「…………」
『スマホ☆ありがと(^з^)-♡♥︎♡♥︎』
結城家のリビング。ソファーに腰掛けたリトは、手にしたメモの内容に釈然としない気持ちを抱えていた。
今朝拾ったスマートフォンは霊夢たちが来るまでカバンにしまっていた。席を離れる理由もないので、リトがカバンの側を離れはしなかった。にも関わらず、有栖よりも先に来た霊夢に声をかけてスマートフォンを渡そうとしたところ、スマートフォンが姿を消していた。
代わりにこのメモが入っており、リトだけでなく遠巻きに様子を見ていた春菜も驚愕のあまりに固まっていた。
霊夢に事情を伝えたところ、持ち主が持っていたのだろうとあっさりと流されてしまった。持ち主に見当がついているらしい霊夢が言うのだから大丈夫なのだろうが、いつの間にか鞄を探られていたリトからすればせめて持ち主の姿くらいは確認しておきたかった。
「ねえ、リト。ここってどうするの?」
「ん? ああ、そこは入り口近くの岩を…………」
あまり気にしないようにしようと、頭を横に振ったリトがメモを傍に置く。そのタイミングで、テレビの前に座っていたララが声をかけた。
ララの手にはゲームのコントローラーが握られている。手を止めている今は画面の中の操作キャラも足を止めており、巨大なダンジョンを前に立ち尽くしていた。
呼ばれたリトがテレビの前に向かう。宇宙人と遭遇するどころか居候させる事になるとは思っていなかったリトは、こうなった経緯を思い出して内心で苦笑していた。
────────
意外な事に、ララの校内見学は大きな波乱もなく終了した。
常に有栖たちがガードについていたのが理由としては大きい。特に入学式の一件で暴れた霊夢は、一睨みするだけでやって来た男子を追い返していた。ちなみにいつものように有栖目的でやって来た男子は、霊夢の視線を受けてもじっと耐え忍んで遠巻きに有栖を眺めていた。
その我慢強さを他のところで発揮してほしいと、鈴仙は呆れてため息を吐いていた。
そうして迎えた放課後の教室。何かを考え込んでいる様子のララの前で、有栖が口を開いた。
「…………結城。急な話で悪いんだが、お前の家にララを住ませてやってほしい」
「ほんとに急だな。というか、何かあったのか? 今は、アリスさんって人の家にお世話になってるんだろ」
有栖からの突然の提案。ララにとっても思わぬ話だったようで、小首を傾げて有栖を見ていた。
何か急用でもできたのだろうか。事情を尋ねるリトに、有栖は周りの目を気にして声を潜めた。
「ララの宿泊先がちょっと問題でな。一日二日の滞在ならともかく、あんまり長居するとやばいんだよ」
「やばいって。そんなに危ない人なのか?」
「そんな事ないよ!! アリスってすごく良い人だし。いつまでもいてくれて良いって言ってくれたもん!!」
「それは社交辞令だろ…………」
本気で信じている様子のララに、リトが苦笑を浮かべる。そう言われたのは事実だろうが、本心からでないのは面識のないリトにも分かった。
とはいえ、リトとしては気になるところではあった。無邪気という言葉がピッタリなララだが、人の好き嫌いははっきりしている。自分を連れ戻そうとしたSPたちを嫌っていたように、なにかされていれば庇うような事はなかっただろう。
ララ目線で良い人なのは違いないが、人となりについては有栖の方が知っているのだろう。しかし最初からそうしなかった理由も分からず、アリスについて問う。
「…………アリス・マーガトロイド。手芸用品店『Regenbogen』の店主であり、人形使い。引きこもりがちだが人付き合いが苦手ってわけではない。家事全般から心遣いまで、なんでもござれ。『七色の人形遣い』の二つ名を持つ魔法使い。ってところまでは、結城に話したな?」
ララへの説明とリトへの確認。その二つを同時に済ませる。ララは本人から聞いている可能性もあったが、確証は持てなかった。
「ああ。吸血鬼や悪魔が本当にいるんだから、魔法使いがいたところで別に驚かないけどさ。とゆーか。ララは、魔法使いって何か知ってるのか?」
「よく分からないけど。アリスは、自分は研究者だって言ってたよ。何か作りたいものがあるらしくて、私も手伝おうとしたんだけど。本の中身が全く分からなかったんだ…………」
