ダンジョンで悪魔と契約するのは間違っているのだろうか?   作:コタツ丸之助

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悪魔と出会う

 

「どうして僕はいつもこうなんだ」

 

オラリオに久方ぶりの大雨が降っていた。街に住む人々も眠る時間。こんな時間に起きているのは大雨の中でもイシュタルファミリアが運営する娼館に行くような物好きくらいだろう。

 

そんな娼館から少し離れた路地裏。普段なら喧嘩をして倒れた冒険者や酔っ払いが多く倒れているような場所で少年───ウィリアムは倒れていた。誕生日だからと着たお気に入りの白いシャツは真っ赤に染まり、肩まである黒く長い髪は泥と血に塗れている。母親譲りで密かに気に入っていた紅色の眼も殴られたときに腫れ上がってしまった紫色の皮膚に覆われている。体は動かず声も出せず。それでも誰かに届いてくれと呟いたその声は自分でも信じられないくらい掠れていた。

 

(······そんな奇跡起きる訳ないよなぁ。)

 

ただでさえこのオラリオの中でも治安の悪い地域で夜中。そして寄りにもよってこの大雨である。ウィリアムがそう考えるのは至極当然の事だった。

しかし、一つだけ違ったのはここはオラリオであるということである。神が当然のように街中を歩いていてそれぞれの子供たちに恩恵を与えファミリアを作り生活している街だ。奇跡も起こり得るだろう。

 

「答えが欲しいか?名も知らぬ少年よ」

 

それは決して大きな声ではなかった。この土砂降りと暴風の中、本来なら聞こえるはずのない声量で紡がれた言葉。しかしそれはまるで耳元で囁かれているかのようにしっかりと聞き取ることが出来た。

今までの人生の大半を日雇いの労働とアルコール中毒の母親の世話で過ごしてきたウィリアムに取ってその声は生まれてきて聞いた音でなにより美しいものだった。

 

「もうどうせ死ぬんだ。あの世でまで悩み事なんてごめんだからね。教えてくれよお兄さん」

 

自分には迎えが来ているんだろう。そんなふうに思うと先程より少し気が楽になった。どうせ死ぬのだ。今度は先程よりも少し楽に喋ることが出来た。

 

 

「······死ぬ手前だと言うのに余裕だね。いや死の前だからこそかい?·····まぁいいか。それはね、君が弱いからさ。見たところあの冒険者だってこのオラリオでは底辺のような存在だろうね。でも、君はその底辺以下だったと言うだけだね」

 

最初こそ少し驚いた様子だった男の口から紡がれた言葉はとても残酷であったと同時に現実的でもあった。

普段なら言い返していたかもしれないウィリアムだったが、死が近づいたこの状態では納得せざる終えないものであった。

 

「……そっか」

 

故に答えは酷く単調なものになった。

 むしろ、あの両親の子供の死に方としては妥当なものなのかとすら思えてくる。

 

父親はお話の上手な人だった。自分の冒険の話や英雄譚をよく聞かせてくれた。冒険の話は今では大分脚色されていたことはわかるが子供の頃の自分はいつかそんな冒険がしてみたいと思っていた。

 結局、父親は禄に家にも帰らず早い段階でダンジョンで死んでしまった。最期は仲間を助ける時間を作る為に一人ダンジョンに残ったとのことだった。

 

母親は元来強い人ではなかったのだろう。一人残され、それでも最初の頃はどうにか自分を育てていこうと働いていたが長くは続かなかった。いつからか冒険者の愛人の様な真似をし始めた。その内、冒険者が持ってきた酒にハマりだしてからは昼から酒を飲んで自分が働いて帰ってくる頃には潰れていたり暴れたりそれはもう酷かった。今思うと冒険者からしたら愛人ですらなかったと思う。

 

ウィリアムとしても生活に困った時は店のものを盗んだこともあった。スリを行ったこともある。まだ理性が残っていた母親にそれがバレた時は珍しく普通の親のように怒られ泣かれ罪悪感に苛まれた。しかしそんな普通の愛情すら今ではとても愛おしい記憶になっていた。

