日本上陸を目前とした台風が、前兆もなく
様々な国が原因の究明に乗り出し、テレビでも毎日のように憶測が飛び交っている。
そんな大人たちの事情とは無縁の彩南高校。
台風の心配もなくなり、臨海学校は無事決行される事となった。
目的地への道中、バスの中は生徒たちが各々の時間を過ごしている。景色を眺めたり、菓子を食べたりと過ごし方は違うが、臨海学校を楽しみにしている事に違いはない。
車内の雰囲気は明るく、賑やかなものとなっていた。
…………五人を除いて。
「すぅ…………すぅ…………」
バスの最後尾。横並びとなり、五人掛けとなる席の窓際。バスに乗り込んだ直後、出発する前に眠り込んだ早苗が今も穏やかな寝息を立てていた。
そんな彼女の様子を気にしている霊夢、魔理沙、鈴仙もまた口を閉ざし、席の中央に座る有栖も腕を組んで目を閉ざしていた。
車内の雰囲気とは正反対の五人。バスとはいえ狭い空間でなら気付かれそうなものだが、誰一人として意識を向ける事はなかった。
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「悪い。俺、パス」
旅館へと到着し、大広間での説明を受けた後。グループごとに分かれ、それぞれの部屋へと向かった。リトと同じグループとなった有栖は、大浴場へと向かおうとしたケンイチ達の誘いを断っていた。
ケンイチ達が呼び止めるのも聞かず、部屋から出ていく。浴衣にすら着替えていない有栖は、向こうからやってくる女子たちと入違いになりながら早苗たちの部屋の前に辿り着いた。
「俺だ。入ってもいいか?」
「ええ。ちょうど、早苗も目が覚めたところよ」
バス到着後も眠っていた早苗は、一足先に部屋で休んでいた。彼女を運んだ霊夢が介抱しており、後から同じ班である魔理沙たちも合流していた。
霊夢からの返事を聞いて、襖を開ける。早苗は既に浴衣に着替えており、足を布団の中に入れながらも体を起こしていた。
魔理沙と鈴仙は大浴場に向かったようで、霊夢も湯呑みを手に一息ついている。
招かれた有栖は、ひとまず早苗の様子を確認しようと布団の近くに座り込む。まだ疲れは残っているようで、本調子とはいかないようだった。
「いやはや、お恥ずかしい限りです。こういう時に備えて修行をしてるのに、いざとなったらこの体たらくですから」
「しゃあねーよ。台風を消し飛ばす為に、一気に霊力を消耗したんだろ? いつもと違うやり方で反動が来るのは、どうしようもねえよ」
守矢神社の二柱。八坂神奈子、洩矢諏訪子の力を借り、天候を操る早苗。台風を消し去ったのも、その力によるもの。
ただ曇り空を晴らしたり、小雨を大降りにする経験はあるものの、台風を消し去るのは今回が初めてだった。
力の行使には霊力を消耗する。弾幕ごっこや模擬戦など、霊力を消費する場面は多い。しかし徐々に消耗するそれらとは違い、今回は大量の霊力を一気に消費する事となった。
未経験ではないものの、慣れない力の使い方で早苗は大きく疲弊していた。霊力は既に回復したものの、体調までは治りきっていなかった。
「その調子だと、今日一日はゆっくり休んでおかないとダメね。私が見てるから、有栖もお風呂入って来なさい」
「いいや、レディファーストだ。俺が面倒見てるから、先に入って来いよ」
「…………分かった。早苗の事、よろしくね。襲われそうになったら、大声で叫びなさい。病人だろうと関係なく、顔を紅葉おろしにして夕飯に添えてやるわ」
「大丈夫ですよ。昨晩、霊力補給の為に、寝ながら存分にマワしてもらったので。性欲もだいぶ治ってるんです」
「どうやら、羞恥心の補給を忘れたらしいな」
体を休める為、眠りを深くする術をかけられた早苗。何をしても朝まで起きないと、術をかけた神奈子から太鼓判を押されていた。
その状況を利用しようと、諏訪子が山に住む妖怪を招集。大勢の妖怪に早苗を好きにしていいと告げ、神社に招き入れた。
結果、様々な妖怪が寝ている早苗を好きに使いつつ、妖力を注ぎ込んだ。注がれた妖力を霊力に変換する事で、霊力は完全に回復していた。
色欲の残滓を気として読み取っている有栖は、何があったのかを察しながらもあえて口にはしなかった。
それを知ってか知らずか、自ら暴露した早苗に呆れる。ただ嘘は言っていないようで、有栖に対して向けられる色欲がいつもよりも薄かった。
霊夢が部屋を出る。有栖はポットがまだ暖かいのを確認すると、緑茶を入れ始めた。
