「…………私が呼んだのは、リトのみのはずだが?」
「そう言うなよ。クラスメイトが面白そうな事。もとい、愉快な事に巻き込まれそうになってるのを見過ごせるわけないだろ」
「言い直すなら、せめて取り繕ってくれ…………」
人気のない雑木林。ザスティンの先導で、有栖とリトが歩いていた。
案内も終わり、教室に戻ったララを介してかかってきた通信。それはリトをこの場所に呼び出すものだった。
リト一人でという話だったが、当然のように有栖もついてきていた。口だけで有栖を追い返すのは不可能。しかし実力行使は大人気ないと考え、渋々ながらも同行を許可していた。
足場の悪い、道ならざる道を進む。慣れない道にリトが足を取られそうになる横で、有栖は慣れた様子で足を進める。
足場は悪いが、魔法の森や妖怪の山に比べれば大した事はない。まるで舗装された道を歩くかのような軽快な足取りは、ザスティンすら驚かせていた。
「それで、何の用だよザスティン」
「リト、君にララ様の父上。デビルーク王直々のメッセージを持ってきた」
「ララじゃなく、結城にメッセージか。随分と娘思いな父親だな」
リト宛のメッセージ。そう聞いた有栖は、わざとらしく肩を竦めた。
ララ宛のメッセージは別にあるのか。はたまた家出した娘になんと言っていいのか分からず、用意できなかったのか。
前者のような気はする。しかしあれで娘に弱いところがあるのを覚えている有栖は、意外と後者かもしれないと考えていた。
そうこうしているうちに、メッセージの再生が始まる。一言一句まで覚えているわけではなかったが、おおまかな内容は有栖の記憶にあるものと同じだった。
とんでもない爆弾を抱えたリトが、頭を抱えて白目を剥く。見ている分には面白いが、放置しておくわけにもいかない。
場の空気を変える必要がある。その為にも、この場にいる四人目の人物に声をかけた。
「だ、そうだ。このままだと、地球が消滅するらしいぜ」
「困ったわね。今、お札しかないのだけど。三途の川って、電子決済できたかしら?」
「できるぞ。前行った時、導入したって聞いた」
さも当たり前のように。裂けた空間から、八雲紫が身を乗り出して顔を出す。内容も、声色も、雰囲気に至るまで。全てが場違いなまでの穏やかな空気を纏っていた。
突然現れた紫にリトが驚いて腰を抜かし、ザスティンが咄嗟に剣を構える。
「いつの間に…………!」
メッセージに気を取られていたとはいえ、ここまでの接近を許す相手がいるとは思っていなかった。
突然現れた紫に警戒心を露わにして剣先を向ける。敵意すら込めて警戒されている中、紫は涼しい表情で口元に妖しい笑みすら浮かべていた。
「ふふっ、はじめまして。私、八雲紫と申します。ここにいる、時兎有栖の妻ですわ」
「サラッと、とんでもない嘘ついてんじゃねえよ」
唐突な妻発言に有栖が呆れた表情を浮かべる。すぐに嘘だと告げたおかげで、リトたちが勘違いする事はなかった。
有栖が素っ気ないのはいつもの事だが、リトたちまで反応しないのは面白くない。少し驚かせてやろう。そう考えた紫が、有栖の両足をスキマで拘束して飛びついた。
「えいっ♡」
「っ!」
「時兎!?」
有栖に飛びついて頭を抱えると、そのまま自分の胸に押し付ける。スキマから抜け出せない有栖が必死にもがくが、小さな体に体重を掛ける事で体格の差を押し付けていく。
リトが驚きで立ちすくむ中、有栖は技による脱出を試みようとしていた。
掌底を紫の腹に押しつける。掌に気を集中させ、一気に放出した。
放たれた気が衝撃波となって紫を引き剥がす。引き剥がすのが目的だった衝撃波は威力が低く、紫にダメージはなかった。
空中で体勢を立て直し、生み出したスキマに腰掛ける。その光景はリトだけでなく、ザスティンから見ても異様なものだった。
「雑すぎんだよ」
驚かせたいのは分かるが、方法の雑さに呆れる。当の紫は悪びれた様子もなく、優雅な笑みを浮かべていた。
とりあえずリトたちを落ち着かせる為に、悪い奴じゃないと一応のフォローを入れる。それでもザスティンは警戒を解く事なく、剣を構えていた。
「で、だ。さっきの破壊云々の話だが、心配いらないぞ。単純な力押しなら、こいつ一人で完封できる」
「でも、相手は星を壊すような奴だぞ! そんな簡単に…………」
「できるわよ」
星の破壊というあまりにもスケールが大きい話に、リトが取り乱す。
できるはずがない。そう続けようとしたリトの言葉を、落ち着いた様子の紫が遮った。
