東方災愛録   作:乾き塩

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忘れそうになるけどね

 

 美柑たちが夕食後の稗田家探索で、『コトリバコ・ハッカイ』という特級呪物を発見したのと同時刻。臨海学校では、一日目のメインイベントが行われようとしていた。

 

「さて!! では今から肝だめしのペアを、くじ引きで決めまーす!」

 

 マイクを持った校長が、肝試しについての説明をする。女湯を覗いたという彼の顔は、見るも無惨なものとなっていた。

 妙な気配が近づいているのを感じ取っていた霊夢たちは、校長が女湯に侵入する前に離脱していた。もし何かの間違いで校長が霊夢たちが入浴しているのを目撃していたら、この程度では済まなかっただろう。

 

 生徒たちがそれぞれのくじを引こうと列を作る中、リトは姿の見えない友人を探して辺りを見渡していた。

 

「時兎の奴、どこ行ったんだ…………?」

 

「リトー! 早く引かないと、くじ無くなっちゃうよー」

 

 人数分あるはずなので、くじが無くなる事はない。ただペアの相手をあまり待たせるのも悪いので、ララに返事をしながらくじを引く。

 

 引いた番号は13番。それを目ざとく見つけたララは、自分と同じだと言って同じ13と書かれたくじを見せた。

 

「よろしくね、リト♡…………リト?」

 

「ああ、悪い。時兎がいないのが、気になってさ」

 

「有栖? そういえば、さっきから見かけないね」

 

 他のクラス合わせて、臨海学校の参加者はこの広場に集まっているはず。唯一の例外は、部屋で休んでいる早苗くらいのはずだった。

 

 夕食の時も姿を見ておらず、旅館へ到着してから部屋を出て行った後の行方も分からない。大丈夫だとは思いたいが、不安は募るばかりだった。

 

 リトに倣って、ララも周りを見渡す。事情を知るであろう霊夢たちも、どういうわけか姿が見えない。にも関わらず、くじでのペアは問題なく決まっているようだった。

 

 前のペアが肝試しに向かうのを、二人で見送る。途中、春菜とケンイチのペアをララが手を振って見送ったくらいでこれといった出来事は起こらなかった。

 

 そうして回ってきたリトたちの番。神社の境内を目指して、スタート地点の鳥居をくぐる。

 

「有栖、どこ行ったんだろうね?」

 

「もしかしたら、東風谷のところかもな。ペアも決まってたし、時兎も肝試しには参加しなかったのかも」

 

 男女でペアを組む都合上、早苗が参加しない以上は男子が一人余るはず。しかし男子が余っていた様子もなく、ペアは無事に結成されている。

 

 広場にいなかった有栖が、最初から不参加の旨を先生に伝えていた。そう考えれば、辻褄は合う。消灯時間前には部屋に戻ってくるだろう。その時にでも詳細を確認する事にした。

 

「うわ〜真っ暗だぁ」

 

 明かりとなるのは、リトが持つ提灯のみ。

 先が見えない境内への道を、ララは軽い足取りで歩いていた。

 

 境内まで五百メートルの道。普通に歩けば、十分もかからない。しばらくすれば神社の明かりか、前を歩くペアの提灯が見えてくるはず。

 急ぐ理由もないので、ゆっくりと足を進める。その時だった。

 

 きゃ──ー!! 

 

 わ────!? 

 

「ん?」

 

 進行方向の先から、叫び声が聞こえた。それも一人や二人ではない、大勢の声。何事かとリトが身構えると、前を歩いていたはずの男女が真っ青な顔で引き返してきた。

 

 途中にいるリトに目もくれず、一目散に走り去る。リトが目を丸くして足を止める中、見知った顔が一人で走ってくるのが見えた。

 

「猿山!? お、おい!!」

 

「ひぃぃぃぃ…………!!!!」

 

 リトの呼びかけにも答えず、ケンイチが走り去っていく。振り返ってその背中を見ていたリトは、ある違和感を抱いて振り返った。

 

「あいつ、西連寺とペアじゃなかったか…………?」

 

 先ほど走ってきた女子の中に、春菜はいなかった。遅れているのかと振り返るも、誰かがやって来る様子はなかった。

 

 そうなると答えは一つしかない。春菜がどう動いたかは分からないが、ケンイチは春菜を置いて逃げたという事。

 

 神社の方に逃げたか、その場に止まっているか。最悪の場合、道を逸れている可能性もある。

 何かあった時の為に教師陣が待機しているというので、安全は確保されているはず。それでも春菜の安否が気になったリトは、進む先へと再び視線を向ける。

 

「なあ、ララ。西連寺がどこにいるか、分かったりするか? …………ララ?」

 

 リトの問いかけに、誰も答えない。嫌な予感がしながらも周りを見渡すと、隣を歩いていたはずのララが姿を消していた。

 

 驚愕のあまり声を上げるも、誰かが返事をするわけでもない。心細さから足取りが重くなる。

 それでも春菜が気になったリトは、引き返す事なく足を進める。

 

