ぼっち・ざ・すとれいしーぷ!   作:三文小説家

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 最近、『墜落JKと廃人教師』という漫画に嵌まりました。はい、タイトルです。また、墜落という事で、どこぞのナスとキノコさんの書いた伝奇小説も参考にしております。


墜落JKとツンデレ店長

「えー、諸君。お待ちかねの給料だぞ」

 

 文月末。旧暦で言えば八月にあたる梅雨も明けた日。蝸牛が徘徊できる程度の湿気と、それを纏う不愉快な暑さが支配する夏の前哨に店長こと我が義長姉に今月のバイトの報酬を貰った。完全に忘れていたが、思えばこの為に働いていたのだった。

 

 私としては完全に入院後のリハビリ代わりという意識だったので、金銭が絡む類の事柄であることを失念していたのである。私のような兵六(ひょうろく)を拾った義姉達への恩返しという意識もあった。

 

「はーい、それじゃライブ代徴収するねー」

 

 虹夏の声でもう一つ思い出したことがある。バンドのノルマのために金稼ぎに勤しんでいたのであった。入院とホームレス生活の反動なのか、身体を動かせることが楽しすぎて完全に忘れていた。嗤え、この兵六を。

 

「聞いてください。新曲『さよなら諭吉』」

 

 私の他にも初心を忘れていた阿呆がいた。後藤の奴、人間がいる環境に慣れるのが精一杯で他の事に頭が回らなかったと見える。まあ、それでも喫茶店にすら一人で入れないその業を背負う身としては健闘した方ではなかろうか。

 

 そして何故かゴミ箱に引きこもるという器用な真似を恒例に繰り返す後藤が、何かに折り合いをつけた様子で寝返りをうっている。それを山田がドラムスティックでつついていた。完全に小動物で遊ぶ童子の仕草である。

 

「えー!? アルバム作るのってそんなにお金がかかるんですか!?」

「うーん、どうせなら物販とかでも置いてみたいし、それにミュージックビデオの撮影と化するのも結構お金かかるんだよ……」

 

 後藤が硬直した。学生の身で金が足りないとなれば、至る結論は火を見るよりも明らかだろう。「海の家」「遊園地」という単語が漏れ聞こえてきた所で、後藤が夢野久作の小説の登場人物がしそうな表情でスマートフォンを操作し始めた。

 

(そこまでして回避したいか)

 

 きな臭くなった私は、失礼を承知で後藤の手元を覗き込んだ。

 

「………」

 

 画面には非合法すれすれの金融機関がズラリと並んでいた。予想通りの事ではあったが、あまり嬉しくはない。

 

「他人と関わりたく無いと言って、一般に忌むべき人間と関わろうとするのもお前の業か? 後藤」

「ひっ」

 

 おっと……いきなり耳元で囁くのはまずかったか。しかし、私はこの状況を看過する程には寛大にはなれない。虹夏のバンドのためにも。妙な繋がりを持たれてバンド活動が崩壊すれば、私は後藤を恨まない保証はない。

 

「バイトが嫌なら言ってみれば良いだろう。頭ごなしに否定される事は無いはずだが」

「む、むむむむむ無理です! 断れる度胸があるならコミュ障やってません」

「………」

 

 この女、私とは正反対だと思っているようだが、本質的には似通っているのではなかろうか。主に人間を信じていない事、そしてその末に緩やかに墜落していく事……勝手な私の心配であり、完全なる自己満足だが、一度話しておいた方が良いかも知れない。

 

「不幸で居続ける事は怠慢であり、幸せになろうとしない事は卑怯よ」

「―――っ!」

「友人の言葉だ。虹夏達に引き取られた後に電話してみたら、こう言われた」

 

 私は彼女に自殺未遂の事、浮遊し続けた後に墜落しかけた事を話した。いや、()()()()()()()()()()。彼女の声は、一切の嘘を許さない。その時は、そのような(しゅ)でもかかっているかのような迫力があった。マンションのベランダで話すうち、彼女の怒りは増幅され、投げつけられたのが先の言葉であった。

 

 返す言葉もなかった。誰よりも家族を憎み、そして愛を欲し、家族以外を信じようともしなかった孤独な女。あまりに矛盾した、自分ですら恐怖と嫌悪を覚える有様。

 

