ダンジョンで悪魔と契約するのは間違っているのだろうか? 作:コタツ丸之助
「んッん……痛ッ」
身体の痛みにウィリアムが目を覚ますとそこは知らない部屋だった。部屋は生活感がなく自分が寝ているベッドとテーブル以外は何も無い。その部屋の真ん中にあるテーブルで男は煙草を吸いながら酒を飲んでいた。
「お、起きたかい少年。自己紹介の前にまずはその汚れと匂いを落とした方がいいね。そっちにシャワーがあるから入って来なよ」
「·····は、はい!」
そう言って男は顰め面をして鼻をつまんでいた。そんな表情すら美しく、先程の会話の時に顔が見えて無くてよかったと思った。この顔が見えていたら天からの迎えと勘違いしてそのまま死んでいただろう。男はそれ程までに圧倒的な美しさだったのだ。それこそ偶に街中で見かける神々のように。
シャワーから出るとテーブルに大量の食事と酒が用意されていた。どうやら男はそれを食べながら待っていたようだった。
「いやいや、汚れさえ落としたらなかなか男前じゃないか。さて、それじゃあ何から話そうか?とはいえ話すことが多くてね。聞きたいことはあるかい?あ、ほらこれお食べ」
そう言いながらテーブルにある大量の肉料理をウィリアムに差し出す。最近は肉なんてほとんど食べることの出来なかったウィリアムは黙って食事を取り始めた。 久しぶりに肉を食べたからだろうか、何の肉か分からないがとにかく美味く涙が出そうになるほどだった。
「お、お名前を聞いてもいいでしょうか?」
「あぁ私の名前ね。どうも初めまして。サタンです。まぁ君に分かるように言ったら悪魔だね。呼び方は……まぁ外でサタンと呼ばれると色々不都合あるしどうしようか?」
そう言って悪魔 ──サタンは髪を弄りながら微笑んだ。身長は185C程だろうかウィリアムよりだいぶ高かった。黒髪黒眼は見続ければ思わず吸い込まれそうになるほど美しく、女性だと言われても疑わないほど中性的な美しさだった。
「悪魔って英雄譚に出てくるあの悪魔ですか?」
───【悪魔】その存在は英雄譚や御伽噺に度々現れ主に人に対して害を為す存在であると、ウィリアムは父親から聞いていた。
そんな悪魔は小狡いことをした後に英雄によって倒されるというのが1つの様式美となっている。
「あぁ、それね。概ね間違っては居ないけど、私とその悪魔は別の存在だよ。私は一応悪魔の王だったからね。天界で神々と戦ったんだけど負けてしまって地獄へと落とされたんだよ。私は力が強すぎたせいで地獄までは落ちずにこの下界に留まってしまったんだ。まぁ力はほとんど失ったから、この状態だと本来の力のほんの少ししか出せないけどね。でも神々のルールには縛られてないから基本的には力を行使することも出来る。今回もその力で君に恩恵を与えるつもりだしね」
本当になんでもない事のように口から煙を吐きながら言うサタンの言葉にウィリアムは目を丸くした。【超越存在】《デウスデア》地上に降りた神は一部を除いて【神の力】《アルカナム》の行使を禁止されている。神が天界で使える力など想像はつかないが、それはとても人間に理解出来る範疇を超えているだろう。それをほんの少しでも行使できるというのはそれだけでもとてつもないことのように感じられた。
「神は力の使用を禁止されているんですか?」
「そうだよ。神々は娯楽目的とはいえアイツらが好き勝手にしてたら君達は全員死んでしまうだろう?それでは困ってしまうからね。たしか力を使うと天界に強制送還されるんじゃなかったかい?」
「じゃあ、サタンさんは力を使えばオラリオを破壊し尽くせるんじゃないですか?」
ウィリアムは先程考えた質問を投げかけた。サタンは少悩んだ後に煙草の火を消すと、ゆっくりと話し始める。