気休めではない。そう思えるだけの何かが、その言葉にはあった。
「どれだけ強大な力だろうと、届かなければ意味がないわ。星を破壊する力では、夢には届かないもの」
『夢』
その言葉はリトにとって、印象深い言葉の一つだった。正確には、最近になって印象が強くなった言葉。
最近知り合った夢を渡り歩く妖怪、ドレミー・スイート。出会ったのは一度だけだが、彼女が自分の夢が生み出した存在でないというのは既に確認している。
有栖だけでなく、霊夢たちにも確認を取ったのだから間違いない。現実ではどれだけ探しても見つからないであろう夢の世界。そこならデビルーク王でさえ、手出しはできそうになかった。
問題は地球が現実世界に存在し、デビルーク王の手にかかれば簡単に破壊されてしまうという事。夢の世界が無事でも、地球への被害は免れないという事だった。
「だからいざとなったら、地球を夢の世界に移すつもりよ。すごく疲れるでしょうから、やりたくはないのだけど」
「地球を夢に…………!?」
「こいつなら出来るんだよ。恐ろしい事にな」
有栖やララと出会ってから信じられないことばかり起こっているが、この短時間の出来事はその中でも飛び抜けていた。
地球が破壊される恐れが出てきたかと思えば、その地球を夢の世界に移すと言われた。頭の中が疑問で埋め尽くされ、どれを出力していいのか分からない。
一つだけ言えるのは、ララとの暮らしでデビルーク王の影に怯える必要がなくなったという事だ。
────…………ララにとっては、そっちの方がいいのかもな。
ララに限らず、友人が誰かに脅されて自分と仲良くしていたと聞いていい気はしないだろう。
いざという時にララをフォローできる要素。その有無には大きな差がある。漠然とながら、リトはそう感じていた。
色々と埒外の状況が続いているが、不安が解消された。やって来る婚約者候補への対策は必要なままだが、最優先事項であるララの気持ちは守れる。
本当の意味でララを守る第一条件は達成した。その事に安堵したリトは、小さく息を吐いた。
「もちろん、婚約者候補への対処もする。というか、俺たちが動かないと連中が血を見るからな」
「縄張り意識が強い妖怪も多いものね。発狂や四肢欠損で済めば、まだマシな方よ」
力加減を誤れば、相手を殺めてしまう妖怪は多い。特に人喰い妖怪は、ただ殺すという以上に悪評を広げてしまう。
前世持ちの中には、ルーミアのように人喰い妖怪が存在する。
普通の食事でも十分な上に、味はきちんと調理した料理の方が美味い為、人を積極的に襲いはしない。
もっとも人を喰うという行為に対して、嫌悪感はなかった。彼女たちの縄張り、第二彩南商店街やその周囲で一定の悪事。強盗や殺人、誘拐などを行おうとした部外者は、その命を散らす事になる。
そうして生産された新鮮な肉は人喰い妖怪の手に渡って腹の中に収まり、死体という最大の痕跡を消してしまう。
人喰い妖怪の特徴として、人を喰らう度に力を増していくのがある。しかし前世持ちはそういった方面に興味がない。
おかげで人肉に対しては、あるなら食べるけど用意してまで食べたいとは思えない。という姿勢だった。
有栖たちもその辺りは理解している。前世持ちとなった事に関係あるのか、人喰いという行為に忌避感はなかった。さすがに自分が食べようとは思わないが。
そんな事実を知らないリトは、なんともいえない表情を浮かべる。
「あまり、やりすぎるなよ」
「その為に俺たちが出張るんだよ。加減をミスったら、お前の悪評にも繋がりかねんしな」
やって来た婚約者候補を血祭りにあげた。なんて噂が立てば、リトの立場も悪くなる。イレギュラーな展開を防ぐ為にも、無意味に敵を増やすつもりはなかった。
不意打ちとはいえ、ララのボディガードを圧倒したレミリア。彼女が有栖の知り合いの中でも上位の実力者だと聞いている。
それはつまり、彼女クラスの実力者が他にもいるという事。こちらの心配もそうだが、相手の安否も気にかける必要がありそうだった。
心強い味方を得られたと思う反面、敵と言っても過言ではない相手を心配しなくてはいけない状況に内心で頭を抱えていた。
そんなリトの心境を察したのか、紫が妖艶な笑みを浮かべた。
「悩まなくていいのよ。あなたが正しいと思った事をしなさい。そうすれば、自然と道は開けるわ」
────胡散臭い占い師みたいだな。
