IS×PM   作:本棚の一冊

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7話 すれ違いで大騒ぎ

今朝の出来事が、フラッシュバックのように脳内を駆け巡る。

魔法少女もかくやというフリフリの赤と白のスカート、愛らしいリボン、そしてハートの意匠が施されたライフル。よりにもよってその『レティシア』のE.G.Oを試着している最中、山田先生が部屋に入ってきてしまったのだ。

「に、似合ってますよ……ふふっ」

フォローになっていないフォローと、隠しきれない苦笑い。あの瞬間、俺のIS学園における社会的地位は一度完全に死んだ。

 

フラフラとした足取りで教室の自分の席に辿り着き、鞄を置くや否や、俺は机に突っ伏して頭を抱えた。

「おい、どうしたんだお前? 朝からこの世の終わりみたいな顔して」

隣の席から、織斑一夏が能天気に声をかけてきた。俺への呼び方がいつの間にか『お前』に変わっている。だが、今の俺にとっては、妙に距離感のある呼び方をされるよりもソッチの方がありがたかった。

俺は机に顔を埋めたまま、必死に首を横に振り、手とくぐもった声で「絶対に言いたくない、言ったら笑われる」という強硬な姿勢を示した。

 

「ええっ、◯◯くん、本当にどうしたの? 具合でも悪いの?」

「◯◯、保健室行くか……?」

 

クラスメイトの女子たちも、普段冷静な俺の異常事態に何事かと伺うように集まってくる。俺の尊厳を天秤にかければ、一生このまま机と同化していたかった。

だが、そんな俺のささやかな逃避は、けたたましい破壊音によって打ち砕かれた。

 

「一夏ぁっ!!」

 

昨日に引き続き、2組の転校生である凰鈴音が、ドアを蹴り破らんばかりの勢いで教室に乗り込んできた。クラス中の視線が、机に突っ伏している俺から、怒髪天を突くツインテールの少女へと一斉に移る。

「昨日も言ったわよね! 一夏、あんたがあの日の約束を果たしてくれないなら、私にも考えがあるわよ!」

 

『あの日の約束』。

その魅惑的で意味深な響きに、クラスメイトの女子たちと俺は一気に興味を惹かれ、息を呑んだ。同時に、一夏の席の近くにいた篠ノ之箒とセシリア・オルコットの目つきが、獲物を狙う猛禽類のように鋭く細められるのがわかった。

「だーかーら、なんだよその約束って! ちゃんと説明しろよ!」

「あんた、本当に忘れたの!? ISを操縦できるようになったら……っ、私が実家の中華料理店を継ぐとき、隣にいてほしいって言ったわよね!?」

 

静寂。

それは、誰がどう聞いても「一緒に店をやってほしい=結婚してほしい」という、プロポーズ同然の超特大の爆弾発言だった。

「キャーーーーッ!!」

「嘘っ、長年の恋の実り!? ロマンチックすぎるぅ!」

クラスメイトたちが黄色い悲鳴を上げて色めき立つ。

対照的に、箒とセシリアの目は、もはやこの世の全ての光を憎む悪鬼羅刹のごとく血走っていた。一夏、お前はここで正解を出さなければ、間違いなく命を落とす。俺は冷や汗を流しながら、一夏の口から出る言葉を待った。

 

「ああ! なんだ、そんなことかよ!」

一夏はポンと手を打ち、世界で一番晴れやかな笑顔で言い放った。

「鈴音の実家の店を手伝えば、毎日お前から『酢豚定食』をタダで貰えるって約束だろ! 覚えてるぜ、美味かったもんな、あれ!」

 

「「「…………はずっ!!!」」」

 

俺とクラスメイト全員が、綺麗に教室の床へズッコケた。

見事なまでのすれ違い。プロポーズが酢豚定食に変換されるという、奇跡的なまでの思考回路の欠陥。

今にも一夏を八つ裂きにしそうだった箒とセシリアは、「……なんだ、定食の話か」とあからさまにホッとした顔で胸をなで下ろしている。

 