 首だけを胎児のように曲げて項垂れ、折れた百合のように幻視した自身の墜死体。アスファルトには朱色が流れ、原形をとどめているのは白い髪と、白を連想させる細い手足だった。貌の亡い潰れた顔。古びたページに挟まれ、書に取り込まれた押し花のよう。

 

 電話口の相手はこうも言っていた。

 

「私には死んでしまいたくなる人の気持ちは分からないわ。でも、その方法を選ぶ前に相談くらいして頂戴。死という方法で完結されたら、私は一切干渉できないの。私は……せっかくできた友達が死んでしまう事に耐えられる程、強くなんて無いのよ……」

 

 半ば押し切られる形で交換した連絡先、(つい)に私から掛けることの無かったそのアドレスから聞こえてくる声は湿っていた。

 

 書店で出会った彼女は、その気難しさから友人が出来ないと言っていた。だが、その芯は限りなく聡明であり、物事の本質を突く知性を持ち合わせていた。そんな彼女を信じる事すらせず、あまつさえ悲しませた。私の中でそれは、悪徳だ。

 

 結局、今度その友人、大槻ヨヨコと対面で会う事になった。中々予定が合わないのが難点だが……

 

 それを踏まえて私は後藤に言う。

 

「やって後悔する方が良い……などと無責任な事は言わない。駅のホームで背中を押す趣味は無いからな。だが、少しは信じてやれ」

 

 私はしゃがんだ姿勢を無意識に横座りに変えて続ける。

 

「お前まで私のようになるのは、少し哀しいよ」

 

 匿名の数学仲間としか話す勇気のなかった女子高生。その時、私がどのような顔をしていたのかは分からない。だが、後藤は少し吃驚しているような顔をしていた。

 

だが、話している私に強烈に体重がかかる。

 

「ぼっち、曲できたから聴いて欲しい。彩加も編曲出来たんでしょ?」

「あっはい」

「これも私が言えた義理ではないが、お前はもう少し空気を読め、山田。重い」

「なにおう」

 

 山田が私にのしかかってスマートフォンを後藤に見せる。タイミングが良かったことは確かだが、とんだシリアスブレイクである。

 

 その後、喜多とやや心配そうな顔で見ていた虹夏を交えて山田と私の曲を聞くことになった。何故かテーブルに移動せずに、空になった横倒しのゴミ箱の上にスマートフォンを置いて。

 

「え? かなり良くない?」

「はい! とっても!」

 

 二曲通して聞いた虹夏と喜多の反応はこの通りだ。

 

「ぼっちの書いた歌詞を見たら、浮かんできた。ちょっと暗いけど、ぼっちらしくて良いと思うよ。褒めて遣わす。よしよし」

「あっ、えへ、うへへ……」

 

 山田が後藤を犬のように撫でまわしている。なるほど、後藤はああいう風に扱えばいいのか。一つ間違うと謎の変形を始めるので少し困っていたのである。私が後藤と山田と、そして「自分も褒めてくれ」と加わった喜多を眺めていると、虹夏が私の作った曲を評価していた。

 

「彩加の曲も好きだなー、私。最初は静かな入りで、途中で一気に嵐みたいに激しくなる。凄く彩加らしい曲だと思う」

「それ凄く分かります! 彩加先輩って物凄く熱い部分があるというか……それに、ちょっと神聖な感じもします!」

 

 虹夏の言葉に私は少し嬉しくなった。今までこんな評価を受けたことが無かったから、少しむず痒い。そして、喜多の評価に私は頷く。実はこの曲は『教会旋法』という音階を使っているのだ。

 

 グレゴリオ聖歌の分類に用いられる旋法だが、体系自体は主要なグレゴリオ聖歌の作曲よりも後に、東ローマ帝国のオクトエコス(八調)を基盤として成立したものであるとされ、実際のグレゴリオ聖歌ではこの旋法に全面的に合致するものではないようだ。

 

 現在の長調・短調の組織とは違う音階であり、廃れたかのように思えて19世紀以降は新たな音楽性の追求の中でしばしば用いられている。確か有名なアニメソングの中にもあったはずだ。

 

 『神聖』という感覚はこれに由来する。ロック音楽に合うのか心配ではあったが、問題は無さそうだ。

 

 という説明をした所、虹夏と喜多は心底驚いていた。二人は教会旋法の存在すら知らず、異世界の存在とすら思えるそれをロック音楽に融合するという荒技は想像もつかなかったらしい。あ、山田がドヤ顔をしている。実は山田は一足先にこの曲を聞いており、大層気に入っていた。

