東方災愛録   作:乾き塩

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すっごく心配したんだよ!

 

 朝の捜索でカメラの類が見つかる事はなかった。

 教室の周りを重点的に調べ、時間の許す限り足も伸ばした。更衣室を軽く覗いたところで引き返したが、カメラの有無を確認するには十分な時間だった。

 

 教室前で妖夢と分かれた鈴仙は、自身の能力を使ってホームルーム中に報告を済ませていた。

 カメラはこれから仕掛けられる可能性が高い。特に人気がなくなる授業中なら、よっぽどの下手を打たなければ見つかる事はない。

 

 犯人が動くならそのタイミングと、早苗が結論付ける。カメラがプールに設置されるのを知っているので、プールを重点的に校内の気配の動きについて探るつもりだった。

 

 問題はその後。犯人の確保とカメラの捜索について。原作では、犯人は取り巻きである後輩を数人連れていた。

 向こうに口裏を合わせられると、形勢が不利になる可能性がある。カメラという物証があっても、それが犯人の物だと証明できなければ意味がない。

 

 現行犯で捕まえるか、カメラ以外の証拠を押さえるか。犯人の懐には、今までの盗撮で集めた写真もあったと記憶している。

 しかし原作との僅かな齟齬が生じているこの世界では、写真を持っていない可能性がある。せめてもう一枚、手札が欲しい。

 

 原作知識を持つ早苗が頭を悩ませる一方、同じように報告を聞いていたリトは、事前に聞いていた話をなぞるように問う。

 

『とりあえず犯人の狙いは、プールでいいんだよな? 授業中にカメラを仕掛けて、後で回収するって感じで』

 

『ええ。女子の水着姿。盗撮犯からすれば、これ以上の的もないもの』

 

『屋内での盗撮だと、間近で撮れる一方で、画角が狭くなりがちだ。不特定多数の水着姿を撮影したいなら、外に仕掛ける可能性が高いだろうぜ』

 

 会議は授業中も続いていた。引き続き鈴仙の能力で音波を操り、互いにのみ声が聞こえるようにする。

 大声を出す必要もなく、囁くような声がしっかりと耳元に届いている。それでいて授業の内容も別で聞こえるので、慣れないリトからすれば奇妙な感覚だった。

 

 そんなリトの感想を他所に、話は続く。校内では、既に怪しい動きをしている気配があった。その気配は霊力と気の双方から見て、地球人のものだと判別していた。

 

 犯人が動き出している。そう聞いたリトが思わず立ち上がりそうになるが、霊夢からの声によって止められる。

 今動けば、事情を知る春菜たちの不安を煽る事になる。カメラの場所については見当がついてるので、今は耐える時だと言い含めた。

 

『心配なのは分かるし、あんたも不器用なタイプなのは理解してる。だから表立って動くのは、そっちに任せるわ。今回私たちは、裏方に徹するから』

 

『犯人の確保や、証拠集めは任せてください! 有栖さん、結城さんのフォローは任せますね』

 

『了解。ただ鈴仙、こっちを手伝ってくれ。俺と結城だと、カメラを見落とす可能性がある』

 

 今のところ、早苗たちが危惧するイレギュラーは起きていない。原作通りに事が進めば、目立った危険は少ない。

 リトには原作をなぞってカメラを確保してもらい、自分たちは裏方に徹する。有栖をサポートにつけておけば、不測の事態にも対応できると踏んでいた。

 

 有栖としても、リトが動く事に不満はない。ジッとしてるより気も紛れるだろうと、賛成寄りの意見だった。

 

 カメラの場所が変更、もしくは複数ある可能性がある。カメラに残った気を探るのが精一杯の有栖では、原作と異なる場所にあるカメラは見落とす可能性があった。

 そこで手助けを求め、鈴仙もまた快く引き受ける。準備は万端。授業が終わり次第、すぐに行動を開始する手筈となった。

 

 しばらくして、授業の終了を告げるチャイムが鳴る。片付けもそこそこに、早苗たちが教室の外に駆けて行った。

 

「あっ、おい!!」

 

 まさかのスタートダッシュに、リトが出遅れる。手にしていた教科書やノートを閉じると、机の上に放置して後を追う。

 

 思わぬ行動に、事情を知る春菜たちでさえ目を丸くする。授業中の会議については知らない彼女たちだが、今朝の話と関係があると予想している。

 それでもリトが置いていかれるほどの行動力には、驚くしかなかった。

 

 教室を出たリトは冷や汗をかいていた。授業が終わると同時に飛び出した事もそうだが、目の前で起こっている出来事もまた信じ難い光景ではあった。

 

 ────やっぱり、博麗たちも飛べるんだな。

 

 長いスカートという事で走りずらいようで、霊夢たち女性陣は飛んで移動していた。足がギリギリ廊下に触れない高さを維持していてるので、一目では霊夢たちが飛んでいるとは思わないだろう。

