東方災愛録   作:乾き塩

12 / 20
最初は駅だっけ?

 

「………………」

 

 一人の少女が木陰に腰掛けていた。スマートフォンを両手で持ち、ポチポチと慣れた手つきで操作している。

 たまには帰って来なさい。

 という相手からのメールを最後に、やり取りを終える。次はいつ帰ろう? そんな事を考えながらも、離れた位置で盛り上がっている集団を見やる。

 

「………………」

 

 一ヶ所に集まって、何かを話し合っている様子。そんな集団を離れた位置に立って、見つめる一人の男。周りが年頃の少女のせいで浮いている彼をしばらく見つめた後、スマートフォンをポケットにしまって立ち上がる。

 お尻を叩いて、細かい砂や石を落とす。踵を返してその場から浮かび上がると、敷地をぐるりと囲むフェンスを飛び越えた。

 

「えーっと、最初は駅だっけ?」

 

 ある都市伝説を思い出しながら、少女は小首を傾げた。

 

 

 ────────

 

 

「…………マジ?」

 

「大マジ。昨日、霊夢から聞いて確認したが、別の何かが佐清に成り変わってる。タイミング的に、ララの婚約者候補の一人だろうな」

 

 地球が破壊される可能性が出て来た日の翌日。体育の授業後に有栖と話していたリトは、その内容が信じられずに聞き返していた。

 有栖からの報告。それは体育教師である佐清が偽物であるという事。

 本来の姿と大きく異なっているせいか、細かい動きにはぎこちなさが残っている。それでも一般の生徒から違和感を抱かれない程度には誤魔化せているようで、姿を変えるのに慣れているようだった。

 そして何より、気の質が地球人のそれとは大きく異なっている。無理やり引き伸ばしたかのような気の流れは、原作の知識がなくても疑いを向けるには十分なものだった。

 

 動きと気。その二つから確証を得たと伝えられたリトは、実感こそできないものの嘘は言っていないと判断した。

 佐清は大丈夫だろうか。これからどう動くべきだろうか。様々な疑問が頭の中を駆け巡る。

 そんなリトの耳に、弁当箱を手にした女子生徒の会話が届いた。

 

「春菜なら、さっき佐清先生と一緒に、部室の方へ歩いていくの見たよ」

 

「え? なに、あの二人マジでそーゆー関係!?」

 

「はぁっ!?」

 

 普段なら聞き流す会話だが、そこに聞き捨てならない単語が含まれていた。春菜が部室の方に行くのは構わない。こんな時間にと思うが、彼女の性格からして何か理由があるのだろうと納得できる。

 しかし佐清も一緒というなら話は別だ。普段ならともかく、今の佐清は偽物だという信憑性の高い情報がある。

 そんな相手と二人で人気のない所に向かう。その危険性を想像するのは、難しい話ではなかった。

 

 女子生徒の会話に割り込み、その内容について真偽を問う。慌てた様子に驚きながらも首を縦に振る女子生徒を見ると、リトの顔はたちまち青くなっていった。

 

「くそっ!!」

 

「リト!! お弁当食べよ〜美柑が私の分も作ってくれたんだ────♫」

 

「っ! 悪い!! 急用ができた!! いつ戻るか分からないから、先に食っててくれ!!」

 

 教室を出ようとしたところで、両手で弁当箱を掲げたララに呼び止められる。美柑が作ってくれたという弁当を楽しみにしているようだが、それに応える余裕は今のリトにはない。

 一刻も早く、部室に向かわないと。焦るリトは、ララを振り切って教室を出ていった。

 置いて行かれたララは、キョトンとした表情でリトの背を眺めていた。すぐに正気に戻って後を追おうとしたが、これをチャンスと見たクラスの男子たちがララを昼食に誘おうと包囲。

 身動きが取れなくなったララは、リトを見失ってしまった。

 

「良かったのか? 事情を話せば、ララも来てくれたと思うぞ」

 

「分かってる! けど、今は説明してる時間が勿体無いだろ! それに…………」

 

「ララに心配をかけたくなかった。か? 気持ちは分かるが、適度に頼るのも一つの心遣いだぜ」

 

