東方災愛録   作:乾き塩

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まともな家族

 

「「いらっしゃいませ〜♪♪」」

 

『夜童子』

 それが有栖が案内した居酒屋の名前だった。

 ミスティア・ローレライと奥野田(おくのだ)美宵(みよい)が営むこの店は、第二彩南商店街という地元に住むリトですら初めて聞く場所にあった。

 彩南商店街の途中で横道に入り、複雑な路地を右へ左へと抜けた先にある商店街。すべての建物が古めかしい佇まいをしていた。

 店に入った有栖たちが通されたのは奥のテーブル席だった。何も食べていないというララの分の食事を頼み、有栖たちはそれぞれの飲み物と軽食を頼む。居酒屋ではあるものの食堂も兼ねているので、定食などのメニューも充実していた。

 

「有栖って男の子なの!?」

 

「そうなんです! あんな見た目なのに、心だけでなく体まで男性なんですよ!! 性別の概念が壊れちゃいますよ!!」

 

「特に手入れもせずにああなったらしいわ。女として、羨ましい限りね」

 

 注文した料理が届くまでの間、ララたちは雑談に興じていた。有栖が男だと知ってララが驚いたりなどの一幕はあったが、ララと早苗のコミュニケーション能力の高さが幸いして、既に打ち解けたようだった。

 一方、注文をした後、リトと有栖は席を離れていた。家に連絡をしたいというリトの頼みを聞いて、レジ近くにある電話にまで案内した。

 ひたすら謝った後に話を終えて受話器を置いたリトは、暗い表情でため息をついた。

 

「美柑に心配かけちまったな…………」

 

「そりゃそうだ。部屋が荒らされて窓が開いたまま、部屋にいたはずの家族がいなくなってんだからな。まともな家族なら、心配するだろうぜ」

 

「そう、だな」

 

 改めて状況を振り返ったリトが落ち込む。

 部屋のドアを閉め切っていたおかげで、リトが部屋にいない事はバレていなかった。

 しかし部屋にいたはずのリトからの電話は妹の美柑を驚かせるには十分なもので、質問攻めからの説教によってリトの精神を大きく削っていた。

 キツイ言葉も多かったが、その全てがリトを心配してのものだ。最終的に大事には至っていないのを確認すると、いつもの調子に戻って早く帰ってくるようにとだけ告げて電話を切ってしまった。

 

「けど、謝るだけってのも悪いよな」

 

 電話越しに何度も謝ったリトだが、直接謝る必要性を感じていた。

 ただ僅かな間とはいえ心配をかけてしまったので、謝るだけというのはそれでいいのかという疑問がある。謝るにしても、言葉以外にも何か用意したいところだった。

 

「今日のところは早く帰ってやれよ。詫びの品は、また今度選べばいいだろ。心配するふりをして、妹の泣き顔を見たいってなら止めはしねえけど」

 

「そんなわけないだろ。オレをなんだと思ってるんだ?」

 

「天文学的確率で宇宙人にラッキースケベをかましてゴタゴタに巻き込まれた男子高校生」

 

「なんだそれ!?」

 

 有栖の口から淡々と語られた自分の印象にリトがショックを受ける。宇宙人のゴタゴタに巻き込まれたのは否定できない。しかしラッキースケベという言葉は、なんとしてでも取り消したかった。

 楽しげに笑う有栖が、レジ近くに置いてあるキーホルダーを掴む。それが何かが気になったリトだが、有栖を追って自分たちの席へと向かった。

 席に戻ると既に有栖は席についていた。注文した品はまだ来ていないようで、女性陣は楽しそうに話しているところだった。

 六人掛けのテーブルで、有栖は奥に詰めたレミリアの隣に座っている。向かい側には奥に詰めた早苗とその隣にララが座っている。ララの隣というのが照れ臭かったリトは、有栖の隣に腰を下ろした。

 

「結城さん、草鞋の履き心地はどうですか? 鼻緒ずれとかありませんか?」

 

「うん、痛みとかは全然ないよ。ありがとう、東風谷。おかげで助かった」

 

「いえいえ、有栖さんが知らせてくれたおかげですので。気にしないでください」

 

