出したい幻想体はあるんですがワンオペだと処理できない奴らばっかりだ
アリーナの観客席は、新入生同士の特例である「専用機持ち同士の決闘」に沸き立っていた。俺は観客席の最前列付近、異変が起きた際に即座にアリーナ内へ介入できる位置に陣取っていた。いつイレギュラーが起きてもいいように、周囲の状況を常に警戒しておく必要がある。
目の前で繰り広げられているのは、実力の差というよりも経験の差が如実に出た展開だった。
イギリス代表候補生、セシリア・オルコットの専用機『ブルー・ティアーズ』。その真骨頂は、空中に展開された4機の遠隔操作兵器「ビット」による全方位攻撃だ。
死角から正確に狙い撃たれるレーザーに、織斑一夏の乗る近接格闘型IS『白式』は防戦一方に追い込まれていた。ISに乗り始めて数日の一夏にとって、三次元的な空間把握とビットの波状攻撃を捌ききるのは明らかに荷が重い。
白式のシールドエネルギーが削られていく。モニターに表示される残量の数値は、一方的な蹂躙を示していた。セシリアは空中に静止し、長距離狙撃ライフル『スターライトmkIII』の照準を一夏に固定する。
「勝負あり、ですわね」
誰もがそう確信した瞬間、一夏が動いた。
白式の右手に握られた近接特殊武装『雪片弐型』。彼は機体のエネルギーを直接刀身に流し込み、爆発的な破壊力へと変換する「零落白夜」を強行した。
防御を完全に捨てた特攻。四方から放たれるビットのレーザーを装甲で受け止めながら、一直線に距離を詰める。シールド残量が危険域まで急落していくが、彼は止まらない。
「なっ……なんて無茶苦茶な……!」
動揺したセシリアが迎撃のために引き金を引く。だが、一夏はその銃身ごと、巨大化した光の刃でスターライトmkIIIを両断した。
そのままの勢いで踏み込み、雪片弐型の刃をブルー・ティアーズの喉元へピタリと突きつけた。
圧倒的な不利をひっくり返した決死の一撃。アリーナが割れんばかりの歓声に包まれる中、俺はひどく重い疲労感に襲われていた。
初めて間近で見たIS同士の戦闘は、文字通りの超高速戦闘だ。空を飛び、瞬時に最適解を導き出し、全方位の情報を処理し続けなければならない。L社の閉鎖空間で行う鎮圧作業とは、求められる空間認識の次元が違いすぎる。
俺にもいずれ専用機が支給される予定だが、ISの機動に順応するだけでも膨大な訓練が必要だ。その上で、常に精神を蝕もうとするE.G.Oのノイズを制御し、並行してこの高速戦闘をこなす。その準備にどれだけの時間がかかるのかを考えると、頭痛がしてくるほど気が重くなった。
だが、感傷に浸っている暇はなかった。
歓声に沸くアリーナの空気とは明らかに異質な、肌を刺すような悪寒が背筋を走った。
「……幻想体の反応か」
間違いなく、L社で何度も直面したあの特異な気配だ。反応の出所はアリーナの地下、旧整備区画のあたり。
俺は誰にも気づかれないように観客席から離脱し、非常階段を駆け下りた。通路はアリーナの熱気が嘘のように冷え込み、古いオイルの匂いが鼻を突く。
内ポケットから『宇宙の欠片』のダガーを引き抜き、反応が最も強い旧第4格納庫の重い扉を蹴り開けた。
「……なんだ、ありゃ」
そこにあったのは、廃棄されたISのパーツやスクラップの山だった。だが、その中央で蠢く「それ」は、明らかにこの世界の物理法則から逸脱していた。
ブリキやプラスチックを継ぎ接ぎしたような、等身大のおもちゃの人間。関節が動くたびに、錆びたゼンマイのような軋む音を立てている。
不気味なのは、その動きそのものだった。
武装の真似事: ガラクタを組み合わせた突起物を背負い、手に持った錆びた鉄パイプをライフルのように構えている。
