ダンジョンで悪魔と契約するのは間違っているのだろうか? 作:コタツ丸之助
ここは世界の中心、迷宮都市オラリオ。
ダンジョンの上に建てられたバベルは今日もいつも通りに人々の生活の中心となっている。
その地下にはダンジョンが存在し冒険者達はここで得た魔石やドロップアイテムなどをバリスに交換することで生計を立てている。そんな街には現在、降りしきる雨音が鳴り響いていた。窓の外から聞こえたその音はまるでこの迷宮都市が悲鳴をあげている様だった。
────────────
「どうして、あなたはそんなことすら知らないで生活できてるんですか?」
恩恵を与える作業が終了して、ポーションを一つもらうと体の痛みはだいぶ楽になった。しかし、精神的な疲労で顔は土気色のままのウィリアムはサタンとオラリオについて話をしていた。サタンは基本的にこの家にいるらしく冒険者と神について知っているだけで他の常識的な知識が何も無かった。
「いやオラリオに来たのは最近なんだ。それに神々と似たような力を持っているからね。力を失ってるあいつらとは違うから食事とかもいらないしこの家でそれこそ自堕落な生活をしていたよ。時折、下界の人間達の生活を眺めたりもしたんだけどね……別に、君達下界の存在に興味とかもあまり無いんだよ」
そう言うとサタンは本当につまらなさそうに外を眺めた。
「じゃあ、どうして僕を助けてくれたんですか?」
「あぁそれこそほんと偶然さ。嫌いな言葉だけど……奇跡みたいなものじゃないかな?丁度そろそろどうにか地獄に帰ろうと思ったんだけど、それならこの下界に降りてきている神々に嫌がらせの一つでもしてやれないかな?なんて考えていたらたまたま君の呟きが聞こえたんだよ。僕の耳は絶望や恐怖の声に敏感だからね。だから君を使ってアイツらに嫌がらせをしてやろうと思っただけなんだ」
神々が街を歩いているこの下界でも当然奇跡も存在する。今回ウィリアムの願いを叶えたのは悪魔の王だっただけだということだろう。
「恩恵を与えてくれたことには感謝していますが別に僕に神の方達を害そうなんて気はないですよ?」
先程までウィリアムは神も含めこの世界を恨んだ。しかし、それを言うなら今では自分に狂う手前までの痛みを与えた目の前の悪魔も同じように理不尽であった。助けられて恩があることに変わりは無いが、理不尽な存在だということは充分理解させられた。
「えぇ……さっき神を殺せる力が欲しいって言っていたじゃないか。でも、まぁ実際のところ私は君に神をどうこうして欲しいなんて思ってはいないんだよ」
それはウィリアムにとって意外だった。てっきり目の前の理不尽な存在は自分に神に挑めとでも言うと思ったのだ。
そのことを察したのだろう相変わらず微笑んだままのサタンは話を続けた。
「神を殺すのは天界で私たちがやるべき事だと思っているからね。とはいえ下界に来ている神々に何もしないなんてのもつまらないだろ?」
サタンは当たり前のことのように自分達が神を殺すと言ってのけた。ウィリアムには理解できない発言だったが目の前の悪魔が言うとそれも可能なんだろうと思えた。
「君は純粋に冒険を楽しむといいよどうせ私と契約しているんだ否が応にも君は力をつけるだろう。もちろん何もしなければそんなこともないが。また奪われ失うだけは嫌だろう?つまり君は力をつけるしかないんだよ。それが僕との契約でもあるからね」
ウィリアムにとって一番効果的な台詞をいとも容易く、何より美しい音色で発される言葉はウィリアムの心の仄暗い炎を燻らせた。
「それは……そうですね」
「まぁ暇だったからオラリオで色々見てはいたんだけどね。やっぱり自分の興味の無いものについては如何せん頭に入ってこないんだ。だから冒険者のシステムとかはよく分かっていないんだけど、とりあえず君にはランクアップを目指して欲しいんだ」
───ランクアップそれは冒険者達に与えられる恩恵のレベルを上げることだ。
簡単なことのように言われたがこのオラリオで冒険者になるほとんどの冒険者はLv1から上がることが出来ない。それ以上に上がるのはほんのひと握りとなっている。
「······ランクアップですか?簡単なことではないと思うんですけど」