そこまで言って、ララが肩を落とす。恩人の力になれなかったのを残念に思っているようで、目に見えて落ち込んでいた。
地球に来て日が浅いララは、本に書かれている文字そのものが読めなかった。しかし仮に読めたとしても、魔法という未知の分野については基礎となる理論すら読み解けなかっただろう。
最もアリスの研究書は複数の言語を使用した暗号となっているので、字だけを読んでもララには理解できない。
そうとは知らない有栖は、目に見えて驚愕した後に安堵の表情を浮かべる。ここまで動揺した有栖の姿を初めて見るリトは、恐る恐る疑問を口にした。
「なあ、時兎。どうしたんだ? そんなに驚いて」
「早速地雷を踏み抜いてるとは思わなかったんだよ。良かったな、ララ。お前が字を読めてたら、最悪、その場で殺されてたぞ」
「…………へ?」
「はあっ!?」
ララが小首を傾げ、リトが驚愕の声を上げる。クラス中の視線が集まるが、すぐに興味を失って視線が戻っていった。
「魔法使いってのは、いわゆる魔法の研究者だ。そしてその研究内容ってのは、親しい友人や家族であろうと明かされる事はない。大っぴらにするのは結果であって、そこに至るまでの過程は極秘中の極秘なんだよ」
「それじゃあ、もしララがそれを読んだら…………?」
「良くて記憶の抹消。最悪は、今言った通りだ」
淡々と語られる内容は、リトにとってはあまりにも衝撃的なものだった。一瞬、いつもの有栖の冗談とも考えたが、こんなタチの悪い冗談を口にするような性格でないと考えを改める。
下手をすると、昨日にはララが殺されていたかもしれない。有栖が言うように、居候先を変える必要はありそうだった。
「ただ、誤解しないでくれ。研究内容が第一だが、好き好んで人を殺してるわけじゃないんだ。今日、あいつが引きこもってるのも、研究関連の資料をどこかに隠してるんだろうよ」
本人の名誉の為に、補足を挟む。
身内とのやり取りでは物騒な言葉も飛び交うが、それも本気というわけではない。知り合いが快楽殺人者のように扱われるのは、あまり良い気はしなかった。
とはいえ、長年研究の成果を隠すのは容易ではない。有栖と出会う前は性欲で思考が歪んでいたが、魔法使いとしての本能なのか魔法の研究も行っていた。
その研鑽の全ては、本棚いっぱいにノートや資料を詰めても足りないくらいだ。保管庫に厳重な封印を施すか、実家の魔界に全ての資料を移すくらいしか有栖には思い浮かばなかった。
────不定期に神綺も来るしな。夢子付きで。
アリスの家には母親である神綺も不定期に訪れる。危険は少ないだろうが、神というのは時として予想だにしない事態を引き起こす。
異変ほどではないにしても、力のある神ほど騒ぎを起こす傾向にあった。
魔界の神と宇宙人。二人が接触した時の化学反応はどのようになるのか。具体的な内容こそ思い浮かばないが、あまり良いものではなさそうだった。
「だから、しばらくは大丈夫だろうけど。長居すればするほど、危険は増すんだよ。今なら、ララの荷物も少ないだろうしな」
「引越しの理由は分かったけど。なんでオレの家なんだ? 東風谷とか博麗の家の方が、ララが泊まるならそっちの方がいいだろ」
早苗や霊夢に、兄弟はいない。霊夢には中学生の妹がいるという話も、合わせてどこかで聞いている。
男である自分がいる結城家よりも、ララの居候先としてはそちらが適切のような気がしていた。
もちろん、リトとしてはララに何かするつもりはない。しかし妹がいるとはいえ、両親がほとんど帰宅しない家に年頃の少女が居候するというのは疑問を抱くには十分だった。
そんなリトの気遣いを聞いたララは、何食わぬ顔で自分の本心を口にする。
「私はリトの家がいいなー。助けてもらったお礼もしてないもん。…………それに、その方が都合がいいし」
「…………ララもこう言ってるしな。それに、二人の家も似たようなもんだ。早苗の家には親代わりの神が二人。霊夢の家は、外部からの妖精や妖怪が常に蔓延ってる人外魔境状態。他のメンツも似たようなもんだし。俺はバイトやら修行で、ほとんど家にいない。ララからの信頼と安全面。両方から見ても、結城の家が最適なんだよ」