 後からやって来た有栖に図星を突かれたリトが、走る速度を緩める。罪悪感もあって言い淀んだ内容を言い当てられ、冷静さを欠いてしまった。

 早足となりながらも、部室へと向かう足を動かす。

 春菜を無事に助ける。一旦、ララへの罪悪感は忘れて、それだけを考えようとしていた。その時だった。

 

 ブルルル…………

 

「!?」

 

「…………偽物からかもな。結城、落ち着いて対応しろ」

 

「分かった」

 

 リトの携帯が着信を知らせる。確認すると、画面には非通知と出ていた。

 普段ならイタズラと判断して無視するところだ。しかしここまでの状況から、この電話も無関係とは思えなかった。

 有栖の忠告に頷いて、応答ボタンを押す。スピーカーから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。

 

『やあ、結城リト君』

 

「…………佐清、の偽物か」

 

『ほう、気付いていたか。思っていたよりも、勘は鋭いみたいだね』

 

「オレの事はどうでもいい。西連寺はどうした?」

 

 リトは自分でも不思議なくらいに落ち着いていた。

 怒りのあまりに、かえって冷静になっているのか。有栖からの助言によるものか。理由こそ分からないが、怒鳴りつけるような真似はしなかった。

 とはいえ交渉の技術なんてないリトなので、ストレートに春菜の安否を問う。

 その反応が気に入ったのか、電話の向こうで小さな笑い声が聞こえた。

 

『心配しなくても、今は無事だよ。君がこちらの要求に従っているうちはね。その様子だと、オレの居場所も分かってるんだろう? 今すぐ来てもらおう。でなければ、彼女が大変な事になるかもねェ〜〜』

 

 人質がいるのもあって、向こうからは余裕が感じられた。何処か愉しんでいる声色はリトを苛立たせるには十分なもので、携帯を握る手に力がこもる。

 一方的に要求を突きつけ、電話を切る。苛立ちを抑えきれないリトが舌打ちをし、悔しげに携帯の画面を睨みつける。

 

「あの野郎…………!!」

 

「穏便に済む相手じゃなさそうだな。霊夢たちも動いてるはずなんだが」

 

 霊夢たちが何も手を打っていないとは考えにくい。校内で散らばって動いているようなので、今もどこかで動いていると思っていい。

 しかし現状は、完全に相手の思い通りに進んでいる。盲目的になって春菜を危険に晒すわけにもいかないので、とにかく救出を急ぐ必要があった。

 事態は一刻を争う。急いで部室へと向かおうとしたところで、再びリトの携帯が着信を知らせる。

 その画面には、先ほどと同じ非通知と表示されていた。

 

「…………佐清か?」

 

『今のはどういうつもりだ? こっちには、西連寺春菜という人質がいるんだ。妙な真似はしない方がいい。分かるだろう?』

 

「何の話だ。オレは、何もしてないぞ」

 

『とぼけるな。今、この通信機に連絡しただろ! イタズラのような! 意味の分からない内容で!!』

 

「はぁ…………?」

 

 電話の相手は佐清からだった。しかしその内容はリトに心当たりがなく、先ほどと違って向こうに余裕がないように思えた。

 リトが訝しげな表情を浮かべる。声にも表情と同じ感情がこもるが、向こうには届かなかった。

 

『何が、近くの駅にいるだ!? そんな子供騙しで、オレを脅せると本気で思っているのか!?』

 

「何だよ、駅って。オレはそんな連絡した覚えがないぞ」

 

 向こうはひどく興奮しているようで、リトの言う事を聞かずに通信を切った。一転して訳の分からない事を言い出した相手に、リトが困惑した様子を見せる。それでも足を進めながら、今の話について考えを巡らせる。

 

「なあ、時兎。今の話、聞こえてたか?」

 

「ああ、向こうの声がでかかったおかげでな。どうやら、うちの連中が来てるようだな」

 

「じゃあ佐清に連絡したのって、時兎の知り合いなのか?」

 

「だと思うぜ。他の婚約者候補なら、わざわざ回りくどい真似をして脅かす必要もないからな」

 