言っている事に間違っていはないが、紫の雰囲気のせいで信用に欠ける。話が進まないので黙ってはいるが、そう思わずにはいられなかった。
好きにやれ。そう告げられたリトは、その解釈に自信がないまま頷いた。
「…………オレ、やれるだけやってみるよ。地球とか、デビルーク王とか関係ない。オレが守りたいから守る。時兎たちに頼りっぱなしな分、これくらいは頑張らないと」
「適材適所ってやつだ。荒事はこっちに任せろ。お前は、しっかりとララを守ってやれ」
本当の意味でララを守れるのはリトしかいない。その難しさを知っている有栖は、そこまで気にする必要はないと助言する。
この先について知っている側としては、安心しろとは言えないのが実情だった。四六時中リトに張り付いているわけにもいかないので、いざという時は彼に判断を任せる形となる。ただそうでない状況なら、進んで協力するつもりだった。
有栖の言葉に頼もしさを覚える反面、この場では心配になる言葉でもあった。
デビルークNo.1の剣士であるザスティン。彼を差し置いて、このような話をして良いのかと考えて気付く。ここに来るまでは説明などで話をしていたザスティンが、少し前から黙ったままだ。それが気になって視線をザスティンに向ける。
そこには紫が現れた時と同じように、剣を構えたまま険しい表情を浮かべるザスティンの姿があった。
「ザスティン…………?」
「取って食うわけでもないのだから、怯えないでほしいのだけど。難しそうね」
「………………」
紫が微笑む。その笑みはどこか冷たく、無機質なものにも見えた。
リトの全身が身の毛立つ。地球を破壊すると脅された時の比ではない。ザスティンに追い回されて死ぬ思いもしたが、それとは比べ物にならない。なんとなくその笑みが自分に向けられているものではないと理解しながらも、恐怖心は膨れ上がる一方だった。
笑みを向けられたザスティンは、歯を食いしばってその場に止まっていた。今にも飛びかかりそうになる本能を、剣士としての理性が押さえ込んでいる。
ここで手を出そうものなら死ぬ。
漠然とした予想だが、確信めいたものを抱いていた。
一触即発の空気。その空気を破ったのは、有栖の深いため息だった。
「お前が怒るのは当然だろうけどよ。だからって、ザスティンに八つ当たりすんなよ。藍やさとまいと一緒だ。不憫従者枠なんだから、許してやれよ」
「…………まいさとよ」
「カップリングはどーでもいい」
ザスティンに向けられていたものと同じか、下手をすればそれ以上の威圧感が有栖に向けられる。が、有栖にとっては慣れたもので、微風のように受け流していた。
その日の気分で形勢が変わるので、前世持ち間でのカップリングというのは無意味に等しい。それは紫も知っているのだが、他の前世持ち同様、攻めと受けには強いこだわりを見せている。
怒気こそ霧散した紫だが、不満そうな顔で有栖との距離をじわじわと縮め始めた。
「こいつが危険なのは事実だ。それこそ個人の境界を操って、消失させる事もできる。物理的にも、概念的な意味でもな」
「生物として殺すのではなく、存在そのものの抹消だと!? そんな、馬鹿な…………!!」
有栖から語られた紫の一面に、ザスティンが激しく動揺する。剣士として数々の戦場を渡り歩いてきた彼だからこそ、その異質さを理解できる。
人を跡形もなく消し去る方法は、幾つもある。とはいえ、その全てが高威力の攻撃を用いるという物理的なものばかり。存在そのものに干渉し、初めからいなかったかのように消滅させるなどというのは聞いた事がなかった。
紫を見る目の警戒心が更に強まる。それでも踏みとどまったのは、経験によるものだった。
「まっ、うちとしては好き好んで戦争を起こす気はない。が、地球を破壊するってなら話は別だ。そっちの王様には地球で未知の種族と接触したとでも言って、早まった真似はしないようにしてくれないか?」
「分かった。必ず伝えよう」
リトの方は、地球を物理的に破壊させないようにすると伝えればそれで十分そうだった。しかし向こうはそうはいかない。イレギュラーな事態が起こっている以上、何が原因で地球を破壊するトリガーが引かれるか分からない。
前世持ちには目の前の紫をはじめとする戦力も揃っている。その気になれば宇宙空間でも戦えるので、戦線が拡大するのは目に見えていた。
そうなると互いの被害は計り知れない。ラブコメ漫画であるToLOVEるを、宇宙戦争を題材としたバトルものにするつもりのない有栖はなるべく穏便に済むように手を回していた。