だが、勇気を振り絞って想いを伝えた当人の鈴音は違った。

彼女の顔は耳の先まで茹でダコのように真っ赤に染まり、全身が怒りのボルテージで小刻みに震え始めている。大噴火の予兆だった。

(……来るぞ)

俺は瞬時に危険を察知し、両手で耳を塞いだ。周囲のクラスメイトたちも、俺の尋常ではない警戒の気配を察したのか、慌てて真似をして耳を塞ぐ。

 

「いーちーかーのーーっ!! 大バカ鈍感むっつり唐変木ぅぅぅぅっ!!!」

 

窓ガラスがビリビリと共鳴して割れんばかりの、凄まじい怒号。鈴音は一夏に対するありったけの怒りの言葉と罵倒を機関銃のように投げつけ始めた。一夏は「な、なんで怒ってんだよ!?」と完全にパニックに陥っている。

 

周囲の被害を少しでも抑えるべく、俺は耳を塞いだまま鈴音に声を張った。

「鈴音! 気持ちはわかるが、もう予鈴が鳴った! 一旦教室に戻った方がいい!」

「っ……! 覚えてなさいよ一夏ぁっ!!」

 

俺の言葉にハッとした鈴音は、床を踏み抜かんばかりの激しい足音を立てて、嵐のように去っていった。

 

(女の怒りは、本当に恐ろしいな……)

俺は大きくため息をつきながら、遠い目をして黄昏れた。

以前、L社でのローランさんから聞いた話を思い出す。彼が妻のアンジェリカさんとデートをしていた時、シスコンをこじらせた義兄のアルガリアが尾行していたらしい。それに気づいたアンジェリカはブチギレて、「人が殴られる時に絶対にしてはいけない鈍い音」を響かせながら、実の兄を半殺しにしてミンチ一歩手前まで追い込んだという。

あの時のローランの「女を本気で怒らせると、幻想体より恐ろしいぞ」という震える声が、今になって痛いほどよく理解できた。

 

昼休みになると、俺は一夏の首根っこを引っ掴み、問答無用で二人きりの食堂へと連行した。三つ巴の地獄のランチを回避するためだ。俺がカツカレーを奢ることを条件に、無理やり対面に座らせる。

「おい、なんでお前が奢ってくれるんだ?」

「いいから食え。それと、鈴音は本気で激怒していた。理由はどうあれ、とりあえずお前は凄く怒らせたんだから、真剣に謝っておけ」

 

俺がそう忠告しても、一夏はカツを頬張りながら首を傾げるばかりだ。

「謝るって、なんで? 俺、酢豚定食の約束破ってないぞ?」

「……お前のそういうところが、全ての元凶なんだよ」

完全に理解の範疇を超えている一夏を前に、俺はただ胃を痛めながら冷めた麦茶を流し込んだ。

 

そして放課後。

ホームルームが終わるや否や、一夏の席はクラスの女子たちによって完全に包囲された。「幼馴染が二人もいて、しかも同じ学園に集う」というラブコメの主人公のような境遇に、女子たちの好奇心は爆発していたのだ。

「ねえねえ一夏くん! ぶっちゃけ、箒ちゃんと鈴音ちゃん、どっちと一緒にいた時の思い出が強いの!?」

「昔の鈴音ちゃんって、箒ちゃんと違ってどんな子だったの!?」

矢継ぎ早に飛んでくる質問の嵐。

「え? 箒は昔から剣道一筋って感じで、鈴音は活発でよく一緒に走り回ってたな。どっちも大切な思い出だけど……」

 

一夏が裏表のない笑顔で無邪気に答えるたび、教室の隅で聞き耳を立てている箒とセシリアの視線が、氷の刃のように鋭く研ぎ澄まされていく。

一方のクラスメイトたちは、一夏の一言一句を熱心にメモ帳に書き留め、「どっちも大切だって!」「罪作りな男ねぇ!」と姦しく騒ぎ立てている。

 

(……こいつ、完全に『天然無自覚女誑し』だな。ある意味、幻想体より性質が悪いかもしれない)