 

(作曲者繋がりで先に聞けたぜ、ドヤァ)

 

 て感じなのだろうか。詳しくは分からん。

 

「彩加先輩ってバイオリンの腕だけじゃなくて、音楽や文学の知識が半端ないですよね……」

「おまけに運動も出来るしねぇ。因みに彩加の成績の中で一番いいのは数学だったりするよ」

「化け物ですか!? いえ、あ、ごめんなさい……」

「あはは……大丈夫。あたしもそう思ったから。でも……」

 

 そう言って虹夏は悲しそうな顔をした。気にする必要は無いというのに。虹夏は知っているのだ。私がそこまで色々な物を手に入れても、一番欲しかったもの、〝親からの愛〟を手に入れられなかった事を。とはいえ、今はそれほど気にしていない。色々と出来るのは間違いなく利点ではあるしな。

 

 因みに学業の中で数学の成績が最も高いというのは本当の事である。国語ではないのか、というツッコミが飛んできそうだが、どうにも小説問題が解けないのである。評論は理論的に考えれば分かるし、古文や漢文もルールや背景さえ学べば理解できることが多い。しかし、小説だけは駄目だ。なんだ、あの超解釈は。

 

「what the f○ck?」

「なんか彩加先輩の口が急に悪く!?」

「彩加ー! お口チャック!」

「はっ」

 

 危ない危ない、学業への怨みが暴発する所であった。私が後藤のように正気を取り戻すと、その傍らで虹夏が「あたしの夢、叶っちゃうかもな……」と呟いた。私はその内容を知っているが、本人が公言していない以上、私も話す気は無い。

 

虹夏は立ち上がって店長である私達の姉の元へと向かっていた。

 

「まずは二曲完成したことだし、今度ライブでやらせてもらえるようにお姉ちゃんに頼んで来るね!」

「え、まだ言ってなかったんですか?」

「だいじょーぶ! この前のライブもこんな感じだったし!」

 

 ……果たしてそうだろうか。虹夏は自分が望む結論を厘毫(りごう)も疑っていないようだが、そう簡単に事が進むとはどうしても思えないのである。私の過去に照らし合わせれば、コンクールの前にオーディションなどが行われる事も珍しくない。選ばれない者は舞台に立つ資格すらないのだ。

 

「は?? 出す気ないけど」

 

 そして、私にとっては或る意味予想通りな宣告が無慈悲に下された。結束バンドの面々は驚いているが、私にとっては見慣れてしまったような光景だ。

 

「な、何で? オリジナル曲も出来たのに」

「それはこっちに関係ない」

「関係ないって……あ、集客できなかった時のノルマなら払えるよ!」

「お金じゃなくて、実力の問題」

「こ、この前は出してくれたじゃん」

「あれは思い出作りの為に特別にな」

「思い出作りって……」

 

 病室で聞いたライブはそういう経緯だったのか。

 

「普段はデモ音源審査とかしてんの、知ってんだろ」

「そう、だけど」

 

 私はライブハウスの事情には詳しくない。むしろ無知と言っても間違いではあるまい。しかし、やはり思った通り、事前に審査程度はするか。STARRYはそれほど大きくないとはいえ、年中閑古鳥が鳴いているようなライブハウスでもない。

 

 そして、先の発言から察するに、ライブに出せるほどの演奏を結束バンドは出来ていない。

 

「悪いけど、四月のライブみたいなクオリティーなら出せないから」

「出せないって……じゃあ、あたし達はっ」

「一生仲間内で仲良しクラブやっとけ」

「―――ッ」

 

 私は自分でも半眼となったのが分かった。

 

 先に言っておくが、義姉の言っている事に異論は無い。確かに、結束バンドの演奏は巧みとは言えぬ。私は加入した当初、噛み合わない旋律に耳や頭が痛くなることもあったし、後藤の突っ走る演奏や喜多の雑音に内心で腹が立つこともあった。

 

 だが、気に喰わぬ。貴女は、この団欒(だんらん)をも私の旧家(きゅうか)のように変えるつもりか。私のような死の家の鼠を生み出すか。

 

「未だにぬいぐるみ抱かないと寝れないくせに~!!」

 

 虹夏はそう言ってSTARRYを飛び出してしまった。なんだ、その捨て台詞は。

 

