東方災愛録   作:乾き塩

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適材適所

 

 降り頻るにわか雨。雷は無く、雨の音が廊下に響いていた。階段を登りきった籾岡里紗と沢田未央は、窓の外へと視線を向けて歩み寄った。

 

「さっきより、酷くなってる。これ、ホントに止むの?」

 

「どうだろ? でも、この雨の中を帰りたくはないよねー」

 

「あんた達、何やってんのよ? 早く来なさい」

 

 雨に気を取られる二人を霊夢が呼ぶ。返事をした二人は軽い足取りで霊夢の元に向かった。

 天気予報にもなかった突然の雨で、テニス部は休み。傘も持っていないとなると、校内に留まるしかなかった。

 これ幸いとばかりに、里紗と未央はある疑問を解消する事にした。朝のホームルーム前。そして昼休みの間、忙しそうにしていた霊夢たち。

 その理由を尋ねたところ、新しく立ち上げるという部活の話を聞いて招待までされた。

 部室の場所を聞いて最初は首を傾げたものの、記憶違いとして受け入れた。そうして霊夢たちに案内され、目的地であるTRPG部の部室へと辿り着いた。

 

 部室の様子はララを案内した時とそう変わらない。本棚に各種TRPGのルールブックや、サプリが詰め込まれてるくらいだ。

 もっとも同じ本でも全員で同時に使えるよう、最低でも三冊は揃っている。多いものだと同じ本が十冊並び、本棚を埋め尽くしていた。

 そんな本棚の前で、背表紙を面白そうに眺めるララの姿があった。地球の文字はまだまだ勉強中で、読めない字の方が多い。それでも初めて来た時と違う雰囲気は、ララを楽しませるには十分だった。

 

「ぞろぞろ、がーでん? 面白そう! 早苗! これやろーよ!!」

 

「栄枯浪漫TRPG…………なんだか難しそう」

 

 手近な本を手に取り、中を見ていたララが一つのゲームに目をつける。ララが持つ本を横から覗き見た春菜は、その前に書かれている字を見て萎縮してしまう。

 そして呼ばれた早苗は口の中にあった緑茶を吹き出し、湯呑みを放り投げてララに飛びかかった。

 

「なんてものを選んでるんですか!? 人生最初のTRPGがぞろぞろガーデンなんて、ルナティックどころかインポッシブルですよ!!!!」

 

「えー。面白そうなのにー」

 

「東風谷さんもこう言ってるし、今日は別のにしよ? 慣れてきたら、きっと遊ばせてもらえるだろうから。ね?」

 

「…………分かった」

 

 ララは不満そうだったが、春菜のフォローもあって諦めた。

 その様子を畳の上から眺めていたリトは、早苗が必死に止める理由が分からなかった。春菜の言うように、難しいのだろうか? 胸の内に湧いた疑問を、隣に座る有栖へと向けた。

 

「西連寺も言ってたけど。ララが選んだゲームって、そんなに難しいのか?」

 

「難しいつーか、ルールが独特なんだよ。他のゲームは明確なゴールがあるのに対して、あれはプレイヤーが満足した時点で終了だからな。初心者が遊ぶには向いてないんだよ」

 

 熟達のTRPGプレイヤーでも、苦戦は必至という情報はあえて伏せられる。その時のお楽しみに、取っておくつもりだった。

 疑う理由もない為、リトも納得した様子を見せる。とにかく、最後の来訪者も来た事で部活動開始。とはならず、ショコラが運んできた甘夏とチョコのパウンドケーキに目を奪われていた。

 

「向こうは、もう少しかかりそうだな」

 

「そうね。女の子は、スイーツトークだけでご飯三杯はいけるから」

 

「で、誘惑に耐えられずデザートも食うわけか。デブるな」

 

「青春らしくていいじゃない。私も若い頃は…………」

 

「見た目幼女が何言ってんだ」

 

 幼女体型の小悪魔、通称ココアの発言に呆れる。

 話を聞いていたリトも、ココアの発言には驚いていた。ミスティアや────(夜童子の誰か)も実年齢よりも若く見える。

 それでもここにいるココアは、それ以上に若く見える。いくら見た目と実年齢が乖離しているとはいえ、ここまで差がある人物がいるとは思っていなかった。

 

「驚いてるところ悪いが、お前が昨日会った阿求。あいつ、諸々を足したら千歳は超えるからな」

 

「せんっ!? ってあの子、人間だって聞いたぞ!!」

 

「ああ、純粋な人間だ。ただただ転生を繰り返してるだけのな」

 