ララの最後の呟きは、五感の鋭い有栖にしか聞こえなかった。
有栖にしては丁寧な反論。リトの提案を一つ一つ、理由をつけて却下していく。そして想定される可能性についてもあらかじめ却下した上で、ダメ押しとばかりにリトの家を選んだ理由を付け加えた。
おかげでリトも、それならと一応の納得はした。何か言いたそうにしていたが、喜ぶララを見てその気も失くしてしまった。
────────
「だからって今日からはないだろ…………」
頼みを承諾したリトだったが、まさかその日のうちにララが来るとは思っていなかった。
その後のアリスへの説明には、リトも同行した。大して構えなかったからとララにいくつかの手土産を手渡し、リトにも役に立てなかった事を謝りながら同じように手土産を手渡した。
それから有栖とも別れ、ララと二人で帰路についた。美柑への説明について頭を悩ませていたが、リトが拍子抜けするほどあっさりとララの居候が認められた。
夕食前にはララの部屋の掃除も済み、荷物の持ち込みも済んでいる。
しかしやる事はまだ残っている。夕飯を済ませたリトは、ゲームの続きをしようとしていたララを連れ出して河川敷へとやって来ていた。
「ここなら大丈夫か」
日が暮れた河川敷には人の姿が見当たらなかった。遠くから電車が走る音が聞こえるくらいで、落ち着いて話をするにはうってつけの場所だった。
河川敷の坂を降り、途中の草むらに座り込む。ララの居候の件で疲れ切っているリトに、立ったまま話す気力はなかった。
「どうしたの? リト。いきなり「大事な話がある」なんて改まっちゃって。早く帰って、ゲームの続きやろーよ」
「…………話が終わったらな」
早々に帰ろうとするララに、リトが力無く返事をする。大事な話と念を押したにも関わらず、あまり興味のなさそうなララの態度に呆れていた。
深いため息を吐いて、なんとか意識を切り替える。ララの反応はどうであれ、大事な話である事には変わりない。ララの興味がゲームに移ったままでも、話しさえできれば問題なかった。
「一つ確認したいんだけど。ララって、アリスさんの話とかどこまで聞いてるんだ?」
「アリスが魔法使い? をしてるのは聞いてるよ。あとは、いろんな友達がいたり。普通の地球人とは、いろいろ違うとも聞いたよ」
「アリスさんやその知り合いの正体については、なにか言ってなかったか? 誰にも言っちゃいけない。とか、あの商店街に連れていかないように。とか」
リトが気にしているのは、有栖たちの素性についてだった。
ララが宇宙人である事を隠すのは、事情を知るリトたちの間で決まっている。
しかし有栖たちの素性については、何も決まっていないままだった。
地球と他の星とでは、正式な国交が行われていない。だからこそ、ララが宇宙人である事を隠す事には一定の理解を示していた。
しかし地球の文化に疎いララに、有栖たちに関する事情の線引きは難しい。
有栖たちが空を飛べたり、妖怪などの存在についてはどこまで秘密にするのか。なぜ秘密にしないといけないのか。早いうちに、互いの認識をすり合わせる必要があった。
「うん。秘密にして欲しいって言われたよ。私が知ってる地球人と違うところは、全部だって」
「その方が早いか。それで、商店街はどうするんだ?」
「友達なら、連れて来てもいいって言われたよ。お店の人の正体は秘密だって言われたけど」
「それって大丈夫なのか?」
商店街の店主や店員は、実年齢はともかく見た目は若々しい美女美少女(有栖談)が揃っている。
数年単位なら違和感はないだろうが、十年も経てば見た目が変わらない事に気付かれるだろう。
それまでにリトと同じように正体を明かすのか。不思議な力で誤魔化すのか。仮に何もなかったとしても、リトが高校生の間は何も知らなくても違和感に気付かれる事はなさそうだった。
「ララ様っ」
一通りのすり合わせが済んだところで、家に帰ろうとした時だった。
ララを呼ぶ声に動きを止める。
二人が声にした方向を見ると、犬に足を噛まれている全身鎧に身につけた男の姿があった。
ララを結城家に居候させる理由が無理やりすぎたかなと思わなくもない。
けど、有栖が知る中で一番安全な家でもあるから仕方ないね。