東方災愛録   作:乾き塩

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立派なマシュマロですね

 

 勘違いと行き違いが重なり、晴れてリトはララに惚れられてしまった。訂正をしようにもドツボにハマったリトの言葉は届かず、疲れ果てたリトは考えるのをやめて家に帰るなりベッドに横になった。

 

 せめていい夢を…………

 

 そう願ったリトが意識を手放すのに時間はかからなかった。

 果たして、リトの願いは叶った。巨大な菓子の山を前にはしゃぎ、飛びついて菓子を貪る。

 普段なら存在そのものに疑問を抱く菓子の山にも、夢の中だからかすんなりと受け入れていた。

 ストレスの解消も兼ねているようで、ひたすらに菓子を口に詰め込んでいく。そんなリトを頭上から見下ろす人影があった。

 人影、ドレミー・スイートは静かにリトの背後に降り、横に並ぶ形で巨大なマシュマロに手を添えた。

 

「これはまた、立派なマシュマロですね。少しばかり、いただいてもよろしいでしょうか?」

 

「もご? …………ああ、はい。どうぞ。どうせ、オレ一人じゃ食べきれないんで」

 

「ありがとうございます。そうだ。お礼に、私からもこちらを」

 

 そう言ったドレミーがフィンガースナップで指を鳴らす。すると円形の白いテーブルに二つの椅子。そしてその上に、湯気の立つ紅茶が注がれたティーカップが並んでいた。

 ドレミーに座るように促され、用意された席に座る。一方のドレミーは、宙に浮かべた大皿に一口大に切ったマシュマロを並べてリトの対面に座る。

 本格的なお茶会が初めてなリトが緊張した面持ちを浮かべる一方、ドレミーは慣れた様子で紅茶に口をつける。

 

「そう固くならなくても大丈夫ですよ。本格的な作法なんてものは、私も知りませんので」

 

「ああ、うん。それじゃ、遠慮なく」

 

 頷いたリトが大皿のマシュマロに手を伸ばす。

 慣れない場ではあるが、美味しいものは美味しいと感じられる余裕はあった。

 見様見真似でティーカップを口元に運ぶ。作法なんて知らないと言ったドレミーだが、その動作は慣れたものだった。

 ティーカップを置いたドレミーが口元を拭う。そして顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はドレミー・スイート。こうして人の夢を渡り歩く、しがない放浪妖怪です」

 

「妖怪って、もしかして有栖の知り合い?」

 

「はい。あなたの事は、有栖さん達から聞いていますよ。結城リトさん」

 

 またか。という言葉をリトは飲み込んだ。月にも知り合いがいるのだから、夢の世界にも。とまで考えたところで、やっぱりおかしいと考えを改める。

 今度、交友関係について確認しておくか。そんな事を考えながら、夢の世界にまで自分の名前が知られている事に苦笑する。

 

「あいつ、どれだけオレの事話してるんだ…………?」

 

「組合の関係者以外で、親しい友人というのは初めてですからね。表には出しませんが、嬉しいんだと思いますよ」

 

「なんか、想像できないな…………」

 

 友達ができて喜ぶ有栖の姿が思い浮かばず、リトが首を傾げる。とはいえ、ドレミーの方がリトより付き合いが長い。

 そういった一面も知っているのだろうと納得しておく。

 気を取り直して紅茶に口をつける。最初とは打って変わって、落ち着いてマシュマロを口に運ぶようになっていた。

 気持ちが落ち着いた。そう自覚しているリトに、ドレミーが咳払いをして意識を向けさせる。

 

「さて。せっかくですし、お悩み相談といきましょうか。見たところ、かなりストレスを溜め込んでる様子。私でよければ、相談に乗りますよ?」

 

「…………一応確認するけど、有栖には?」

 

「もちろん、内緒にします。もっとも、私が何か言わなくても、あなたが悩んでいるというのは見抜くでしょうけどね。『気を読む程度の能力』の前には、隠し事はできませんから」

 

「まあ、言わないでくれるならいいか」

 

 リトはあまり深く考えず、悩みを相談する事に決める。

 相手は有栖の知り合いで、悩みがあるのも事実。向こうが相談に乗ってくれるというなら、それを断る理由はない。

 寝る直前の出来事。ザスティンが現れてから、ララに求婚されるまでの出来事を話した。

 一通り話し終えたところで、ドレミーは笑みを浮かべる。

 

「リア充爆発しろ。ってところですかね。可愛いお姫様に結婚を迫られて、何を悩んでいるのですか。実のところ、彼女の事が嫌いだとか?」

 

「別にララの事が嫌いなわけじゃないってーか。それどころか、めちゃくちゃ可愛いし。結婚とか言われてすげードキドキしたけど…………。それだけなんだよ」

 

