偽佐清の一件は学校中が大騒ぎとなった。
関係者になりすました不審人物が校内に侵入。盗難などの被害こそ出ていないが、何日にもわたって敷地内を出入りしていたのだから当然と言える。
本物の佐清の行方を探す為にも、霊夢たちは侵入者が宇宙人という事を除いて学校に報告した。
偽佐清の行動を復帰した佐清のものと思われないようにする。という目的もあった。
報告を受けた教師は最初こそ訝しげに話を聞いていたが、一年生ながらに風紀委員として信用され始めている霊夢。事情を知ってやってくるなり、話を合わせたクラス委員である唯の証言。
そして午前の授業を最後に佐清の姿が見えないという理由から、学校を通じて警察に通報。警察が佐清の家に踏み込んだところ、意識を失って拘束されていた佐清を保護したと連絡があった。
おかげで騒ぎはより大きくなった。犯人も見つかっていない────実際はララが発明品で宇宙に送り返した────為、土日の間は生徒の立ち入りを禁止された。
おかげで有栖たちの手伝いをする予定も無くなった為、土曜日にするつもりだったララの街の案内を日曜日にずらした。日曜日の方が活気もあるだろうし、見る方も楽しいだろう。というのが理由だった。
そして日曜日。案内中にララの服が消えかけ、ランジェリーショップに駆け込んだ。その店内で春奈と遭遇し、ララの誘いもあって一緒に街を回る事になった。
途中で立ち寄った水族館で、ララが楽しそうに展示されている魚を見て回る。その姿を見て微笑ましそうにする春菜に、リトが申し訳なさそうに声をかける。
「西連寺、ワリーな。ララが無理やりこんな所に誘っちまって…………」
春菜は快く誘いを受けてはくれた。
しかしララに強引なところがあったのは否定できない。
予定はなかったと聞いたが気を遣われている気もしていた。
どこかに連絡をしていた様子はないので約束がなかったのは本当だろう。それでも何かを買おうとしていた可能性は否定できない。
また水族館への入場料も、春菜は自分で払っている。リトたちが持っていた割引券を使ったので、通常よりはチケット代も安く済んでいる。とはいえ、学生にとっては決して安いとはいえないお金を払わせてしまった。
本人は楽しんでいるようだが、それでこれとは別。誘ったララに代わって謝罪の言葉を口にした。
「あっ、んーん。私もこういう所、好きだから」
「そ、そっか。なら、よかった」
好意的な返事にリトが胸を撫で下ろす。表情から見ても、その言葉に嘘はないだろう。
罵詈雑言とまではいかなくても、多少の愚痴や小言は覚悟していた。非常識よ!! くらい言われても仕方ないとは思っている。
後ろめたい気持ちを誤魔化すように、乾いた笑みを浮かべた。
「…………私の方こそ、ごめんね。私、結城くんたちの邪魔しちゃったんじゃない…………?」
「いや、そもそも誘ったのはララだし。今日の予定も遊んで回るだけだから、邪魔も何もないっていうか…………」
俯き気味に謝り始めた春菜に、リトが困惑しながらもその言葉を否定する。
思い詰めている様子で、ただ誘いに乗った事を気にしているだけには見えなかった。
悩みでもあるのだろうか? そう考えるも、この場で聞くほど無神経ではない。なんとか話題を逸せないだろうかと考え始めたところで、遠慮がちに春菜が問いかける。
「…………ホントに?」
「あ、ああ。それに、こーゆートコは大勢の方が楽しいだろ? クラスの誰かと会うかもとか、出かける前に話してたし」
有栖や魔理沙あたりなら、そこら辺から顔を出しそうだなと出発前に話していた。
空間に穴を空けて出てくる紫のような存在とも知り合ってしまった以上、地面から出てこようと納得してしまいそうだった。
「そっか。なら、よかった」
「………………」
気持ちは伝わったようで、春菜が穏やかな表情となる。その表情に気恥ずかしくなったリトは、顔を赤くして言葉を詰まらせた。
小中高と共学に通っているので、女子が笑っている姿は何度も見ている。正面から向き合ってという経験はないが、教室などで友人と話している時に視界の隅に映る事は多々ある。
そんな時でも意識していないのもあるが、今のような反応をする事はなかった。純情クンと揶揄われはするものの、女子が笑っているのを見ても平然としていられた。
それもララが来てから変わり始めている。
正面から満面の笑みを見る機会で増えた。
向かい合っての心からの笑みは、リトの心を激しく揺さぶるには十分なものだった。
