東方災愛録   作:乾き塩

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気付いてないみたい

 

 リトたちの初めてのTRPGから、早一ヶ月。それぞれの事情が重なってまだ一回しかセッションはしていないが、その一回は春菜にとって強烈な衝撃を与えていた。

 その影響は未だに冷め止まず、一人でいる時にふと思い出して顔を赤くしていた。

 

 ────な、名前で呼んじゃった…………

 

 ラストネームはともかく、ファーストネームは本名と同じにした方がいい。初心者向けのアドバイスとしてそう教わった春菜たちは、PCの名前を自分たちと同じ名前にしていた。

 キャラクターシートにはカタカナでの表記となるが、実際に口に出して呼ぶ分には違いはない。その結果リトを名前で呼び、リトから名前で呼ばれるという、親しい男女関係にいるかのような気分を味わっていた。

 

 もっとも、良い事ばかりでもなかった。キャラクターの経歴を決めるダイスを振ったところ、リトと未央のPCが主従関係となってしまった。

 リトを主人とした関係は二人が幼馴染というものとなり、更には小さい頃に結婚の約束までした。という設定まで生えてきた。

 成長するに伴って互いの立場を理解し、その約束も有耶無耶なものとなった。が、忌子として疎まれていた家からリトのPCが逃げ出す際、未央のPCも共についてきたという設定だ。

 設定だけ見れば、明らかに従者としての感情以上の何かを抱えている未央のPC。二人の関係がどうなるかは、それぞれのロールプレイとGMの判断に委ねられていた。

 

 当然、ララは抗議するし、春菜も内心慌てふためいていた。そして腹を抱えて大笑いする有栖に、生まれて初めてとも言える黒い感情が顔を覗かせた。

 

 ────あれはゲーム、あれはゲーム、あれはゲーム…………

 

 リトの前でも自然に振る舞えるように、自分に言い聞かせる。

 リトを名前で呼びたいという願望。それがゲームのロールプレイ中とはいえ、叶ってしまった。

 ララに遠慮してはいるものの、リトとの距離を縮めたいという望みは変わらない。おかげで気を抜くと、リトを名前で呼びそうになる事が多々あった。

 

 気持ちが落ち着いたところで、家を出る。いつもの道を通り、高校へと向かう。残念ながらこの日は、道中でリトと遭遇する事はなかった。

 校舎に到着し、靴を履き替えて教室へと向かう。その途中で、春菜が足を止めた。

 

 ────結城くんと…………古手川さん? 

 

 教室の前ではリトと有栖。そして唯の三人が話し合っていた。リトと唯の表情はどこか真剣で、有栖も瞑目して何かを考え込んでいるようだった。

 何かあったのだろうか。リトへの感情抜きに気になった春菜は、教室へ入る事なく三人に声をかけた。

 三人が挨拶を返した後、何があったのかを尋ねる。話すのを躊躇っていたリトだったが、有栖に促されて説明を始めた。

 

「怪しい奴を見かけてさ。フード付きの黒いジャージに、マスクとサングラスを付けてララを盗撮してたんだよ。こっちの方に逃げたみたいなんだけど。西連寺はこの辺りで、怪しい奴を見かけなかったか?」

 

「…………ごめんなさい。多分、見てないと思う。そんな人がいれば、印象に残るはずだから」

 

 今日を含めここ最近の記憶を引っ張り出すが、それらしい人物は見かけていなかった。

 気温も上がっている中、季節感を見失っている相手を見れば嫌でも記憶に残る。それが物陰に隠れてコソコソと動いていれば、尚更だった。

 春菜の謝罪に対し、唯が首を横に振る。

 

「西連寺さんが謝る必要はないわ。悪いのは、盗撮なんてしてる犯人よ」

 

「違いねえ。けど相手は、姿を見られる間抜けな野郎だ。今日中にでも、捕まるだろうよ」

 

 唯が犯人へと憤り、有栖が不敵な笑みを浮かべる。とはいえ有栖の言葉には何の根拠もない。

 春菜の不安を取り除くには足りなかった。

 視線を教室へと向ける。教室からララの話し声が聞こえる。その声はいつもと変わらないようだが、盗撮の被害に遭ったばかり。不安に思っていても不思議ではなかった。

 

「ララさん大丈夫かな…………?」

 

「それについては、心配いらないわ。ララさん、事の重大さに気付いてないみたいだから」

 