 仮に他の婚約者候補が現れて妨害をするにしても、佐清の言ったような脅かし方をする必要はない。何を言われたのかは正確なところまでは分からないが、駅にいるなどという文言が脅しになるとは思えない。

 その脅し文句を使い、宇宙人である相手を怯えさせられるとなると妖怪の類でしかない。そして妖怪となると、その文言を使う存在に心当たりがあった。

 

「来てるのは、メリーの類か放浪娘だろうな。こりゃあ、俺たちが何もしなくても解決しちまいそうだな」

 

「メリーの類って。もしかして、メリーさんか?」

 

「ああ、私メリーさん。でお馴染みのメリーだよ。あいつら、隠密のスペシャリストでもあるからな。背後から忍び寄ってズドン。ってのは、大の得意なんだよ」

 

 都市伝説でお馴染みのメリーさん。有名どころである彼女たちは、メリーさんという種族と呼んでも過言ではないくらいに数を増やしていた。

 そのうちの誰か。もしくは、彼女たちの真似をしている一体のさとり妖怪。誰が来ているにしても、戦力としては頼もしい限りだった。

 

「とはいえ、錯乱した野郎が西連寺に何をするか分かんねえからな。部室に急ぐか」

 

「そうだな。西連寺も不安がってるだろうし。早く救けないと」

 

 部室へと向かう足は自然と速くなり、次第に駆け足となる。後ろから教師の注意が聞こえるが、それを無視して走り続ける。

 やがて部室の入り口が見え、扉の前で止まる。

 中の様子を伺いながら、勢いよく扉を開いた。

 

「おりゃあぁっ!!」

 

「いい加減にしろ!! これが最後の警告だっ!! 気味の悪い連絡を続けるなら、西連寺春菜を二度と人前に出られないようにしてやるからなっ!!!」

 

「っ!! てめえっ!!!」

 

「なっ!? 結城リ、がっ!?」

 

 扉を開くと同時、聞こえてきたのは激怒する佐清の声だった。

 その内容はリトの怒りを買うには十分なもので、扉を開いた勢いで駆け寄り佐清を殴り倒した。顔面への見事な一撃。不意を突かれて避ける間もなく拳を受け、成人男性とは思えない軽さで殴り飛ばされた。

 殴り飛ばされた勢いでロッカーにぶつかり、上に積んであった荷物が降り注ぐ。荷物の山とその下敷きになったであろう、佐清の偽物。一部始終を見届けた有栖は、楽しそうに口笛を吹いた。

 

「〜〜♪ いいパンチだ」

 

「そ、そうだ! 西連寺!!」

 

「心配いらないわ。彼女なら、保健室で眠ってるから」

 

「え…………」

 

 目的を思い出したリトが、囚われている春菜に駆け寄る。触手状の生体メカに捕らわれて気を失っているように見えた彼女だが、リトが近付くと目を開いて自身の無事を告げる。

 思わぬ反応にリトが言葉を失う。そうしている間に春菜? は触手を引きちぎり、大きな柏手を一つ打った。

 すると春菜の全身から赤い札が舞い上がる。体全体を覆っていた札は部室中を舞い、彼女の手のひらに収まる。

 赤い札を手にした少女、霊夢がそこにいた。

 

「なるほど、最初からすり替わってたわけか」

 

「ええ、放っておく理由がないでしょ。耐性もないから、術にかけるのも簡単だったわ」

 

 授業中のあからさまな呼び出しなのもあって、その狙いに気付くのは難しくなかった。授業が終わると二人の後をつけながら、てきとうなところで術をかける。

 術に惑わされて道を逸れた春菜を、魔理沙と早苗が保護。春菜の姿となった霊夢が入れ替わり、鈴仙がバックアップを務めていた。

 クラスが違う妖夢は、自教室で留守番となっている。事情を知る唯への説明も任せ、これを機に便乗してくる輩が現れないか警戒してもらっていた。

 霊夢からの説明を聞き、有栖が納得する。と同時に、一人、説明に出てきていない事に気づく。それについて霊夢に問おうとしたが、その前に偽佐清の持っていた携帯端末を拾う。