「うーん、出来るか出来ないかで言ったらできるんだろうね。でも、そんな簡単な話でもないんだよ。天界で私達は一度負けているからね。本来なら地獄に戻って色々準備したかったんだけど……残りの力だと地獄行くのは少し厳しくてね。それに力が使えるとは言っても下界では無限に使えるという訳ではないんだよ。今使える分が全てでね、そこだけは下界にいる神々と似たルールに私も縛られている訳だ。要するに力を使えばその分減る。それで終わり。力がゼロになれば何にも出来ない美男子が居るだけになってしまうんだよ」
それでも、そもそも力を使うと強制送還される神々とは取れる選択肢が大幅に違うだろう。自分が生きてきた世界にこんな存在が普通に存在していたのだと思うと恐ろしくなった。
「それに今から君に恩恵を与えようと思うんだけど、正直言うと恩恵なんて与えたことがなくてね……そもそも悪魔が与えられるものでもないし、たまたま私が強い力を持っているから無理矢理与えられるとは思うんだけど、恐らく半分以上は力を持っていかれてしまうと思うんだ」
サタンはなんでもない事のように告げてきた。しかし、ウィリアムからしてみれば悪魔とはいえ命を救って貰った存在である。その存在にこれ以上迷惑をかける訳にはいかなかった。
「そ、そんな申し訳ないですよ。僕、恩恵なんていりませんから!助けてくれた事で充分感謝しています。これ以上迷惑はかけれません!」
「あぁそれは大丈夫。迷惑なんて思わないでくれよ?私達は契約を結んだじゃないか。私が君に契約を持ちかけた。君は私に力を望んだ。そこで契約は成ったんだ。いわば君は私にとってお客様みたいなものだよ?私が君に恩恵を与えることは契約を遂行する上で必要不可欠なんだ」
どうやら目の前の存在はどうやっても折れる気は無さそうである。淡々と告げられる言葉の節々からその感情が伝わってくる。なにより自分より遥かに知性を持つ存在を納得させる言葉がウィリアムには見つからなかった。
「そ、そうですか。なら頂きます」
つまり折れるしかないという訳だ。これは契約でサタンから自分へ恩恵が与えられるのは決定事項なのだ。そう考えることでとりあえず納得することにした。
「うん。それでいいよ。じゃあ背中を見せてくれるかな冒険者っていうのは背中に恩恵を刻むんだろう?」
そう言って背中をめくったウィリアムの後ろに立つと、サタンはテーブルの上からナイフを取り手のひらに滑らせる。ウィリアムは背中に暖かい血が滴り落ちる感触を感じる。そして、その後すぐに襲ってきた痛みに絶叫すると意識を失った。
「········あれ?悪魔の血だと痛みを感じるのか。神たちはこんな感じで恩恵を授けていたし問題ないと思ったのだけれど……そもそも一滴とかだったっけ?しかし…ウィル、これは私たち初めての共同作業だと言うのに気を失ってしまうとは悲しいな」
サタンはそう呟くと作業を一旦中止し、バケツにくんでおいた水をウィリアムにぶちまけた。
「がハッ!ゲボッ!!」
大量の水によって無理矢理意識が覚醒させられる。再び脳をかき混ぜられているような痛みと身体中から熱を感じる。咄嗟に後ろを睨むと満足気な顔をした悪魔がいた。
「ウィル、初夜からすぐ寝てしまうとは寂しいじゃないか。よし、今から君が気絶する度に私が起こそう。この痛みは君の今まで敗北の痛みということでいいかな。残飯を漁って暮らし、やっと仕事が見つかったら母親が殺され、路地裏で野垂れ死にそうになって、それでも力を望んだんだ。これくらいなんてことはないだろう?どうせ一瞬さ。君がこれから得ようとしている力に比べたらゴミみたいなもんだ。········地獄の業火に焼かれる痛みなんてね」
吐瀉物を吐き散らし、目から血の涙を流し、それでも今の言葉を聞いたのか意識を失うまいと、肩で荒く呼吸をしながらこちらを睨みつけるウィリアムに対してサタンはそう優しく告げる。悪魔は微笑み、再び背中に手を置いた。
───産声にも似たその叫びは三十分ほど続いた。誰かが聞いていれば間違いなくガネーシャファミリアに通報がされたであろう。しかし、その叫びはオラリオ中に降り注ぐ豪雨に掻き消され誰にも聞かれることはなかった。