その様子を見て、早苗ものそのそと布団から出てくる。
動くのも面倒らしく、布団から出ると飛んでテーブルの近くにまでやって来た。
「有栖さん、私の分もお願いします」
「あいよ」
二人分の緑茶を用意し、テーブルの上にある煎餅と一緒に出す。見慣れた店名が書かれているそれは、この部屋の誰かが持ち込んだもののようだった。
煎餅を齧り、緑茶を飲む。いつもと変わらない様子に、有栖の表情も柔らかいものとなる。
「にしても、なんであんな無茶をしたんだ? ララがなんとかするのは、分かっていただろ」
「それは、そうなんですが。あのお話で、ララさんが泣いていたのを思い出しまして。色々引っ掻き回してる身としては、なんとかしたかったと言いますか…………」
人死が出るような作品ではないものの、シリアスな場面は存在する。結果がハッピーエンドで終わろうと、そこに至るまでの感情も本物。
それなら少しでも、悲しい思いをする機会を減らしたいというのが早苗の考えだった。どこまで出来るかは、分からない。自分たちというイレギュラーのせいで、むしろ悲しませる機会が多くなるかもしれない。
それでも早苗は、手を尽くすと決めた。今回の台風に対する対処は、意思表示の一環でもあった。
「普段は勢いで行動してるくせに、そういうところは律儀だよな」
「これでも、神職の端くれですので。義理は通しますよ」
「その気遣いのほん一厘でも、俺の貞操に向けて欲しいんだかな」
リトたちの前では控えているが、事あるごとに有栖の貞操は狙われている。抜け道が用意されているので手心こそ感じるが、襲われる頻度は高い。
襲う事でフラストレーションを発散しているようにも見えるが、お預けを食らって余計にフラストレーションを溜めているようにも見えた。
叶わない願いと知りながらも、不満を口にする。早苗も軽い愚痴というのを理解しているので、軽い調子で答える。
「これでも気を遣ってるんですよ。その気になれば、全員孕ませないと出られない幻想郷も作れるんですから」
「それはどちらにせよ、出られないだろ…………」
大妖怪が結界を張ってしまえば、有栖に逃れる術はなくなる。いざとなれば手助けしてくれる人物が数人いるが、実行されるとすれば彼女たちへの対策も用意されているだろう。
そして対策を用意するとなると、準備は大掛かりなものとなる。霊力や魔力に関しては専門外の有栖でも、予兆くらいなら察知できるはずだった。
湯呑みに口をつけ、続きそうだった愚痴ごと飲み込む。ここには、愚痴を言いに来たわけではない。
「一日安静となると、肝試しも無理そうだな」
「ええ、残念です。せっかく、皆さんにも来ていただいたのに」
「勝手について来たの間違いだろ。それに何か仕掛けるにしても、素人向けの演出しかしないだろうからな。期待はできないだろうぜ」
肝試しをする神社がある方向。そこから見知った気配を複数感じていた。彩南町からついて来た彼女たちが、肝試しに乱入するのは目に見えている。
面白そうな事になりそうな肝試しに参加できないのを残念がる早苗に、有栖はあまり期待できないと返していた。
肝試しの舞台となるのは、林の中にある神社への一本道。夜とあって暗がりは多いようだが、演出面には限界がある。
茂みや木の上から驚かせる、ジャンプスケアがメインになるのは容易に想像ができた。
「そうかもしれませんが、それだけが目当てじゃないんです。私としては、ここでリトさんとララさん、春奈さんと唯さんたち四人の距離を縮めたいところなんです」
「…………例の計画か。そういや、具体的にはどうするんだ? 大まかな内容はともかく、詳細については一切聞かされてないんだがな」
『楽土創設計画』に関する概要こそ知っている有栖だが、細かいところまでは説明されていなかった。とりあえず事あるごとに、リトと各ヒロインがいい感じになるようにアシストする。という曖昧な指示しか受けていない。
イレギュラーへの対処は、計画以前の問題として行なっている。おかげでこの計画が、今も息をしているのかは怪しいところだった。
「詳細と言っても、たいしたものではありませんよ。まずリトさんには、ララさんを真っ先に好きになってもらいます。春奈さんへのフラグが立ってない以上、これは難しい話ではないはずです」
計画の第一段階は、既に完了している。春菜への好意が無かった事になり、今のリトに想い人はいない状態となった。
今は第二段階となるヒロインレースの操作を行なっている。