 ララと初めて会った日、有栖と早苗が空を飛んでいるのはその目で見ていた。しかしその日以降、有栖たちが飛んでいる姿は見ておらず、霊夢たちが飛んでいるのを見るのは今日が初めてだった。

 

 階段前で霊夢たちと別れ、プールへと向かう。

 更衣室を通ってあらぬ誤解を招くのを嫌った三人は、プール近くのフェンスに駆け寄り一息に飛び越える。

 リトを脇に抱えて有栖が飛び、その後に鈴仙が続いてプールサイドに着地する。

 休憩時間中のプールに人気はなく、静寂に包まれていた。

 

 盗撮という明確な犯罪が、この場で行われている。そう意識すると、この静寂も不気味なものに思えた。

 水面で反射する陽の光すら、煩わしく思えてしまう。

 緊張の面持ちを浮かべたリトは、意を決して鈴仙へと振り返る。

 

「ここに、カメラがあるんだよな?」

 

「ええ。対岸の左の角。どうやら、プールの中に仕掛けているようね」

 

「向こうか。わかった、取ってくる!!」

 

 鈴仙が指を指し、カメラの場所を示す。指先を視線で追ったリトは、一つ頷くとその先へと向かって行った。

 フェンスを飛び越えた分、体力が余っていたのだろう。息を切らせながらも、走る余裕はあるようだった。

 

「…………で、カメラは一つだけで良さそうなのか?」

 

「ええ。少なくとも、電波やら電磁波を発するタイプのものはないわ。人もいないみたいだし、こっちの役割は完了ね」

 

「よし。ならカメラを回収次第、ずらかるか。悪いな。わざわざ来てもらったのに、杞憂だったみたいだ」

 

「それは結果論でしょ。私だって心配だったし、有栖が気にする必要はないわ」

 

 カメラの位置は想定通りで、他のカメラも存在していなかった。

 鈴仙に付き合わせた事を謝る有栖だったが、同じようにイレギュラーを警戒していた鈴仙は気にしていない。頼まれなければ自分から着いてくる気だったので、過程はどうであれこの場にいた事に変わりはなかった。

 

 そんなやりとりの間に、プールに潜っていたリトが顔を出す。両手にはカメラとそれを隠す為に使われていたカバーが握られており、無事に回収できたようだった。

 

 後はリトが合流次第、女子が来る前にここから離れる。だけの予定が、一瞬で崩れ去ったのを有栖と鈴仙は感じ取った。

 

「そう来たかあ…………」

 

「これに関しては、私たちのせいね」

 

 猛スピードで近づいてくる気配が一つ。教室から向かってきた気配がプールの更衣室へと入り、止まる事なく通り抜ける。

 そのまま消毒槽やシャワーの脇を通り抜けた気配の主、ララは有栖たちを見つけると更に加速して二人の前で立ち止まった。

 

「リトはどこにいるの!?」

 

「結城なら向こうに、っと」

 

 有栖が質問に答え切る前に、ララが動いた。一息に跳び上がり、リトの近くに着水する。

 跳びながら名前を呼ばれたのでララには気付いているようだが、跳ねた水を顔に浴びてそれどころではなかった。

 

 遠目からでも、リトが慌ててるのが見て取れる。そしてララの心情をなんとなく察して、その原因となったであろう人物に対して意識を向けていた。

 

「霊夢の奴、どんな聞き方をしたんだ。ララがあそこまで慌てるって、よっぽどだろ」

 

「うーん。霊夢が悪いわけじゃないと思うわ。彼女、前の一件以来、波長にごく僅かな乱れがあったし。今回の騒ぎで、その乱れが大きくなったみたい」

 

「ララってそんな、豆腐メンタルじゃなかっただろ。原作でも、こんなイベントなかったはずだし」

 

「さあ? 私はさとり妖怪じゃないから、なんとも言えないわ。けど自分が原因なのに、知らないところで被害が出ていたんだから。取り乱すのも仕方ないんじゃない?」

 

 原作との相違に、有栖が疑問を抱く。その問いに鈴仙は、自らの見解を含めた推測を立てた。

 霊夢たちの働きにより、ギ・ブリーの件で春菜は被害に遭う前に救出された。

 そこもまた原作の違いだが、一番の要因はララがその場にいたかどうかと鈴仙は考えている。

 

 ララの性格を一言で表すなら、優しいというのが適切だろう。周囲の目や他者の気持ちに疎いところはあるが、ララなりに気遣い行動している。

 

 そんな彼女が知らない所で、友人知人が何かしらの被害に遭っていたかもしれない。それが自分の責任となれば、行動を起こしても不思議ではなかった。

 特に今回は、霊夢がララに聞き取りをしている。その内容は有栖たちも知らないが、思うところがあったのだろう。

 

 楽しみにしていたプールよりも、リトを優先して追って来るくらいには気にしているようだった。

 