「転校初日に写真を撮らせた事もあるから、その延長にしか思ってないらしい。博麗たちが話を聞いてるけど、楽しそうにしてたよ」

 

 ララに危機感を持ってもらうのは、無理かもしれない。天真爛漫あるいは能天気な性格。好意的な相手なら、直接的な被害を受けても笑って流してしまいそうだった。

 

 今回の犯人も、宇宙人かどうかの判別もついていない。ララの婚約者候補ならともかく、地球人が犯人ならララが危機感を抱く事はないだろう。

 適材適所。相手が地球人なら、今回は自分の番だと気合を入れる。

 

「とりあえず、ララの周りには注意しておく。盗撮犯が、校内にいないとも限らないし」

 

「確か犯人は、ララの名前を知ってたんだよな。なら、彩南高校の関係者の可能性が高いか。ファーストネームはともかく、ミドルネームやラストネームを名乗ったのは高校くらいだろ?」

 

 有栖の確認に、リトが目を見開きながら頷いた。犯人が去り際に、ララのフルネームを呟いていたのを聞き取っている。

 美柑や父親。そしてリトと出会った時も、ララは自分の名前だけを伝えている。その後、話の流れでフルネームを名乗りはした。

 しかし家や父親の仕事場以外でフルネームを伝えたのは、形式的な挨拶となる高校くらいだった。

 

 そうなると、犯人の正体については候補が絞られる。彩南高校に出入りしている。もしくはここの情報を手に入れられる人物。そして春菜がいるので口には出さないが、ララの婚約者候補の可能性もある。

 いずれにせよ、校内での警戒も必要そうではあった。

 

「校内の人間と言っても、あまり数は絞れないわね。確かララさんのファンクラブもあるって、聞いた事があるのだけど」

 

「そうなると、十数人。もしかすると、数十人は候補がいるんだよね。この中から探すのは、やっぱり難しそう」

 

 校内の人間に限定したところで、容疑者は両手の指で数えられないほどにいる。単純にララのファンである男子生徒だけでも、その特定は困難を極める。

 加えて有栖の頭の中には、そのファンに写真を売りつける商売人気質の生徒。そして嫌な考えではあるが、目立つララに対する嫌がらせを目的とした連中の存在も思い浮かんでいた。

 

 それをしそうなネームドキャラの内、一人はまだ登場すらしていない。もう一人も目立った動きはしていないと、彼女の自称友人から報告が上がっている。

 それ以外の生徒もララに対して悪意を向けている様子はなく、思い浮かびはしたものの今回の件には無縁。

 

 原作との相違を警戒していた有栖だったが、その必要はなさそうだった。

 

「と、引き留めて悪いな。俺はもう少し、ここで見張っとくから。お前らは先に教室に戻ってくれ」

 

「私は、もう少し残るわ。妖夢さん達も、まだ戻っていないし」

 

 話を聞いた妖夢は、校内の見回りに出ていた。鈴仙と二人で回り、更衣室やトイレなどにカメラが仕掛けられていないか確認して回っている。

 

 妖夢と鈴仙が二人っきりでトイレや更衣室を回る。唯はそれをただの見回りだと思っているようだが、有栖には不安しかなかった。

 二人の動きを、気で探るような真似はあえてしない。妖夢と付き合いの長い唯だが、妖夢をはじめとする前世持ちの爛れた一面は全く知らない。

 だからこそ見回りに出る前の妖夢と鈴仙が、上気したように頬を赤くしていたのに気付いていなかった。

 下手すると、ホームルームまで戻らないかもしれない。そう考えている有栖に見送られながら、春菜はリトと共に教室に入った。

 

 聞いていた通り、教室の中には霊夢たちと話しているララの姿があった。今朝の出来事について話を聞いているはずなのだが、霊夢が呆れているのを見ると上手くいっていないようだった。

 リトが教室に入ったのを見ると、ララの興味はそっちへと移った。もはや事情を聞き出すのは難しく、魔理沙が肩を竦めていた。

 ララに引きずられていくリトが手を振り、春菜も小さく手を振る。そのタイミングで里紗と未央が声をかける。

 

「おはよ。珍しく遅かったけど、何かあったの?」

 

「うん。ちょっと、ね…………」

 

 春菜が口籠る。

 当事者が教室で話していたとはいえ、軽々しく口にするような真似はしたくなかった。本人は気にしていないとしても、ララは被害者で犯人がどこかにいる。事情を知っているだけの春菜が、無責任に情報を流す訳にはいかない。