ララをトップとしながらも独走を許さず、そのすぐ後ろを数人のヒロインが追う形を作る。
本来なら全てのヒロインを後押ししたいところだが、まだいない人物もいるので優先する相手は既に決まっていた。
「そして次に、ララさんに続く形で春菜さん、唯さん。それと後の出番になりますが、ルンさんとヤミさんを好きになってもらいます。他の皆さんとの交流も機があれば積極的に後押ししますが、メインとなるのはこの四人です」
「…………その四人を選んだ理由は、何かあるのか?」
「もちろんです。初期に登場し、かつハーレムを受け入れる素養の高い。というのが理由ですね」
「この計画が失敗するのが、確定したな」
人選の理由に、有栖はこの計画に見切りをつけた。早苗が挙げた四人。ハーレムを受け入れる素養が高いと言うが、有栖としてはむしろ正反対にしか思えない。
生真面目な唯はもちろん、原作でもハーレムに忌避感を抱いていた春菜。ララを嫌悪しているルンに、えっちぃのはキライです。でお馴染みの金色の闇ことヤミ。
贔屓目に見ても、ハーレムを受け入れるのは無理なように思えた。
そんな有栖の見解を伝えたところ、早苗は理解を示しながらも、ですがと続ける。
「説得次第では、こちら側に引き込みやすいと私は考えています。まず、ヤミさん。彼女の性格上、ただ愛人となるのは頑なに拒否するでしょう。殺し屋という職業に負目を持つ、彼女らしい選択でもあります。なので、そこに付け込みます」
正攻法でヤミを攻略するのは困難を極める。
裏社会で生きてきた彼女に関しては、ハーレムの容認以前の問題だというのは早苗も理解している。
ヤミの場合、ハーレムに対して何か言ってくる事はないだろう。ララが望んだものと知れば、彼女の大切な人を悲しませない限り肯定に回る可能性すらある。
ただそこに自分が加わるかどうかは、別の話となる。もしこの先、殺し屋という仕事から足を洗ったとしても、元殺し屋である自分が身内にいるのはまずい。という理由から、断る可能性が高い。
しかし早苗は、そこに光明を見出していた。説得の方法次第では、こちらに引き込むのが最も容易になる相手と睨んでいる。
「ヤミさんを、リトさんの護衛として取り込むんです。実力と信頼、双方の点から彼女以上の適任者はいないでしょう。そしてハニートラップへの対策として、愛人を公言してもらう。護衛兼愛人。これは、彼女にしかできない役回りです」
「なるほど。唯一性を持たせるわけか。そこまでいけば、交渉の余地はあるかもしれねえな」
ヤミの意思は固いが、頑固ではない。リトの側にいる理由を用意しておけば、彼女もそれに乗ってくるだろう。
その為に、『殺し屋』という肩書を利用する。
ヤミには良い顔をされないだろう。それでも良くも悪くも殺し屋という稼業と向き合っている彼女なら、正当な理由もなく断られる事もない。
実行に移すのは随分と先の話になるが、策は用意している。選定材料としては、十分だった。
「次にルンさんですが、ララさんをメインとする事である程度は解決してるんです。ララさんへの嫌悪を対抗心として焚き付ける。それだけで、成功したも同然ですから」
「だからって、ララが本妻でルンが愛人ってのは…………いや、愛人や妾の方が寵愛を受けるパターンもあるから。ルンがそれに思い至れば、むしろ望むところなのか」
有栖が疑問を挟もうとしたところで、早苗の意図を理解する。
形式上ではララの方が上でも、ララ以上に愛されるのならルンは立場など気にしないだろう。ルンの勝利は、リトの一番になる事。愛人という立場であったとしても、リトの一番になれればルンはきっと満足する。
そう考えると、今の状況はルンにとって都合がいいのだろう。
リトの一番を、ララから奪い取る。ルンのあらゆる願望を実現できる状況が、整いつつあった。
「そして唯さんですが、彼女の場合は交渉というより調節ですね。少しずつ宇宙やデビルーク、王族の常識について触れて慣れてもらいます。唯さんの性格を考えれば、定められたルールがどれだけ馬鹿げたものであっても、その土地のルールだと受け入れれば従ってくれるはずです」
「郷に入っては郷に従えってわけか。確かにカルチャーショックは避けられそうにないが、最低限の理解さえしてしまえば渋々でも従うだろうな」
規則を遵守する唯だからこそ、その土地ならではの風習を完全に否定する事はないだろう。
最初のうちは非常識と切って捨てても、それがここのルールだと説明すれば狼狽えながらも受け入れると考えていた。