俺は内ポケットのリングに触れながら、彼がいつか刺されるのではないかと本気で心配になり、深く息を吐いた。

 

放課後のアリーナ。俺はいつものように、生徒会による過酷なIS操縦訓練に参加していた。

今日のメニューは昨日と同じく、更識楯無生徒会長と、会計である布仏虚の二人を同時に相手にする『2対1の回避訓練』だ。

 

「ほらほら、新入生くん! 動きが止まってるわよ!」

 

会長の専用機『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』が展開する水蒸気の弾幕と、虚の搭乗する汎用機からの正確無比な射撃が、三次元的な軌道を描いて俺を追い詰める。

俺は汎用機のスラスターを細かく吹かし、空中で円を描くようにしてなんとか攻撃を躱していく。昨日に比べれば、直撃を避ける回数は格段に増えていた。

しかし、上下左右、四方八方から立体的に迫る攻撃網を完全に読み切ることはできず、肩や脚のシールドに何発かの被弾を許してしまった。

「……終了。被弾率、昨日より12%低下。しかし、依然として実戦レベルには達していません」

虚が無機質な声で結果を告げる。

 

「お疲れ様! でも、悪くないわよ」

会長が機体から降り、ポンポンと扇子で俺の肩を叩いた。

「平面の、2次元的な機動での回避は目を見張るものがあるわ。あとは上下の空間を意識する『3次元的機動』に慣れるだけの問題ね。焦らなくても大丈夫よ」

その温かい労いの言葉に、俺は少しだけ救われる思いで息を整えた。

 

「ところで……」

会長が扇子を閉じ、少しだけ真剣な瞳で俺を見つめた。

「あなたの『専用機』は作られる予定はあるの? これだけの適性があるなら、汎用機ではいずれ限界が来るわ」

 

「……一応、L社の技術部で、計画だけは進んでいます。」

 

俺は言葉を濁した。

本当の理由は、開発主任から送られてきたメールに書かれていた。『L社のE.G.Oや幻想体のシステムとISの操縦OSを統合しようとすると、ソフト面の容量がデカすぎて、現行のISのハード(機体)じゃ全く詰め込めきれない。新しいコアの調整待ちだ』という、極めて物理的な問題だった。だが、そんな恥ずかしい技術的ボトルネックを教える必要はない。

 

「ふーん……そう。機密なら仕方ないわね」

少し不満げに唇を尖らせた会長だったが、すぐに表情を切り替え、ニヤリと笑った。

「でも、いずれ専用機に乗るなら、今のうちから『ISの操縦』と『あなたのその不思議な武装(E.G.O)の制御』を同時に行う訓練を始めた方がいいんじゃないかしら?」

 

俺はその提案にハッとした。確かに、いざ実戦になった時に両方の処理に脳のリソースを割けなければ、即座に命を落とす。

「……納得です。本部に打診してみます」

 

訓練後、俺はの部屋に戻り、すぐさまL社本部と通信を繋いだ。

いずれ専用機を運用するにあたり、同時制御訓練の有効性を主張すると、本部はあっさりと承諾してくれた。

 

ただし、いくつかの厳格な条件が提示された。

 

使用を許可するE.G.Oは、現状最も安定している『宇宙の欠片』のみとする。

この同時制御訓練の様子を閲覧・記録できるのは、守秘義務契約を結んだ生徒会メンバー、織斑千冬先生、および監視役の山田真耶先生のみとする。

 

(……助かった。『レティシア』を着て空を飛ばずに済んだ!)

 

あのフリフリの魔法少女姿でアリーナを飛び回るという悪夢を回避できたことに、俺は心底安堵し、二つ返事で承諾した。

すぐさま会長に契約内容と条件をメールで伝えると、『了解よ! 楽しみにしてるわね!』という陽気な返信が即座に返ってきた。

 

明日からは、通常の回避訓練に加え、E.G.Oを展開しながらISを操るという、脳を焼き切るような同時制御訓練が始まる。

一夏を巡るドタバタ劇に、終わりの見えない訓練。IS学園での日々は、L社とは違う意味で、俺の精神を確実に摩耗させていくのだった。




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