 昨日、水族館で唯たちと合流したリトは、夜童子で新たな出会いを得ていた。

 昼を過ぎたとあって客足はまばらだったが、そのおかげで美柑の同級生である稗田阿求と本居小鈴に出会った。阿求の噂を以前から聞いていた美柑は、思わぬ遭遇に驚きながらもすぐに二人と打ち解けた。

 妙齢の女性に見える店員からは、阿求と小鈴が人間だと聞いた。リトから聞いたわけではなかったが、兄妹という事で気を遣われたのかもしれない。

 だからこそ、驚きは大きい。吸血鬼や妖怪が実在すると聞いた時以上の衝撃だった。

 

「美柑が聞いたら…………目を輝かせるだろうな」

 

「宇宙人の存在を受け入れてる時点で、今更だろ。それに妖夢から聞いたが、結城もなんだかんだで楽しんでたんだろ?」

 

「美柑の学校の様子は、初めて聞いたからな。男子に人気があるとか、知らなかったし」

 

 クラスが違う阿求が知っているのは、美柑に関する噂くらいだった。しかし別のクラスの女子である阿求の耳に届くくらいには、美柑が好意を寄せられている証拠でもあった。

 そして逆もまた然りで、美柑の耳にも阿求が複数の男子から告白されているという噂が届いていた。

 共通の話題で盛り上がる二人に、自然な形でリトも巻き込まれていた。今思えばきっかけは阿求で、あの話術も年の功と考えれば納得もできた。

 

「明るく家庭的な結城の妹。浮世離れした年不相応な色気を纏う阿求。人気を二分するには、十分だな」

 

「そーゆーものか?」

 

「そーゆーもんだよ。一応、気をつけておけよ。ストーカーまがいのクソガキが、出ないとも限らないからな」

 

「ストーカーって、相手は小学生だぞ」

 

「歳なんて関係ねえよ。悪事と知りながらも、自分の欲を優先して動く。そこに大人も子供もありゃしねえよ」

 

 第一級不審人物(校長)が身近にいる以上、油断ならない。大丈夫だとは思いたいが、忠告は必要そうではあった。

 考えながらもリトは頷いた。美柑に何かあってからでは遅いし、もう少し周りに気をつけるくらいはしてもいいかと考えていた。

 

「小学生の恋愛模様で盛り上がるのは構わないけど、そういう自分たちはどうなの? 恋愛となれば、むしろ高校生向きの話題でしょ」

 

「俺はパス。まともな恋愛とか、できる環境じゃないしな」

 

「オレも、そういうのはまだ分からないな。そういえば、自分の事は考えてなかったな」

 

 ララの期待に応えられるようにする。その気持ちは変わらないし、リトなりに考えて行動はしている。しかし気にしていたのは性格や言動に関してのみで、自分の気持ちについては考えていなかった。

 ララの気持ちに応えるなら、友人以上の好意は持っておく必要があるのだろうか? 男避けとしては本末転倒な気もするが、万が一にもララが心変わりしなかった場合についても備える必要があった。

 

 ────…………いや、備えてどうにかなる話なのか? 

 

 好意の操作が不可能なのは、リトでも分かる事だ。それが自分から相手への好意となれば、尚更だ。意識してどうにかなるものではなく、何か手を加えられるものでもない。

 ここに来て、思わぬ課題が浮き彫りとなった。

 

「なによそれ。どっちも女の子に囲まれているハーレム野郎にも関わらず、恋愛には興味ないわけ? 思春期男子なら、もっとガツガツ行きなさいよ」

 

 ココアが目に見えて落胆する。

 小は付くものの、彼女も悪魔の端くれ。人の欲望を好ましく思っている。

 サキュバスのような色欲専門ではないが、思春期の男子から最も多く得られはずの欲が得られないというのは不満しかなかった。

 もっともリトの前なので、これでも表現は控えている。この部屋に前世持ちしかいなかったのなら、服をずらして肩や胸を露出させるくらいはしていた。

 不満を口にしても、二人の反応は芳しくない。その事にココアは唇を尖らせた。

 

「ならせめて、食欲で私を満たしなさいよ〜。ほら、追加の茶菓子」

 

「まだこっちのも残ってるんだが?」

 

 カタン! と音を立てて、皿をちゃぶ台の上に乗せる。その上には、切り分けられたバームクーヘンとドーナッツが並んでいた。

 最初に出てきた煎餅とあられも残っている。残ったら、また棚に戻せばいいと深く考えずにドーナッツを手に取った。

 

「で、どうだったよ、商店街は? 夜童子以外にも、行ってきたんだろ」

 

「なんて言うか、普通? その、悪い意味じゃなくてだな。妖怪や幽霊の店と言っても、人間の店とそう変わらないんだなって」

 

