アリーナの空気は、熱狂という言葉では到底足りないほどに沸き立っていた。
いよいよ幕を開けたIS学園クラス代表トーナメント。その記念すべき第一試合は、1組代表・織斑一夏と、2組代表・凰鈴音による「私闘」にして「死闘」だった。
すり鉢状の広大なアリーナを囲む観客席では、各クラスの生徒たちが声を枯らして声援を送っている。自作の巨大な横断幕を掲げる者、ポンポンを振り乱す者。その中でも一際目を引くのは、両クラスの応援席に燦然と翻る「優勝賞品! スイーツ1年分!」と書かれた欲望丸出しの旗だった。彼女たちにとって、この戦いは己の胃袋の平穏と至福がかかった聖戦に他ならない。
だが、アリーナの中央で対峙する二人の間に漂う空気は、そんなお祭り騒ぎとは無縁の、凍てつくような殺気に満ちていた。
「……覚悟はできてるんでしょうね、一夏」
「だから! なんでお前がそこまで怒ってるのか、俺にはさっぱりわからないんだってば!」
完全に怒りを滾らせながらも、その奥に氷のような冷静さを宿した鈴音。対する一夏は、本当に、心の底から理由がわかっていない様子で困惑の声を上げている。
試合開始のブザーが、無情にも闘技場に鳴り響いた。
「問答無用ッ!」
鈴音の叫びと共に、中国の第三世代IS『甲龍(シェンロン)』が爆発的な加速で宙を蹴った。
彼女が手にする二振りの巨大な青龍刀『双天牙(そうてんが)』が、一夏を両断すべく大上段から振り下ろされる。
「うおっ!?」
一夏は反射的に『白式』のスラスターを吹かし、横方向への緊急回避を行う。刃が空を切り裂き、アリーナの床材を紙のように真っ二つに裂いた。凄まじい破壊力だ。もし直撃していれば、シールドエネルギーなど一撃でごっそりと持っていかれただろう。
「逃げるだけ!? なんだ、そんなものなの!?」
「くっ……お前、本気で殺す気かよ!」
一夏は文句を言いながらも、右手に出現させた近接特殊武装『雪片弐型(ゆきひらにがた)』を構える。彼の戦い方は、俺が忠告した通り「距離を詰めて接近戦を強いる」しかない。
白式が一直線に甲龍へと突進する。一瞬で間合いをゼロにし、雪片弐型の刃を鈴音の胴体へと薙ぎ払った。
ガキィィィィンッ!!
金属同士が激突する甲高い音が鳴り響く。鈴音は双天牙をクロスさせて雪片弐型の刃を受け止めていた。凄まじい火花が散り、二機のISの出力が拮抗して鍔迫り合いの形になる。
「……甘いわよ、一夏!」
鈴音の唇が弧を描いた瞬間、甲龍の両肩にある装甲板が展開し、砲身のようなものがせり出した。
「あれは……空間圧縮砲!」
観客席から誰かが叫ぶ。
「龍咆(りゅうほう)、発射ッ!!」
目に見えない空間の圧縮弾が、至近距離から一夏の胴体に叩き込まれた。
ドゴォォォォンッ!という凄まじい衝撃音と共に、白式がボールのように弾き飛ばされる。防御壁など関係ない、内部に直接響くような衝撃。一夏は空中で体勢を崩し、苦悶の声を上げた。
「がはっ……! な、なんだ今の……見えなかったぞ……!」
シールドエネルギーが一気に削られ、アラートが鳴り響く。
だが、鈴音の追撃は止まらない。彼女は空中に制動をかけると、再び両肩の龍咆を一夏に向けた。
「あの日の約束を……私の想いを忘れた罰よ! 蜂の巣になりなさい!」
連続して放たれる空間の砲弾。一夏は必死にスラスターを吹かして三次元的な回避機動を取るが、目に見えない攻撃を完全に避けることは不可能だ。掠るだけでも衝撃が蓄積し、白式の機動は徐々に鈍っていく。
「くそっ、見えない攻撃なんて、どうやって……!」
一夏は空中で静止し、荒い息を吐きながら雪片弐型を両手で構え直した。
「……やるしかないか」
彼の目に、セシリア戦で見せた決死の覚悟が宿る。シールドエネルギーを刀身に変換する「零落(れいらく)白夜」。防御を捨て、一撃に全てを懸ける特攻の構えだ。
「来るなら来なさい! 迎え撃ってやるわ!」
鈴音もまた、甲龍の最大出力を両肩の龍咆に集中させる。
二人の想いと殺意が最高潮に達し、全てが決まるかと思われた、その瞬間だった。
ボトッ、ボトボトッ、ガシャァァァン!!