 心配して追って来たララに、リトは強く出られないようだった。飛び込んで来た事を怒りはしたものの、リトが心配で後を追って来たと言われては口を閉ざすしかなかった。

 

「リト、怪我はない? どこか痛かったりしない?」

 

「ああ。カメラを回収しただけで、他に何もしてないからな。心配いらないよ」

 

「そっか。よかったぁ〜〜。すっごく心配したんだよ! 何かあったら大変だもん」

 

 リトの無事を確認して落ち着いたらしく、ララの機嫌も直っていた。

 

 いつものように抱きつくララ。何度経験しても慣れない恥ずかしさから、リトがそれを引き離そうとする。

 後ろめたさがあるからか、その勢いはいつもよりは弱々しい。それでも歩きにくいという理由もあって、抵抗はしていた。

 

 それでも足を進め、有栖たちとの合流を目指す。無事にカメラを回収できた事を伝えようと、空いている腕を上げて手に持つカメラを掲げる。

 

 そんなリトの前に、制服姿の春菜が割り込む。

 

「ララさん、やっぱり、ここだったのね…………」

 

「春菜、どうしたの?」

 

 やって来た春菜はここまで走って来たらしく、息が乱れていた。

 当のララは、春菜がここまでやって来た理由に心当たりはない。しかしプールに飛び込む勢いでやって来たのを知っているリトは、ララならあり得ると考えて疑問を口にする。

 

「なあララ、すっげー急いでたようだけど。教室から走って来たのか?」

 

「ううん。廊下から走って来たんだよ。春菜からとうさつ? について教えてもらって。それがいけない事だって、分かったから」

 

「それが原因だろ…………」

 

 リトが頭を抱える。

 ここに来る途中で、春菜から盗撮について教わっていたのだろう。

 その行為が意味する事を理解し、問題の解決の為にリトたちが奔走しているのを知った。リトたちの身を案じ、自分も力になろうと駆けつけた。

 

 春菜の反応を見るに、話を遮って行動に移したのだろう。

 話していた相手が盗撮の意味を理解した途端、その場から駆け出す。春菜が心配するには、十分な理由だった。

 ララに代わって謝罪を一言。笑顔で気にしないでと言う春菜の気遣いに、リトの心がチクチクと傷んだ。

 

 そんなやりとりの間に、有栖たちは教師である佐清へと盗撮の件について報告を上げていた。

 リトが持ち帰ったカメラを証拠とし、霊夢たちが犯人を追っていると伝える。

 

 報告を聞き終えた佐清は、春菜に他の生徒へ授業の中止を伝えるよう指示。佐清自身も他の教職員へ報告をする為、職員室へと向かっていった。

 

「んじゃ、始めますか」

 

 佐清が立ち去ったタイミングで、有栖がストレッチを始める。これには伝言の為にこの場を離れようとしていた春菜も、何事かと気になり立ち止まった。

 

「有栖、何してるの?」

 

「ちょいと、ひと泳ぎしようと思ってな。プールの授業中に、プールから声が聞こえないってのは不自然だろ?」

 

 有栖の狙いは、犯人が捕まるまでの時間稼ぎだった。うろ覚えではあるが、犯人は屋上にいながらもプールの監視まではしていなかった。

 ただ声は聞こえているかもしれないので、犯人に授業が中止になった事は悟らせないようにする必要があった。

 

 有栖の説明に、ララはなるほどと納得する。リトと春菜も一応は頷いたが、これから見るものを予想して苦笑していた。

 そうこうしているうちに、有栖のストレッチが終わる。そして軽く目を閉じると、楽しげに口角を上げる。

 

「いっちば〜〜ん!!」

 

 皮肉でもなければ、軽薄さもない。無邪気な笑みを浮かべた有栖が、制服もそのままにプールに飛び込んだ。

 有栖の体が沈み、すぐに水面から顔を出す。出て来た顔も笑みを浮かべており、とても演技には見えなかった。

 

「ひんやりして、気持ちいい〜〜」

 

「有栖だけずるい!! 私も入りたい!!」

 

「いいよ〜ララちゃんもおいでよ!!」

 

「完全になりきってるな…………」

 

 有栖の言動は完全に少女のものだった。何度も見ているとはいえその変わり身の速さには、リトも呆れるしかない。

 

 呼ばれたララがプールに飛び込む。あまりにも速い動きに、リトが止める間もなかった。

 授業の中止を伝える立場である春菜も、時間稼ぎが目的だと聞かされているので強く止められなかった。

 

「それじゃあ、私も行ってくるわね」

 

「「え」」

 

 ベストを脱いだ鈴仙が、そのままプールに飛び込む。

 三人で遊び始めたのを見て、今更止められないと悟る。とりあえず春菜は、頼まれた通りクラスメイトへの伝言の為に更衣室へ。リトはこの場に残り、有栖たちの様子を見る事になった。

 

 屋上から飛んできた魔理沙から、犯人が捕まったと聞かされるのはそれから数分後の事だった。

 

 

 

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