東方災愛録   作:乾き塩

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今更ながら致命的な矛盾に気付いたので、水曜から月曜に修正しました


にんにくの海

 

 有栖のスケジュールはなかなかに忙しいものとなっている。月曜日、水曜日、金曜日の放課後は前世持ちの各勢力でアルバイト。火曜日、木曜日の放課後と土曜日の朝からは師である紅美鈴のもとで武術の修行をしている。

 アルバイト先は曜日ごとに決まっているわけではなく、一日ごとに決まった順番を回る形となっている。

 月曜日である今日はアルバイトの日で、放課後からアルバイト先となる紅魔館で執事として働いていた。修行の場としても利用しているのもあって、有栖にとっては馴染み深い場所となっている。

 夕食を済ませた有栖は、燕尾服に着替えてその後の仕事も一通り片付けた。その事をメイド長である十六夜咲夜に報告すべく、彼女を探して屋敷内を歩いていた。

 

「すみません。荷物を押し付けてしまって…………」

 

「気にすんな。どうせ通り道だしな。それに、謝るならこいつが頭を下げるべきだろ」

 

「えー。私はとーぜんのよーきゅうをしただけだよぉ〜」

 

 小さな段ボール二つを抱えた有栖に、少女が頭を下げていた。中学生くらいの背丈でメイド服を着た少女。しかしその肌は緑がかっており、人間でないのは一目瞭然だった。

 そして有栖を挟んだ反対側には、メイド服を着た小学生くらいの背丈の少女が空を飛んでいる。背中には羽が生えており、こちらも同様に人間でないのは明らかだった。

 二人のメイド、ホフゴブリンと妖精の少女は対照的な反応を見せていた。荷物はホフゴブリンのメイドが運んでいたのだが、そこにやって来た有栖が咲夜の居場所を訊ねた。その際、ホフゴブリンを手伝おうとしていた妖精メイドが咲夜の居場所についての情報を提供した。そして情報料として、荷物の運搬を有栖に押し付けた。

 ホフゴブリンメイドは一つだけでもと段ボールを取ろうとしたが、有栖が強引に持って行ってしまった。荷物を諦めた彼女は、せめて運ぶ場所までの案内は任せて欲しいと申し出て有栖の隣を歩いていた。

 

「ねぇねぇ、ありすー」

 

「どうした。腹でも減ったか?」

 

「ううん、そうじゃなくて。有栖はいんきゅばすだって聞いたけど、本当なの?」

 

 有栖を揶揄って遊んでいた妖精メイドだったが、思い出したかのように有栖に疑問を投げかけた。それは仲間の妖精から聞いた話で、有栖の正体についてだった。

 特に隠しているわけでもないが、有栖自身も色々と分かっていない事も多いので、少し考え込んだ様子を見せた。

 

「…………どうだろうな。永琳によると、先祖返りでインキュバスの性質が強く出てるらしいが、本質的には人間らしい。まあ、半人半魔ってところじゃないか」

 

「そういえば、催眠でお嬢様たちの性欲を抑えてると聞いた事があるんですが。ひょっとして、それもですか?」

 

 インキュバスの件について肯定すると、ホフゴブリンメイドが昔聞いた話についての確認をとった。

 何かの冗談かと思っていたが、インキュバスとしての性質と聞いては確認したくなってしまった。その話まで広がっていた事に有栖は少しばかり驚いた様子を見せる。しかし嬉々として広めそうな人物がいくつも思い浮かび、隠していたわけでもないとして首肯する。

 

「インキュバスの性質って言っても、随分と歪んだ形になってるみたいでな。どちらかと言うと、現代の偏った認識での淫魔の性質みたいになってるらしい。おかげでインキュバスの力で性欲を抑えるっていう、矛盾した力の使い方を余儀なくされてんだよ」

 

「…………でも、お嬢様たちってかなり性欲強いよね? 私たちも何度か夜伽に呼ばれてるけど、お嬢様一人で十人以上を朝まで相手してたもん」

 

「ああ。抑えてあれなんだよ。恐ろしい事にな…………」

 

 そう言った有栖の目は遠いどこかを眺めているようだった。

 有栖の催眠の性質は狭く、深くといったものになっている。一つの単純な命令しか与えられない代わりに、精神の奥深くにまで刻み込む事ができる。また副作用として、他の催眠による精神への干渉を無効化する効果までついていた。もっとも無効化するのは催眠のみで、薬などの別の要因による精神干渉は防げない。

 抑えてあれ。そう聞いたホフゴブリンメイドは、頬を朱に染めて俯きた気味に訊ねた。

 

「あの。それでしたら、催眠が解けたお嬢様の性欲というのは…………」

 

「…………知らぬが仏だ。もっとも、大妖怪とか神仏とかも似たようなもんらしいけどな」

 

「ほへぇ〜」

 