「何だ今の捨て台詞は……」

 

 奇しくも義姉と同じ感想を抱いてしまった。そしてその表情を見て気付く。不器用なのは私も他人の事など言えないが、あれでは些か晦渋(かいじゅう)と言わざるを得ない。考えれば義姉の言おうとしている事は察しが付く。しかし、虹夏はどちらかと言えば理論ではなく衝動で動く類の人間だ。

 

「ぬいぐるみってこのよれよれのウサギとパンダの事?」

「あら可愛い」

 

 山田がスマートフォンを見せてくる。そこには我が家のソファで寝ている義姉がウサギとパンダのぬいぐるみを抱いていた。

 

「ああ、そうだ。その二つが最も使用頻度が高いが、他にもコレクションが数多ある」

「へー、流石伊地知家のスノーデン。こういう情報も手に入る」

「情報料取るぞコラ」

「だあああその画像消せ! 今すぐに!」

 

 私の事をスノーデンだとか言っていたが、画像の出処は虹夏だろう。私も彼奴も大差ない。

 

「リョウ先輩に彩加先輩何してるんですか! 追いかけますよ!」

「えー……」

「面倒そうにしないで! ほらっ、後藤さんも行きましょ!」

「そのうち戻って来るとは思うが……まあ、行った方が良いな」

 

 少なくとも私のように〝墜落〟する事は無いだろうが、放置しておいても良い結果にはならない。あと、後藤がタイムラプスのように波打っている。これに限らず、時々ロトスコープのようになるコイツの生態も気になるが、今はどうでもいい。

 

「待って、彩加。それとぼっちちゃんも」

「はっはい!?」

「………」

 

 義姉から呼び止められ、カウンターまで戻る。PC作業を続けたままに義姉が云う。

 

「虹夏に伝えて。ライブに出たいならまずオーディション。一週間後の土曜日に演奏見て決めるからって……何してんの?」

「精一杯の服従心を表現しようと……!」

 

 犬のような表現の仕方だ。

 

「早く追いかけないと見失うんじゃないの?」

「ワンッ!」

 

 写真に撮るほどの物であろうか、我が義姉よ。どうにも趣味嗜好が分からない。しかしあれだな、後藤の対人恐怖症に起因するこれらの奇行も最早狂人の域ではなかろうか。一周回って図太いのかもしれん。

 

「あと彩加、なんか言いたそうだったけど、言いたいことがあるなら言えよ?」

「ならば遠慮なく。一介の愚陋(ぐろう)(びょう)たる少女の身で恐縮ですが」

 

 私は後藤から視線を離し、義姉に向き直る。

 

「私を拾った貴女が、私を棄てた者共と同じ振る舞いをしたのが気に喰わぬと、ただそれだけです」

 

 義姉が息を呑む音が聞こえた。

 

「帰ったら、せめて弁明くらいはしておいた方がよろしいかと」

「わ、分かった……」

 

 義姉はそう返した。虹夏を嫌っているわけではないから、これ以上拗れる事も無かろう。

 

「では、追いかけます。行くぞ後藤」

「ワンッ」

 

 先の私の言葉や感情は弁駁(べんばく)ですらない。唯の八つ当たりだ。結局のところ、この問題の解決は私達結束バンドの手に委ねられているのだから。

 




 まさかの教会旋法参戦。すとれいしーぷ!の名の由来はこれですね。おそらくこの手法は何度か使うと思います。因みに教会旋法を用いた有名なアニソンとは『創聖のアクエリオン』です。

 それと、彩加も感情は有るので今回のような事も起こります。徹頭徹尾理論で考える子では無いのです。作中で喜多ちゃんと虹夏ちゃんが話していた通り割と万能な彩加ですが、完璧ではありません。仮に完璧なら序盤で自殺未遂しないと思いますし。

 そして自殺未遂関連でもう一つ。実は彩加は連絡できる友人が一人もいないわけではありませんでした。しかし、あの時点で何かが折れてしまったのでしょうね。酷な話ですが、対人関係を含めて全てがどうでも良くなってしまったのでしょう。そんな今回出てきた彩加の友人ですが、原作既読勢の方々なら分かるかと思われます。アニメでもチラリと登場しておりました。

それにしても、序盤から病死(未遂)、焼死(夢)、墜死(new!)……本当にぼっち・ざ・ろっく!の二次創作なのだろうか……
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