩加は放っておくことにした。

 

 彩加がカウンターで頼んだ珈琲(コーヒー)を持って席に戻ると、ひとりが「そのページじゃないです!」とリョウにツッコんでいるところであった。訝しんだ彩加がノートを覗き込むと、ひとりが考えたらしいサインが書かれていた。どうやら歌詞と間違えて開いたページがそれであったようだ。

 

 そして一悶着あったところでようやく歌詞のページを見ているリョウ。彩加は個人的に彼女が軽薄な応援歌のようなあの歌詞を見てどのような反応をするやら気になっていた。だが、読んでいる最中は特に表情を変える事も無い。

 

 そして彩加が珈琲を嗜んでいる横で歌詞を読み終わったらしいリョウが口を開いた。

 

「ぼっち的にはさ、この歌詞で満足?」

「えっ…あっそれは……」

 

 その反応でひとりの内心を悟ったのか、リョウは彩加にも同じような質問を投げかけた。それに対する彩加の答えは、

 

「全く以て、暑苦しい歌詞だったよ。あまりの眩しさに泣いてしまった」

「彩加って泣くことがあるの?」

「悪いか」

 

 彩加自身に、泣く事に対する羞恥心は無い。涙は女の特権である。とすら思っている。

 

「……私、昔は別のバンドにいたんだけど―――」

 

 リョウは静かに語り出す。

 

 彼女の話によれば、過去に在籍していたバンドで作る青臭い、されど真っ直ぐな歌詞が好きだったらしい。だが、そのバンドはその内に売れるために紛い物の歌詞を作り続けるようになってしまった。それに嫌気が差してそのバンドを抜けてしまったのだそうだ。脱退に当たってはメンバーともかなり揉めて、バンド活動が厭になった時期もあったらしい。

 

 これについて、何が正しいかは分からない。リョウが狭量であったと言ってしまえばそれまでであるし、芸術家の本分を全うしたと言えば美しい。とにもかくにも、そのような時期に虹夏に誘われて今に至るそうだ。

 

「個性を捨てたバンドなんて死んだのと一緒だよ。前のバンドも結局解散しちゃったし、私、結束バンドには死んで欲しくないな」

「なるほどな……まあ、理解できないとは言わぬ。偉そうにふんぞり返った評論家連中に合わせて音楽を奏でるなど、全く癪という物だ」

「彩加の言う通りだよ。他人の事考えてつまらない歌詞書かないで、自分の好きなように書いてよ。皆、ぼっちが良いと思ったから頼んでるんだ」

 

 リョウはノートを閉じてひとりに差し出す。

 

「バラバラな人間の個性が集まって一つの音楽を作り上げる。それがバンドでしょ」

「……はいっ」

 

 ひとりは少し力のこもった返事をした。彩加もその意見に異論は無い。曖昧な物から、曖昧でない物が生まれる。チューリングテストを考案したチューリングは筆談で性別を当てる模倣ゲームから発想した。同性愛者だった彼にとってそのゲームはきっと心を掴むものだったのだ。しかしそれが、知能とは何かを問う礎となった。

 

「それに、ぼっちの作った歌詞をリア充っ子に歌わせたら面白そうじゃん」

「クックック……確かにそりゃ傑作だ。あの古く暗き空気に合いそうもない喜多が陰鬱なる汚辱を歌うか」

「えぇ……」

「まあ、私も詩なぞ好きに作れば良いと思うがね。どうせ人間は見たいようにしか物を見ない。お前の蒔いた炎の意図なぞ勝手に探すさ。たかが炎一つに、熱を上げてな」

 

 悪魔的な発想を語るリョウと、クツクツと笑う彩加にひとりはドン引きしていたが、具体的とは言えないながらも彩加とリョウの二人から背中を押されたひとりには、確かな自信が見えた。

 

 歌詞についての話が纏まり、珈琲も飲み終わった彩加がトイレに立とうとするとリョウが彩加の服を掴んだ。

 

「彩加」

「何だ」

「奢って」

「あ?」

「最近草しか食べてなくて……ここのカレーがどうしても食べたくて……お願い奢って」

「アァ!?」

 

 彩加は激怒した。無計画な浪費もそうだが、引き返せない状況に追い込んでから金を頼るその卑劣さ。必ず、この邪知暴虐の女王を除かねばならぬと決意した。しかし、目下の問題は別にある。

 

「とりあえず手を放せ山田。私ははばかり(トイレ)に行くだけだ」

「奢るって言うまで放さない」

「分かった! 奢ってやるから、その手を放せ! 漏らすぞ!」

「そう言って置き去りにするつもりだろうメロス!」

「妄想も大概にしろよセリヌンティウス!」

 

 その後、ひとりが何とか(リョウに突如抱き着くという奇行ではあったが)リョウの手を放させる事に成功し、彩加は恥を晒さずに済んだ。結局、彩加はリョウに奢る羽目になったが、誰も損をした人間はいない。これは手放しで喜ぶべき状況である。

 

「私に借りを作るとはいい度胸だな山田。()いさ、お前が望むなら高利貸しに殉じよう。金に狂った夜叉となってお前から金を取り立ててやろうじゃないか。可いか、決してこの事を忘れるなよ。来年の今月今夜のこの月を、お前の涙で曇らせる事となっても私は取り立ててやるさ……」

「本当にごめん。来月返します」

 

 彩加がリョウに尾崎紅葉の未完小説のような事を語って聞かせていると、ひとりが決然とした表情で二人に伝える。

 

「あっ、あの! 次は良い歌詞書いてきます」

 

 それに対し、彩加とリョウは説教を一時中断してひとりに向き直る。

 

「うん、頑張って」

「楽しみにしているぞ。お前の、華氏451度をも超える炎を」

 

 

 

 その後、彩加がリョウに奢らされたことを知った虹夏が山田家に殴り込みをかけようとしたが、彩加が説教をきっちりとした事と、彩加に取り立ての意志がある事を確認し、渋々留飲を下げたという。

 




名前だけ登場した新キャラは彩加の憧れのバイオリニストでした。そして、どの世界線でもカレーを奢らせる山田……

備忘録

金色夜叉:言わずもがな、尾崎紅葉の未完小説が元ネタ。後半の彩加の説教は作中に登場する間貫一のセリフが元である。

澁澤龍:彩加がバイオリンを志した原因。元ネタは20世紀の文豪『澁澤龍彦』。旅をしていたり、髑髏の模型を所持している辺りは元ネタ準拠である。

4分33秒:ジョン・ケージが作曲した曲。演奏者の出す音響の指示が無く、終始無音で進行する。その間、聴衆はその場に起きる音を聞くことになる。当初は街中で演奏され、そこで起きる様々な音こそが音楽であると語られた。

彩加は激怒した~:この言葉から始まる一連の流れは太宰治の『走れメロス』のパロディである。
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