 リトは今、早苗が持ってきた足袋と草鞋を履いていた。新品の足袋と鼻緒ずれ予防のくたびれた草鞋。原作の流れを覚えていた早苗は、有栖からのメールを受け取った後、それらを手頃な袋に詰めて守矢神社を飛び出していた。

 有栖からの連絡で履き物を頼まれた事にした早苗は、この件については徹底して有栖のおかげだと強調していた。

 

「おまたせ〜。注文の冷たいゆず茶にコーラ、オレンジジュース。緑茶が二つずつ」

 

「それと、唐揚げ定食に軽食のポテトとアジの骨せんべいになります。では、ごゆっくりどうぞ♪」

 

 全員が揃ったのを見計らって、ミスティアと美宵が注文の品を持ってきた。ミスティアが飲み物を配膳し、美宵が料理を配膳する。

 有栖の前にはゆず茶が置かれ、リトの前にコーラ。早苗の前にはオレンジジュース。そしてレミリアとララの前には緑茶が置かれた。加えてララの前には唐揚げ定食も置かれており、ポテトと骨せんべいは全員が取りやすいようにテーブルの中央へと置かれた。

 楽しそうに一礼した二人が、カウンターの向こうにある厨房へと戻っていく。しかしやはり興味があるらしく、有栖たちの様子をチラチラと伺っていた。

 ちなみにミスティアも例に漏れず前世持ちだ。ミスティアに転生した彼女は、一からミスティア・ローレライとして生きていた。しかし転生してからまもなく、あるアイデンティティを投げ捨ててしまった。

 東方Projectにおいて焼鳥撲滅を謳っていたミスティア・ローレライだが、ミスティアはそんなことは知ったものかとばかりに鶏肉を調理する。焼き鳥や唐揚げもお手のものだ。

 前世持ちに共通する東方Projectに詳しくないと言う事情もある。しかしそれ以上に、ミスティア自身が無類の鶏肉好きという理由があった。

 ミスティア曰く

「原作はどうか知らないけど、今の私は蛾の妖怪よ!! だから鳥を食べても問題ないの!!」

 という事らしいが、それが真実かどうかはミスティア本人か彼女の心を読んだ覚妖怪にしか分からない。

 そんな鶏肉好きのミスティアが作った唐揚げが不味いはずがない。一口大に切られている唐揚げを口にしたララは、目を見開いて全身で喜びを表現していた。

 

「〜〜〜〜♪!?!?♪」

 

「分かります。ミスティアさんの唐揚げは絶品ですからね。私も初めて食べた時は、その美味しさに泣きながら懺悔したくらいですから」

 

「懺悔って、何があったんだ?」

 

「彼女、ミスティアの唐揚げの評判を聞いた時に鼻で笑ったらしいのよ。美味しいからって、話を盛りすぎだ。ってね」

 

「で、実際に食って評判に偽りなしってのを身をもって理解したんだよ。号泣しながら床に頭を擦り付けて土下座して謝ってたな」

 

 当時五歳の早苗は、唐揚げに関する評判を一蹴。からのミスティアへの謝罪といった流れだった。恋愛に関する倫理観は崩壊しているのに、こういった感性や価値観は前世のままだった。

 今では色々と吹っ切れているが、未成年での飲酒や喫煙は厳禁という倫理観は残っていた。

 

「それより、話してくれるんじゃなかったのか? レミリアさんとか、宇宙人の事」

 

「悪いが、知り合いが月に住んでるってくらいで、宇宙人についてはさっぱりだ。大雑把な括りだと、レミリアも地球人だしな」

 

「…………吸血鬼って、地球人に含まれるのか?」

 

「らしいぜ。閻魔が言ったんだ。間違いないだろうぜ」

 

 地球の冥土に宇宙人やその末裔が行き着く事はないという、地獄の閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥの証言。そして前世持ちの面々は早くも地獄行きが確定しているという事実が、有栖たちは純粋な地球人だという事を証明していた。

 なおプリズムリバー三姉妹をはじめとする、死という概念があるのか怪しい面々はその限りではない。

 吸血鬼であるレミリアが地球人。聞き違いだと思い有栖を見るが、反応を見て楽しんでいる有栖の表情を見て間違いではないと思い知らされた。

 