そんな母親も結局酒は辞められず、冒険者の財布から金を盗もうとしているのがバレて先程殺された。その現場をたまたま見てしまった自分もこうなっている訳だ。

 

自分の親が英雄ならこの死に方はとんでもなく悲劇だろうがあの両親の子供なのだ、割と有り得た死に方だろう。ウィリアムがそんなことを考えていると大分体が冷えてきていることに気づいた。

 

(……そもそも親が英雄ならこんな状況にはならないだろうし。··········もう指も動かないか)

 

会話が始まる前までは動いていた指すら動かなくなったことによっていよいよ死の実感が高まってくる。

 

「·······それだけかい?意外とあっさりしているんだね」

 

「底辺以下の力の僕がその底辺を殺せたんだ。冒険者にはなれなかったけど最期に冒険ができた」

 

その言葉は本心ではなかったが自分ではこの人生の最期の台詞としてはなかなか良いのではないかと思った。

 

「……君死ぬ前に嘘をついてどうする?」

 

「せめて最期くらいは格好つけてもいいじゃないか……」

 

嘘がバレた時のように少し不満そうに言う。それはこの会話で初めて少年から出た本心だった。

 

「君も英雄譚に憧れでもあるのかい?馬鹿な子供だね……こんな路地裏で虫や鼠みたいに転がってる君が今更英雄気取りしたって仕方ないだろう?どうせ死ぬんだ……誰に聞かれることでもない。最期くらい本音を聞かせてくれないかい?」

 

男の言葉は相変わらず内容が厳しかったが喋り方はとても優しかった。もう泣くことすら出来ないと思っていたのに自然と腫れた瞼から涙が零れた

 

「う......グスッ.......こんな所で死にたくない!俺には冒険をする権利すら与えられないのか?俺の父親やさっき殺したあいつに与えられて俺にはないなんておかしいだろ!俺は英雄になろうとした訳でもない!この街で1番の冒険者になりたかった訳でもない!ただそこら辺にいる恩恵を貰った冒険者みたいに冒険がしたかっただけだ。それでも望みすぎなのか?俺と同じような境遇のやつなんて沢山いる俺以下のやつだっている。そんなことはわかっているんだ!それでも!!この望みですら俺には不相応なのか?神がそこら辺を歩いてるこのオラリオで神が僕になにかしてくれたことがあるのか?ふざけるなっ!!ゲホッ」

 

それはウィリアム本心からの慟哭だった。口から吐瀉物と血が入り交じったものが出るがそんなことは気にならなかった。どうしようもない人間だったが、優しかった記憶のある母親を殺した冒険者を。顔も禄に思い出せないが、自分に英雄譚と冒険の話を聞かせてくれた父親を殺したダンジョンを。英雄気取りの冒険者が街を闊歩するこのオラリオを。そしてそいつらに恩恵を与える神を。ウィリアムはこの瞬間この世界全てを呪った。

 

「うん。·······さっきより良い眼になったね。君···力が欲しいかい?全ての理不尽を殺し、冒険者を殺し、英雄を殺し、そして───神すら殺せるようなそんな力が」

 

「欲しい」

 

返事をすることを悩むことはなかった。もう本心を吐き出したあとなのだ。繕うことに意味は無いと分かっていた。上から雨では無い液体がかかった後少し体が楽になった。そして体が持ち上げられる感覚を最後にウィリアムはそのまま意識を手放した。

 

「ならば与えよう。ここに契約は成った。しかし、君が歩むのは英雄譚などでは無いよ。あれは神々が与えるものだからね。私がお前に与える力は地獄までの道のみ。修羅の道だろう。絶えず痛むだろう。しかし君は強くなる。何故ならこれは悪魔の王との契約なのだから」

 

ボロボロの少年を抱え傘もささずに大雨の中を歩く男の言葉を聞くものは誰もいなかった。

 

これが全ての始まりだった。

もしこの時オラリオに英雄がいたら確実にこの場所に現れ少年を救っていただろう。それほどまでにここは歴史の特異点だったのだ。しかし、この時まだオラリオに英雄はいなかった。

 

これは一人の不運な少年が不相応にも力を望み悪魔と契約する。そんな少年と地上に堕とされた悪魔の王との【愚者物語】である。

 

 

 

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