挙動の模倣: ぎこちない動作で宙に数センチほど浮き上がり、先ほど上のアリーナでセシリアが見せていた射撃の姿勢や、一夏の突撃動作をそっくりそのまま真似て、誰もいない虚空に向かって鉄パイプを振り回している。
ISの高機動戦闘をものまねしているような、おもちゃの幻想体。
学園の戦闘データに引き寄せられたのか、あるいは生徒たちの抑圧された感情が形を成したのか。
理由はともかく、こいつを野放しにするわけにはいかない。
俺はダガーの柄を強く握り直し、ISの真似事を繰り返すおもちゃの人間へと距離を詰めた。
ギギッ、ガリガリッ……。
旧第4格納庫の薄暗く広々とした空間に、油切れの歯車が無理やり回るような、ひどく耳障りな音が反響していた。
俺を見つけたおもちゃのような幻想体は、錆びついた関節を不気味に軋ませながら、手に持った鉄パイプを振り上げてこちらへ突進してくる。その動きはひどくぎこちないが、まとまっている殺意は本物だった。
俺は即座にインカムのスイッチを押し、L社の情報チームへ通信を繋ぐ。
『……波長を確認。データバンクに該当なし。新しいタイプの幻想体と推測されます。対象の特性を観察しつつ、慎重に制圧してください』
無機質なオペレーターの音声が脳内に響く。やはり新種か。俺は短く舌打ちをすると、内ポケットのダガーを手放し、空間の広さを活かせるよう長柄の武器――槍型のE.G.Oを展開した。
「距離を取って、削り切る……!」
踏み込みの甘いおもちゃの攻撃をバックステップで躱し、俺は間合いの外から鋭い突きを放った。
硬質な手応えと共に、プラスチックの装甲と内蔵された金属パーツがひしゃげる。だが、致命傷にはならない。人間の頭部や心臓にあたる部分を的確に貫いているというのに、対象は痛覚など存在しないかのように動きを止めない。幻想体特有の理不尽な耐久力に加え、人型であっても急所の概念が根本から違うのだ。
そして、俺を最も苦しめたのは、奴らの持つ悪辣な「不死性」だった。
「これで、終わりだっ!」
槍の石突きで足を払い、倒れた一体の胴体を大きく薙ぎ払う。おもちゃの身体は真っ二つに分断され、ばらばらになった四肢がコンクリートの床に散らばった。
完全に機能を停止した。そう思った直後だった。
ガシャッ、ガシャッ。
背後に控えていた別のおもちゃたちが、壊れた個体のもとへ群がってきたのだ。彼らは散らばった腕や脚のパーツを拾い集めると、切断面に無理やり押し当て、手持ちのガムテープやボルトを使って不器用に繋ぎ合わせ始めた。まるで、野戦病院における「治療」の真似事でもしているかのように。
ギリ……ギリ……ギリ……。
そして、頭部に突き刺さっている巨大な『ねじ巻き』が、ひとりでに回転を始める。
ぜんまいが巻き上がるような甲高い音が響き終わると、分断されたはずのおもちゃの幻想体は、何事もなかったかのように再び立ち上がった。
「ふざけるなよ……」
死ぬまで殴れば良いとは言うが、何度倒しても起き上がる。その上、再起動を果たした個体は、先ほどよりも明らかに動きのスピードが跳ね上がっていた。
残像を引くような速度で迫り来る鉄パイプを、俺は槍の柄で必死に弾き返す。衝撃で腕が痺れた。数が少ないのが唯一の救いだが、複数体を同時に相手取りながらのワンオペ業務は、精神的にも肉体的にも限界が近い。
汗が目に入り、視界が滲む。それでも俺は槍を振るい続けた。
三度、四度と「殺しては蘇る」を繰り返すうち、奴らの動きは俺の動体視力を凌駕し始めていた。
ヒュンッ!
超高速で俺の首を狙ってきた一体が、自らのスピードを制御しきれずに宙でバランスを崩した。俺がわずかに身を躱すと、その個体は止まることができず、格納庫の分厚い防爆壁に猛烈な勢いで激突した。
バシャァン!!