「それじゃあ、時兎も吸血鬼なのか? さっきオレの足を治したのも、その力とか?」

 

「いや、俺はインキュバスっぽい人間。結城の足を治したのも、十年も練習すれば誰でも使えるようになる何の変哲もない力だ」

 

 基礎を習得するのに十年。十年もかかるのかと受け取るのか、十年で習得できるのかと受け取るのかは人それぞれだろう。

 特に気を必要としていないリトは、興味はあっても十年も費やすつもりにはなれなかった。ララが話に加わってくるかと思った有栖だったが、早苗とレミリアが相手をしているようでこちらの話は聞いていなかった。どうやら説明は有栖に押し付けるつもりのようで、よろしくとばかりにレミリアが有栖に向けてウインクをしていた。

 

「インキュバスって、悪魔だよな? ゲームの敵とかで出てくる」

 

「そそ。そのインキュバス」

 

 リトが知っているのは、ゲームの敵として出てきたインキュバスだった。悪魔系モンスターの強化版として出現したのでなんとなく悪魔として認識しているが、それが正しいかどうかすら判断がついていなかった。

 本来のインキュバスとは大きく性質の異なる有栖だが、それで合っていると肯定する。今は原典のインキュバスとの差について、説明する必要はなかった。

 

「で、それもあって、昔から色々あってな。ちょっとした偶然もあって、特殊な人間や吸血鬼みたいな超常の存在が集まった組合みたいなのに入ってんだよ」

 

 組織として発足しているわけではないが、前世持ち同士で協力しあっているのは事実だ。協力とは名ばかりの遊び仲間となっているのが実情だが、それだけ平和という意味でもある。

 特殊な人間や超常の存在が集まった組織。この場にいる上に空を飛んできた早苗も関係者だろうと予想を立てたリトは、高校でよく有栖といる他の四人を思い浮かべる。

 

「なあ、もしかしなくても博麗たちも…………」

 

「お察しの通りだ。本人のいないところで話すわけにもいかねえから、気になるんなら直接聞いてくれ。変な事情があるわけでもないから、隠さずに話してくれるだろうよ」

 

 そう言った有栖がテーブルの中央に置かれた皿へと手を伸ばしてポテトを手に取る。

 

「ちなみにここの商店街は、全部組合の関係者の店だ。組合の関係者か、一部の人間しか入ってこれなくなってる」

 

「………………一部って?」

 

「関係者の案内でここを訪れるか、偶然迷い込むか。許可を与えられてるか。この三つの条件の内、どれか一つを満たした人間だ。つーわけで、ほら許可証」

 

 そう言った有栖はレジから持ってきたキーホルダーの一つをリトに手渡した。小さな絵馬の形をしたキーホルダーには、楷書による『縁』の一文字が書かれていた。

 キーホルダーのてっぺんには、金具が取り付けられている。金具には細い革紐が取り付けられている。全体的に完成度は高く、店先に並んでいても不思議ではない出来になっていた。

 手についた油に気付いて手を拭き、キーホルダーを受け取る。許可証と言うにはあまりにも小さいそれを眺めていると、有栖が説明を続ける。

 

「関係者の許可を得て、その絵馬を受け取った時点で行き来は自由になる。絵馬を受け取ってさえいれば、その有無は関係ないから持ち歩く必要もない。ここまでの道も自然と分かるようになってるから、迷う事もないだろうぜ」

 

「常識って、あっさり壊れるんだな…………」

 

「俺たちが非常識なだけだ。そしてお前も、今日からこっち側だ」

 

 情報過多になりそうなリトだったが、慣れてきたようで思考停止には至らなかった。それでも受け入れにくい部分はあるようで、表情は引き攣っている。

 

「あと説明するのは、ここが彩南町じゃなくて隣町の郊外ってくらいか。天気が急に変わる時もあるから、来る時は気をつけろよ」

 

「隣町って、そんなに歩いてたか? 商店街からそんなに歩いてないだろ」

 

「神隠しの応用、らしい。俺もよく分かってないんだけどな」

 

 隙間妖怪の本分を説明されたところで、並の知能しか持っていない有栖に理解できるはずもない。そういうものなのだと大雑把に把握するだけにして、それ以上は知ろうとしなかった。

