ララが彩南高校へと転入してきた日の放課後。
クラス委員である春菜が部活動を案内する事になった。ララが何かしないかと心配になっていたリトだったが、霊夢と早苗が見張りを兼ねて付き添う事になった。
教室に残ってララたちが戻るのを待つ。有栖たちもやって来てしばらくしたところで、この高校では珍しい膝下まで丈のあるスカートを履いた女子生徒が教室へとやってきた。
「結城くんはいるかしら?」
「おう、ここにいるぜ」
開いていた扉から顔を覗かせた生徒、古手川唯は手招きをする魔理沙へ視線を向ける。そして近くにいるリトを見て顔を顰めた。
無言で不機嫌そうな表情を向けられたリトが苦笑を浮かべる。理由がなんとなく分かっているだけに、できるならこの場を離れたくなった。
唯の剣呑な雰囲気に呑まれ、教室全体が静まりかえる。目の前まで来てリトを睨んでいた唯だったが、すぐに怒気を散らしてため息を吐いた。
「妖夢さんから事情は聞いているわ。だけど、転入早々に騒ぎになってるのは見過ごせないわね」
軽率な行動を咎めるが、小言は少なかった。リトが騒動を収めようとしていたのも知っている。最初はララの監視役であるリトに厳しい視線を向けたものの、一人に責任を負わせるのを嫌って態度を軟化させた。
リトが自ら騒動を起こす性格ではないと知っているので、言い分は聞いておこうという判断だった。
「ごめん。まさか、いきなり転校してくるなんて思わなかったから。事前に聞いてたら、相談もしたんだけど」
「その言い方だと、ララさんが黙って転入したように聞こえるのだけど。気のせいよね?」
「…………そのまさかだよ」
「非常識な…………」
唯が頭を抱える。
ララに関する事の成り行きは事前に聞いている。なので同棲についてリトを咎めるつもりはなかったし、ララの非常識さも理解しているつもりだった。
しかしいくらなんでも、リトに黙って転入するとは思っていなかった。彼女の周りではこれが当たり前なのだろうか? そんな事を考えてしまう。
「いいじゃないですか。彼女も悪気があって黙っていたわけではないのでしょうし。結城さんの機転で、騒ぎも収まり始めていますよ」
唯の後ろから顔を出した魂魄妖夢がララの肩を持つ。唯にもあまり気にしないでもらう為に言ったつもりだったが、その効果は薄いだろうなというのが妖夢の本音だった。
中学からの友人とあって、二人の距離感は近い。ララを気遣いながらも、唯が難しく考えないように配慮している。
しかし妖夢の配慮も虚しく、唯の表情は険しいままだった。こうなるのは分かっていたが、実際その通りとなると苦笑を浮かべてしまう。
「だからこそよ。取り返しのつかない事になる前に、言い聞かせておかないと」
そこで言葉を区切った唯が鈴仙に視線を向ける。すると鈴仙も頷いて返し、唯に肯定の意を伝える。
視線だけを動かして周りを伺った唯は、少しばかり不安げな表情を浮かべて続ける。
「彼女、宇宙人なのでしょう? あまり偏見は持ちたくないけど、騒ぎを起こした以上は注意するべきよ。さすがに、妖精よりは分別がつくでしょうし」
「………………時兎?」
唯の口から出た宇宙人と妖精という言葉。驚きを通り越して冷静になったリトは、何かを知っているであろう有栖に顔を向けた。
案の定、有栖は愉快そうに笑みを浮かべている。黙っていれば美少女然とした姿に教室に残った少数の男子が目を奪われていた。
しかしリトには通用しない。有栖を見る目には、徐々に圧が増していた。
降参とばかりに有栖が肩を竦める。笑みは消えたが、軽い調子はそのままだった。
「俺たちの事情は、妖夢が前に話してたんだよ。で、それもあるから、ララの件も包み隠さず教えたんだと」
唯と妖夢は中学からの付き合いだ。互いに生真面目な性格なのもあって意気投合した二人は、中学を卒業する頃には自身の正体を打ち明けるくらいに親密になっていた。
鈴仙をはじめとする、数人の前世持ちとも交流がある。おかげで鈴仙が音を消してくれているのを確認して、ララの素性に関する話題を切り出していた。
