IS×PM   作:本棚の一冊

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中指ヒースがBGMを乗っ取れると聞いて



5話 ちゃんとした休みをください

格納庫でのあの「おもちゃ」との死闘から数日、心身ともに限界を迎えようとしていた俺に、本部から信じられないような報せが届いた。

 

「本日の午後は非番とする。休めるうちに休んでおけ」

 

人事部の淡々とした言葉に、俺は自分の耳を疑った。普段の俺のスケジュールは、狂っているという言葉すら生ぬるい。休日となればアルガリアさんによる「訓練」という名の凄絶な扱きが待っており、平日は座学や実習。放課後は生徒会によるIS操縦訓練。夜には一日の出来事をまとめた詳細な日華報告の作成。ブラック企業も真っ青なこの過密業務の中で、自分のための「時間」など存在しないに等しかったからだ。

 

「……金があるうちに、使っておかないとな」

L社で学んだ処世術の一つだ。明日、自分が「肉の塊」のような状態や、あるいはもっと無残な姿になっていない保証などどこにもない。俺は久しぶりに街へと繰り出し、重い空気の学園から解放された開放感を味わうことにした。

 

活気ある街並みを練り歩き、適当な雑貨屋や書店を覗いては、必要のない小物に金を落とす。そんな些細な消費が、今はひどく人間らしい営みに感じられた。だが、そんな俺のささやかな平穏を破ったのは、見慣れた「不協和音」の気配だった。

 

「あれ、そこで何してるんだ!?」

人混みの向こうから、聞き覚えのある呑気な声が響いた。織斑一夏だ。その隣には、どこか落ち着かない様子で、それでいて少しだけ頬を染めた篠ノ之箒がいる。

私服の二人が肩を並べて歩く姿。どう見てもデートだろう。

(……見なかったことにしよう)

そう決めて足を早めようとしたが、時すでに遅し。一夏は俺の姿を認めるなり、箒をその場に残して駆け寄ってきた。

 

「奇遇だな! お前も買い物か?」

「ああ、久しぶりの休みでな。……だが、俺に関わっている暇があるのか?」

 

俺が視線を送った先では、置いてけぼりにされた箒が、親の仇でも見るような凄まじい眼光でこちらを睨みつけていた。そりゃあ当然だ。期待に胸を膨らませていたであろうデートの最中に、無粋な同級生が割り込んできたのだから。だが、当の一夏はそんな彼女の殺気に全く気づいていない。

 

「ちょうど昼飯にしようと思ってたんだ。良ければ三人でどうだ?」

「いや、せっかくの二人きりなんだ。水入らずで食べたほうがいいだろ。俺は一人で適当に済ませるよ」

俺は形だけでも、いや、全力で忠告した。だが、この唐変木はあろうことか「三人で食べたほうが、賑やかでおいしく感じるだろ!」などと宣う思考の持ち主だった。

……仕方ない。俺は、一夏と俺に向けられている箒の「殺意」から目を逸らすようにして、近くのレストランへと入っていった。

 

店内の三人掛けの席に案内され、俺は迷わず一人分の側に座った。せめて一夏と箒を隣同士に座らせることで、少しでも火に油を注ぐのを防ごうという、俺なりの精一杯の配慮だ。

だが、メニューを選んでいる最中、またしても爆弾が投下された。

 

「……ねえ、一夏。これ、どうかしら」

箒が恥ずかしそうに指差したのは、メニューの隅にある『カップル限定・シェアプレート』だった。明らかに勇気を振り絞った提案。しかし、一夏はメニューを一瞥するなり、特大の爆弾に火をつけた。

「ん? ダメだろ箒。だって俺と箒は恋人じゃないだろ」

「…………」

 

レストランの空気が、一瞬で絶対零度まで凍りついた。

箒は一応、納得したような顔で頷いた。だが、その瞳はもう「恋する女の子」のそれではない。獲物を、それも救いようのないほど鈍感な獲物をどう仕留めてやろうかという、冷徹な狩人の目に変わっていた。

 

結局、それぞれ別々のメニューを頼んだが、向こうから伝わってくる箒の殺気が強すぎて、料理の味が全くしない。砂を噛んでいるような食事の中、一夏が不意に真面目な顔で聞いてきた。

 

「なあ、この前言ってた『幻想体』って、どれくらい危ないんだ? ISなら勝てるのか?」

 

「……現状のISの出力なら、物理的な破壊力については問題ない。大抵の幻想体は処理できるし、シールドがあれば直接的な殺傷は防げるだろう。だが……」

 

俺はフォークを置き、二人を見据えた。

 

「精神に直接干渉してくるタイプを相手にするとき、ISは無力だ。シールドで心は守れない。結局は、そういう特殊な事例を処理するのが俺の仕事になる」

 

話せる範囲で伝えると、一夏は神妙に頷き、箒も少しだけ殺気を和らげて話に聞き入っていた。

 

昼食を終え、「午後からは行くところがある」と告げて二人と別れると、箒の機嫌が目に見えて良くなったのを感じた。……が、その直後。別れ際に振り返ると、二人の元へどこからともなくセシリア・オルコットが現れ、更なる修羅場が幕を開けようとしているのが見えた。

 

(あいつ、この先本当に大丈夫か……?)