 その勇気の褒美なのか、前から二つの人影がこちらに向かって歩いて来た。

 

「おーい、リト〜」

 

「ララ! お前なんで先に…………って、その人は?」

 

 戻って来たララは、見覚えのない女性を連れていた。口元が隠れる赤い外套、赤く短い髪に青いリボン。

 臨海学校に参加した彩南校の生徒ではなさそうだった。

 

 脅かす側がこうして姿を見せるのもおかしな話なので、肝試しとは無関係の人のはず。そんな人をどうしてララが連れているのかと聞けば、代わって赤髪の女性が答えた。

 

「突然、ごめんなさい。観光で近くに泊まっているのだけど、散歩をしてたら道に迷ってしまって。人がいる所を探していたのよ」

 

「オレ達も臨海学校で来てるんで、この辺りには詳しくなくて。この先に先生がいるんで、そこでなら道も分かると思うんですけど」

 

 引き返したところで、スタート地点に教師陣がいるとは限らない。一度戻ってから再び神社に向かうというのも考えたが、姿を見ていない春菜を放っておくわけにもいかない。

 赤髪の女性には悪いと思いながらも、先を急ぐ事にした。

 

 申し訳なさそうに事情を説明するリトに、赤髪の女性は提案を含めて了承して頷く。

 ララの興味も肝試しから赤髪の女性へと移ったようで、先に行くような事もなかった。

 

 赤蛮奇と名乗った女性は、暗い夜道に物怖じした様子を見せない。ララのように楽しんでいるのではなく、暗闇に慣れているかのように落ち着いていた。

 

「…………良い場所ね。暗く、一本道で、隠れる場所も多い。ずっと景色が変わらないのが難点だけど、肝試しの舞台としては十分ね」

 

「ずっと同じ場所だと、良くないの?」

 

「ええ。森の中と言っても、さまざまな場所があるわ。ただ木が並んでいるだけの場所。開けた場所。花が咲き誇ってる場所。小川沿いに道が続いてる場所。状況が違えば、脅かし方や脅かした時の驚き様も変わる。そうね。そこの茂みから人が出て来るより、川の中から人が出て来る方が驚くでしょ?」

 

「それは、驚くな…………」

 

 経験のあるリトが同意する。

 ララとの出会いが、まさにそれだった。気を抜いている時の不意打ちは、どうあっても驚かされる。

 身構えていようと驚く時は驚くが、心の準備ができているのとそうでないのとでは大きな違いがあった。

 

「詳しいんだね! 蛮奇って、驚かせるのが得意なの?」

 

「人並み以上には、得意なつもりよ。知り合いは驚かない人ばかりだから、忘れそうになるけどね」

 

 当時のララの姿を思い出さないよう、リトが一人奮闘している中、ララと赤蛮奇は肝試し中とは思えない雰囲気で話していた。赤蛮奇の名前を勘違いしてるのは、ご愛嬌だ。

 話題こそ肝試しに関連してはいるが、新しい友達の得意な事の延長でしかなかった。

 

 あまりにも場違いな空気に、脅かす側が躊躇する始末。事実、三人を射程圏内に収めながらも、素通りさせてしまった脅かし役が何人かいた。

 

 一向に脅かし役が出てこない事に、リトも疑問を抱く。そろそろ来る頃だろうかと身構えていると、通り過ぎた茂みが音を立てて揺れる。

 

 ガサッ

 

「!!?」

 

「あら」

 

「あっ、春菜!! そんなところで、どうしたの?」

 

 音の出所に目を向ければ、涙を溢す春菜がいた。

 乱れた上着も戻そうとしないくらいには、取り乱している。

 春菜がいたのは、順路から逸れた横道だった。暗い中で人目につきにくいせいで、肝試しの運営側も気付かなかったのだろう。

 

 物音に驚いていたリトだったが、春菜の姿を見て意識を切り替える。驚いている場合ではない。暗い夜道に怯えている状況でもない。

 ただ春菜の身を案じて駆け寄る。

 

 一方の春菜は、思わぬところでリトと出会った事で気が緩んでいた。限界だったのもあり、リトが近付いたところで反射的に抱きつく。

 リトが驚きのあまり後ずさろうとすると、背中に何かがぶつかる。

 

「今は何も言わず、受け止めてあげなさい。彼女が落ち着くまで、側に居てあげて」

 

 背中を押しつけた赤蛮奇が、リトの動きを止める。身を屈めて足元の小枝を拾うと、それを手の中で弄んだ。

 心配したララも駆け寄り、春菜を宥めるのに協力する。そのまま数分かけて落ち着いた春菜は、リトから離れて目元を拭っていた。

 

「ゴ、ゴメンね結城くん。怖さのあまり、つい…………」

 

「いや、うん。切羽詰まってると、周りも見えなくなるよな」

 

 どう見ても春菜に余裕はなく、正常な判断ができているようには見えなかった。

 見つけたのがリトだから良かったものの、煩悩の多いケンイチあたりが見つけたらどうなっていたかと密かに心配する。

 なおあの反応はリトだからのもので、それ以外の相手では起こり得なかった事をリトは知らない。

 