リトもまた、鈴仙の能力について知っている。
彼女が近くにいる時に目配せの一つでもすれば、音を消してくれる。あまり大きな声を出せば誤魔化しきれないが、普通に話す分には問題ないと聞いていた。
こういうことか。とリトが納得する横で、魔理沙は顎に手を当てて唯を見つめていた。
「なんというか、あれだな。古手川の口から妖精って単語が出ると、違和感しかないな」
「そうかしら? 猫好きな彼女らしくて可愛いと思うのだけど。ねえ、結城?」
「へ!? いや、それは…………!!」
鈴仙からの問いかけにリトが目に見えて狼狽える。
唯の知らない一面を知ったところで、それに関する同意を求められる。その内容は、異性への耐性がないリトが素直に頷くには難しいものだった。
唯が軽くリトを睨む。
唯の経験上、こういった場面で異性から碌な答えが返ってきた事がない。リトなら大丈夫という少しばかりの信頼はあるが、今までの経験を覆すほどには至っていない。
おかげで、暗に黙るようにと睨みつける事しかできなかった。
一方で、睨まれているのが気にならないくらいにリトは焦っていた。そんなリトに、有栖が助け舟を出す。
「そう睨まないでやってくれ。こいつは女慣れしてないからな。本人の前で口説き文句を口にする度胸もねえんだよ」
「うぐっ…………!」
図星を突かれたリトが言葉を詰まらせる。
咄嗟に反論しかけたが、ここで否定に回れば次に何を言われるか想像するのは難しくない。
少ないとはいえ人目はある。隠すような内容でもないので、鈴仙が誤魔化してくれるかも分からなかった。
そんな中、本人の前で異性を褒めるというのは、リトにとってハードルが高かった。
なんとか話を逸らせないだろうかと少し考え、それを否定する。そうやって曖昧な態度だったからこそ、ララとの関係も拗れてしまった。
先日のドレミーへの相談でも、ララの期待に応えられるようにすると決めたばかりだ。
時と場合にもよるが、ここを誤魔化していてはいつまでも進めない。気恥ずかしくはあるが、そうも言ってられなかった。
「そ、そうだな。確かにオレも、そう、思う」
可愛いか、可愛くないか。その二つから答えを選ぶなら、答えは前者だった。言葉を詰まらせながらも鈴仙の言葉に頷く。唯の性格を考えると、ここで頷くと怒るかもしれない。
そう考えながらも、嘘をついてまで否定に回る気にはなれなかった。
「結城くん!? あなた、なにを言って…………!!」
「怒らない怒らない。煽った有栖が悪いんだから。怒るなら彼女にしてちょうだい」
「…………さりげに女呼びされてるのはキレてもいいよな?」
指を差された有栖が半眼で聞き返す。視線を受けた鈴仙は涼しい顔で流していた。
リトは同意しただけ。そう言われては、反論できなかった。もしもリトが可愛いなどと、直接的な言葉を口にしていれば唯の動揺も激しいものとなっていただろう。
そうなると、鈴仙のフォローも届いていなかったかもしれない。
鈴仙の言葉を聞き入れた唯は、口を閉ざしながらもリトを睨みつけていた。その頬は僅かに赤く染まっている。
少し頭が冷え、唯と目を合わせたリトが言葉を失う。このままだと話が進まなくなりそうだと判断した魔理沙は、大きく肩を竦める。
「それで、この後どうするんだ? せっかくだし、ララに会っていくか」
「ええ、そのつもりよ。クラスは違うけど、事情を知ってる以上は放って置けないもの。あなた達に任せっきりだと、西連寺さんも苦労するでしょうし」
「酷い言いようだな。私たちは空を飛べたり、半分幽霊だったり、人間じゃないのが混ざってるってだけだ。そこまで言われる筋合いはないはずだぜ?」
「十分非常識よ!!」
────やっぱそうだよな。
唯の言葉にリトが頷く。ここ最近、常識が揺らぐような事ばかり起きているが、唯の認識が一般的なものだと再確認する。
まさか、唯が怒る姿を見て安心する日が来るとは夢にも思わなかった。そんな風に見ていたのが不味かったのだろう。唯の厳しい視線がリトに向けられる。