「それだけとは?」

 

「嫌いじゃないってだけで、好きとかそういうんじゃないんだよ。その、上手く言えないんだけど。結婚とか言われても、こんな気持ちじゃ悪いっつーか」

 

「ふむ。友人知人としての好意はあっても、それが恋愛感情にはつながらない。といったところでしょうか? こう言っては失礼ですが、よくある話ですね」

 

 暗い面持ちのリトに、ドレミーは軽い調子で答えた。

 相手の立場こそ特殊だが、悩みの類としては珍しいものではない。曖昧ではあるが原作の知識もあるドレミーとしては、あまり重いものとしてリトに抱え込ませるつもりはなかった。

 

「心中はお察ししますがね。この際、結婚がどうとかは考えないようにしましょう。ララさんを政略結婚の呪縛から解放できた。それを喜ぶべきです」

 

「そういうものなのか?」

 

「ええ。恐らくですが、婚約者候補の大半はララさんを政治の道具としか見ていなかったり、コレクション感覚で手元に置いておこうとする輩ばかりだったのでしょう。そうでなければララさんは逃げなかったでしょうし、ザスティンさんもあなたに任せるような事はしなかったかと」

 

 勘違いとはいえ、自分の事を理解してくれていると言って、ララはリトと結婚したいと言った。

 それは裏を返せば、婚約者候補の中にララの心情を知る者はいなかったという事。ひょっとすれば、本気でララが好きな相手もいたかもしれない。それが伝わっていないのは本人のせいなのか、ただの不幸なのかは分からないが。

 いずれにせよ、ララにとってリトが理解者である事に変わりはなかった。

 

「でも、向こうの勘違いとはいえ、なんか騙してるみたいだし…………」

 

「今はそれで構わないと思いますよ。今日のそれが勘違いだと気付いてララさんが本当に好きな人ができたのなら、その時は祝福してあげればいいじゃないですか。それまで男避けとして働いて、今回の件をチャラにしてもらいましょう」

 

 ────まあ、天地がひっくり返っても、そんな事はあり得ないんですけどね。というかさせません。

 

 当然ではあるが、ドレミーも早苗の計画に協力している一人。計画の成就には並々ならぬ執着がある。

 有栖から釘を刺されていなければ、夢の管理者としてあの手この手を尽くしていたくらいだ。

 一方で何も知らないリトは、ドレミーの言葉に考え込んでいる様子だった。

 色々あって言いすぎたのはリトも反省している。男避けとしてララの役に立つなら、今の状況でも許される気がした。

 

「とまあ、それらしい助言はいくつかお伝えしましたが、結局はあなた次第です。まだ答えが決まっていないのなら、とりあえずは男避けに専念するといいでしょう」

 

「分かった。そうするよ。結果的に勘違いされたとはいえ、ララには言いすぎたし。そのお詫びもしないと」

 

 運がよかっただけ。今回の一件をリトはそう結論付けていた。

 天真爛漫なララだからこそ、リトの主張を好意的に解釈した。もしララがリトの言葉をそのままの意味で受け取っていたらどうなっていただろう。

 諦めて星に帰ったのか。はたまた、そうと分かった上でリトを口実の為に利用し続けたのか。もし前者なら、リトは一生後悔していただろう。後者だったらと考えたところで、嫌な可能性が脳裏をよぎる。

 

「…………もしかして、結婚云々って演技だったり?」

 

「だとしたら、口実に利用した事を認めはしないでしょう。それに本心からの言葉だからこそ、あなたの心も揺さぶられてるのだと思いますよ」

 

 夢の中とあって、普段に比べてリトは良くも悪くも素直になっていた。有栖を名前で呼んだり、初対面のドレミーに悩みを相談したりしているのもそのせいだ。

 そんなリトだからこそ、普段なら口にしないであろう小さな不安を口にした。そしてドレミーの助言に、胸を撫で下ろしているのも同じ理由だった。

 

「そっか。なあ、ドレミー。女の子から好きって言われたら、どうしたらいい?」

 

「そこは、自分で考えるべき。と言いたいところですが、夢の中なので仕方ないですね。ただ、明確な答えがないのも事実なんですよねえ」

 

「…………それなら、ララの想いに、少しでも応えられるようにする。ってのは、ダメかな?」

 

「ふふっ。それでいいと思いますよ。現状に満足せず、研鑽を重ねる。素敵です」

 

 ────その考えがすぐに浮かぶ時点で、目的は達成してるんですけどね。

 