「ランクあげるというのはね、つまりは存在の昇華。魂の器を広げることになるんだ。今の君は悪魔の力を有した人間という訳なんだけど、正直器が足りないんだよ。このままでは私が与えた力を使いこなすことは難しいんだ。それどころか私の力が暴走して君を殺してしまうかもしれない……あ、誤解しないで欲しいけれど君に才能がないとか言う話ではないよ……?人間としての魂の大きさには限界があるんだ。それを成長させるにはランクアップをしていくしかない」
ウィリアムは自分を殺す程の力の暴走について一瞬驚いたが。先程の会話から悪魔と契約した自分が今更普通の人間のようにやっていける訳もないかと思い質問をやめた。
「なるほど……冒険者として強くなるにもこの力を使いこなすにもランクアップが必要てことなんですね……」
「じゃあ次に、私が地獄へ帰るタイミングについて話しておこうか。そこから逆算してウィルにはランクアップを済ませて置いて欲しいんだ。」
先程からだいぶサタンとの会話に慣れたつもりでいたウィリアムであったがこれには驚いてしまった。どこかでよく見るファミリアのようにサタンと自分で神と眷族のように過ごすものだと思っていたからだ。
「·····私は君の親ではないからね、ずっとこのままという訳にもいかないだろう?私の見立て通りに行くとするならあと五年てところかなそれまでに君にはレベル6に到達していて欲しいんだ。そしたら私は地獄へ戻るとしよう。」
「五年でレベル6!そんなことできるんですか?」
自分が5歳になった時父親はまだレベル1だったことを考えるとそれを大幅に超えるペースで成長しなければいけないことは明白だった。今まで碌に剣すら持ったことがない自分にそれが可能だとは思えない。
「できるとか、できないとかじゃない。私は力を与えたんだ。それくらい応えてくれてもいいんじゃないか?それに今のオラリオでもレベル6は大分少ないだろう。そこまで行けばとりあえず君は大抵の理不尽を覆せるということになる一つの目安としてはわかりやすいんじゃないかな?」
(・・・この悪魔さっきから自分が一番理不尽だということを分かってるのかな?)
しかし、不思議と気分は悪くなかった。先程の痛みの恨みも忘れてはいない。それでもサタンに恨みや怒りの感情が湧かないのは何故なのだろうか?知らない内に自分の中のサタンの血が目の前の悪魔と似た存在に変わってしまったのだろうか?そんな気すらしてくる。
「……わかりました。それでどうしてレベル6になるタイミングなんですか?」
「うーん。君にはあらかじめすべて話しておこうかな。下界の存在でレベル10に到達したものがいないのは知っているかい?」
「はい。知っています。確か過去でもヘラ・ファミリアのレベル9が最高なんでしたっけ?」
「たしかそうだったかな。過去最強のファミリアの最高レベルが9……これが何を意味しているかわかるかい?」
「········わからないです」
レベル9が凄いことはウィリアムにも理解出来た。しかし、それが何を意味しているのかなど聞かれてもさっぱりわからなかった。
「基本的に下界の存在の限界はレベル9なんだよ。つまり、それより先は英雄や神話の存在になるわけだ」
サタンは酒を飲みながら笑っていた。やはりサタンの血は自分に何かしらの影響を与えているのだろう。
「まぁそういうことなんだ。過去にこのオラリオにいた英雄達もレベル10ではなかったと言うことなんだよ。つまりレベル10に上がるということは人という存在を超えていると言えるだろう。その存在が英雄なのか神みたいな者になるのかは分からない。………でも君がどうなるかは分かる。私の力を与えている訳だからね。要するに君がレベル10になった時に君はね───この下界で生まれた悪魔になるんだよ。そして死後は私の軍勢に入るんだ。神々に愛されて生まれた下界の存在が悪魔になるなんて……背徳的だと思わないかい?私はその瞬間を地獄の玉座で眺めたいんだ。·······まぁ他にもあるんだけどね。今はこれで納得してくれないかい……?」
「えぇ……悪魔になるんですか……聞いてませんよ……」
ウィリアムはもう驚くことにも疲れていた。先程精神がおかしくなるような痛みを受けた後なのだ。今も体はポーションで無理矢理回復させられているが意識は混濁したような状況で、先程から聞かされる契約の内容は驚くものばかりだったが言い返しをする力すら残されていない。力無く反応するのが精一杯だった。