 妖精メイドが気の抜けた返事をする。ホフゴブリンメイドは何かを考え込んでいる様子で、さらに顔を赤くして黙り込んでしまった。顔を俯かせた有栖の顔がダンボールに隠れた為に、その表情は二人のメイドからは見えなかった。

 話しているうちに荷物をしまう部屋の前に辿り着く。後はやっとくからと言ってダンボールを引き取った妖精メイドは、ホフゴブリンメイドと共に部屋へと入っていった。

 二人と別れた有栖がキッチンへと向かう。道すがら何人かのメイドとすれ違いながらも、目的地となるキッチンへと入っていった。

 複数人で使う事も多い広々としたキッチンは、いつもピカピカに磨かれている。そんなキッチンの一角に、鍋を前に調味料を吟味している目的の人物を見つけた。

 

「咲夜、頼まれてた分は終わったぞ。他になんかあるか?」

 

「そうね。少し、待っててちょうだい。先に明日の仕込みを終わらせたいの」

 

「あいよ」

 

 アルバイトの間は直属の上司にあたる咲夜の指示に従い、特に何をするでもなく咲夜の隣に立つ。

 身長の関係で鍋の中身は見えない。調味料の吟味を終えた咲夜が、鍋にかけている火を調節する。僅かだがとうもろこしの甘い匂いが漂っていた。

 

「コーンスープか。夜勤明けのメイドの分か?」

 

「ええ。あの子たちには助けられてるもの。メイド長として、これくらいはしてあげないとね」

 

 そう言った咲夜は柔和な笑みを浮かべていた。原作キャラとの乖離なんてものは今更で、有栖も気に留めていない。ただメイドたちの件で気になる事があった有栖は、厨房の出入り口となる扉へと視線を向ける。

 

「…………そういや、またメイドが増えたか? 初めて見る、妖怪のメイドを何人か見かけたんだが」

 

「ええ。働かせてほしいって言うから、雇ったのよ。メイド服を着てみたかったらしいのだけど、仕事もきちんとしてくれているわ」

 

「一応聞いとくけど、記憶の方は?」

 

「ないわ。食指が動くから、同じ前世持ちだとは思うのだけど…………」

 

 妖怪や妖精といった、東方Projectではお馴染みの存在。ToLOVEるの世界観が根本にあるこの世界では、それらは空想の存在とされていた。しかし宇宙人と同じく大衆に知られていないだけで、それらの存在も実在している。

 それは東方Projectのネームドキャラだけに限らない。ゲームや書籍ではモブに分類されるであろう、妖怪や妖精もそれぞれの生活を営んでいた。

 なぜか性別が女に分類される個体しかおらず、性的趣向も他の前世持ちと似たものとなっている。互いが互いを求め合うという、前世持ち同士の奇妙な感覚があった。

 しかしネームドキャラと似通った点は多いが、大きく異なる点もある。それは自分が転生、もしくは憑依したという自覚がないという事だ。

 過去に紫たちが検証したところ、前世の記憶については個人差があるらしい。前世の存在について伝えたところで、はっきりとした記憶を思い出す事はなかった。

 とはいえ、前世持ちかどうかは咲夜たちにとって大した問題ではない。一番の問題は目先の欲求を満たせるがどうかという、あまりにも単純なものだった。

 

「ったく。そういう発言は、誤解を招くぞ」

 

「誤解なんかじゃないわ。性欲が一番なのは事実よ。その次に、親愛や情けが並ぶの」

 

「素直じゃないな」

 

「嘘は言ってないわ。あなたの催眠のおかげで、今は親愛や情けが性欲を抑えて優先されてるだけよ。…………催眠がなければ人並みの生活が送れないというのも、恐ろしい話ね」

 

 人間組と呼ばれているゲームでは自機でもあった咲夜、霊夢、魔理沙、早苗の四人は、有栖と幼馴染であり、催眠による性欲の抑制を早いうちから行なっていた。

 それでも短い間ではあるが幼い頃には頭の中が性欲に支配されていた期間があった。もし有栖に出会う事なく、今でもあれが続いていたらと思うと恐怖や不安で押しつぶされそうになる。

 ほんの僅かな期間を経験した咲夜たちですらそれだ。有栖が生まれる前から。それこそ、百年単位でその経験をしていたレミリアたちはどう思っているのか。当時の事を思い出してるのか、たまに顔を青くして性欲を抑えようとしているレミリアや美鈴の姿を見かけるたびに、咲夜は自分の事のように胸を痛めていた。

 今の『性欲を支配している』状態ならともかく、『性欲に支配される』というのはなんとしてでも避けたい事態だった。

 

「やばくなったら、いつでも言ってくれ。もう少し、強めのをかけるからよ」

 

「あら、随分と優しいのね」

 

「苦しんでる知り合いを放っておくほど、クズじゃねえよ。何より、俺自身の貞操の為だ」

 

「ふふ、いつも通りで安心したわ。っと、そろそろ頃合いね」

 