 リトなりの答えを聞いたドレミーは、それを肯定しながら既に十分だと結論付けていた。

 とはいえ、せっかくの向上心に水を差すつもりはない。具体的にどうするのかという疑問はあるが、そのあたりのフォローは周りに任せるつもりだった。

 幸い、有栖や魔理沙といった努力家もリトの身近にいる。彼らなら、リトの要望には応えられるだろうという算段だった。

 ふむ、と考え込んだドレミーが視線を横に向ける。その先にアンティーク調の柱時計が現れ、現在の時刻を示した。時間は、まだ深夜帯といったところで、日の出まで時間は十分にありそうだった。

 

「随分と話し込んでしまいましたね。せっかくのお食事を邪魔して、申し訳ありませんでした」

 

「ああ、いや。オレも、いろいろと整理できたんで助かったよ。このままだと、ララとも気まずいままだっただろうし」

 

 もしもリトが好意を寄せる相手がいたなら、被害者という面もあってそんな気持ちは抱かなかったかもしれない。

 しかし実際にはそんな相手がいないリトが、そういった感情を抱く事はなかった。危うく殺されそうになったものの、ケガ一つなく済んだのに加え、結婚関係の話の衝撃が大きくあまり気にしていなかった。

 とりあえずは、眼前の心配事が無くなった事を喜ぶ。リトとしてはそれだけで満足だった。

 

「それは良かった。ああ、そうだ。お詫びと言ってはなんですが、今後も、悩みがあれば相談に乗りますよ。ここでしか話せない事もあるでしょうから」

 

 とはいえ、ドレミーとしてはここで引き下がるわけにもいかない。リトのメンタルケア。それが彼女が引き受けた役割だった。

 実際に必要なのかどうかは分からない。しかし既にイレギュラーが起こっている事を危惧し、仲間内で話し合った結果の一つでもある。

 有栖たちが介入した結果、イレギュラーな事態が起こるだけならまだいい。

 しかし存在そのものが原因によるイレギュラ────リトと春菜が日直になったタイミングのズレなどを考えると、打てる手は打っておく必要があった。

 思わぬ提案にリトが驚いた様子を見せる。リトが否定しないのをいい事に、ドレミーは詳細について詰めていく。

 

「寝る前に、私の名前を三回。ドレミー、ドレミー、ドレミー。といったように、繰り返してください。場合によっては少し遅れるかもしれませんが、その夜のうちに必ず声をかけます」

 

「それは、こっちとしても助かるけど。どうして、そこまで…………?」

 

「ただの点数稼ぎですよ。ご友人の力になっていると知ってもらえれば、有栖さん達からの印象も良くなりますので」

 

「…………もしかして、有栖達と仲悪いのか?」

 

「いえ。ですが、私は欲張りなもので。愛する人からは、どれだけ愛されても更に多くの愛を求めてしまうんですよ」

 

「それって…………!?」

 

『愛』という言葉にリトが反応する。必然的に名前が出た有栖に結びつけ、ドレミーと有栖の関係が誤ったものとして認識される。

 

「どれだけ愛しても、愛されても足りない。有栖さんだけじゃありません。組合の他の方々と無限に近い時間で愛し合い、一つに溶け合ってしまいたい。そんな倒錯した感情を持っているんです。幸いな事に、他の方々も賛成してくれているんです。有栖さんと霊夢さん。それともう一人には、反対されてるんですけどね」

 

「えっと…………?」

 

 一般的な感性を持つリトに、歪んだ愛情というものは理解できなかった。無限という壮大な言葉や、溶け合いたいという比喩表現も相まって正しい意味では解釈できていない。

 とりあえず、有栖たちが少数派である事。そして彼女が有栖の恋人でない事。そしてドレミーが複数の相手と交際している。もしくはそれを望んでいるというのは理解できた。

 それはどうなんだ? 疑問に思うリトの言葉を制するように、ドレミーが話を続ける。

 

「普通の人間なら、生涯で愛するのは一人というのは間違っていないのでしょう。ですが、我々は数百年単位で生きる妖怪です。それだけの年月の間に、心変わりをせずに一人を愛し続けるのはなかなかに難しいのですよ」

 

 文化の違い。そう説明されたリトは、そういうものかと納得していた。

 リトにとって離婚の話題といえば、テレビの向こう。芸能人の離婚報道くらいだ。それでも人間社会にも離婚という制度が存在し、利用している人がいる。

 百年以上も生きる存在ならそういうのもあるのだろうと、他人事であるが故に受け入れていた。百年以上も生きる感覚など、リトには想像のし得ない世界だった。

 何かあれば呼ぶ。そう決まったところで、お茶会はお開きとなった。ドレミーが席を立ち、リトもそれに続く。それでは。と手を振って姿を消した。するとティーセットがテーブルごと消えてしまい、マシュマロが乗った皿だけが宙に浮いていた。

 皿を手に取ったリトがマシュマロを口に運ぶ。不安が無くなったからか、落ち着きはしたもののまたお腹が空いてきた。

 

 

 

 

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