 

「それより、博麗は無事なのか? 変な機械に捕まってたみたいだけど」

 

「大した事ないわ。あんなR15指定の触手なんて、可愛いもんよ。いつもは…………ごめん、聞かなかった事にしてちょうだい」

 

「? 分かった。無理はするなよ」

 

 霊夢が途中で言い淀む。

 滑りそうになった口を閉ざしただけ。それでもリトが疑問を抱くには十分だった。

 しかし自力で脱出したとはいえ、さっきまで捕まっていたのは事実。なら無理に聞かない方がいいだろうと考え、深くは追及しなかった。

 霊夢の安否が確認できたところで、リトが胸を撫で下ろす。お人よしとも言えるリトの反応に霊夢が肩を竦めていると、有栖が持つ携帯端末が着信を知らせる。

 応答ボタンを押して、耳に当てる。スピーカーから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。

 

『私、メリーさん。今、部室の前にいるの』

 

「…………こいし、そっちじゃない。そこはソフトテニスボール部だ。ここはテニス部。一つ隣だ」

 

『…………ふえ?』

 

 演技がかった声から、間の抜けた声へと変わる。部室の扉を開けて身を乗り出して周りを見渡すと、隣のソフトテニスボール部の扉前でスマートフォンを片手に佇んでいる古明地こいしの姿を見つけた。

 ちょいちょいと手招きしてやると、無表情なままに有栖の横を通り過ぎて背後に回る。

 

『私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』

 

「知ってる。見てたからな」

 

「………………忘れて?」

 

 繋がったままの通信機器からメリーさんの続きをしようとする、こいしの声が聞こえてくる。ただ悲しい事に有栖にこれ以上付き合う気はなかったので、そっけない返事を返した。

 焦ったこいしが有栖の前にやってくる。顔を覗き込んで上目遣いで懇願してくるこいしを前に、有栖は考え込む素振りを見せた。

 

「分かった。石碑に刻んだ後でな」

 

「やめてぇっ!!!」

 

 常に気を察知している有栖なので、こいしの気配は手に取るように分かる。不自然に意識が逸れる部分があるので、そこを重点的に探るようにすればこいしの能力に影響を受けない。

 有栖の答えを受け入れられず、正面から抱きつく事で抗議する。引き剥がすの面倒になった有栖は、こいしの好きにさせたまま部室の中に戻った。

 

「戻ったぞー」

 

「部室を間違えてたみたいね。来てたのは、妹メイドの方かしら?」

 

 メリーさんの都市伝説。その結末には様々なものがある。ホラー路線を守ったものから、笑い話となったものまで。その影響を強く受けているのか、メリーさんにも様々な種類がいる。

 霊夢があげたのもその一人で、押しかけメイド姉妹という謎の属性を与えられたメリーさんの一人だった。

 メリーさんの中で一番のドジっ子という不名誉な理由から、来ていたのがその末妹かの確認をとった。

 気持ちは分かる有栖なので、苦笑は浮かべながらも小さく首を横にする。

 

「来たのはこいしだ。結城、こいつが…………すまん、紹介はまた後でする」

 

 見えるかどうかはさておいて、ひとまずこいしを紹介しようとした有栖が口を閉ざす。そして入り口からリトへの動線を確保するように、有栖が半歩横にズレる。その瞬間、入り口から飛び込んだ影がリトに飛びついた。

 

「やっと見つけた────!! こんな所に隠れちゃって、も────────っ♡」

 

 ララに抱きつかれて転びそうになったリトだったが、なんとか踏みとどまる。しっかりと支えられたララが満面の笑みを浮かべていたが、リトの背後に広がる惨状を見て目を見開く。

 

「何これ!? リト、どうしたの!?」

 

「あー、これは、なんて言うか…………」

 

 返事に困ったリトが言葉を濁す。しばらく悩んだが、純粋に心配するララからの無垢な視線と霊夢たちの助言に従って何があったかを説明した。

 結局、説明に時間を割かれてしまい、手助けしてくれたメリーさんについては聞けなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。