「あぁ、言ってないからね。それに……先に伝えていたとしても君にあの場面で取れる選択肢は他になかっただろう?」
「そ、そんなせめて先に「先に伝えていれば君は死ぬことを受け入れたのかい?」」
「私は君に多少の興味は持っている。力も与えた。けど勘違いしないで欲しい。私が与えたのはあくまできっかけにしか過ぎないんだ。君が手を抜けば悲惨な死を遂げるだろう。君が選択を違えれば多くの人が血を流すだろう。それでも君は私の手をとったんだよ……」
「·······この悪魔め。」
ウィリアムは今できる精一杯の反撃をとサタンを睨みつけながら呟いた。
「ハハッ……その通りだからね」
そんなウィリアムの反撃などなんてことのないように目の前の悪魔は嗤う。ウィリアムが遠い目をしているのを見て満足そうに頷いていた。
「それでは大事なことなんだけど僕から君にお願いしたいことが何個かあるんだ。一つ目武器は大鎌を使おう。これは特に深い理由がある訳じゃないんだけど……まぁ見栄えの問題だよ。そこら辺の冒険者と似たような武器を使うなんてつまらないし……なんか大鎌ってかっこいいよね!実用性は多分あんま良くないのかもしれないけど……」
「えっ、えぇ……」
これに関しては最早意味がわからなかった。目の前の悪魔は妙に楽しそうに話していたが、大鎌を使う冒険者というのは自分が知る中では見たこともなかった。
そもそも戦いやすいと思えない。英雄譚の英雄は剣や槍を使っていたし、ダンジョン帰りで武器を持っている冒険者の多くの冒険者もそうだ。しかも理由が『格好がいいから』というのは最早全く理解できなかった。
「二つ目は私の存在を口外しないことだね。地獄に帰る時には下界の皆様に挨拶もするつもりだけど、それまでは口外しないで欲しいんだ」
「は、はい。わかりました」
先程に比べると真面目な内容で思わず返事に詰まる。目の前の情緒不安定な存在にが一瞬でも理解できていると思った自分の浅はかさを呪った。
「三つ目はこのオラリオで特にギルドとかでなんかよく言われている言葉なんだけど『冒険者は冒険をしてはいけない』という言葉あるんだ。私はこれが心底嫌いでね。辟易するよほんとに……」
「たしか、ギルドが伝えてる冒険者が生き残る為の心得みたいなやつですよね?」
「そうだね。でも私は思うんだよ。冒険をしない冒険者になんの価値があるんだい?死んでしまう?それがどうした?英雄に憧れた。強い冒険者に憧れた。ならそれに向かって最短で進むべきなんだよ。死ぬのが怖いならダンジョンになんか潜らなければいい」
この話は本来、神々が冒険者にするような話ではないのだろう。死を恐れずに強くならなければ意味が無いなど、眷属のことを心配する神や眷属から金を受け取っている神々なら言うはずはなかった。
しかし、ウィリアムはこの話に妙に納得してしまった。冒険者になりたくてもなれずに死にそうになっていた自分から見れば、憧れた存在が高みに存在するなら冒険者になる以上最短でそれを目指すべきだと思う。次にまたそんな理不尽がいつ自分を襲うかもわからない。その前に少しでも多くの冒険をしてみたかった。
「だからね、ウィル。君には〖冒険〗をして欲しいんだ。そこら辺の冒険者がしている冒険じゃない。英雄譚や御伽噺のように報われるかどうかも分からない。もしかしたら夢半ばで死んでしまうかもしれない。それでもいいじゃないか。僕達の冒険に常識や理性なんて不必要さ。そして────格好よく、そして強くあろう。それが君の願いであり僕の願いだからね」
───あぁやはり自分の中に確かに目の前の悪魔の血は流れているのだろう。サタンが発する言葉が自然と自分の中に流れ込んでくる。まるで元からそれが自分の意思だったとでも言わんばかりに。血が沸き立つ。今すぐにでも冒険がしたい。そんな気持ちにさせられた。
「·······やる気になってくれたなら嬉しいよ。ただまぁ君がギルドに登録するには主神の問題もあるしね。まぁそこは私が一肌脱ぐとしよう。ほら、もうそろそろ夜明けだ。昼過ぎにはギルドに向かうから早く寝なさい。おやすみウィル」
サタンはそう言うとウィルに布団をかけた後、自分は大雨の中行き先も告げずに外へと出て行った。ウィルもサタンがいなくなったことで気が抜けたのか。そのまま眠りに着いた。