「いい、結城くん。一緒に住んでるあなたが頼りよ! 地球人が誤解されないように、なんとしてでも常識を教えるの!! いいわね!?」
「そ、そうだな。なんとか、頑張ってみるよ。手遅れな気もするけど」
ララに常識を身につけてもらいたいのは、リトも同じだった。少なくとも、最低限の羞恥心は持つべきだ。そう考えて、今朝の出来事を頭の外に追いやる。
ララに対する見解が一致する二人を、妖夢は嬉しそうに眺めていた。さっきから無言だった彼女の様子が気になった有栖は、リトたちを置いて妖夢に近づく。
「どうした? 推しのカップリングを見てニヤついてる、オタクみたいになってるぞ」
「ええ。推しのカップリングを見てニヤついてる、オタクになってるんですよ。この光景をどれだけ待ち望んでいたか」
妖夢が有栖に視線を向けたのはわずかな間で、すぐに視線を戻す。その視線の先には、ララへの対処法について話し合っているリトと唯の姿があった。
唯からのリトへの印象は悪いものではない。リトと出会ったのも原作前で、騒動に巻き込まれる前だったというのも大きい。
最初は男子という事で警戒されていた。また一緒にいた有栖への第一印象が最悪なのもあって、好感度はマイナスからのスタートとなった。
しかしすぐにそれも持ち直し、反動もあってプラスに大きく傾いている。今は信用が恋愛感情に結びついていないが、それも時間の問題だった。
「お前が古手川推しだとは知らなかったな」
「ええ。私自身、ここまで感情移入するとは思っていませんでした。ひょっとすると、幽々子様はここまで見越していたのかもしれません」
「あいつの趣味、食い倒れと暗躍だからな。あり得ない話でもないか」
幽々子からの指示で唯と接触するようになった時も、感情は大きく揺れ動かなかった。
前世持ち以外のキャラクターと実際に話せるという事で少しばかり張り切ってはいたものの、相手が唯だからというわけではなかった。
もっとも、その心境が結果としては良い方向に転んだ。強い思い入れがなかった為、漫画のキャクターとしてではなく人として接する事ができた。
友人として、唯の恋路を応援したい。早苗の計画や幽々子の命令抜きに、そう思うようになっていた。なおその恋路が未来のもので、当時は未だ会った事のない相手とのものというのは目を瞑る。
趣味、暗躍。なんとなく出た言葉に、思い当たる事があった。
「暗躍といえば、紫が来てるみたいなんだが。幽々子から何か聞いてないか?」
「いえ、特には。黙っているだけで、何か企んでる可能性は否めませんが」
学校全体としてはララの転入が大きな話題となっているが、有栖個人としてはそれどころではなかった。
校舎内を漂う気の残滓。生徒や教師たちの中に混ざった異質なそれを、有栖は感じ取っていた。
妖怪の賢者、八雲紫
穏健派の黒幕を自称する彼女がここに来ている。
今日、このタイミングでの来訪は明らかに何かを狙っている。しかもわざわざ能力を使って、気だけがスキマから漏れ出るようにしていた。
有栖だけに見つかるような動きは、何か企んでいると告げているようなものだった。
「とりあえず、厄介ごとも増えそうだし。念の為に備えておいてくれ」
「もちろん、準備は万端です」
妖夢の半身である半霊は高校やその周囲にいる間は、基本的に透明になっている。その半霊に、楼観剣と白楼剣を預けていた。
何かあれば刀を受け取り、必要なら半霊による不意打ちすら可能となっている。
他の面々も全てとまではいかないが、愛用の品を校内に持ち込んで荒事にも対応できるようにしていた。
今も半霊はピッタリとついており、妖夢の頭上を浮いている。問題が起こるのは困るが、対処は可能だった。
「頼もしい限りだ。んじゃ、何かあったら手伝ってくれ」
「もちろん。お任せください」
何か起こるというのは、有栖と妖夢の中で共通の認識となっていた。紫がしでかすのか、別の何かが乱入するのか。
何がしてもいいように、紫に関する情報は魔理沙たちにも共有する必要があった。