同時に、慣れるまでのケアは必要になってくる。時間も相応にかかるのが目に見えているので、早いうちから動き始める必要かあった。
ここまでの話を聞いて、有栖は感心した様子を見せた。
「意外としっかり考えてんだな。もっと勢いだけの計画だと思ってたんだが」
「勢いで建てた計画ではありますよ。私欲にも塗れた酷い計画ではありますが、人の人生がかかっているんです。やる以上は、本気で挑みますよ」
他人の人生を弄ぶ。人聞きは悪いが、やっている事は同じだ。
だからこそ、計画には真摯に取り組む。遊びの分類ではあるが、本気であり真面目の遊びだった。
「俺や霊夢の心配も、杞憂だったかも知れねえな。んじゃ、せっかくだし。西連寺の理由も聞かせてもらおうか?」
元々有栖や霊夢が計画に協力していたのは、早苗たちが暴走した時にすぐに止められるようにする為。
しかし今の話を聞いていると、しっかりと自制をしてそうではあった。
計画に協力すると決めた以上、途中で抜けるつもりはない。ただもう少し、計画を信用してもいいかと思い始めていた。
「有栖さんの言うように、春奈さんは強敵です。好きな人を独り占めしたいと言って、ハーレムには否定的でしたから。ですがハーレムを受け入れる可能性も、原作で示唆されているんです」
「んな都合のいい描写、なかったと思うんだが?」
「そうですね。正確には、ハーレムではなく別のものなんですが。有栖さん、春奈さんが苦手なもの、覚えていますか?」
「幽霊とか妖怪の類だろ。俺たちとは相性最悪だな」
オカルト関係にはめっぽう弱い春菜。この後行われる肝試しでも、怖がる様子が描かれていた。
有栖の周りで頻繁に開かれている宴も、春奈にとっては百鬼夜行も同然な恐怖の対象となるだろう。
ただ春菜が苦手なものと、ハーレムを受け入れるという話が繋がらない。視線で続きを促すと、早苗は頷いて説明を続ける。
「その相性が肝心なんです。幽霊である村雨静さん。怖がりの春奈さんとは最悪の相性ですが、最終的には打ち解けていました。そこが鍵になると思うんです」
「つっても、村雨とは色々あって打ち解けたわけだろ。ありゃあ、例外中の例外じゃないのか?」
「ええ。例外中の例外です。ただ、再現性のある例外ではあるんです。春奈さんが幽霊を怖がっていたのは、未知の存在である為。そして静さんとは色々あって相手を理解した為、怖がる事は無くなりました」
未知のものに対する恐怖。優等生の春菜だが、そういった部分もまた模範的なものだった。
同時に、作中で幽霊である静とは親しい仲となっている。最初は幽霊である静に怯えていたので、その変化が計画に利用できると目をつけていた。
「春奈さんがハーレムを拒む理由として、リトさんを独り占めしたいのはあるのでしょう。ですがその一方で、未知の事象を前に躊躇ってもいる。本人に自覚はないでしょうが、ハーレムを拒む理由は大きく分けてこの二つのはずです」
リトへの独占欲と未知のものに対する恐怖、あるいは躊躇い。この二つが、ハーレムを拒む理由だと早苗は考えている。
前者は早苗たちが交渉したところで、どうなるものでもない。本人に気持ちの整理をしてもらうしかなかった。
後者の克服は、既に始まっている。始まったばかりで進捗はほとんどないが、
あとはそれぞれのロールプレイに任せつつ、シナリオ上ではそれとなく恋愛要素を絡めれば下地は完成する目論見だった。
早苗の説明を聞き、有栖が納得する。色々と不安な面はあるが、一応の筋は通っていた。
「とまあ、これらが理由ですね。それぞれの説得は第四段階なので、今はリトさんの恋路が最優先ですが」
「どの段階で何をするか、聞いておいてもいいか?」
「もちろんです。第一段階でフラグ折り、第二段階でフラグ立て、第三段階で結束、第四段階で説得。そして最後となる第五段階で許容。これが計画の全容です」
「…………つまり、結城が西連寺に惚れないようしたのが第一段階。結城をララたちに惚れさせるのが第二段階。ヒロイン同士の絆を深めさせるのが第三段階。さっき言ったハーレムへの説得が第四段階。そして結城にハーレムを受け入れさせるのが、最終段階って事でいいんだよな?」
それらしく短くまとめられた言葉を、有栖が要約して確認をとる。内容に間違いはなかったようで、早苗からの訂正はなかった。
計画は全部で五段階。原作が始まったばかりとはいえ、全て実行するよりも前に原作が完結してしまいそうだった。