 咲夜がコンロの火を止める。程よく温まったコーンスープからは、甘い匂いが漂っていた。

 鍋に蓋をして、用意した飾り用のとうもろこしやパセリを冷蔵庫へしまう。主食となるパンをオーブンの脇に置き、夜勤明けのメイドたちの朝食の準備を終える。

 メイドたちがこれを食べる姿が見れないのを少しだけ残念に思いながらも、すっかり待たせてしまった有栖への仕事に意識を向ける。

 

「待たせてごめんなさい。それで有栖の仕事なのだけど、お嬢様の様子を見てきてくれないかしら。他のメイドが、出かける支度をしているのを見かけたそうなの」

 

「別に構わねえけど、放っておいてもいいんじゃないか? 夜中の散歩とかいつもの事だろ」

 

 有栖の言うように、夜中にレミリアが出かけるのは珍しい事ではない。

 特に理由もなく、一人でふらりと出かけては、当てもなく夜の空を彷徨っている。誰もいない鉄塔の上だったり、知り合いの家を訪ねたり。前世持ちの野良妖怪と一夜を共にしたりなど。気ままに彷徨い、気が向けば帰ってくる。

 いつものレミリアらしい行動だからこそ、咲夜が気にする理由が分からなかった。

 有栖の疑問は当然のものと咲夜も理解している。だからこそ、気になった理由を包み隠さずに打ち上げた。

 

「それが、妹様との今夜の約束を突然キャンセルしたそうなの。おかげで妹様が拗ねてしまわれて、私と美鈴が相手をしないといけないのよ」

 

「…………あのシスコンのレミリアが? 異変の前兆じゃないだろうな」

 

「ええ。だから気になるのよ。散歩はいつもの事だけど、妹様との約束を反故にする事はなかったもの」

 

 疑問が氷解した有栖は、次第に状況を理解すると眉間に皺を寄せ始めた。今夜は何かある。そう確信した有栖は、足早にキッチンを飛び出した。当然ながら、何かあるとすればレミリアの目的地だ。彼女が先に出てしまっては後手に回ってしまう。気を探知すれば後を追いかけるのも難しくないが、出発前のレミリアと接触できればそれに越した事はない。

 廊下を走り、メイドたちの隙間を縫って進んでいく。気による飛行よりも走る方が速いという理由から、有栖の移動手段はそのほとんどが徒歩だ。

 小柄な体と鍛錬によって得た体捌きを駆使して、瞬く間にレミリアの部屋の前へと到着した。焦る気持ちを抑えて、ドアをノックしようと手の甲を向ける。すると有栖の到着を待っていたかのように、内側から扉が開かれた。

 

「待っていたわ。それじゃあ、いきましょうか」

 

「珍しいな。最初から行き先が決まってるのか」

 

「ええ。だからこそ、エスコートが必要なの。お願いね、執事さん♪」

 

「かしこまりました、お嬢様。何なりとお申し付けください」

 

 楽しげなレミリアから執事と呼ばれた有栖が、恭しく頭を下げる。

 本職に比べればぎこちなさを感じる動き。しかしレミリアの頬を朱に染めるには十分な破壊力だった。

 

「…………やっぱり、今夜はベッドの上で過ごしましょう。大丈夫、優しくリードしてあげるから」

 

「用事があんだろ。さっさと外に行くぞ」

 

「あら。初体験を外で済ましたいだなんて、随分と積極的じゃない。なんだかんだ言って、有栖もインキュバスなのね」

 

「…………にんにくの海に沈めてやろうか」

 

「それは弱点と関係なく、遠慮したいわね」

 

 有栖の睨みを軽く流したレミリアは、軽い足取りで廊下へと出て進んでいく。変わり身の速さに半ば呆れていた有栖だが、重い雰囲気が続くよりはいいかと思い直した。

 出会った頃の目を血走らせて性的欲求を満たしていた姿に比べれば、まだ健全と言えるだろう。本気か冗談かは分かりにくい誘いはある。しかしそれも彼女たちなりのコミュニケーションと思えば、嫌味の一つは返しても嫌悪するまでには至らなかった。

 小さくため息をついた有栖が、こちらを振り返っているレミリアの後を追いかける。そして並んで廊下を歩き始めたところで、今夜の目的地について尋ねた。

 

「それで、どこに行くんだ? 相応の理由がなきゃ、後のフランが怖いぞ」

 

「心配いらないわ。あの子もきっと、分かってくれるもの。待ち人来たれり。それが、今夜の運命よ」

 

 レミリアが笑みを浮かべる。今夜の散歩は、いつもと違って明確な目的がある。しかしその後に何が起こるかは分からないという、いつもと違った刺激が味わえそうだった。

 

 




編集が終わった直後に気付いたけど、二話続いてサブタイが『に』から始まってる………
あっ、別に縛ってないので次は『に』以外から始まると思います。三話の一文字目すら書けてないので、万が一があるかもですけど
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