「これはひょっとして…………」
少し離れた位置から二人の様子を見ていた美柑が呟く。推測の域を出ていないが、春菜の言動からその心情を読んでいた。
春菜がリトが中学の時のクラスメイトという話は聞いている。しかしそれだけの関係というには、リトを見る目に熱がこもっているように見える。
自分が邪魔になっていないかと聞いて浮かべた表情もそうだ。
ただの気遣いからの質問をした後に浮かべる表情ではなかった。
一度、二人きりにして様子を見たい。そう考えた美柑の望みは幸いな事にすぐに叶った。
「リトー、たいへん! しじみがいないよ」
「んなもん水族館にいるかっ!!」
慌てた様子で戻って来たララにリトは反射的に突っ込んでいた。その後もアジやサンマの居場所について尋ねるララに、リトが何かを言いかけて頭を抱えた。
「…………そういや、晩メシのおかずくらいしか知らなかったな」
気恥ずかしさはあったが、ララとの会話で頭は冷えていた。おかげでララの地球の魚に関する知識が、夕飯に出てきたおかずに関するものしかなかった事に思い至った。
図鑑か何かで予習させるべきだったかと、若干の後悔を覚える。今日は人が少ないのもあってあまり目立っていないが、大勢の前でこんな事を言えばそうもいかないだろう。
次に動物園などに行く時には予習は必須となった。
ララに対する注意事項が一つ増えている間に、ペンギンコーナーの案内を見つけたララが駆けて行ってしまう。
これをチャンスと見た美柑が後を追い、リトと春菜にゆっくり来るようにとだけ言い残して行った。
「美柑がついてるなら、大丈夫か」
ララが迷子になる懸念もあったが、美柑がついてるならと考え直す。二人の後を追うか近くの水槽を見て回るか。
心配事がなくなったリトは、ひとまず春菜の意見を訊こうとして言葉を失う。
頬を紅潮させ、はにかんだ表情。続け様に異性の見慣れない表情を間近で見たリトは、驚きと緊張から身をこわばらせてしまった。
────なんで変に意識してんだオレ!? 西連寺はただ、嬉しいから笑ってるだけだろーが!!
その嬉しい理由が肝心なのだが、春奈と友人と言えるような関係となってから一ヶ月も経っていない。その心情を推しはかれる程、リトは聡くなかった。
緊張を唾と共に飲み込む。短く息を吐いて呼吸を整えた。
「これから、どうする? ララの事は、美柑に任せれば大丈夫だろうから、ゆっくり見て回れると思うぜ」
「…………それなら、もう少し見て回りたいな。ここ、珍しい魚もいるみたいだから」
「わ、分かった。なら、その珍しい魚を探さないとな」
春菜の希望を聞き、珍しい魚がいるという水槽を探そうと振り返る。目的の魚がどこにいるかは分からないが、珍しいというならそれなりに目立つ位置に水槽がありそうだった。
ひとまず歩き回ろうと足を踏み出す。同時に左腕の裾が掴まれている事に気付いて動きを止める。
「えっと、先に休憩するか?」
振り返ると、春菜が裾を掴んで立っていた。
先ほどとは打って変わって心ここに在らずといった表情。疲れたのかと思い休憩を提案すると、自分がしている事に気付いた春菜が慌てて手を離す。
「ゴ、ゴメンなさい! 私、どうしても結城くんに言いたい事があって…………」
「え?」
「その、この前の事…………」
「ひょっとして、佐清の偽物の事か?」
リトの問いに春菜は静かに頷いた。
学校への報告は霊夢たちが済ませているが、クラスメイトにはリトが関わっていると知られている。春菜に関する話を女子から聞いた後、慌てた様子で教室を出て行った。
その直後に偽佐清の騒ぎが起こった。
明言こそされていないが、この件にリトが関わっているのは明らかだった。
「里紗たちから、聞いたの。結城くんが助けようとしてくれたって」
「オレは何もしてないよ。助けたのは博麗たちだし」
「それでも、お礼を言わせてほしいの。助けようとしてくれたのは、嬉しかったから」
実際は犯人を殴り倒し、捕縛に一役買っているのだがそこは伏せておく。春菜の救出に限定すれば役に立っていないのも事実なので、お礼を言われるのは変な気分だった。
春菜が納得しているならと、深く考えないようにする。彼女の性格を考えれば、不思議な事でもなかった。
「だから、ありがとう。結城くん」
「…………それじゃあ、どういたしまして」
なんて事のない返事。それを聞いた春菜が柔らかな笑みを浮かべた。