 こういった状況に不慣れな春菜だが、彼女なりに最善の行動を選ぼうとしている。ララに変な噂が立たず、不安を煽るような事もない。二人は気を悪くするかもしれないが、ここは沈黙が最適に思えた。

 しかし状況に不慣れである為に、無意識に仕草に現れてもいた。口ごもりながらも、ララに向けられた視線。一緒に入ってきたのがリトという情報も合わせれば、春菜が口を閉ざした理由を察するのは難しくない。

 

「ひょっとして、ララちぃが盗撮されたって話? 春菜も何か訊かれたんだ」

 

「…………結城くん達が話してるところに声をかけて、そのまま流れで話をしたの。二人も、犯人について訊かれた?」

 

 里紗からの問いかけに、春菜は少しばかり悩んで頷いた。周囲に、自分たちの話を聞いている生徒はいない。そして二人も知っているならと、頷いて事の経緯を説明する。ただ霊夢たちが悪戯に言いふらすわけもないという考えもあり、二人にも何か心当たりがあるのだろうかと確認をとる。

 盗撮について、春菜は今日初めて聞いた。里紗たちが被害に遭った。もしくは目撃したというのも、聞いた事がない。とはいえ手がかりになる情報は、持っているのかもしれない。

 気になった春菜は、リト達の力になりたい一心で尋ねる事にした。

 

「まあね。自分で言うのもなんだけど、私ら結構目立つ方だし。そういうのに狙われやすいんじゃないか、ってね」

 

「付き合いも広いしね。噂とかは、それなりに詳しいつもりだし」

 

「それじゃあ、何か知ってるの?」

 

「それが全然。男子から、見られてるなーって時はあるけど。盗撮まではさすがにね」

 

「それらしい話も、全然聞かないんだよね。いつもカメラを持ち歩いてたら、それだけで噂になりそうなんだけど」

 

 盗撮については、里紗と未央も今日初めて聞いた。そこまで意識してなかったのもある。それでも以前から行われていたのなら、犯人は相当に隠すのが上手いと言える。

 今まで上手く隠し通していた厄介な犯人。もしくは今日が初犯の間抜けな犯人。今までの犯罪歴で評価が分かれそうだった。

 

 春菜が知らない噂も、どこかから仕入れて話題にする二人。その二人が知らないとなると、他のクラスメイトから情報を得るのは難しいだろう。唯も知らないと言っていたので、もしかしたら一年には情報が回ってきていないのかもしれない。

 

 上級生なら何か知っているかもしれないが、親しい上級生もいない。春菜が関わりを持つ上級生は、テニス部の先輩かクラス委員会で見かける顔だけは知っている二、三年生くらい。

 どれも親しい相手ではないので、わざわざ教室を訪ねるのはハードルが高かった。

 

「なんにせよ、これからはもっと注意しないとね。今日からプールの授業もあるわけだし」

 

「魂魄さんたちが調べてるらしいから、そっちは大丈夫らしいよ。なんで大丈夫なのかは、分からないんだけど…………」

 

 有栖たちとの別れ際に、妖夢たちが調べて回っているというのは聞いている。

 春菜を安心させる為に言ったのだろうが、その関連性が分からなかった。剣術の心得があるという妖夢は分かる。怪しい人物を見つければ、そのまま捕まえるつもりなのだろう。

 しかし隠されたカメラの発見とはどうしても結びつかず、首をかしげていた。

 

 妖夢と鈴仙が見回りに出ているというのは、里紗と未央にとっては初耳だった。ただそれとは別に鈴仙に関する話を覚えていた未央は、そういえばと話を切り出した。

 

「鈴仙さんって、機械とか探すの得意なんだって。カメラだけじゃなくて、携帯とかテレビのリモコンとか。よく頼まれるらしいよ」

 

 失くし物とあえて隠している物を探すのは、似ているようで大きく異なる。絶対に紛れ込まないような場所まで探さなければいけない分、隠している物を探す方が難易度は圧倒的に高い。

 ただ春菜たちの隠された物を探す経験となると、学校などのイベントで参加したゲームくらいしかない。おかげで探し物による違いが、あまりイメージ出来ていなかった。

 今回はそれが良い方に影響している。多少の不安は残るものの、今日のプールは大丈夫そうだと安堵していた。

 

 

 

 




ユニークアクセスの見方を知った今日この頃
投稿と関係ない時期にお気に入りが伸びてるのが、面白いなと思いました(小並感
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