アリーナの上空、展開されていたエネルギーシールドをすり抜けるようにして、無数の「何か」が空から降ってきた。
それは、ひしゃげたプラスチックと錆びた金属の塊。俺が数日前に旧格納庫で死闘を繰り広げた、あの「おもちゃ」の幻想体だった。
しかも、今回は一体や二体ではない。ざっと見積もっても20体はいる。
落下したおもちゃたちは、関節を不気味に軋ませながら次々と立ち上がった。手には大型のスパナや、赤黒く錆びついた鉄パイプが握られている。
「な、何よこれ!?」
「なんだこいつら……!」
突然の乱入者に、一夏と鈴音は完全に動きを止めた。
おもちゃの幻想体たちは、先ほどまでの二人の死闘を模倣するように、互いに鉄パイプを打ち合わせたり、虚空に向かって振り回したりし始めた。
さらに厄介なのは、その集団の後方に控える10体ほどの個体だった。
そいつらは、他の個体よりも一回り大きく、背中にはISの真似事なのか、段ボールとガムテープで作ったジェット機のようなバックパックや、おもちゃのヘリコプターからむしり取ったローターを装備していた。
ブゥン、という頼りない音を立てながら、その「隊長格」と思われる個体たちは数メートルほど宙に浮き上がり、自らの飛行能力を自慢するかのように見せつけている。
「……最悪だ」
観客席からその光景を視認した俺は、強烈な頭痛を覚えて頭を抱えた。
よりにもよって、この全校生徒が集まる公開試合の最中に、あれほどの数の幻想体が湧いて出るとは。
「織斑先生、山田先生! 生徒の避難誘導を急いでください! 俺が出ます!」
俺は先生たちに短く叫ぶと、観客席から通路へと駆け出した。
走りながら、インカムを起動してL社の情報チームへ通信を繋ぐ。
「こちら現地協力員! アリーナに例の『おもちゃ』型幻想体が多数出現! 空中を浮遊する新種も確認した!」
『……通信を受信。状況をモニタリングしています』
情報チームの担当者、ガブリエルの無機質で冷徹な声が返ってくる。
『センサーの反応通りですね。データバンクの照合が完了し、対象に指定名称が付与されました。浮遊している隊長格は【お前ぶたれたい?しこたま?】。地上の一般個体は【強くなったよ!マジで?】です』
「……は?」
俺は走りながら盛大にずっこけそうになった。
「なんだそのふざけたネーミングは! 誰が名付けたんだ!?」
『名称の選定基準に疑問を挟む権限はあなたにはありません。現地での制圧を最優先してください』
イェソドは冷たく切り捨てた後、さらに過酷な指示を出してきた。
『なお、対象の数が想定より多いため、現地で交戦中のIS搭乗者2名と連携して制圧にあたることを推奨します』
「了解した。……くそっ、やるしかないか!」
俺はアリーナへと通じる薄暗い通路を走りながら、指輪に念を込めた。
浮遊し、三次元機動を行う隊長格が10体もいる以上、近接武装である『宇宙の欠片』では対処しきれない。ここで使うべきは、広範囲を制圧できる遠距離武装。
つまり――俺の社会的な死を意味する、あの忌まわしきE.G.Oだ。
眩い光が通路を包み込む。
光が収まった後、俺の身体には、絶望的なまでに愛らしい衣装が装着されていた。
フリフリのレースがあしらわれた赤いリボン。純白のブラウス。ふわりと広がる赤いスカートに、白いタイツと可愛らしい赤い靴。頭には小さな帽子がちょこんと乗っている。
「……殺してくれ」
血の涙を流しながら、俺はハートの意匠が施されたファンシーなライフルを握りしめ、アリーナのゲートを蹴り開けた。
「一夏! 鈴音!」
俺の叫び声に、上空で警戒態勢を取っていた二人が振り向く。
そして、言葉を失った。
「お前……なんだ、その……格好は……?」
「あなた……あんた、そういう趣味が……っ!?」
一夏は目を見開き、鈴音は口元を押さえてドン引きしている。
観客席の避難誘導を行っていた織斑先生は、俺の姿を見るなり絶句して動きを止め、山田先生は「あっ……あの時の……」と、朝の光景を思い出して顔を真っ赤にして俯いている。全校生徒の視線が、俺のフリフリのスカートに突き刺さった。
社会的な死。完全なる尊厳の崩壊。
だが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「俺の趣味じゃない!! いいから聞け!」
俺は破れかぶれで叫びながら、ファンシーなライフルを隊長格【お前ぶたれたい?しこたま?】の一体へと向けた。
「こいつらは、物理的な破壊力だけじゃ死なない! 動きを止めても、別の個体が手当てをして再起動させてくる!」
ダンッ!
可愛らしい見た目とは裏腹に、ライフルから放たれた弾丸は凄まじい威力で隊長格の装甲を撃ち抜き、その機体を地面へと叩き落とした。
「再起動するたびに動きが速くなっていく! だが、速くなりすぎれば本体が耐えきれずに自滅する!」
俺はライフルを乱射しながら、二人に的確な指示を飛ばす。
「完全に動きを止めた個体には、確実にトドメを刺して粉砕しろ! 粉々になれば、手当ては行われない!」
俺の悲痛な叫びと、的確な分析を聞き、一夏と鈴音はハッと我に返った。
「わ、わかった! 要するに、治される前に粉々にすればいいんだな!」
「……あんたのその格好には後で死ぬほど突っ込ませてもらうけど、今は共闘してあげるわ!」
一夏は白式の『雪片弐型』を構え直し、鈴音は甲龍の『龍咆』のロックオンを幻想体たちの群れへと変更した。
アリーナの中央。
魔女のコスプレをした男と、近接特化の白いIS、そして空間を操る中国の赤いIS。
決して交わることのなかった三つの力が、おもちゃの幻想体という理不尽な怪異に立ち向かう。
「一夏、鈴音! 隊長格はお前たちに任せた! 地上の群れは俺が撃ち落とす!」
「おうっ!」
「任せなさい!」
ここに、IS学園の歴史上でも類を見ない、前代未聞の「ISとE.G.Oによる対幻想体・大乱戦」の幕が切って落とされたのだった。
イメージ的には段ボールガンダムめいてるジェットパック