ようやく言えた。安堵と喜びから来る心からの笑み。誰に向けたわけでもなく自然と溢れたそれは、リトが見惚れるには十分なものだった。
僅かな沈黙の後、見惚れていた自分に気付いて視線を横に逸らす。
────ララが来てから、こういう事も増えたよな。
気を紛らわそうとそんな事を考える。とはいえ、それは事実でもあった。
ララが来てから、異性の純粋な笑みに触れる機会が増えた。回数で言えばララがダントツで多いが、春菜の笑顔を見る機会も多くなっている。
ララが来る前から親交のある唯は、その性格のせいかあまり笑っているところを見た事がない。
そして早苗たちについては笑顔こそ何度か見ているが、なぜか同列に扱うのは憚られた。笑顔の裏に邪な感情を抱えているように見えるのは、多分気のせいだろう。
『クエ────ッ!?』
「な、なんだ!?」
雄叫びのような鳴き声が耳に届き、リトが慌てて振り返る。見れば空を飛ぶペンギンという常識外の光景と、それを木刀で迎え撃つ見覚えのある人物がいた。
群れを成して泳いでいるかのように空を飛ぶペンギン。四方八方から飛びかかるそれを滑るような足取りで避け、顔周りを掠らせるように木刀を振るう。
それだけでペンギンは意識を失い、少しずつその数を減らしていった。
そして最後の一羽が地面に倒れると、木刀を振るっていた人物。妖夢が近くの職員に告げる。
「軽い脳震盪です。少しすれば、気がつくでしょう」
ペンギン離れした動きをした以上、反動もそれなりにあるだろう。それでも軽く診たところ、命に別状はないようだった。
妖夢から話を聞いた職員が、ペンギンを運ぶ為の準備を進める。ペンギンに触らないように周りの客に注意しつつ、他の職員と連携してペンギンを元の場所に運んでいった。
「あの子たち、もう寝ちゃったの?」
運ばれていくペンギンを不思議そうに眺めながら、ララが戻ってきた。合流したララが開口一番に発した言葉は、リトが疑念を抱くには十分なものだった。
「まさかとは思うけど。ペンギンがああなったのって、お前の仕業か?」
「うん! あの子たち、動きが鈍いから。これ上げてみたの! 一粒で元気100倍♡デビルーク戦士の秘薬『バーサーカーDX』!!」
「何やってんだ────!!!」
ララが自慢げに赤い丸薬を取り出す。ビー玉ほどの大きさに凶悪な顔が描かれた丸薬。薬としてはなかなかに凝ったデザインのそれを見て、リトが今日一番の叫びを上げた。
何から怒るべきかと考え、頭を抱える。一つだけ言えるのは、しばらくはこの水族館に近づかない方が良さそうだという事だけだった。
「騒がしいから様子を見に来たら、ララさんがいたのね。この騒ぎも、彼女が原因なのかしら?」
「古手川さん」
春菜が怒っているリトを寂しげに眺めていると、やって来た唯がララを見て少しばかり顔を顰める。
思わぬ遭遇に春菜は質問に答えず、ララに視線を向けた。春菜も理解しきれているわけではないが、リトが怒っている事からララが関わっているのは漠然と理解していた。
その視線を肯定と受け取ったのか、唯は苛立ちを隠す事なくララとリトを睨みつけた。
「ララさんもだけど、彼女を一人にするなんて結城くんは何を考えてるのかしら…………」
「確か、美柑ちゃん。えっと、結城くんの妹さんが一緒だったはずなんだけど。はぐれたのかな…………?」
不思議に思い周りを見渡す。すると妖夢と一緒にこちらにやって来る美柑の姿を見つけた。
ここに来る時も思ったが、やはり彼女のコミュニケーション能力は高い。以前からの知り合いかもしれないが、既に妖夢と打ち解けたようだった。
美柑が戻って来たところで、リトもひとまず怒りを抑える。途中でララを見失ったという言葉を信じ、それ以上は何も言わなかった。
思わぬ形で合流した唯と妖夢。似たような流れをさっきも見たリトは、この後にララが何を言い出すのか手に取るように分かった。
しかしララが二人を誘う前に、妖夢が腕時計に視線を落としていた視線を上げた。
「みなさん昼食はもう済んでいるのですか? 私たちはこれから『夜童子』に向かうところなのですが、よければ一緒にどうでしょうか?」
「行きたい!!」
妖夢の提案にララが二つ返事で了承する。水族館を出たら昼食の予定だったので、最適なタイミングだった。
以前に話を聞いていた美柑も興味を示した事で、肯定的な反応を見せる。反対する意見も出なかったので、六人で夜童子に向かう事となった。