 謝る春菜に精一杯のフォローをする。リトとしては気にしていないし、そこまで追い詰められている春菜を心配する気持ちの方が大きい。

 ララも同じで未だに春菜の顔を覗き込んで、不安げな表情を浮かべる。

 

「春菜、まだ顔が青いよ。ねえリト、私たちも戻ろっか」

 

「そうだな。西連寺に無理させたくねーし。すいません。オレたちはもう戻りますけど、赤蛮奇さんも来ませんか? もしかしたら、スタート地点にも人が戻ってるかもしれないんで」

 

「………………それは、あまりお勧めできないわね」

 

『ぎゃ────!!!!!』

 

 渋い顔を浮かべる赤蛮奇の言葉。それを肯定するように、生徒のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。悲鳴は遠くから聞こえたもので、声自体は小さい。問題は声がしてきた方向が、自分たちが今通ってきた方向からというものだった。

 

 後から来たペアが驚かされたのだろうかと考え、それは違うとすぐに否定する。リトたちがここに来るまで、驚かされる事はなかった。

 肝試しの途中で配置を変えない限り、リトたちもそこで驚かされていたはず。

 

 どういう事だ? 途中でスルーされたと知らないリトは、困惑しながらも頭を働かせる。そのリトに答えを示すように、赤蛮奇はため息混じりに推測を語った。

 

「おそらく、逃げた生徒を狙っての配置でしょうね。スタート直後はお化け役がいなかったから、ここまで来れば安心。そう思わせてからの奇襲。相当に意地が悪い人間が、配置を考えてるわね。こうなると、戻るよりも先に進んだ方がマシかもしれないわ」

 

「リト、私が飛んで春菜を運ぶのはダメ?」

 

「…………それもありかもしれないな。こうなると、宇宙人がどうとか言ってる場合じゃねーし」

 

 声を顰めたララが、リトに相談する。

 

 ララの正体が露呈するのは避けたい。ただ春菜の様子を知った以上、放っておくわけにもいかない。

 ララの正体を明かし、空から逃がすのが最も安全なように思えた。

 

 進むも戻るもままならない現状。なりふり構っていられない。問題は今の春菜にララの正体を明かして、それを受け入れられる余裕があるかどうか。

 最悪、事態を悪化させてしまう可能性がある。

 

 どうするかと判断を迷う中、春菜がいた道の奥からこちらに近づく光があった。

 

「西連寺さん、迎えに…………結城くんにララさん? 二人も、西連寺さんを探しに?」

 

「古手川!? なんでここに…………」

 

「偶然出会った知り合いから、西連寺さんが道を逸れたと聞いたのよ。ペアの男子が逃げて一人になったところだったから、迎えに来たの」

 

 提灯を片手に、やって来た唯が事情を説明する。今回の肝試しは、各クラスごとにルートが分かれている。

 B組である唯はリトたちとは別ルートの為、横道を通って合流していた。

 

 こんな状況下で遭遇する知り合い。普通に考えれば疑わしいところだが、そんな普通じゃない知り合いがいるリトは苦笑を浮かべて尋ねる。

 

「ひょっとして、時兎の知り合いか?」

 

「ええ、紹介するわ。こちら…………多々良さん?」

 

 唯が後ろを振り返り、そこにいる人物を紹介しようとする。唯の背後に紫色の棒状の物体が見えていたので、誰かがいるのはリトたちからも見えていた。

 

 姿が見えるように唯が横にずれると、閉じた紫の傘を見つめる多々良小傘と彼女の背後から様子を伺う黒谷ヤマメの姿があった。

 

 小傘は深刻な表情で傘を見下ろしており、次に視線を春菜に向けて再び傘に視線を戻す。それを何度か繰り返しなんとも言えない雰囲気の中、耐えきれなくなったヤマメが問う。

 

「小傘、さっきから何をやってるんだい?」

 

「今なら確実に驚かせられる。けど、あんなに弱ってる人を驚かせるのは…………」

 

「姿を見られてるから、驚かせるのはもう無理よ。だからまた今度ね」

 

 唐傘お化けとしての本能とプライド。その狭間で葛藤していた小傘だったが、今から驚かせるのは無理がある。

 結局本能を押し留めた小傘は、無難に自己紹介を済ませた。その流れでヤマメの自己紹介となり、赤蛮奇へと視線が向けられた。

 

「それにしても姿が見えないと思ったら、そっちに合流してたんだ。せめて一声くらい、かけて欲しかったんだけどねえ」

 

「合流したのはたまたまよ。慣れない森だから、道に迷ってたのよ」

 

「もう、気を付けてよ。急にいなくなったから、心配したんだから」

 

 ちょっとした悪戯のつもりで、有栖たちの知り合いというのを隠していた赤蛮奇。その目論見をバラされてしまった赤蛮奇は不機嫌になる事なく、これから一波乱来る事を予想して口元を緩めていた。

 

 

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