女心を理解しないあの唐変木に、どうやって人の機微を教えればいいのか。そんな無理難題を押し付けられそうな予感に、俺の足取りは街の賑わいの中でもひどく重くなった。

 

「もう、学園に戻って休もう……」

精神的な疲労を抱え、逃げるように学園へ戻ると、廊下で見回り中の織斑千冬先生と鉢合わせた。

俺の、およそ休日明けとは思えないほど憔悴した表情を見て、彼女は足を止めた。

 

「……何があった。まるで幻想体と三日三晩戦い続けたような顔だな」

 

俺は包み隠さず、街で見かけた一夏の惨状を話した。

教師であり、そして一夏の姉でもある彼女は、俺の話を聞き終えると、天を仰ぐように顔を上げ、短く「……すまなかった」と謝罪した。

 

「あの愚弟が女心を理解していないのは事実だ。だが、この生活を続ける以上、その鈍感さが致命的なトラブルに繋がることを危惧している。……あなた、同じ男の友人として、あいつに『教育』を施してやってくれ」

 

千冬先生の真剣な眼差しに、俺は抗いようもなく頷くしかなかった。

 

その後、放課後のアリーナへ向かうと、今度は更識楯無会長が待ち構えていた。

挨拶代わりの、影も形も見せない背後からの奇襲。俺はそれを、街での鬱憤を晴らすかのように全て最低限の動きで回避し、広いアリーナの中で組手のように舞い合った。

 

「あら、関心関心。動きが一段と鋭くなったわね」

 

パッと扇子を広げ、楯無会長が楽しげに微笑む。

 

「あなたのIS操縦技術は日に日に向上しているわ。でも、私の目標はあなたを最低でも代表候補生クラスまで引き上げることなの。準備はいい?」

 

「……狙われている身ですから。強くなることに異存はありません。研究材料にされるくらいなら、死ぬ気で食らいつきますよ」

 

俺の覚悟を聞いて、会長は満足そうに頷き、応援するような仕草を見せて去っていった。

 

寮の自室に戻る頃には、太陽はすっかり沈んでいた。

まだ山田先生は帰っていない。俺は一人、静かなキッチンに立ち、晩飯の用意を始めた。学園の食堂から特別に借りた食材を使い、手間をかけてホワイトシチューを煮込む。

コトコトと鍋が鳴る音と、クリーミーな香りが部屋に充満し始めた頃、鍵を開ける音がして、山田先生が帰宅した。

 

「ただいま戻りました……。……あら? 何だか、とってもいい匂いがします」

 

「おかえりなさい、先生。俺の分のついでに、先生の分も作りました。一緒に食べませんか?」

 

誘うと、彼女はパッと表情を明るくして「嬉しいです!」と頷いた。

二人でテーブルを囲み、温かいシチューを口に運ぶ。一日の心理的疲労が、胃の中から溶けていくような美味しさだった。

 

「今日は本当にお疲れ様です……。街で織斑くんと会ったとか」

 

先生は俺の憔悴の理由を聞くと、同情するように眉を下げて気遣ってくれた。

食事の後、就寝時間まではまだ少し時間がある。俺たちはテレビを眺めながら、たわいもない話を交わした。

先生は「クラスに著名人が集まりすぎていて、授業の進め方が大変なんです……」と教員としての悩みをこぼし、俺は俺で「何をするにもワンオペなので、もう一人くらいL社か鎮圧の協力してくれる人間が欲しいですよ」と、人手不足の現場の切実な愚痴を吐き出した。

 

「ふふ、お互い大変ですね……」

 

気がつけば、夜も更けていた。

一日の間に、一夏に振り回され、会長に扱かれ、千冬先生に難題を投げられた。精神の摩耗は限界だ。

 

「……今日は、もう早く寝ましょうか」

「そうですね。私も、今日はぐっすり眠れそうです」

 

先生も寝支度を整え、俺たちは揃ってダブルベッドへと向かう。

灯りを消すと、境界線の向こうから規則正しい寝息が聞こえてきた。

明日はまた、ブラックな日常が待っている。だが、今はただ、この静寂と温もりだけを糧にして、俺は深い眠りへと落ちていった。




女心を一夏に教えるというというのは難易度的にどのくらいの鎮圧作業相当なのか
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