という凄まじい破壊音と共に、おもちゃの幻想体は文字通り粉微塵に砕け散り、ただのガラクタの塊へと成り果てた。原型を留めないほど破壊されれば、さすがに他の個体も「治療」の模倣ができないらしい。
「そういう、ことか……!」
一定の閾値を超えた速度は、奴ら自身の処理能力を上回る。
俺はあえて倒すペースを上げ、奴らに再起動を繰り返させた。予想通り、スピードに振り回された個体は次々と壁や鉄柱に自ら激突し、自滅していく。
やがて数を減らし、完全に一対一にまで追い込んだ最後の個体も、俺のフェイントに引っかかって巨大なクレーンの支柱に突進。甲高い破砕音を残して、ただのスクラップへと変わった。
「……終わっ、たか……」
幻想体の気配が完全に消滅したことを確認した瞬間、俺は緊張の糸が切れ、その場にへたり込んだ。槍のE.G.Oを解除し、荒い息を吐きながら冷たい床を見つめる。
「大丈夫ですか!?」
少し遅れて、非常階段の方から切羽詰まった声が響いた。山田先生だ。その後ろには、険しい表情の織斑千冬先生と、扇子を口元に当てて興味深そうに周囲を見渡す更識楯無生徒会長の姿があった。
「……すいません。後処理を頼みます」
「ああ、ご苦労だった。……被害の規模は? このスクラップは例の『異常』の残骸か」
「はい。施設の一次的な封鎖と、このガラクタの処理手配をお願いします。不用意に触らないでください」
千冬先生の的確な指示のもと、生徒会が動く。
俺が立ち上がろうとすると、足元がふらついた。そこへ、山田先生が慌てて駆け寄り、俺の背中をしっかりと支えてくれた。
「無理しないでください、一人でこんな危険なことを」
「……仕事ですから。でも、助かります」
彼女の小柄な身体から伝わる柔らかな温もりが、戦いで冷え切った俺の心を少しだけ解かしてくれた。山田先生の気遣いに心からの感謝を覚えながら、俺たちは連れ立って共有スペースの自室へと帰路についた。
だが、L社職員としての業務はこれで終わりではない。
部屋に戻り、シャワーで機械油とカビの匂いを洗い流した後、俺は休む間もなくデスクに向かった。暗い部屋の中で、ノートパソコンのモニターの青白い光だけが俺の顔を照らしている。残業(報告書の作成)の始まりだ。
キーボードを叩く乾いた音が、静かな部屋に響く。
俺は頭の中で先ほどの戦闘データを整理し、文章を構築していく。
『報告書:玩具、あるいはプラスチックや金属を継ぎ接ぎした新規幻想体の処理について』
『まず、注意点として今回遭遇した幻想体は、活動停止後に卵の形態へと回帰しなかった。このことから、今回交戦した個体は本体の眷属であるか、あるいは本体そのものが別の場所に潜伏していると推測される。』
『危険度について。現状は所持しているガラクタや廃品を鈍器として振り回す程度であるが、ISの機動を模倣していた点を考慮すると、別個体がより高度な兵器や武装を獲得し、使いこなす可能性は極めて高い。』
『特記事項として、頭部には共通して「ねじ巻き」が接続されている。本体が停止状態に陥ると、このねじが自動的に巻かれ、再起動プロセスへと移行する。また、他の個体が破損箇所を物理的に接合する「治療の模倣」行動も確認された。』
『再起動時、対象の運動速度は段階的に増していく。しかし、一定の閾値を超えると対象自身が速度に振り回され、制御不能の様態に陥った。』
『今回は閉所(旧格納庫)であったことから、壁などの障害物に激突して自滅させることで制圧に成功した。だが、アリーナや屋外などの開けた土地で交戦した場合、自滅を誘発できず、そのまま凄まじい速度で何処かへ旅立ち、被害を拡大させる危険性があるため、交戦環境の選定には細心の注意を要する。』
「……こんなところか」
エンターキーをターン、と弾き、情報チームのサーバーへデータを送信する。
重い疲労と共に背伸びをしながら振り返ると、パーテーションの向こう、ダブルベッドの端で、山田先生が壁に寄りかかるようにして座っていた。
彼女の頭はこっくりこっくりと揺れており、今にも眠りに落ちそうなのにも関わらず、俺が仕事を終えるのを待ってくれていたらしい。
「先生……俺なら大丈夫ですから、先に寝ていてくれてよかったのに」
俺が優しく声をかけると、山田先生ははっと目を覚まし、ふにゃりと安堵の笑みを浮かべた。
「お疲れ様です。……同じ部屋にいるんですから、一緒に休みたいじゃないですか」
その言葉に、俺は思わず毒気を抜かれたように小さく笑ってしまった。
L社の理不尽な業務と、IS学園の非日常。その狭間で摩耗していく俺の精神を、彼女の存在が静かに癒してくれているのがわかる。
「ありがとうございます。……寝ましょうか」
パソコンの電源を落とし、部屋の明かりを消す。
境界線が引かれたダブルベッドに、背中合わせで潜り込む。今日だけは、彼女の微かな寝息が、どんな防音壁よりも確かな安らぎをもたらしてくれた。俺は深い泥のような、けれど確かな温もりを伴った眠りへと落ちていった。
マルチタスク作業するのって大変だよなって話
いずれEGOのバランス調整しながらISの高速三次元軌道をしつつ攻撃と回避を同時にやらなきゃいけなくなるわけです
頭を高性能の擬態にするわけにもいかないし