 初めて訪れた春菜や美柑はもちろん、二回目となるリト。そして一晩過ごしたとはいえ、夜童子やRegenbogen周辺しか知らないララ。

 夜童子での食事の後、第二彩南商店街を見て回ろうとなるのは自然な流れだった。

 妖夢と唯の案内で、商店街を回った。Regenbogenで美柑にぬいぐるみを買ったり、人生初のライブハウスを訪れたりもした。馴染みのある彩南商店街にない店や施設も多かったが、思っていたような常識から乖離したようなものはなかった。

 

 もっとも人間の寿命を軽く超えるだけの時間を費やしているので、商品や演奏の質はリトが知る中でも最高のものばかりだった。

 特にRegenbogenの服は、母親が一目で気に入りそうだった。折を見て何着か送ってみようかと考えてもいた。服を気に入れば、帰国するかもしれない。

 そうなれば苦労をかけている美柑への労いにもなるかもしれないと、少しずつ準備を始めようとしていた。

 

「妖怪や神と言っても、衣食の感性はそう変わらないのが多いからな。基本的に、人間と変わらねえよ。娯楽もまた然りだ。もっとも変なTシャツを好き好んで着てる神とかもいるから、好き嫌いっつーか、センスに個人差があるのも一緒だな」

 

 住処に関してはそうでもないが。と一言を添える。森の中を放浪していたり、湖の中に住んでいる妖怪もいるので、これだけは言っておく必要があった。

 衣食に関してはそう変わらない。それは今も実感しているところだった。ココアが用意してくれた茶菓子は、秋冬春夏とは別の店で買ったと聞いた。そこも第二彩南商店街の店らしいが、リトが食べても美味しいと思える出来となっている。

 なんとも不思議な感覚だが、宇宙人であるララが地球の食事を気に入ったのだからと納得していた。

 

「確か、鈴仙や魂魄は妖怪じゃないんだよな?」

 

「純粋な人間でもないけどな。そういや、結城の身近にいる妖怪って俺くらいか。俺も先祖帰りしてるだけで、本物とは言えないけど」

 

 宇宙人、半人半霊、玉兎、インキュバスの先祖返り。

 リトの日常の中で妖怪と呼べる存在は、有栖を含めて身の回りにはいなかった。少し範囲を広げるなら、第二彩南商店街も含まれる。しかしあそこを訪れたのは、昨日を含めて二回だけ。

 日常と呼ぶには少し遠い位置にあった。

 

「種族の違いが気になるのは、いい傾向かもな。どれだけ似てても、細かな体質とかは違うんだ。地球人にとってはただのジュースでも、ララにとっては毒になりうる。もちろん、その逆の可能性も潜んでる。くれぐれも、宇宙産の何かを出されても、そのまま口にするような真似はするなよ」

 

「そういうのもあるのか。考えた事もなかったな…………」

 

「気になるなら、いい医者紹介してやるよ。ララのアレルギー反応とかも、念の為に調べておきたいしな」

 

 何かあったときのフォローは必要だと感じていた。本当は保険医である御門涼子に頼るのが確実なのだろうが、現状は接点がない以上、八意永琳に頼るのが最短の道だった。

 本人の預かり知らぬところで、ララを病院に連れて行く計画が立てられる。早い方がいいという話となり、プールでの授業が始まる前に一度連れて行く事になった。

 食事、生活環境などの体質の違い。考えもしなかった問題に、リトは話題の中心であるララに目を向けていた。

 

 今まで漠然としか認識していなかった種族の違い。大きく分けても、人間、宇宙人、妖怪の三つの種族とリトは接触している。

 他にも神の存在も聞いているが、直接の面識はない。

 自分を取り巻く環境が変わった以上、考える事も変わってくる。ララへの気持ちや、体質の違い。この短い間だけで、二つも考える事があると気付いた。

 見て、考えて、相談する。

 自分とは異なる視点を持つ友人を前に、リトは自然とその必要性を感じていた。

 

 リトが見つめる中、ララ達にも動きがあった。

 ようやくスイーツ談義が落ち着き始めたらしく、向こうはキャラメイクの準備を始めていた。ルールブックを手にした早苗が、手を振って有栖たちを呼んでいる。

 ようやく終わったか。と、呟いた有栖がちゃぶ台の皿を手にして立ち上がる。

 菓子がほとんど減っていない皿。その全てを向こうに任せるつもりらしく、それを察したリトは苦笑する。同時に、有栖の言葉を思い出していた。

 

「適材適所、か…………」

 

 その時は、荒事を引き受けるとして口にした言葉。しかし今は、別の意味も含んでいたように思えていた。

 

 

 

 

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