 有栖たちが住んでいる町は、彩南町から見て西側にある。自然豊かなこの町は西側に大きな川が流れ、北側には山。そして南には、手付かずの林や花畑などが広がっている自然豊かな町だった。

 

「そろそろ行くか。結城の妹も待たせてるしな」

 

「ええ!! リト、もう行っちゃうの!? まだあまり話してないのに…………」

 

「ああ、うん。家飛び出してきたし、家族も心配してるからさ。そろそろ帰らないとまずいんだ」

 

 リトが帰ると聞き、食事の手を止めたララが顔を上げる。名残惜しそうにリトを見つめるララだったが、帰る理由を聞いて残念そうに顔を俯かせる。

 そんなララの肩を隣に座っていた早苗が叩く。

 

「大丈夫ですよ。この町にいるなら、また会えます。結城さん、ララさんはしばらく、向かいのお店。『Regenbogen(レーゲンボーゲン)』に泊まる予定です。また、放課後やお休みの日にでも会いに来てください」

 

「あそこか。ちょうどいいな。結城、気が向いたらまた来てくれ。あの店なら、人形とか服が揃ってるからな。プレゼント探しにはぴったりだ」

 

「人形か。そういえば、美柑の部屋にも人形があったような…………」

 

 アリス・マーガトロイドが経営する手芸用品店『Regenbogen』。針に布生地。人形から服のオーダーメイドまで幅広く取り扱っている。

 服や人形は、全てアリスの手作りになっている。趣味の範囲で作ったのものなので、本職の人間が作ったものに比べれば大きく劣る。というのがアリスの言葉だが、素人目では既製品やプロが手掛けたという服と遜色がないように見えた。

 人形と聞いて、美柑の部屋を思い返す。最後に入ったのはいつだったのかは覚えていないが、人形やぬいぐるみがいくつか置いてあった気がした。

 また会いに来るとララと約束したリトが席を立つ。それに続いて、有栖も席を立った。

 

「そんじゃ、俺も行くかね。二人で説明した方が、まだ納得してくれるだろ」

 

「もしかして、起こった事をそのまま伝えるつもりか?」

 

「他に説明のしようもないだろ。夜中に自分の部屋の窓から、裸足で外に飛び出る理由で、自然に相手を納得させられるものがあるってなら、その必要がないだろうけどな」

 

「それは…………」

 

 リトは何も答えられなかった。少なくとも一般家庭でその行動について、家族を納得させられる理由などないだろう。

 事実を話したところで美柑を納得させられる気がしない。正攻法で行くしかないと悟ったリトは、有栖の言葉に甘える事にした。

 リトが先を進む形で店の外に向かう。途中で足を止めた有栖は、財布から取り出した札をカウンターの上へと置いた。

 

「ミスティア、ここに金置いとくから」

 

「はーい! 毎度あり〜♪」

 

 酒を乗せたお盆を運んでいたミスティアが笑顔で二人を送り出した。

 店を出て二人並んで歩く。肩越しに振り返って店を眺めていたリトは、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「悪い、時兎。お金は、明日払うよ」

 

「気にすんな。って言いたいとこだが、その顔は無理そうだな」

 

 家を飛び出したリトが財布を持っているわけもなく、支払いを任せてしまった事に罪悪感を抱いていた。過保護気味な前世持ちたちによるバイト代としては破格の収入が有栖にはあるので、これくらいなら痛くもない。

 しかしそれを言ったところで、リトが折れるとは思わなかった。なので有栖は、一計を案じて言葉を続ける。

 

「なら、今度手を貸してくれ。ちょっと、人手が必要になりそうでな。手伝いをしてもらえると助かる」

 

「分かった。オレでよければいつでも言ってくれ。今日助けてもらったお礼もしたいし」

 

「サンキュ。んじゃ、その時は頼むぜ」

 

 そう言った有栖が、口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。

 早苗の計画には非協力的な有栖だが、なんだかんだで彩南高校での生活は楽しんでいる。未だに計画には進んで協力する気にはなれない有栖だが、結果的に計画に協力したようになる分には気にならないようになっていた。

 

 

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